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四話、ホットケーキと思い出

 



 大正浪漫な和風文化と、異世界ファンタジー文化が溶け合う異世界ーーその中のとある古都街ビンティークにある純喫茶『星月』では女店主と唯一の従業員が膝を突き合わせて唸っていた。







「どれがいいと思います?」



 黒髪の女店主は女性らしい細い指でペンを握り、自分なりに、思いつく感想や注意点や改善案をメモにまとめながら彼の感想も書き留めようと聞いた。



「どれかひとつに絞れなんて、無茶だ……」



 くっ!と苦悶の表情を浮かべたのは男性従業員のほうだ。すこしばかり軟派な風情がある柔らかい薄茶の髪、顔立ちはきりりとした美丈夫が、綺麗に切り分けられたパンケーキを口に運んだ。



「く、これはまた美味い……」


「甘すぎます?」


「あったかいハットケーキと冷たいあいすくりんの相性が良すぎるのに溶けてくし最高……」



 目の前にはパンケーキが並んでいた。

 試食用なので予定よりだいぶ小さめに焼いてあるが、皿のサイズも合わせて一回り小さくして、それぞれ美しくデコレーションもしてある。



「こっちから苺とホイップ、黒蜜ときなこ、餡子と抹茶ソースで、最後が粉糖とあいすくりんですね」


「どれも本当に美味しいよ、どれを新作として出しても売れると思う」



 そういう彼の瑠璃色の瞳はしっとりと艶めき、まるで恋する乙女のようにじっとパンケーキを見つめている。男性職員ーー誠司は手元のアイス付きパンケーキをぱくりと口に入れた。



「定番の蜂蜜牛酪(バター)も出すので、差別化をはかるなら順当に苺ホイップですかねえ」



 ふわふわのパンケーキに苺、イチゴシロップ、ホイップをかけたものはかつて女店主ーー伊織がいた現代日本において、老若男女問わず愛されていた組み合わせだ。



「イオリはどれが好き?」



 ふむ、と唸るように伊織は頬に手を当てた。

 どれも好きだし、強いて言うならマカダミアナッツパンケーキとか言いたい。あのとろっとした見た目を思い出す。それが叶わぬと知りつつ、目の前のパンケーキに思いを馳せる。



「……蜂蜜牛酪(バター)の、かな」


「へえ」


 意外そうに目を見開いた誠司。

 どれも美味しかったし、まだまだいろんな種類ができるときいて心躍るパンケーキ。一番最初に食べたものが、通年のメニューとして採用された牛酪(バター)と蜂蜜のシンプルなものだった。


 素朴で温かみのある味は、確かにいつ食べてもいいと思える味だったが、目の前の色とりどりのアレンジされた皿の後に振り返ると、それは少し見劣りするようにさえ感じた。



「私にとって、パンケーキ……あ、ホットケーキのことなんですけど、これって、多分、お母さんとの思い出の味なんだと思います……」



 ぽつ、ぽつ、と。

 零れるようにいつもより歯切れ悪く続けた伊織に、誠司はハッとさせれた。目の前の彼女は、バツが悪そうに頬をかいている。



「素敵な思い出があるんだね」


「ありがちなやつですよ」



 誠司には、まだ寄り添えない部分だ。

 突然、異世界から来たといい、いろんな知識を持ち、しかしいろんな常識がない彼女に、きっと嘘はない。

 そんな伊織の素性をこの世界で一番知っているのは自分だという自負もある。


 だが、その一方で、ある日突然、見知らぬ世界で天涯孤独となるその彼女の辛さはいかほどか。

 そこまで甘えて貰えない関係性を歯噛みしながら、誠司は余計な負担をかけぬよう、いつも以上に慎重に柔らかくなるよう意識して微笑んだ。



「どんな思い出か聞いてもいい?」


「ええ。子どものころ、お母さんと二人、粉まみれになりながらをホットケーキを焼いたんです」



 伊織が懐かしそうに目を細める。



「でも、完成した後に、私、文句言ってしまったんです。こんな風に綺麗に焼けなくて。

『形も変だし、もっと分厚いのが良かった!』ってケチつけました」



 伊織がまだ小学生にもならない頃の思い出。

 作ってる間は楽しかったのに、出来上がりがパッケージのイメージ写真とかけ離れていて悔しくて癇癪を起こし、一緒に作っていた母親のせいにして八つ当たりしたことを彼女は思い出す。



「イオリのお母様はなんて?」


「『私もー!』って。駄々を捏ねた自分より、大きな声で言われて、驚きました。その後に、もう一回やろう、って笑顔で言ってくれたんです」


「いいお母様だね」



 そうですね、と伊織は笑った。

 頭ごなしに叱らない人だったことを思い出す。

 伊織に元気がない時に、なぜか「今から一緒にホットケーキ焼こう!」と言ってくれた時もあった。



「あたたかくて、ほっとする味。

 このホットケーキの作り方は、当時のものとは違いますが、お母さんの隠し味だったみりんは、今も入れてるんです」



 秘密ですよ、と人差し指を口元にあてる伊織に、誠司も仕草を真似ながら「二人の秘密だね」と頷いた。

 華やかに彩られたパンケーキの群れの中、一番大人しい色をした、伝統的(オーソドックス)な牛酪の溶けたパンケーキをまた一切れ、誠司は口に運ぶ。


 歯の要らぬ柔らかさ。じゅわり、と染み出す牛酪と蜂蜜のしっとりとした甘みとコクの織り成す旨味。やはり素朴な味だが、心は初めて食べた時の感動を自然と思い出した。



「美味しいね」


「ふふ、ありがとうございます」



 そう言いながら、伊織もぱくりとパンケーキを頬張る。溶けかけたアイスクリームの乗ったパンケーキは、大人になった伊織の口には甘すぎるが、珈琲と合わせるには丁度いい。



「思い出、教えてくれてありがとう」


「いえ、……って、え?」



 穏やかに微笑みながら、誠はおもむろに伊織に手を伸ばし、戸惑う伊織に構うことなく口の端を指先で拭った。

 指先についた白い溶けたアイスクリームをぺろりと舐めとると、伊織の頬が赤くなるのがわかった。



「あいすくりん、ついてた」


「……私だからいいですけど、そういうこと女の子にすると誤解されますよ」


「伊織にしかしないよ?」



 誠がそう微笑みかけると、伊織は触れられた口の端をぺちりと手で覆い隠した。

 そんな彼女を可愛らしく思いながら、誠司は『誤解もなにも、意識してほしい』なんて言葉をパンケーキと共に口内に押し込んだ。





お読み頂きありがとうございました!

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