二十一話、嬉しい再会とクリームソーダ
ーーかろりん。
呼鈴が鳴る。
「ありがとうございました!」
お帰りのお客様をお見送りする。
彼らの外套が薄手の物に変わっているのを見て、夏が近づきつつあるんだなとふと気づく。
ぽかぽかとした陽気と、爽やかな日差しは確かな熱をもたらした。アイスティーを追加しよう、そう思っていると、歩いてくる人影に気がついた。
男の子と女の子がそれぞれお母さんと手を繋いで、三人仲良く歩いてくる。そこにいたのは、以前、店で保護した迷子の女の子、ユキちゃんだった。男の子はユキちゃんのお兄ちゃんなのだろう、歳の頃は二、三歳くらいは上そうだが、顔立ちはユキちゃんによく似ていた。
「いらっしゃいませ! ユキちゃん!」
私が嬉しくて声をかけると、ユキちゃんはこちらに気づいたのだろう、パッと顔を輝かせた。
「おねえさん!」
ユキちゃんはそう言って、私に駆け寄ってきた。その小さな手には、可愛らしい花が握られている。
「おはな! あげるね!」
「わぁ、ありがとう! とっても嬉しいわ」
道中に摘んだのだろうか、蒲公英や春紫苑を手渡してくれるユキちゃんが可愛すぎて、自然と笑顔になってしまう。
「ああもう、すみません……。
ユキがどうしてもそちらをお渡ししたいと……」
ユキちゃんのお母さんは申し訳なさそうに頭を下げた。
「いえ、とっても嬉しいです。どうか、お気になさらず。……ユキちゃん、元気だった?」
目線を合わせつつ私が尋ねると、ユキちゃんは元気いっぱいに頷いた。
「うん! あのね、またあれ、食べたい!」
ユキちゃんの「あれ」は、クリームソーダだ。
以前、迷子になって、お迎えを待つ間不安そうにしていたユキちゃんに試作中だったクリームソーダを作ってあげたのは記憶に新しい。
「クリームソーダですね、もちろんです」
「やったぁ!」
ぴょこん、と飛び跳ねる仕草がすごく可愛い。
ここでは暑いでしょうし、中へどうぞ、とご案内する。
「くりいむそおだ〜くりいむそおだ〜」
足をユラユラさせながら心待ちにしているユキちゃん。お兄ちゃんは、そんなユキちゃんの様子を少し呆れたように見ているけれど、メニューを真剣な顔で眺めている。
「君は、何か食べたいものある?」
私が尋ねると、お兄ちゃんは眉間にキュッと皺を寄せてこちらを見た。
「クリームソーダって……うまいの?」
「緑のしゅわしゅわした飲み物に、あいすくりんが乗ってるのよ。あいすくりんは、あまーい牛乳味で、お口に入れたら溶けちゃうのよ」
私の説明に色素の薄い瞳が瞬く。お兄ちゃんが頭に「?」を浮かべているのがわかる。
「ふふ、どんなのかわからない不思議な飲み物でしょ? 飲んでみる?」
「うん。でもおれ、食いもんも食べたい」
「お昼ご飯食べたじゃない……!
それに、アナタが食べたらユキも欲しくなるでしょう?」
困ったように言うお母さんの言葉に、お兄ちゃんはムスッとしてしまう。それがなんだか可愛いくって、私は逆にクスッと笑ってしまった。
「それじゃあ、星月パンケーキはどうかな?
お母さんとユキちゃんと分けられるように、特別に三枚重ねにしてあげますから」
「すみません、毎回毎回……」
「いいんですよ、私がしたくてしてますし。
むしろお母さんも、ここではちょっと息抜きだと思って、お好きな物を飲んだり食べたりして、ゆっくりしてください」
ね、と念を押すように言うと、お母さんは目を少し潤ませて、ありがとうございます、と頭を下げた。
「それでは、そのパンケーキと……あの、珈琲を……。実はその、ずっと飲んでみたくって……」
『カフヱ』の文化は未だ発展途上。
主婦が一人でカフェや喫茶店に入り、珈琲を頼むのは難しいだろう。
「かしこまりました。少々お待ちくださいね」
そう言って席を離れると、誠司さんが、嬉しそうに微笑んでいた。
「ユキちゃん、大きくなった気がするね。
また会えるなんて、今日はいい日だね」
「本当に。さあ、早速作りましょう」
私はすぐに誠司さんと手分けして注文の品を作り始めた。
パンケーキには難しい材料は入れてない。
卵と砂糖をすり混ぜる。そこに溶かし牛酪を入れて、白っぽくなるまで混ぜる。きちんと乳化させるのがなめらかポイントだ。
牛乳と隠し味のみりんを加え、よく混ぜたら、メリケン粉とふくらし粉と塩ひとつまみをふるい入れ、さっくりと混ぜる。
焼く時は、面倒でも濡れ布巾を使うのと、じっくり弱火を維持するのが綺麗な焼き色のコツだ。
誠司さんが盛り付けるクリームソーダが出来上がった。たっぷりの氷、鮮やかな緑色のソーダ。真っ白なバニラアイスの山の上には真っ赤な赤蜜チェリーがちょこんと乗っている。
「お待たせしました。クリームソーダです」
誠司さんが運んで行くと、二人の目がキラキラと輝いた。
「わぁ!ありがとう!」
ユキちゃんは、ストローを差し込み、嬉しそうにクリームソーダを飲み始めた。その顔は、満面の笑顔だ。
次にお兄ちゃんはあいすくりんをツンツンとスプーンでつつき、小さくすくって口に運んだ。
「……! んま! なくなった! なにこれ!?」
素直な表現に、自然とこちらも笑ってしまう。
パンケーキを焼き上げて、取り皿や珈琲と一緒に誠司さんが提供すると、今度はお母さんも目を輝かせた。
「お待たせいたしました。
三段式星月パンケーキと、星空珈琲でございます。珈琲は苦味の強いお飲み物ですので、お好みに合わせて、こちらの砂糖と牛乳を入れてください」
「すげえ! 父さんの顔よりでかいぞ!」
「お月様が可愛いね!」
「いい匂いね。
……もう、そんなに慌てなくても、ちゃんと取り分けるからちょっと待ってちょうだい」
見る度食べる度に、感動の声を上げている二人。お母さんも、そんな子どもたちの様子を嬉しそうに見守っていた。
「本当に、どれも美味しいです。子どもたちも、大喜びで……」
お母さんがそう言って、私に微笑みかけた。
「それは良かったです。
またいつでも、気軽にいらしてくださいね」
「ええ。ここは、ユキちゃんの、もう一つの『帰れる場所』ですから」
誠司さんも、優しい笑顔でそう付け加えた。
私たちの言葉に、ユキちゃんはパッと顔を上げた。
「うん! また来るね!」
ユキちゃんはそう言って、満面の笑顔で頷いた。
その瞳には、この喫茶店が、まるで自分の家のように、温かい場所だと感じていることが見て取れた。
ユキちゃん一家は、その後も、楽しそうに食事を続け、満足そうに店を後にした。
かららん、と呼鈴が鳴り、三人の姿が見えなくなる。
綺麗に完食された食器を片付けながら、私の胸は温かいもので満たされていた。
あの日、心細く泣きそうだったユキちゃんが、笑顔でこの喫茶店に来てくれた。その事実が、あの日の私たちが間違ってなかったと伝えてくれる。
この喫茶店が、誰かにとっての温かい場所になれたらいいな、そう思った。
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