46 刑罰
フィオナはマーシアの執務室にいた。
マーシアとメーベル、それに他の王族もみんな今日は出席しなければならないことがあり、王宮にはいない。
例の通りノアだけは、頭数に入っていないのでどこかで適当に過ごしているか気まぐれに見にいっているだろうけれど、フィオナはギリギリ出席をしてもしなくても許される立場だったので参加しないことにした。
ヴェロニカの離宮へと向かったあの日以降、ことはとてもスムーズに進んだ。
マーシアは作戦通りに証拠を手に入れることができた。
あの日の計画はマーシアとメーベルが何日も考えて作り上げた完璧なものだったので、フィオナが理解できていなかったこともあったけれども、とにかく成功するだろうなとは思っていたので、さもありなんといった感じだった。
ヴェロニカからの手紙を受け取って、とても落ち込んでいたフィオナだったがルイーザの言葉で立ち直り、ヴェロニカの言葉を逆手にとってできることはないだろうかとマーシアたちに聞きに行った。
するとそれを待っていましたとばかりに二人はフィオナをほめたたえ、あの計画の草案をフィオナに伝えた。
まずはフィオナがヴェロニカの元へと向かう予定を伝えて、彼女に準備をさせる時間を与える。
そうすると、用心深い彼女はフィオナの来訪に合わせて証拠になりそうなものを移動させるだろうと予測した。
そしてその馬車の行き先を追っておいて当日にフィオナとマーシア、メーベルの三人で同時に襲撃する。
そうすることによってより成功率をあげることができるだろうと言う話だった。
フィオナにも騎士をつけるが、フィオナは一番危険度が高い作戦になってしまうという懸念も言われた。
しかしフィオナにしかできない事なので了承してからフィオナはノアへとキチンと連絡を取って、先日の事はいったん忘れてちゃんと頼った。
そうすると、彼は快諾してくれて、計画に参戦してフィオナを助けてくれた。
自分にできることを最大限やって誰も傷つけず、自分から問題の解決に向かうことができた。これはもう立派な大人と言っていいだろう。子供は卒業できたと思っていい。
……我ながら誇らしいですが、今日のような日は大人だったらきちんと出席して見届けるべきだったかもしれません。
数少ない自分の成功体験を思い返して、誇らしい気分になったけれども、すぐにまた目の前に迫っている別の問題に気分が重くなって考えた。
今日、王族や貴族、出来る限り多くの人間が出席しているのはヴェロニカの処刑だ。
反逆罪は見せしめのためにも、権力を示すためにも民衆にさらされての処刑となる場合が多い。
今回の場合には事前に計画を防ぎ反逆罪での死傷者はいない。だからこそ証拠をあげたマーシアたちの裁量によってヴェロニカとその血縁に当たるメルヴィンの罪状や刑罰が決められた。
そしてマーシアたちは、今回利益をとることにした。
もちろんヴェロニカの処刑は決まっていたが、メルヴィンに関しては情状酌量の余地ありと判断されるように色々と調節し、彼は城の地下牢で魔力を捻出するためだけの罪人となった。
国王陛下の血を受け継いでいる純粋な王族である彼は、それなりに魔力の量が多い、魔力にはいくらあってもいいと言われるぐらいたくさんの価値と利用法がある。
だからこそ生かすことによって生まれる利益を取ったのだろう。
それが果たしてメルヴィンにとって良かったことなのかどうかもわからない。
今までずっと純粋に王子として生きてきて、記憶を失い情緒がおかしくなり罪人として生活を強いられるなど、あのプライド高い彼にたえられるとは到底思えない。
しかし死んだ方がましだと思うのかは、長年婚約者であったフィオナにもわからない。
それについては想像しても仕方ないので考えない事にしているが、ヴェロニカの処刑についてはどうしても思う所があるのが事実だ。
王族にとってその地位を脅かそうとした人間に対する処罰を見届けるということはとても大切なことだと思う。
フィオナは曲がりなりにも第三王子と結婚するのだ。実際に結婚してしまえば処刑から目を逸らすことはできないだろう。
しかしそれでもここまでのヴェロニカの様子はきちんと見てきた。
裁判や離宮の解体、命だけはとなんの決定権もない兵士に懇願している様子など様々なものを見た後に、彼女の首が落ちるところを見るのは少々苦しい。
取り乱さないとも思えない、もう散々みじめな姿は見た。だからこそ死に向かって怯える彼女に対する恨みの感情はもうない。
今はただこうなってしまって不憫だと思うばかりだ。
生きていてほしいとは思わない、しかし殺したいほどかと言われたらそうではない。けれども告発した以上は後には戻らない、ただ今回だけは見なくてもいいうちは目をつむらせてほしいと思う。
そう結論付けてフィオナはマーシアの執務室で自分の仕事を片付けていた。
ヴェロニカがいなくなってからも、色々とやることがあるのは変わらないし、むしろ多くなっている。
彼女の派閥の多くは、何らかの罪に問われて爵位継承者が変更されたり、貴族としての登録を消し去られたりと色々な処置が行われている。
フィオナの実家であるアシュトン伯爵家も例外ではなく、父と母は、当主の座を追われて、叔父のダグラスが今やアシュトン伯爵となりテリーサとともにまっとうに領地経営をするために励んでいる。
フィオナはそういう処置の実行や、ヴェロニカの悪事によって人生がくるってしまった人間に対するケア、仕事の紹介など助けになれるようなことを企画して実行しているのが現状だ。
テリーサが言ったように、フィオナの魔法は人のトラウマを取り除くことが容易にできるという良い点もある。
消した記憶は取り戻せないので安易に使うわけにはいかないが、それでも無理なくできることを正しく行う努力は怠らないつもりだ。
そういったわけでフィオナは、被害を被った若者の支援の為にあれこれと調べたり手紙を書いたりと忙しく過ごしたのだった。
「戻ったぞ、フィオナ」
「ただいま帰りました」
日が傾いてきたころには、マーシアとメーベルが執務室へと顔を出し、フィオナも仕事がひと段落をしていたので、彼女たちに今日の様子を聞こうかと考えた。
「おかえりなさい。お二人とも……」
顔をあげて席を立つ。
彼らの為にお茶を用意したり護衛が交代する中でフィオナは二人のそばに寄った。
二人はいつもよりも地味なドレスを着ていて、正式な場につけていく勲章がとても目立っているように見えた。
それがなんだか今日行われたことを暗示しているような気がして、部屋の中には重苦しい雰囲気を感じた。
「あの……」
「っ、う……」
「おっと、メーベル。だから無理をしなくとも構わないといっただろう」
「申し訳ありません、っ」
フィオナが声をかけようとすると、部屋の中に入ったことによって気が緩んだのか、途端にメーベルが顔を青くさせガクリと膝を折った。
それを予測していたかのようにマーシアが咄嗟に支えた。
メーベルの手は小刻みに震えていてその瞳には涙が浮かんでいた。
「今日は部屋でもう休みなさい、後の仕事は私が片付けておく」
「ですが、わたくしは」
「無理は禁物だ。メーベル」
苦しい表情をするメーベルに、マーシアは有無を言わせない態度でそういい、メーベルもそれ以上は食い下がることはなく、小さく頷いて別れの挨拶を口にして去っていった。
彼女の様子を見ただけで、処刑は無事に行われたのだということもわかるし、それはひどいものだったのだろうと想像もついた。
だからこそ恐ろしくフィオナまで手が震えてしまうけれど、次こそは義務を果たさなければならないだろう。
「マーシア様、申し訳ありません、今日は出席できず……」
「いいんだ。フィオナ。お前もメーベルもまだまだ若い、人の死を見るのは応えるだろう。私が権力を持っている間くらいは、若い世代を守りたいと思っている。しかし、メーベルは時期王妃なのだからと頑固でな、もう少し気楽でもいいと思うんだが……」
「……」
「なんにせよ、気にしない事だ。悪は絶たれたそれだけだ」
きっぱりとそう言い切れるマーシアにフィオナは尊敬の念を抱いたが、メーベルがどうにか受け入れようと奮闘する理由もわかる気がした。
フィオナとメーベルは遠い存在のような気がするけれど誰しもみんな大人になりたいと望んでいる。
メーベルも彼女なりの立派な大人を目指しているのだ。
フィオナも頑張ろうと思うけれど、心の奥底では同じようなことをしなければならなくなるような悪人が、もう二度と出てこなければいいと思う気持ちも事実だった。




