花冠の骸ー始まり
七月のある午後、雨上がりの図書室で、彼女が言った。
「沙耶ちゃん、遊園地、行ったことある?」
唐突だった。けれど、凛の言葉はいつだって突然で、世界の裂け目から漏れてきたみたいに脈絡がなくて、でも不思議と心に残るのだった。
「子供の頃、一度だけ。……あんまり、覚えてない」
「そっか、わたしも。……でもね、あそこって、世界の外みたいな場所じゃない?」
「音楽が鳴ってて、人形がずっと笑ってて、誰も本当のことなんか言わなくてさ」
彼女はノートの切れ端に、くしゃくしゃの観覧車を描いた。
ゆがんでいて、まるで歪んだ時計のようだった。
「本当は、子供の頃、行くはずだったんだ。家族で」
「でも、直前になって父が来なくて……お母さんが怒って……それっきり」
「わたし、そのとき、ずっと泣いてた」
彼女はそう言って、くしゃくしゃに丸めた観覧車の絵を、アタシの手のひらにそっと押しつけた。
「来週の金曜、行こう? 二人で」
「リベンジってやつ。ね、沙耶ちゃん、そういうの、いいと思わない?」
アタシは、うなずいた。
それは、彼女の“過去”を塗り替えるための、ささやかな儀式だった。
けれどアタシは、どこかで感じていた。
それが、“はじまり”ではなく、“おわりの形”であることを。
「じゃあ、約束ね。絶対、来てよ」
そのとき、彼女の声が、少しだけ震えていた。
アタシはそれを見逃さなかった。
そう。これは遊びじゃない。
彼女の心の奥で、何かが“崩れる音”がした。
アタシは、それを止めるためにうなずいたのだった。