4 差し伸べられた手
こうしてメルヴィンと決別出来て良かったけれど、たしかにすでに婚約者がいる令嬢として登録されていてその列に並び、一曲踊るはずだったので相手を失ったのは大きい。
皆が婚約者たちと踊っているのを横目に一人だけ華やかなドレスで棒立ちしなければならないだろう。
滑稽な姿ではあるが、婚約者はいないのだと周りにアピールするいい機会だろう。
そう解釈してフィオナは、スカッとした気持ちそのままに笑みを浮かべた。
「話は終わったみたいだね」
するとふいに背後から声が掛かってその唐突さに驚いて体がびくっと反応した。
「ねー、ドレス、随分似合ってていいけどさ。凄い事するね、君」
それはいつの間にこの場所に来たのかわからないがノアであり、適当に言う彼に驚きつつもフィオナは振り返って返答した。
「……ありがとうございます。誰にも言われなかったから、とてもうれしいです」
「そお? フィオナの周りの人間は見る目ないね」
「ノアは嬉しい事を言ってくれますね。ところでいつからいらっしゃったんですか」
「ずっと居たよ。気づかなかったみたいだけど」
話をしているうちに案内係の王宮の使用人が控室へと入ってくる。
ついに入場が始まるらしい、予め婚約者と参加すると登録しているものは後列に、国王陛下に謁見をするものは前列にそういう風に決められている。
フィオナたちの方へと注目していた令嬢たちも自分の身なりを整えたりして忙しなく準備を始めた。
「でさ、本当に君、勝手に卒業とか言ってメルヴィンと別れちゃったけど、次は決まってるの?」
「いえ、まったく。家からも勘当される予定です」
「え……えぇー、もしかして私に責任あるかな……」
「ないですよ。責任は全部私のものです」
「変なこと言うよね、君。でもまぁ、せっかく綺麗に着飾っているのに惨めな思いはさせられないか」
「?」
ノアはそう口にして列の最後へと加わりフィオナに手を差し伸べた。
「フィオナが大人になるの、私は祝福するよ」
その手にフィオナは少し戸惑った。流石に、彼と参加するには色々と手続きが足りていない気がして気が引ける。
それにきちんとお互いの事を認識して話をしたのだってこれで二回目だ。
それなのにこんな重要な場でのエスコートを頼むのは申し訳ない。
「ほら、手を取って、一曲踊るだけだよ。ついでに私を取り合えず次の婚約者にしてもいいし」
「……それってプロポーズですか」
「そうともいうね。まぁ、ロマンチックな感情があるかと言われると、まだまだなんとも言えないけど、私は見ての通り変わり者で相手が決まっていないから」
「……」
話しながら手を取った。扉が開かれて舞踏会への入場が始まる。
「……受け入れてくださるのなら……と、言いたいところですけど、しばらく悩んでもいいですか」
「そんな暇あるの?」
「暇は……正直ありませんけど、沢山悩んで決めたいんです。私はまだまだ大人になったばかりですから、悩んで、考えて、自分の進む道を決める。それがきっと大人の醍醐味だと思うんです」
「……やっぱり、変なこと言うね君、まぁ、お好きにどうぞ」
「ありがとうございます、ノア」
フィオナはそうしてデビュタントを迎えて、責任を負える大人になった。
道しるべのない道を未来に向かって進むのは、ほんの少し恐ろしかったけれど、それでも新しい選択肢に胸を躍らせて、一歩一歩進んでいくのだった。