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十一話 鍛冶師とヘレステーキ

 


 ーーかろりん。


 呼鈴(ドアベル)が鳴る。

 早朝の爽やかな空気とともに店に入ってきたのは、がっしりとした体格のドワーフ、ゴローさんだった。彼は毎日、朝一番に星月に顔を出してくれる、大切な常連さんだ。


「おう、イオリ。いつもの珈琲と、今日はシンプルなトーストを頼む」


 ゴローさんはカウンター席にどっかりと腰を下ろすと、ふさふさの眉毛の下から、ぐりんとした大きな瞳で私を見た。


「はい、ゴローさん。星空珈琲と牛酪(バター)トーストですね」


 私は手際よく珈琲の準備を始める。

 水に漬けてあったネルフィルターを洗い、お湯を沸かしながら、魔具トースターに山切りのパンをセットする。珈琲豆の香りと、トーストが焼ける香ばしい匂いが店内に広がる。


「最近、どうですか? 鍛冶の仕事は」


 私が尋ねると、彼は大きく頷いた。


「ああ、おかげさまでな。お前さんのおかげで仕事も増えた」


 ゴローさんは、私が異世界に来てから、この喫茶店で使うための、調理器具をいくつか作ってくれていた。泡立て器やケーキやクッキーの金型、プリンの銅器など彼の作った道具のおかげで、私の料理の幅も広がったし、何より作業が格段に楽になった。


「それは良かったです。 仕事が増えたのは、ゴローさんの腕がいいからですよ」


 私がそう言うと、ゴローさんはドワーフらしい髭もじゃの奥で嬉しそうに笑った。


「ふん。まあな。しかし、最近は少し、体が重いな」


 ゴローさんはそう言いながら、珈琲を一口飲む。その顔色は、いつもより少し優れないように見えた。


「無理しないでくださいね。何か、お腹に優しいものでも作りましょうか?」


 私が心配そうに声をかけると、彼は不満そうに首を振った。


「いや、大丈夫だ。トーストでいい。

 それに、病人食なんてものは好かん」


 そう言いながらも、ゴローさんのトーストが減る様子はない。そして、珍しく半分ほど残してしまっていた。


「……悪いな」


 ゴローさんはそう言うと、店を出て行った。

 心なしか足元がおぼつかなかったように見えて、心配になる。


「ゴローさん、なんだか元気がないようでしたね……」


「心配だね」


 私が思わず呟くと、誠司さんも同意した。彼は、ゴローさんの背中を見送るように、じっとドアを見つめていた。




 翌朝。

 オープンの時間を過ぎても、いつも来る時間が過ぎても、ゴローさんは来なかった。

 昨日のこともあり、心配になると、同じように思っていたのか、誠司さんが言った。


「様子を見てくるから、店をお願いしていい?」


 こくり、と頷く。


「大丈夫だよ」


 誠司さんはそう言って足早に店を出たが、私の不安はなくならなかった。ゴローさんが朝一番に来ないなんて、初めてだった。


 戻ってきた誠司さんは一人だった。

 少し慌てた様子に、こちらも不安になる。


「ゴローさん、鍛冶場で倒れてたよ」


「えっ!?」


 私は思わず声を上げた。


「熱があった。一人暮らしだから、誰も気づかなかったみたいで……」


 誠司さんの言葉に、ずきりと胸が痛んだ。いつも元気で、頼りになるゴローさんが、一人で苦しんでいるなんて。昨日、もっと気にかけていれば、と悔やんでしまう。


「何か、温かくて栄養のあるものを届けてあげたほうがいいかもしれない」


 誠司さんがそう呟く。

 たしかに、食事の用意も一苦労だろう。

 消化に良さそうなうどんやお粥を頭に思い浮かべ、首を振る。ガッツリメニューが好きなゴローさんは、きっとそれじゃだめだ。


「それじゃあ野菜たっぷりのスープと、ステーキを作りましょう。特製のソースで、元気が出るように」


 メニューを決めると、心も決まった。

 私はすぐに腕を捲り上げた。誠司さんも心得たように、手際よく調理の準備を始める。


 しばらくして、私たちは出来上がったばかりのスープとステーキを手に、ゴローさんの鍛冶場へと向かった。

 普段は熱気と金属の匂いが充満しているであろう鍛冶場は、ひっそりと静まり返っていた。


「ゴローさん、入りますよ!」


 誠司さんが戸を叩きながら声をかけると、奥から、弱々しい声が聞こえた。


「……誠司か? どうしたんだ……?」


「お見舞いに来ました。これ、ゴローさんのために作った、特製ヘレステーキです」


 誠司さんがステーキと野菜スープの乗ったお盆を差し出すと、ゴローさんは目を丸くした。


「ヘレステーキ…? そりゃ、また、珍しい…」


「はい、元気が出るように、特製のソースもかけました。一口でもいいので、食べれそうですか?」


 私が笑顔で勧めると、ゴローさんはゆっくりと体を起こし、ヘレステーキを口に運んだ。


「……! うまい。体が、温まってくるようだ……!」


 秘密は、特製の香辛料(スパイス)ソースだ。

 いつものステーキソースに、唐辛子や鬱金(ターメリック)小豆蔲(カルダモン)などのスパイスと、ポーションの材料でもある光セージを使っている。


 熱がある人にステーキなんて、と思うかもしれないが、牛の上質な赤身のヒレなら胃腸への負担も少ないし、栄養価も高い。ゴローさんから、ドワーフは身体が丈夫なのだと聞いたこともある。

 熱の原因が風邪でも疲労でも対応できるようにスパイスを組み合わせ、クタクタになるまで煮込んだ野菜スープで水分と足りない栄養素を補っている。


 ゴローさんの瞳に、みるみるうちに力が戻っていく。その顔には、熱に浮かされていた時の苦しげな表情はもうなかった。


「全部、食べられそうですか……?」


 私が尋ねると、ゴローさんは力強く頷いた。


「ああ、ペロリと平らげてやる! ……ありがとうな、二人とも」


 ゴローさんのその言葉に、笑顔が見れたことに、私はほっと息を吐いた。




 ━━━━━━━━━━★




 数日後。

 ーーからりん。

 いつもの呼鈴(ドアベル)の音に、私は顔を上げた。そこに立っていたのは、すっかり元気になったゴローさんだった。


「いらっしゃいませ、ゴローさん!」


「おう、イオリ。もうすっかり良くなったぞ。あのヘレステーキのおかげでな!」


 私が満面の笑みで迎えると、ゴローさんはいつものカウンター席にどっかりと腰を下ろしながら、豪快に笑った。その声には、以前と変わらぬ活力が満ちていた。


「それは良かったです。

 でも、無理はしないでくださいね」


 私が心配そうに言うと、ゴローさんは力強く胸を叩いた。


「心配するな。これからは、もっと自分の体を大事にするさ……それと、これは礼だ」


 ゴローさんはそう言って、二つの小さな包みをカウンターに置いた。


「これは…?」


 私が包みを開けると、美しい装飾が施された、小さな鉄製の花瓶が入っていた。誠司さんのほうは小さな置物だ。こちらも、手仕事で作られた温かみが伝わってくる。


「ありがとうございます、ゴローさん! とても素敵です!」


「大切に使わせていただきます」


 私たちの言葉に、ゴローさんは満足そうに頷いた。


「これからも、この店には毎日通うからな!」


 ゴローさんはそう言って、豪快に笑った。

 私も誠司さんも、その言葉に、心からの笑顔で応えた。この喫茶店で生まれた、温かい繋がりが、また一つ、私たちの心を繋いでいくのだった。




お読み頂きありがとうございました!

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