五話、迷子とクリームソーダ
古都街ビンティーク。
明治ロマンや昭和レトロのような日本文化とRPG的な異世界文化が混ざりあったような摩訶不思議な街。
そんな街にある古い洋館をリフォームして喫茶店にして使っているのだが、今日は定休日。
古いデザインの鍵を錠前に差し込んでゆっくりと回す。今からお買い物です。
「いこっか」
「は、はい……」
にこにこと目の前で微笑む彼とは裏腹に私は先程の件が尾を引いて、ぎこちなく返事した。
誠司さんーー目の前の、薄茶の髪と瑠璃色の瞳の美丈夫は、私の命の恩人であり、今はともに働く従業員仲間でもある。
「どうしたの?」
「どうもしません!」
ぷい、とそっぽを向くと、彼はたまらないと言ったように吹き出した。
いくら素敵な男性でも軽々しく女性の口元に触れたりするのは褒められた行為ではない。
自分も誠司さんに対して気が緩んでたかもしれないけど。
「ごめん、嫌だった?」
「嫌ではないです。
でも、次は控えてください。口元を触ったり、ついてたのを舐めたり、破廉恥です」
「破廉恥……」
目をまんまるにした誠司さんは、くつくつと笑ってから気をつけるよ、と言った。
「他の人には誓ってしないし、これからもしない。イオリにはまたするかもしれないけど」
「からかわないでください!」
ははは、と楽しそうに笑う誠司さん。
反省してみえないし、からかわれてるような気がするが、接客中は女性に馴れ馴れしいなんてこともなく、むしろ女性からの沢山の猛アピールも静かに受け流しているようなので、多分、冗談なのだろう。
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「予定よりはやく終わったね」
「そうですね、荷物持っていただいてありがとうございます」
いえいえ、と笑う誠司さんは自分がついて行きたいのだから、と毎回荷物を持ってくれている。
整った顔立ちだが元軍人、見た目以上に鍛えられているのだろう重そうにする素振りが一切ない。
「迷子か?」
そう呟いた誠司さんの視線の先、まだ幼い女の子がきょろきょろとしながら目元を擦っている。
「ね、どうしたの? 家族とはぐれちゃった?」
できるだけ優しく声をかけると、バッ!と勢いよく振り返った女の子は、その琥珀色の瞳からぼろぼろと涙を零した。
「わああん! ママいなくなっちゃった!!
あのね、ユキが……わるいこ、だから……ママとしらないひと、まちがえたから……ママ、どこぉ……」
グズグズと鼻をすすりながら、ユキちゃんは、質問する前に必要な情報をだいたいくれた。えらい。
「一旦、星月まで戻ろう。すぐそこだし。
イオリとユキちゃんをここに長居させるのは心配だから、一度店に行ったら俺が母親を探しつつ、警備隊に連絡してくるよ」
パンケーキの試作もしていたので、買い出しは午後からだ。つまり、もうすぐ日が暮れる。
「……そうですね。
ユキちゃん、お母さんがお迎えくるまで、私と待っててくれる?」
「……うん」
「ありがとう、それじゃあこっちおいで?」
こんな風に、人をさらう人間もいるんだろうか。そのまま警備隊に連れていくか、お母さんを探したほうがいいのではないか。
そう思うものの、ここは地元民の誠司さんの判断のほうがきっと正しいのだろう。
定休日の店内に魔具灯をつけ、カウンターが見える位置のテーブル席に座らせると、ユキちゃんはもの珍しそうに辺りを見回した。
誠司さんは、店につくと荷物を置き、ユキちゃんにお母さんの容姿や名前、どこではぐれたかなどいくつか質問し、すぐに走っていった。
軽薄そうな言動をする時があっても、出会った時から彼はすごく親切で、こんなとき、本当に力を尽くして全力で助けようとしてくれるところは、相変わらずだ。
「ママ……」
くすん、と鼻をすするユキちゃん。
私は私のできることをしよう。
「お嬢様、こちらをどうぞ」
「わあ……!」
「クリームソーダです」
鮮やかなエメラルドグリーンとバニラアイスの対比コントラストが美しいそれに、ユキちゃんは目を輝かせた。
背の低いグラスに、氷を多めにいれ、『ひらりさいだぁ』と呼ばれている炭酸水を注ぐ。
鮮やかなのは翡翠草というハーブを使った自家製のシロップを使っているからだ。メロンは入っていない。
「すごぉい」
ぱちぱち瞬きする瞳の、涙は引っ込んでいた。
ディッシャーの代わりに、大きめのスプーンでクネルさせ丸めたアイスを、氷の上に置き、沈まないようにしている。
「これはね、しゅわしゅわする飲み物と、あいすくりん」
「あいすくりん!」
はじめてみた!と破顔するユキちゃん。
「ん〜〜〜〜!!!!」
藁ストローで炭酸を飲み、足をじたばたさせる仕草は愛らしい。炭酸いけるかな?と思ったけど、笑顔だし、大丈夫そうだ。
「おいしい?」
「うん! あいすくりん、はじめてたべた!」
ふわふわ!と迷子で泣いていたのが嘘のような大きな声でユキちゃんは答えた。
気が紛れているうちに、お母さん見つかるといいんだけど。そんなふうに考えているうちに、裏口側が騒がしくなる。
「ユキ!!!」
「おかあさん!」
飛び込んできたお母さんの声。
そのまま駆け寄り、ユキちゃんを抱きしめる腕に、私はほっと息を吐いた。
「心配したわよ……!! お母さんも、目を離したりしてごめんねユキ……ッ」
ごめんなさあああい、と、堪えていた感情を爆発させて泣き叫ぶユキちゃんを、お母さんはずっと抱きしめて撫で続けた。
警備隊の人と、駆け回ってくれていたのだろう、少し疲れた様子の誠司さんに、私は近寄る。
「事情は伺っております。ご協力、感謝します」
「いえ、お疲れ様です」
「ありがとう、大丈夫だった?」
「お礼はこっちの台詞です。ありがとうございます。疲れましたよね? 水分とってください」
警備隊の人は、今日はこのまま二人を家の近くまで送ってくれるらしい。ごくごくと水を飲んでいる誠司さんには今日の報酬としてあとでなにかお礼しよう。
「ユキ、あなたこれ……!」
「くりぃむそおだ! すっごくおいしいの!
お母さんものんでみてよ!!」
ニコニコするユキちゃんと、クリームソーダを見比べたお母さんの顔がはっとした。ユキちゃんは知らない話だろうが、あいすくりんはまだ安価とはいえない。
「ご迷惑おかけした上にこんな高級なものを……」
「いえ、そちら試作品でしたのでお気になさらず。私が、勝手にしたことですから、お代は結構です」
無礼を承知の上で、お母さんの言葉を遮り、きちんと言葉でお金はいらないと念押する。
「あ、ありがとうございます……!」
「おねえちゃん、ありがとう!」
「どういたしまして。
これからは、お出かけのときはちゃんとお母さんとおてて繋いで歩くんだよ?」
「うん!」
ユキちゃんは、ばいばーいと手を振って。
お母さんは深々と頭を下げて。
二人は、仲良く手を繋いで帰っていく。
二人は、警備隊の人もいるし大丈夫だろう。
そう思うと身体から力が抜ける。
「っと、大丈夫? 疲れたでしょ、座った方がいいい」
崩れ落ちそうになった私を誠司さんが支えてくれる。勧められるがままに腰を下ろすと、誠司さんはお水を2人分用意して隣に腰掛けた。
「ありがとうございます」
「珈琲じゃなくて悪いけどね。
俺もあれだけ飲んでもまだ喉が渇くよ」
「汗だくになってるの、初めて見ました。それだけユキちゃんのお母さんのを見つけるために頑張ってくださったんですよね?
本当にありがとうございます」
「君の心配そうな顔を見てたくなかったんだよ」
すこし苦笑いして誠司さんはそう言った。
どこか恥ずかしそうな、ばつの悪そうなその表情は、いつもの軽口には見えなくて、私はどきりとした。
「……そんな顔してました?」
「してたしてた」
悪戯な笑顔の誠司さんに、私は頬を膨らませる。そんなとこ見ないでほしい。
でも確かに。迷子の子どもを見つけた時、きっと誠司さんより私のほうがずっと動揺していた。
「誠司さんのおかげです。
お礼に、なにか今度好きな物作りますね」
「ありがとう。
それじゃあ、あの子が飲んでたくりいむそうだ? がいいな。イオリってば、俺の知らないものを先にあの子に食べさせちゃうんだからなあ」
頬杖をついて頬を膨らませる誠司さんは、きっと私を和ませてくれようとしてるんだろう。
今度、ホットケーキとクリームソーダのセットを誠司さんにご馳走しようーーそんなことを考えながら、私たちは帰り支度を始めるのだった。
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