四十三話、夏の星月、かき氷日和
ーーかろりん。
軽やかに呼鈴が鳴る。
古都街ビンティークにも、太陽が燦々と降り注ぐ本格的な夏が到来した。じりじりと照りつける日差しは、石畳を熱し、人々は涼を求めて日陰を探す。
和風と洋風とファンタジー、そんなそれぞれの要素が混じったこの街の人々は涼み方もそれぞれだ。日傘を差す女性、扇子をぱたぱたと扇ぐ男性、鱗を持つ獣人は、濡れた手拭いを頭にかけている。
そんな暑い季節に、純喫茶『星月』では、ひんやりと冷たい、特別な夏の恵みが大人気だ。
「おう、二人いいか?」
「いらっしゃいませ!」
私の声が、今日も純喫茶『星月』に響く。
磨き上げられた木のカウンターやテーブル、魔具灯はいつものように店内に穏やかな温かみのある空間を演出している。
しかし珈琲の甘く香ばしい匂いはあまりせず、涼やかな空気と爽やかな果物の香りが店内には広がっていた。
「いやぁ、今日も暑いねえ!」
「そうですね、夏の神は大変元気なようで」
ハンカチで額を拭う男性に、笑顔で誠司さんが答える。夏の神が元気、というのは暑い日に使う慣用句のような言葉だ。
この国では春夏秋冬を司る神がいて、猛暑になるのは『夏の神が元気すぎて、必要以上に太陽の恵みをもたらしているせい』と考えられているらしい。
「おっ、これは……?」
「この夏にぴったりの新作氷菓子です」
かき氷にも負けない涼やかな笑顔だ。
薄茶のさらさらとした髪と翡翠の瞳の美形である誠司さんは、年代問わず女性に人気があるが、彼自身は接客中は男女問わず柔らかな接客態度を崩さない。
微笑まれた男性も、悪い気はしないのだろうかき氷の絵と説明書きのある期間限定注文表に目を通し、一番上のものを注文していた。
店内は、冷たい氷が奏でるシャリシャリという音と、お客様たちの涼やかな笑顔で満ちていた。
特に午後のひと時は、涼みに来る人も、甘いものが食べたい人も、色とりどりのかき氷を求めて、多くの人々が来店する。
テーブルには、きらめく氷の山がいくつも並び、夏の暑さを忘れさせてくれるような、甘く爽やかな香りが漂っていた。
「この『翠風』を二つ」
「はい、かしこまりました。少々お待ちください」
注文を受け、私は踵を返す。
佐吉さんの氷を、ボルトさんに作ってもらったかき氷機で削っていく。きらきらと舞う氷の粒はそれだけで涼しさを運んでくる。
一番人気は、二種の餡子と抹茶が織りなす『翠風』だ。透明な氷の上には、白あんに抹茶を練り込んだ濃厚で口当たりの優しい抹茶蜜をたっぷりと回しかけ、てっぺんには抹茶パウダーを一振。
そして、つるりとしたもちもちの白玉を添える。
白玉の奥には丸くすくった粒餡も忘れない。味変用に、白あんを少し加えた練乳を小さく添える。
抹茶の鮮やかな緑と、餡子の深い色、そして白玉のコントラストが、見た目にも涼やかで美しい。一口食べれば、上品な和の甘みが口いっぱいに広がり、ひんやりとした氷が喉を通り過ぎるたびに、体の中から清められるような感覚になる。
「お待たせしました『桃月雪』です」
「綺麗……!」
「食べる前から桃の香りがするわ!」
また別のテーブルでは、若い女性たちが、歓声を上げながら『桃月雪』を囲んでいた。
和三盆と桃の繊細な組み合わせが特徴のこのかき氷は、その名の通り、まるで夏の夜空に浮かぶ、美しい月明かりのよう。
フレッシュな生の桃と、丁寧にコンポートにした桃の二種類が贅沢に使われ、淡い桃色の蜜が、雪のように白い氷の上に優しくかかっている。和三盆の繊細な甘さと桃の瑞々しさが、口の中で溶け合い、食べる人を至福のひとときへと誘う。
「おいしいー!」
「つめたい! とける!」
「ぼくこんなのはじめてたべた!」
そして、好奇心旺盛な子供たちに特に人気なのは、少し珍しい組み合わせの『甘華果』だ。雪のように真っ白な氷に、麹の優しい甘さが特徴の自家製甘酒蜜をたっぷりと惜しげもなくかける。みぞれより滋味深く、練乳よりさっぱりした味わいだ。
その上には、柚子の皮が細かく刻まれて散りばめられ、爽やかな香りがふわりと立ち上る。
甘酒と相性の良いパイナップル、ルビーグレープフルーツ、そしてメローキウイという異世界食材が彩りを添える。メローキウイは、見た目は濃いグリーンのメロンだが、味は甘酸っぱいキウイのような不思議な果物だ。
甘酒のまろやかさと柚子や果物の爽やかさが、心も体も穏やかに満たしてくれる、どこか懐かしくも新しい味わいになっている。
お客様たちは、それぞれ好みのかき氷を前に、暑さでうだっていた表情を、みるみるうちに笑顔へと変えていく。氷をつつき、口にするたびに聞こえる、シャリシャリという心地よい音は、この夏の星月のBGMのようだ。
私も誠司さんも、そんなお客様たちの様子を見ているだけで、胸が温かくなる。特に、佐吉さんの氷とボルトさんの技術が結びついて生まれたかき氷たちが、これほど多くの人々に喜んでもらえるのは、本当に嬉しいことだった。
「休憩には、お好きな組み合わせで誠司さん専用のかき氷つくりますからね……!」
働き通しになってしまう唯一の店員である誠司さんにこっそりとそう声をかけると、彼は額に汗を滲ませながらも「楽しみにとくよ」と笑った。
この喫茶店は、ただ珈琲を提供する場所ではない。夏には、ひんやりと冷たいかき氷で、人々の心と体を癒し、笑顔の花を咲かせる。
今日もまた、純喫茶『星月』には、それぞれの物語が生まれていく。それは、甘く、涼やかで、そして、忘れられない夏の思い出を紡ぐ、かき氷日和の一日だった。
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