8 人身売買
「そうなんだ。やっぱりまだやめる気はないんだね……」
フィオナは実家から戻ってすぐに、ダグラスの元へと向かった。フィオナの顔を見て急な訪問でも彼はすぐに対応してくれた。
そして話を聞いて深刻そうにそう口にしたのだった。
「ダグラス叔父さま……私は自分が生まれてからのことしか知らないので、てっきり父も母も私がいなくなれば悪い事はしなくなるのだと思ってました」
「……うん」
「でも違うんでしょうか。彼らは根っから、ああしてお金を稼ぐことに忌避感のない人たちなんでしょうか」
「……ごめんね、うまく説明が出来そうにない」
フィオナの言葉にダグラスはとても悩んでいる様子で、顔を俯かせた。
フィオナもそんな様子のダグラスを見て、気分が重たい。
ただ庇護者の話を聞いて受け入れて何も考えずに実行する。そういう無責任な盲従からフィオナが脱するだけで彼らの行為は止められると思っていた。
しかしそうはいかずに、テリーサまでも積極的に協力してアシュトン伯爵家の”仕事”に精を出している。
それは許されない行為で、子供から多くを奪う行為だ。
「ただ、ヴェロニカ王妃殿下と交流を持つようになって変わっていったような気がする。あの人はとても、色々な意味で魅力的な人だから」
「……」
「それに大きく儲けが出るのも事実だろうからね。それなしでは領地の運営がままならないのかもしれない」
ダグラスはできるだけ言葉を選んで口にした。
しかし直接的なことは口にしない、まだ若い女性であるフィオナに対してあまり口にしたくないことなのだろう。
……そういう気持ちもわかりますし、実際にアシュトン伯爵家でも誰も直接的なことは言いませんでした。
ヴェロニカ様もメルヴィンも同じく何も言いません。でも、おかしいという気持ちはあったんです。
メルヴィンからの暴力や否定される苦しさに堪えながらフィオナはずっと疑問を持っていた。
「ですが、例え罪にならない行為だとしても、選択肢を奪う行為です」
「……」
「私はやるべきではないと思います」
時折、アシュトン伯爵家に連れてこられる、幼い貴族の少女、彼女たちはある一定期間を過ごした後に、親元ではない貴族に引き渡される。
それが一体どういうことなのかフィオナは明確には理解していなかった。しかし何故少女ばかりなのか、どうしてフィオナの力が必要なのかその理由を説明するには答えは一つしかない。
「父や母のしていることは、幼い少女の人身売買ですよね。それもいかがわしい目的をもって少女を欲しがっている貴族に卸している」
「……」
「そしてその事実が外へ漏れないように私の黒魔法が必要なんです。取引相手の記憶を奪うように指示を受けていたのは、そういう事だと理解しています」
フィオナは炎や水、土、風の四元素魔法とは違った人間に関与することが出来る魔法を持っている。
人間に関与することが出来る魔法は白魔法、黒魔法の二種類がある。
白魔法は多くの場合、人に対して良い作用をすることが多い。傷を治したり、記憶を読み取る、心を読むなどもその部類だ。
それに対比するように黒魔法というのは人に対して害をなすことが出来るものが多い、他人を操ったり、呪いをかけたり、フィオナのように記憶を消し去ったりすることが出来る。
ただ、小さなころから持っていた魔法なのでフィオナ自身はこの魔法が悪事を働くのにうってつけだなんて考えたことがなかった。
言われるままに魔法を使い、両親やヴェロニカにはその分だけ褒められた。とても役に立っていると言われて、自分はそういう役回りの人間なのだと思っていた。
しかし、ちゃんと考えたら、相手の記憶を消さなければならないようなことをするなどいけない事だ。
けれども両親もそうして隠蔽するからこそ、善悪の区別はついていてフィオナがいなくなればもうやらないはずだと思っていた。
「でも、私がいないからと言ってやめるわけではなかった。……ただその事実についてはすこしだけ私の力が両親の目をくらませたわけではないと思えるから嬉しくもあります」
「複雑な思いをさせてごめんね、すべて自分が不甲斐なかったばかりに」
「いいえ、悪い事をする人が一番悪いんです。ただどうしたらあの人たちからあの”仕事”を奪えるか、と考えても難しくて」
「……それを考えるのも大切だけどフィオナちゃん。君は今も不安定な状況にいるし一度、忘れて、落ち着いたら考えることにしたらどうだろう」
当てが外れてしまってまた新しく策を練らなければならないそう思考を切り替えていたがダグラスに言われて、たしかに自分が自分の選択でできる分の行動はしたと思う。
これからはあの屋敷で行われる取引も、幼い少女の悲しみも何もかもフィオナのせいではない。
今からフィオナが出来ることはほぼないといってもいいだろう。
悲しい事だが、フィオナは自分の道を進むことにしたのだ。
そもそもの問題フィオナは、自分はもうこれ以上加担しないと宣言に言ったのだ、彼らの行動に驚いてしまって次の策を練っていたが、フィオナは今ダグラスに面倒を見てもらっている。
そんな彼がそういうのであればそうするべきではないだろうか。
しかし心がすこしもやつく、それでいいのだろうか。
「……そう、してみます」
「うん。今のアシュトン伯爵家の状況を教えてくれてありがとうね、今日はゆっくり休むといいよ」
「はい」
悩みつつも、一応肯定的な言葉を口にしてフィオナはダグラスとの話を終えて自分の部屋へと戻ったのだった。