17 気張っていこう
フィオナとルイーザはその日のうちに王宮へと連れてこられた。
この場所には様々な思惑がひしめいていて、つい先日までフィオナはヴェロニカの派閥としてよくこの場所に出入りしていた。
しかし今はノアに庇護を求めてここにいる。メルヴィンにあんな風に言って別れを告げたのに情けのない事だが背に腹は代えられない。
敷地内には広い庭園といくつかの離宮があり、そのうちの一つにしばらく身を寄せることになった。
伝手があるなら頼るべきだといったルイーザだったが、相手が王族だとは考えていなかったらしく、放心状態になっていたのでその日は一緒に眠った。
目が覚めると当たり前のように侍女がいて、今日の予定を聞きつつ、朝食の支度をしてくれる。
部屋でルイーザと二人で食事をとって着替えをして、ひと息つくと、昨日までの出来事はまるで幻だったかのように感じた。
そしてよく考えてみると、宝石のついたドレスを着たまま騎士も連れずに下町に繰り出し、女子供だけで宿をとり、そこに泊まろうとしていただなんて、強盗に遭ってもまったく不思議ではない。
ノアがやってきてくれて良かったと、今更ながらにほっとしたが、昨日はそれほど切羽詰まっていた。
ダグラスへの挨拶もそこそこに済ませてとっとと出てきてしまったし、またお礼をしに行かなければならないだろう。
お世話になったのに申し訳ない事をしてしまったかもしれない。
「フィ、フィオナ様、私誕生日でもなんでもないのッ」
そんなことを考えていると、ルイーザがフィオナに言った。彼女は昼食のデザートと向き合っていてとても難しい顔をしている。
デザートのお皿にはとてもおいしそうなチョコレートやクッキーが乗っていて、彼女がお皿を凝視していて、あまりに見つめるものだからお皿に穴でも開きそうだった。
「苦手なら残しても大丈夫だと思います。きっと今日来たばかりのルイーザの好みを把握するために色々出てるだけですから」
昼からそんなに食べたら重たいだろう。いくら子供がお菓子を好きだといったって、胃もたれしてしまいそうだ。
「違うの、食べたらきっと、悪い子だと思われてしまうッ」
苦しそうに胸に手を当ててぎゅっと目をつむる彼女にフィオナは首をかしげて、すこし行儀が悪いが彼女のお皿からチョコレートを手に取って口に入れた。
「では私も悪い大人なのでこれで大丈夫です」
「……?」
「大丈夫です」
悪い大人と一緒なら悪い事を子供がするのは当たり前だろう、だからルイーザが悪い子でもその責任はルイーザにはない。そういう意味で言ったのだがルイーザはくりくりとしたまん丸の瞳をぱちぱちと瞬いて、フィオナを見たのだった。
「フィオナ様ってちょっと変わってるね」
「……」
まるでお友達と話すようにルイーザはそういってフィオナに、優しい目を向けた。
なんだか彼女はこんな歳なのに大人っぽい。
それに比べてフィオナはまだまだである。彼女の保護者となったのに、昨日の事もあるし……そういえばノアにも彼から見ても卒業した方がいい事があるらしいし、大人として駄目駄目だ。
「そうかもしれません。でも、がんばらないといけません、あなたを連れ出したのは私ですから」
「う、うん。お願いします」
フィオナが気合いを入れて拳を握るとルイーザもぐっと拳を握って笑みを浮かべた。
子供らしいはにかむような笑みは、幼いながらも女の子らしい愛らしさを含んでいる。不思議な雰囲気だ。
まるで妖精のようだとでも表現するのが適切だろうか。
思わず見ほれていると、この離宮でついてくれることになった侍女のロージーがフィオナたちの元へとやってきた。
「フィオナ様、お手紙をお預かりして来ました、教会の司祭ダグラス様より転送で送られてきたものだそうです」
「……ありがとうございます。ロージー」
受け取って送り主を確認してみると、そこにはテリーサの名前があった。
それからアシュトン伯爵家の印章で蝋封がされている。
しかし随分と急いで書いた手紙らしく、文字も殴り書きだし、蝋封の位置もずれていた。
この様子ならば急いで開けた方がいいだろう。ペーパーナイフが欲しくて顔をあげたらロージーがすでに持ってきてくれた。
とても気の利いた行動に驚きつつも、手紙を開けるとそこには、やはり急いで書いたらしい妹の文字が羅列されていた。
『前略、フィオナ。
先日の件、深く謝罪します。本当に申し訳ありませんでした。アシュトン伯爵家後継ぎとしても、一人の人間としても私は間違っていた。
フィオナが正しかったこと、ルイーザの叫びを聞いてやっと理解できたと思う。
今はお父さまとお母さまを問い詰めてどういう話になっているか確認しているけれど、どちらにせよ、許せない。
お父さまたちは、私に子供たちの面倒を任せていて、上級貴族の前に出すのに恥ずかしくない教育をしてた、知ってると思うけど私は真剣だったの!
子供たちが少しでも新しいお屋敷で気に入ってもらえるように、厳しくしていた。でもこれじゃあ、ただの鬼婆だよ。
あの子たちにとって私って悪党の一派なんだもの。そのことがとても苦しい。だからこそお父さまとお母さまにはもう二度とこんなことさせない。私はまだ成人もしていないけれどこの家を変えたい。
私に間違いを教えてくれてありがとう。
最後に一つ、お願い。ルイーザに話をちゃんと取り合わなかったこと、謝罪していたと伝えておいて。
じゃあ、また近いうちに会おう。またね、フィオナ。
草々』
彼女からの手紙は、思いついたことを次から次に書いたような内容で、テリーサが喋っているのが目に浮かぶような文章だった。
テリーサはとても真面目な子だ。今までは父と母にうまく操られていたけれど年齢的にもそうはいかない。
自分の人生を選択するために動けるだろう。
「……ルイーザ、テリーサがあなたの話をきちんと聞かなくてごめんなさいと言っています」
出来ることならヴェロニカと縁を切って、何も後ろめたい事がない実家にたまにでいいからフィオナも帰れたらいいなと、考えながらテリーサのお願い実行した。
彼女は、チョコレートを口にして、とても難しい顔で口の中で転がしていたが、テリーサからの言葉を聞いてさらに難しい顔になった。
眉間にしわがよってチョコレートを嚥下してから、ぺろりと自分の唇をなめて、すこし頬を膨らませる。
「私は、いい子なので、許してる。……それに、テリーサ様だけは嘘をつかないで私と話をしてくれてた気がするから、怒ってない……かも」
……ルイーザってどうしてかいい子にこだわりがあるんですね。それはとてもいい事かもしれませんが……すこし苦しそうに見えます。
許さない、と言うと思ったし、あんなに怖い思いをしていたのにと恨み言を言うのが普通だとフィオナは思ったのでルイーザの発言が引っかかった。
「怒った方がいいです。理不尽には怒って、もやもやして、間違っているはずだって思い続けないと、自分の望むことが分かりづらくなってしまいますから」
「じゃ、じゃあ、怒ってる。だって怖かったの」
「はい、怒っていきましょう。自分の人生を勝ち取るために」
「……うん」
フィオナの言葉にルイーザは呟くように返事をして頷いた。まだまだ、何もかも解決したわけではないが、実家の件は一応ひと段落だろう。
多分、胸を張って可愛い色のドレスを着て歩む人生に一歩近づいたはずである。
進む道はどこにつながっているのかわからない、けれども、手を引く相手もできた、今まで以上に気張っていこうと気合いを入れるフィオナだった。




