15 神出鬼没 その一
ルイーザの指示に従って平民の宿屋を使うことに成功したフィオナは、ダグラスにある程度の説明をして荷物を持ち、その部屋でルイーザとしばらく過ごすために宝石を換金したり、子供用の着替えを買ったりと大忙しで動いた。
とにもかくにもノアに連絡をとるしかない。夜遅くになってしまったがルイーザが寝付いたのを確認してから、フィオナは宿の備え付けの机に便箋を広げて、ペンを走らせた。
今日の事もあり、ルイーザにも指摘されてフィオナは割と自分が世間知らずだと気がついた。
それから計画性に欠けていることももちろん自覚があったが、攫ってきた女の子にアドバイスされるほどだという自覚はなかったので少々凹んでいる。
……でもこれで、両親は仕事が出来なくなる。それに、テリーサの考えも変わるはずです。
しかしルイーザの事も一度救ったからには手放すつもりはないが、どう考えても圧倒的に今のフィオナは力不足で、ノアに頼らなければルイーザの問題をきちんと解決してあげることが出来ない。
だからこそちゃんとした話し合いもしていない彼にお願いすることになってしまった。
そうするしかないしそうするべきだと思うけれども、ではフィオナは果たしてどこに向かっているのだろうか。
そんな疑問がある。
……私はただ、立派で自分で責任を負って選択のできる大人になりたいだけなんです。
ただ、そのためには、良くない事には加担していない必要があって、見て見ぬふりをする人間であるのは嫌で、さらには抱え込んだからには、完全に解決してあげられるようにならなければならない。
自分の選択をするたびに他の必要事項が増えて、一人の力ではままならなくなり、選択を迫られて決断する。
ノアに頼るということは、つまり、彼と結婚するという話になるのだ。
それは必要なことでフィオナが選んだ選択に伴って必要になった事だ。
だから自分で選んだともいえるし、そうではなかったともいえる。しかし予測するべきであったかもしれない。
これからもこうして同じように立て続けの選択が増えていくとするのならば、それをすべて察知して選択するのはとても難しい。
……大人というのは、私が想像していたよりもずっとすごく大変なものな気がします。
もとより、フィオナはあまり判断が早い方ではない。しかし人を抱え込んだ以上は破滅する前に動く必要がある。
何もかもを望むとおりにしようとしたら相当な予測が必要で、今ある選択肢では難しいと思う。
ペンを止めて考えていると、ふとノックの音がして、驚いてびくっと体が揺れた。
「……」
さすがにダグラスということは無いだろう。今日の泊まる場所は自分で何とかすると伝えたが場所は伝えていない。
平民も使う宿屋なので、どんな人が何の目的でいるのわからない。フィオナとルイーザは二人とも女の子だし、守ってくれる人がいない以上警戒を怠らないようにしなければならない。
しかし、フィオナの頭に浮かぶのは彼の事だ。
それにしてもこんな場所に現れるだろうか。まだ何も連絡していないのに。
「…………」
「フィオナ、夜遅くに悪いね」
「……ノア、ですか」
「うん」
扉の向こうから声がして、フィオナは目をまん丸くしたまま鍵を開いて、扉を押し開いた。
「……こんばんは」
やっぱり扉を開いてみてもちゃんとノアがそこにいて、フィオナは心底驚いた。
しかし、ノアはそんなフィオナの気持ちなど聞く気はないとばかりに、話しながら中に入ってきた。
「こんばんは。それで君、なんでこんなところにいるの?」
「……」
それはこちらのセリフだった。ただ、聞いても彼は答えないような気がして、フィオナは少し黙った。
それに、フィオナは彼に話がある。丁度その手紙を書いていたところだったし、今答えなさそうなことを聞くよりも自分の話をした方がいいと判断した。
「ノア、私、実家で面倒を見ている子を攫ってきました」
「……君の言ってた悪い仕事に使われてる子かな」
「はい。婚約を破棄して家を飛び出す程度なら、ダグラス叔父さまのところでお世話になることが出来ていました」
「でも、アシュトン伯爵家の仕事を邪魔したからには置いてもらえないと」
「話が早いですね」
「そりゃ、具体的な話ならね」
ノアと話をするときにフィオナが抽象的な事ばかり言うからだろう、揶揄うみたいにノアはそう言ってベッドで熟睡しているルイーザの事を見た。
ウェーブかかった桃色の髪が枕に散らばっていて、子供らしいまるい頬がとても柔らかそうだ。




