三十一話、藍銅鶏のオムライス
ここは古都街ビンティーク。
剣と魔法と冒険なファンタジーと、日本の大正ロマン的なイメージが混在している。
建物は木造建築が主だが、洋館も見かけられ、街中の大通りは石畳が敷かれている。
刀のない着流しに帽子を被り、本を読みながら歩く男性の横、獣の耳や尻尾、表皮をもつ『獣人』と呼ばれる人達がスタスタと追い抜いていく。
色んな種族や色んな職業が入り交じるこの街にも、少し慣れて来ているだろうかーー。
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ーーかろりん。
店内に響く呼鈴は、扉に引っ掛けてあるだけの単純な仕組みだ。
魔具式のインターホンもあるらしいが、入口が離れてるわけでもないので、そちらは使い道がない。
金属の軽やかな歌声が、いつもご来店を知らせてくれるのだ。
その日、店に入ってきたのは、鍛冶屋の弟子であるコウくんだった。
まだ成長期真っ只中といった彼だが、細身の身体は鍛えられつつあるらしく、手にはハンマーを握る時の硬いマメが見える。
いつも口数は少ないけれど、真面目で優しい男の子だ。
「いらっしゃいませ、コウくん。今日は休憩ですか?」
私が声をかけると、コウくんは小さな声で「……はい」と答えた。朝にゴローさんと来るのが日課となっていそうな彼だが、今日は珍しくお昼時だ。
空腹なのか、彼の顔は少しだけ疲れているように見えた。
「どうぞ、お好きな席へ」
コウくんは、カウンター席のいつもの場所ーーゴローさんが座る隣が、なぜか彼にとっての定位置になりつつあるらしいーーに、静かに座った。
メニューを差し出すと、彼は黙ってそれを受け取り、じっと見つめている。
彼の顔には、「どうしよう…」と書かれているようだった。ページをめくる手が何度も止まり、視線がメニューの隅々を行ったり来たりしている。
何かを選びたいのに、なかなか決められない。
きっと、彼が苦手なものがあるのだろう。
でも、それを口に出すのは、彼にとってとても難しいことなのだろう。
「コウくん、何かお困りですか?
もしよければ、私に教えてくれますか?」
私が優しく声をかけると、コウくんはパッと顔を上げた。少しだけばつが悪そうに、俯き加減で小さな声で呟く。
「……その、俺、あんまり、得意じゃないものが多くて………苦いものとか辛いものとか……。
あと、野菜も……」
ああ、なるほど。甘いものが好きだもんね。
鍛冶屋の親方であるゴローさんは、男気あふれるような味付けの料理を好む。濃い味、刺激的な味、なんでもござれだ。
そんな中で、まだ味覚が幼いコウくんは、なかなか自分の好みを言えずに、つい我慢してしまうのかもしれない。
「そうなんですね。
大丈夫ですよ。うちは、苦くない辛くない料理もたくさんありますから」
私がにこやかにそう言うと、コウくんの顔に、少しだけ安堵の色が浮かんだ。
「不安なら、コウくんのために、特別なオムライスを作りましょうか?
最近、仕入れたばかりの『藍銅鶏』を使った、藍銅鶏のオムライスです。野菜も入れますけど、しっかり炒めるのできっと気になりませんよ」
そう提案すると、コウくんがぱっと明るくなった。
「オムライス……!」
彼の顔には、期待と、少しの戸惑いが入り混じっている。
以前、テオくんが野菜嫌いを克服した『お絵描きオムライス』とは違うものだが、子ども受けのいいメニューのほうが彼は食べやすいだろう。
「はい。それから、飲み物は温めた牛乳に蜂蜜を垂らしたハニーミルクなんてどうでしょう。温かくて甘くて、ほっとしますよ」
コウくんは「はい」と頷いた。
「かしこまりました。
藍銅鶏のオムライスとハニーミルクですね」
私がそう言うと、誠司さんが私の隣で静かに微笑んでいる。彼も、コウくんの様子を察して、温かく見守ってくれていたのだろう。
私は早速、藍銅鶏のオムライスを作り始めた。
藍銅鶏は、その体毛が藍銅鉱になるのだという。
価値が高いのはその羽毛らしいが、肉質もしっとりとして味が濃く、とても美味しい。
まずは、藍銅鶏の胸肉を細かく刻む。身が引き締まっていて、噛むほどに旨味が広がるのが特徴だ。
そして、玉ねぎ、人参、ピーマンといった野菜も、コウくんが気にならないように、ごくごく細かくみじん切りにする。
熱したフライパンに牛酪をひき、細かく刻んだ野菜から炒めていく。じっくりと、野菜の甘みが引き出されるまで、焦げ付かないように丁寧に。
次に、藍銅鶏の肉を加えて、表面の色が変わるまで軽く炒める。そこに、赤茄子や自家製のケチャップ、砂糖、醤油、ストックのブイヨンを加えて、水分を飛ばしつつ、全体が均一になるまで炒め煮にする。
煮詰まってきたら、ご飯を加える。この時、野菜が目立たないように、しっかりと均一に混ぜ込むのがポイントだ。
「卵ももうすぐできるよ」
「ありがとうございます」
誠司さんが、並行してふわふわの卵を焼き上げてくれた。熱々のチキンライスを皿に盛り付け、その上に、黄金色に輝く卵をそっと乗せる。
最後に、ケチャップでシンプルに飾り付けをして、ホットミルクと蜂蜜を添える。
「お待たせいたしました。
藍銅鶏のオムライスとハニーミルクです」
コウくんは、目の前の料理をじっと見つめた。
その瞳は、期待に満ちている。
まずは、オムライスを一口。
スプーンで卵とライスを一緒にすくって、口に運ぶ。
ぱあああ……!っと、コウくんの表情が、みるみるうちに柔らかくなっていくのが分かった。
「……うまい…! すごく、美味しいです!」
彼は、そう言って、また大きく頬張った。
そこからはあっという間に半分ほどを平らげ、次にミルクを両手で包み込むように持ち、ゆっくりと一口飲んだ。
その口元に、白い泡がちょこんと付いている。
「……温かい……」
コウくんは、そう呟くと、ふっと息を吐いた。その表情は、満ち足りた幸福感に包まれている。
お腹が満たされた彼は、私の方を向いた。
「……イオリさんの料理、なんでか、すごく安心します……」
コウくんは、照れくさそうに笑った。
真っ直ぐな瞳が私を見つめている。
その言葉が、素直に嬉しかった。自分の好みもなかなか言えないコウくんが、こんなにも素直に感情を表してくれる。
その美味しそうに食べる姿と、安心したような表情を見ていると、私まで温かい気持ちになった。
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