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6 手を貸す理由



「ど、どうしてここに居るんですかノア……様」

「様? いや、やめてよ。どうせ私、敬われること何にもしてないし」

「……ノア、どうしてここにいるんですか?」


 一応第二王子の婚約者という地位も失っているし、今は身内に頼って教会暮らしをしている身なので、彼を敬ってみた。


 しかし呼び方はどうでもいいらしくノアは適当にそう言い、フィオナもすぐに呼び方を戻して彼に問いかけた。


 するとノアはすこしだけ考えた後に、フィオナより先に部屋に入っていき、それに続くようにフィオナも部屋に入って扉を閉めた。


「一応、女神さまの加護を受けた聖者だから、教会にいるのは当たり前じゃん」

「あ……たしかに。そうですね」

「それに君がここにいるって聞いたから、様子見に来たんだ」

「……」


 デビュタントの日以来会っていなかったし、あの日も本当に一曲踊ったきりでそれ以降はすんなりと別れた。


 なので正直なところ、やっぱり彼については、なんだか親切にしてくれるところはあるけれどどうにも得体がしれないという気持ちが強い。


 ノアの性格もあまり知らないし、女神の加護を受けているという事実はあるのに、なんの女神の加護を受けてどんな力を持っているのか公開されていない。


 ただ、聖者であり王子であり、自由気ままな適当な人というのが世間一般での彼のイメージだ。


 そんな彼を王族の責務を果たしていないと糾弾する貴族も多いが、いくら文句を言おうとも、彼の兄である王太子、ランドルは立派に働いているし、母である正妃マーシアも優秀な人だ。


 そのあたりでうまくバランスがとられているからか、ノアは自由な聖者だから仕方がない、となんとなく容認されているという具合だ。


「それにしても、やっぱり考えてる暇なかったんじゃない。暮らしが質素すぎるででしょここ、今まで伯爵家で大事にされてた、箱入り娘には厳しいはずだよ」


 言いつつも彼はティーテーブルに腰かけてフィオナに問いかけた。


 ノアの言葉はやっぱり棘があるというか忌憚がないというか、とてもグサッとくるのだが、割と図星だ。


 とりあえず婚約者として匿ってあげようかとノアはフィオナに提案していたのに、フィオナは責任を負うことになるのだから、たくさん考えたいと突っぱねた。


 そのうえでのこの状況だ。自分で選択したからこそ後悔していると言いたくはない気持ちもある。しかし図星だ。ちょっと辛い。


「……」

「なにその顔、あははっ、強がったのに図星だった?」

「わ、笑わないでください、わ、私は自分に必要な気付きを得たんです」

「そう? 勉強になったってやつ?」

「そうです」

「真面目だね」


 ノアは楽しげにフィオナの事をからかって、笑みを浮かべる。フィオナも恥ずかしい気持ちはあれど、本気で嫌ではない。


 言い方に棘はあるけれど、彼の言葉はフィオナを傷つけようとしているから出てくる言葉ではないと理解できる。


 とりあえず向かいに座って、ノアと目線を合わせた。


 宝石のようなアメシストの瞳はいつ見てもなんだか神秘的で、透け感のある銀髪は朝日にキラキラ反射して美しい。


 こういう現実味のない容姿も、彼が自由気ままであることを受け入れる風潮の一端を担っているような気がする。


「……でもそろそろ私からの求婚を受け入れる気になった?」


 ひとつ間をおいてから問いかけられて、フィオナは、キョトンとしてそれから、まだちゃんとそのつもりだったのかと意外に思う。


「それは……先にやることがあるので考えるのはもう少し後になりました」


 しかし、聞かれたからと言って順序は変わらない。それにしてもこうしてフィオナの元へとわざわざやってきたのは、そういう話をするためだったからなのだろうか。


 だとしたら、どうして彼は、フィオナをそうして助けてくれるのだろう。彼と結婚するのはたしかに、魅力的だ。自由人ではあるけれどフィオナに常識を教えてくれて、手を差し伸べてくれる。


 大人になることを祝福してくれた唯一の人だ。


「なんだ、頑固だね。じゃあ私はもうしばらく独り身か」

「……それにしても、ノア。あなたはどうして私に手を差し伸べてくれるんでしょうか」


 疑問に思い、ふいに問いかけると、彼もまた驚いたような表情をして「考えるのもう少しさきにしたんじゃないの?」と聞き返してきた。


「たしかに、そうですけど、気になってしまって」

「なに? 愛してるからとでもいってほしいの」


 フィオナが答えると彼は、試しにそう聞いてきた。なんだかその問いは少し意地悪な気がして、口をつぐんで、そういう話がしたいのではないのだと示す。


 すると、彼は不服そうなフィオナの顔にくすくす笑ってそれから適当に小首をかしげていった。


「言ったじゃん、ちょっと責任感じてるからっていうのと……あとフィオナは見てると面白い」

「……私はただ、胸を張って生きていける大人になりたいだけです。面白くないです」

「面白いよ。背伸びしてて、がんばってて。次が決まってないのに勝手に卒業しちゃうところとか、つい気になっちゃうんだよ」

「卒業してもいいじゃないですか。私はこれからどんどん子供っぽい事から卒業して、人生に可愛くて素敵な色を纏って生きていける大人になります!」

「そっか、やっぱり一生懸命背伸びしてて面白いよ。それに気になっちゃうんだからしかたないでしょ」

「……そうですか?」

「そりゃそうだよ。だってほら、一本橋の上をさ」

「はい?」

「落ちそうになりながら、走ってく子がいたらつい目で追っちゃうよね」

「……それはそうです」

「じゃあ、私が君に一時手を貸すぐらいのことは当然だよ」


 彼のたとえ話にフィオナは瞳を瞬いた。


 ノアから見てフィオナはそんな風に見えているらしい、そして走り出したのは彼の言葉に触発されてだ。たしかに手を貸したいと思う気持ちがあっても不思議ではない。


 ……不思議ではないですけど、それと結婚しようって、そうとう不思議な感性ではないでしょうか?


「橋から落ちて痛い目見たら、ちょっとかわいそうだしね」

「手を貸したら一緒に落ちるかもしれないとは思わないんでしょうか」

「落ちないから平気でしょ」

「……落ちないんですか?」

「落ちないよ」


 ありえない事を言うみたいに断言するノアに、フィオナはさらによくわからない。


 フィオナはヴェロニカと敵対した、つまりは貴族社会から抹消される可能性もあるし、身の危険もあるかもしれない。


 そんなフィオナに手を貸しても、彼だけが必ず無事でいるというのは、正妃マーシアに守ってもらえるからなのだろうか。


 それとも心持ちの話だろうか。


 ……一緒に落ちる気はないということは、落ちそうになったら手を離すという事でしょうか?


 よくわからなくて首をかしげてフィオナは考えた、しかし付き合いも短いし、どういう意図で言っているかはわからない。


 フィオナが考えているうちに、ノアは話を切り替えて「ところで」という。

 

「私の求婚よりも大切な優先すべきことっていったい何?」


 その問いかけは、選択を先延ばしする理由であり、待ってくれるつもりである彼には聞く権利のあることで、フィオナも話をしておくべきことだと思う。


 なので、彼の落ちないよという言葉に言及するのをやめて、フィオナのやるべきことについての話を切り出した。


「……ノア……私は、婚約者から卒業しました」

「うん。見てたよ?」

「次は、きっと、何も考えずにただ従う事から卒業しなければならないんです」

「え? ……ん?どういうこと?」


 聞き返してくる彼は困惑していたが、フィオナの言葉に間違いはない。これから日の当たる場所で堂々と生きていくためには必要な事なのだ。


 しかし、わかりにくい事ばかりを言っていても意味はないので、もう少しわかりやすく、実家とヴェロニカの関係とフィオナやダグラスが忌避している繋がりと仕事についてを軽く話したのだった。


 けれどもフィオナの魔法についてだけは、必要性がなかったので伝えなかった。その判断に後ろめたい気持ちがなかったかと問われると正直なところ否とは言えない選択だった。





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