十二話、彩りオムライスとひとくちの冒険
ここはとある異世界。
現代日本で産まれた私ーー佐藤伊織は、ある日突然気づいたら獣耳や魔法使いや冒険者のいる大正ロマンや昭和レトロが混じりあった世界に迷い込んでいた。
そこから紆余曲折あったが、今は喫茶店を営むことで生計を立てている。
純喫茶『星月』本日も開店いたします。
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ーーからりん。
呼鈴と共に店に入ってきたのは、豹獣人の冒険者カンナさんと、その隣に立つ、まだ幼い男の子だった。男の子は、カンナさんの後ろに隠れるようにして、警戒した目で店内を見回している。
カンナさんは、私を見つけるとにやりと笑った。
「マスター、悪いな。ちょっと厄介な客を連れてきた」
「カンナさん、どうしたんですか?」
私が尋ねると、カンナさんは夕焼け色の大きな手で男の子の頭をガシガシと撫でた。乱暴そうだが、愛情のこもった仕草だ。
「こいつはテオ。近所に住んでるガキなんだが、冒険者になりたいって言うくせに、野菜が大の苦手でな。このままじゃ、ろくに飯も食えずに死んじまうってんで、マスターの力を借りようと思って来た」
「野菜は無理! 絶対無理だからな! 草なんか食えるか!!」
その剣幕の強さに、私は思わず苦笑してしまった。
なるほど、これは手強いお客様だ。
「テオくん、いらっしゃい。どうぞ、お好きな席へ」
私が優しく声をかけると、テオくんはまだ警戒した表情のまま、カンナさんに促されてカウンター席に座った。
「冒険者を目指すなら、好き嫌いはダメだぞ、テオ。どんな場所でも、どんな飯でも、食えるようにならなきゃ、生き残れねぇ」
カンナさんの言葉は現役の冒険者だからこその重みがあった。怪我や命の危険もある仕事だ。日帰りは勿論、野営をすることもあるし、アクシデントで仲間とはぐれたり、荷物を無くしたりもするかもしれない。
「オレが野菜食えねえから冒険者になれねえとかウソだろ! 子どもだからってばかにして!」
「あのなぁ……」
「馬鹿にするどころか、カンナさんは君が冒険者になりたいって気持ちを誰より本気だと思って受け止めてくれてると思うよ?」
その言葉に答えたのは、カンナさんではなく、お冷を持っていった誠司さんだった。さらりと告げられたその言葉に、テオくんは、信じられないといった顔で誠司さんを見た。
「君が本気なら、周りの人間をよく見るんだ。
軽々しく「なれる」「頑張れ」と根拠もなく言う冒険者より、これからの君に必要なことをアドバイスしてくれるカンナさんのほうが、ずっと君を冒険者に育てようとしてくれてる」
誠司さんは、元軍人さん。
冒険者とは違えど、命懸けの仕事をしてきた彼の言葉は、テオくんの心を少し動かしたらしい。小さな手で、何かを堪えるように服をぎゅうっと握った。
「な、なんつーか恥ずかしいな、おい」
照れ笑いを浮かべ、かりかりと頬を書きながら尻尾を揺らしてカンナさんがそう言うと、テオくんはプイッと顔を背けた。
「そんなの、俺には関係ない!
野菜なんて、絶対食べないから!」
うーん、困った。
ただ野菜を出しても、きっと彼は食べないだろう。
誠司さんの言葉に感じるものがあっても「食べたくない」が先行して、目の前の困難に顔を背けている。
見た目からして、彼が「食べたい!」と思うような工夫が必要なのかもしれない。
「よし、テオくん。
特別に、今日だけの新作料理を作ってあげます」
私がそう言うと、テオくんは少しだけ興味を持ったように、こちらをちらりと見た。
「新作…?」
「うん。とっておきの、彩り野菜のお絵描きオムライスですよ」
私はそう言って、テオくんにウィンクした。
「ひみつ」「魔法」「とっておき」そんな言葉に子どもは弱い。興味を惹かれるに違いない。……といいな。
野菜の存在を隠して、食べれるようになってもらう方法もあるが、それは根本的な解決にならない。
野菜の見えるごはんを、自分で口に運ぶ、それがテオくんが今試されている冒険者への道には必要だった。
「お絵描きオムライス?」
テオくんは、まだ疑わしそうな顔をしている。
私は、魔具氷室から色とりどりの野菜を取り出した。赤はパプリカ、緑のブロッコリー、オレンジは人参。茶色や小豆色のグリルビーンズ。それらを細かく刻んで、半量を、迷宮食材の『地底鶏』と玉ねぎ、コーンを使ったチキンライスと一緒に炒める。
誠司さんが、ふわふわの卵を焼き上げ、チキンライスの上にそっと乗せた。
そして、ここからが私の腕の見せ所だ。
私は、ケチャップのボトルを手に取り、オムライスの上に、テオくんが喜ぶように絵を描いていく。今回は、男の子の好きそうな勇敢なライオンの顔にしてみた。
周りには、細かく刻んだパプリカやブロッコリーを絵の具がわりにして色鮮やかに飾り付けをする。どれも甘みがでるように調理してあるので、そんなに苦味は感じないはずだ。
「お待たせしました。
彩り野菜のお絵描きオムライスです」
私が運んでいくと、テオくんの目が、みるみるうちに大きくなった。
「うわぁ……!」
彼の顔には、さっきまでの野菜嫌いの頑固さはなく、ただただ驚きと、少しの好奇心が浮かんでいた。カンナさんも、その出来栄えに目を見張っている。
「カンナさんにはこちらの大盛りを。それから、オムライスだけでは足りないでしょうし、地底鶏のハーブソテーです」
カンナさんのはデフォルメした彼女の顔だ。
簡略化しているとはいえ豹の顔となると少し難しいが、カンナさんはさらにふたまわり程大きくつくっているのでオムライスのキャンパスも大きい。
ハーブソテーも大きな手鶏の足一本丸っと焼いてあるのでボリューム抜群だ。
「どうだ、テオ。美味そうだろう?」
カンナさんがニヤリと笑うと、テオくんはまだ戸惑いながらも、スプーンを手に取った。ライオンの顔を崩さないように、そっと端っこから一口。
「……ん?」
テオくんの表情が変わった。
恐る恐る、もう一口。そして、また一口。
「……おいしい!」
テオくんは、思わず叫んだ。その瞳は、驚きと喜びでいっぱいに輝いている。
「野菜、入ってるのに……おいしい!」
彼はそう言って、夢中になってオムライスを食べ始めた。ライオンの顔も、あっという間に崩れていく。
「中にも野菜がいっぱいなのに!」
「ふふ、良かったね、テオくん」
「うん! これなら、いくらでも食べられる!」
私の言葉に、テオくんは満面の笑顔で頷いた。カンナさんも、そんな小さな見習い冒険者くんの様子を見て、満足そうに笑っていた。
「やるな、マスター。さすがだ。
アタシの顔までご丁寧にさ。……あ、地底鶏のやつ持ち帰り用にもう一歩焼いてくれないかい?」
「あ、はい! 誠司さん、地底鶏出してもらっていいですか?」
「焼いとくよ俺」
そういって微笑む誠司さんも、テオくんの食べっぷりを優しい眼差しで見守っていた。
テオくんは、その日、彩り野菜のお絵描きオムライスをペロリと平らげた。それは、彼にとっての「冒険の始まり」であり、野菜嫌い克服の大きな第一歩となった。
「ごちそうさま! また来るね!」
テオくんは、元気いっぱいにそう言って、カンナさんと一緒に店を出て行った。
ーーかろりん。
呼鈴が鳴り、二人の姿が見えなくなる。
「喜んでくれて良かったね」
誠司さんが覗き込むように笑う。
嬉しくて、テオくんが綺麗に食べきったお皿を見つめていたのがバレたらしい。
お絵描きも、カラフルな野菜も、オムライスだって安直だ。世の中の親御さんはもっと色んな工夫をしてるのだろう。
自分が凄いなんて思えない、ただ彼が笑顔で食べてくれたのが嬉しかった。
「誠司さんの言葉も、テオくんにきっと届いてたよ」
「そうだと嬉しいな」
ちょっと驚いたような顔をして。
そのあとにふんわりと笑う誠司さん。
思わず見つめあって破顔して、二人でテオくんが立派な冒険者になるのが楽しみだね、と笑い合った。
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