44 最後の計画 その二
彼女から悪事についての情報を引き出す。それも一番、知られてはいけない事についての情報が必要だ。
「わかりました。……私はあの手紙が暗に示していたことを知っているからやってきたんです。ヴェロニカ様」
「……そうでしょうね、あなたを信頼していた馬鹿なわたくしは、あなたに多くの情報を与えていた。故意ではなかったけれどまさか裏切るだなんて思ってもいなかったから、注意も払っていなかった」
「はい。あの手紙で最後の方に暗に示していたこと、そして私が知っているヴェロニカ様の企みそれは……」
一度言葉を切ってから、フィオナはもう後戻りできない気持ちで口にした。
「反逆です」
「……」
「隣国メルドラスの王族の方々と連絡を取り合っていらっしゃいますね」
フィオナはその情報を人の記憶から消したことがある。
その時にその事実を知ったのだが、メルヴィンとの婚約をしていた時にはその事実に対する意味を見出していなかった。
しかし今は違う。それがどういうことなのか今ならわかるし、フィオナに手紙でほのめかしていたのは、革命が起きた時にフィオナがマーシアの側についていたら、事が起きた時に投獄の対象になるのだという意味だろうと思う。
だからこそ、その二点においてヴェロニカのやろうとしていることはわかる。
しかし、実際の計画をフィオナは知らないし、ただ連絡を取り合っていただけでは明確な罪に問うのは難しい。
それを暴くためにフィオナは今ここにいるのだ。
「…………」
フィオナの言葉にヴェロニカは静かに黙り込んで、鋭い視線でフィオナを見つめた。
フィオナが探ろうとしていることがばれているのかそうではないのか、彼女のことを見つめてもまったくわからない。
けれどもしばらくしてヴェロニカは重たい口を開いた。
「ええ、そうよ? ……だっておかしいでしょう。あんな醜女が王太后だなんて……そんなのわたくし許せませんわ」
たしかに王太后という立場はとても価値がある。
母子の関係性にもよるが国王や王妃が外交に大忙しだったり、必要な儀式にてんてこ舞いになっている間も、国の中で自由に自分の地盤を固めることができ、政治に関与し大きな利益を得ることも多い。
だからこそ繰り上がり式に王太后になれる王妃という立場を目指して、正妃の地位を望むものが多い一方、側妃だとしても王子を産んで次期国王の座を狙うことによって、王太后となることもできるのだ。
しかし、マーシアにはランドルがおり、聖者であるノアもいる。彼らがいる限りはメルヴィンに次期国王の座が回ってくることはないのだ。
そしてその順位をひっくり返すために他国の兵力を借りて王子たちを亡き者にしてしまう事。
それが一番手っ取り早い方法ではある。他国の勢力を迎え入れ、王族や国王を脅しメルヴィンが王位につく、そしてそれは、計画するだけで反逆罪という大罪になる。
計画の一端でも見つかればヴェロニカもメルヴィンも側妃と第二王子という立場を失うことになる。
しかし成功すれば、武力的に制圧されて捕らえられるのはマーシアたちだ。
だからこそ自分に協力しろと彼女は手紙を送ってきた。
そしてそれに乗る形で今フィオナはここにいる。
「たしかに、メルドラスの国力はすさまじいですし、反逆の見込みはあるかもしれません。しかし……本当にうまくいくんでしょうか」
「……」
「マーシア様たちもヴェロニカ様の現状の悪事を知っていますし、メルドラスが本当に協力をしてくれるか疑問なんです」
フィオナは出来る限りしおらしく、あくまで本当にヴェロニカの方について問題がないか確認するていで話をした。
ヴェロニカは相変わらず鋭くフィオナを見つめていて、煙草にマッチを使ってゆったりと火をつけた。
「わたくしの計画が失敗に終わるといいたいの? 無礼ね、フィオナ」
「いえ、そういうわけではなく……」
「では何が言いたいのよ」
ヴェロニカせかすような言葉に焦りつつもフィオナはキチンと間をおいて話を進める。
こちらにはマーシアの情報もあるのだ。この情報だって彼女は喉から手が出るほど欲しいはずだ。
……よし、そろそろ勇気を出して、言いましょう。
封筒を力を入れて握って、それからフィオナはソファーに座り直して、真剣に彼女を見つめた。
煙草の香りが強くて少し頭が痛い。煙によって部屋の中の空気が少し白くなっているように感じた。
「ただ、安心できるだけの材料が欲しいんです。例えばメルドラスの王族が協力してくれると確約してくれた証とか……そういうものを見せてはもらえませんか」
用意していた言葉を口にする。それさえあればヴェロニカのことをすぐにでも罪に問える。
彼女を失墜させることが可能だ。
……初めからそのためだけに来たんです。計画しているのだから何か保存してあるはずです。そのありかだけでもわかれば……。
フィオナが祈るような気持で、ヴェロニカを見つめていると、彼女は細く煙を吐いてそれからふっと笑った。
「いいわよ」
ヴェロニカの言葉を聞いてフィオナはすぐに表情を明るくした。じゃあさっそく見せてほしいと口にしようとした途端に雲行きが変わる。
「とでもいうと思って?」
「え」
「馬鹿ねぇ、フィオナ。本当にふっ、ふふふっ」
ヴェロニカはくすくすと笑ってとても嬉しそうに口角をあげる。それからパチンと指を鳴らした。
するとすぐさま部屋の中には、彼女の護衛の任務に就いている騎士たちが部屋の中になだれ込んできた。
それはフィオナが入った入口の方からではなく使用人が出入りするための場所からだった。
……!
五名ほどの騎士たちはフィオナに向かって剣を抜き、鋭い瞳を向けた。
応接室の中に緊張が走る。煙草の煙で煙たい中で騎士たちは真剣にフィオナの方を見据えている。
「ねぇ、フィオナ。あなたそれでわたくしを手玉に取ったつもりなんでしょうけれど、残念。あなたみたいな子供の考える浅知恵に気がつかない訳がないでしょ?」
「それは、どういう……」
「だから、メルヴィンにあそこまでの事をしたあなたをわたくしは許さないもの、それにあなただってあんなことをして平気で戻ってくるなんてありえない」
「!」
「もちろん信用させるために、マーシアたちの情報は持ってくるでしょう、けれど、それだけわたくしに忠誠を誓う気持ちははなからないのよ」
煙草を片手に持ったまま彼女は笑みを浮かべて立ち上がる。
彼女は騎士たちに守られながら、フィオナに向かってゆったりと歩いてやってきた。
それから指につけているフィオナと同じ合図用の魔法道具をフィオナに見せる。
「あなたが律儀に日時まで指定してくれたから、ちゃんと準備することができたわ。万が一に備えて今日この場所には何もない、わたくしの忠実なしもべが着々と準備を進めている。残念だったわね」
ヴェロニカは勝ち誇ったように笑みを浮かべて、ふうっとフィオナに煙草の煙を吹きかけた。
「っ、ごほっ、っわ、私はそんなつもりっ、ありませんでした、ただ、安心したいだけで……」
「あら、そう? だとしてもそもそもわたくしたち対等ではないでしょう? あなたはただのわたくしの道具なんだから」
「っ……」
「あがいてみてもいいのよ? お前はいつも反発してばかりの低能で聞き分けの悪い子供だったもの。今更呆れないわ。ただ今日の代償は大きくつくわよ」
言いつつもヴェロニカは一人の騎士を呼び寄せてフィオナに剣を向けさせる。
もちろんフィオナだって剣を持ち歩いているが本職の人間には敵わない。
「ああ、でも、メルヴィンの面倒を一生みられるように適度に痛めつける程度にしなければならないわね」
魔法も一人ぐらいならば相手にできるが、こうも人数がいて隙をつけないとなると勝ち目はない。
ヴェロニカは騎士たちに睨まれて萎縮しているフィオナの手から封筒を奪い取る。
そのまま片手を振り上げた。
 




