三話、プリンとほうじ茶
現代日本で産まれた私ーー佐藤伊織は、ある日突然気づいたら獣耳や魔法使いや冒険者のいる大正浪漫的な世界に迷い込んでいた。
そこから紆余曲折あったが、今は命の恩人とともに喫茶店を営むことで生計を立てている。
純喫茶『星月』本日も開店いたします。
━━━━━━━━━━★
「いらっしゃいませ」
かろりん、呼鈴とともに一人の女性がやってきた。外の風が彼女とともに訪れ、私の頬を撫でる。
「ええっと……カウンターでも大丈夫ですか?」
「もちろん、どうぞお掛けください」
背もたれのない椅子にぴしっと背筋を伸ばして腰掛けたのは、大きめの眼鏡をかけた女性だ。
白を基調とした清潔感のある制服姿、ラベンダー色の髪を纏めた彼女は、きょろりと店内を見回した。
「お冷をどうぞ。サービスですのでおかわりもお気軽にお声がけください。こちらメニューです」
「ありがとうございます。
……あ、メニューは共通語なんですね」
メニューに目を落とした彼女はぽつりとそんな風に呟いた。カウンターって言葉がさらりと出てくるからそのほうがいいと思ったけど違ったかな。
「大変失礼しました。旧帝国語のものもございますのでお取り替えいたしますか?」
「いえ、大丈夫です。
お気遣いありがとうございます」
髪より色素の薄い藤色の瞳が細められて、柔らかな笑顔を形作る。
共通語は、ファンタジーらしい象形文字だ。
冒険者などが主につかうため、ほぼ世界中で使えるらしい。現代でいうところの英語的な存在なのだろう。一部の閉鎖的な国や民族を除き、だいたいの人が簡単な単語なら読み書きできるとか。
逆に、旧帝国語は、漢字や平仮名片仮名というザ・日本語だ。昔、大きな大帝国があり、そこで使われていた言語で、この古都街ビンティークではその名残が強く残っているらしい。
メニューも旧帝国語のものは、
『注文表』『珈琲』『カフエオレ』『ビスケツト』『サンドヰツチ』のようにかいてある。これは自分には難しかったので、文字おこしは誠司さんに頼んだ。この国の人には中々伝わりにくい感動だと思うがこれがなんともレトロで味わい深い。
「あの、このプリンとほうじ茶をお願いします」
「プリンとほうじ茶ですね、かしこまりました」
熱心にメニューを見ていた女性は少し緊張した面持ちでそう注文すると、お冷を口にしてほうと息を吐いた。
急須にほうじ茶の茶葉を入れ、お湯を注ぐ。
その独特の香りは、焙じると書くように、茶葉を焙煎してうまれる香ばしい香りだ。ほんわりとした温かみのある香りが心をくすぐる。
プリンは純喫茶店風の固めプリンにした。
しっかりと加熱された、濃いこげ茶のカラメルと、鮮やかな黄色のプリン。てっぺんにはホイップクリームをひと絞りして、そのうえ赤蜜チェリーをひとつ。
「お待たせしました。プリンとほうじ茶です」
「わぁ……! これが星月のプリン……」
藤色の目を輝かせた女性は眼鏡越しにまじまじとそのプリンを見つめた。
「あの、これって赤蜜チェリーですか?」
「はい。ヘタと種はこちらの小皿によけてくださいね」
「元取れないんじゃ……」
彼女がぽそりとこぼした言葉は聞こえなかったことにする。
赤蜜チェリーは冒険者たちが入る迷宮で手に入るドロップ品らしく、シロップ漬けのようなあまーい蜜のしたたるさくらんぼ。艶々で大粒だし、あふれる果汁がジューシーですごく美味しい。
……実はそれなりのお値段がしたりしなかったり。
「茶色いソースはカラメルといってほろ苦いので、上の白いホイップクリームや黄色い部分と合わせて食べてみてくださいね」
「は、はい……!」
緊張した面持ちでカラメルとプリンを上手にすくった彼女はおそるおそるプリンを口内へと導いた。
「……んっ」
吐息が漏れる。
そこからすかさずもう一口。
「おいし……」
自然と頬が緩んでしまうのだろう柔らかな笑顔を浮かべて彼女はプリンをすくう。
「プリンってこんなに美味しいんですね……」
「そう言っていただけて嬉しいです」
「職場でここのお店の噂を聞いて、気になってたんです」
「そうなんですね、お客様の職場で噂に」
美味しいものの噂は古今東西みんな気になるものだよね。うんうんと食道楽の心が頷きながらも、この小さなお店を話題にしてもらえるのは有難いことだなあと思う。
「はい、私はアイリスといいます。共立図書館で司書をしています」
「ご丁寧にありがとうございます、店主のイオリです。共立図書館といえば中央区の?」
「ええ、物語などもございますのでもし良ければお時間のある時にでもお越しくださいね」
物語。それは確かに気になるかもしれない。
図書館は、学術書や歴史書、記録本とよばれるエッセイのようなものが多く、一般の人が行ってもあまり楽しくないかもね、と誠司さんから聞いていたけれど。
異世界の文化は、私にはまだ知らないことが多い。
「赤蜜チェリーもとろっとろ……タマゴの濃い味と甘酸っぱいチェリーが合いますね……!」
頬に手をあててアイリスさんは笑う。
入店時は図書館の白い制服に良く似合う清楚な雰囲気にみえた彼女がプリンに舌鼓を打つ姿は愛らしい。
そんな素敵な笑顔のお礼にほうじ茶のお代わりをサービスしようと私は急須に手を伸ばした。
お読み頂きありがとうございました!
少しでもお楽しみいただけましたら、よろしければ評価やブックマークをお願いします。
続きや続編製作の活力となります!




