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28 転換点




 翌日フィオナは頭を抱えていた。整理して考えればなんとか解決策が見つかるはずだと思って、今ある選択肢と状況を書き出してみるけれど、そううまくいかなそうだという事だけが毎度わかる。


 まっさらな紙にやれることとやりたいことを書いてみてじっと見つめるが、特にその行為に意味はない。


 しかし今朝からずっとこの調子だ。


 答えはなるべく早く出す必要がある。


  選択肢は主に三つ、一つ目はマーシアからの提案を呑むこと、二つ目はこのまま無視してこの場所に居座ること、三つ目はここから出て別の場所に向かう、だ。


 身の安全と生活の事、それからルイーザの事を考えるのならば一つ目が何より良い道だ。そして、フィオナのこのメルヴィンに対する気持ちもいくらかマシになるかもしれない。


 しかし、それでは、フィオナは胸を張って歩けない。自分が誇らしいと思える人にはなれない。

 

 だって魔法の使い道にまったく文句を言わないという契約を結んでしまったらヴェロニカに使われていた時と同じだ。


 後ろめたいことは絶対にしたくない。


 そうなると他の二つの選択肢から選ぶことになる。二つ目にするのであればおもにルイーザの安全の管理と生活の保証が難しくなる。


 メルヴィンのこともあるし外には出られない生活が続く、個人的にフィオナが彼を撃退したとしても、それでは目の前の事に対処しているだけにすぎず、これからどうするのか未定のままでは前にも進んでいない気がするし後ろにも後退していない。


 今の宙ぶらりんな状況と同じだ。つまり選択しない事を選択するという事。


 ……それでは、ノアにも迷惑がかかるでしょうし、私にはルイーザを守る義務もある。選択をしないことは無責任ではないでしょうか。


 では最後の三番目だ、マーシアたちの話も呑めないしメルヴィンの事もある。王宮から出て自力でなんとか生活の基盤を見つける。


 ……いうのは簡単です。けれど、なんの技能もない私にそれが可能でしょうか?


 現実的に考えてフィオナの売り込めるポイントは黒魔法が使える程度だ。それだけで簡単に今のような暮らしができるとは思えない。


 じゃあ、だからと言ってマーシアたちの話を呑むのか、それは自分の生き方として正しい道なのか。


 胸を張って可愛い色のドレスを纏って生きていけるのか。


 ……それにメルヴィンにだってあんなにひどい事をされていた事を忘れていません。


 ひどい事をされました。されていたのに逃げ出すための行動が先行して何も仕返しできていない。


 その行為がフィオナにとって因果応報に感じても、彼にとってはそうではないかもしれない、つまりはやりたいこともあって、やりたくない事もあって、今はとても過去の事を思い出して怒っていて、つまりはどういうことかというと。


「……もう、頭の中がしっちゃかめっちゃかです!」


 ぐっとペンを握ってフィオナはそう口に出した。するとそばにいたロージーも深刻そうな顔をして、フィオナに丁寧に話しかけてきた。


「先日からずっとフィオナ様のお側で状況をお聞きしていましたけど、大変なことになっているんですね」


 数時間も悩み続けていたからだろう。気遣うような言葉に、じんと嬉しくなって、フィオナは頷きつつも彼女を見上げた。


「はい。……私はとにかく、ただ、自分が良いと思う事だけをしたいです。でもそうばっかりも言っていられない状況ですし……何か、妥協しなければ生活がままならないです」

「……そうですね。その気持ちとてもよくわかります。私も、婚約者とわかれるときたくさんの選び取れなかったものを捨てることになりましたから」


 そういって彼女は遠い目をした。


 ロージーは仕事にもきちんとついている大人の女性で、フィオナよりもやれることも多かったはずだ。


 それでもロージーも捨てることになったものがたくさんあったという。


「今でも、後悔するときもあります」

「……後悔するんですか?」

「はい、たまに。今が悪いわけでもないのに、突然寂しくなる時があるんです」


 ……大人なのに、後悔するんですか。


 ただ一つの後悔もなくフィオナはずっと自分の望んだことを選び取り続けて進んでいきたい。


 そう望んでいるし、そうしたい。けれども、こんなに立派に務めている彼女ですら後悔するなら諦めるほかないのかもしれない。


 ……でも、諦めたくありません。私は、欲張りなんでしょうか。


「もっと、欲張っていたら良かったと思います。欲張れるだけの力があるんだと自分を信じられていたら、何か違ったのかもしれないと思うんです」


 ロージーの瞳にはとても強い感情が見て取れる。


 ……欲張っていれば……。


「簡単なことではないけれど、自分を変えて、欲張って望み続けること、やっておけば良かったと思ってしまいます」


 ……。


 本気の言葉だった。フィオナは心のどこかで嫌だと思いながらも、大人とは自分の嫌なこともある程度は呑みこまなければならない物なのかもしれないと薄っすらと考えている気持ちがあった。


 だって今ある選択肢ではどうにもならないし、一番良いと思う行動を選んだとしてもそれですら妥協になる。


「……でも、そう簡単に人は変われません。できなかったことは自分のせいではないですし、なによりとても大変ですから」

「……」

「提示された選択肢を打ち砕くために策を練ったり、努力したり、そういうのって一朝一夕ではできません。だからこそちょうどいい塩梅で選択をすることはとても賢い事だと思います……」


 ……そうです。選択肢がどれも最悪だから、私は困っているんです。


 欲張ってもいいんでしょうか……いえ、違いますね、欲張る自分を許すのは結局自分という事ではないでしょうか。


 利益が相反する人たちはフィオナが欲張ったら許さないだろう、怒って当然だ。


 でも、そうしてでも、自分を突き通すことは自分が認めてやっとできることだ。自分の大切なものを決めてそれを相手に押し付ける。


 フィオナはいつだって選択肢を受け取る側だった。選べる物から選び取った。


 その結果がいまだ。でも、フィオナはもう子供ではない、大人から選択肢を押し付けられるだけの少女ではない。


「……フィオナ様?」


 これは新しい気付きだ、もしかするとノアが言っていたフィオナの卒業すべきこともこれではないだろうか。


 そう考えると何でもやれるような気がしてきて、いろんなものが腑に落ちる。


 望むものがあって譲れないものがある。けれどもそれらを達成するために選択肢がどこをどう見てもない。


 それならフィオナが作ればいいのだ。大人だもの自分で考えてやれるようにやってみればいい。


 ということはフィオナが卒業すべき自分も定まってくる。


「ロージー」

「はい」

「私、もうこんな自分からは卒業します」

「こ、こんなというと?」

「受け身な自分から卒業させてもらいます!」

「……なるほどです」


 ロージーはとりあえず主の言葉に頷いて、よくわからないけれど、がんばってほしいと思った。


 そんな彼女の反応を気にせずにフィオナは選択肢を書いた紙をぐしゃぐしゃに丸めてからゴミ箱に入れて、新たに思考を巡らせた。そこにはフィオナがこれから作る四つ目の選択肢の計画を書き始めるのだった。

 

 



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