24 置かれた状況
ゆっくりと紅茶を口に運んで、ちらりとメーベルを見る。
彼女はまったく平然としており、慣れないフィオナとは大違いで格の違いがあるように思う。
フィオナは定例の王族が集まるお茶会ではまったく主張をしなかったので空気みたいなものだったが、メーベル、マーシア、ヴェロニカはそれはそれは高度な会話を繰り広げていたのだ。
騎士たちはお互いの派閥の旗頭である正妃と側妃に注目し、常にピリピリとした雰囲気だった。
それを大変そうだなと思いながら眺めているだけでいたかったが、フィオナも大人だ。お茶会くらいこなせる人間にならなければ。
「まずは、ご挨拶に伺うのが遅くなったことを重ねて謝罪いたします」
「はい。それで、どういった経緯でノア第三王子と婚約をする形になったんですか」
「……」
いろいろと説明が思い浮かぶ、しかし、うだうだとフィオナの心情やら彼の事を話をしても意味はないだろう。
ノアの事を想いだしながら小指につけている小さな指輪をゆっくりと撫でる。
せめてどの程度家族と自分の情報を共有しているかだけでも教えてもらっておけば、うまく会話をできたような気がするけれど、彼女たちが知っているであろう状況を考えながら簡潔に述べるしかない。
「ご存じかとは思いますが、私の婚約者であったメルヴィンとの関係が良好ではなく、私個人の判断で、婚約破棄をする流れになりました」
「ええ、知っていますよ。デビュタントの騒動ですね」
「はい。それから実家からの支援を受けられなくなり、面識のあった彼を頼ることにしました」
経緯の説明としては一番簡潔な形で話をして、メーベルの反応をうかがった。ルイーザの件や実家の件などは彼らに察知されていない可能性もある。
隠すつもりがあるというわけではないが、正直なところフィオナにとって実家がヴェロニカの金策に加担してグレーなことをしていたという事実は不利にしかならない。
もちろん誠意をもって彼らと接したいとは思っているが、フィオナは利用されるわけにはいかない魔法を持っている。
弱みを握られて、どういう人間かもわからないマーシアやメーベルに操られる人生を送るつもりはない。
「……省きすぎではないかしら。アシュトン伯爵家での事件が抜けていますよ。フィオナ」
「いえ、そちらでの話はさほど重要ではありません、蛇足にしかならないと思います」
「そんなことありません。現にこの離宮にいる子供、ヴェロニカ様が利用するためにアシュトン伯爵家に預けていた子供でしょう?」
……そこまでお見通しですか。よっぽどきちんと調べ上げられてますね。私。
「子供を連れて行く当てがないということは、ヴェロニカ様の意思に反してあなたは行動しているという事です」
「……」
……たしかにその通りです、ただ、だからと言ってマーシア様の派閥に入り仕事を担うつもりはないです。
だからこそ、ヴェロニカにすでに協力するつもりはないという事を今は引き合いには出さなかった。
けれども、メーベルはそんなフィオナの気持ちすらお見通しなのか、そうして話を持っていき、おっとりした優しい笑みのままフィオナを追い詰める。
「フィオナは、ヴェロニカ様の元からノア第三王子の元へとやってきた。その意味をわたくしたちは測りたい」
「……ただ、手を差し伸べてくださる人が彼だけだったという話です」
「ノア第三王子の心はお義母さまもわたくしも測れません、しかしあなたはどうでしょうか。あなたの心に例えば、陰に隠れたヴェロニカ様への忠誠心があったならどうでしょう」
「……」
「身内になった人間から背後を狙われては、休息もままなりません。言っている意味が分かりますよね」
……諜報目的ではないかと疑っているという事ですね。
心の中でフィオナは苦い顔をして、口を閉ざす。しかし動揺を悟られないように笑みを必死に張り付けた。
「ノア第三王子は、ご存じの通りとてもつかみどころがない人です。しかし、お義母さまは息子を信用しています。わたくしもお義母さまがそう仰るのならばそうだと信じています」
「……」
「しかし、彼に手を引かれてやってきた、あなたを信用するべきか否かは自分たちで見定めるほかありません」
その言葉はもっともだし、そうするべきなんだろうが、出来ればフィオナはそういう話を抜きにして婚約者として結婚を認めてもらい、できるだけ普通に彼らの一員になりたかった。
しかしやはりそうはいかない、彼らはフィオナを警戒するし、元がヴェロニカの使い勝手がいい道具だ。
そんな人間を言葉だけで信用できないという話はわかる。
「信用が欲しいと思いますか?」
はいと答えた場合の話の展開は簡単に予想できた、しかしいいえと言っては元も子もない。
そして聞かれているからには答えるしかない。
「……はい、そう思います」
「では、あなたの魔法と細かな条件の開示を、そしてどのように使われるのだとしても何も口出しをせずにただ従うという契約を結びましょう」
「……」
「どうしましたか。わたくしたちに受け入れてほしいと望んでいるんですよね、フィオナ。子供も養わなければならない」
その通りだ。まったくもって間違っていない。
「それに、お義母さまの一声であなたはここを出ていかなければならなくなる。見たところノア第三王子はあなたに手は貸すけれど、必ず助けたいと望んでいるわけではないのではありませんか?」
ぐうの音も出なくてフィオナは押し黙った。
「自分で居場所を勝ち取らなければならないはずです。忘れてはいないでしょうけど、この場所にはあなたとそりの合わない元婚約者も住んでいる」
「……」
「あなたがこの場所にいるという話は、すでに王宮では周知の事実です。危険がないとは言い切れない、しかしわたくしたちに加護を求めれば騎士の配置も子供のための教育も手に入る」
「……はい」
「いいことずくめです。フィオナ。すぐにとは言いませんが早く決断をしてお義母さまの元へと来てください、わたくしは歓迎いたします」
メーベルは最後ににっこりと笑みを浮かべて、席を立ち、部屋を出ていく。
それを見送ることもなくフィオナはただテーブルを見つめていた。
マーシアの出方はすでに固まっていた。フィオナがどうこうできる余地は正直なところなかったと言っていい。
そして、結局、フィオナは高貴な方々から見ればただの道具に過ぎない。
ドレスの色も、魔法の使い道も、自分の行く先も自由にしたくてフィオナは婚約者の元から飛び出したのに、どれかを選び取るとどれかが届かない。
胸を張って歩く未来には遠のいてしまう。
その事実があまりに重たくてガクリとフィオナは頭を落としてしばらくの間項垂れていたのだった。




