十話、花屋の娘と苺サンドイッチ
古都街ビンティーク。
昭和時代や大正時代を思わせるレトロな街並みに、RPG的な異世界が混ざりあったような摩訶不思議な街。袴ブーツのお嬢様とすれ違うのは鎧を纏った筋骨隆々の冒険者。
そんな街にある古い洋館が、今は喫茶店として営業している。純喫茶『星月』はそんな小さな私のお店だ。
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ーーかろりん。
呼鈴が鳴る。
店に入ってきたのは、まだあどけなさの残る、可愛らしい女の子だった。くせ毛のサイドポニーテールと大きな瞳が印象的だ。
女の子は少し緊張した面持ちで尋ねた。
「あの…ここ『星月』っていう喫茶店ですか?」
「そうですよ、初めてですか?」
「はい!
友達にここの甘味がすごく美味しいって聞いて」
女の子はそう言って、少しはにかんだ。
甘いものが好きなのだろう、わくわくとした期待が全身から溢れている。
「嬉しいお言葉です。どうぞ、お好きな席へ」
私は笑顔で窓際の席へ手を向けるようにする。
女の子は、きょろきょろと店内を見回しながら、ゆっくりと席に着いた。
「星月パンケーキを頼もうと思って来たんですけど、この『苺サンドイッチ』も美味しそうだし『クリームソーダ』も気になる……」
「苺サンドイッチは、苺の美味しい時期が終わるまでの限定メニューですよ」
「え! じゃあそれで!」
女の子が慌てて注文する。
サンドイッチも流行品だが、更にそれの『期間限定』とくれば気にならない人はいない。女の子の興味も当然だろう。
「かしこまりました。お飲み物は……」
「珈琲も気になるんですけど、あの、紅茶でもいいですか?」
「もちろん。サンドイッチにもよく合いますよ」
私はすぐに誠司さんに目配せをして、紅茶用のお湯を沸かしてもらう。ティーポットを用意しながら、苺サンドの準備に取り掛かる。
そうはいっても苺サンドイッチは冷やしてなじませた方が美味しいので、朝に仕込んでおいてあり、カットとお皿への盛り付けくらいしかすることがない。
少しして、湯気の立つ紅茶と、断面が美しくなるようにカットした苺サンドイッチを運ぶと、女の子は目を輝かせた。
「わぁ…!苺がお花みたいで可愛い!」
そう言って、一口食べる。
じゅわっと口いっぱいにひろがる甘酸っぱい苺の果汁をクリームのまろやかな甘みが包み込む。
「美味しい……! ふわふわで、甘くて……。
ん〜〜〜! すっごく幸せ……!」
その満面の笑顔に、私も思わず笑顔になった。誠司さんも、そんな女の子の様子を優しい眼差しで見つめていた。
「お口に合いましたか? ええっと……」
「リリーです! 一本下の通りにある花屋です!」
「リリーちゃんね。素敵なお名前です」
紅茶は沸かした温度の高いお湯をたっぷりと使って淹れる。茶葉もお湯も惜しまずたっぷりつかうのがいいーー勿論適量は守って。
「紅茶と苺の香りが混ざって花畑みたい!」
そんな素敵な表現の彼女は、星月をすごく気に入ってくれたみたいだった。
それから、リリーちゃんは毎日のようにうちに顔を出すようになった。学校帰りや、花屋の手伝いの合間に、いつも満面の笑顔でドアをあけてくれた。
「イオリさんの作るもの、全部美味しいです!」
そう言ってくれるリリーちゃんの笑顔を見るたびに、私は逆に元気を貰っていた。
そんなある日の午後。
いつものようにカウンター席に座っていたリリーちゃんが、ため息を吐いた。
目の前にはクリームソーダが半分。溶けかけのアイスが、彼女が珍しくぼぅっとしていることを教えていた。
「リリーちゃん、なにかありました?」
「イオリさん……。
私、将来は、両親の花屋を継ぎたいんです。もっと、たくさんの人に花の魅力を伝えたいなって」
リリーちゃんの瞳は、まっすぐで。
しかし、その言葉の奥には、少しだけ不安の色が見えた気がした。
「でも、最近は、昔みたいに花を買う人が減っちゃって……。どうしたら、もっとお店を盛り上げられるかなって、毎日考えてるんです」
彼女の言葉に、誠司さんと顔を見合わせた。
その時、リリーちゃんがハッと顔を上げた。
「そうだ!
イオリさん! お願いがあるんです!」
「なあに?」
「星月喫茶に、お花を飾らせてもらえませんか!?」
急な提案に、私は驚いた。
「お花を……?」
「はい! 星月喫茶は、すごく温かくて素敵な場所だけど、お花があったら、もっと魅力的になると思うんです。私、毎週、季節のお花を持ってきます。もちろん、お代は要りません。
その代わり、私の花屋の宣伝もさせてください!」
そう語るリリーちゃんの瞳は、真剣そのものだった。
「……誠司さん」
「いいんじゃない?
店が華やかになるし。でも正直、花を置くだけじゃ花屋の宣伝には弱いかな……」
その言葉に、私も頷いた。
花を身近に感じてもらうために花を飾るのは悪くないけど、もっと宣伝できて、リリーちゃんのお店の売り上げも伸びるような……。
「そんな……ダメですか?」
「ううん、ぜひ、お願いするわ。
でも、花を飾るだけじゃダメよ、だから私と、商売をしましょう!」
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それからというもの、洋館の趣ある落ち着いた店内は、リリーちゃんが届けてくれる季節の花で彩られるようになった。
ある時は、桜色のセレソ花が、春の訪れを告げるように飾られ、またある時は、鮮やかな向日葵が、夏の太陽のように店を照らした。
「わぁ、このお花かわいいね!」
「あら本当。季節感があっていいわねぇ」
お客様たちも、彼女が飾る花を見て、笑顔になることが増えた。色とりどりの花達は、まるでリリーちゃんの笑顔のように店内を明るく彩ってくれる。
「うちにこの間、星月喫茶店と同じお花が欲しいってお客様が来てくれました!」
「ふふ、良かったです」
「誠司さんがそのままじゃダメだ、って言ってくれて、イオリさんが今の方法を考えてくれたからです!」
「宣伝に、店名の入ったリボンは俺も思いつかなかったよ」
横からひょいっと現れた誠司さんが、仕事終わりのリリーちゃんにオレンジジュースを持ってきながら言った。
「それを卓上用の小さな花瓶に巻いて花と一緒に各テーブルで見れるようにすれば、確かに、花に目が行ったお客様は自然とそのリボンにも気づけるよね」
「はい! プレゼント用の花束をラッピングする時のリボンも、目立つ太いリボンと一緒に、店名の入ったリボンを添えるようにしました!」
「私はアイディアを出しただけですよ。
実際に、ご両親を説得して、リボンを作ってきたのはリリーちゃんの頑張りだとおもいます」
イオリさん……、とリリーちゃんはこちらを見て、涙を堪えてるようだった。
彼女はお金は要らない、と言ったけど、それでは商売にならないから、今回は「定額定期購入」という形で契約をした。
現代でいうところの、サブスクや、リース契約だと思えばいい。
花のセレクト、入れ替えはリリーちゃんに任せる。
ただし、こちらの支払いは毎月一定なので、赤字になったらそれは彼女の自己負担になる。
経費を考えつつ季節感や相手のニーズに応えられる商品を用意することは彼女にとっても、勉強になるだろう。
「リリーちゃん、今日も素敵なお花、ありがとうございます」
私がそう言うと、リリーちゃんは嬉しそうに笑った。
「いえいえ!
私、イオリさんと一緒に、星月喫茶をもっと素敵な場所にしたいんです!」
そう言って大輪の花のように笑うリリーちゃんは、今ではただの常連客ではなく、私にとって大切な仕事仲間といえた。
この喫茶店で、私とリリーちゃんの間に、新しい友情の花が芽生えていた。
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