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二十四話、星降る琥珀羹ゼリィ

投稿が遅くなり、申し訳ございません。

 


 ーーかろりん。


 夕暮れの、古都街ビンティーク。

 西日が窓から射し込み、店内を夕焼け色に染め上げていた。そんな店に入ってきたのは、長いローブを纏ったマルグリットさん。

 濃紫の帽子を外すと、きらきらの銀髪がふわりと揺れる。彼女は本物の魔法使いだ。



「こんにちは、マルグリットさん。お仕事帰りですか?」



 夕方に彼女が来るのは珍しいと声をかけると、彼女は「ええ、そんなところね」と頷いた。彼女の美しいブルーの瞳にも夕日色が(にじ)む。



「……今日は、ちょっと変わったものを持ってきたわ」



 マルグリットさんはそう言って、カウンターに小さな天鵞絨(ビロード)の巾着袋を置いた。その声は、いつもより少しだけ、弾んでいるように聞こえた。



「あら、珍しいですね。何ですか?」



 私が尋ねると、マルグリットさんは巾着の口を緩め、中から小さな、透明な実を取り出した。


 それは、まるで硝子(ガラス)細工のように繊細で、手のひらの上で、ほのかに淡い光を放っているように見えた。



「これ、『星屑の実』っていうの。夜になると、本当に空の星みたいに輝くのよ。冒険の途中で見つけたんだけど、食べられるらしいわ。

 でも、どう調理したらいいか分からなくてね」



 マルグリットさんはそう言って、その実を私に差し出した。手のひらに乗せると、ひんやりとして、確かに微かに光っている気がする。

 こんな美しい実があるなんて、この異世界は本当に不思議だ。



「わぁ……本当に綺麗ですね! まるで、宝石みたい……」



 語彙力がなくてそんな言い回ししかできなかったが、私はその星屑の実に心奪われていた。


 ひし形というか、紡錘型といえばいいだろうか。透明な実の中は、液体か果肉のようなものがはいっているのだろう、動かすとパールのような輝きが揺らめいた。


 私が感動していると、誠司さんが私の隣にやってきた。誠司さんも、その実の美しさに目を見張った。



「不思議な実ですね。初めて見ました」


「それで、イオリ。これで何か、美味しいものを作れないかしら?

 せっかく見つけたんだもの、ただ食べるだけじゃつまらないでしょう?」



 マルグリットさんの言葉に、私は弾かれたようにマルグリットさんを見た。

 なんという提案なんだと思わずワクワクした。

 この美しい実を使って、何か特別なものを作ってみたい。



「はい、マルグリットさん。お任せください!

この実の美しさを最大限に引き出す、とっておきのデザートを作ってみせます!」



 私の言葉に、マルグリットさんは満足そうに頷いた。



「そう。じゃあ、また後日、食べに来るわ。ゼリーが固まるのを待つのは性に合わないからね」



 マルグリットさんはそう言って、颯爽と店を出て行った。

 ゼリー?

 特に聞かなかったけど、彼女はゼリーがたべたいんだろうか。


 マルグリットさんが残していった『星屑の実』を前に、私と誠司さんは頭を突き合わせていた。こんなに珍しい食材、失敗は許されない。

 しかも、試作に使える量も限られている。



「この実の輝きを活かすなら、やっぱり透明なゼリーがいいんじゃない?」



 誠司さんの提案に、私も頷いた。



「そうですね。でも、ただのゼリーにしただけじゃつまらない気が……マルグリットさんが驚くような……」


「夜になると星のように輝く、か……。

 安直だけど、夜空を描くのはどう?」



 誠司さんの言葉に、私の頭の中で、新しいデザートのイメージが膨らんでいく。

 夜空に輝く星々、その下に広がる大地、そしてたゆたう雲と、月。それを全て、一つのグラスの中に閉じ込める。



「よし、決めました。夜空を閉じ込めたようなゼリーを作ります!」



 そこからは、試行錯誤の時間だった。

 限られた食材を使う前に、頭の中でシミュレーションを繰り返す。どうやってこのイメージを形にするべきか。


 まずは、グラスの底に敷く「大地」は餡子を。

 あんみつに使用しているあんこをそのまま使う。


 次に、「雲」と「月」だ。

 私は、白く薄い琥珀糖を作ることにした。

 砂糖と寒天を煮詰める。冬に咲く雪鈴蘭を使い、薄くしても白い色になるように調整し、薄く伸ばして固める。

 固まったら、雲の形に不揃いに砕いたり、丸く型抜きして月に見立てたりする。


 そして、いよいよメインの「星屑ゼリー」にとりかかる。マルグリットさんが持ってきてくれた『星屑の実』を、丁寧に潰し、そのエキスを抽出する。透明感を出すために、濾す作業は特に慎重に行った。



「おだやかな甘みと、弾けるような刺激があるのね」



 加工せずにかじった星屑の実は、炭酸ような刺激があった。現代の弾けるキャンディーにも似ているそれは、不思議な感覚だ。

 梨のようなおだやかな甘みにしゅわりぱちりと弾ける感覚が不思議な食べ物だった。


 そんな星屑の実は、液体状になってもきらきらと輝いている。液体状の星屑の実と、柑橘のシロップ、水、砂糖、そして寒天を鍋に入れ、弱火でじっくりと煮詰める。焦げ付かないように、絶えず混ぜ続ける。



「なんかいい香りだね」



 誠司さんが、鍋から立ち上る湯気を吸い込みながら言った。確かに、ほのかに甘酸っぱく、どこか懐かしいような、優しい香りがする。


 煮詰まったら、粗熱を取り、グラスに注いでいく。グラスの底には、あんこの「大地」が敷かれている。

 その上に『星屑の実』のエキスを溶かしたゼリー液をゆっくりと注ぎ込む。途中で琥珀糖の「雲」と「月」を散らし入れた。

 蓋をするようにゼリー液をもう一度流し、冷蔵庫でしっかりと冷やし固める。



「これで、完成ですね」



 私は、出来上がったゼリーを眺めて、満足そうに息を吐いた。グラスの中には、確かに夜空が広がっていた。



「このデザートの名前、どうしようか?」



 私が誠司さんに尋ねると、誠司さんは少し考えてから、にこやかに言った。


「そうだねえ星が降るような美しさーー

『星降る琥珀羹(こはくかん)ゼリィ』なんてどう?」







 数日後。


 かろりん。と呼鈴(ドアベル)が鳴り、マルグリットさんが店にやってきた。



「イオリ、例のものはできた?」



 マルグリットさんは、いつものようにカウンター席に座り、期待に満ちた瞳で私を見た。



「はい。マルグリットさん、お待たせしました。星屑の実を使った星降る琥珀羹ゼリィです!」



 私がグラスをカウンターに置くと、マルグリットさんは目を丸くした。グラスの中には、あんこの「大地」の上に、白い琥珀糖の「雲」と「月」が浮かび、そして、透明なゼリーの中に、まるで満天の星が煌めく夜空のように、『星屑の実』がキラキラと輝いている。



「これは……本当に星が降っているみたい……!

 なんて美しいの…!」



 マルグリットさんは、感動したようにグラスを手に取った。誠司さんも、私の隣で、その出来栄えに満足そうに頷いている。


 マルグリットさんは、スプーンでゼリーを一口すくった。口に運ぶと、その蒼玉の瞳が、ふわりと細められた。



「…美味しい……!

 ほのかに甘酸っぱくて、爽やか……!

 ぱちぱちと弾ける感覚は星屑の実の魔力が弾けているのね!

 そして、この香りは雪鈴蘭ね……冬の故郷でよく見た花だわ……」



 彼女はそう言って、もう一口、ゼリーを口に運んだ。その表情は、魔法使いとしての厳しさはなく、ただただ、デザートを心から楽しんでいる、一人の女性の顔だった。



「この、底のあんこも美味しいわ。

 あんこって不思議よね、私はこのビンティークに来るまで食べたことがなかったのに、懐かしさを覚えるのよ」



 あんこは、言ってしまえば豆を煮たものだ。

 種類や食べ方の差はあれど、豆を食べたことの無い人間は少ないのだろう。あんこにはどこか郷愁を誘う香りがした。



「勢いでつついて崩してしまったけど、美しかったわ……味わいも含めて、まるで、故郷の星空を見ているみたいだった……」



 マルグリットさんの言葉に、私は笑った。

 変に洋風なケーキにしなくて良かった。この喫茶店に持ってきてくれた意味を考えて、あまり突飛にしないように気をつけたこのデザートが、彼女の心に響いたことが、何よりも嬉しかった。



「イオリはずっとマルグリットさんがどんなものなら満足してくれるか、四六時中考えていたからね」


「あっ、誠司さん、それは内密に……!!」



 慌てたがもう遅い。

 マルグリットさんは、にやりと笑った。



「内密もなにもバレバレよ。

 隈が消えるくらいはしっかり休みなさいよね」



 つんつん、と自身の目元を指すマルグリットさん。寝不足はお見通しらしい。



「まあ、そんな一生懸命なところがイオリの魅力だからね」



 誠司がそう言って、私の方を見た。

 彼の瞳には、私への尊敬と、愛情が宿っているのが、はっきりと見て取れた。彼の言葉に、私の顔は少し熱くなった。


 マルグリットさんは、その後もゼリーをゆっくりと味わい、満足そうに息を吐いた。



「本当に、ありがとう。

 この店は、いつも私を驚かせてくれるわ」



 彼女はそう言って、にこやかに微笑んだ。その笑顔は、いつもよりずっと柔らかく、温かかった。



「また、何か珍しいものを見つけたら、持ってくるわね。その時は、また何か、美味しいものを作ってちょうだい」



 マルグリットさんはそう言って、颯爽と店を出て行った。

 かろりん。彼女の心のように軽やかに呼鈴(ドアベル)が鳴り、マルグリットさんの姿が見えなくなる。



「喜んでくれて、良かったぁ……」



 ほっと、息を吐く。

 誠司さんは「そうだね」と軽く笑って、マルグリットさんの席を片付け始める。


 この『星降る琥珀羹ゼリィ』は、喫茶『星月』の名前にもよく合う。今は難しいけれど、いつか、これをメニューに加えて、たくさんのお客様にこの美しい夜空を味わってもらえたらいいな。そんな未来への期待を込めて私は、レシピをしっかりと保存しておくことにした。



お読み頂きありがとうございました!

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