14 変な大人
「……ルイーザ……ルイーザ?」
問いかけられてルイーザはハッとした。隣にいるフィオナ様は、少し焦った様子でルイーザに視線を向けていた。
「大丈夫ですか? どこか体調が悪いとか……」
聞かれてぶんぶんと首を振る。これからどうするのか、いったいどこへ向かっているのかわからなかったけれど、とにかくいい子にしていなければ。
ルイーザはどこにも居場所がないのだから、今度はこの人に気に入られなければならない。
「そうですか、ならいいんです。驚いたでしょう? でも大丈夫ですよ、怖い人のところにはいきません。私があなたの手を離しませんから」
「……」
……それは本当?……絶対嘘だ。だってお母さまが私を捨てたんだから、見ず知らずの大人が私を助けてくれるはずない。
大人は皆打算的で、嘘つきで、恐ろしい化け物なのだ。子供を捨てるしどうでもいいのだ。
優しいふりをしてルイーザの話など聞いてくれない。
きっとこのフィオナ様も同じに決まっている。
嘘をついて自分がいい思いをするために売り飛ばすつもりだ。
「……ただ、どうしましょうか。流石にルイーザを連れてこのままダグラス叔父さまのお世話になることは出来ないでしょうし……」
「……」
「馬車も教会のものですし……私の魔法は実用的ではないですし……」
「……」
「いえ、暗い事ばかり考えていてはいけませんね。まずは選択肢をあげるんです、えっと、とりあえず平民の宿屋に潜伏……一旦放浪……ああでも食事が……下町のどこにったら食事を買えるんでしょうか……」
彼女は馬車に揺られながらぼそぼそと言葉をつぶやいていて、その言葉にルイーザは思わず耳を疑った。
当てがあるからルイーザを攫ったのだと思った。だって彼女は大人だし、普通はそうだろう。
「とりあえず王都に戻って、兵士に聞けばいいんでしょうか……うん。きっとそうでしょう。それいいです」
……?
フィオナ様は一人で勝手に納得して、頷きそれで行こうと考えている様子だった。
しかし、それではきっと軽くあしらわれるか、ぼったくられるかのどちらかだろう。
もしかしてこの人は大人の貴族なのに何も当てがないのだろうか。
上級貴族が平民の町の事について知らないのは仕方がないとは思うが、子供のうちに何度か遊びに行ったりするぐらいはするだろう。ルイーザですらしたことがある。
だから詳しく知らなくとも、いざというときには少しぐらい使えるぐらいの知識はあるはずだ。
しかしそれがまったくないなんて相当は箱入りだ。アシュトン伯爵家がそんなに厳しい所だったとは思えないけれど、とにかくそれでは捕まってしまう。
「フィ、フィオナ様が、今までいた場所は無いの?」
「はい? ……ああダグラス叔父さまのところですね。王都の教会の司祭をやっていますが、多少なりともアシュトン伯爵家からの支援があって勤めていますから、ルイーザを連れてお世話にはなれません」
ルイーザの問いかけにフィオナは当たり前のように言った。彼女はあんなに大胆な行動に出たのに実家に対抗する手段がないらしい。
「じゃ、じゃあ!……えっと、お金は? どれぐらい持ってるの?」
「現金は持っていませんこれだけです」
そういってフィオナは服の内側につけている金細工や宝石をルイーザに見せた。
……これじゃあ、換金しないと平民の宿にも泊まれない……。
ルイーザの中にあった打算があるのだろうという斜に構えた気持ちはすぐに霧散して、これはまずいという気持ちが先行した。
大人は大嫌いだ、嘘ばかりつく。しかしある程度打算というか計画がなければ、どうにもならない事が世の中にはいっぱいあると流石にルイーザも知っている。
「た、助けてくれる男の人とか心当たりないの?!」
「……一応、あります」
もうこうなれば後はフィオナ様を助けてくれそうなのは、恋人ぐらいだろうと考えてルイーザが聞くと意外なことに、心当たりがあるらしい。
それにほっとしたのもつかの間、フィオナは続けていった。
「ただ、普通に連絡を取ろうと思うと二日はかかります。それに、彼の事については、まだ考えているところなので頼らないつもりです」
当たり前のようにフィオナは言った。しかしそれでは困る。他に手がないのならば、頼るべきだろう。
ルイーザはあまりに計画性のないフィオナの行動に文句を言いたくなった。先ほどまで不安で泣いていたのに、気持ちが忙しい。
しかしとにかく説得しなければならない。今日初めてきちんと話をして名前を知ったばかりの人にこんなことをいうのは変な気持ちだったけどルイーザは、睨みつけながら言った。
「考えてる暇ないでしょ!」
桃色のくるくるとした髪が、落ちてきて、それをフィオナは優しく掬ってルイーザの耳にかけた。
「でも、行動に責任を持つんです。なのでキチンとよく考えて行動をしたいと思っています」
「じゃあ、私を助けた責任を果たす必要もあるんじゃないの」
「…………たしかにそうですね」
「その人に連絡とってよ!」
「……はい」
考えつつ答えるフィオナに、ルイーザはとんでもない人に助けられてしまったと頭を抱えたくなったが、助けられない方が良かったとは思わない。
それにこうなったら一蓮托生、手を離さないと彼女がいったなら、連れて行ってもらうしかない。
「印章無しの手紙が王族に届くでしょうか……?」
そんな風につぶやくフィオナ様を見ながらはぁとため息をついた。
いつの間にか涙は渇いていて、昨日までの鬱屈とした恨みも妬みも少し楽になっている。
彼女の開けたカーテンの外にはのどかな風景が広がっていた。屋敷の中から出してもらえずにただ人生が終わっていくのを感じる日々よりずっとずっとましに感じたのだった。
 




