二十話、お祝いプリンアラモード
投稿順を間違えてしまい、割り込み投稿いたしました。
ご迷惑おかけいたします。
午後の落ち着いたティータイム。
純喫茶『星月』はこれからが稼ぎ時だ。からりん、と来店を知らせる呼鈴が鳴るたび「いらっしゃいませ!」と声が響いた。
カウンター席では、リリーちゃんが大きなグラスに入ったミルクセーキを、幸せそうに飲んでいた。真っ白な泡が口元について、かわいい。
「ミルクセーキ、本当に美味しすぎてふとっちゃいそう……でも、これのお陰で、今日も一日頑張れそうです!」
リリーちゃんはそう言って、にぱっと笑った。
その元気いっぱいの笑顔と明るい声は、いつも店や私に活気を与えてくれる。
「ふふ、それは良かったです」
「はい! また来ますね!」
甘い香りのミルクセーキを飲み干したリリーちゃんはそう言って、会計を済ませるとくるりと振り返り、手を振りながら店を出て行った。
ーーかろりん。
呼鈴が鳴り、リリーちゃんが去ったのと入れ替わるように、再びドアが開いた。
「いらっしゃいませ!」
来店を迎える声に重ねるように店に入ってきたのは、見慣れた髭面の男性。鍛冶師のゴローさんだった。彼の隣にはまだあどけなさの残る、若い男の子が立っている。
成長期真っ只中といった印象の男の子は、ドワーフであるゴローさんより背が高く、どこか自信なさげだ。
「おう、イオリ。珍しい時間に来ちまったな」
「ゴローさん、いらっしゃいませ。どうしたんですか?」
午後にゴローさんが来るなんて、本当に珍しい。
私が尋ねると、ゴローさんは隣の男の子の肩をポンと叩いた。
「こいつはコウ。
今日から俺の弟子になったんだ」
「えっ!」
私は思わず声を上げた。誠司さんも、カウンターの奥で珈琲豆を挽く手を止め、驚いたように二人を見た。
「コウ、挨拶しろ」
「……コウ、です。今日から、ゴロー親方の弟子になりました。よろしくお願いします」
ゴローさんに促され、コウくんは少し照れたように、しかし真っ直ぐな瞳でこちらを見ていた。
彼の声は強くない。しかしその瞳の奥には、真面目で優しい光が宿っているように見えた。
「コウくんですね、こちらこそよろしくお願いします。私はこの喫茶店の店主、伊織です。こちらは、店員の誠司さん」
私が誠司さんを紹介すると、誠司さんはコウくんに向かって軽く頭を下げた。
「誠司です。どうぞよろしく」
「ゴローさん、コウくん。お飲み物は何になさいますか?」
私が尋ねると、ゴローさんは思い出したように「おうそうだな」と頷いて、カウンターのいつもの席に座った。戸惑うコウくんに隣に座るように嬉しそうに促している。
「俺はいつもの星空珈琲でいい。コウ、お前も珈琲でいいな?」
「かしこまりました。お祝いに、何かお出ししましょうか?」
私がそう言うと、ゴローさんは豪快に笑った。
「おお! それは嬉しいな!
じゃあ、コウの好きなものにしてやってくれ」
「コウくん、何か食べたいものありますか?」
私が優しく尋ねると、コウくんは少し考えてから、小さな声で言った。
「……甘いもの、がいいです」
その言葉に、私は少し驚いた。
ゴローさんは男らしい濃いめの味付けや、豪快なメニューが好きだし、彼も年頃の男の子だからもっとガッツリしたものをリクエストするかと思った。
年齢や性別にとらわれず、好きな物を好きといって遠慮なく食べて欲しい。コウくんのリクエストを嬉しく思いながら、彼らに微笑みかける。
「かしこまりました。少々お待ちくださいね」
私は誠司さんに果物を用意してもらうように頼んだ。それだけでも誠司さんには何を作るのか伝わったのだろう。
「アレも、用意しとくね」
「……! はいっ」
頷き、お湯を沸かして珈琲の準備に取り掛かる。
それと並行してプリンを魔具氷室から取り出すと、阿吽の呼吸で、誠司さんが『アレ』こと、プリンアラモード用の脚付きグラスを持ってきてくれた。
特注の器は、浅く、柔らかな形の硝子細工で細く装飾が入っている。金属製と迷ったが、プリンは金属製、プリンアラモードは硝子製にした。
黄金色のプリンを中央に、周囲には色とりどりの季節のフルーツを美しく飾り付けていく。
ホイップと赤蜜チェリーも忘れずに。
完成したプリンアラモードを提供するとコウくんの目が、キラキラと輝いた。
「うわぁ……!」
言葉こそ少ないが、彼のその瞳がプリンアラモードに釘付けになっていた。うっとりとした表情が雄弁に物語っている。
ゴローさんは、コウくんとはまた違う目線で、プリンアラモードを見つめていた。
「こいつぁ、いい腕だな。職人ってのはこうじゃなきゃダメだ。おい、コウ! 見てみろこの玻璃みてぇな硝子細工!」
びっ、っとその職人の太い指で指し示したのは細い脚の部分ではなく、上部だった。誠司さんがくすりと笑う。
「さすが、お気づきですか?」
「俺を舐めるんじゃねえよ。
こいつは文句なしに一流の仕事だ。食器としての美しさは勿論、この器の模様がほれ、光を上手い具合に取り込んで、果物を照らしてやがる」
ゴローさんの言う通り。
プリンアラモードは、出来た当時は“à la mode”と流行を意味する言葉がつけられるくらい最新の洒落た洋菓子だったのだ。
これに憧れてた人も多いと聞く。
それにふさわしい輝きを与えてくれてるのがこの器なのだが、光の屈折を利用したこの器の凄さに気づくゴローさんも間違いなく一流の職人だった。
「お、溶けちまうな! 遠慮しねぇで食え食え!」
ゴローさんに促され、コウくんはスプーンを手に取った。一口食べると、その表情が、みるみるうちに幸せそうに緩んでいく。
「……甘くて、ほろ苦くて、ほいっぷと、プリンの卵味が絡んで、おいしい」
小さな声で呟いたその言葉は、心からのものだと分かった。
「珈琲もお待たせしました」
誠司さんが、ゴローさんとコウくんの前に珈琲を置いた。コウくんは、少しだけ顔をしかめたが、ゴローさんの手前、一口飲んだ。
その表情は、やはり少し苦そうだった。
「……ありがとう、ございます」
「こちらの砂糖と牛乳を少し足すと飲みやすいですよ」
そう言って、シュガーポットとミルクポットを目の前に置いておく。無言で入れるのが可愛い。
「……あ、このほうが好きです」
ありがとうございます、ともう一度彼はそう言って、プリンアラモードを再び口に運んだ。頬が緩む。珈琲は苦手だけど、甘いものは本当に好きなんだな、と私は思った。
「コウ、これからが大変だぞ。だが、お前なら立派な鍛冶師になれる」
「っ! げほっ、ごほっ……!」
ばちん!とゴローさんが、コウくんの肩を力強く叩いた。
コウくんは、その力強さに目を白黒させて噎せてから、ゴローさんの言葉に、小さく頷いた。
その瞳には、未来への希望と、少しの不安が入り混じって見える。
「ゴローさん、コウくん、おめでとうございます!」
私がそう言うと、誠司さんも、ゴローさんも、そしてコウくんも、みんな笑顔になった。この喫茶店が、また一つ、新しい絆を紡いでいく。
そんな嬉しい時間だった。
コウくんは、それからというもの、ゴローさんと一緒に毎日のように星月喫茶に顔を出すようになった。
どうやら、住み込みで働いているらしい。
いつも決まって、二人揃って珈琲を頼むけれど、若き見習い職人は、少しずつ、その苦い味に慣れようとしているようだった。
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