二十二話、夫婦重ねのサンドイッチ
ーーかろりん。
呼鈴が鳴る。
「いらっしゃいませ!」
私の声が朝日に照らされた店内に響く。
開店したばかりの純喫茶『星月』には、まだ珈琲の香りがふんわりと漂っている。誠司さんはまだ出勤前で、今日の朝は私一人で切り盛りしていた。
開店とほぼ同時、朝一番の客は若い夫婦だった。
二人とも、慎ましさを感じる着物を着ていて、どこか初々しい雰囲気をまとっている。お互いに少し照れ屋なのか、時折、視線を合わせては微笑み合っているのが微笑ましかった。
「いらっしゃいませ。どうぞ、お好きな席へ」
私が声をかけると、二人は少しはにかんだように頷き、窓際のテーブル席に腰を下ろした。
「こちらが注文表です。
お決まりになりましたら、お伺いいたします」
「ええっと、あの、」
戻ろうとした私を夫らしき男性が、呼び止める。妻らしき女性の顔をちらりと見て、彼は、はにかんだように言った。
「あの、朝の軽食を一つと、珈琲と、くっきぃを一つ……」
そして、妻の方も、少し俯きがちに続けた。
「はい……二人で、分け合いますので……」
その言葉に、私は思わず胸が温かくなった。
新婚のような雰囲気を漂わせた二人だし、新しい生活を始めたばかりで、きっと節約しているのだろう。
本来なら、喫茶店で外食する金銭的余裕はないのかもしれない。そんな中で、きっと洋食店や『カフヱ』に来てみたかったのかもしれない。
量は少なくても、食事も、体験も、二人で一つを分け合おうとする姿が、何よりも尊く、愛おしく見えた。
「かしこまりました。軽食と珈琲、クッキーですね」
私はにこやかに頷き、厨房に戻った。彼らが「朝の軽食を一つ」と言ったのは、きっと一番シンプルなものを頼むつもりだったのだろう。
でも、せっかくだから、この二人の門出を祝うような、そんな特別な朝食を用意してあげたい。二人で分け合うなら、心が満たされるような、温かいものを。
私は魔具氷室を覗き、新鮮な卵と、赤茄子、レタス、胡瓜、地底鶏の鶏ハム、チーズを取り出した。
よし、これだ。
薄焼き玉子をつくる。卵を丁寧に溶きほぐし、出汁とほんの少しの砂糖、塩で味を調える。熱したフライパンに流し入れたらくるりと手首を回して大きく広げる。じゅわ、と卵が焼ける音が心地よく、香ばしい匂いが厨房に満ちる。
錦糸玉子と違い、少し焦げ目がつくくらいが美味しい。焼いたものは重ねて粗熱をとっておく。
赤茄子、レタス、胡瓜、は薄く切って、水気を切っておく。
薄切りの食パンは魔具トースターで軽く焼き、牛酪を塗ったもの、自家製マヨネーズを塗ったもの、チーズを乗せたものの三枚を用意し、鶏ハムは薄く削ぎ切りにしたものをのせる。
パン具材パン具材パン、の順で重ねたら楊枝を刺して固定し、二人で食べやすいように三角にカットする。
「お待たせいたしました!夫婦重ねのサンドイッチです!」
私が運んでいくと、夫婦の二人は、目を丸くしてそれを見つめた。
「えっ……こんなに……?」
「これがサンドウィッチですか?
……あの、見た事あるものは、もう少し薄いものだったのですが……」
二人が驚いたように声を上げた。
「はい。クラブハウスサンドという、食べ応えがあるサンドイッチです」
不思議そうな二人に、私は微笑む。
ランチに付けている野菜スープを起きながら、なぜこれを選んだのか説明する。
「サンドイッチといえば、パンとパンで具材を挟んだものですが、これは、パンは三枚重ねにしているため、まるで二つのサンドイッチがひとつになったように見えます。
この、チーズと卵のサンドイッチと、野菜と鶏肉のサンドイッチは、別々にたべることはできないんです」
二人ははっとした様子で夫婦重ねのサンドイッチを見た。そして気恥ずかしそうに頬を染めると、二人は穏やかにこちらを見た。
「別々に食べることはできず、また、一緒に食べることで豊かな味わいのこちらが、お二人にぴったりだと思います。
どうぞ、温かいうちに召し上がってください」
私がそう言うと、二人は顔を見合わせ、そして、はにかんだように微笑んだ。
「ありがとうございます……! いただきます!」
「いただきます……!」
二人は揃って手を合わせ、少しの戸惑いを持ちながらサンドイッチに手を伸ばした。
「……おいしい……」
女性が、静かに呟いた。
その瞳は、少し潤んでいるように見える。
「本当だ……心が温まる味だね、梅子」
「正太さん、この卵、薄く焼いた卵を何枚も重ねてあるわ!」
「うん、赤茄子も初めて食べたけど、味が濃いなあ」
二人は、語らいながらゆっくりと、大切に味わっているようだった。その顔には、満ち足りた幸福感が浮かんでいる。
私が珈琲とクッキーを運び終えた頃には、彼らの皿はすっかり空になっていた。
「ごちそうさまでした。本当に、びっくりするほど美味しくて……」
梅子さんが、名残惜しそうに空になったお皿を見つめている。
「こんなに美味しく、僕たちを想ってくださる気持ちのこもった朝食は初めてです。
ありがとうございました」
正太さんも、深々と頭を下げた。
「また、いつでもいらしてくださいね」
私がそう言うと、二人はにこやかに頷き、会計を済ませて店を出て行った。二人の手が、そっと重なったのが見える。互いの手を握りしめ、幸せそうに微笑み合うその後ろ姿は、私に春風のような、温かい幸福感を残していった。
静かになった店内で、私は空になったお皿を片付けながら、温かい気持ちに包まれていた。誠司さんがいなくて少し寂しい朝だったけれど、二人の新婚さんの姿が、私の心をいっぱいに満たしてくれた。
今日もまた、星月喫茶に、新しい物語が生まれていく。そして、誰かの幸せに、少しだけ貢献できたことを、心から嬉しく思った。
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