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9 本当に悪いのは



 フィオナの頭の中にはぐるぐるとアシュトン伯爵家で見た小さな女の子の姿が浮かんでいた。


 愛らしい桃色の髪がくるくるしていて必死にアシュトン伯爵に声をかけていた。


 決して彼女は多くの言葉を発してはいない、しかし、それでも彼女の気持ちがフィオナには手に取るように分かった。


 なぜなら昔から屋敷にそうして不安そうな女の子がやってきては売り払われていったからだ。


 幼いころからの習慣というのは恐ろしいもので慣れていれば疑問に思うこともない。


 しかし、どこかで自分と彼女たちは明確に何かが違うのだと理解していて、自分だけは安全だと思えた。


 その気持ちはとても卑しいものだと今は感じる。フィオナはその少女を相手の屋敷に送り届ける仕事に手を貸していた。


 少女と、父と母とフィオナの三人で向かって、取引だけをして相手と少女の記憶を消す。


 買い手はいつも貴族だったけれど、人に言えない事をするからには使用人などは連れずに居たので二人の記憶を消すことで隠ぺいは成立していた。


 他にもヴェロニカに言われてやっていた仕事はいくつかあった。それらすべてが悪事だった保証はないがおおむねそうだっただろう。


 フィオナの持つ力は忌まわしい魔法だ、良い使い方が思い浮かばないぐらい、悪事に向いている。


 だからこそ持つ人間が、幼い子供のままではいけないのだ、選択をできる大人でなければならない、一人になってからフィオナはより強くそう思うようになった。




「……フィオナったらこんなに狭い場所に住んでるの?」


 昨日は、悩んでしまってあまり眠ることができなかったが、今日突然、教会のフィオナの部屋にテリーサが何の前触れもなくやってきた。


 せっかく、夜じゅうかけ今は少しでも前向きに自分のできることをして、居候の立場から脱却してそれから行動を起そうと決意できたというのに、彼女はそんなフィオナの事などお構いなしにずかずかと部屋に入ってきた。


 朝の支度が終わって少しのんびりとしようとしていたところだったので、部屋の鍵が開いていたのも一つの要因だろう。


 とりあえず、一応腰に剣を差してテリーサを見やった。


「何よそんな風にじっと見たりして、私がわざわざお前を説得しに来てあげたのに」

「……説得っていったい何についてですか」

「もちろん昨日の話についてだよ! 話は終わってないのに勝手にフィオナは帰ったでしょ!ルイーザを置いてきてから戻ったらもういなかったんだから!」

「わかりました。とりあえず座ってくださいお茶を出しますから」

「えっ? どうして侍女を呼ばないの? それじゃまるで平民みたい」

「私は今、平民同然の立場ですから」

「……」


 フィオナがそう言うとテリーサはとても驚いたような顔をしていて、おしゃべりな妹が黙ったのを丁度良く思い、丁寧に紅茶を淹れた。


 昨日からフィオナの行動に文句を言ってばかりのテリーサだが、ここ二日が特に酷いというわけではない。


 テリーサは昔から口が悪くて素直すぎる性格をしている。


 あまり仲良くはないがフィオナとテリーサは姉妹だ、お互いの事はよく知っている。


「じゃあ、どうしてこんなにひどい生活をしているのに帰ってこないの? 意地を張ってるんでしょ! バカバカしい!」


 フィオナの言葉から自分の主張につなげてテリーサはものすごく不満そうに言った。


 その言葉を聞きつつフィオナは紅茶を彼女の前に置く、それから自分もティーテーブルに腰かけた。


「それにね、お父さまもお母さまも何もお前に悪いと思っていないわけじゃないの、たしかにメルヴィン王子殿下はひどい人だった。でも跡継ぎではないお前は無価値だよ、だからきちんと立場があって貴族らしい生活をさせてくれる人のことろに貰われて欲しいって思ってる」

「……」

「こうしてアシュトン伯爵家に生まれたからには、お家の仕事を手伝って、家族四人で身分の差なく集まれる関係でいたいでしょ。そういう愛情をお前は無駄にしてるって思うから私は怒ってるの」

「……」

「お前の魔法がなんだか詳しくは知らないけど、子供たちを送り出すのに必要なんでしょ、だったらいうこと聞いてあげてよ。誰だってみんな我慢して結婚生活送ってるし、私もお前もそうやってがんばっていくべきよ!」


 フィオナは見定めるように妹の主張を聞いていた。


 メルヴィンの事については、フィオナは最低だと思うが、貴族らしい生活と自分の主張を天秤にかけた時、生活を選ぶ人間は多いだろう。


 つまりは人それぞれで個人の自由ということになるし、テリーサの言葉だって間違っているから考え直せとは言わない。


 ただ、それだけでは済まない父と母の仕事についてフィオナは言っているのだ。彼女の言葉は普通のことを生業にしている家庭の話だろう。


 この子は昔からずっと変わっていない。それでも気がついているだろう。


 フィオナもテリーサも女性だ。


 男の子に言い寄られたことぐらいはあるだろう。そういう時に感じた怖かった気持ちとか、なんだか尊厳を踏みつけられたような気持にまったく覚えがないとは言わせない。


「お前は逃げてるんだわ。お父さまたちは、フィオナのされてることを黙認していたけどそれでも愛してないわけじゃ無かった。養うために一生懸命働いてるし今だってヴェロニカ王妃殿下に睨まれてもフィオナのこと庇ってる」

「……」

「だからお願い、戻ってきて。そんなにメルヴィン王子殿下が嫌ならダグラスおじさんと結婚でもしたらいいよ。こうして匿ってくれるんだし! へなちょこだけど優しそうだし」


 言われてフィオナは一瞬、ダグラス事を考えたが、年上男性がそもそも嫌なのだ、メルヴィンを思いだす。


 しかしすぐに思考を切り替える。フィオナの話をしたいことはこんなことではない、昨日から思っていたが、テリーサの論点が完全にずれていると思う。


 フィオナが主張したいこととまったくかみ合ってない。


 やはり、この子は見て見ぬふりをするためにあえて話題を逸らしているのだろうか。


「……テリーサ、本当はわかってるはずです。あの家で何が行われているのか、私はそれに一切加担するべきではないと思っています」

「?……だから、なにがってそりゃあ親元から子供を引き離すのは可哀想だけど、新しいお屋敷の方がいい暮らしができるんだったらその方がいいに決まってるでしょ」

「だから、その新しいお屋敷が問題なんです。テリーサだってわかるはずでしょう。可哀想な子供が増えるのを私は許せません」


 フィオナは核心に触れて真剣にテリーサを見つめた。しかし彼女はフィオナの言葉に「はぁ?」とまったく意味が分からない様子で返した。


「ぜんっぜん何が言いたいのかわかんない! そうやってごまかして自分の仕事を放棄するってどういうつもりなわけ!」

「……わからないはずないです。あからさまじゃないですか」

「お前っていつもそう、そうやって自分の思ってること皆が思ってると思ってさ、意味が分からないこと言って困らせて! 揶揄わないでくれる?」

「揶揄うも何も、おかしいと思うはず……」

「何がおかしいっていうわけ! 娘に仕事を手伝わせるのにあくどい事なんてするわけないでしょ!」

「……」

「お父さまとお母さまはヴェロニカ王妃殿下から色々やってほしいって言われてるかもしれないけど、仕事を選ばないほど、外道じゃない!」


 …………?


 ……これって、もしかして……本当に、何も気がついていないという事なんでしょうか。


 父と母についてテリーサはそう断言した。その言葉を聞いてフィオナは流石に変だと気がついた。

 

 そして見て見ぬふりをしているのではなく本当に何も見える位置にいないのかも知れないと仮定してみた。


 すると今までの発言も父と母への不義理で怒っていたことも当たり前だと思うし、常々思っているようにテリーサは思ったことをすぐに言葉にする性格だ。


 器用な人間ではない。素直で裏を読むことなどまったくしない。


「とにかく昨日いた、ルイーザがね明日新しいお屋敷に向かうの! その時にまたフィオナの魔法が必要なんだって、だから意地張ってないで戻ってきてあげなよ」


 テリーサは結論のように言った。しかしその魔法という言葉を聞いてフィオナはすぐに切り返した。


「ま、魔法、そうです。私の魔法は黒魔法です、テリーサ、どうして必要か考えたことがあるはずです」

「はぁ? 何言ってるの、そんなの酷い暴力を受けたりした可哀想な子の為に親を呪うなり、嫌な記憶を消してあげたり何とでもなるはずだよ!」


 考えつつも彼女がいった言葉にフィオナは驚いてそしてそのまま、思わず納得してしまった。


 ……た、たしかに考えようによっては良い使い方もあるんですね。


 納得どころかそんな使い方があったのかと関心してしまってフィオナは黙った。


 するとテリーサは「そういう事だから! お茶ごちそう様、案外、淹れるのうまいね!」と言って豪快に紅茶を飲み干して彼女は立ち上がって去っていく。


 その姿に呆然としたままフィオナはただ、後姿を見送ったのだった。





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