一話、珈琲とくっきぃ
新連載です。明日も投稿します。
ここは異世界。
否ーー、私にとっては異世界でも、ここの人たちからみれば私がいた世界のほうが異世界なのだろう。
そんな場所に、私はいつからか迷い込んでしまっていたらしい。
箒で店先を掃く。
暖かい陽気が心地よい。
見かけるものは、日本の明治〜昭和くらいのイメージが混在している。建物は木造建築が主だが、洋館も見かけられ、街中の大通りは石畳が敷かれている。馬車が軽快に走り行き、道行く人々は洋装だったり和装だったりしていた。
そんな人々をはじめて見た私は、タイムスリップしてしまったのかと思ったほどだ。
しかし、ここが異世界だと断言しているのはもっと大きな違いがあるのだ。
私が生きてきた世界との大きな違い。
それは甲冑や皮の鎧を身につけた『冒険者』と呼ばれる人々や、獣の耳や尻尾、鱗のような表皮をもつ『獣人』と呼ばれる人達である。
女学生のような可愛い袴ブーツの女の子たちの後ろを、獅子顔の男性と大剣を背負った大柄な男性が話しながら歩いていく。
「イオリ、そろそろ時間だよ」
「ええ、ありがとう。それじゃあお店を開けましょうか」
からりん、とドアベルが鳴る。
純喫茶『星月』オープンです。
━━━━━━━━━━★
「誠司さん、今日は暑くなりそうなので今のうちに氷屋さんに行っていただいてもいいですか?」
白瀬・アリオルト・誠司
彼は、この喫茶店の従業員だ。
さらさらの薄茶色の髪と、瑠璃色の瞳がこちらを見る。小さな少女から淑女もマダムも関係なく虜にしそうな甘いマスクの持ち主だが、前職は軍人である。
軍服姿も良く似合っていたが、今の制服姿も良く似合っていて、今は彼目当てのお客様もいるほどだ。
「構わないよ。すぐ戻るね」
にっこりと笑うと彼はそのまま裏口へと向かって行った。冒険者にかぎらず乱暴者や荒くれ者が一定数いるこの街の治安は現代日本ほどいいとは言えない。
ーーかろりん。
ドアベルと共に入ってきたのは常連の鍛冶師さんだ。だいたいオープンすぐに来て、珈琲と軽食を食べていく。今日もそのつもりらしくカウンターに腰掛ける鍛冶師さん。
「いつものですか?」
「ああ、ガッツリと頼む!」
珈琲は、いわゆるブレンドだ。産地云々が元いた世界と違うので、仕入れられる豆を使ったオリジナルブレンド。
珈琲を淹れるときふわりとひろがるこの香りが、私は大好きで仕方ない。蒸気の淡い熱を感じながらついつい笑みがこぼれる。
「星空珈琲とカツサンドです」
黄金色のトンカツにたっぷりとソースを塗り、パン屋さんに特注している白い食パンに挟んでおく。片面には辛子マヨネーズを薄く塗ってあるのが隠し味だ。千切りキャベツは挟まずに皿に添えておく。事前に仕込んでおくことで、パンとカツの衣がソースを吸い、絶妙な一体感を生んでいる。
「おぉ、うまい!」
シンプルな褒め言葉がとても嬉しい。
「ありがとうございます、どうぞごゆっくり」
勢いよくかぶりついた鍛冶師さんは一切れを一口で頬張ると咀嚼しながら珈琲を口元に運んだ。肉の脂やソースのこってりした味を珈琲がリセットしてくれる。
からりん、とまたベルが来店を知らせ、私はそちらに目を向けた。かわいい女の子二人が、見慣れない物の多いこの店をどこか落ち着かない様子で辺りを見渡している。
「ーーいらっしゃいませ、純喫茶『星月』へようこそ。どうぞこちらへ」
ご新規様を席に案内し、お冷やを取りに戻ると裏口のドアがかちゃりと開いた。
「戻りました。氷は魔具氷室でいいですか?」
薄茶色の髪の隙間にうっすらと汗をかいた誠司さんは氷の入った金盥をそういいながら魔具氷室に入れた。魔具氷室は、現代でいうところの冷蔵庫だ。魔法的な力を使用した道具の事を『魔具』と呼ぶらしい。
「ご新規様にお冷やを出しながら注文をとってきてもらってもいいですか?」
「任せて」
金属製のピッチャーで冷やした水を硝子のグラスに注いでメニューと共に誠司さんに渡す。
グラスに氷こそ入れないが、冷たい水がサービスで飲める店はこの辺りでは当店だけである。
……お冷やにお金とるのが現代日本で育った自分には難しかったのだが、周りからは奇異の目を向けられたのが記憶に新しい。
誠司さんが丁寧にメニューについて説明してくれている間に鍛冶師さんのお会計とお見送りをして、バッシングも済ませておく。
「カフェオレとクッキーのセットで二つ」
戻ってきた誠司さんは、そう言って二本指を立てた。きちんと説明してくれたのだろう、珈琲は美味しいが、やはり飲み慣れない人にいきなりブラックはキツいので初めて珈琲を飲む人にはカフェオレをおすすめしている。
珈琲を淹れる傍ら、牛乳を手鍋で沸かしつつ、クッキーはどれがいいか考える。甘めのものを選びたい。
「イオリは僕が彼女たちとどんな話をしたか気にならないの?」
皿やシルバーを用意しながら誠司さんが唐突にそんな質問をするので私は首をかしげる。
「気にならないですよ?
誠司さんはいつも丁寧に接客してくださってますし、説明もとてもわかりやすいです」
「そうじゃないんだけど……先は長いなあ」
うーん、と唸りつつ苦笑いされる。
もしかして、もっと高評価が欲しいのだろうか。接客はもうプロだよ!みたいな。
不思議に思いながら客席に軽く視線を投げると、女の子二人は緊張した面持ちながら楽しそうに何かを話していた。
からりん、とドアが開いて誠司さんがそちらの対応へ向かっていく。
牛乳は沸騰する前に火を止めて、珈琲と半々で注ぐ。クッキーとシュガーポット、カップをお盆に乗せて先程のお客様のもとへ。
「お待たせしました。
カフェオレとクッキーです。本日は牛酪クッキーとディアマンをお持ちしました」
音を立てないようにカフェオレとクッキー、シュガーポットを提供する。
緋色の振袖を着た女の子が「わぁ……っ」と小さく息を飲んだ。
「これがかふぇおれ……」
「カフェオレは牛乳の濃厚さと珈琲のほろ苦さを同時に味わっていただけます。
苦さの残るお口元に甘みの強いクッキーを運んでいただくのがおすすめですが、それでも苦すぎると感じたらこちらのポットから角砂糖をカフェオレにひとつ入れてみてください」
温かいうちでないと溶け残ってしまうので気をつけてくださいね、と伝えるのも忘れない。
角砂糖の存在に驚いたのか口元にパッと手を持っていくのが可愛らしい。お上品な仕草だ。
「あの、くっきいも説明を……」
もう一人の梅模様の袴の女の子はそう言いながら頬に朱が差して声はしりすぼみになっていく。
クッキーも、この街では流行品だ。星月では現代知識を使ったお菓子を出すので特に見慣れないものも多い。
「こちらの四角い方が牛酪クッキーです。牛酪をたっぷりと使用しており牛酪の濃厚で華やかな風味が牛乳の入ったカフェオレとよく合います。
こちらがディアマン。金剛石という意味を持つこのクッキーは表面にたっぷりと砂糖をまぶして焼き上げており、きらきらと輝く姿が宝石のようでしょう?
華やかな見た目に負けないしっかりとした甘さが感じられますので、カフェオレや珈琲との相性も抜群です」
どちらも万人受けしやすく、カフェオレと相性がいい。
「ご丁寧にありがとうございます」
「とんでもございません。
どうぞ、ごゆっくりお過ごしください」
軽く会釈してその場を離れる。
新しい注文票に目を通しつつちらりと先程の席を見る。カップを口元に、その後にクッキーをつまんでかじる。ぱあっと笑顔が花咲く。
良かった。
「僕は牛酪クッキーの方が好きだな」
「見てたのバレました?」
誠司さんは「うん」と軽く頷いた。
彼にとって牛酪クッキーは思い出の味なのかもしれない。手元の保存箱を見る目はどこか懐かしそうだ。
「美味しく食べてくれてるみたいで良かったね」
「そうですね、とっても」
自分の作ったものを、美味しいって食べてもらえるのがやっぱり一番嬉しくて、誠司さんと二人で笑い合う。
次の注文はアイスティーがふたつ。
今日も忙しくなるといいな。
かろんかろん、とまたベルが鳴った。
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