35 相性
ルイーザが就寝の為に自分の部屋へと戻ると入れ違いにノアがやってきた。彼はここ数日間よく来てくれる。
心配しているし頼ってほしいと思っている、そんな気持ちを表すようにフィオナの事を気にかけてくれていた。
「それでどうだった? マーシア達との面談は」
彼は適当っぽくそう口にしてベッドに腰かける。ノアのこういう行動にはまったく他意はないとフィオナは知っているので同じように隣に座ってフィオナも今日の事を思い出して報告した。
「とてもたくさんの事を話したので頭がパンクしそうだったけど何とかついていけました」
「あの人たちいっつも全力で仕事してるもんね。一緒に仕事するとなると大変だ」
「はい。でも、ヴェロニカ様の事は放っておけませんし、ルイーザみたいな子供たちをもう増やさないためにも、彼女には今の地位を退いてもらいたいという気持ちは私も同じです」
これまで考え無しに協力してしまった責任もフィオナの中にはある。ヴェロニカを摘発することはフィオナの為にもなるのだ。
マーシアたちと協力することによって今の地位も認められるはずであるしいいことずくめだ。
面談から帰ってきてからフィオナは早速仕事に取り掛かっていた。
「色々と調べたり、昔の事を思いだしたりして大変な仕事になると思いますけど、これが今は最優先事項ですから。がんばります」
「……」
拳を握って隣にいるノアを見ると彼は、フィオナの言葉にすぐには返答をしなかった。
しばらく逡巡してそれから、ノアはいつもよりも少しだけ真剣そうにフィオナに問いかけた。
「君はさ、そういう風にどんどん国を良くしていって、悪い人たちを排除して、国の繁栄に動くことが大人の義務だと思う?」
「……大人の義務……ですか?」
「うん。もちろん、君のルーツ的に考えるとヴェロニカをこのままにさせないようにした方がいいよね。間違ってないと思う」
「はい」
「でも、別にね。その行動も義務ではないよ。君が彼女の悪事で嫌な思いをして仕返しをしたいと思うならやっていいけど、私の父親みたいに何もしないことも私は悪ではないと思う」
フィオナを見る瞳は、フィオナの気持ちがどういうものかと慎重に推し量っているような様子で、いつものフィオナに言い聞かせる様な言葉だったり、適当っぽい言葉とは何か違った。
しいて言うなら自信がないというか、押し付けるつもりはないと思っているような喋り方だった。
「それに私ももちろん前向きに生きているし、ここに住まうためだけの一応の仕事はしてる。でも、国単位でだとか、派閥単位でだとかの繁栄とか、より良い世界の為に生きてなんてない」
「……」
「私はただ、出来る限りいい国であってくれたらいいと思うし、大変な人がいたら助けられるだけの権力があればいい。それでね、好きに生きたい」
途中まで聞いてからフィオナはやっと納得した。
この言葉はノア自身の生き方の話だ。もちろん大人としての義務を果たして自分の責任を負ったうえでの、自分の生き方。
「楽しいと思うことが多い人生の方がいい。そして私は、別に国家が安泰だろうとなかろうと楽しく思えるだろうし、そのために身を削るような努力をしようとは思わない」
その言葉は正直すぎて、王族として公の場で発言したら相当な反感を買いそうな言葉だった。
「フィオナはどう? 君は、こういう風に生きることは許せない? それとも許せはするけれど、マーシアたちのように国の為に生きていきたいと思う? ……それが君の望んでる責任をちゃんと負える大人かな」
珍しくなんだか彼の言葉はとても不安げであり、ノアのあげた選択肢の中に、彼を肯定するという意見はなかった。
それを不思議に思いつつ、フィオナは目を細めて彼の手を取った。
もう何度かつないでいるし、このぐらいの接触では、ノアも文句を言わないだろうと思っての事だったが、少し触れただけでノアは驚いた様子ですぐにフィオナを見た。
「私も……良くない事かもしれないけど、自分が楽しくて幸せならそれが一番っていうか、皆、誰しもそうしていいんだと思います。王族でも貴族でも、平民でも」
「……」
「少なくとも私は、可愛い色のドレスを着て、必要な仕事はきちんとやってそしたら、あなたと話をするなりルイーザと遊ぶなりして楽しく過ごしたいです」
ヴェロニカの事はさっきノアが言ったことの丁度中間のような気持ちだ。
仕返しをしたいというか報いを受けてほしい気持ちもある。メルヴィンと婚約していた時にフィオナは彼女にずっと否定され続けてきた。
それが正しくないと思えるまでずっと。
でもそれはフィオナを都合のいい道具にするために行っていた行為で、正しくはないし苦しかった気持ちもずっと残っている。
そしてその仕返しは今、マーシアたちの元で正当に仕事として行うことができる。
だからこそ、フィオナはとってもやる気になっているし、がんばっていきたい。
でもこれから先ずっと悪い人を裁いていきたいとか、この魔法を出来る限り役立てていいことに使いたいとかも思っていない。
考えるのも行動するのも得意という事ではない。選択肢が嫌なものしかないときは能動的に動いて選択肢を増やすけれどそうでないなら、のほほんとしていたい。
「私は、実はあまり活動的な方じゃないんです。今が幸せならずっとそうしていたい人間です。だからノアの生き方、私は大賛成です」
「……」
フィオナが当たり前のようにそういうと、ノアはキョトンとしてそれから、フィオナと同じように笑みを浮かべた。
「そっか……じゃあ、私たち相性が良くてよかった」
「はい、そうですね」
「でも君を私の考えに染めたいとかしばりつけたいとかそういう風に思ってるわけじゃないから、困ったときはいつでも言ってね」
安心したように表情をほころばせるノアにフィオナは、こうして手を差し伸べてくれたのが彼でよかったと思った。




