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DRAGON SEED  作者: みーやん
第七章
8/31

国立図書館事件(下)

主な登場人物


ロナード…漆黒(しっこく)の髪に紫色の双眸(そうぼう)特徴的(とくちょうてき)な、傭兵業(ようへいぎょう)生業(なりわい)として居た魔術師の青年。 落ち着いた雰囲気(ふんいき)の、実年齢よりも大人びて見える美青年。 一七歳。


エルトシャン…オルゲン将軍の(おい)で、ルオン王国軍の第三(だいさん)治安(ちあん)部隊(ぶたい)副部隊(ふくぶたい)(ちょう)だったが、カタリナ王女から、新設(しんせつ)された組織『ケルベロス』のリーダーを拝命(はいめい)する。 愛想(あいそ)が良く、柔和(にゅうわ)物腰(ものごし)好青年(こうせいねん)。 王国内で指折りの剣の使い手。 二一歳。


アルシェラ…ルオン王国の将軍オルゲンの娘。 白銀(はくぎん)の髪と琥珀(こはく)(いろ)双眸(そうぼう)特徴的(とくちょうてき)な、可愛(かわい)らしい顔立ちとは異なり、じゃじゃ馬で我儘(わがまま)なお姫さま。 カタリナ王女の命を受け、新設(しんせつ)される組織に渋々加わる事に。 一六歳。


オルゲン…ルオン王国のカタリナ王女の腹心(ふくしん)で、『ルオンの双璧(そうへき)』と(しょう)される、幾多(いくた)戦場(せんじょう)活躍(かつやく)をして来た老将軍(ろうしょうぐん)。 温和(おんわ)義理堅(ぎりがた)い性格。 魔物の害に苦しむ民の救済の為に、魔物(まもの)退治(たいじ)専門(せんもん)の組織『ケルベロス』を、カタリナ王女と共に立ち上げた人物。


セシア…ルオン王国の王女、カタリナの親衛隊(しんえいたい)の一員で、魔術に長けた女魔術師。 スタイル抜群(ばつぐん)で、人並(ひとな)み外れた妖艶(ようえん)な美女。


レックス…オルゲン侯爵家(こうしゃくけ)(つか)えて居た騎士(きし)見習(みなら)いの青年。 正義感(せいぎかん)が強く、喧嘩(けんか)っ早い所が有る。 屋敷の中で一番の剣の使い手と自負(じふ)している。 一七歳。


カタリナ…ルオン王国の王女。 病床(びょうしょう)にある父王に代わり、数年前から(まつりごと)を行っているのだが、宰相(さいしょう)ベオルフ一派の所為(せい)で、思う様に政策(せいさく)が出来ずにおり、王位を(おびや)かされている。 自身は文武に長けた美女。 二二歳。


サムート…クラレス公国(こうこく)に住む、烏族(からすぞく)の長の妹サラサに仕える、烏族(からすぞく)の青年。 ロナードの事を気に掛けている(あるじ)の為にロナード共にルオンへ(おもむ)く。 人当たりの良い、物腰(ものごし)の柔らかい青年。


シャーナ…南半球を中心に活動(かつどう)している傭兵(ようへい)で槍の(あつか)いが得意(とくい)。 口は悪いが、サバサバとした性格で面倒見(めんどうみ)の良い姉御(あねご)(はだ)


デュート…元・トレジャーハンターの少年。 その経験(けいけん)をかわれ、ケルベロスに加わる。 飄々としていて掴みどころのない性格。 一七歳。


チェスター…エルトシャンの(はら)(ちが)いの兄で、治安(ちあん)部隊(ぶたい)総監(そうかん)補佐(ほさ)をして居る。 エルトシャンと(ちが)い武芸に(うと)い、頭脳派。 とてもプライドが高い。 二五歳。


ベオルフ…ルオン王国の宰相(さいしょう)で、カタリナ王女に代わり、自身が王位に()こうと(たくら)んで居る。 相当な好き者で、自宅(じたく)別荘(べっそう)に、各地(かくち)から集めた美少年美少女を(かこ)って居ると言われている。


メイ…オルゲン侯爵家(こうしゃくけ)に仕えている騎士(きし)見習(みなら)いの少女。 レックスとは幼馴染(おさななじみ)。 ボウガンの名手(めいしゅ)。 十七歳

「それにしても(だれ)が、こんな(おそ)ろしい事を考えているんだろうな……」

ロナード達と共に、図書館の地下(ちか)から出て出来たレックスは、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで、(おもむろ)(つぶや)いた。

「ホント、ロクな(やつ)じゃ無いスね!」

デュートは、嫌悪(けんお)に満ちた表情を浮かべ言うと、

「多かれ、少なかれ、現状(げんじょう)不満(ふまん)を持っている者は何処(どこ)でも居る。 そんな奴等(やつら)に、(みょう)な事を吹き込む(やつ)もな」

ロナードは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言った。

「って事は……。 地下(ちか)封印(ふういん)()こうとしてる(やつ)は、(ほか)の奴にそうする様に仕組(しく)まれてるだけって事か?」

レックスは、一階のフロアの廊下(ろうか)を頭の後ろに両腕(りょううで)を組みながら、トボトボと歩きながら、そう指摘(してき)すると、

「本当に悪い奴と言うのは大体(だいたい)、自分は安全(あんぜん)な所に居て、(あぶ)ない事は他人(たにん)にさせるモノだろ?」

ロナードは、嫌悪(けんお)に満ちた表情を浮かべ、()き捨てる様な口調(くちょう)で言った。

「んまぁ、確かに。 そうかもな……」

頭の後ろに両腕(りょううで)を組んだまま、レックスは言い返す。

「あれ? これ何スかね?」

デュートは、ふと視線(しせん)を自分の足元(あしもと)に落とした時、何か、(かみ)()れの様なモノが落ちている事に気付き、そう言って身を(かが)め、それを拾い上げる。

 (てのひら)(ほど)の大きさの、(あな)が一つ開けられていて、そこに赤いリボンの様な(ぬの)()れが結び付けられている、丈夫(じょうぶ)な紙……。

 どうやら、本の(しおり)と思われる。

「何だ? この模様(もよう)……」

レックスは、デュートが持っているしおりに、(えん)形状(けいじょう)()かれている、文字にも見える、不思議(ふしぎ)模様(もよう)を見て(つぶや)く。

「……(じゅ)()?」

それを見たロナードは、(にわ)かに(まゆ)(ひそ)(つぶや)く。

「じゅふ?」

デュートは小首を(かし)げ、そう言いながら、ロナードに拾った(しおり)を差し出す。

「それ、何なんだよ?」

デュートが拾った(しおり)を見て、レックスは戸惑(とまど)いながらロナードに問い掛ける。

魔術師(まじゅつし)が魔術を使う時に用いる、術式(じゅつしき)などが書かれた(ふだ)の事だ。 さっき地下の封印(ふういん)(ほどこ)している扉の前にも、似た様な模様(もよう)が書かれた(かみ)()れが()ってあっただろう? これは、(だれ)かを(のろ)専用(せんよう)の物だ」

ロナードはそう言いながら、注意深(ちゅういぶか)く、デュートから受け取った(しおり)を見る。

「そう言われてみれば……。 あった様な……」

デュートは、ケルベロスが(ふう)じられていると言う扉の前にも形などは(ちが)ったが、確かに、この(しおり)と似た様な模様(もよう)が書かれた紙切れが沢山(たくさん)、扉の前に貼り付けられていた事を思い出し、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで(つぶや)く。

「って言ってもよ。 これ、どう見ても(しおり)だせ?」

レックスは小首を(かし)げながら、ロナードに言うと、

「……(じゅ)()(しおり)にして、(だれ)かが持ち歩いていた……と言う事か?」

ロナードは、(かす)かに眉を(ひそ)めながら(つぶや)く。

「でも、何の(ため)にスか?」

デュートは不思議(ふしぎ)そうに言うと、ロナードは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで(しばら)く考えた後、

「ここで俺達(おれたち)があれこれ思慮(しりょ)していても、仕方(しかた)が無い。 落し物として一旦(いったん)、ここの受付(うけつけ)(あず)けよう。 持ち主が(あらわ)れれば、これを持っていた理由も分かるかも知れない」

落ち着き払った口調(くちょう)で、デュート達にそうた。

「そうスね。 受付(うけつけ)の人に持ち主の特徴(とくちょう)や、名前とかを聞いてもらっておけば、後日、接触(せっしょく)する事も出来るだろうし……」

デュートは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言うと、ロナードは彼に拾った(しおり)を返す。

「ここに封印(ふういん)されている(やつ)と、何か関係があったりしねぇのか?」

レックスは(おもむろ)に、ロナードに問い掛けると、

「それは(おれ)も考えたが、何の(ふだ)なのか分からないのに、そうだと決めつけるのは、どうかと思う」

彼は、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべ、レックスに重々(おもおも)しい口調(くちょう)で言い返す。

「だったら、この模様(もよう)(うつ)して、これが何なのか(くわ)しい人に聞いてみてはどうスか?」

デュートは、そう言うと、レックスの方を向き、

「レックス。 紙と鉛筆(えんぴつ)()りて来てス」

名指(なざ)しされ、レックスは不満(ふまん)そうにしつつも、仕方(しかた)なさそうに、受付(うけつけ)へ紙と鉛筆(えんぴつ)を借りに行った。

 (しばら)くして、レックスが紙と鉛筆(えんぴつ)を手に(もど)って来ると、デュートはそれを受け取り、自分達の近くのテーブルに紙と(しおり)を置き、(しおり)図柄(ずがら)を見ながら、書き(うつ)そうとするのだが……。

「う~ん。 何か複雑(ふくざつ)過ぎて上手く書き(うつ)せないスね……。 ってかロナードが書けば良いスよ。 魔術師(まじゅつし)なんスから、こう言うの得意(とくい)っしょ?」

デュートは上手(うま)く書けないので、困った様な表情を浮かべ両手で頭を(かか)え、そう(うな)っていたが、ふと、ロナードの存在(そんざい)を思い出し、(だま)ってその様子を見守っていた彼に苛立(いらだ)った口調(くちょう)で言うと、

「……(おれ)が書くと、術が発動(はつどう)する可能性(かのうせい)があるが……」

彼は、落ち着き払った口調(くちょう)で言うと、それを聞いた二人は(あせ)り、

「そ、それ駄目(だめ)だろ!」

「か、か、書かなくて良いス!」

レックスとデュートは顔を青くし、そう言って、ロナードが書く事を止めた。

(冗談(じょうだん)で言ったのに……)

ロナードは、(あせ)っている二人の様子を見ながら、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ心の中でそう(つぶや)いた。

仕方(しかた)が無いスね。 オレが書き(うつ)すしかないスか……」

デュートは、()(いき)を付いてから言うと、再び(しおり)模様(もよう)を書き写そうと(こころ)みていると、

如何(いかが)なさいました?」

不意(ふい)に、図書館で(はたら)いている女性の司書(ししょ)が、にこやかに声を掛けて来た。

「あ。 いや……。 ちょっと、これを拾って、変わった模様(もよう)だから何だろうと思って、書き写そうとしていただけス……」

デュートは苦笑(にがわら)いを浮かべながら、女性の司書(ししょ)にそう答えると、

「あら、これは……」

女性の司書(ししょ)は、デュートが拾った(しおり)を見て(つぶや)く。

「これ、アンタのか?」

レックスは真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、女性の司書(ししょ)に問い掛けると、

「あ、いいえ。 この(しおり)は前に館長(かんちょう)(いただ)いたとかで……。 希望(きぼう)される方に、無料(むりょう)で差し上げていた物です」

女性の司書(ししょ)は、にこやかに笑みを浮かべ、レックスにそう説明する。

「フォレスター館長(かんちょう)が?」

デュートは戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、女性の司書(ししょ)に問い掛ける。

「ええ。 今は、別のデザインの物をお(くば)りしていますが……。 何でも、それにお願い事を書いて、毎晩(まいばん)その(しおり)を両手で(つつ)んで、一身(いっしん)(ねん)じると願い事が(かな)う……とか何とか言われていました」

女性の司書(ししょ)は落ち着き払った口調(くちょう)で、戸惑(とまど)っているデュートにそう説明すると、ロナードが真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、

「もし(あま)っているのなら、今まで(くば)られた、その手の(しおり)を全種類、(もら)えないだろうか」

女性の司書(ししょ)にそう言うと、それを聞いたレックスは、意地(いじ)の悪い笑みを浮かべ、

「何だよオメェ。 そんな必死(ひっし)に願わなきゃなんねぇ様な、願い事でもあんのか?」

そう言ってロナードの事をからかうと、彼は、ジロリとレックスを(にら)み付け、

「この模様(もよう)の意味を調べる(ため)に、決まっているだろ」

「あ、そっか。 わりぃ。 わりぃ」

レックスは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、ロナードにそう言い返すと、彼は、(あき)れた様な表情を浮かべて、()め息を付く。

「少し、お待ち下さいね」

女性司書(ししょ)はそう言うと、その(しおり)を取りに行ってしまった。

「……館長(かんちょう)(だれ)から(もら)ったのか、問い(ただ)必要(ひつよう)があるな」

ロナードは、(しおり)を取りに向かった、女性の司書(ししょ)の背中を見送りつつ、両腕(りょううで)を胸の前に組み、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで、レックス達に言った。

「もしかしてロナード。 フォレスター館長(かんちょう)(うたが)っているスか?」

デュートは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、ロナードに問い掛けると、

「いや。 その可能性(かのうせい)低いと思う。 もしフォレスター館長(かんちょう)犯人(はんにん)ならば、何故(なぜ)、オルゲン将軍に相談(そうだん)をする必要(ひつよう)があるんだ? 義理堅(ぎりがた)い将軍の事だ。 相談(そうだん)すれば(かなら)ず、問題を解決(かいけつ)しようと動く(はず)だ。 そうなれば、困るのは計画を(くわだ)てている館長(かんちょう)自身だ」

彼は、両腕(りょううで)を胸の前に組んだまま、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、デュートにそう答えた。

「確かにそうだよな。 オレだったら、そんな面倒臭(めんどうくせ)ぇ事しねぇし」

レックスは両腕(りょううで)を頭の後ろに組み、眠たそうに欠伸(あくび)をしながら言った。

「そうスよね。 成功(せいこう)させたいのなら、(だれ)にも知られない方が、色々(いろいろ)都合(つごう)が良いだろうし……」

デュートも神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで、ロナードに言い返す。

「そう考えると、今回の事を計画したのはフォレスター館長(かんちょう)の知り合いと言う人物(じんぶつ)で、館長(かんちょう)(ただ)、何も知らず利用されている……と見做(みな)すべきだと思うが……」

ロナードは両腕(りょううで)を胸の前に組んだまま、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで、レックス達にそう語る。

「けどよ。 地下室(ちかしつ)の鍵を持ってるのは、フォレスター館長(かんちょう)だけだせ? 封印(ふういん)されてるって言う扉の前の紙が(やぶ)れるって事は、(だれ)かが中に入って、それを破らなきゃなんねぇだろ?」

レックスは、()に落ちないと言った様子(ようす)で、ロナード達にそう指摘(してき)すると、

「いや。 (たと)え、そこへ入る事が出来たとしても、どんな(やつ)でも強引(ごういん)(ふだ)(やぶ)って、封印(ふういん)()くと言う事は出来(でき)ない。 無理(むり)に引き(やぶ)ろうとすれば、手に(ひど)火傷(やけど)を負う事になる」

ロナードは淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、レックスの指摘(してき)にそう答える。

「じゃあフォレスター館長(かんちょう)が、魔法使(まほうつか)いとかだったら、封印(ふういん)を解く事が出来るって事スよね?」

デュートは真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、ロナードに問い掛けると、

「だとしたら、同じ術師(じゅつし)(おれ)が気付かない訳が無い」

彼は、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言い返すと、

「話には、聞いた事はあったスけど、やっぱり魔術師(まじゅつし)同士(どうし)は、同類(どうるい)かどうか分かるスか?」

デュートは、苦笑(にがわら)い混じりに言うと、

大抵(たいてい)はな。 たまに術師だと察知(さっち)されない様にしている(やつ)もいるが……」

ロナードは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで語る。

「んで、オメェ的には、どんな可能性(かのうせい)を考えてんだ?」

レックスは討論(とうろん)するのも、話を聞くのもが面倒(めんどう)になって来た様で、ロナードに問い掛けると、

「そうだな……。 一番考えられる事は、魔術師が、フォレスター館長(かんちょう)操作術(そうさじゅつ)を掛けて、地下(ちか)(かぎ)を館長に開けさせ、中に入って封印(ふういん)を解こうとしている可能性だ」

彼は、自分の(あご)の下に片手を()え、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで語ると、

操作術(そうさじゅつ)?」

デュートは小首を(かし)げ、ロナードに問い掛ける。

催眠術(さいみんじゅつ)みたいなものだ」

ロナードは、事務的(じむてき)な口調で答える。

(なる)(ほど)な。 フォレスター館長(かんちょう)が訳が分かんねぇ内に、地下室(ちかしつ)への鍵を開けさせるから、館長は何にも覚えてねぇって訳か……」

レックスは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで(つぶや)くと、デュートも神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで、

「確かにそれなら、犯人(はんにん)館長(かんちょう)に自分の顔も知られる心配も無いって事スよね……」

「あくまで、可能性(かのうせい)の一つではある……」

ロナードは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでそう言っていると、

「お待たせしました」

女性の司書(ししょ)がそう言いながら、例の(しおり)を持って来た。

「あ、有難(ありがと)うス……」

デュートは、ニッコリと笑みを浮かべて、そう言いながら、女性の司書(ししょ)から、(しおり)を受け取ろうとすると、

「あ、あの……」

女性の司書(ししょ)は顔を赤らめ、モジモジ、ソワソワとしながら、

(よろ)しければ、貴方(あなた)のお名前と、ご住所(じゅうしょ)を教えて(いただ)けませんか?」

(あま)える様な声で、ロナードに上目遣(うわめづか)いをしながら、そう言うと、レックスとデュートは、(そろ)って面白(おもしろ)く無い様な表情を浮かべ、白い目をロナードに向ける。

何故(なぜ)?」

ロナードは、キョトンとした表情を浮かべ、女性の司書(ししょ)に問い返すと、彼女は(あせ)りの表情を浮かべながら、

「えっと……。 その、それは……お手紙で新刊(しんかん)のご紹介(しょうかい)などをしたいと思いまして……」

とっさに思い付いたと思われる、(もっと)もらしい事をロナードに言うと、

「本は好きだが、(おれ)は図書館に頻繁(ひんぱん)に通える(ほど)(ひま)じゃない。 こう見えて、結構(けっこう)(いそが)しいんだ」

彼は物凄(ものすご)真面目(まじめ)に、女性の司書(ししょ)にそう答えると、彼女は、物凄(ものすご)残念(ざんねん)そうな表情を浮かべて、(うつむ)く。

馬鹿(ばか)スねぇロナード。 彼女は気があるんスよ」

デュートは(あき)れた表情を浮かべ、ロナードに言うと、彼は物凄(ものすご)迷惑(めいわく)そうな顔をして、

「そんな事分かっている。 (たと)え図書館の司書(ししょ)でも、ここで一度も本を()りた事の無い(やつ)の名前や住所(じゅうしょ)を聞くなど、不自然過(ふしぜんす)ぎるだろ? 人が折角(せっかく)傷付(きずつ)かない様に(ことわ)ろうとしたのに……」

(何だ。 ちゃんと分かってたスか。 オレはてっきり、鈍感(どんかん)なだけかと思ってたスよ)

ロナードの言葉を聞いて、デュートは心の中で(つぶや)く。

「何だよ。 だったら間に合ってますってハッキリ言えよ。 その方がスッキリするべ?」

レックスは、ムッとした表情を浮かべ、ロナードに言うと、

「お前は……何でそう野暮(やぼ)なんだ?」

彼は、呆れた表情を浮かべ、レックスに言い返す。

「あ、あの。 ご迷惑(めいわく)な事を言って、()みませんでした。 お気遣(きづか)有難(ありがと)うございました」

女性の司書(ししょ)(うつむ)き、涙声(なみだごえ)でそう言うと、持っていた(しおり)を、側に居たデュートに半ば押し付ける様に(わた)すと、逃げ出す様にその場から走り去って行った。

「あ~あ~。 ホント、レックスってさ、見た目通りに無神経(むしんけい)スね」

走り去る女性の司書(ししょ)を見ながら、デュートは(あき)れた表情を浮かべ、レックスに言った。

「何だよ。 オレは(ただ)、回り(くど)い事を言うより、その方がスッキリすると思ってだな……」

ムッとした表情を浮かべ、デュートに言い返すと、

「自分が(ぎゃく)の立場だったら、そんなハッキリ言われたら、傷付くとは、思わないスか?」

彼は、(あき)れた表情を浮かべ、レックスに問い掛ける。

「そりゃあ……。 まあ、ショックだけどよ。 そんなの一時の事だろ? 三日もすりゃあ、ふっ切れるって」

彼は、ポリポリと鼻の頭を()きながら、苦笑(にがわら)()じりに、デュートにそう答えた。

「やれやれス……。 世の中、レックスみたいに神経(しんけい)図太(ずぶと)(やつ)ばかりじゃ無いスよ? 少しはさぁ、気を(つか)ってあげなよ」

デュートは、『はあ』と溜息(ためいき)を付いてから、(あき)れた表情を浮かべ、レックスに言った。

「こんな野暮(やぼ)(てん)に何を言っても、無駄(むだ)だと思うが」

ロナードは、両腕(りょううで)を胸の前に組み、冷ややかな口調(くちょう)で、デュートに言った。


 オルゲン将軍の依頼(いらい)を受け、ロナード達が国立図書館(こくりつとしょかん)調査(ちょうさ)に行った翌日(よくじつ)の朝、何時(いつ)も通りに剣の稽古(けいこ)をしようと、レックスは(にわ)に足を運んだ。

 何時(いつ)もは、自分よりも先にエルトシャンが庭へ来ている(はず)なのだが、今日はどう言う訳か、彼の姿(すがた)が無い。

(ずっと()り切ってたからなあ……。 (つか)れて寝坊(ねぼう)でもしたかな?)

そう思いつつ、何処(どこ)かへ出掛ける用意をしていたセシアに、彼が起きて来ないの理由を問い掛けたのだが、彼女も知らないらしく、当惑(とうわく)した顔をしている。

「ロナード様を起こしに行くついでに、エルトシャン様の様子(ようす)も見に行ってくれないかしら?」

セシアは心配そうな表情を浮かべ、レックスにそう言うと、彼は彼女に言われるまでも無く、そうしようと思っていたので、二人の様子(ようす)を見に二階へと足を運んだ。

 まずは、(ゆめ)の中であろうロナードを先に(たた)き起こそうと、二階への階段(かいだん)に足を掛けた時、上から階段を(だれ)かがノロノロと()りてくる足音(あしおと)がしたので、レックスは(おもむろ)に顔を上げると、ロナードが眠そうな顔をしつつも、(めずら)しく自力(じりき)で起きて来ていた。

「おう! 今日はちゃんと起きられたか」

レックスは片手を上げ、ロナードに向かってそう言うと、

「まあな……」

彼は、ぼーとした表情で、力なくそう返して来た。

「オメェが折角(せっかく)頑張(がんば)って起きたのにな。 今日はよ、エルトシャン様が起きて来ねぇんだ」

レックスは、苦笑(にがわら)い混じりにロナードにそう言うと、彼は意外(いがい)そうな表情を浮かべ、

「エルトシャンが? 具合(ぐあい)でも悪いんじゃないのか?」

「オメェもそう思うよな?」

レックスは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、ロナードにそう言った。

 エルトシャンは、レックスなどとは(ちが)い、一三歳くらいの時から、ルオン王国軍の騎士団寮(きしだんりょう)で生活しており、厳格(げんかく)な世界で身を置いて来た(ため)規則正(きそくただ)しい生活が身についており、時間や決まり事は、しっかり守る。

 ヘラヘラしているのは、相手に余計(よけい)警戒(けいかい)(しん)(あた)えない(ため)で、レックスやロナードの様に、アバウトな性格はしていない。

 そんな彼が、何の理由も無く稽古(けいこ)に遅れるなど、これまで一度も無かったので当然(とうぜん)、彼の身に何かあったのだと、ロナードも思った訳である。

「少なくとも、時間や決まり事には、(おれ)たちよりもずっと厳格(げんかく)だ」

ロナードは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)でそう言った。

 二人は(そろ)って、エルトシャンの部屋へと向かい、ロナードが(おもむろ)に彼の部屋の扉をノックする。

「エルトシャン。 起きているか?」

ロナードは、ノックをしながら、部屋の中に居るであろう彼にそう声を掛けるが、返事が無い。

 二人は不思議(ふしぎ)そうな顔をして、(たが)いの顔を見合わせる。

「お~い。 エルトシャンさま~っ?」

レックスはそう言いながら、ゆっくりと部屋の扉を少し開けた瞬間(しゅんかん)、後ろに居たロナードがとっさにガッと彼の肩を(つか)み、

(はな)れろ!」

強い口調(くちょう)でそう言うと、戸惑(とまど)うレックスに有無(うむ)も言わせず、強引(ごういん)に彼を後ろへ押し()けると、勢い良く部屋の扉を開いた。

 その瞬間(しゅんかん)、レックスには部屋の中から何とも言い(がた)い、ドス黒く重々(おもおも)しい空気が()き出して来た様に思えた。

 ロナードはその、何とも言い(がた)い嫌な空気が蔓延(まんえん)している部屋の中へ、果敢(かかん)に踏み込むと、エルトシャンの姿を探し始めた。

「エルトシャン!」

自分達の部屋と同じく、窓際(まどぎわ)に置かれた古びた木製のベッドの上に、エルトシャンの姿を認めたが、その顔は血の気が無く真っ白で、力なくグッタリしているのを見て、ロナードは(あせ)りの表情を浮かべ、彼の名を(さけ)ぶ。

 グッタリと力なくベッドの上に横たわって居るエルトシャンの(ひたい)には昨日(きのう)、国立図書館の女性の司書(ししょ)が、フォレスター館長(かんちょう)が知り合いから(もら)ったと言う、不思議(ふしぎ)模様(もよう)が描かれた(しおり)が、張り付いていた。

「どうしましたの?」

ロナードの叫び声を聞いて、セシアがシャーナを(ともな)って部屋に()け込んで来た。

 そして、ベッドの上に横たわっているエルトシャンを見るなり、

「何だよこれ!」

シャーナが、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、(おどろ)きの声を上げる。

「この紙、エルトシャン様の生気(せいき)を吸ってるわ!」

セシアは表情を(けわ)しくし、エルトシャンの(ひたい)に張り付いている(しおり)指差(ゆびさ)しながら、そう言った。

 ロナードは苦々(にがにが)しい表情を浮かべ、エルトシャンを見下ろしていたが、意を決した様な顔付きになると、彼の(ひたい)に張り付いている国立図書館で貰った栞を()がそうと手を伸ばす。

「ちょっ……」

それを見て、セシアがギョッとした表情を浮かべ、その場に固まってしまった。

 すると、まるで(せい)電気(でんき)が思い切り起きた時の様に、バチバチッと言う音がして、栞を引き()がそうとするロナードの(てのひら)と、(しおり)の間に小さな火花(ひばな)(いく)つも見えた。

「つっ!」

ロナードは顔を(しかめ)めるが、歯を食いしばり、力任(ちからまか)せにしおりをエルトシャンの(ひたい)から()ぎ取った。

「何て無茶(むちゃ)な事を!」

それを見たセシアが、顔を青くしてロナードに向かってそう叫ぶが、(しおり)(にき)られているロナードの手からは、血が(したた)り落ちているのを見て、彼女は(あわ)てて自分が持っていたハンカチを取り出して、それで彼の手を(おお)った。

大丈夫(だいじょうぶ)かい?」

それを見て、心配したシャーナが、ロナードに声を掛ける。

「早く、この(しおり)を燃やせ!」

ロナードは、近くに居たレックスにそう言うと、彼はとっさに、部屋の中央に配置(はいち)されたテーブルの上に置かれていた、カンテラの側にあるマッチの箱の中から、マッチを取り出して(こす)り、火を付けると、(しおり)に火を付けた。

 それを見たシャーナがとっさに、近くに置いてあった小皿(こざら)をレックスに差し出すと、ロナードは急いでその栞を小皿の上に投げ捨てると、(しおり)何故(なぜ)か青白い炎を上げ、赤黒い(けむり)を出しながら、消えてなくなっていった……。

「な、何なんだよ……。 これ……」

一部(いちぶ)始終(しじゅう)を見ていたレックスは、普通(ふつう)の紙か燃える時とは(こと)なる様子に、戸惑(とまど)いの情を浮かべ、思わず声を(ふる)わせながら、そう(つぶや)く。

「う、うん……」

それまで、(ほとん)昏睡(こんすい)状態(じょうたい)の様になっていたエルトシャンが、不意(ふい)に声を上げ、目を開けた。

「エルトシャン様!」

それを見て、レックスが嬉々(きき)とした表情を浮かべ、彼に抱き付いた。

「ええっ! ち、ちょっと何?」

エルトシャンは、身を起こそうとしていた所を、いきなり自分に()き付いて来たレックスに戸惑(とまど)う。

「ああ。 良かった! マジで(あせ)ったよ」

シャーナは安堵(あんど)の表情を浮かべ、戸惑(とまど)っているエルトシャンに向かってそう言った。

「えっ。 何? 何でシャーナやセシアが、(ぼく)の部屋に居るの?」

エルトシャンは、レックス以外にも、セシアやシャーナが部屋に居たので、物凄(ものすご)(おどろ)き、目を丸くして、二人に問い掛ける。

 このシェアハウスのルールとして、基本的に異性(いせい)の部屋に立ち入る事は禁止(きんし)だ。

 ロナード達は、事情(じじょう)(まった)()み込めていないエルトシャンに、何があったのかを説明すると、彼等(かれら)から話を聞き終えたエルトシャンは、(おそ)ろしくなったのか、顔を青くして(しばら)くの間、呆然(ぼうぜん)としていた。

大事(おおごと)にならずに()んで何よりだけど、何でそんな物騒(ぶっそう)な物をアンタが持ってたんだい?」

シャーナは、不思議(ふしぎ)そうにエルトシャンにそう問い掛けると、 

昨日(きのう)、デュートからその(しおり)(あず)かってて……。 でも、セシアに調べてもらおうと思ってたんだけど、結局(けっきょく)、帰りが(おそ)かったから、(ぼく)が持ったまま、そこのテーブルに置いて()たんだ」

エルトシャンは、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちでそう説明する。

「こういう術的(じゅつてき)なモノは、アンタが持ってなきゃだ駄目(だめ)だろ? ロナード」

シャーナは(あき)れた表情を浮かべ、ロナードにそう言うと、彼は(もう)し訳なさそうな表情を浮かべ、

(おれ)思慮(しりょ)(およ)ばないばかりに、こんな目に()わせて()まなかった。エルトシャン……」

そう言って、エルトシャンに向かって深々(ふかぶか)と頭を下げた。

「えあっ? そ、そんな思い()めた顔して(あやま)らなくても……」

エルトシャンは物凄(ものすご)素直(すなお)に、自分の()をロナードが(みと)め、自分に謝罪(しゃざい)した事に戸惑(とまど)いながら、彼にそう言った。

「しかし……」

ロナードは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、エルトシャンを見る。

「これをどうするか、ちゃんと相談(そうだん)しなかった(ぼく)も悪いし、まさか、こんな事になるとは(だれ)も思っても無かったんだから。 それに君は自分の身を(かえり)みず、ちゃんと僕の事を助けてくれたじゃないか。 それで、お相子(あいこ)だよ」

エルトシャンは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべているロナードに、(やさ)しくそう言った。

「エルトシャン……」

ロナードは(かな)しい様な、(なさ)けない様な、物凄(ものすご)複雑(ふくざつ)な表情を浮かべ、エルトシャンを見る。

 その表情が、子犬がどうして良いか分からぬ時の表情に()ていたので、何だかロナードの事を可愛(かわい)いなと、エルトシャンは思ってしまい、クスッと思わず笑ってしまい、

「君さ、何時(いつ)もは(ねこ)の様にツンと()ましてるのに、今みたいに、子犬の様に可愛(かわい)い顔をする時もあるんだね」

クスクスと笑いながら、ロナードにそう言ってからかうと、ポンポンと自分の前に身を(かが)めている彼の頭を()でると、彼は『可愛(かわい)い』と言われ、()(はず)ずしくなったのか、(たちま)ち顔を真っ赤にする。

 確かに、何時(いつ)もは(みょう)に落ち着いていて、大人びた雰囲気(ふんいき)の彼だが、この様な表情を浮かべているとレックスと同い年の青年に見える。

「ほらほら。 そんな風にロナードをからかってないで、(みんな)を集めて、この事態(じたい)を話し合うべきなんじゃないのかい?」

シャーナは、ロナードの反応を面白(おもしろ)そうに見ながらも、エルトシャン達に向かってそう言った。

「ロナード様も、早く(きず)手当(てあ)てを」

セシアは、ロナードの手にハンカチを()え、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでそう言った。


 今朝(けさ)のエルトシャンの一件(ひとけん)を聞いて、(みんな)が一階にある食堂(しょくどう)に集まると、

「何にしても、エルトシャン様も貴方(あなた)も、この程度(ていど)()んで何よりですわ。 無茶(むちゃ)真似(まね)はなさらないで下さい。 心臓(しんぞう)に悪いですわよ」

セシアは(あき)れた表情を浮かべ、何処(どこ)か向う見ずなロナードに、そう言って(くぎ)()す。

「この(しおり)、やっぱヤバい物なのか?」

レックスは、テーブルの上に並べられた、図書館で(もら)った(しおり)へ目を向け、セシアにそう問い掛けると、彼女は一つずつ指差(ゆびさ)しながら、

「これは、人の邪念(じゃねん)()蓄積(ちくせき)する(ふだ)よ。 こちらは、印刷(いんさつ)(こす)れている所為(せい)で役は立たないでけど、人の生気(せいき)所定(しょてい)の場所に飛ばす物よ」

落ち着き払った口調(くちょう)で、レックスたちにそう説明する。

 彼女の説明を聞いて、レックスとエルトシャンは思わずゾッとして、恐怖(きょうふ)に顔を引き()らせる。

「これらは(すべ)版画(はんが)要領(ようりょう)で、土台(どだい)となる板にインクを()り、紙に(うつ)した物で、(だれ)にでも大量に作る事が出来ますわ。 少し魔術(まじゅつ)知識(ちしき)がある者が、何らかの方法で原版(げんばん)を手に入れ、面白(おもしろ)半分(はんぶん)印刷(いんさつ)したとも考えられますけれど……」

セシアは落ち着き払った口調(くちょう)で、ロナード達にそう説明すると、

(おれ)は、その様には考えていない。 何故(なぜ)ならば……」

ロナードは真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、セシアに、国立図書館の地下(ちか)に閉じ込められている、ケルベロスの事を話す。

「その様な物が閉じ込められているのは、由々(ゆゆ)しき事だね」

話を聞いて、シャーナは表情を(けわ)しくし、そう(つぶや)く。

「ああ。 しかも封印(ふういん)(ふだ)の一部が(やぶ)られている。 何者かが、封印(ふういん)()こうとしているのは明らかだ」

ロナードは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、セシア達にそう語る。

「君は、この(ふだ)を使って何者かが、ケルベロスの封印(ふういん)()こうとしている……と考えている訳だね?」

エルトシャンも、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちと、重々(おもおも)しい口調(くちょう)でロナードに問い掛けると、

「そうだ。 この(しおり)を使った方法ならば、術師(じゅつし)自身(じしん)に大した魔力(まりょく)が無くとも、封印(ふういん)()く事が可能(かのう)になる」

ロナードは真剣(しんけん)面持(おもも)ちと、重々(おもおも)しい口調(くちょう)で、エルトシャン達に自分の考えを言うと、

「確かに……」

セシアは、自分の(あご)の下に片手を()え、(けわ)しい面持(おもも)ちでそう(つぶや)く。

「あのさ……。 (ぼく)の様にこの(しおり)を持っている人達は、どうなるの?」

エルトシャンは戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、おずおずとした口調(くちょう)で、セシアに問い掛ける。

「……(くば)られた(ふだ)正常(せいじょう)発動(はつどう)すれば、貴方(あなた)自身の身に起きた事と、同じ事が起きると思って良いですわ」

セシアは、エルトシャンを()()ぐに見上げ、落ち着き払った口調(くちょう)でそう言うと、それを聞いて彼は、顔を青くする。

「それで、死ぬって事はねぇのか?」

レックスは、恐怖(きょうふ)に顔を引き()らせつつ、(おそ)る恐る、セシアにそう問い掛けると、ロナードは複雑(ふくざつ)な表情を浮かべる。

「こう言った(ふだ)呪詛(じゅそ)に使われる事が多いの。 呪詛(じゅそ)の目的は、相手を(のろ)い、苦しめながら(ころ)す事……」

セシアは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、レックスにそう言い返すと、エルトシャンは自分の身に起きた事なので、あまりの事に、頭の中が真っ白になって、その場に固まってしまった。

「こ、こんな(かみ)()れで……人を(ころ)せるって言うのかよ?」

レックスは、『信じられない』と言った様子(ようす)で、青い顔をして、そう(つぶや)く。

(おどろ)くのも無理(むり)は無いわね。 でも呪詛(じゅそ)()いて、媒体(ばいたい)となるモノはさほど重要(じゅうよう)では無いのよ。 込める(ねん)の強さ、魔力(まりょく)の強さが重要(じゅうよう)なの」

セシアは苦笑(にがわら)いを浮かべながらも、動揺(どうよう)しているレックス達にそう説明した。

「人の怨念(おんねん)などは時に、魔術を()える強い力を発揮(はっき)する事がある。 『お守り』と言ったモノも、ある意味似た様なモノだ」

ロナードは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)でそう言うと、それを聞いたデュートは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、

「それって、魔力(まりょく)の無い人間たちでも、(だれ)かを(のろ)(ころ)す事が出来る……と言う事スよね?」

「……知識(ちしき)かあれば理論上(りろんじょう)可能(かのう)ね。 でも呪詛(じゅそ)(たぐい)は、その(じゅつ)の大小に(かか)わらず、(もち)いる対価(たいか)支払(しはら)う必要があるの。 もし、それを用意(ようい)をせずに行った場合は、自分自身にもその術が()り掛かる事になるわ」

セシアは複雑(ふくざつ)面持(おもも)ちで、デュート達にそう語ると、それを聞いた彼女たちは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべる。

「じゃあ生贄(いけにえ)人柱(ひとばしら)とかは、術を使う対価(たいか)として用意されてるって事?」

話を聞いてエルトシャンは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、セシアにそう問い掛けると、

「その通りですわ。 用いる術が大きければ大きい(ほど)、その対価(たいか)も大きくなると言う事よ」

セシアは淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、エルトシャンにそう言い返した。

「何か……おっかねぇな……」

セシアの話を聞いて、レックスはすっかり(こわ)くなり、青い顔をして、そう(つぶや)く。

「セシアの話を総合(そうごう)すると、この(ふだ)を作った人は、呪詛(じゅそ)知識(ちしき)がある術師……と言う事になるよね? 少なくとも素人(しろうと)では無いって事だ」

神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで、話を聞いていたシャーナは、重々(おもおも)しい口調(くちょう)でそう指摘(してき)した。

「そうね。 回りくどいやり方ですけれど、この方法ならば足が付きにくいのは確かだわ」

セシアは、落ち着き払った口調(くちょう)で、シャーナにそう答えてから、

「それに、犯人(はんにん)が一人だとは考えにくいわね。 少なくとも、複数(ふくすう)の術師が関わっている(はず)

セシアは、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちと、重々(おもおも)しい口調(くちょう)で、レックス達にそう語ると、同じ術師であるロナードも、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで静かに(うなず)き返す。

(わたくし)やロナード様が推測(すいそく)している事が事実(じじつ)だとしたら、その目的は分からないけれど、今回の事は(たん)なる悪戯(いたずら)などでは無く、明確(めいかく)な目的をもってケルベロスを復活(ふっかつ)させようと、組織的(そしきてき)暗躍(あんやく)している(やから)がいる……と言う事になりますわね」

セシアは真剣(しんけん)面持(おもも)ちと、重々(おもおも)しい口調(くちょう)でそう語るのを聞いて、エルトシャンとレックスは、緊張(きんちょう)した表情を浮かべ、ゴクリと(いき)を飲む。

「何にしても、この様な重大(じゅうだい)な事を殿下(でんか)に知らせない訳にはいきませんわね。 (いそ)(つた)え、その対処(たいしょ)(あお)ぐべきだわ」

セシアは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、ロナード達にそう言った。

殿下(でんか)への連絡(れんらく)は君に任せるよ。 (ぼく)は、今朝(けさ)僕に起きた様な事が、これ以上起きない様に伯父上(おじうえ)協力(きょうりょく)(あお)いで、図書館で(くば)られた(しおり)回収(かいしゅう)(こころ)みるよ」

エルトシャンは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでそう言うと、セシアも真剣(しんけん)面持(おもも)ちで(うなず)き返し、

「分かったわ。 (ほか)の人たちは殿下(でんか)指示(しじ)が下るまで、ここで待機(たいき)をして。」

セシアは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでロナード達にそう言うと、彼等(かれら)真剣(しんけん)面持(おもも)ちで(うなず)き返す。


 その翌日(よくじつ)、ロナードたちは再び、国立図書館に居た。

 セシアを(かい)し、一連の報告(ほうこく)を受けたカタリナ王女は、ケルベロスの封印(ふういん)(きょう)()したところで、足元(あしもと)弾薬(だんやく)がある様な情況(じょうきょう)には変わりなく、何時(いつ)封印(ふういん)()けるか分からぬ物を(ふところ)(かか)えているよりも、排除(はいじょ)した方が良いと判断(はんだん)し、ロナードたちにケルベロス討伐(とうばつ)命令(めいれい)を下した。

 ロナード達は、図書館から無関係(むかんけい)の人間を外へ出すと、フォレスター館長(かんちょう)閉館(へいかん)させ、王女が手配(てはい)したと言う応援(おうえん)部隊(ぶたい)を待っていた。

(まった)く。 伯父上(おじうえ)面倒(めんどう)な事を押し付けてくれたものだ」

面倒臭(めんどうくさ)そうにそう言いながら数人の兵士を引き連れ、()げ茶色の短髪(たんぱつ)に、少し釣上(つりあが)気味(ぎみ)の緑色の双眸(そうぼう)、年の頃は二十代前半(なかば)と思われる、高そうな銀色に光る(よろい)に身を包んだ青年が、ゆっくりとした(あし)()りで歩いて来る。

 騎士(きし)である(わり)に体付きが貧弱(ひんじゃく)で、(はだ)の色も白く、とても強そうには見えず、(よろい)に着られている感が半端(はんぱ)なかった。

「あ、兄上(あにうえ)……」

その人物(じんぶつ)を見たエルトシャンは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、何処(どこ)かビクビクしている。

「な~んか、無駄(むだ)(えら)そうなのが来たねぇ……」

シャーナは、いけ()かない様な表情を浮かべ、ポツリとそう(つぶや)いた。

(だれ)スか?」

デュートも、(えら)そうに(あらわ)れたその男を見ながら、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、そう(つぶや)く。

「んなっ……。 チェスター様?」

応援(おうえん)の兵士たちを引き連れ、姿(すがた)(あらわ)した焦げ茶色の短髪(たんぱつ)に、少し釣上(つりあが)気味(ぎみ)の緑色の双眸(そうぼう)人物(じんぶつ)を見て、レックスは戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、そう言った。

応援(おうえん)(よこ)すと聞いていたが……。 エルトシャンの部隊(ぶたい)の者など役に立つものか。 こんな見るからに大したこと無さそうな連中(れんちゅう)を……。 殿下(でんか)も何を考えて()られるのか……」

エルトシャンが『兄上(あにうえ)』と呼び、レックスが『チェスター様』と言った人物(じんぶつ)は、自分たちよりも先に来ていたレックス達を(ひと)(とお)見回(みまわ)してから、(あき)れた様な顔をして、(かた)(すく)めながら馬鹿(ばか)にした様な口調(くちょう)で、レックス達に向かってそう言った。

「んなっ!」

彼の言動(げんどう)に、シャーナはカチンと来て、思わず食って掛かろうとするが、エルトシャンが(あわ)てて、彼女に()き付き、体を張ってそれを止めに入る。

「何すんだい! エルトシャン!」

エルトシャンの行動(こうどう)に、シャーナは戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、そう言った。

駄目(だめ)だよシャーナ。 子供の喧嘩(けんか)じゃないんだよ! この人に手を出したら君だけじゃ無く、組織の他の(みんな)にも迷惑(めいわく)が掛る。 兄上(あにうえ)は、こう言う事には物凄(ものすご)五月蠅(うるさ)いんだ。 発足(ほっそく)して()ぐに解体(かいたい)なんて、君も(わら)えないだろう?」

エルトシャンは(あせ)りの表情を浮かべながら、必死(ひっし)にシャーナにそう(うった)える。

「うぐっ……」

エルトシャンにそう言われて、シャーナは(くや)しそうな表情を浮かべつつも、チェスターに食って掛る事を止める。

 自分の注意を聞いて、大人しくなったシャーナを見て、エルトシャンはホッとした表情を浮かべる。

 自分の部下(ぶか)が、兄に手を出したと義母(ぎぼ)が知れば、後で、(いか)(くる)った義母(ぎぼ)が自分や組織の者に何をして来るか、分かったモノでは無い。

貴様(きさま)らは(おのれ)の分を(わきま)え、(わたし)(ため)誠心(せいしん)誠意(せいい)()くしたまえ」

チェスターは両腕(りょううで)を胸の前に組むと、不敵(ふてき)な笑みを浮かべ、完全にエルトシャンやシャーナたちの事を見下(みくだ)した様な口調(くちょう)でそう言うと、彼の連れの兵士たちも、

「くれぐれも、失礼(しつれい)の無い様にな」

シャーナたちを馬鹿(ばか)にした様な表情を浮かべて、彼らを見ながらそう言った。

(くそぉっ! 調子(ちょうし)に乗りやがって! エルトシャン様がいなきゃ、オレがブッ飛ばしてやんのにっ!)

レックスは忌々(いまいま)し気な表情を浮かべ、チェスターを見上げながら心の中でそう(つぶや)くと、ギリッと(くちびる)()む。

「な~んか、ヤな感じスね……」

チェスターと、彼が連れて来た兵士(へいし)達の言動(げんどう)に、デュートは不愉快(ふゆかい)そうな顔をして、ボソリとそう言った。

 ロナードは少し(はな)れた所で、フォレスター館長(かんちょう)と話し込んでいて、チェスターたちの到着(とうちゃく)に気付いていない。

(わたし)(いそが)しい。 さっさと用事を済ませたいのだが」

チェスターは、周囲(しゅうい)を見回しながら、(えら)そうにエルトシャン達にそう言うと、

「チェスター様が、そう(おっしゃ)っている」

「お前たち、現場(げんば)に案内しろ」

チェスターの連れの兵士たちも、(えら)そうにレックス達にそう命じる。

「ロナード。 館長(かんちょう)。 応援(おうえん)が来たよ」

シャーナが物凄(ものすご)(いや)そうな口調(くちょう)で、少し(はな)れた所で話していた二人に声を掛けると、彼等(かれら)(そろ)って振り返る。

「これはこれは……チェスター様」

フォレスター館長(かんちょう)はチェスターを見るなり、愛想(あいそ)の良い笑みを浮かべ、平身低頭(へいしんていとう)で彼の下へと()り寄ると、

治安(ちあん)部隊(ぶたい)総監(そうかん)補佐(ほさ)である、貴方(あなた)様が態々(わざわざ)おいで下さるとは、恐悦(きょうえつ)至極(しごく)でございます」

フォレスター館長(かんちょう)愛想(あいそ)笑いを浮かべ、チェスターにそう言うと、ペコペコと頭を下げる。

「けっ! ペコペコしやがって」

自分たちの時とは(ちが)い、平身低頭(へいしんていとう)態度(たいど)のフォレスター館長(かんちょう)を見て、不快(ふかい)な表情を浮かべ、レックスは思わず()き捨てる様にそう(つぶや)いた。

 だが、チェスターが興味(きょうみ)を持ったのは、愛想(あいそ)笑いを浮かべ、自分に()り寄って来たフォレスター館長(かんちょう)では無く、彼の後ろから(おく)れてやって来た、この大陸では(めずら)しい毛色のロナードであった。

「お前は?」

チェスターは、その辺の者達とは異質(いしつ)な空気を(まと)っているロナードに興味(きょうみ)を持った様で、彼にそう声を掛ける。

「あ~。 えっと……。 彼は、僕と同じ組織の仲間のロナードです」

ロナードが何か、兄に(いた)らぬ事を言っては(たま)らないと思ったエルトシャンが、(あわ)てて愛想(あいそ)良く笑みを浮かべながら、兄のチェスターに彼の事を紹介(しょうかい)すると、エルトシャンたちの仲間と聞いて、チェスターは信じられない様で、ロナードの事を物珍(ものめずら)しそうにジロジロと見回しながら、

「お前の様な色男(いろおとこ)が、魔物(まもの)退治(たいじ)をするとは世も末だな」

そう言うと、ロナードは自分の事をジロジロと見る、チェスターに不快(ふかい)そうな表情を浮かべ、

(だれ)だ? コイツは」

レックス達にそう問い掛けるので、彼の発言を聞いて、エルトシャンはギョッとし、チェスターの連れの兵士たちは、(そろ)って表情を強張(こわば)らせ、

貴様(きさま)っ! 『コイツ』とは何だ! コイツとはっ!」

「口の()き方を知らぬ無礼者(ぶれいもの)めっ!」

怒りに顔を真っ赤にし、ロナードにそう怒鳴(どな)り付けるが、

「……だから、(だれ)だと聞いている」

ロナードは、自分を怒鳴(どな)り付けて来た兵士たちに(ひる)む様子も無く、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)彼等(かれら)にそう言い返す。

「き、きっ、貴様(きさま)! チェスター様をご存知(ぞんじ)ないのか?」

何処(どこ)田舎者(いなかもの)だ?」

ロナードの言動(げんどう)に、チェスターの連れの兵士たちは(おどろ)きを(かく)せない様子で、彼にそう言い返した。

異国人(いこくじん)(おれ)が知る訳ないだろ。 せいぜい、オルゲン将軍くらい有名(ゆうめい)になってから言え」

ロナードは、チェスターの連れの兵士たちの反応(はんのう)に、五月蠅(うるさ)そうな表情を浮かべ、冷ややかな口調で言い返した。

「その、オルゲン将軍の(おい)だぜ」

レックスは、苦笑(にがわら)いを浮かべながらつ、ロナードに言った。

「どうだ! (おそ)れ入ったか!」

「天下のオルゲン将軍の甥っ子さまだぞ!」

今直(います)土下座(どげざ)をして、(おのれ)無礼(ぶれい)をチェスター様に()びるがいい!」

チェスターの連れの兵士たちは、()ち誇った様な顔をして、(えら)そうにロナードにそう言った。

 当のチェスターも胸の前に両腕(りょううで)を組み、(えら)そうに()()り返っている。

(すご)いのはオルゲン将軍で、アンタじゃないだろ」

ロナードは、()が事の様に、(えら)そうにしている兵士とチェスターに向かって、冷ややかな口調で容赦(ようしゃ)ない一言を()びせると、(たちま)ちその場が(こお)り付いた。

 兵士たちやチェスターは、(いか)りの形相(ぎょうそう)でロナードを(にら)んでいるが、全くその通りなので、(だれ)も言い返せずにいる。

 エルトシャンはアタフタしているが、レックスは、チェスター自身と、その連れの兵士たちが、顔を真っ赤にして怒っている様子(ようす)を見て、可笑(おか)しくなってブッと思わず()き出した。

「ロナード。 ナイスっス!」

デュートも笑いながら、ロナードに向かってそう言うと、片方(かたほう)の親指をグッと立てる。

応援(おうえん)だってさ」

不満(ふまん)に満ちた表情を浮かべ、シャーナがロナードにそう言うと、

「『応援(おうえん)』? 見学の間違(まちが)いじゃないのか?」

シャーナの言葉に、ロナードは思い切り(まゆ)(ひそ)め、彼女にそう言い返す。

貴様(きさま)っ! 我々(われわれ)を愚弄(ぐろう)するか!」

何処(どこ)の馬の骨かも分からぬ(やつ)が、(なま)意気(いき)な!」

無礼(ぶれい)なその口、二度と(たた)けぬ様にしてくれようか!」

ロナードの言動(げんどう)に、チェスターの部下の兵士たちは(いか)心頭(しんとう)と言った様子で、口調(くちょう)(あら)らげて、彼にそう言いながら()め寄り、その中の一人が怒りに(まか)せて、ロナードに向かって思い切り(こぶし)を振り(かざ)すと、彼は(まゆ)一つ動かさず、自分に向って振り下ろされた拳を軽々(かるがる)と片手(かたて)で受け止める。

「んなっ……」

自分が振り下ろした(こぶし)を軽々と受け止めたたロナードに、兵士は(おどろ)きの表情を浮かべる。

「アンタたち。 喧嘩(けんか)を売る相手は、良く見て決めた方が良いんじゃないかい? この子は、怒らせるとおっかないよ?」

シャーナは不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら、兵士たちにそう忠告(ちゅうこく)する。

「お、おい。 コイツ……目の色が……。 もしかしてコイツ、亜人(あじん)じゃないのか?」

兵士たちの一人が、ロナードの瞳の色が紫色である事に気付くと、彼を指差(ゆびさ)したまま、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、仲間の兵士たちにそう言った。

「えっ……」

それを聞いて、ロナードに腕を(つか)まれていた兵士は(たちま)ち青い顔をして、(あわ)ててロナードの手から自分の手を引く。

 その手は、くっきりとロナードが(にぎ)りしめた手形が付いていた。

「お前は……何者(なにもの)だ?」

何処(どこ)警戒(けいかい)した様子(ようす)で、チェスターはロナードにそう問い掛けると、

「その様な野暮(やぼ)な問い掛けに、答える必要(ひつよう)(せい)を感じない」

彼は、冷ややかな視線(しせん)をチェスターに向け、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で彼にそう言い返した。

貴様(きさま)っ!」

ロナードの言動(げんどう)に、チェスターの連れの兵士の一人が(おこ)って、ロナードに(つか)み掛ろうとすると、チェスターが片手でそれを(せい)したので、それには、その兵士は勿論(もちろん)(ほか)の兵士たちも(おどろ)戸惑(とまど)う。

 ロナードとチェスターの間に何とも言い(がた)い、冷たく()り詰めた空気が(ただよ)い始めた時、突如(とつじょ)ズンと言う腹に(ひび)く様な、何か大きな岩でも落ちた様な音が幾度(いくど)か、地下から響いて来た。

 それには、その場に居合(いあ)わせた(だれ)もが(おどろ)き、戸惑(とまど)う。

「な、何だ?」

レックスは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、辺りを見回す。

「地下で、何か大きな物が落ちた様な……。 そんな音だったね……」

エルトシャンも、戸惑(とまど)いの表情を浮かべそう呟くと、彼の言葉を聞いて、ロナードはハッとする。

館長(かんちょう)! (いそ)いで地下へ!」

ロナードは近くに居たフォレスター館長(かんちょう)に向かって、(あせ)りの表情を浮かべ、強い口調(くちょう)でそう言うと、彼の言わんとする事を理解(りかい)したフォレスター館長(かんちょう)は、表情を強張(こわば)らせ(うなず)き返す。


「なっ……。 何て事だ……。 貴重(きちょう)な本が……」

地下の貴重(きちょう)書籍(しょせき)が並べられている、巨大(きょだい)本棚(ほんだな)が並んでいる部屋の扉を開けた、フォレスター館長(かんちょう)は、愕然(がくぜん)とする。

 巨大な本棚(ほんだな)が、まるでドミノ倒しでもしたかの様に倒れて、本棚(ほんだな)に並べられていた本が、床の上に散乱(さんらん)している……。

「音の正体は、これだった様だな……」

倒れている巨大な本棚(ほんだな)を見上げながら、チェスターが(つぶや)く。

「でも、どうして?」

エルトシャンが、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ(つぶや)く。

(だれ)が、こんなデカイのを倒したって言うんだよ?」

レックスは、倒れている巨大(きょだい)本棚(ほんだな)を見上げながら、(おのれ)の胸に()いた疑問(ぎもん)を口にする。

「そうスよ。 どれだけ怪力(かいりき)なんスか?」

デュートも、床一面(ゆかいちめん)に散らかっている本を見ながら、そう言った。

 彼らの言う通り、大人男性一人で倒せる様なものではない。

「何か居ます!」

居合(いあ)わせた兵士が、部屋の奥に、何か黒くて大きいモノが(うごめ)いている事に気付き、恐怖(きょうふ)に顔を引き()らせながら、その何かを指差(ゆびさ)しながら(さけ)ぶ。

 カンテラを持っていたフォレスター館長(かんちょう)と、居合(いあ)わせた兵士が、部屋の隅で(うごめ)いているモノの方を()らす。

「何だ! コイツはっ!」

カンテラの明かりに照らされ、姿が(あら)わになったモノを一目見て、チェスターは驚愕(きょうがく)の表情を浮かべて、悲鳴(ひめい)に近い声を上げる。

 そこに居たのは、全身が真っ黒で、三つの狼の様な顔付きの犬の頭を持ち、首の周りには無数(むすう)(へび)(うごめ)き、尻尾(しっぽ)には大蛇(だいじゃ)……広い地下室(ちかしつ)に並ぶ、巨大(きょだい)(たな)と同じ位、大きい……。

 その生き物は、自分を()らすこちらの方へと振り返り、警戒(けいかい)しているのか、全身の毛を逆立(さかだ)て、身を低くし、(うな)り声を上げている。

 どう見ても、友好的(ゆうこうてき)な生き物には思えない。

 レックスが危険(きけん)察知(さっち)し、とっさに剣を()いてその(なぞ)の生き物と対峙(たいじ)するが、その迫力(はくりょく)圧倒(あっとう)され、全身から(たき)の様に冷や(あせ)を流し、そのまま動けなくなってしまった。

「やはり、封印(ふういん)が……」

ロナードは、目の前にいる巨大で、獰猛(どうもう)そうな生き物を見据(みす)え、表情を(けわ)しくして(つぶや)く。

「あわわわ……」

チェスターが連れて来た兵は、目の前にいる巨大で獰猛(どうもう)そうな生き物を前にして、すっかり腰が抜けてしまい、情けない声を上げている。

「ま、ま、マジっスか……」

デュートも驚愕(きょうがく)の表情を浮かべ、顔を青くしてそう(つぶや)き、立ち尽くす。

 何度か魔物を見た事があるエルトシャンも、魔物とは(こと)なる不気味(ぎみ)な空気を(まと)った生き物に、顔を引き()らせ、ゴクリと息を飲む。

「ガウッ!」

その瞬間(しゅんかん)、巨大な本棚(ほんだな)から落ち、床に()っている本を蹴散(けち)らしながら、巨大な生き物はこちらへと突進(とっしん)して来た。

「ひいいいっ!」

「うわあああ!」

兵士たちは、(そろ)って情けない声を上げ、(あわ)てふためき、その場から逃げ出すが、シャーナは逃げ出す事をせず、槍を手にしてロナード達の前に仁王(におう)()ちしたまま、巨大な生き物と対峙(たいじ)する。

 ロナードが(おもむろ)に、(てのひら)を黒い巨大(きょだい)な生き物に向けると、何か緑色の風の(かたまり)の様なモノがゴオッと音を立てて現れると、それを見舞(みま)われた目の前の巨大な黒い生き物は、(すご)い勢いで周囲(しゅうい)本棚(ほんだな)を吹き飛ばしながら、数メートル後ろに吹っ飛んだ。

「なっ……。 マジか……」

それを見たレックスは目を丸くし、(おどろ)きの表情を浮かべ、すっ飛んでしまった巨大(きょだい)な黒い生き物に見入っている。

「急いで扉を閉じるんだよ! コイツをここから出すんじゃないよ!」

シャーナが(けわ)しい表情を浮かべ、強い口調(くちょう)で、その場に居合(いあ)わせた者たちに向かって(さけ)ぶ。

 彼女の叫び声に、(みんな)(われ)に返る。

「そうだ! 外に出すな!」

(われ)に返ったチェスターも、自分が連れて来た兵士たちにそう命じる。

 兵士たちは恐怖(きょうふ)に身を(ふる)わせながら、(あわ)てて、部屋の外へと駆け出す。

「お前たちも急げ!」

ロナードは、目の前にいる生き物の動きに注意をしつつ、背中(せなか)()しに、強い口調(くちょう)で自分の近くに居たレックス達に向かって(さけ)ぶ。

兄上(あにうえ)! 早く!」

エルトシャンは(けわ)しい面持(おもも)ちで、兵士たちと同様(どうよう)に、これまで見た事も無い、禍々(まがまが)しい空気を(まと)った巨大(きょだい)凶悪(きょうあく)そうな生物を前に、かなり動転(どうてん)している兄のチェスターにそう声を掛ける。

「ロナード達も早くっス!」

先に部屋から出たデュートは、中に残っているロナード達に向かって叫ぶ。

 目の前の巨大な生き物の動きを警戒(けいかい)しつつ、ロナード、レックス、シャーナの順に部屋から、駆け出て来たのを確認すると、

「扉を閉めろ!」

チェスターが、連れて来た兵士たちに向かって(さけ)ぶ。

 すると、扉の左右に立って居た兵士たちが、気合(きあい)に満ちた声を上げ、勢い良く扉を引き、入り口を閉ざす。

「出てくんな!」

レックスはそう言いながら、(いそ)いで扉に(かんぬき)をし、フォレスター館長(かんちょう)(あわ)てふためきながら、扉の(かぎ)を掛ける。

「な……何だったんだ? あれは……」

チェスターは(こし)が抜けそうになりつつも、緊張(きんちょう)恐怖(きょうふ)で忙しく鼓動(こどう)を打っている自分の心臓の音を聞きながら、表情を(けわ)しくして、ロナードに問い掛ける。

「あれが……ケルベロス?」

エルトシャンは恐怖(きょうふ)でまだ、自分の心臓がバクバクと忙しく音を立て、手足が(ふる)えている事を自覚(じかく)しつつ、おずおずとロナードに問い掛ける。

「そうだ」

ロナードは、(けわ)しい表情を浮かべたまま、落ち着いた様子でエルトシャンにそう言い返す。

「で、殿下(でんか)は……。 我々(われわれ)に『始末(しまつ)しろ』と(おっしゃ)られたが、あんな化け物を……どうやって倒せと言うのだ……」

チェスターは恐怖(きょうふ)に顔を引き()らせ、そう言っていると、自分でも気付かない内に、(かす)かに手が(ふる)えている事に気付き、(あわ)てて、震えが止まらない手を(つか)む。

 チェスターは、これまでに何度かその立場上、軍の野外(やがい)演習(えんしゅう)一環(いっかん)として、兵士たちを(ひき)いて魔物退治(まものたいじ)(おもむ)いた経験(けいけん)はあるものの、実際に魔物たちと戦ったのは彼の部下の兵士たちであり、彼自身は安全(あんぜん)な所から、ただ指示(しじ)を出すだけで、こんな間近(まぢか)で魔物を見る事は一度も無かった。

 何より、自分たちが先程(さきほど)目にした生き物は、今まで見て来たどんな魔物よりも大きく、しかも獰猛(どうもう)で、身の毛が弥立(よだ)つ程、禍々(まがまか)しく、危険(きけん)な空気を(まと)っていた。

(とても、我々(われわれ)だけで、どうこう出来る様な相手では無いぞ……。 一旦(いったん)引き上げて、応援(おうえん)要請(ようせい)するしかない)

チェスターは苦々(にがにが)しい表情を浮かべ、心の中でそう(つぶや)いていると、ガツン、ガツンと、自分たちの目の前にある、閉ざされた(てつ)の扉を打ち(やぶ)ろうと、中にいる巨大(きょだい)な生き物が、扉に(はげ)しくぶつかる様な音が(ひび)いて来たので、彼の顔から、みるみる血の気が引く……。

(おそ)らく、(おれ)ならば、倒せない相手では無い(はず)だ」

ロナードが、目の前の扉に注意を向けつつ、落ち着き払った口調(くちょう)でそう言った。

「なっ……。 それ、本気で言ってんのかよ?」

ロナードの言葉を聞いて、レックスは戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、彼に問い掛ける。

「いやいやいや……。 無理(むり)スよ。 流石(さすが)に」

デュートも、思い切り自分の顔の前で片手を振りながら、ロナードに向かってそう力説(りきせつ)する。

「けど、アタシ達なら何とかなると思ったから、王女さまは『始末(しまつ)しろ』って言ったんだろ?」

シャーナは苦笑(にがわら)いを浮かべ、肩を(すく)めると、(およ)び腰のレックスにそう言い返した。

「マジかよ……」

レックスは、『信じられない』と言った様子(ようす)で、(つぶや)く。

「この扉は何時(いつ)まで持つか分からない……。 (いそ)いでここへ続く(すべ)ての扉を閉ざして、上へ出た方が良いのではないのか?」

チェスターは身の危険(きけん)を感じて、(あせ)りの表情を浮かべ、一緒(いっしょ)にいた者たちに向かってそう言った。

「そうですね」

エルトシャンも恐怖(きょうふ)に顔を引き()らせつつ、チェスターにそう言って、(うなず)き返す。

「ってお前。 こんな時に、なに呑気(のんき)に落書きとかしてんだよ!」

レックスはふと、身を(かが)めチョークの様な物で、ロナードが扉の前の床の上に何か書いている事に気付くと、思わず彼に向って怒鳴(どな)る。

 一見すると、四角や三角、丸などを組み合わせた、何かの模様(もよう)にも思えるが、それは(まぎ)れも無く、魔法陣(まほうじん)だとチェスターは判断(はんだん)し、(たちま)ち表情を(けわ)しくした。

馬鹿(ばか)野郎! んなもん書いてる場合じゃ……」

レックスがそう言って、ロナードが床に書いていた模様(もよう)の一部を靴底(くつぞこ)で消そうとするのを見て、

「消すんじゃないよ! これは魔法陣(まほうじん)だ!」

シャーナは(あわ)てて、レックスを後ろに()し飛ばし、強い口調(くちょう)で、後ろにスッ()けた彼に向って怒鳴(どな)る。

「ま、魔法陣(まほうじん)?」

レックスが戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、シャーナに問い掛けると、

魔術師(まじゅつし)が、魔法を使う時に書く術式(じゅつしき)だよ」

シャーナは淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、レックスにそう答える。

 その(かたわ)らで、ロナードは何やら不思議(ふしぎ)な言葉を口走ると、彼が(ゆか)に書いて居た不思議(ふしぎ)模様(もよう)が緑色の光を放ち、勢い良く風が吹き出し、扉の向こう側から、化け物が今にも打ち(やぶ)ろうとしていた扉の前に(うず)()きながら、化け物が出て来られない様、風の(かべ)の様になって出口を(ふさ)いだ。

「おお! すげぇ!」

それを見て、レックスは嬉々(きき)とした声を上げる。

「魔法なんて初めて見たス」

デュートも、床から(うず)()いて巻き起こって居る風を見ながら、感嘆(かんたん)の声を()らした。

「これで(しばら)くは、出ては来られないだろう」

ロナードは、スクッと立ち上がると、静かにそう言った。

「ってかよ。 これがあれば、ずっと閉じ込められるんじゃねぇのか?」

レックスは(おもむろ)に、近付けば(はじ)き飛ばされそうな(ほど)、勢い良く吹き荒れている風の(かべ)を見て、そう言った。

「それは不可能(ふかのう)だよ」

シャーナが淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、そう言い返した。

「何でスか?」

デュートは不思議(ふしぎ)そうに、シャーナに問い掛けると、

(おれ)魔力(まりょく)(そこ)()けば、この術は消える」

ロナードは落ち着いた口調(くちょう)で、レックスの問い掛けにそう答えた。

「チッ。 使えんな」

ロナードの話を聞いて、チェスターが思わず舌打(したう)ちし、そう(つぶや)くと、

「だったら今直(います)ぐ、アイツの(えさ)になるか?」

ロナードはムッとした表情を浮かべ、チェスターに言い返すと、

冗談(じょうだん)では無い! なぜ(わたし)があんな化け物の(えさ)などに!」

チェスターは恐怖(きょうふ)に顔を引き()らせながらも、強い口調(くちょう)でロナードにそう怒鳴(どな)り返す。

「だったら、アタシ等の邪魔(じゃま)にならない様に、大人しくしてな」

シャーナが、ロナードを(かば)う様に、チェスターとの間に()って入ると、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、チェスターにそう(すご)むと、二人の間に険悪(けんあく)な空気が流れ始めたので、エルトシャンは(あわ)てて、

「そんな事より、今の内に逃げましょう。 兄上(あにうえ)

チェスターの(うで)(つか)み、彼にそう声を掛けるが、チェスターは(あら)っぽくエルトシャンの手を()(はら)い、

(いや)しい使用人(しようにん)の子の分際(ぶんざい)で、正妻(せいさい)の子である私に()れ馴れしく()れるな!」

不愉快(ふゆかい)さを(あら)わにし、強い口調(くちょう)でエルトシャンを怒鳴(どな)り付けた後、シャーナをキッと(にら)み付けると、

(けもの)風情(ふぜい)が、この私に口を()こうとする(こと)自体(じたい)が、(おそ)れ多い事だと知れ!」

チェスターは表情を(けわ)しくし、強い口調(くちょう)でシャーナにそう言い放った。

 そんなやり取りを近くに居たデュートは、オロオロしている。

「アンタが何だろうと、ケルベロスから見れば俺達(おれたち)(みんな)、同じ(にく)(かい)に過ぎない。 死にたく無ければ、(おれ)指示(しじ)(したが)え」

ロナードは、怒りを(あら)わにしているシャーナを見て、二人の間に()って入ると物凄(ものすご)く冷めた表情と、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)でチェスターにそう言い放った。

「なっ……。 なんだと!」

ロナードの物言いに、チェスターは表情を(けわ)しくし、強い口調(くちょう)で彼に怒鳴(どな)り返す。

「その様に(いき)がるのならば、ケルベロスを倒す(すべ)の一つでも、持っているのだろうな?」

ロナードは淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、チェスターにそう問い掛けると、残念(ざんねん)ながらその様な術を持たぬ彼は、(くや)しそうな表情を浮かべつつも、彼に何も言い返せなかった。

 何も言い返せないチェスターの様子(ようす)を見て、ロナードは『やれやれ』と言わんばかりに、軽く溜息(ためいき)を付き、肩を(すく)める。

「ここで、こんな(やつ)と言い(あらそ)っても何もならないよ。 さっさと上へ行こう」

シャーナは、(くや)しそうな顔をして(くちびる)()み、自分を(にら)んでいるチェスターを物動(ものどう)じ一つせずに、静かに見据(みす)えているロナードの肩に手を乗せると、静かにそう言って、彼を上の階へと通じる階段の方へと(うなが)す。


「よ、よし! これで最後だ!」

地下へ通じる扉を閉め終わると、兵士の一人が安堵(あんど)の表情を浮かべそう(つぶや)くと、その場にヘタリ込む。

「うっしゃ! 応援(おうえん)を呼びに行こうぜ!」

レックスはそう言うと、図書館の出口へし駆け出し、(おもむろ)に入り口の扉の取っ手を(つか)み、扉を開けようとするが、微動(びどう)だにしない。

「あれ?」

レックスはそう言って、扉を押したり、引いたりしてみるが、(かぎ)が掛っている様で、扉が開かない。

馬鹿(ばか)だな貴様(きさま)は。 部外者(ぶがいしゃ)が入って来ない様、(かぎ)を掛けたのを忘れたのか?」

レックスの様子を見て、チェスターが馬鹿(ばか)にした様な口調(くちょう)で、彼に向って言った。

「ちょっと、お待ち下さい」

フォレスター館長(かんちょう)がそう言って、レックスの前の扉の側へと来ると、持っていた鍵束(かぎたば)の中から、入り口の鍵を使い、扉の施錠(せじょう)(かい)(じょ)する。

「うしっ!」

(かぎ)が開く音がしたのを聞いて、レックスは(あらた)めて、扉を開こうとした。

 しかし、どう言う訳か……扉は石膏(せっこう)で固められている様に、(まった)く動かない。

「えっ。 ちゃんと鍵は開けた(はず)ですが……」

レックスの様子(ようす)を見て、フォレスター館長(かんちょう)は、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、そう(つぶや)く。

退()きな」

シャーナがそう言うと、レックスは素直(すなお)に扉の前から退(しりぞ)き、シャーナが力任(ちからまか)せに扉を開こうとするが、やはりビクともしない……。

(ほか)の出口は、駄目(だめ)なの?」

その様子を見たエルトシャンが、フォレスター館長(かんちょう)に向かって、声を掛ける。

無駄(むだ)だ。 結界(けっかい)を張り、外へは出られぬ様にしているからな」

不意(ふい)何処(どこ)からか、男の声が(ひび)いて来た。

(だれ)だっ!」

チェスターは表情を(けわ)しくし、周囲(しゅうい)を見回しながら(さけ)ぶ。

「『誰だ』と問われて、姿を(あらわ)すほど(わたし)間抜(まぬ)けでは無いよ」

謎の男の声が、不気味(ぎみ)に館内に(ひび)(わた)る。

「扉が駄目(だめ)なら、(まど)を割って……」

デュートがそう言うと、近くにあった椅子(いす)(かか)え上げて、思い切り、ステンドグラスが()め込まれた窓に椅子(いす)を投げ付けるが、どう言う訳か、投げ付けた椅子(いす)は窓の前で(はじ)かれて、ゴトンと音を立て(むな)しく床の上に転がる。

「そんな! どうなってんだよ?」

それを見たレックスは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべそう言うと、(おもむろ)に近くの窓へ駆け寄り、施錠(せじょう)を外し、窓を開こうとするが、やはり、入り口の扉と同じ様に、微動(びどう)だにしない。

「そ、総監(そうかん)補佐(ほさ)!」

「どうしましょう!」

レックスたちの行動(こうどう)を見て、チェスターが連れて来た兵士たちは、自分達が閉じ込められたと理解(りかい)し、すっかり狼狽(ろうばい)して、(そろ)って(なさ)けない声を上げる。

 チェスターは苦々(にがにが)しい表情を浮かべ、ギリリと(くちびる)()みしめ、

貴様(きさま)、何とかしろ! 貴様(きさま)ならば、何とか出来るのだろう?」

まるで他人事(たにんごと)の様に(おそ)ろしく落ち着いた様子(ようす)で、自分達の近くで(たたず)んでいるロナードに向かって、そう怒鳴(どな)り付ける。

結界(けっかい)を破ればケルベロスは外に出るぞ。 それでも良いのか?」

ロナードは落ち着き払った口調(くちょう)で、チェスターにそう言うとのを聞いて、

「つまり……。 ここでオレたちが、そのケルベロスとか言うのを倒さねぇと、外には出られねぇ……って事か」

レックスは忌々(いまいま)し気な表情を浮かべ、重々(おもおも)しい口調(くちょう)(つぶや)く。

「ふざけるな! 何故(なぜ)この(わたし)まで、貴様(きさま)()の様な俗物(ぞくぶつ)一緒(いっしょ)危険(きけん)な目に()わなければいけないのだ! 冗談(じょうだん)ではない! 今直(います)ぐ、私をここから出すのだ!」

レックスの言葉を聞いて、チェスターは激怒(げきど)してロナードに怒鳴(どな)り付けていると、床がミシミシと音を立て大きくせり上がり、(くず)れ落ちる瓦礫(がれき)の下から、黒い巨大な(かたまり)が飛び出して来た。

 目の前の化け物の、血の様な赤い双眸(そうぼう)(にら)まれた兵士は、

「あわわわわわ!」

(なさ)けない声を上げ、腰を抜かし、その場にヘタリ込む。

「……悪いが、時間切れだ」

ロナードは、(あらわ)れたケルベロスに目を向けたまま、落ち着いた口調(くちょう)でチェスターに言うと、(おもむろ)に自分の腰に下げている剣を手にし、身構(みがま)える。

「あ~あ~。 出て来ちまったねぇ……」

シャーナは、ケロベロスを見上げながら、苦笑(にがわら)いを浮かべ、何処(どこ)他人事(たにんごと)の様な口調(くちょう)(つぶや)く。

「どうやら、僕等(ぼくら)はここで年貢(ねんぐ)(おさ)め時の様だね。 レックス」

自分たちを()って姿を(あら)したケルベロスを見て、エルトシャンは恐怖(きょうふ)に顔を引き()らせ、小刻(こきざ)みに身を震わせ、(ふる)える声で、苦笑(にがわら)い混じりに近くにいたレックスにそう声を掛ける。

馬鹿(ばか)言ってんじゃねぇ!」

レックスは、恐怖(きょうふ)小刻(こきざ)みに(ふる)えている手で、腰に下げている双剣を抜きつつ、気丈(きじょう)にエルトシャンにそう言い返した。

無茶(むちゃ)だよ! レックス! (ぼく)たちが(かな)う相手じゃない!」

エルトシャンは今直(います)ぐにでも、逃げ出したい気持ちに()られつつも、ありったけの勇気(ゆうき)()(しぼ)り、気丈(きじょう)に剣を手に身構(みがま)えるレックスに言った。

「オレの事は良いから、エルトシャンさまは兄貴(あにき)を連れて逃げろ!」

レックスは小刻(こきざ)みに足を(ふる)わせつつも、ケルベロスに対峙(たいじ)したまま、背中(せなか)()しにエルトシャンに(さけ)ぶ。

「ククククッ。 (だれ)一人(ひとり)、逃がしはせぬよ!」

そう言いながら、牛の頭蓋骨(ずがいこつ)を頭に(かぶ)った、黒いローブを着た男が、スッとレックスたちの前に、()り立った。

「何だ? テメェ……」

レックスは身構(みがま)えたまま、自分たちの前に姿を(あらわ)した、牛の頭蓋骨(ずがいこつ)を頭に(かぶ)った、黒いローブの男に向かって、警戒(けいかい)心に満ちた声で言った。

貴様(きさま)らは(みんな)、一人残らず、このケルベロスの血肉(ちにく)となるのだ!」

牛の頭蓋骨(ずがいこつ)を頭に被った、黒いローブの男は両腕(りょううで)を広げ、レックスに向かってそう叫ぶと、右手に持っていた(つえ)(かざ)す。

「危ない! レックス!」

「レックスっ! 横へ飛べっ!」

それを見たデュートとロナードが、表情を(けわ)しくして、とっさに(さけ)ぶ。

 ロナード達の叫び声を聞いて、レックスはとっさに横へと飛ぶと、(かん)(ぱつ)()かずに、(なぞ)の黒い光線(こうせん)が床の上に転がった彼の上を(かす)めた。

 謎の黒い光線(こうせん)()びた床の辺りは、(さん)()びた様にジシューッと言う音を立て、()けている。

(マジか!)

それを見たレックスは、驚愕(きょうがく)の表情を浮かべ、心の中で悲鳴(ひめい)を上げる。

「まずは、貴様(きさま)からだ!」

牛の頭蓋骨(ずがいこつ)を頭に(かぶ)った、黒いローブの男はそう叫ぶと、(つえ)(かざ)し、先程(さきほど)と同じ黒い光を()り出す。

()けて!」

「レックス!」

それを見た、デュートとエルトシャンが、悲鳴(ひめい)に近い声を上げる。

 もう駄目(だめ)かと思った瞬間(しゅんかん)、レックスは横から強い衝撃(しょうげき)を受け、勢い良く横へと(ころ)がった。

 シャーナがとっさに、レックスを横へ()き飛ばし、(おそ)い掛かって来た黒いローブを着た男を、槍で思い切り、叩き切ったのだ。

 次の瞬間(しゅんかん)、牛の頭蓋骨(ずがいこつ)がゴトリと床の上に転がり、レックスの前に立ち(ふさ)がっていた、黒いローブを着た男の体も、その場に力なく倒れる。

(マジか……)

レックスは、牛の頭蓋骨(ずがいこつ)(かぶ)っていた黒いローブの男を、シャーナが容赦(ようしゃ)なくその首と(どう)を真っ二つにしてしまったので、顔を青くし、その容赦(ようしゃ)ない行動(こうどう)背筋(せすじ)(こお)り付いた。

 だが、どう言う訳か、シャーナが首と(どう)を別にした、牛の頭蓋骨(ずがいこつ)を被った黒いローブの男は、切断(せつだん)された所から(いっ)(てき)も血が流れていない……。

「なっ……。 どうなってるんだよ? コイツは!」

それを見たレックスは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、ゆっくりと立ち上がりながら、自分の目の前に転がっている、牛の頭蓋骨(ずがいこつ)(かぶ)っていた、黒いローブを着た男を見下ろす。

「な、な、中身、無いスよ……」

デュートも中が空洞(くうどう)である事に、(おどろ)戸惑(とまど)い、声を(ふる)わせながらそう(つぶや)いた。

「やはり、本体は別に居る……と言う事か」

それを見たロナードは、牛の頭蓋骨(ずがいこつ)(かぶ)っていた、黒いローブを着た男を見下ろしながら、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、そう(つぶや)く。

「どう言う事?」

エルトシャンは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、ロナードの下へ歩み寄ると、彼に問い掛ける。

「コイツは(ただ)木偶(でく)……人形だ。 コイツを(あやつ)り、ケルベロスの封印(ふういん)()いた(やつ)は、別の場所に居ると言う事だ」

ロナードは床の上に転がって居る、牛の頭蓋骨(ずがいこつ)を被っていた、黒いローブを着た男を指差(ゆびさ)しながら、落ち着いた口調(くちょう)でエルトシャンにそう説明する。

「別の場所って……。 一体何処(どこ)にだよ?」

レックスは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべたまま、ロナードにそう問い掛ける。

「そうスよ」

デュートも、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、ロナードに言い返す。

俺達(おれたち)様子(ようす)が分かると言う事は、このフロア内の何処(どこ)かに居る事は、間違(まちが)いないだろうが……」

ロナードは周囲(しゅうい)を見回しながら、(けわ)しい面持(おもも)ちで、レックス達にそう語る。

「おい! 呑気(のんき)に話などしてないで、早くコレを何とかしろ!」

ケルベロスの攻撃(こうげき)()けながら、チェスターが必死(ひっし)形相(ぎょうそう)でロナードに向かって(さけ)ぶ。

「ギャアギャアと五月蠅(うるさ)(やつ)だな……。 (おれ)たちが少しいないだけでコレか。 立派な(よろい)を身に(まと)っている(わり)には、(まった)く使えないな」

ロナードは、チェスターの身勝手(かって)さに対し、ウンザリしている様で物凄(ものすご)く冷たい口調(くちょう)で、そう毒づくのを聞いて、エルトシャンは苦笑(にがわら)する。

「アンタたちは手分(てわ)けして、このフロアの中を片っ(ぱし)から、何処(どこ)かに(かく)れてる(あや)しい(やつ)(さが)すんだよ。 見付けたら思い切りブチのめすんだ。 (かく)れてるって事は、接近戦(せっきんせん)はそんなに強くない(はず)だよ」

シャーナは落ち着き払った口調(くちょう)で、レックスとエルトシャンにそう言うと、助けを求めるチェスターの方へと、急いで()け出す。

「って、言われてもよ……」

シャーナの背中(せなか)を見送りながら、レックスは戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、そう(つぶや)く。

()(かく)、助かりたいのなら、二人に言われた通りの事をしよう」

エルトシャンも一抹(いちまつ)の不安を(おぼ)えつつも、レックス達にそう言った。


総監(そうかん)補佐(ほさ)! (らち)が開きません!」

一旦(いったん)撤退(てったい)しましょう!」

チェスターの部下たちは、ケルベロスの足元(あしもと)などに、持っていたボウガンや(じゅう)などで攻撃(こうげき)を加えるが、()いている様では無いので、(あせ)りの表情を浮かべ、彼に向って(さけ)ぶ。

何処(どこ)にだ!)

チェスターは、苛立(いらだ)ちながら、心の中でそう(つぶや)く。

「ボサッとするんじゃないよ!」

不意(ふい)にシャーナの声がして、チェスターは横に押し飛ばされ、床の上に(ころ)がる。

 とっさに彼は身を起こし、『何をする!』と怒鳴(どな)ろうとした瞬間(しゅんかん)、彼の眼前(がんぜん)紅蓮(ぐれん)(ほのお)(かす)めた。

 もし、シャーナから横へ()き飛ばされねば今頃(いまごろ)丸焼(まるや)きになっていた……チェスターはそう(さと)った途端(とたん)、顔から血の気が失せた。

総監補佐(そうかんほさ)!」

大丈夫(だいじょうぶ)ですか?」

部下の兵士たちが、(あわ)てて駆け寄って来て、チェスターにそう声を掛ける。

「シャーナ……やれそうか?」

ロナードは真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、シャーナに駆け寄りそう問い掛けると、

「……(ほのお)が、厄介(やっかい)だね」

シャーナは、ケルベロスの口元(くちもと)()らめく炎を静かに見据(みす)え、苦笑(にがわら)いを浮かべながらロナードにそう答える。

「分かった。 (やつ)(ほのお)(おれ)が何とかする。 お前は獣化(じゅうか)して、(やつ)(たた)く事に専念(せんねん)しろ」

ロナードは落ち着き払った様子(ようす)で、シャーナにそう言うと、

(まか)せな」

シャーナはそう言うと、フロア中に(ひび)(わた)程気合(きあい)に満ちた声を上げると、体高が二メートル近くはあろうかと言う程、大きな猫へと姿を変えた。

「ええっ!」

「ま、マジかよ……」

それを見て、エルトシャンとレックスは戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、思わず、大きな猫に変化(へんげ)したシャーナに釘付(くぎづ)けになる。

「ガチで猫だったんスね……。 シャーナって……」

デュートもショックを(かく)せない様で、呆然(ぼうぜん)とそう(つぶや)く。

「な、何なんだ……。 コイツ……」

目の前で、シャーナが大きな猫に変化したので、チェスターは(こし)()かし、()頓狂(とんきょう)な声を上げる。

 その側で、ロナードは聞き()れない言葉を口ずさんでおり、彼の足元(あしもと)(にじ)(いろ)魔法陣(まほうじん)が浮かび上がり、中から、(ひたい)にルビーの様な真っ赤な宝石を付けた、全身が緑を基調(きちょう)とし、光の反射(はんしゃ)加減(かげん)や見る角度(かくど)によって(にじ)(いろ)(かがや)いて見える、人間の幼児(ようじ)くらいの大きさで、(うさぎ)と言うより、犬のパピヨンの耳の様な大きな耳を有し、リスの様に大きな黒い双眸(そうぼう)を持つ、蜥蜴(とかげ)の様な、兎の様な、けれども、(うろこ)も毛も無い、全身がツルツルで、のっぺりとした感じの可愛(かわい)らしい生き物が、勢い良く飛び出して来た。

 その生き物は、(ひたい)にあるルビーの様な真っ赤な宝石から(にじ)(いろ)の光を放つと、シャーナやその周りにいた者たちは、虹色のカーテンの様な物に(おお)われた。

(ほのお)を打ち消す! 行け! シャーナ!」

ロナードがそう(さけ)ぶと、大きな猫に姿を変えたシャーナは、彼の声に(こた)える様に身構(みがま)えると、勢い良く床を()り、自分よりも大きなケルベロスへと向かって行く。

 ケルベロスは、シャーナに向かって口から炎を()くが、虹色の光がシャーナの全身を(おお)っており、炎を(はじ)き返した。

(これならいける!)

それを見たシャーナは心の中で(つぶや)くと、果敢(かかん)にケルベロスを攻め立てて、その様を遠巻(とおま)きに見ていた兵士たちも連動(れんどう)して、様々(さまざま)な方向から攻撃(こうげき)を加える。

 その間に、ロナードはケルベロスの周囲(しゅうい)に、小石程度(ていど)の大きさの、虹色に光る不思議(ふしぎ)なガラス玉の様な物を所々、床の上に()いて回っている。

 ケルベロスの周囲(しゅうい)を一周し終わると、ロナードはシャーナに向かって、

「シャーナ(もど)れ! 術に()き込まれるぞ!」

強い口調(くちょう)でそう(さけ)ぶと、シャーナは素早(すばや)くロナードの下へと戻って来ると、そのまま人型に(もど)った。

 それを確認すると、ロナードは不思議(ふしぎ)な言葉を口ずさみ始め、彼が床の上に()いたガラス玉の様な物が一斉(いっせい)に光り出し、ケルベロスの足元(あしもと)(にじ)(いろ)魔法陣(まほうじん)が浮かび上がると、光の(はしら)がケルベロスを(おお)い、ケルベロスは動けなくなってしまった。

「むっ。 いかん!」

その様子(ようす)を見て、何処(どこ)からか男の声がし、黒いローブを着た者が何処(どこ)からか飛び出して来て、呪文(じゅもん)詠唱(えいしょう)をしているロナードに向かって、弓矢(ゆみや)の様に(いきお)い良く(おそ)い掛った。

(あぶ)ない!」

それに気付いたエルトシャンが、思わず叫ぶ。

「そうはいかないよ!」

シャーナはそう(さけ)ぶと、素早(すばや)背負(せお)っていた(やり)を手に取ると、ロナードに向かって来た、黒いローブを着た者の頭に向かって、勢い良く槍を()き出し串刺(くしざ)しにすると、そのまま思い切り床の上に叩き付けると、(はげ)しく()み木が床にぶつかった時の様な音を立て、倒れている黒いローブを着た者の背中を足で()み付けた。

 木で出来た人形が床の上に落ち、(くだ)ける様な音が、黒いローブを着た者から(ひび)いた。

「また人形かい!」

生身(なまみ)の人間とは(こと)なる感触(かんしょく)と、聞こえた音で、シャーナは苛立(いらだ)った口調(くちょう)(つぶや)く。

「シャーナ!」

レックスの叫び声を聞いて、シャーナはハッとすると、別の黒いローブを着た者が、四方(しほう)から飛び掛って来る。

「させないよ!」

それに気付いたエルトシャンが、持っていた剣を()るい、その中の一体を思い切り(たた)き落とす。

 シャーナもとっさに、槍で二体を叩き落とすが、一体取り逃がしてしまう。

「チッ。 マズった」

シャーナは、ロナードへ向かって行く、黒いローブを着た者を、忌々(いまいま)し気に見つめ、舌打(したう)ちをする。

「あぶねぇ!」

レックスはそう(さけ)ぶと同時に、とっさに、自分の(となり)にいたデュートの大きなブーメランを手にすると、無我(むが)夢中(むちゅう)で勢い良くそれを投げ付ける。

「お、おれのブーメラン……」

それを見て、デュートは戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、(なさ)けない声を上げる。

 ブーメランは、黒いローブを着た者の背中に直撃(ちょくげき)し、何かが折れる様な音がして、床に木で出来た人形の様な、中身の無い音を立てながら、床の上に力なく(くず)れ落ち、動かなくなってしまった。

「ふう……。 間一髪(かんいっぱつ)だぜ……」

その様子を見て、レックスが安堵(あんど)の表情を浮かべ、そう言って胸を()で下ろす。

「済まない。 助かった」

ロナードはレックスの方へ向き、彼に向ってそう言うと、

「ンな事より、前、前っ!」

レックスは、(あせ)りの表情を浮かべ、ケルベロスを指差(ゆびさ)しながら、ロナードにそう言い返す。

「早くしろ!」

チェスターは周囲(しゅうい)警戒(けいかい)しつつ、背中(せなか)()しにロナードに怒鳴(どな)る。

 ロナードは呼吸を整え、意識(いしき)を集中させると、レックス達が聞いた事も無い、何かの呪文(じゅもん)の様な、不思議(ふしぎ)な言葉を口ずさみ始めた。

 ケルベロスを包んでいた(にじ)(いろ)の光の柱が消え、その足元(あしもと)に見た事も無い、文字の様な不思議(ふしぎ)模様(もよう)(きざ)まれた、巨大な石の扉が(あらわ)れ、それがゆっくりと開かれていき、ケルベロスの体は徐々(じょじょ)に、そこへ()い込まれていく……。

 ケルベロスは必死(ひっし)(あがな)い続けるが、石の扉の向こうからの吸い込む力が強い様で、徐々(じょじょ)にその姿が扉の奥へと消えて行き、やがて、完全にケルベロスの体が扉の中へと消えてしまうと、石の扉は音を立て閉まった。

 先程(さきほど)まで、ロナードたちの目の前に居た(はず)の、ケルベロスの巨大な体は、完全になくなっていた。

「な、な、何が……起きたんだ?」

一部(いちぶ)始終(しじゅう)間近(まぢか)に見ていたチェスターは、呆然(ぼうぜん)とした様子(ようす)で立ち()くし、(つぶや)く。

「消えた?」

デュートも、自分の目を何度も手の(こう)(こす)りながら、『信じられない』と言った様子(ようす)(つぶや)いていると、不意(ふい)にロナードの体が大きく()らぎ、糸が切れた(あやつ)り人形の様に、その場に(きゅう)(くず)れ込んだ。

「ロナード!」

側に居たエルトシャンがとっさに、力なく(くず)れ込んだロナードの体を、(あわ)てて()き止めた。

 エルトシャンがとっさに抱き止めたロナードは、(ひたい)に大量の(あせ)を掻いており、それが、床の上に(したた)り落ち、物凄(ものすご)疲弊(ひへい)した様子(ようす)で、何だかとても(つら)そうに見える。

大丈夫(だいじょうぶ)かい?」

(そば)に居たシャーナも、心配そうにロナードに声を掛ける。

大丈夫(だいじょうぶ)だ……」

ロナードは力なくシャーナにそう答え、立ち上がろうとするが、どう見ても、貧血(ひんけつ)でも起きた様にフラフラなので、思わずシャーナは見かねて、エルトシャンとは反対側からロナードの体を支える。

「悪い……。 少し休めば……」

ロナードは(つか)れた様子で、シャーナに言うと、彼女はエルトシャンと共にロナードの体を支えながら、壁際(かべぎわ)へと移動(いどう)すると、ゆっくりとロナードを床の上に座らせると、彼は(かべ)に体を持たれ掛けながら、そのままズルズルと力なく、その場に(うずくま)ってしまった。

「どうしたんだよ?」

その様子を見てレックスは(あわ)てて駆け寄り、ロナードにそう問い掛ける。

大丈夫(だいじょうぶ)スか?」

デュートも駆け付けて来て、心配そうな表情を浮かべ、ロナードに声を掛ける。

(おそ)らく、多くの魔力(まりょく)を一気に使っちまった所為(せい)で、体に大きな負担(ふたん)が掛ったんだよ。 一時的(いちじてき)な、貧血(ひんけつ)みたいなものさ」

シャーナは、(けわ)しい面持(おもも)ちでロナードを見つめたまま、レックスにそう答えた。

 ロナードは、(かべ)に体を持たれ掛けたまま、(つら)そうに両目を閉じ、力なくグッタリしている。

大丈夫(だいじょうぶ)なの?」

エルトシャンも不安そうに、シャーナにそう問い掛ける。

多分(たぶん)、ちょっと休めば、動ける様になると思うケドね……」

シャーナも、戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ答えると、ロナードの様子を観察(かんさつ)していたレックスは、

「ってかコイツ、思い切り()てねぇか?」

戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、そう指摘(してき)していると、何処(どこ)からか不気味(ぎみ)な声が聞こえて来た。


「おのれ! (ゆる)さん! 許さんぞぉぉぉっ! 貴様(きさま)らぁぁぁっ!」

フロア一帯(いったい)(いか)りに満ちた男の声が木霊(こだま)し、何とも言い(がた)い、憎悪(ぞうお)に満ちた重苦(おもくる)しい空気と共に、異質(いしつ)雰囲気(ふんいき)(ただよ)い始めた。

「な、何だ?」

レックスは、これまで感じた事の無い異様(いよう)な空気に、(みょう)(むな)(さわ)ぎを覚え、表情を引き()らせて周囲(しゅうい)を見回しながらそう(つぶや)いた。

 突然(とつぜん)、フロアの天井(てんじょう)から()るされてあった複数(ふくすう)のシャンデリアが一斉(いっせい)に外れ、音を立てて床の上に(くず)れ、薄暗(うすぐら)くなってしまった。

仕掛(しか)けて来るよ!」

シャーナは素早(すばや)く、背負(せお)っていた槍を手に取ると、表情を(けわ)しくし、周囲(しゅうい)にいたレックス達に、そう警告(けいこく)する。

「そ、そんな事、言われても……」

(きゅう)に明りを失い、暗さに目が()れていないので、デュートは狼狽(うろた)え、(いそが)しく辺りを見回しながら、(つぶや)く。

 表情を(けわ)しくし、攻撃(こうげき)警戒(けいかい)し、辺りを見回していた彼の目の前を、シュッと何か(かげ)の様なモノが横切(よこぎ)ったと思った次の瞬間(しゅんかん)、チェスターと共に応援(おうえん)に来ていた兵士の一人が、『ギャッ』と短い声を上げ、その場に前のめりで床の上に倒れた。

「近くに居るぞ!」

剣の柄に手を掛け、チェスターがそう叫んでいる横で、別の兵士がドタッと床の上に倒れた。

狼狽(うろた)えるんじゃないよ! 背後(はいご)を取られない様、(たが)いに背中合(せなかあ)わせになりな!」

兵士たちが、背後(はいご)から攻撃(こうげき)を受け倒れているのを見て、シャーナは表情を(けわ)しくしたまま、落ち着いた様子で、(あせ)っているエルトシャンとレックスにそうアドバイスをする。

 シャーナの言葉を聞いて、二人は、(あわ)てて(たが)いの背中を合わせ、武器を手に周囲(しゅうい)警戒(けいかい)する。

 そうしている間にも、チェスターの連れ兵士がまた一人、床の上に倒れた。

 (みんな)が、倒れた兵士に気を取られていると、一瞬(いっしゅん)キラッと何か光ったかと思った後、ワイヤーの様な細い何かに引っ掛けた滑車(かっしゃ)(すべ)る様な音と共に、天井(てんじょう)の三方向から、黒い外套(がいとう)に身を包んだ三体の子供の大きさ(ほど)の人形が凄い勢いで(すべ)り降りて来て、エルトシャンやレックスの前をあっという間に横切ったのが、ステンドグラスの間から差し込んで来た日の光に()らされたので見えた。

 だが見えた所で、そのあまりの(はや)さに、二人は目で追うので精一杯(せいいっぱい)で、その場から動く事は出来なかった。

 二人の前を一瞬(いっしゅん)で通り過ぎた三体の人形は、彼等(かれら)の後方の壁際(かべぎわ)に身を持たれ掛け、動けなくなって居るロナードの方へと(すべ)り込んでいく……。

 その手には、鋭利(えいり)刃物(はもの)が、日の光を受けて冷たく反射(はんしゃ)している。

「ロナード!」

()けて!」

その事に気付いたシャーナとデュートも、血相(けっそう)を変え、(そろ)ってロナードに向って叫ぶが、魔力(まりょく)を使い()たして、彼はピクリともしない。

「ロナードっ!」

(あわ)れロナードは、突進(とっしん)して来る人形たちに、体を(ひと)()きされると判断(はんだん)したレックスは悲鳴(ひめい)に近い声を上げ、その場にいた(だれ)もが、その事を()けられないと思った時、シャーナが(やり)()き出したその瞬間(しゅんかん)、彼女の槍から一筋(ひとすじ)の光が放たれ、バッと人形たちを、まるで(かま)(いたち)の様に背後(はいご)から真っ二つにしてしまった。

 ロナードを襲撃(しゅうげき)しようとしていた人形たちは、次々と音を立てて、床の上に転がった。

「あ、あぶねぇ……」

間一髪(かんいっぱつ)のところで、ロナードが助かった事を知ると、レックスは(ひたい)(うっす)らと(にじ)んだ冷や汗を(ぬぐ)い、そう(つぶや)くと、安堵(あんど)の表情を浮かべる。

「い、今の……何スか?」

デュートは目を丸くして、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、シャーナに問い掛ける。

「お前も魔法使えんのか?」

レックスも戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、シャーナにそう問い掛ける。

「アタシの里に伝わる、(やり)(わざ)の一つだよ」

シャーナは落ち着き払った口調で、レックスにそう答えた。

「おのれ! 邪魔(じゃま)立てしおって!」

何処(どこ)からか、(いか)りに満ちた男の声が(ひび)いて来る。

(あやつ)るモノが無ければ何も出来ないだろ! 悪足掻(わるあが)きもここまでだよ!」

シャーナは、槍の()に手を掛けたまま、強い口調(くちょう)でそう言った。

「くくくっ。 ()たしてそうかな?」

()気味(ぎみ)に男の声が辺りに(ひび)くと、シュッと一瞬(いっしゅん)だけ、何か細い線が、レックス達の前を()ぎった。

(あやつ)れるのは、何も人形だけでは無いのだよ」

()気味(ぎみ)に男の声が(ひび)くと、短剣を手にしていた方のデュート手が、彼の意志(いし)に関係なく勝手(かって)に動きだした。

「えっ……」

デュートは自分の意志(いし)とは関係なく、勝手(かって)に体が動き出したので、戸惑(とまど)っていると……。

「なっ、何をする!」

不意(ふい)背後(はいご)から、チェスターの悲鳴(ひめい)に近い声が(ひび)いた。

 近くにいたレックスが(おどろ)()り返ると、どう言う訳か、チェスターの連れである兵士が、彼に向って剣を振り下ろしており、チェスターは間一髪(かんいっぱつ)の所で、床の上に尻餅(しりもち)を付く様な形で()けていた。

(な、何だ?)

戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、レックスが見取(みと)れていると、エルトシャンが『後ろ!』と(さけ)ぶ声がしたと同時に、ヒュッと何かが風を切る様な音がし、自分の右の(けん)甲骨(こうこつ)辺りに強い(いた)みが走った。

 レックスは、痛みが走る辺りを背中(せなか)()しに見て見ると、どう言う訳か、短剣を手にしたデュートの手がチラリと見えた。

「何やってるだい! デュート!」

それを見ていたシャーナは、表情を(けわ)しくして、強い口調(くちょう)でデュートに向かって(さけ)ぶ。

「な……何で……」

デュートは顔面(がんめん)蒼白(そうはく)になり、恐怖(きょうふ)に顔を引き()らせ、ガクガクと小刻(こきざ)みに身を(ふる)わせていた。

 ふと、レックスが自分の足元(あしもと)を見ると、小さな血だまりが出来ていた。

 レックスは、自分の身に何が起きたのか理解(りかい)が出来ぬまま、フッと意識(いしき)遠退(とおの)き、目の前が真っ白になって、ドタッとその場に倒れ込んだ。

「レックス!」

それを見たエルトシャンは(あせ)り、悲鳴(ひめい)に近い(さけ)び声を上げる。

「レックス!」

背後(はいご)からデュートが振り下ろした短剣を受け、倒れたレックスを見て、シャーナが声を上げ、倒れた彼の元へと()け寄る。

「レックス……。 そんな……おれが……」

デュートはそう(つぶや)くと、手にしていた短剣を思わず取り落し、呆然(ぼうぜん)と立ち尽くす。

 床の上にぶつかった短剣の()の音が、辺りに(ひび)いた。

 その一方で、チェスターは腰が抜け、床の上に尻餅(しりもち)を付く様な格好(かっこう)のまま動けなくなってところに、彼が連れて来た兵士が、武器を手に()()って来ていた。

「何をやっているんだ!」

「武器を(おさ)めろ!」

他の兵士たちが、チェスターに(おそ)い掛ろうとしている兵士に向かって叫ぶ。

「ち、(ちが)うんだ! 体が勝手(かって)に……」

チェスターに剣を振り(かざ)している兵士は、すっかり動転(どうてん)し、顔を引き()らせながら、(ほか)の兵士たちに向かって、必死(ひっし)に叫ぶ。

「や、()めろ!」

チェスターは、両手で自分の頭を(おお)いながら、青い顔をして悲鳴(ひめい)に近い声を上げる。

 近くにいた兵士たちは、何が起きているのか理解(りかい)出来ずに動けずにいたが、エルトシャンが駆け付け、とっさにチェスターの前に立つと、彼に剣を振り下ろそうとした兵士に向かって思い切り(こぶし)を突き出した。

 エルトシャンが繰り出した拳を土手(どて)っ腹に()らった兵士は、『グエッ』と言うカエルを()(つぶ)した様な声を上げ、気絶(きぜつ)してその場に(くず)れ込んだ。

 だが、どう言う訳か、気絶(きぜつ)している(はず)の兵士の体が、まるで(あやつ)り人形が起き上がる様に、人間の動きとしては奇妙(きみょう)な動きで起き上がって来た。

「なっ……。 どうなってる?」

それを見たチェスターは、驚愕(きょうがく)の表情を浮かべそう(つぶや)くと、顔を引き()らせ、腰を抜かしたまま後退(あとずさ)りをする。

「どうやらコイツは、さっきの人形の様に(あやつ)られているみたいだね。 だから、(あやつ)ってる糸を切らない限り、(たと)え死んだって、体だけは動き続けるよ」

シャーナは落ち着き払った様子(ようす)で、すっかり動転(どうてん)しているチェスターに、何が起きているのかを説明した。

「つまり……。 デュートも同じ原理(げんり)……と言う事か……」

意に反して、レックスを()ってしまった事にすっかり動転(どうてん)し、血の気の失せた顔で、身を(ふる)わせつつも、その表情とは裏腹(うらはら)に、床の上に転がっている短剣を拾い上げ、自分に刃先(はさき)を向けているデュートを見据(みす)えつつ、エルトシャンは落ち着き払った口調(くちょう)でそう(つぶや)いていると、背後(はいご)気配(けはい)を感じ、彼はとっさに身の危険(きけん)を感じ、横へと転がる様に()けると、緑色の風の(やいば)半秒(はんびょう)(おく)れて飛んで来た。

「ロナードまで!」

エルトシャンは素早(すばや)く身を起こしつつ、後ろを()り返ると、目を閉ざしたままの状態(じょうたい)で、ロナードが立っていたのを見て、苦々(にがにが)しい表情を浮かべ呟く。

「えええっ! ちょ、ちょっ……アンタまでなに(あやつ)られてんのさ!」

ロナードが、エルトシャンを背後(はいご)から攻撃(こうげき)したのを見て、シャーナはすっかり動揺(どうよう)し、(あせ)りの表情を浮かべつつ、彼に向って叫ぶ。

「ふふふ……。 さあどうする? コイツ()を止めぬと、お前等(まえら)が死ぬぞ?」

面白(おもしろ)可笑(おか)しそうに笑う、不気味(ぎみ)な男の声が、辺りに(ひび)(わた)る。

(きたな)真似(まね)を……」

シャーナは、嫌悪(けんお)に満ちた表情を浮かべ、(あやつ)られている三人に注意を向けつつ、そう(つぶや)く。

「ロナード! 起きてよ!」

エルトシャンは、表情を(けわ)しくし、ロナードに向かって(さけ)ぶが、彼はかなり深く(ねむ)っている様で、依然(いぜん)、両目を固く閉ざし、頭を(もた)げたままだ。

「ケルベロスを何処(どこ)かへ追いやる事が出来ると言う事は、当然(とうぜん)、その(ぎゃく)の事も出来る(はず)だろう?」

そう(つぶや)く、()気味(ぎみ)な男の声が、辺りに(ひび)いた。

「チッ。 ロナードを使って、あの化け物を呼び出すつもりだね……」

不気味(ぎみ)に響き渡る男の言葉を聞いて、シャーナは舌打(したう)ちし、忌々(いまいま)し気な表情を浮かべ、呟く。

「じょ、冗談(じょうだん)ではない! 貴様(きさま)っ! 今直(います)ぐそいつを(たた)き切れ!」

シャーナの言葉を聞いて、腰が抜けて動けないチェスターは、恐怖(きょうふ)に顔を引き()らせながら、悲鳴(ひめい)に近い声で彼女に向かって、ロナードを叩き切る様に命じると、それを聞いたエルトシャンは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべる。

「その様な事をしたら、ロナードの命と体を媒体(ばいたい)にして、ケルベロスよりも(たち)の悪いのが出て来たらどうするのさ!」

シャーナが戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、強い口調(くちょう)でチェスターに言い返すと、

(たと)えロナードを(ころ)しても、(あやつ)られている以上、止める事は出来ないのでは……」

エルトシャンも、(けわ)しい表情を浮かべ、そう言った。

 二人がそんな事を言っている間にも、ロナードはブツブツと聞き()れない言葉を口ずさんでおり、彼の足元(あしもと)に、深紅(しんく)魔法陣(まほうじん)が浮かび上がって来た。

 その魔法陣(まほうじん)からは、紅蓮(ぐれん)(ほのお)()い上がらせながら、真っ赤な(うろこ)を持った蜥蜴(とかげ)に似た、頭に大きな(つの)を左右に生やした、巨大な頭部(とうぶ)がゆっくりと()い出てきた。

「あわわわわ……」

それを見て、チェスターはその何とも言えぬ圧倒(あっとう)的な存在(そんざい)感と、周囲(しゅうい)の空気を一瞬(いっしゅん)で、汗ばむ(ほど)のとてつもない熱気(ねっき)を放つそれを前にして、声を(ふる)わせそう口走(くちばし)っていたが、やがて白目(しろめ)()き、(かに)の様に口から(あわ)()き、失禁(しっきん)し、気絶(きぜつ)してしまった。

 出て来たのは、()(さか)紅蓮(ぐれん)の炎を(まと)った、ホールの天井(てんじょう)()(やぶ)りそうな程に巨大なドラゴンが、ぶら下がっていたシャンデリアなどを次々と落としながら、魔法陣(まほうじん)の下から、ゆっくりと()い出て来るではないか。

「はわわわ~っ!」

エルトシャンは、(はん)()きになりながら情けない声を上げ、恐怖(きょうふ)のあまり腰が抜け、その場に尻餅(しりもち)を付く様な格好(かっこう)で、ヘタリ込んでしまった。

「んなっ……」

デュートに背後(はいご)から切り付けられ、(ゆか)に落ちていた自分の血を見て、失神(しっしん)していたレックスが意識(いしき)を取り戻したのだが、その光景(こうけい)を見て、もう一度気絶(きぜつ)したい気持ちになった。

「なんちゅーモンを飼ってるんだい! この子はっ!」

シャーナも現れた()(りょう)を見て、目をひん()いて、(おどろ)きの声を上げる。

()(あるじ)(あやつ)リ、好キ勝手(かって)ヲシテイル、(おろ)カ者ハ(だれ)ゾ?”

目の前に現れた、火竜のモノと思われる、(うな)る様な低い男の声が直接(ちょくせつ)、片言の人間の言葉でレックス達の頭の中に(ひび)いて来た。

「そこまでよ」

突然(とつぜん)何処(どこ)からか若い女の声が(ひび)いた。

「?」

エルトシャンは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、声がした方へと目を向ける。

 背中(せなか)まである波打(なみう)桜色(さくらいろ)の髪、豊満(ほうまん)な胸、程好(ほどよ)(くび)れた腰、肉厚(にくあつ)で丸みのある尻、スラリとした手足、ルビーの様に美しく輝く紅蓮(ぐれん)双眸(そうぼう)印象(いんしょう)的な、(うき)世離(よばな)れした美し過ぎる顔立ち、陶器(とうき)の様に白く(なめ)らかな肌の妖艶(ようえん)な女性が静かに(たたず)んでいた。

「セシア?」

シャーナは何の前触(まえぶ)れも無く、何の気配(けはい)も無く、自分たちの前に(あらわ)れた彼女を見て、戸惑(とまど)いの表情を浮かべて(つぶや)く。

 彼女は、ヒュッとロナードの側に突然(とつぜん)現れると、持っていた短剣でまるで蜘蛛(くも)の糸でも()るかの様に、(くう)を何度か切り裂くと、ロナードは糸の切れた(あやつ)り人形の様に、カクッと力なくその場に(くず)れる。

 すると、紅蓮(ぐれん)の炎を巻き上げていた魔法陣(まほうじん)は消え、その中からゆっくりと出てこようとしていた(ほのお)(まと)った緋色(ひいろ)のドラゴンは、ズズズズ……と魔法陣の中へと()い込まれる様に消えていく……。

「この女っ!」

そう叫びながら、黒いローブに身を包み、フードを深々(ふかぶか)(かぶ)仮面(かめん)をした者が、剣を片手にセシアに向かって真っすぐに飛び込んで来た。

「セシア!」

(あぶ)ないっ!」

それに気付いたシャーナとエルトシャンが、(そろ)って声を上げた次の瞬間(しゅんかん)、目には見えない(かべ)に思い切り(はじ)かれ、勢い良く吹っ飛び、床の上に体を二転三転させた。

 シャーナとエルトシャンは(おどろ)いて振り返ると、深く(ねむ)っていた(はず)のロナードが、どう言う訳か片手を突き出す格好(かっこう)で立っていた。

()みません……」

セシアは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、ロナードに向かって言った。

「いや……。 こちらこそ、助かった……」

ロナードは、落ち着き払った口調(くちょう)でセシアにそう返すと、ゆっくりと立ち上がろうとしたが、急に目の前が真っ白になり、その場に倒れそうになる。

無理(むり)をなさらないで!」

セシアは(あわ)てて、その場に(くず)れ込みそうになったロナードを(あわ)てて()き止めると、強い口調(くちょう)で言った。

「悪い……」

ロナードは片手を(ひたい)()え、そう返すと、セシアに支えられながら、床の上にゆっくりと腰を下ろした。

大丈夫(だいじょうぶ)かい?」

シャーナは、ロナードの下へと駆け寄りながら、そう声を掛ける。

 セシアに背を支えられつつ、床の上に座っているロナードは顔色が悪く、(つら)そうであった。

「それより……」

ロナードは、(つら)そうな表情を浮かべつつも、自分が先程(さきほど)吹き飛ばした、黒いローブを着た人物(じんぶつ)の方を指差(ゆびさ)した。

「そうだ」

それを見たエルトシャンは、ハッとした表情を浮かべ()り返り、床に倒れている黒いローブを着た人物(じんぶつ)の方へと目を向ける。

 そこには、仮面(かめん)が外れ、黒いフード付のローブを着た、老人(ろうじん)の様に(しわ)くちゃな顔の、白髪(しらが)の男が倒れており、(すで)絶命(ぜつめい)しているようであった。

「あ……。 体がちゃんと動く……。 良かったス……」

デュートは、カクンと力が抜ける感覚(かんかく)と共に、自分の体の感覚(かんかく)が戻ったのを感じ、自分の意志(いし)で手が動くかと、右の指を何度も動かしながら、そう(つぶや)いた。

 相手の術師が絶命(ぜつめい)したと分かると、セシアはホッとした表情を浮かべてから、クルリとロナードの方へと()り返り、

「ロナード様っ! また無茶(むちゃ)な事をして!」

(いか)りの形相(ぎょうそう)と強い口調(くちょう)怒鳴(どな)り付ける。

「そう怒鳴(どな)るな。 面倒(めんどう)なのは片付(かたづ)いたのだから」

ロナードは、五月蠅(うるさ)そうな表情を浮かべ、セシアにそう言うが、彼女は、物凄(ものすご)不満(ふまん)に満ちた表情を浮かべ、

「そういう問題ではありませんわ! 貴方(あなた)はご自分の力が、どれ程危険(きけん)なものなのか分かっているの? 一歩間違(まちが)えれば、この場にいた全員、(くろ)()げにしていた所でしたのよ!」

強い口調(くちょう)で、ロナードに言った。

「ホントだよ! 生きた心地(ここち)がしなかったじゃないか!」

シャーナも(いか)りに満ちた形相(ぎょうそう)で、ロナードに強い口調(くちょう)でそう(うった)える。

「マジ、小便(しょうべん)ちびりそうだったスよ……」

デュートは、ゲンナリした表情を浮かべ、ロナードにそう言った。

「……済まない……」

ロナードは、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべ、力なくそう返した。

「ところで、あれはどーするんだい? アンタが呼び出したドラゴンを見てビビって、腰が抜けて、小便(しょうべん)ちびってるみたいだけど……」

シャーナは、床の上に腰が()けて座り込んだ格好(かっこう)のまま、気絶(きぜつ)しているチェスターを指差(ゆびさ)しながら、ロナードたちに言うと、それを見たデュートが『あ、ホントだ』と(つぶや)いている。

伯父(おじ)()()りて、威張(いば)り散らす事しか(のう)の無い者には相応(ふさわ)しい姿ね」

セシアは気絶(きぜつ)しているチェスターに、冷ややかな視線(しせん)を向けながら、皮肉(ひにく)たっぷりにそう言った。

「しかし……。 コイツを片付(かたづ)ければ、(ほか)の仲間も出て来るかと思ったけど、流石(さすが)に、そんな馬鹿(ばか)では無いらしいねぇ」

シャーナは両耳を(いそが)しく動かしながら、先程(さきほど)まで複数(ふくすう)あった人の気配(けはい)物音(ものおと)が、まるで波が引く様にスッと消えてしまったので、苦笑(にがわら)い混じりにそう指摘(してき)した。

「確かに嫌な気配(けはい)は無くなったけれど、まだ油断(ゆだん)はしない方が良いわ」

セシアは両腕(りょううで)を胸の前に組み、(しぶ)い表情を浮かべつつ、シャーナにそう忠告(ちゅうこく)する。

総監(そうかん)補佐(ほさ)! しっかりして下さい!」

チェスターの連れの兵士が、気絶(きぜつ)しているチェスターの(かた)(つか)み、そう言いながら彼の体を()らす。

「あ~あ~。 ガチで気絶(きぜつ)してらぁ」

その様子を見て、レックスは苦笑(にがわら)い混じりにそう(つぶや)くと、

「兄が……見苦(みぐる)しい所を見せちゃって、御免(ごめん)ね」

エルトシャンは、()ずかしそうにしながら、ロナード達にそう言ってから、苦笑(にがわら)いを浮かべる。

「な~んか、(えら)そうに言ってた割には大した事ないねぇ」

シャーナは、意地(いじ)の悪い笑みを浮かべ、皮肉(ひにく)たっぷりにそう言った。

「軍の上層部(じょうそうぶ)なんて、そんなモノだろ」

ロナードは()っ気ない口調(くちょう)で、シャーナにそう言い返すと、立ち上がろうとするが、体がフラ付くのを見て、レックスが(あわ)てて彼の腕を(つか)んで支える。

「悪い……」

ロナードは苦笑(くしょう)し、自分の体を(ささ)えてくれているレックスにそう言った。

「ったく。 自分で歩けなくなる様な事、するんじゃねぇよ」

レックスは、(あき)れた表情を浮かべ、ロナードに言った。

「そう言うお前もな」

ロナードは苦笑(にがわら)いを浮かべ、レックスに言い返す。

御免(ごめん)ス。 レックス」

デュートは、(もう)し訳なさそうに、レックスにそう言って(あやま)る。

「気にすんなって」

レックスはニッと笑みを浮かべ、バツの悪そうな顔をしているデュートに言った。

()(かく)、ケルベロスは(げん)獣界(じゅうかい)(おく)り返す事が出来たわ。 一応(いちおう)任務(にんむ)(かん)(りょう)ね」

セシアは、(かる)(いき)()いてから、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言うと、

「ったく。 初めての仕事にしちゃあ、ハードルが高過(たかす)ぎだよ」

シャーナは苦笑(にがわら)いを浮かべながらそう言うと、(かた)(すく)める。

「これから、こんな仕事ばっかなのか?」

レックスは、ゲンナリとした表情を浮かべ、(つぶや)く。

(ぼく)、ちょっとケルベロスのリーダー、考え直そうかな……」

エルトシャンは、不安に満ちた表情を浮かべ、ポツリとそう言うと、

「もう後の祭りよ。 異動(いどう)は受け付けなくってよ」

セシアは意地(いじ)の悪い笑みを浮かべ、エルトシャンとレックスにそう言うと、二人は(そろ)って、泣き出しそうな顔をした。

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