31 フィオナの望む選択肢 その三
それから、応接室に残ったマーシアたちにフィオナは視線を向けた。
彼らの瞳は明らかに警戒の色を含んでいて、フィオナが何かしらの魔法を持っていると知っていた彼らは、フィオナがメルヴィンにそれを仕掛けたということは理解できたのだろう。
「……マーシア様、お久しぶりです。先日のご提案の返答をするために参りました」
この状況であまり長ったらしくかしこまった挨拶をしても意味はないだろう。
フィオナは簡潔にこの場にやってきた理由を述べる。
メーベルとランドルとその彼らの騎士たちはとてもフィオナの事を警戒している様子だったが、マーシアは静かにフィオナを見据えていた。
「それにしては随分と礼を欠いた来訪だな。フィオナ・アシュトン」
「申し訳ありません。ただ、私は自分の力を正しく知っていただきたく思っているんです。それには今日この日がちょうどいいと思いました」
凜と背筋を伸ばし、鋭くアメシスト色の瞳を細めて見つめられると、蛇に睨まれたカエルのようにカチコチになってしまいそうだった。
しかし、フィオナも大人だ。人としての格差などない、究極的に考えれば同じ人間だもの!と暴論を引っ張り出してきて彼女を見つめる。
それに他人のいう事を聞いてばかりいられない。フィオナは受け身なだけの自分から卒業して、我を通すために計画を練って実行する実力のある大人になりたい。
「私の力は見ていただいた通り、使い方によってはその人の尊厳を著しく傷つけることのできる物です。もっとうまくやれば、廃人にすることも容易です」
「……なるほど、して。それを私に示し、お前は何を要求する。ただ見せただけという事ではないだろう?」
彼女はゆるりと首をかしげてフィオナに問いかけた。そのしぐさは恐ろしく優雅で、国母の立場である彼女の威厳に、すこし怖気づく。
……でもここまで来て、今更です。怖い人に逆らうことになっても、私は私の望む大人になりたい。
「贅沢な暮らしがしたいのか? それとも敬われるような立場かほしいか?」
試すように問われて、返答の代わりにフィオナは首を振ってそれから口を開いた。
「提案は、お断りさせていただきます。私は、私自身が納得できる形でしか魔法は使いませんし、使わせません。悪用することは簡単ですしとても向いている、しかし胸を張って日の元を歩けるような大人になりたい」
声はすこし震えていて、ちょっとだけ涙も出ていた。
「人に使われるだけの自分は卒業したんです。マーシア様であっても……誰であっても私は自分の魔法を行使する権利を他人に渡しません」
「……では、交渉は決裂か? そもそも私たちに協力をする気はないという事なら話は変わってくるだろう」
フィオナの言葉にさらに視線を鋭くしてマーシアはそう口にした。
その言葉にもすぐに首を振る。
問題はここからだ、今までのフィオナならそういうことになるだろうと納得して受け身になっていたかもしれないが今回こそは違う。受け身な自分からも脱却だ。
「そっ、そうではなく! 私は、無責任に私の力を他人に完全に使用する権利を渡したりはしませんしやってはいけないと思っています。でも、見ていただいた通りとても使い勝手がいい力です!」
「……ふむ」
「そして、ノアには大変お世話になっています。匿ってもらっていますし、助けてもらいました。そしてヴェロニカ様の派閥の悪事も知っていますし、だからこそ、私を駒のように使役するのではなく、協力関係を結んでくださいませんか?」
「……」
「ヴェロニカ様の元から逃げ出すような形で私は婚約を破棄して、実家の問題に直面しました、その時に思ったんです。自分がどれだけ幸せを望んだとしても人を貶めていては、心の底から喜べない」
分かってもらうために言葉を紡ぐ、伝わっているかは正直分からないけれどそれでもフィオナは続けた。
「私が目指している立派な大人は、悪事に手を染めず、自分で責任を負って選択をする人間です。私はそうなりたいと思っています。だからどうかマーシア様、私を一人の対等な人間として尊重してこの場所に置いてもらう、代わりに力を貸す、そういう関係になれないでしょうか」
おこがましい事を言っていることも理解している。
王妃にたいして失礼だということも重々承知だ。けれど主張はするべきだ。
なにもせずに押し付けられた選択肢に文句を言うだけでは、状況は変えられない。
「私は、善良な人間でいたいんです。誰も不幸にしたくない、そしてそれは多くの人間がそうだと思っています。当たり前の事のはずです。だからこそわがままではなく私がそれを主張することが当たり前の権利だと認めてほしいんです。お願いします」
できる限りフィオナの思いが正確に伝わるように一生懸命言葉を紡いだ。
彼女はただ、静かに話を聞いていて、フィオナの主張が終わると、しばらく考えた。
それから様子をうかがうフィオナに満を持して一つ指摘をした。
「……フィオナ・アシュトン。お前の主張が心からのものだとしても、そもそもお前を私たちが信用するかどうかという問題が残ることには気が付いているか?」
言われて、フィオナはしばらく考えた。
彼女たちはフィオナを自由に使える駒にしたい、だからこそ魔法を無責任に提供するだけの契約を結べと言ってきた。
それにフィオナは、自分の魔法の有用性をもっと示してぜひ欲しいと思ってもらう。
それと同時に、危険な使い方ができることもしめしてから善良でありたいと願っている、だからこその協力関係にとどめたいという気持ちを表明した。
きっとフィオナの魔法が使えるものだと思ってくれたら説得できると思ったのに、たしかに、そもそもフィオナの信用がないどころかマイナスだという点については勘定に入れていなかった。
「……」
「お前が開示したとおり、ヴェロニカにとってお前はよほど使える駒であっただろうな。魔法が発現してから長年そうであったのだろう?」
「……」
「そんな人間が今から協力すると言って私が頷くか、考えなかったのか」
とても当たり前の事のように言われて、フィオナは唖然としてしまった。
そして、どうにか弁解と説得を続けようと心に決めたが、咄嗟には頭が回らずに「か、考えてませんでした」とぽつりと言った。
すると、ふっとマーシアは強気にほほ笑んだ。
「そうか。まぁ、しかし、いいだろう」
「え」
「あのヴェロニカにずっと付き従っていた少女が、ノアに手を引かれてやってきた時にはどうなることかと思ったが、お前の心根は理解した。その魔法も、お前が責任をもって使うのならば何ら問題はない」
「?」
「権力にも、魔法にも、武力にも、総じて善性を持ち合わせない人間を悪事へと誘う力がある」
マーシアはフィオナに向かってゆったりと歩いてきた。
すこし見上げてフィオナはどういう事かと首を傾げた。
説得できなかったと思ったのに、途端に態度が変わってどう考えたらいいのかわからない。
「その力を持つ者が未熟であったり、他人の痛みに気がつかない愚か者であるならば私はそれを取り上げることを厭わない。しかし、確固たる信念がお前の中にあるのならば喜んで歓迎しよう」
そういってマーシアはフィオナに手を差し出した。
「フィオナ。よく、ヴェロニカの元から逃れてきた。私とともにより良い国を目指そうではないか」
気丈に言われたそのセリフは、クラッとするほどかっこよくて、流石の正妃マーシア様だと思う。
ヴェロニカ様とはまた違ったついていきたくなるような引きつけられる魅力を感じた。
「はっ、はい。よろしく…………?」
手を取って握手。これで、フィオナの目的は達成だと考えた矢先に、クラッとしたのが憧れとカッコよさからくるだけのものではなかったことに気が付いた。
しかし、すでに手遅れで、気合いを入れて魔法を使いすぎたせいで、魔力欠乏の症状が出てしまったらしいと理解した。
「おや、はははっ、流石ノアの連れてきた子だな。行動が読めん!」
向かい合っていたせいでマーシアの懐に飛び込んでしまい、そんな言葉を聞きつつフィオナは遠のく意識の中でやってしまったと赤面したい気持ちになったのだった。




