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33 ノアの気持ち その二




 ノアは、フィオナの手を取ってじんわりと魔力を込めた。


 体がぞわわとして、また萎縮してしまいそうになるが彼の魔力が使われている魔法道具を身に着けていたし一度馴染ませているので、それほど変な心地ではない。


 むしろ体に足りない魔力を補給されて心地いい気さえする。


「それで君の魔力が少なくなったからね、指輪に入れておいた私の魔力が消費されて、合図になった。だからすぐにその場所に駆け付けたんだけど、マーシアに抱えられてフィオナが気を失っていて血の気が引いたよ」

「すみません……」

「うん。それで経緯を聞かせてもらって、君を受け取ってここまで運んだのは私。マーシアは二日後に具体的な話し合いをしたいって事らしいから、その時まではゆっくり休んで」

「二日後……わかりました」


 粗相をしてしまったことに腹を立てて協力関係の話などなしになったりはしなかったようでフィオナは安心してひと息ついた。


「運んでくださってありがとうございます。ノア、誰も使用人を連れていかなかったので、大変だったでしょう?」

「別に。私は特に苦労しなかったけど、マーシアとランドルに君の事がタイプなのかとかなんだとかいろいろと言われて、面倒くさかったよ。揃いの指輪までつけているのも指摘されて」


 ……苦労しないことないと思うんですけど……。

 

 だって彼も普段から騎士の一人も連れていない。


 そんな彼がフィオナを王宮から離宮の私室まで運ぶのに苦労しないはずがないと思うし、一番迷惑をかけただろうと考えるのはそのことだったのだが、彼は家族にいろいろと言われたことの方が不服だった様子だ。


 ……それに大人っぽくて浮世離れしているように見えますけど、家族関係は意外と普通なんでしょうか。


 気恥ずかしいと思う気持ちがあるのならとても普通の事に思えた。


 それにしてもマーシアもランドルも変なことをいうものだ。この指輪はきっといざというときの保険だろう。


 ノアは奈落に落ちそうで落ちなさそうなフィオナが面白いから見ているだけだ。実際に落ちそうになったらまだまだ楽しむためにチョコッと手を貸すそのためのアイテムだ。


 それにしても良くフィオナの居場所が分かったなといつもながらに思った。


「でも、一番困ったのは君の事」

「……重かったですか?」

「そんなデリカシーのない事、私が言うと思う?」

「……」


 ……言いそうだと思ったから、言ったんです。


 そう心の中で思ったけれどもフィオナは黙った。するとノアは、つないでいる手をぐっと強く握ってフィオナの事を引き寄せた。


「あのさ、フィオナ。私君に卒業してほしい事があるって言ったよね」

「ああ。はい、無事卒業出来ました!」

「…………何を?」

「受け身な私です。これからは能動的に動いて選択肢を作っていきます」

「……」

「ノア?」

「それはおめでとう!」

「はい、ありがとうございます」


 なんだか怒っている様子の彼だったが、フィオナが報告するとやや投げやりにフィオナの事を祝ってくれる。


 彼の言葉がうれしくてにっこり笑うと「でもそうじゃなくて」とノアは切り替えるように言って、フィオナのことを至近距離で睨むように見つめた。


「君の選択肢の中に私を頼ってみるっていう事項を入れて欲しい」


 怒ったように低い声で言われて、フィオナはキョトンとしてしまう。


 鼻と鼻が触れ合ってしまいそうな距離、同じベッドに座って、魔力がじわじわとなじんでいる。


「無理して一人で動く前に、私を頼って、今回はずっとそれを待ってた。合図もやり方もちゃんと示したのに、君はずっと一人で悩んで一人でできることを考えてた」

「……」

「でも、私もいればやれることが増えるよ。君は立派な大人になりたいんでしょ、そのためにはやることがたくさんある、すこしは人を頼ってやっていかないと効率が悪すぎる、そう思わない?」

「……はい、そうですね」

「うん。それに私、これでもできることも多いし、力もある」

「知ってます。こうしてお世話になってるので」

「それ以上に。もっと私はすごいから、だからあんまり抱え込んで心配かけないで」


 そっと頬に手が触れた。このまま何か甘い雰囲気になるのかと思えば、ノアはフィオナの頬をぐにっとつねった。

 

 ……痛いです。


「一人でなんでもできる大人なんてこの世にいないからね。わかった?」

「ふぁい」

「わかったならいいよ」


 そう言ってノアはぱっと手を放して、ちょっと笑った。フィオナは頬がいたくて手を添えてじんと痛むので摩った。


 しかしノアがそう望むのならばやぶさかではないけれど、それでもフィオナは腑に落ちなくてすこし不可解だと思って顔に出した。


 するとノアは「何か言いたいことでもあるの?」と問いかけてきて、フィオナはその言葉に言葉を選びつつ答える。


「……でも、それじゃあ、面白くなくはないんじゃないでしょうか」

「え?」

「ですから、ノアが助けてくれるのは私が面白いからなんですよね。完全にノアに頼り切ったら面白くないですよ?」


 彼にどうして手を貸してくれるのかと問いかけた時の事を思い出して聞いてみた。


 すると、ノアはとても予想外の返答をされたかのように驚いて、それからフィオナに聞き返した。


「なに、どういうこと?」

「だからその……面白がってるから手を貸してくれるだけですよね、始めに聞いたときに落ちそうで落ちないところが面白いからって言ってましたし、なにより、心中になりそうなら手を離すんでしょう?」

「どうしてそう思うの」

「結婚したら巻き添え喰らって危険な場所から落ちてしまいますよって言った時、あなたは、自分は落ちないって言いました」

「……あ、あー、言ったかも」

「だから、あなたにとっての私は綱渡りをしているサーカスの演者みたいなものなのかと」


 フィオナは過去のノアの言葉を引っ張ってきて、伝えた。するとうまく伝わったのか、ノアは驚いたまま黙り込んで、それからしばらく逡巡してフィオナに言った。


「……私、そんなに非情な人間じゃないから」


 すこしだけ悲しそうな声で小さく言われた言葉に、フィオナはそれもそうかと納得してしまって頷いた。


「落ちないって言ったのは、物理的には私は絶対に転落死をしないからつい言っただけで、君を見捨てるからなんていってないでしょ」

「はい」

「こんな風だけど愛着ぐらいあるし、私はフィオナの事を気に入っているから、ただすこしでも幸せに近づいてほしいと思ってる」

「……」

「それだけ」


 先ほどとは違って勢いのない言葉を言って、ノアはフィオナの髪にさらりと触れた。


 それから魔力草のハーブティーをきちんと飲んでねと釘を刺してからノアはフィオナの部屋から去っていった。


 ……気に入ってるんですか、それはうれしいですけど、ではつまり踏み込んでいいという事でしょうか?


 面白がって見てるだけの他人ではなく、彼にとってフィオナが危ない目に遭っていたら心配で、結婚して居場所を与えたいぐらいには手を貸してくれるつもりで、自分に頼ることを選択肢に入れてほしいと望むぐらいには愛着があるとすると、それは愛とか恋とかに近い。


 フィオナもノアが好きだ。


 しかし手を伸ばすつもりはなかった。雲のようなつかみどころのない人だと思っていたから。


 でもどうやら違うらしい、触れられていた手がまだ熱を持っていて、顔が少し火照った。



 


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