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成人したのであなたから卒業させていただきます。  作者: ぽんぽこ狸


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48 プロポーズ



 


 ルイーザが去ったその日、何の前触れもなくノアがやってきた。


 元からなんとなくやってきてなんとなく消えていく彼だったのでフィオナは今日この場に来てくれるとは思っていなかった。

 

 離宮にはもちろん馴染みの侍女がたくさんいるし、暇つぶしになるものもたくさんある。しかしルイーザがいないとどこか寂しい場所のように感じてしまうので来てくれてとてもうれしい。


 嬉しいのだが、ノアにはいつもと違う所があった。


 それは、妙に大荷物なところだ。


 大きなバスケットに箱がいくつも入っていて、片手に花束、もう片方の手にぬいぐるみを携えている。


 そんな様子のノアだが、普通の男性がそういう持ち物をしていたらなんだか陽気だなとくすくす笑ってしまうと思う。


 しかしノアに限っては、真顔でそれを持っていたので何か誰かに無理やり持たされているようにも見える。


 もしかすると誰かに時空の女神の加護を使って物を運ぶように言われたのかもしれないと思うが、ノアは果たしてそんな頼みを聞いてやるような人だろうか。


 ……それともマーシア様に頼まれた仕事なんでしょうか?


 長らく謎だった彼のことについては、こうして王宮でしばらく過ごしていると少しずつ明らかになっていっていた。

 

 例えば仕事。ものすごく急ぎの用事なんかに手紙を届けたり、魔獣が出た場所の状況を見に行ったり、はたまた隣国の情報収集に向かったりと女神の加護をフルに活用してマーシアや国王陛下に貢献しているらしい。

 

 しかしだからと言って、こんなファンシーなものを運ぶ仕事があるだろうか。


 どういうことなのか理解できずにフィオナが首をかしげると、ノアはベッドの淵に座っているフィオナにおもむろに花束を差し出した。


「ほら、今日はルイーザがこの離宮を発ったばかりでしょ。だから君が寂しくないようにと思って」

「……私にですか?」

「うん。いらない?」

「いります」

「はい、どーぞ」


 綺麗に纏められている色とりどりの花束を受け取ると、ふわりと花の香りがして、心が安らぐ。


 それにしても贈り物をするにしては適当というか、ロマンスのかけらもないというか不思議な渡し方だった。


 しかし別に嬉しくないというわけではないし、むしろうれしい。


 こうして花を贈ってもらえるような関係性を構築できているのだということが何より心の寂しさを埋めてくれる。


 花を見ると自然と表情がほころんで、それからノアに視線を戻した。


「あとこれも、君が寂しくないように。私はあまりこの離宮にいないしね。でも少し子供っぽかったかな?」


 今度はそういいながら、彼は猫をモチーフにした人形を差し出した。手触りのいい布でできている綿がたくさん入ったしっかりとした抱き心地の人形だ。


 差し出されたのでフィオナは花束を横に置いてそれから人形を抱きしめた。


 丁度、成猫と同じほどの大きさのある人形なので顔をうずめるのにちょうどよい。瞳のボタンが可愛らしかった。


 ……こういうものは見る機会がなかったので、欲しいとも考えたことがなかったんですが、すごくふわふわで可愛いです。


 自分の膝にのせてみて、じっと見つめてから抱きしめてみると、ノアはフィオナの事を見つめて少し笑った。


「……すみません。こんな風に戯れるのは、おかしかったですか?」

「ううん。ただ人形と戯れてる君がなんか似合っててさ、可愛かったから」

「…………子供っぽい事が似合うという事ですか?」

「え?」

「私は立派な大人です」

「なんでそこで機嫌悪くなるの?」

「いえ、機嫌悪くなんてなってませんよ。ただきちんと主張をしておかないとと思いまして」

「やっぱりちょっと変わってるよね、フィオナは」


 フィオナは真剣に自分は大人らしい大人であると主張しているつもりだったのだが、ノアはフィオナの言葉に笑って、笑いつつもバスケットの中から適当に手に取って今度はそれをフィオナに渡した。


「……これももらっていいんですか?」

「うん。何が入ってるかな?」

「わからないんですか?」

「だって一気にたくさん買ったからね、多分アクセサリーだと思うけど」


 フィオナが渡された箱を開けてみるとそこには、小さなブローチが入っていた。大きな魔石がついているとても上等なものであり、美しい銀細工が魔石の周りを縁取っている。


 ……とても高そうですね。


「これか、はい。じゃあ次ね」

「……どういう状況なんでしょうか」

「プレゼントだよ。ただの」

「ちょっと変じゃないですか?」

「こういうものだよ」

「……なるほど?」


 ノアはしごく当たり前のように次の箱をフィオナに渡した。


 一つ一つにお礼と感想とどんな風に使おうかと言う話をする前に、次から次にプレゼントを渡されて、フィオナはどうすればいいのかよくわからなくなってしまう。


 なのでとりあえずノアに従って、プレゼントを受け取り続けた。


 

 しばらくプレゼントをもらっては開け、貰っては開けを繰り返していると、フィオナの周りのベッドには美しい宝石や高価な香水、髪飾り人形、花で埋め尽くされて、これは片付けるのが大変そうだとフィオナは思った。


 いつまで続くのかわからなかったので、全体的に位置をずらしてもう少し後ろまでおけるようにしようかと考えていると、ノアは自分のバスケットを見てから急に動きを止めた。


「最後の一個ですね」


 彼の視線を先を追ってフィオナはバスケットの中身を見た。


 そこには今までのものと同じようにアクセサリーボックスが入っていて、言った通り最後の一つだった。


 しかし見ただけですぐにそうだとわかることを指摘しただけなのに、ノアはびくりと反応してそれから、ぐっと渋い顔をした。


「適当に渡していくんじゃなかったなぁ」


 独り言のようにそう言ってから、ノアは観念したように項垂れて他の贈り物達をどかしてフィオナの隣を開けた。


 それからそこに腰を下ろし、バスケットの中から最後に残ったケースを取り出した。


「何か間違えたんですか?」

「順番をね。だから何も言わずにただ受け取ってほしいんだけど」


 いいながらノアは自分でそのケースを開けて、収められていた指輪を壊れ物でも触るかのように手に取った。


 それからフィオナの手を取り、ゆっくりと薬指にはめる。


 その指輪は今まで見た中でも一番、高価な物だとすぐにわかる。プラチナのリングに美しい宝石がちりばめられていて、フィオナの指にぴったりとはまった。

 

 その意味は流石にすぐに理解できて、では今までのものをどうして彼がフィオナに渡したのかということもなんとなく察しがついた。


 ……指輪を他のプレゼントに紛れさせたかったんでしょうか……?


 しかし、そんなこと恥ずかしがるような人だっただろうかとフィオナはなんとなく腑に落ちなくて隣にいるノアを見た。


 するとその視線に気が付いてノアはふいと視線を逸らした。


 けれども手は繋がれたまま。すこしつなぎ方に迷ったような様子を見せたけれども、きっちりと指を絡めて手をつないで落ち着く。

 

 そのノアの手にはフィオナと揃いのデザインの指輪がはめられていて、それを見るとなんとも言葉にならず、黙り込んでしまった。


「いや、黙って受け取ってとは言ったけど、本当に無言になられると、流石に私でも不安になるんだけど」

「……すみません」

「謝らなくてもいいんだけどさ」

「……ただ、とても嬉しくて……言葉が出てきませんでした」


 はめられた指輪の感触、握られた手の人肌の柔らかさ、彼のなんとも居心地の悪そうな声、そういうものすべてが今この時がとても幸福な気がして何を言う必要も感じられない。


 今この瞬間がとてもフィオナにとって完璧だった。


「……あのね。私、一度君から逃げたでしょ?」


 この時をかみしめるように静かにしていたフィオナに、ノアは真剣な声で切り出した。


 その言葉にコクリと頷く。忘れるようにしていたし、ノア自身も気にしないようにしているように見えたのでそれに従っていたが覚えている。


「あの時は、すこし驚いてしまって。私は君が知っている通り、人とあまり深くかかわらないようにして生きてるし、昔は女の子が嫌いだった。だから極力関わられないように、関わりたいと思われないような人間になろうとしてて、それが性に合ってた」

「……そうなんですね」

「うん。でも君と出会ってみて、そばにいてみて、それから君が勇気を出して望んでくれて、考えるきっかけが出来た」


 ノアはフィオナへと視線をあげて、ちょっとだけ優しそうに笑った。


「ルイーザにもさ、励ましてもらって。今のままでは良くないなって思ったんだ。それに私、君の事……スキ、だからさ。悲しい思いはさせたくないなって思うよ」

「はい」

「ちゃんと言うのが遅くなってごめん。怒ってる?」


 ノアは珍しくフィオナをうかがうように、問いかけてきて、それにフィオナはノアに逃げられたことによって感じていたことをそのまま口にした。


「いえ。ただその、私の魔法知ってますか?」

「あ、それね。知ってる」

「そうですか。触れることが条件だというのも知っていますか?」

「うん」

「それが原因で、あなたに逃げられてしまったのかと思っていました」


 するとノアは驚いた顔をしてそれから、とても当たり前のように言った。


「そんなわけないじゃん」


 言われてみるとたしかに、そんなわけもないというのは今ならわかる。あの時のノアの反応からして、たしかにそんなわけない。


 しかし、同時にあの時のフィオナはそんなわけがないと思えないほどに自分の持っている魔法もやってきたことも苦しかった。


「そうですね。今思うとそんなわけないような気もするんです。でもそう思ってしまって、ちょっとだけ悲しかったんです」

「……ごめん」

「はい、気にしていません」


 そんなわけないからと馬鹿にするでもなく、笑い飛ばすでもなくノアはきちんと謝罪をしてくれて、それだけであの時の悲しき気持ちは報われた気がする。


「フィオナの事は嫌いじゃないし、すごく気に入ってる。君の短い髪も、おっとりした瞳も、全部。可愛いなって思ってるよ」


 それから言いながらノアはふとフィオナの首筋に触れて、短い髪の襟足を指で摩った。


「っ」

「だからフィオナから触られると、やっぱり少し驚いてしまうからしばらくは私からこうしてスキンシップとらせてよ」

「?」


 たしかに先ほどの話は納得したし、了解した。


 女の子が嫌だった時期があって、フィオナに急に触れられて驚いたから魔法を使って逃げてしまったというのも別に構わない。


 ……でも、だからといってそうなるのは、想定外です。


 項をノアの指がなぞって、繋がれた手に力がこもる。


「いつか慣れると思うし私たち夫婦になってずっと一緒にいるんだから、ゆっくりでいいよね」

「っ、あ、の。こそばゆいです」

「そう? 私は君に触るの楽しいよ。肌触りもいいし、なんだかしっとりしてて。肌質の違いかな?」

「そ、ういう問題、でしょうか?」

「そうじゃない?」


 なんとか露出している首筋を撫でるのをやめてもらおうと手を伸ばしてみるけれど、掴んだところで振り払えるわけでもなく、嫌では無くてむしろ嬉しいぐらいの触れ合いなので強く拒絶できない。


 ただ、ノアがフィオナにアプローチを受けて驚いたようにフィオナだってノアを意識しているのだから、子供のように撫でまわされているだけだとしても、恥ずかしくて仕方がないのだ。


「……っ、っ~」

 

 顔が熱くなって熱を持つ、ノアはフィオナよりも大人だとずっと思っていたけれど、今の話を聞いて今までの行動を見る限り、男女のかかわり方については飛んだ素人だ。


「あははっ、顔真っ赤」

「だ、誰のせいだと、思いますか」


 まるで変な顔をしている友人を笑うように言う彼に、少しぐらいはフィオナも怒ってやろうとキッとにらみつける。


 しかし、ノアはすこしいたずらっぽく笑って、頬を赤らめながらフィオナに答えた。


「私のせい?」


 その表情はとても、愛情がこもっているというか、瞳に優しさと愛おしさが浮かんでいるように見えるというか、とにかくそういう感じであった。


 果たして意識している男女の触れ合いとして正しく認識しているのか、そうではないのかわからなくなった。


「う……は、はい。そうです」

「そっか。嬉しい」


 紡がれる言葉は優しくて、甘ったるいことなど一つも言っていないのに、妙に胸の奥が締め付けられるように苦しい。


 ノアは恋愛素人だからこそフィオナが色々と教えてあげようとさっきまで考えていたところだったのに、もう本当にそうなのかわからない。


 なんだかんだといいつつも段々とノアの事を理解できてきているような気がしていたのに、彼の本当の姿というのはフィオナはやっぱり正しく理解できていない気がしてしまう。


「これからも、こうしてそばにいてね。フィオナ。約束」


 ノアは手を取ってフィオナの先ほどつけられた薬指の指輪に触れて言う。


 ……それってプロポーズでしょうか?


 そうともとれる言葉と行動に、同じことを考えたデビュタントの日を思い出した。


 その時には確か、フィオナはたくさん考えて選びたいから保留にしたいといったのだ。


 そしてそれからずっと、その時の答えをちゃんと出してはいなかった。


「……」


 ……今はすぐに答えが出ます。


 もうたくさん十分悩む時間も苦悩もありました。でもそのうえでたくさん問題があったけれどそれを乗り越えて、ずっと私の手を引いてくれたあなたが私は……。


「はい、愛しています。ノア」

「……お、大袈裟だなぁ」

「いえ、まごうことなく正々堂々胸を張って言えます。あなたを愛しています」

「そんなに、凛々しく言わなくても……」

「伝えること、主張をすることは大事なんです。ノア、私はそれを大人になって知りました」

「そうかなぁ」

「だからこれからもどんどん、愛を伝えて、やりたいことをやって胸を張って生きられる大人になるんです!」

「君ってば、ブレないね」


 フィオナの宣言に、ノアは呆れ半分面白半分といった具合にそう言って、屈託なく笑みを浮かべた。


 そうしてフィオナとノアはやっと結ばれたのだった。




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