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2 気ままな王子



 とある日の事、フィオナは王族のみのお茶会に、いずれ王族になる立場として呼ばれたが退屈して外にある花園へと出ていた。


 背の高い薔薇の生垣が立ち並んでいて開花時期であるためとても美しい。


 こんなに美しいものが目の前にあるというのに、メルヴィンと第一王子や王妃と側室が腹の探り合いをしていて、庭師が手入れをして懇切丁寧に育てた薔薇に見向きもしなかった。


 フィオナはいつもこう言った難しいお茶会では、口を開けば余計なことを言うなと言われるので黙るしかやることがない。


 なので外に出ていても気にされないことが多いのだ。


 今日もその例にもれず、花園を散策していた。もちろんお茶会の会場が見える位置で、いつ終わってもすぐに戻れるように配慮しつつ薔薇の花の綺麗な色合いに感嘆の息を漏らしていた。


 ……花はいいですね、こんなにきれいな色を纏えて。


 深紅の可愛らしい花弁をなぞりながら、フィオナは自分と薔薇を比べて今度はため息をついた。


 メルヴィンから与えられているドレスはどれも地味な色合いで見ていても心は踊らない。


 それに、フィオナのような若い令嬢は、皆美しく華やかな色を纏っているのに彼が言うには毎年ドレスの流行は、重厚な色合いの大人しいものらしいのだ。


 それではフィオナの母親世代と同じような格好になってしまうし、フィオナだけ浮いていると思う。


 だからこそ、デビュタントの衣装を自分で仕立てていいと言われた時、ついに可愛いドレスを着られると思ったのだ。


 ……でも、それも幻想でした。自分で選んでいいという言葉は、なんでも自由にという意味ではなかったんです。メルヴィンの望む範疇の中で、という提示された前提を見逃していました。


 だから私はまだまだ大人になれないんでしょうか。


 だけど、望んではいけなかったのだとして、それを当たり前に理解して実行できたのだとしてそれって、私の望むことを選び取れる大人になったと言えるんでしょうか。


 謎は深まるばかりでフィオナは、またため息をついて、首を傾げた。何が正解で何を望んだらいいのかわからない。それはフィオナが幼く経験の浅い子供だからだろうか。


「物憂げ、というか陰気だね」


 考え込んでいるとふと声がして、驚いて体がびくっと反応してしまう。


 それからすぐに振り返ってみると美しいアメシストの瞳をゆるりと細めて微笑んでいるノアの姿があった。


 彼は、第三王子という立場で歳はフィオナとそれなりに近い。


 おのずと幼いころからメルヴィンと婚約していたフィオナとは、顔を合わせることは多いし、噂はよく聞く。


 しかし、顔を合わせることはあっても、滅多に話などしない。


 メルヴィンが彼を毛嫌いしているというのもあるし、なにより派閥が別だ。


 それなのに声をかけてきたという事にも驚いたし、そこに居たのかという事にも驚いた。


「……」

「そんなにため息ばかりついて何かあった?」


 問いかけられるが、そもそもこの人は他人に興味を示すのだな、ととても人として当たり前のことを思う。


 なんせ、王族の中での一番の変わり者といえば彼だ。正式な場にもいたりいなかったり、居たと思えば適当に食事をして適当に去っていく。


 立場上、許されているが、皆がそろってノアは得体がしれないと口にするのだ。


 そんな彼が何を好きこのんで自分に話しかけてきたのかはわからない。


 そもそも仲良くなどないし、悩みを話す前にお互いの自己紹介をしなければならないほどお互いの事を知らないはずだ。


 しかし、フィオナはつい、口を開いた。


 その気持ちは単に興味本位だったと思う。


 あとそれ以外にはほんの少しの希望があった。


 だって今までフィオナが考えていたことは、家族の誰に聞いても、王族の誰に聞いてもメルヴィンが正しいと言われる。何度説明して、フィオナの心を打ち明けようとも答えは変わらない。


 しかし、それでもやっぱり腑に落ちない。だからこそ今までに話をしなかった相手に聞いたら、何か変わるのではないかとほんの少し思って口を開いた。


「何か、というより、いつもの事です。……いつもの事だけど、悲しくてお花をうらやましく思っていました」


 ちょっと変な言い回しだったかなという自覚はあった。ただ、多くの人に否定されてきたので、直球に言えばまた否定されるような気がしてフィオナはそんな風に口にした。


「……なんで?」


 しかし、ノアは首をかしげてさらに問いかけた。


 それにフィオナはすこしわかりやすく言葉を変えて口にした。


「お花はこんなに綺麗な色の花弁を纏っているのに、それに比べて私は望まぬ色を纏ってこれからも生きていかねばならないからです。だから、うらやましく思うのです」

「…………」

「すみません。反応しづらいことを言ってしまって」


 フィオナの言葉を聞いて反応しないまま固まるノアに、フィオナはすぐに謝罪をした。


 彼だって派閥が違うとはいえ、年上の婚約者の言う事を聞けない子供が婚約者を貶すようなことを言っていて反応に困っているのだろう。


 幼すぎる自分勝手な発想に呆れて言葉も出ないに違いない。


 そう思うと考え無しに自分のわがままを口にしてしまったことが恥ずかしくなってきて、フィオナは赤く頬を染めた。


 しかし、ノアはフィオナの謝罪にも首をかしげて、考えるように口元に手をやってから意味が分からないという表情のままフィオナに返した。


「え、いや。ドレスの色ぐらい、自分で決めなよ。……それに今の色、普通に似合ってないし、嫌だって君が思ってるなら変えた方が全然いいと思うけど」

「!」

「似合うと思うよ、桃色とか、水色とか、フリルも沢山つけたらいい。君は少し童顔に見えるから、きっと可愛いって言ってもらえるよ」


 辛辣に始まった言葉は衝撃的で、自分にはまったくない価値観で、思ってもいない言葉だった。


「……ていうか、喪服? って思うぐらいの色味だし、侍女に嫌がらせでもされてるの?」


 続けて言われる言葉もなんだかちょっとばかり棘があるように感じるが、それでも驚くほどしっくり来た。


「や、やっぱりそう思いますか……ドレスの色ぐらい自分で決めたらいいと思いますか」

「え、うん? なに、当たり前の事言ってんの、君は人形でもなんでもないんだし、そうしたらいいよ」


 適当っぽく言う彼の言葉がフィオナにはグッサリと刺さって思わず息を忘れる。


 そうだと思った。腹の奥が焦げ付く感覚がよみがえってくる。


 だがしかし、もしかするとメルヴィンとフィオナの関係性をきちんと理解していないのかもしれない。だからこその言葉という可能性だってある。


「でもっ……侍女なんかじゃなく、私を庇護してくれている人……将来的にもこれからも、そういう相手がこれを着るべきだと言ってるんです。私は……まだまだ、子供だから」


 その可能性を考えて、フィオナはメルヴィンとの関係性を口にした。するとノアは納得した様子で「なるほど」とつぶやいてそれから、屈託なく笑みを浮かべる。


「そういう事か。それなら、しばらくは我慢が必要かもね。でも、もうすぐ誰かの庇護下は卒業だよね」

「……卒業?」

「うん。だって君、たしか今年成人でしょ。成人したら、やったことは自分の責任になるし、適当に誰かに従ってると痛い目を見るときもある。でも責任を負う代わりに自分の人生を選択できる。それが大人になるって事だよ」

「責任……ですか」

「そうそう、それを負える歳になったんだから、言いなりは卒業、だね」


 はっきりと言われて、フィオナは、改めてメルヴィンの事を考えた。


 メルヴィンは、フィオナが子供だから自分に従え、何も分かっていない、と言う。たしかにその理由はフィオナが自分の責任を自分でとれない子供だからかもしれない。


 成年になれば自分の責任を自分でとれる立派な令嬢になれる。だったらフィオナだって自分の選択で自分の着たいドレスを着てもいいはずだ。


「まぁ、私は成人する前からずっと自由にやってるけどね。……どう? 来年ぐらいには明るい色のドレスを着られそう?」


 楽しそうに口にする彼に、フィオナは子供っぽい短い髪を揺らして笑みを浮かべた。


「……はいっ。ありがとうございます。ノア、私、自分がどうなりたいのか、どうしてずっと不満がたまっていたのかやっとわかった気がします」

「そっかそっか、良かったよ。君ってば見るたび陰気な雰囲気だったから、励ませて」

「はい。私、卒業します。婚約者から」

「婚約者から?」


 フィオナがそう口にすると、キョトンとしてノアはオウム返しに言った。

 

 しかし、その言葉に答える前にお茶会が終わって席を立つ彼らが視界に入った。


 流石に彼らを待たせるわけにはいかないので、フィオナはそのまま「ではまた」とだけ口にしてノアの元を後にした。ここに来た時とは違って視界がすっきりとしていて、足取りはずいぶんと軽やかだった。





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