九話、冒険者カンナと緑森牛ビフテキ
レトロな和風文化と、異世界ファンタジー文化が溶け合う異世界ーーその中のとある古都街ビンティークにある純喫茶『星月』には、異世界らしく人間以外の種族も訪れる。
ーーかろりん。
その時、店に入ってきたのは、大柄な女性だった。
背が高く、女性にしてはがっしりとした体つき。しなやかな筋肉が鎧の下から見て取れる。
しかし何より特徴的なのは彼女が豹人族であることだった。夕焼け色の体毛、大きな瞳には獣の瞳孔がのぞき、腰からは長い尻尾が揺れている。
「ここが純喫茶『星月』で合ってるか?」
ハリのある声はよく響く。彼女はきょろきょろと店内を見回し、少し警戒しているようにも見えた。
「はい、そうです。どうぞ、お好きな席へ」
私が笑顔で招くと、彼女は少し戸惑ったようにカウンター席に腰を下ろした。その動きは、大柄な体格に似合わず、どこか猫のようにしなやかだった。
「メニュー、見せてくれ」
彼女はそう言って、私に注文表を促した。
私は共用語のメニューを差し出すと、彼女は真剣な顔でそれを眺め始めた。
「よし。緑森牛の特製ビフテキを大盛りで二人前。それと、ライスも大盛り二人前にしてくれ」
その注文に、私は思わず目を丸くした。
緑森牛は魔獣であり、普通の牛の二倍以上大きい。そんな緑森牛の特製ビフテキの大盛りは、男性のお客様でもなかなか頼まない。冒険者ってすごい。
「かしこまりました。お飲み物は何になさいますか?」
「ん? ああ、水で……いや、食後に星空珈琲を頼む」
彼女はそう言って、少しだけはにかんだように見えた。その仕草は可愛らしく見えて、私は思わずクスリと笑ってしまった。
「すぐに準備いたします」
私は厨房に向かうことを誠司さんに目配せをして伝えた。誠司さんは、その大柄な冒険者を見て理解したのだろう、すぐにこくりと頷いた。
緑森牛は迷宮食材であり、とても上質な肉だ。
ポーションなどに使われる薬効のあるハーブやスパイスになる植物を好んで食すため、肉の嫌な臭みがない。
質が良ければよいほど、熟成肉のような濃い旨味と、香り高いスパイスのような芳香がする。
ジュッ、とフライパンの上でビフテキが焼ける音が響く。独特の香り高い香ばしさのある匂いが店内に広がり、彼女はそわそわと落ち着かない様子で、何度も厨房の方を見ている。
「お待たせしました、緑森牛の特製ビフテキ大盛りとライス大盛りです」
私が料理を運ぶと、彼女の瞳はキラキラと輝いた。
宝石のように薔薇色に輝く断面。
付け合せに牛酪をのせたふかし芋。
塩と胡椒のシンプルな味付けは濃くしすぎず、ガーリックの効いたステーキソースを添えてある。
「おお! これは…! すごいな!」
彼女はそう言って、フォークとナイフを手に取った。その手つきは、荒々しいけれど、どこか丁寧にも見えた。
ぐわっ、と大きな一口。
「うまい! 肉が柔らかさが野営で食べる肉と比べ物にならねぇ……すげぇ肉汁が口の中に溢れて、溺れそうだ!」
彼女は満面の笑顔で、豪快に食べ始めた。
「イモもバターが絡んで味わい深いし、このソース! コイツがまたスパイシーで食欲が刺激される味付けで、いくらでも食えそうだ!」
その食べっぷりを見ていると、こちらまで元気が出てくるようだった。あっという間にビフテキとライスを平らげると、彼女は満足そうに息を吐いた。
「ごちそうさま! ……追加注文いいか?」
「はい、もちろんですよ」
「苺クリームパンケーキとプリンを一つずつ頼む」
彼女の言葉に、私はまた目を丸くした。あんなにガッツリ食べた後で、ボリュームのある甘いものを食べるなんて。
とはいえ、甘いものは別腹、という意見もよくわかる。ウキウキとした様子の彼女の様子をみるに、余裕そうだ。
「かしこまりました」
私はすぐにパンケーキの準備に取り掛かった。
その間に、手が空いた誠司さんが、プリンを型から外して仕上げてくれる。黄金色に輝くプリンと、焼き立てのパンケーキを運ぶと、彼女はまた目を輝かせた。
「わぁ…!可愛いな!」
そう言って、一口食べる。
「甘い……ふわふわの生地に、甘酸っぱいイチゴのソースとこの白いクリームが、合わさってなんつー連携だ!
こんなの、初めて食べた!」
その満面の笑顔は、まるで小さな子供のようだった。冒険者としての荒々しい装備を纏った雰囲気とは裏腹に、甘いものを前にした彼女は、とても可愛らしい。
ふんわりと厚めに焼いたパンケーキには、ホイップと苺、そして手作りの苺ソースをかけてある。厚く焼いたはずの二枚は、どんどん彼女の口に吸い込まれていく。
「そんな風に食べていただけると嬉しいです。
ええと……お名前は?」
私が尋ねると、彼女は口いっぱいにパンケーキを頬張りながら答えた。
「カンナだ。見りゃあわかると思うけど、冒険者やってる。あと一応……これ、仕事仲間には内緒な」
カンナさんはそう言って、いたずらっぽくウィンクをした。その笑顔に、私は思わず吹き出してしまった。
「このプリン赤蜜チェリーが乗ってるじゃねえか!
くっ、なんだこの茶色いの! 苦味があるが、こいつがあるお陰で黄色い部分が口に広がったときの甘さがよりうまく感じられる!」
横でうんうんと誠司さんが頷いている。
自分がプリンを食べた時のことを思い出しているのだろうか。
それからというもの、カンナさんは定期的に顔を出すようになった。いつもガッツリ食事をして、その後に必ずデザートもしっかりと注文する。
「マスター、今日も来たよ!
今日は、ナポリタン二人前、ハヤシライス大盛り! それから星月パンケーキな」
「こんにちはカンナさん。
かしこまりました、少々お待ちくださいね」
カンナさんが店にいると、店内が不思議と明るくなる。彼女の豪快な食べっぷりや、屈託のない笑顔を見ていると、お客様たちも自然と笑顔になるのだ。
「あんなに食べるのに、なんであんなにスタイルがいいんだろう」
他の常連さんたちも、カンナさんのことをすっかり気に入っているようだった。
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ある日、夕方になる頃。
そろそろ喫茶店は店仕舞いだなと日の傾きをみていると、カンナさんが、少し疲れた様子で店にやってきた。
ーーかろりん。
「やぁ、マスター」
「カンナさん! 夕方にいらっしゃるのは珍しいですね」
「今日は、ちょっと疲れてな……」
「あら、何かあったんですか?」
私が心配そうに尋ねると、カンナさんは大きくため息をついた。
いつものようにカウンターに腰掛ける仕草もすごく緩慢だ。
「ああ、魔物の群れに遭遇してな。結構手こずったんだ」
「それは大変でしたね…。温かい珈琲、淹れますね」
私がそう言うと、カンナさんは少しだけ顔を緩めた。
「助かる」
「今日はゆっくり休んで、また明日、頑張りましょ?」
カンナさんが店にいると、その明るい笑顔と、豪快な笑い声が、店内に活気をもたらしてくれる。
そんな彼女が元気のない日でも私たちは彼女を笑顔で迎え入れる。
コトリ、と彼女の目の前に珈琲を置く。
珈琲の香りが持つリラックス効果がカンナさんの疲れを少しでも癒してくれることを願って。
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