28 予期せぬ言葉 その二
「ルイーザはとてもかわいいね。その歳でも言い寄ってくる男の子がいるんじゃないかな」
ルイーザがフィオナ様の今日の様子を伝えようかと考えていると、ふとノア王子殿下が先に口を開いた。
その言葉に、ルイーザは少し考えてからさあっと血の気が引いた。もしかしてフィオナ様が戻ってくるまでの間にルイーザで欲望を発散しようとしているのではないだろうか。
どうなるかよくわからないが、それはとても恐ろしい事だ。
「か、かわいくない、です。私、私は……その」
彼の言葉を聞いてルイーザはついすぐに返答をした。ノア王子殿下がどんな人だかわからないが、とにかく助ける代わりに体を要求してくるような人というのは間違いない警戒しなければならないだろう。
「あれ? 可愛いとか言われたくないんだ、たしかにあんまり言われすぎると嬉しくもないって事ってあるよね、私もよくミステリアスだとか、アンニュイだとか言われるよ」
焦って返答すると、不思議なことにノア王子殿下はルイーザの事をすぐに気遣って別の話題に変えた。
……不思議と怖くないような気がする……けど……。
でも、いくら顔が良くたって身分が高くても、人の体を引き合いにするような人だって事に変わりはないはず……。
「私にはそんな気はないんだけどね。なんだか恐れられることも多いし、それに比べてフィオナは、なんだかいろんなものに頓着ないから怖気づかない感じが気に入ってるんだ」
「……そうなんですか?」
「うん。普通はさ、考えるんだよ。私と話をするときに機嫌を損ねないようにしようとか、適当に難を逃れたいとか、そういう気まぐれな私に対する嫌悪と恐怖みたいなものが割とわかりやすく出てる」
「……」
「そりゃそうだよね。皆守るものがあって貴族なんだから、出身の実家があって何かを得るため、もしくは守る必要があって不確定要素の塊みたいな私とは関わりたくない」
ノア王子殿下はそういう風に言ってから、ルイーザに視線を向ける。
表情は柔らかいのに、その不思議な色の瞳に見つめられるとルイーザのノア王子殿下に対する心の中の嫌悪感まで見抜かれてしまいそうで、たしかに怖い。
しかしその気持ちと同時に、彼自身もそういうことを考える普通の人なのだなという親近感がすこしだけわいた。
「でもフィオナはちょっと違って私の言う事をいつも真に受けてくれる、適当に生きている私の言葉は、そんなに他人の人生に意味をもたらさないと思うんだけど彼女にとっては違うみたい」
「……フィオナ様は結構その、素直なので」
ノア王子殿下の言葉にルイーザは恐る恐るだったけれど答えた。
てっきり話の流れでどうにかされてしまうのではないかと怖く思っていたけれど、案外普通の人で、フィオナ様の事をすこし嬉しそうに話している。
「そうだね。ちょっと子供っぽいぐらい素直だ。素直で実直でちょっと後先考えなさすぎる。……声をかけてみるまでは陰気でつまらなさそうな子だったのに、ほんの少しの会話で勝手に変わっていくから驚いたよ」
「ノア王子殿下からフィオナ様に声を?」
「うん。フィオナが落ち込んでるようだったから、君の好きにしたらいいんじゃないって私が言ったんだ。そうしたらとんでもない方向に勝手に向かっていったからこのままじゃ破滅するって思って、手を貸すことにしたんだ」
ノア王子殿下はあまりにも楽しそうにフィオナ様の事を話した。
声は話し始めよりもちょっと高くて話す声にも勢いがある。
怖いと思っていた外見も、ちょっとだけ頬を染めて嬉しそうに話す彼を見ていれば、とても好感の持てる人物な気がしてきた。
その変わりように驚いてルイーザはキョトンとした。
もしかするとルイーザのように彼もフィオナ様の事を好きなのかもしれないと思った。
けれどそんなはずない、だってあの日の夜あんな時間に会ったじゃないか今日だって、フィオナ様を欲望のはけ口にするくせに。
そんなのは対等な関係ではない、フィオナ様が可哀想だ。
「で、でもフィオナ様からその……対価というか、手を貸してくれる引き換えに、フィオナ様を……」
言わない方がいいとは思ったけれどどうしても、腑に堕ちなくてルイーザは心の中に秘めていたことを口にした。
すると彼は、すぐにピンときた様子でルイーザの言葉に答えた。
「ああ婚約の話? でも流石になんの関係性もない女の子を自分の離宮にとどめているわけにもいかないし……それに、無茶するでしょ。フィオナ」
「む、無茶ですか?」
「うん。正直さ、危ないと思うんだよね。いくら魔法を持ってる貴族でも、女の子だけで平民の宿屋に行ったり、危機感が足りない。だから居場所ぐらいはないと困るなって私は思ったし、婚約したこと後悔してないよ」
彼はルイーザが言ったようなことにはまったく心当たりがない様子で、別の方向に話を進めていく。
それはとぼけているような感じはしなくて、彼はとても当たり前のようにフィオナ様の事をとても大切に思っているように見受けられた。
「それにこんなもの渡してみても、やっぱり頼ってくれないね。私の言うこととてもまじめに聞いてくれるのに、あまり伝わってないのかな……」
言いながらすこし切なそうに自分の小指にはめてある小さな魔石のついた指輪を見る。
それは魔法道具だろうと一目でわかる。
……私もつけるように言われたことがあるし、初めて使った魔法道具もこのタイプだった。
そして彼がつけている物と似たようなデザインの物をフィオナ様がここ最近つけているのをルイーザは知っている。
危険を知らせるためのもので、親子だったり夫婦だったりしない限りはつけないものだ。
「それとも、人を頼るっていう考えがないのかな。……なんにしても、呼ばれなきゃ私だって手出ししづらいよ」
指輪を撫でて魔力を込めてすこし光らせた。その瞳はとてもやさしく見えて、ルイーザははたと気が付いて、すぐに自分の勘違いを恥じた。
「……フィオナ様の事、好きなんですね。ノア王子殿下」
「え」
「え?」
絶対にそうだと強い確信を持ったので、そう言ったのだが彼は驚いた様子で声をあげてその様子を見てルイーザも驚いてしまった。
「違うんですか? だってすごくフィオナ様のこと考えてあげてるんだなって思ったから」
「え? いや、私は、ただ……」
言い淀むノア王子殿下は戸惑ったような顔をして驚いていた。
やっぱりそれに親近感を覚えつつも、ルイーザが続けて指摘しようとすると部屋の扉が開いて「お待たせしました」と言いながらフィオナ様が入ってくる。
彼女は、知らせを聞いて急いでやってきたのだろう、金髪がしっとりと塗れていて、肌には拭ききれなかった水滴が残っていた。
「フィオナ様」
ルイーザが振り返ってこっちだと呼ぶと、フィオナ様は不思議そうな顔をしつつ部屋の中を見渡した。
「あれ? ノアが来ていると聞いたんですが、もう帰ってしまったんですか?」
何を言っているんだと、不思議に思いルイーザも振り返ると彼の姿は忽然と消えていて、湯気の立ち上っている紅茶だけが残されていた。
しかし、今、ここにいたのだ。
さっきまで話をしていた。フィオナ様を何故助けてくれるのかその理由までわかるはずだったのに、どうしていないんだろう。
……まさか私の幻覚? でも侍女だってお茶を出していたし……。
「遅くなってしまいましたからね。そういうこともありますよね、すみません呼びに来ていただいたのに」
使いに走ってくれた使用人にフィオナはお礼を言いつつ、ルイーザを呼び寄せて、早く今日は眠ってしまおうという。
確かに言われてみると眠気を思い出して、とても不思議なことが起こったのに、さして騒ぎ立てることなくルイーザは思考を放棄して眠ったのだった。
 




