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DRAGON SEED  作者: みーやん
第五章
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交流

主な登場人物


ロナード…漆黒(しっこく)の髪に紫色の双眸(そうぼう)特徴的(とくちょうてき)な、傭兵業(ようへいぎょう)生業(なりわい)としていた魔術師(まじゅつし)の青年。 落ち着いた雰囲気(ふんいき)の、(じつ)年齢(ねんれい)よりも大人びて見える青年。 一七歳。


エルトシャン…オルゲン将軍(しょうぐん)(おい)で、ルオン王国軍の第三治安(ちあん)部隊(ぶたい)副部隊(ふくぶたい)(ちょう)だったが、カタリナ王女から、新設(しんせつ)された組織『ケルベロス』のリーダーを拝命(はいめい)する。 愛想(あいそ)が良く、柔和(にゅうわ)物腰(ものごし)な好青年。 王国内で(ゆび)()りの剣の使い手。 二一歳。


アルシェラ…ルオン王国の将軍(しょうぐん)オルゲンの娘。 白銀(はくぎん)の髪と琥珀(こはく)(いろ)双眸(そうぼう)特徴的(とくちょうてき)な、可愛(かわい)らしい顔立ちとは(こと)なり、じゃじゃ馬で我儘(わがまま)なお姫さま。 カタリナ王女の命を受け、新設(しんせつ)される組織に渋々(しぶしぶ)加わる事に。 一六歳。


オルゲン…ルオン王国のカタリナ王女の腹心(ふくしん)で、『ルオンの双璧(そうへき)』と(しょう)される、幾多(いくた)戦場(せんじょう)活躍(かつやく)をして来た(ろう)将軍(しょうぐん)。 温和(おんわ)義理堅(ぎりがた)い性格。 魔物(まもの)の害に(くる)しむ(たみ)救済(きゅうさい)(ため)に、魔物(まもの)退治(たいじ)専門(せんもん)の組織『ケルベロス』を、カタリナ王女と共に立ち上げた人物。


セシア…ルオン王国の王女カタリナの親衛隊(しんえいたい)一人で、魔術(まじゅつ)()けた女魔術師(まじゅつし)。 スタイル抜群(ばつぐん)で、人並(ひとな)み外れた妖艶(ようえん)な美女。


レックス…オルゲン侯爵家(こうしゃくけ)に仕えている騎士(きし)見習(みなら)いの青年。 正義感(せいぎかん)が強く、喧嘩(けんか)っ早い所がある。 屋敷(やしき)の中で一番の剣の使い手と自負(じふ)している。 一七歳。


カタリナ…ルオン王国の王女。 病床(びょうしょう)に有る(ちち)(おう)()わり、数年前から(まつりごと)を行っているのだが、宰相(さいしょう)ベオルフ一派の所為(せい)で、思う様に政策(せいさく)が出来ず、王位(おうい)継承権(けいしょうけん)(おびや)かされている。 自身は文武(ぶんぶ)()けた美女。 二二歳。


サムート…クラレス公国(こうこく)に住む、烏族(からすぞく)の長の妹サラサに(つか)える、烏族(からすぞく)の青年。 ロナードの事を気に掛けて居る(あるじ)(ため)に、ロナード共にルオンへ(おもむ)く。 人当(ひとあ)たりの良い、物腰(ものごし)の柔らかい青年。


ベオルフ…ルオン王国の宰相(さいしょう)で、カタリナ王女に代わり、自身が王位に()こうと(たくら)んで居る。 相当(そうとう)な好き者で、自宅や別荘(べっそう)に、各地から集めた美少年美少女を囲って居ると言われている。


メイ…オルゲン侯爵家(こうしゃくけ)(つか)えている騎士(きし)見習(みなら)いの少女。 レックスとは幼馴染(おさななじみ)。 ボウガンの名手(めいしゅ)。 十七歳。

 (くも)一つない()()った春の空の下、日の光に()らされた木々の新緑(しんりょく)(まぶ)しい草原の中を行く、一行があった。

周囲(しゅうい)護衛(ごえい)の兵士を数人引き連れた、白髪(しらが)()じりの()げ茶色の短髪(たんぱつ)眼光(がんこう)(するど)い深い緑色の双眸(そうぼう)白髪(しらが)()じりの立派な(あご)(ひげ)を持ち、肩幅(かたはば)が大きく、ガッチリとした体付き、温和(おんわ)そうな風貌(ふうぼう)初老(しょろう)の男と、その後ろを少し(おく)れて、白銀(はくぎん)の長い髪を有した少女、漆黒(しっこく)の髪の長身(ちょうしん)細身(ほそみ)の青年、少し(くせ)のある明るい茶色の髪の青年が続いていた。

「今日は本当に、絶好(ぜっこう)(かり)日和(びより)ですね。伯父(おじ)(うえ)

少し癖のある明るい茶色の髪の青年が、にこやかな口調(くちょう)で自分たちの前に行く、白髪(しらが)()じりの()げ茶色の短髪(たんぱつ)初老(しょろう)の男に声を掛けた。

「もう少し()えるかと思ったが、何だかんだ言って、もうすっかり春だの。 そう言えば昨夜(さくや)、料理の中に山菜(さんさい)が入っておったな」

白髪混(しらがま)じりの()げ茶色の短髪(たんぱつ)初老(しょろう)の男は、(じょう)機嫌(きげん)様子(ようす)でそう言った。

 この人物は、ルオン王国の将軍(しょうぐん)でカタリナ王女の腹心(ふくしん)のリャハルト・フォン・オルゲンである。

 彼に声を掛けたのは、(おい)のバルフレア家の次男エルトシャン。

 彼と馬を並走(へいそう)させている銀髪(ぎんぱつ)の少女は、オルゲン将軍(しょうぐん)の娘の養女(ようじょ)アルシェラ。

 そして、少し後ろから、あまり気乗(きの)りしない様子(ようす)で付いて来ている、漆黒(しっこく)の髪の細身(ほそみ)長身(ちょうしん)な青年は、オルゲン将軍(しょうぐん)食客(しょっきゃく)のロナードだ。

 彼等(かれら)三人は、オルゲン将軍(しょうぐん)(さそ)いを受け、(おう)()郊外(こうがい)の森へ向かう途中(とちゅう)であった。

 男勝(おとこまさ)りで()ねっ返りのアルシェラは、(ほか)貴族(きぞく)子女(しじょ)たちの様に、裁縫(さいほう)や生け花、詩歌(しいか)などは好まずに、この様に馬に(またが)り、オルゲン将軍(しょうぐん)遠出(とおで)(かり)をする事が大好きで、今日も学校をサボってこうして付いて来た訳である。

 オルゲン将軍(しょうぐん)(おい)のエルトシャンは、馬や(じゅう)(あつか)いも上手(うま)く、このところ第三治安(ちあん)部隊の副部隊長(ふくぶたいちょう)として、後任(こうにん)への引き継ぎをする(ため)詰所(つめしょ)でディスクワークばかりしていたので、気放(きはな)しに丁度(ちょうど)良いと思い、オルゲン将軍(しょうぐん)(さそ)いを(こころよ)く受けた。

何より、父の様に(した)っている伯父(おじ)のオルゲン将軍(しょうぐん)と、久々(ひさびさ)に会って話が出来(でき)る事が(うれ)しかった。

ロナードはと言うと、馬の(あつか)いには()れているが、(かれ)(いわ)(じゅう)の腕の方はサッパリらしい。

何より、こう言う遊び感覚(かんかく)で、動物を傷付ける行為(こうい)が昔から好きではないのだが、自分を懇意(こんい)にしてくれているオルゲン将軍(しょうぐん)(さそ)いだった為、無下(むげ)(ことわ)る事も出来ず、渋々(しぶしぶ)参加(さんか)したと次第(しだい)だ。

 出来(でき)る事ならば、森中にいる動物たちに今直(います)()げる様に伝えたい気持ちで一杯(いっぱい)だが、それでは(かり)に来た意味が無いし、それ以前(いぜん)に、彼は妖精(ようせい)たちと意思(いし)疎通(そつう)は出来ても、動物と話す事は残念(ざんねん)ながら出来ない。

「何か元気が無いね。 具合(ぐあい)でも悪いの?」

エルトシャンは、先程(さきほど)から()かない顔をして、相槌(あいづち)ばかりで(ほとん)ど話さず、自分たちの後ろに付いて来ているロナードにそう声を掛けた。

「あ、いや……。 (ただ)(たん)にこう言う事に、()れて無いだけだ……」

ロナードは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべつつ、そう答えた。

「ちょっと意外(いがい)ぃ。 馬の(あつか)いは(すご)上手(うま)いのに、()りはした事が無いのぉ?」

アルシェラは少し(おどろ)いて、ロナードにそう問い掛ける。

(おれ)には、こんな風に()りを楽しむ時間など、無かったからな……」

ロナードは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべつつ、アルシェラにそう言い返すと、

「良ければ、アタシが教えてあげようかぁ?」

アルシェラは身を乗り出し、(うれ)しそうにロナードにそう言った。

(えら)そうに、人に教えられる(ほど)(うで)でも無いでしょ? 君は」

エルトシャンは肩を竦め、嫌味(いやみ)たっぷりにアルシェラに言い返すと、

「っさいわね! 大体何(だいたいなん)で付いて来たのよ! 折角(せっかく)ロナードと仲良(なかよ)くなれるチャンスなのにぃ!」

アルシェラはキッとエルトシャンを(にら)み付けると、『邪魔(じゃま)しないで!』と言わんばかりに、強い口調(くちょう)で彼に言い返した。

相変(あいか)わらず、我儘(わがまま)って言うか、ド直球(ちょっきゅう)だなぁ……)

アルシェラの言動(げんどう)を見て、護衛(ごえい)として同行していたレックスは(あき)れた表情を浮かべ、心の中で(つぶや)いた後、ロナードの方へと目を向けると、彼はとても迷惑(めいわく)そうな顔をしている。

「そう思っているのは多分(たぶん)、君だけだと思うよ」

エルトシャンは苦笑(にがわら)いを浮かべながら、ロナードとお近付(ちかづ)きになろうと、躍起(やっき)になっているアルシェラに言った。

「それ、どう言う意味よぉ?」

アルシェラはムッとした表情を浮かべ、エルトシャンに問い掛ける。

「そのまんまだよ」

エルトシャンは少し小馬鹿(こばか)にした様に(わら)いながら、アルシェラにそう言っている後ろで、ロナードはこっそりと溜息(ためいき)を付き、護衛(ごえい)(ため)同行(どうこう)しているレックスは、(あせ)りの表情を浮かべ、オロオロと自分たちの前で(くち)喧嘩(げんか)をしている二人を見ている。

「はっはっは。 相変(あいか)わらず(なか)が良いのぉ。 二人は」

困っている様子のレックスを見かねて、オルゲン将軍(しょうぐん)はニコニコと笑いながら、アルシェラとエルトシャンに向かって言った。

(そうか?)

レックスは、心の中でそう(つぶや)くと、エルトシャンとアルシェラを見比(みくら)べる。

「別にぃ。 (なか)なんて良く無いわ。 エルトは何時(いつ)口煩(くちうるさ)いから嫌よぉ」

アルシェラはムッとした表情を浮かべ、オルゲン将軍にそう言い返した。

 そうだろうね。 (ぼく)(ほか)の人たちと(ちが)って、心にもない事を言って、君のご機嫌(きげん)を取る必要なんて無いからね」

エルトシャンは肩を(すく)めながら、全く悪気(わるぎ)の無さそうな口調(くちょう)で言った。

「ロナードなんて貴方(あなた)以上に()っ気ないわ。 こうして会ったって、絶対(ぜったい)に自分から話し掛けて来る事なんて無いしぃ」

アルシェラは不満(ふまん)に満ちた表情を浮かべ、(ほお)(ふく)らませ、エルトシャンにそう(うった)えると、

「それは、君に(きら)われても(かま)わないからでしょ」

彼は、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、遠慮(えんりょ)なしにそう指摘(してき)した。

「それでは困るのぉ」

エルトシャンたちの話を聞いていたオルゲン将軍(しょうぐん)は、困った様な表情を浮かべて(つぶや)く。

「君は、自分の気持ちを()し売りし()ぎなんだよ」

エルトシャンは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、アルシェラにそう指摘(してき)するが、

「?」

彼女は、エルトシャンの言っている意味が理解(りかい)出来(でき)ない様で、キョトンとした表情を浮かべ、小首(こくび)をかしげる。

「アルは、相手(あいて)の事を気に入ると、相手の都合(つごう)なんてお(かま)いなしに、自分の気持ちを前面(ぜんめん)に出してグイグイ行くから、何時(いつ)も相手が君の(いきお)いにドン引きしちゃうんだよ」

エルトシャンは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、アルシェラにそう説明すると、

「じゃあアタシ、ロナードにドン引きされてるのぉ?」

アルシェラは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、エルトシャンに問い掛ける。

(気付いて無かったのかよ!)

レックスは(おどろ)きの表情を浮かべ、思わず心の中で()っ込んだ。

「かなり高い確率(かくりつ)でね」

エルトシャンは苦笑(にがわら)いを浮かべながら、アルシェラにそう答えると、それを聞いた彼女はショックを受けている様だ。

「え、エルトシャン様……。 もう少し別の言い方がアるんじゃ……」

ショックを受けている様子(ようす)のアルシェラを見て、レックスは(あせ)りの表情を浮かべながら、エルトシャンにそう言った。

「人ってさぁ、みんな同じじゃないでしょ?」

困っているレックスを見て、エルトシャンは苦笑(にがわら)いを浮かべながら、アルシェラに言うと、

「う、うん……」

アルシェラは戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、エルトシャンにそう返事をする。

「じゃあ、みんな一緒(いっしょ)のやり方じゃあ、上手(うま)くいく訳ないじゃない? 相手(あいて)に合せて、()め方を変えなきゃね」

エルトシャンは、チョット(とく)意気(いげ)な表情を浮かべつつ、アルシェラにそうアドバイスをする。

「う―――ん……」

アルシェラは、エルトシャンが言っている意味が分からないのか、思い切り眉間(みけん)(しわ)()せ、顔を(しか)めながら(うな)る。

多分(たぶん)ロナードは、今みたいな(いきお)いでグイグイ来られると、()げちゃうタイプなんじゃない?」

アルシェラの反応(はんのう)面白(おもしろ)そうに見ながら、エルトシャンはそう付け加えると、彼女はパッと表情を(かがや)かせ、

「そっかぁ」

考える事が苦手(にがて)なアルシェラは、明瞭(めいりょう)な答えを(しめ)されたので、(うれ)しそうに声を(はず)ませてそう言った。

余計(よけい)な事を)

二人のやり取りを(だま)って見ていたロナードは、ゲンナリとした表情を浮かべ、心の中でそう(つぶや)いた。

「ただ追い掛ければ良いってモノじゃないんだよ。 恋愛(れんあい)って」

エルトシャンは苦笑(にがわら)いを浮かべながら、アルシェラに言うと、

恋愛(れんあい)には()け引きが必要なのだよ。 まあ、そう言う(わし)も、あまり恋愛(れんあい)()け引きは、上手(じょうず)では無いがの」

オルゲン将軍(しょうぐん)は、(おだ)やかな口調(くちょう)でそう言うと、フォッフォッフォと声を上げて(わら)った。

()け引きかぁ……」

オルゲン将軍(しょうぐん)の言葉を聞いて、アルシェラは真剣(しんけん)面持(おもも)ちで(つぶや)く。

「まあ、お()(さま)の君にはまだ、(むずか)しい事だろうけどね」

エルトシャンは嫌味(いやみ)たっぷりに、アルシェラにそう言うと、

一々(いちいち)五月蠅(うるさ)いわね!」

彼女はムッとした表情を浮かべ、強い口調(くちょう)でエルトシャンに言い返した。


「そう言えば、チェスターは何で来なかったのぉ?」

森に入る前に小休憩(しょうきゅうけい)をする事になり、アルシェラは乗っていた馬から()りながら、オルゲン将軍にそう問い掛けた。

「仕事が(いそが)しいらしい」

オルゲン将軍(しょうぐん)は、少し残念(ざんねん)そうな表情を浮かべつつ、そう答えた。

 『チェスター』と言うのは、エルトシャンの(はら)(ちが)いの兄で、ルオン治安(ちあん)部隊(ぶたい)総監(そうかん)補佐(ほさ)をしている。

 元々、エルトシャンの父であるバルフレア伯爵(はくしゃく)は軍人では無く文官(ぶんかん)で、バルフレア家も代々(だいだい)文官(ぶんかん)輩出(はいしゅつ)している家系だ。

 (ゆえ)に、兄であるチェスターは当初、文官(ぶんかん)(こころざ)していたのだが、文官(ぶんかん)採用(さいよう)試験(しけん)に落ちてしまった。

 だがそれでは、親や家臣(かしん)面目(めんぼく)が立たないし、何よりも世間(せけん)に対して体裁(ていさい)が悪いと言う事で、母親が義兄(ぎけい)であるオルゲン将軍(しょうぐん)(たの)み込み、将軍のコネで軍部(ぐんぶ)事務方(じむかた)として、()じ込まれた訳である。

 元々、文官(ぶんかん)(こころざ)していただけあり、脳内(のうない)まで筋肉(きんにく)(やから)が多い軍部(ぐんぶ)の中では、チェスターの様な人材(じんざい)重宝(ちょうほう)され、今の地位(ちい)にまで上り()めたと言う訳だ。

 ただエルトシャンと(ちが)って武芸(ぶげい)には(うと)く、チェスターはこう言った事は昔から苦手(にがて)であった。

 仕事が(いそが)しいと言う理由を付け、苦手(にがて)()りの同行を回避(かいひ)したのだと、エルトシャンは()ぐに理解(りかい)した。

 それ以前(いぜん)に母親のサフィーネに()て、とてもプライドの高いチェスターは、何処(どこ)の馬の骨かも分からぬ、伯父(おじ)養女(ようじょ)であるアルシェラの事も、バルフレア家の侍女(じじょ)と父親の間に生まれ、引き取られて来た(はら)(ちが)いのエルトシャンの事も、とても毛嫌(けぎら)いしており、二人の事を見下(みくだ)していた。

 彼にしてみれば、(いや)しい身分(みぶん)の二人と、天下のオルゲン侯爵家(こうしゃくけ)の姫で、バルフレア家の正妻(せいさい)の子である高貴(こうき)身分(みぶん)の自分が、同列(どうれつ)(あつ)われる事は、()えられない事なのであろう。

 ましてや、自分よりも格下(かくした)の二人の前で、無様(ぶざま)姿(すがた)伯父(おじ)のオルゲン将軍(しょうぐん)に見せられないと思ったのだろう。

 エルトシャンとしても、渋々(しぶしぶ)付いて来ているロナードの方が、兄がいるよりも(はる)かにマシだ。

 (だれ)も口に出す事はしないが、ロナードは、アルシェラ以上に自己(じこ)中心的(ちゅうしんてき)なチェスターと(ちが)って、(つね)に周りの者が彼の顔色(かおいろ)(うかが)う必要も無いし、(みな)が困る様な我儘(わがまま)を言う訳でもなく、大抵(たいてい)()れ事は聞き流してくれるし、気分を(がい)して、誰振(だれふ)(かま)わず当り()らす(ほど)()(さま)でも無い。

 何よりもロナードは、アルシェラやエルトシャンを(ふく)め、兵士たちなどをチェスターの様に見下(みくだ)す様な事はしない。

(オレ、あの人苦手(ひとにがて)だぜ。 来なくて良かったんじゃね?)

レックスは、ゲンナリとした表情を浮かべ、心の中で(つぶや)く。

「少し、(つか)れた?」

エルトシャンは、何処(どこ)かゲンナリした顔で、馬の背中(せなか)から()りるロナードにそう声を掛けた。

「アンタは良く、アルシェラの話に付き合っていて(つか)れないな?」

どうやらロナードは、ずっと一人でペチャクチャと話し続けていたアルシェラに対して、お(つか)れの様で、ゲンナリとした表情を浮かべたまま、力なくそう答えて来た。

「君と(ちが)って(ぼく)は、免疫(めんえき)があるからね」

エルトシャンは苦笑(にがわら)いを浮かべながら、ロナードにそう言い返した。

「アイツも良くまあ、あれだけ一人で(しゃべ)り続けて(つか)れないな?」

ロナードは(なか)ば感心した様な口調(くちょう)で、同行(どうこう)している女性兵士と話をしているアルシェラの方へと目を向けながら言った。

普段(ふだん)、みんな(いそ)しくて、彼女に(かま)ってあげられないから、僕等(ぼくら)(かま)って(もら)えて(うれ)しくて仕方(しかた)がないんだよ。 アルは『構ってちゃん』だから」

エルトシャンは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言うと、

(おれ)多分(たぶん)、アルシェラのそう言う気持ちは、理解(りかい)出来(でき)ないと思う。 彼女の様に(つね)に人に囲まれているよりも、一人で居る方が気楽(きらく)で良いと思ってしまうからな……」

ロナードは淡々(たんたん)とし口調(くちょう)で言った。

他人(たにん)と居る事は(つか)れる?」

エルトシャンは、(おだ)やかな口調(くちょう)でロナードにそう問い掛けると、

「そうだな……」

彼は、少し考えてから、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で答えた。

「でも、ずっと一人で居たい訳でも無いでしょ?」

エルトシャンは、ニッコリと笑みを浮かべながら、(やさ)しい口調(くちょう)で言うと、

「……どうだろうか……」

ロナードは戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、そう答えた。

「まあ自分自身の事でも、良く分からない所ってあるからね。 だから、そんなに真剣(しんけん)に考えなくても大丈夫(だいじょうぶ)だよ」

エルトシャンは、(おだ)やかな口調(くちょう)で言い返した。

 ロナードは、どう返事をして良いのか分からず、困った様な表情を浮かべる。

(ぼく)も、アルみたいに『ウザイ(やつ)』って、君に思われない様に気を付けないといけないね」

エルトシャンは苦笑(にがわら)いを浮かべながら、ロナードに言うと、

「別に、アンタをそんな風には思っていないが……」

彼は、戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、そう言い返した。

「近付き(がた)雰囲気(ふんいき)(まと)ってる(わり)には、何気(なにげ)(やさ)しいよね? 君って」

エルトシャンは、ニッコリと笑みを()かべ、ロナードにそう言うと、彼は、少し()ずかしそうな表情を浮かべ、(あわ)ててそっぽを向いた。

 ロナードの反応(はんのう)を見て、エルトシャンは可笑(おか)しそうに、クスクスと笑う。

「エルト。 少し……外れてもらって良いかの?」

そう言って声を掛けて来たのは、()こうでアルシェラといた(はず)のオルゲン将軍(しょうぐん)であった。

「あ。 気が付かなくて済みませんでした。 伯父(おじ)(うえ)

エルトシャンはオルゲン将軍(しょうぐん)にそう言うと、(あわ)ててその場から(はな)れて行った。

 見れば、二人の周囲(しゅうい)には(だれ)もいないので、どうやらオルゲン将軍(しょうぐん)人払(ひとばら)いをした様だ。

「付き合わせて()まぬな」

オルゲン将軍(しょうぐん)は、(もう)し訳なさそうにロナードに言うと、彼は首を左右に()り、

(さそ)いを()けた時点(じてん)で、何か、(おれ)と話したい事があるのだろうと思っていた」

落ち着き払った口調(くちょう)で言った。

折角(せっかく)ルオンへ来てくれたと言うのに、初日(しょにち)に顔を合わせて簡単(かんたん)挨拶(あいさつ)をして以降(いこう)其方(そなた)と会う機会(きかい)が無くて申し訳無かったの」

オルゲン将軍(しょうぐん)は言うと、近くにあった、少し大きめの岩の上に(こし)を下ろした。

「いや……気にしていないが」

ロナードは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言い返した。

「ルオンはどうかね?」

オルゲン将軍(しょうぐん)は、(おだ)やかな口調(くちょう)でロナードに問い掛ける。

賑々(にぎにぎ)しい所は苦手(にがて)だ。 でも海は好きだ」

ロナードは淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、オルゲン将軍(しょうぐん)の問い掛けにそう答える。

「そうか」

オルゲン将軍は(おだ)やかな口調(くちょう)でそう返すと、二人の間に(しばら)くの間、沈黙(ちんもく)が続いた。

「アルシェラの事は、どう思うかね」

オルゲン将軍は、ロナードに(おもむろ)に問い掛けると、彼は物凄(ものすご)(いや)そうな表情を浮かべ、

一緒(いっしょ)に居て、(すご)(つか)れる。 合わないみたいだ」

淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、素直(すなお)に自分の気持ちを語った。

「ははははっ。 明るくて素直(すなお)で、可愛(かわい)らしいじゃろう?」

ロナードのあまりに素直(すなお)()ぎる返答(へんとう)に、オルゲン将軍は豪快(ごうかい)に笑いながら言った。

「……自分の気持ちに素直(すなお)()ぎて、相手(あいて)周囲(しゅうい)都合(つごう)はお(かま)いなしの様だが……」

ロナードは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)指摘(してき)する。

其方(そなた)が、アルシェラの事を苦手(にがて)としているのは分かるが、一人でも味方(みかた)が多いに()した事は無い。 (いや)相手(あいて)でも必要(ひつよう)とあれば付き合う事も大事だぞ」

オルゲン将軍は苦笑(にがわら)いを浮かべながら、(おだ)やかな口調(くちょう)でそう言うと、

「……彼女に何かを期待(きたい)するのは、(きび)しいと思うが……」

冷淡(れいたん)視線(しせん)をオルゲン将軍に向け、冷ややかな口調(くちょう)で言った。

(たたか)いではそうかも知れん。 じゃが、情報(じょうほう)()るには、様々(さまざま)な場所へ出入り出来(でき)る者は必要(ひつよう)じゃ。 (たと)えば、其方(そなた)が入る込む事が出来(でき)ぬ、貴族(きぞく)たちの社交界(しゃこうかい)とか……の」

自分の発言(はつげん)に、()ややかに返して来たロナードに対して、オルゲン将軍は苦笑(にがわら)いを浮かべながら、そう言った。

「……」

ロナードは何も言わず、複雑(ふくざつ)な表情をを浮かべている。

其方(そなた)も、傭兵(ようへい)と言う仕事を通して、多少(たしょう)なりとも世の中と言うモノを知っている(はず)だ。 目的を()たす(ため)には、利用出来(りようでき)るモノは最大限(さいだいげん)に利用し、時には私情(しじょう)を捨て、冷徹(れいてつ)にならねばならぬ時もあると言う事位は、分かっておろう?」

オルゲン将軍は、()っ気ない態度(たいど)(しめ)しているロナードに、落ち着き払った口調(くちょう)で言った。

「……相手(あいて)をどう使うかは考え方次第(しだい)……と言う事か」

ロナードは(おもむろ)(まゆ)(ひそ)め、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)でオルゲン将軍に言った。

一見(いっけん)、使い様の無いものでも、視点(してん)を変える事で利用(りよう)価値(かち)が出てくる。 其方(そなた)(もと)められる事はそう言った事だと思うがね。 ()に角、広い視野(しや)を持ち、柔軟(じゅうなん)思考(しこう)回路(かいろ)を持つ事だ」

オルゲン将軍は、落ち着いた口調(くちょう)でそうアドバイスをする。

助言(じょげん)は、素直(すなお)に受け取って置こう」

ロナードは、落ち着き払った口調(くちょう)で答えてから、

「……ところで、アルシェラやエルトシャンには、(おれ)がルオンへ来た理由を話しているのか?」

(しばら)く間をおいてから、(おもむろ)にオルゲン将軍に問い掛ける。

「いいや。 今のあの子たちには、知る必要(ひつよう)のない事だろう」

オルゲン将軍は、落ち着き払った口調(くちょう)で答えた。

「そうだな。 (おれ)の事で二人を巻き込みたくない」

ロナードは複雑(ふくざつ)な顔をして、重々(おもおも)しい口調で言った。

「アルシェラは()も角、エルトは(かん)の良い子だ。 (わし)が語らぬとも、何か勘付(かんづ)いている可能性(かのうせい)否定(ひてい)出来ぬ」

オルゲン将軍は複雑(ふくざつ)な表情を浮かべ、重々(おもおも)しい口調(くちょう)で言った。

「そう言えば、エルトシャンは随分(ずいぶん)と、将軍の事を(した)っている様だが……」

ロナードは一瞬(いっしゅん)、父親を(した)う子供の様に、オルゲン将軍を見ているエルトシャンの表情を思い浮かべてから、そう指摘(してき)した。

「エルトは、妻の妹の子では無く、バルフレア(はく)が、屋敷(やしき)(つか)えていた侍女(じじょ)不貞(ふてい)をした(さい)(さず)かった子での……。 その侍女(じじょ)屋敷(やしき)を追われた後、数年後に(おさな)いエルトを(のこ)し、流行病(はやりやまい)()くなった事を知り、バルフレア伯が引き取ったのだ」

オルゲン将軍は、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべ、重々(おもおも)しい口調(くちょう)で語る。

当然(とうぜん)不倫(ふりん)相手(あいて)の子を正妻(せいさい)である、義妹(いもうと)(こころよ)く思う(はず)も無く……。 エルトはバルフレア家で冷遇(れいぐう)され、肩身(かたみ)(せま)い想いをして育って来た言う訳だ……」

オルゲン将軍は、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべ、重々(おもおも)しい口調(くちょう)でそう続ける。

(なる)(ほど)

オルゲン将軍の説明を受け、ロナードは淡々(たんたん)とした口調(くちょう)(つぶや)く。

「あの子は、ああやって何時(いつ)愛想(あいそ)良く笑っているが、それは(ひとえ)に自分を守る(ため)なのじゃ」

オルゲン将軍は、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべ、そう語った。

「自分を守る(ため)?」

ロナードは戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、そう言ってオルゲン将軍を見る。

「そうじゃ。 バルフレア家では、エルトは決して歓迎(かんげい)されぬ厄介者(やっかいもの)。 (とく)義母(ぎぼ)と兄からは、それは(ひど)仕打(しう)ちを受けて来たそうだ。 反抗的(はんこうてき)態度(たいど)や、()()(ゆる)しを()う様な態度(たいど)は、二人の(いか)りを助長(じょちょう)するだけと、(おさな)いながらに(さと)ったのじゃろう。 いつの間にか、何を言われても、どんなに酷い仕打(しう)ちをされても、あの子は笑って誤魔化(ごまか)す様になってしまったのだ」

オルゲン将軍は沈痛(ちんつう)な表情を浮かべ、重々(おもおも)しい口調(くちょう)で語る。

「……」

ロナードは、エルトシャンの姿(すがた)を思い浮かべ、何と返して良いのか分からず、押し(だま)っている。

(わし)の事を父の様に(した)って来るエルトを、(わし)可愛(かわい)くて仕方(しかた)がない。 あの子には幸せになって()しいと心の(そこ)から思っている。 だが、それを(のぞ)んでおらぬ者が、エルトの家族の中にいるのも事実(じじつ)。 それは、とても(おそ)ろしく、とても(かな)しい事だ。 しかし(わし)の力では三人の関係を改善(かいぜん)する事は出来(でき)んのだ。 儂はあくまで伯父(おじ)であって、父親では無いからの……」

オルゲン将軍は沈痛(ちんつう)な表情を浮かべたまま、苦しい(むね)の内をロナードに明かした。

「エルトシャンの父親は、健在(けんざい)なのか?」

ロナードは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでオルゲン将軍に問い掛けると、

健在(けんざい)だが、気の強い妻の妹の(しり)にすっかり()かれ、彼女の言う事を(だま)って(したが)う事しか出来(でき)ぬ様な男だ」

オルゲン将軍は、困った様な表情を浮かべ、ロナードにそう答えると、溜息(ためいき)()らした。

「そう言う事情(じじょう)ならば、オルゲン家の次期(じき)当主(とうしゅ)はアルシェラでは無く、エルトシャンにするべきだと思う。 エルトシャンがルオンに居続(いつづ)ける(かぎ)り、(つね)義母(ぎぼ)や兄からの(いや)がらせを受け続ける事になる。 今は将軍が居るから、その影響(えいきょう)は少ないかも知れないが、将軍が居なくなった後、エルトシャンにとって(さら)に生きにくい状況(じょうきょう)になるのは明らかだ。 それ()からアイツを守るには、それ相応(そうおう)権力(けんりょく)地位(ちい)が要るんじゃないのか?」

ロナードは淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、自分なりの考えを述べる。

「確かに、その可能性(かのうせい)(いな)めんのう……」

オルゲン将軍は複雑(ふくざつ)な表情を浮かべ、重々(おもおも)しい口調(くちょう)で言った。

「義母たちが、エルトシャンがオルゲン家の家督(かとく)()ぐ事を(だま)って居ない気もするが、アルシェラは論外(ろんがい)だ」

ロナードは落ち払った口調(くちょう)で、オルゲン将軍に言った。

「ふむ……」

オルゲン将軍は、片手(かたて)を自分の(あご)の下に()え、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで思慮(しりょ)する。

「まあ、人様(ひとさま)家庭(かてい)事情(じじょう)に、深入(ふかい)りする趣味(しゅみ)は無いが……」

ロナードは淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言うと、軽く肩を(すく)める。

「何にしてもまずは、邪魔(じゃま)宰相(さいしょう)退場(たいじょう)して(もら)わなければ、始まらない訳だが……」

ロナードは、落ち着き払った口調(くちょう)で言うと、

「言うのは簡単(かんたん)じゃが、知っての通り、宰相(さいしょう)相当(そうとう)な切れ者で、事実(じじつ)上のルオンの支配者(しはいしゃ)と言っても良いだけの力もある。 それを取り払うのは並大抵(なみたいてい)の事では無い。 そなたにも(がい)(およ)ぶかもしれぬ」

オルゲン将軍は、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら、重々(おもおも)しい口調(くちょう)でそう告げる。

承知(しょうち)の上だ」

ロナードは、落ち着き払った口調(くちょう)で答えた。

「だがのう……」

オルゲン将軍は、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら(つぶや)く。

(いま)(さら)になって、不安になったのか?」

ロナードは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言う。

(なさ)けない(じじい)()まぬのう。 だが、(わし)とて人の子なんじゃよ」

オルゲン将軍は、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべながら語る。

大丈夫(だいじょうぶ)だ。 その(ため)(おれ)が来たんだから」

ロナードは、オルゲン将軍の肩に手を()え、(やさ)しい口調でそう言うと、フッと笑みを浮かべた。

其方(そなた)は、苦労(くろう)を掛けるな」

オルゲン将軍はそう言うと、(おだ)やかな笑みを浮かべる。

「何だかんだ言って、ここへ来たのは(おれ)(ため)だ。 結局(けっきょく)(おれ)も自分が可愛(かわい)いらしい」

ロナードは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言うと、

「そなたの事情(じじょう)を知れば、(だれ)其方(そなた)を責められぬよ。 そんな風に自分を卑下(ひげ)してはならん。 最悪(さいあく)事態(じたい)回避(かいひ)するためだ」

オルゲン将軍は、(やさ)しい口調でそう言うと、片手(かたて)でロナードの頭を(やさ)しく()でる。

 オルゲン将軍に頭を()でられているロナードは、何処(どこ)()(くさ)そうな、それでいて(うれ)しそうな顔をして、将軍の武骨(ぶこつ)で大きな手を(だま)って受け入れていた。

「今日は、そなたの気性(きしょう)(かえり)みず済まなかったの。 次に何処(どこ)かへ行く時は()りにするかの?」

オルゲン将軍は、ロナードの頭を()でながら、不意(ふい)苦笑(にがわら)い混じりにその様な事を言うと、

()りはした事がない」

ロナードは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言うと、

「ならば(わし)()りの楽しさを教えてやろうかの。 こう見えて、()りは上手(うま)いのじゃよ? 何年か前に(うみ)()りに行った時に、こんな大物(おおもの)()り上げてな!」

オルゲン将軍は、嬉々(きき)とした表情を浮かべ、()り上げた獲物(えもの)がどの位だったのか、両手を広げながら語る。

(すご)い」

ロナードは、(うれ)しそうに語るオルゲン将軍に、目を丸くしながら言うと、

「それを(わし)(さば)いて、(みな)に料理を振舞(ふるま)ったのじゃよ。 なかなかの美味(びみ)だった。 其方(そなた)にも食べさせてやろうかの」

オルゲン将軍は、その時の事を思い出しながら、楽しそうに語り、ロナードも楽しそうな顔をして聞いて、その表情は年相応(としそうおう)の青年だった。

 その後も(しばら)く、二人は楽しそうに語らっていた。


 ロナード達は目的(もくてき)の森に来ると、(かり)を始めたのだが、どう言う訳かこの日は全く動物の姿(すがた)見当(みあ)たらない……。

 この森は、年に何度(なんど)貴族(きぞく)たちが(もよお)狩猟(しゅりょう)大会(たいかい)に使われる森なので、馬が入れる様に間伐(かんばつ)など、人の手が加えられてはいるものの、(ほか)の森と同じ様に動物たちが普通(ふつう)に生活して居る所なのだが……。

(みょう)に静かだな……。 ここって、こんな場所だったけか?)

レックスは心の中でそう(つぶや)きながら、戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、周囲(しゅうい)を見回す。

 今までにも何度か、オルゲン将軍(しょうぐん)についてこの森に(おとず)れた事はあるのだが、今日は何時(いつ)もと様子(ようす)(ちが)う……。

「どう言う事なのかな……。 さっきから動物どころか、小鳥すら見当(みあ)たらないなんて……」

エルトシャンも、何時(いつ)もと森の中の様子(ようす)(ちが)う事に戸惑(とまど)い、辺りを見回しながら(つぶや)く。

「何か、何時(いつ)もと(ちが)わない?」

アルシェラも森に入った瞬間(しゅんかん)から、何とも言い(がた)い、重苦(おもくる)しい空気を感じ取っている様で、思い切り(まゆ)をひそめてそう言った。

 二人の後から来ているロナードは、先程(さきほど)から表情を(けわ)しくし、明らかに何かに警戒(けいかい)している様で、(こし)に下げている剣の()片手(かたて)を掛け、(いそ)しく周囲(しゅうい)を見回しつつ、

「……もしかすると、近くに魔物(まもの)が居るのかも知れない……」

そう(つぶや)くと、

「その可能性(かのうせい)(いな)めんのう……」

オルゲン将軍(しょうぐん)も、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで言った。

「ええっ! でもこの森って魔物(まもの)が入れない(はず)じゃあ……」

ロナード達の言葉を聞いて、アルシェラは(あせ)りの表情を浮かべ言うと、

「それは、狩猟(しゅりょう)(さい)の時だけだよ」

エルトシャンが、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、アルシェラにそう答えた。

 それでも普段(ふだん)()りをする(ため)(おとず)れても、魔物(まもの)遭遇(そうぐう)する事は(ほとん)どないのは確かで、彼女がその様に勘違(かんちが)いするのも無理はない。

「だが(おう)()にも近く、主要(しゅよう)街道(かいどう)の近くに魔物(まもの)が出てくるとなると、ちと問題じゃな……」

オルゲン将軍は、神妙(しんみょう)な表情を浮かべ、自慢(じまん)の自分の(ひげ)片手(かたて)()でながら、そう(つぶや)いた。

 地方(ちほう)街道(かいどう)()(かく)、この様な大きな都市(とし)部近(ぶちか)くの(おも)だった街道(かいどう)は、旅行者たちを魔物(まもの)から守る(ため)結界(けっかい)が張ってある事が多く、その結界(けっかい)から発せられる魔力(まりょく)などを嫌がり魔物はその一帯には近付かない事が多いのだが、それも所詮(しょせん)小物(こもの)に対してだけで、魔力(まりょく)の強い魔物に対してはあまり有効的(ゆうこうてき)では無い。

 その(ため)、王国軍は定期的(ていきてき)に強力な魔物(まもの)駆除(くじょ)を行って街道(かいどう)安全確保(あんぜんかくほ)(つと)めている訳なのだが、この数年間は、国から軍への予算(よさん)が毎年の様に削減(さくげん)されていっており、前の様に魔物(まもの)駆除(くじょ)出来(でき)ていない。

 特に、交易(こうえき)(ざい)()しているルオンにとって、交易(こうえき)(かなめ)である商人(しょうにん)たちの安全が確保(かくほ)出来ないのは死活(しかつ)問題(もんだい)である。

 商人(しょうにん)たちが、魔物(まもの)から身を守る(ため)傭兵(ようへい)(やと)う事に資金(しきん)(とう)じれば、その分だけ、彼等(かれら)が運んで来る物の単価(たんか)()り上り、結果(けっか)として、そのツケは(すべ)てルオンの民が(はら)う事となり、やがては経済(けいざい)鈍化(どんか)にも(つな)がる……。

 そうでなくてもこの数年、農作物(のうさくもつ)不作(ふさく)相次(あいつ)ぎ、飢饉(ききん)だの、疫病(えきびょう)だのと、魔物(まもの)被害(ひがい)だの、悪い事続きだと言うのに、これ以上、人々の生活が苦しくなる様では、流石(さすが)に王女もお手上げだ。

伯父(おじ)(うえ)。 引き返しますか?」

エルトシャンが真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、オルゲン将軍に問い掛けると、

「ええ~っ。 折角(せっかく)ここまで来たのに、何もしないで帰っちゃうのぉ?」

アルシェラは不満(ふまん)に満ちた表情を浮かべ、口を(とが)らせ、そう言った時、背後(はいご)(しげ)みからガサガサと言う音がしたので、一同は(あわ)てて振り返った次の瞬間(しゅんかん)、別の方向(ほうこう)から弓矢(ゆみや)が飛んで来て、アルシェラが(またが)っていた馬の(ふと)(もも)()さり、(おどろ)いた馬は(あば)れ、アルシェラを乗せたまま物凄(ものすご)(いきお)いで()け出した。

「アル!」

それを見たエルトシャンは、(あわ)てて自分が乗っていた馬の手綱(たづな)を引き、その後を追い()ける。

 エルトシャンが走り()った後、(しげ)みの(おく)から(あらわ)れたのは、人間の子供くらいの背丈(せたけ)で、(はだ)の色は(つや)の無いどす黒い緑色、(よど)んだ黄色の双眸(そうぼう)(ねこ)の目の様に大きく、大きく()けた口からは、黄ばんだ(するど)犬歯(けんし)が並んでいるのが見え、両耳の先は(とが)り鼻は団子(だんご)(はな)で、頭髪(とうはつ)(ほとん)ど無く()げ頭、粗末(そまつ)なボロボロの(あさ)の服の上から、何処(どこ)からか(ぬす)んで来たのか、鉄の胸当(むねあ)てや(よろい)を着ており、そこから()れ枝の様な、細い手足が出ている。

 手には、古びた短剣や剣などを持っており、背には、木で(つく)られた弓を背負(せお)っている。

 この生き物は、『ゴブリン』と呼ばれている魔物(まもの)で、森や山などにある、自然に出来(でき)洞窟(どうくつ)などを住処(すみか)とし、森や川などで、狩猟(しゅりょう)採集(さいしゅう)をして生活しており、その生活圏(せいかつけん)が人間と近い(ため)田舎(いなか)の村や町に『魔物(まもの)が出た』と言えば、大抵(たいてい)は『ゴブリン』を指す事が多い。

 彼等(かれら)は、人間と同じく集団(しゅうだん)生活(せいかつ)(いとな)み、独自(どくじ)のコミュニティを形成(けいせい)し、簡単(かんたん)武器(ぶき)や道具を作る事も出来(でき)るが、知能(ちのう)はさほど高く無く、チンパンジーに毛が生えた程度(ていど)知能(ちのう)だと、言われている。

 性格はとても好戦的(こうせんてき)で、縄張(なわば)意識(いしき)が高い。

 しかも、人間たちの村や町には、森などとは(ちが)い、食料が豊富(ほうふ)にある事を彼等(かれら)が知ってしまうと、人間たちの集落(しゅうらく)(おそ)い、家畜(かちく)穀物(こくもつ)(ぬす)んで行き、時には、人間たちの集落(しゅうらく)に火を放ち、村人を(みな)(ごろ)しにする事まで起きてしまう。

 なかなか、厄介(やっかい)魔物(まもの)なのだ。

(で、出た―――っ!)

レックスは、心の中でそう(さけ)ぶと、恐怖(きょうふ)に顔を引き()らせつつも、両腰(りょうこし)に下げている剣の柄に手を掛ける。

「はわわわわ……」

「ま、ま、魔物だ!」

「ど、どうしましょう……」

一緒(いっしょ)に居た護衛(ごえい)の兵士たちは、自分たちの前に突然(とつぜん)現れたゴブリン達を見て、(あわ)てふためき、青い顔をし、逃げ(ごし)になりながら口々にそう言っていると、ゴブリンたちが一斉(いっせい)(おそ)い掛かって来た。

「ひいいいっ!」

若い兵士が(なさ)けない声を上げ、身を低くし、自分の頭を(かば)う様に身を(ちぢ)ませた次の瞬間(しゅんかん)、ロナードは何の躊躇(ちゅうちょ)いも無く、自分に向かって来たゴブリンを持っていた剣で(たた)き切った。

 『グエッ』と言う、カエルを()(つぶ)した様な声と(とも)に、ゴブリンは魔物(まもの)特有(とくゆう)の紫色の血を首から()()らしながら、地面の上に力なく(ころ)がった。

 近くに居たゴブリンたちは、無残(むざん)仲間(なかま)(たた)き切られたのを見てたじろぎ、(そば)にいた兵士たちは、(そろ)って(おどろ)いた顔をしてロナードを見ていると、突然(とつぜん)、彼は片手(かたて)()ぎ払う様な仕草(しぐさ)をすると、緑色の風の(やいば)が現れて、近くにいたゴブリン達を一瞬(いっしゅん)(はる)か後方へ吹き飛ばした。

 それを見たゴブリン達は(おどろ)き、蜘蛛(くも)の子を散らした様に、(おお)(あわ)てで()げ出して行った。

 その一部(いちぶ)始終(しじゅう)を兵士たちは、間抜(まぬ)けにポカンと口を開け、目を丸くして彼を見ている。

「ボサッとするな!」

ロナードは、剣に付いた血糊(ちのり)(はら)いつつ、落ち着き払った口調(くちょう)で、(おどろ)いた顔をして自分を見ている兵士たちに向かって言ってから、

「レックス。 お前は兵士達とオルゲン将軍を()れて、(いそ)いで森から出ろ。 (じき)()れるぞ」

落ち着き払った口調(くちょう)で、レックスに言った。

 ロナードの言葉を聞いて、兵士たちは(みな)、『こんなに天気が良いのに、何を言っているのだろうか』と言う様な顔をして、彼を見ている。

「お、おう」

レックスはとっさに、ロナードにそう言い返したが、

「けどよ、姫とエルトシャン様は、どうすんだよ?」

レックスは戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、ロナードに問い掛けると、

「二人は(おれ)(さが)し出し連れて(もど)る。 お前たちは(いそ)ぎ、結界(けっかい)()ってある街道(かいどう)まで(もど)った方が良い。 そこならば見通しも良いし、結界(けっかい)の中まではゴブリンも入って来れない」

ロナードは、落ち着き払った口調(くちょう)でそう答えると、

「ならオレも一緒(いっしょ)に」

レックスが、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでロナードに言うと、彼は首を左右に()り、

「お前はオルゲン将軍を守れ。 コイツ等だけでは心許(こころもと)ない」

真剣(しんけん)面持(おもも)ちでレックスに言った。

大丈夫(だいじょうぶ)か? この森、結構(けっこう)深いぜ?」

レックスは戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、ロナードに問い掛けると、彼は真剣(しんけん)面持(おもも)ちで(うなず)き返した。

(何か、考えがあんのか?)

ロナードの反応(はんのう)を見て、レックスは心の中で(つぶや)く。

「あ、あの……」

「自分たちも、一緒(いっしょ)(さが)しに行った方が……」

兵士たちの内の数人が戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、ロナードと一緒(いっしょ)にアルシェラ達を(さが)す事を申し出たが、

「お前たちでは、ロナードの足手纏(あしでまと)いになるだけだ。 大人しく彼の指示(しじ)(したが)え」

オルゲン将軍は、落ち着き払った口調(くちょう)で、兵士たちにそう言い切ってから、

「くれぐれも、無理(むり)はするでないぞ」

レックスと同じく、ロナードは何か考えがあると判断(はんだん)したのか、オルゲン将軍はロナードにそう声を掛けると、彼は(うなず)き返し、何の躊躇(ちゅうちょ)も無く馬の手綱(たづな)を引き、アルシェラ達が消えて行った、森の奥へと一人で向かってしまった。

「一人で行かせて、(よろ)しかったのですか?」

兵士が、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、オルゲン将軍に問い掛ける。

「心配なかろう。 あの子はアルシェラと(ちが)って、考え無に行動を起こす様な真似(まね)はせんからの」

オルゲン将軍は、落ち着き払った口調(くちょう)で、兵士たちに言った。


「アル。 アル! いたら返事(へんじ)をして!」

(あば)れ出した馬の背に乗ったまま、森の奥深(おくぶか)くへ行ってしまったアルシェラを、エルトシャンはそう声を掛けながら、ゆっくり馬を走らせ、周囲(しゅうい)を見回していると、ポツポツと頭の上から水滴(すいてき)が落ちて来たので、思わず空を見上げた。

 先程(さきほど)まで良い天気だったのに、何時(いつ)の間にか上空には、雨粒(あまつぶ)を大量に(ふく)んでいると思われる、真っ黒い雲がこの一帯の空を(おお)い、おまけに遠くで、雷鳴(らいめい)の音が微かに聞こえる……。

(まい)ったな……。 本降(ほんぶ)りになる前に見付け出さなくちゃ……」

真っ黒な雲が(おお)っている空を見上げたまま、エルトシャンは(つぶや)いた。

 だが、エルトシャンの想いとは裏腹(うらはら)に、次第(しだい)雨脚(あまあし)が強くなり、森の中も薄暗(うすぐら)くなってきた……。

 やがて、雨は音を立てて(はげ)しく()り出し、()ぐ近くまで雷鳴(らいめい)(とどろ)く様になった。

 足元は、あっという間にぬかるんで、(いた)る所に大きな水溜(みずたま)りが出来(でき)て、彼を乗せた馬がその上を歩く度に、パシャパシャと音を立てて小さな水飛沫(みずしぶき)を上げる。

 衣服や髪はすっかり()れ、重く水を(ふく)んで、それが容赦(ようしゃ)なく彼の体温を(うば)い取って行く……。

 春を(むか)え、(あたた)かくなったとは言え、流石(さすが)にこれだけ(はげ)しく雨が()れば、気温も一気に急降下(きゅうこうか)してしまう。

 何時(いつ)の間にか、エルトシャンが()く息が、(かす)かに白くなっていた。

「アルっ!」

エルトシャンの叫び声だけが、雨が降り付ける森の中で、(むな)しく(ひび)いた。

何処(どこ)に行っちゃったんだよ!)

エルトシャンは、(あせ)りに満ちた表情を浮かべつつ、心の中で(つぶや)く。

(こんな雨の中を無暗(むやみ)に動き回っていたら、体力を消耗(しょうもう)するだけだ。 何処(どこ)かで大人しくして居れば良いんだけど……)

エルトシャンは、()り付ける雨を(うら)めしそうに見つめながら、心の中で(つぶや)いてから、

(って、アルにそんな判断(はんだん)が出来る訳ないか……。 馬鹿(ばか)だから、わーわー(さけ)びながら、森の中を考え無にウロウロしているよね……)

(さら)にそう心の中で(つぶや)くと、特大(とくだい)溜息(ためいき)を付いた。

 その様な事をすれば、彼女の(さけ)び声を聞い、腹を()かせた(くま)(おおかみ)と言った(けもの)だけでなく、先程(さきほど)彼等(かれら)襲撃(しゅうげき)したゴブリンたちをも、呼び()せる事になるなど、アルシェラは考えもしないだろう。

 エルトシャンは、どうして良いものか途方(とほう)()れていると、

「エルトシャン」

不意(ふい)背後(はいご)から自分の名を呼ぶ声がしたので、彼は(おどろ)いて振り返ると、薄暗(うすぐら)い森の中に()け込む様に、馬に乗った全身(ぜんしん)黒尽(くろづ)くめの人物が居た。

「ロナード?」

エルトシャンは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつも、名を口にすると、相手(あいて)はゆっくりと彼の下へと近付いて来た。

 自分の()ぐ目の前に相手が来た時、エルトシャンは声を掛けて来た相手がやはり、ロナードだった事を確認(かくにん)すると、安堵(あんど)し、胸を()で下ろした。

「お前だけか?」

ロナードは周囲(しゅうい)を見回しながら、エルトシャンに問い掛ける。

御免(ごめん)。 見付けられなかった」

エルトシャンは、(もう)し訳なさそうに、ロナードに言った。

「気にするな。 (おれ)も手伝う。 早く(さが)し出そう」

ロナードは、落ち着き払った口調(くちょう)で、エルトシャンにそう声を掛けると、彼は(うなず)き返した。


 同じ(ころ)、アルシェラは乗っていた馬が、木の根元(ねもと)に足を取られ転倒(てんとう)し、足を(くじ)いて動けなくなった(ため)徒歩(とほ)での移動(いどう)余儀(よぎ)なくされ、途方(とほう)()れていた。

 見た()重視(じゅうし)格好(かっこう)をしていた(ため)(かかと)の高いブーツでは、ぬかるんで水気(みずけ)(ふく)んだ落ち葉が()()もった地面の上を歩くのは(すべ)(やす)く、何度も深い水溜(みずたま)りに足を取られた所為(せい)で、ブーツの中にまで水が入り、重たく、湿(しめ)ったブーツの中は冷たく、着ていた服もずぶ()れで、寒くて仕方(しかた)がない。

 何度も足元を(すべ)らせた所為(せい)で、着ていた衣服は泥塗(どろまみ)れになっており、フードの付いた外套(がいとう)など着ていないので、自慢(じまん)銀髪(ぎんぱつ)(こけ)けた時に()ねた(どろ)で汚れてしまっている。

 アルシェラの体はすっかり冷え切り、ガタガタと(ふる)えながら、覚束無(おぼつかな)い足取りで、当ても無く森の中を彷徨(さまよ)っていた。

「もう。 マジ最悪ぅ。 何でアタシが、こんな目に()わなきゃなんないのぉ!」

アルシェラは、ムッとした表情を浮かべ、ブツブツと文句(もんく)を言いながら、雨が()りしきる薄暗(うすぐら)い森の中を歩いて居ると、小さく光る何かが彼女の目の前を()ぎった。

「えっ! な、なに? 何ぃ?」

アルシェラは思わず立ち止まり、恐怖(きょうふ)に身を(ちぢ)め、声を(ふる)わせながら(つぶや)いて居ると、また小さな(なぞ)の光が彼女の目の前を過ぎった。

 それは、(ほたる)の様に緑色に光を放ち、けれども蛍にしては大き過ぎる。

 人の(てのひら)(ほど)の大きさで、人魂(ひとだま)ではないかと思ったが、それとも(ちが)う様な気もする……。

 アルシェラは人魂(ひとだま)など見た事が無いので、何とも言えないが、それでも何だが、そう言った霊的(れいてき)な物とは(こと)なり、不気味(ぎみ)で寒々(さむざむ)しい空気は(まと)っていない気がした。

 (やわ)らかな光を放ち、フワフワと浮いている様な、不安(ふあん)(てい)な動き方を()り返し、執拗(しつよう)にアルシェラの周りを飛んでいる……。

 良く目を()らしてみると、それは全身(ぜんしん)が赤茶色で、背中(せなか)蜻蛉(とんぼ)の羽の様な物を生やした、幼女(ようじょ)の姿をした、(からだ)全体(ぜんたい)から暗い緑色の光を放つ、不思議(ふしぎ)な生き物だった。

 そして、良く耳を()ましてみると、()()く様な小さな声で、『コッチニオイデ。 コッチニオイデ』と、アルシェラに(ささや)いている。

(これって妖精(ようせい)……だよね? 多分(たぶん)

アルシェラは採用(さいよう)試験(しけん)(さい)、ロナードが呼び()せたと言う妖精(ようせい)と、良く()ているその生き物を見て、戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、心の中で(つぶや)く。

『コッチニオイデ』

妖精(ようせい)と思われるその生き物は、(おさな)い女の子の声で(やさ)しく(ささや)いて居る。

「もしかして、アタシを助けてくれるのぉ?」

アルシェラは嬉々(きき)とした表情を浮かべ、妖精(ようせい)と思われる生き物に向かってそう言うと、その生き物は楽しそうな笑い声を上げ、クルクルとアルシェラの周りを回った。

 間違(まちが)いない。

 この生き物は(おそ)らく妖精(ようせい)で、雨の中、薄暗(うすぐら)い森の中に(まよ)い込み、困っているアルシェラを見かねて、(すく)いの手を差し伸べてくれたのか、ロナードが妖精(ようせい)たちに協力を呼び掛けて、自分を探しに来たのだろう。

 アルシェラは都合(つごう)良くそう解釈(かいしゃく)すると、妖精(ようせい)と思われる生き物に(みちび)かれるまま、森の中を進む。

 自分が森の(さら)奥深(おくふか)くへと、(さそ)われているとも知らずに……。


「アル!」

何処(どこ)だ? 返事(へんじ)をしろ!」

エルトシャンとロナードは、冷たい雨が()り、薄暗(うすぐら)い森の中、アルシェラを(さが)して移動(いどう)を続けていた。

 遠くで、稲光(いなずま)(とも)に、落雷(らくらい)の音が(ひび)いて来たので、エルトシャンは思わず身を強張(こわば)らせ、

「マズイ。 どんどん近くなってる……」

恐怖(きょうふ)に顔を引き()らせながら、そう(つぶや)いた。

「くそっ! あの馬鹿(ばか)娘! 一人の時は森の中を無暗(むやみ)移動(いどう)するなと、教えられてないのか?」

ロナードは苦々(にがにが)しい表情を浮かべ、()き捨てる様な口調(くちょう)(つぶや)いた。

多分(たぶん)、ちゃんと教えられているとは思うけど、アルの場合、聞いて無かったのか、(おぼ)えて無いのか、そのどちらかだね」

エルトシャンは、ゲンナリした表情を浮かべ、()(いき)()じりにロナードに言うと、

「そんなのを連れて来るな!」

ロナードは、アルシェラが一向に見付からない事に苛立(いらだ)って居る様で、強い口調(くちょう)で言った。

「あの子は、自分さえ良ければ、(ほか)の者の事なんてどうでも良いからね。 何せ、天下(てんか)のオルゲン家のお姫さまだから。 小さい(ころ)から、(まわ)りにチヤホヤされて育っているから、自分が世界の中心だと本気で思って居るんだよ」

エルトシャンは肩を(すく)めながら、ロナードにそう説明すると、

(なる)(ほど)。 アイツの頭の中が何時(いつ)御目出度(おめでた)いのは、(まわ)りの人間たちの所為(せい)と言う訳か」

ロナードは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で返した。

「まあ、その指摘(してき)はある意味(いみ)間違(まちが)ってはないよ」

エルトシャンは苦笑(にがわら)いを浮かべながら言うと、

「?」

ロナードは理解(りかい)出来(でき)ず、思わず小首をかしげた。

(ぼく)もさ、アルや周りの人たちには色々と、苦労させられてるって事だよ」

エルトシャンは苦笑(にがわら)いを浮かべたまま、そう語った。

同情(どうじょう)する」

ロナードは、気の(どく)そうにエルトシャンに言うと、彼は苦笑(にがわら)いを浮かべた。

 その後も、雨が止む事は無く、何時(いつ)落ちるか分からぬ雷鳴(らいめい)(おび)えつつ、エルトシャンはロナードと共にアルシェラを(さが)し続けた。

 

「ちょ、ちょっと、何処(どこ)まで行くのぉ?」

アルシェラは(いき)を切らせながら、自分の前を緑色の光を放ちながらフワフワと飛ぶ、妖精(ようせい)と思われる生き物に向かって(さけ)ぶ。

 だが、その生き物はフワフワと森の奥深(おくふか)くへと進んで行く……。

 流石(さすが)のアルシェラも、人の手があまり入ってなさそうな場所に入り込んだので、不安(ふあん)(いだ)く様になっていた。

「ねぇ! 本当にそっちで合ってるのぉ?」

アルシェラは、不安(ふあん)に満ちた表情を浮かべつつ、自分の目の前を行く妖精(ようせい)らしき生き物に叫ぶ。

 だが、前を行く生き物は、彼女の言葉が理解(りかい)出来(でき)ないのか、一向(いっこう)に止まる気配(けはい)はない。

 その時、ガサガサッと(しげ)みを素早(すばや)()き分け、バシャバシャと何かが、水気(みずけ)(ふく)んだ落ち葉が()(つも)もった地面を複数(ふくすう)()()ける様な音が近付いて来た。

「なっ、なに?」

アルシェラは(おどろ)いて(ふり)り返ると、薄暗(うすぐら)い森の中から奇声(きせい)を発しながら、人間の子供ほどの背丈(せたけ)()れ枝の様に細くシワシワの手足を持ち、ニンジンをくっ付けた様な鼻、口が大きく()け、黄ばんだ(するど)犬歯(けんし)を生やした、ボロボロの服を身に(まと)った、醜悪(しゅうあく)な生き物が(するど)(とが)った刃物(はもの)を手に飛び出して来た。

 ゴブリンだ!。

「キャアッ!」

アルシェラは悲鳴(ひめい)を上げ、顔から(いきお)い良く前方にスッ(ころ)び、パシャッと枯葉(かれは)の下に()まっていた水が、勢い良く飛び()った。

 間一髪(かんいっぱつ)、スッ(ころ)んだお(かげ)で、ゴブリンからの攻撃(こうげき)()ける事が出来た。

 アルシェラは(あわ)て身を起こすと、血の様に真っ赤な目を持つ、ゴブリン達が彼女の周囲(しゅうい)を取り囲んで居た。

 アルシェラは、瞬時(しゅんじ)(おのれ)の命の危険(きけん)を感じ、みるみる顔から血の気が引き、彼女を取り囲んでいるゴブリン達の殺気(さっき)立った雰囲気(ふんいき)(こし)()けてしまい、彼女は全身(ぜんしん)(どろ)まみれになる事も(かま)わずに、四つん()いになり、地面に這う様にして、(あわ)ててその場から()げ出した。

 アルシェラを襲撃(しゅうげき)したゴブリン達は、奇声(きせい)を上げながら、逃げる彼女を追い()けて来る。

 その気になれば、()ぐに追い付けそうなのに、ゴブリン達は(わざ)と彼女の足を()ったり、へし折った木の枝を()げ付けたり、彼女が死なない程度(ていど)に切り付けたりして、一思いに(ころ)そうとはせずに、(なぶ)(ごろ)しにしようとしている。

 アルシェラは『殺されてしまう』と言う恐怖(きょうふ)から声も出ず、落ち葉の下から()ねる泥が時折(ときおり)、口の中に入って来るのも気にせず、ただ必死(ひっし)に森の中を()う様にして、逃げ(まど)った。

 雷鳴(らいめい)一際大(ひときわおお)きく()(ひび)き、稲光(いなずま)が森の中を一瞬(いっしゅん)だけ()らし、彼女の命を(うば)おうとする悪魔たちの姿を(うつ)す。

 いつの間にか、アルシェラをここまで誘導(ゆうどう)していた、緑色の光を放つ、妖精(ようせい)らしき生き物の姿(すがた)が無くなっていた。

 アルシェラは完全に、自分がどの方向(ほうこう)から来たのか、何処(どこ)へ逃げているのか、分からなくなっていた。

「ギエ――ッ!」

そう叫びながら、背後(はいご)から彼女を追って居たゴブリンが刃物(はもの)を振り(かざ)し、(おど)り掛かって来た。

 『もう駄目(だめ)だ』とアルシェラが思った瞬間(しゅんかん)、直ぐ近くに(かみなり)が落ちたのか、大地を(ゆさ)さぶり、鼓膜(こまく)(やぶ)れそうな(ほど)轟音(ごうおん)と共に、目の前が一瞬(いっしゅん)真っ白になり、あまりの(まぶ)しさにアルシェラはとっさに目を閉じた。

 そして、轟音(ごうおん)が止み、辺りが一瞬(いっしゅん)だけ不気味(ぎみ)(ほど)に静まり返った後、(はげ)しく降り付ける雨音(あまおと)と共に、木が焼き()げる様な(にお)いが(ただよ)って来た。

 アルシェラが(おそ)る恐る目を開けると、(いかずち)が走り抜けた後の様に、さっきまで周囲(しゅうい)に立っていた(はず)の木々は黒く(すす)けて()ぎ倒され、紅蓮(ぐれん)の炎と白い(けむり)を上げている。

 そして、彼女を(おそ)っていたゴブリン達は、(いかずち)直撃(ちょくげき)したのか、真っ黒になって落ち葉が()()もった地面の上に(ころ)がっていた。

「アルシェラっ!」

呆然(ぼうぜん)として居たアルシェラの背後(はいご)から、普段(ふだん)から(なれ)れ親しんでいる、若い男の声が聞こえて来たので、彼女はハッとして()り返った。

 振り返った彼女の元に真っ先に近付いて来たのは、見た事も無い二匹の犬で、後から来ている人間たちに、彼女の居場所(いばしょ)を知らせる様に、大きな声で()えて居る。

 少し(おく)れて、複数(ふくすう)の足音が近づいて来た。

「アル!」

落ち葉の下に()まっている水溜(みずたま)りの(どろ)(いきお)い良く()ね、身に付けているブーツやズボンの(すそ)(よご)れる事など気にも()めず、エルトシャンが息を切らせながらアルシェラの下へ駆け寄って来た。

 彼は、(こし)が抜けて動けない彼女の前に両膝(りょうひざ)を付くと、アルシェラの無事(ぶじ)確認(かくにん)するかの様に、その大きな体を丸めて、彼女を思い切り()きしめた。

無事(ぶじ)でよかった」

エルトシャンは、安堵(あんど)に満ちた表情を浮かべ、(やさ)しい口調(くちょう)でアルシェラにそう言うと、彼女はとても安堵(あんど)したのか、大粒(おおつぶ)(なみだ)を流し、ワーワーと大声を上げて()きながら、自分を()きしめる彼の胸元に顔を(うず)めた。

「姫!」

無事(ぶじ)か?」

少し(おく)れて、レックスとロナードも()け付け、泣きじゃくって居るアルシェラにそう声を掛けた。

 アルシェラに声を掛けて来た、ロナードとレックスは、外套(がいとう)を身に着けていたにも(かか)わらず、頭の上から爪先(つまさき)までずぶ()れで、顔からすっかり赤みが()せている事から、彼女が一行から(はぐ)れた瞬間(しゅんかん)から、彼等(かれら)(はげ)しく雨が打ち付ける中、彼女を(さが)し続けていた事を物語っていた。

「ふえ―――っ! (こわ)かったよぉ――」

アルシェラは、()け寄って来たロナードに向かって、()きながらそう(さけ)んだ。

無事(ぶじ)で良かったぜ」

レックスが、安堵(あんど)の表情を浮かべつつ、アルシェラにそう声を掛ける(かたわ)らで、エルトシャンは雨に()れぬ様に、自分の衣服の下に入れていた外套(がいとう)を取り出し、アルシェラに(やさ)しく掛けた。


何処(どこ)から、その犬を?」

森の外れに待機(たいき)して居るオルゲン将軍たちと合流(ごうりゅう)する(ため)、森の出口へ向かう途中(とちゅう)、エルトシャンは自分達が乗って居る馬の横を、尻尾(しっぽ)を振りながら付いて来ている犬を見下(みお)ろしながら、レックスに問い掛ける。

街道(かいどう)へ出る手前(てまえ)猟師(りょうし)小屋(こや)を見付けてよ。 お(やかた)(さま)に言われて猟犬(りょうけん)()りて、姫の(にお)いを辿(たど)らせる事にしたんだ。 この雨の中、ちゃんと(におい)いを辿(たど)れるか心配だったけどよ……」

レックスは、落ち着き払った口調(くちょう)で、エルトシャンに答えると、

流石(さすが)伯父(おじ)(うえ)。 正直(しょうじき)、僕たちだけじゃあ(きび)しかったからね。 ねぇ? ロナード」

エルトシャンは、ニッコリと笑みを浮かべ、自分の(となり)に馬を並べて移動(いどう)していたロナードに同意(どうい)(もと)めると、

「ああ。 正直(しょうじき)、見付からないかもしれないと思っていた」

ロナードは、落ち着き払った口調(くちょう)でそう答えた。

「ところでロナードぉ」

エルトシャンの後ろに乗っていたアルシェラが(おもむろ)に、ロナードに声を掛けると、

「何だ?」

ロナードは、()っ気ない口調(くちょう)で問い返した。

妖精(ようせい)を呼んで道案内(みちあんない)させたよね? 全然(ぜんぜん)(ちが)方向(ほうこう)に連れて行かれたんだけどぉ」

アルシェラはムッとした表情を浮かべ、口を(とが)らせながら、そうロナードに抗議(こうぎ)する。

「何の事だ?」

ロナードはキョトンとした表情を浮かべ、アルシェラに問い返す。

「だってぇ。 緑色の(ほたる)みたいなのがぁ、アタシの所に飛んで来て『コッチ、コッチ』って言ってぇ、案内してくれたわよ」

アルシェラはムッとした表情を浮かべたまま、語気(ごき)を強め、ロナードに言った。

「いや、(おれ)は本当に妖精(ようせい)召喚(しようかん)して無いぞ」

ロナードは、困った様な表情を浮かべ、そうアルシェラに答えた。

「えっ……。 でも確かに、蜻蛉(とんぼ)みたいな(はね)を生やした、全身(ぜんしん)が緑色のちっちゃいのがぁ……」

アルシェラは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、自分が見た妖精(ようせい)の事をロナードに説明すると、彼は(しばら)く考えてから……。

「もしかすると、ジプシーかも知れないな……」

神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで、そう呟いた。

「じぷ……何て?」

アルシェラは、聞いた事のない言葉に戸惑(とまど)い、思い切り(まゆ)(ひそ)めながら言うと、

「ジプシーだ」

ロナードは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言い返す。

「それは、妖精(ようせい)とは(ちが)うの?」

エルトシャンは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、ロナードに問い掛ける。

「ジプシーと言うのは、簡単(かんたん)に言うと()れから(はぐ)れ、(やみ)()ちした妖精(ようせい)の事だ」

ロナードは、落ち着き払った口調(くちょう)で、エルトシャンたちに説明する。

「なんで態々(わざわざ)(ちが)う呼び方をすんだ?。」

レックスは、不思議(ふしぎ)そうにロナードに問い掛けると、

「基本、妖精(ようせい)と言うのは風の妖精(ようせい)は風を。 火の妖精(ようせい)なら火を食い、人間に無害(むがい)存在(そんざい)なんだが、ジプシーは変異(へんい)してしまって、動物……(とく)に人間の血肉(けつにく)好物(こうぶつ)らしい。 だが奴等(やつら)単体(たんたい)では人を傷付(きずつ)ける(ほど)の力を持っていない。 だから人間を(だま)し、(わざ)魔物(まもの)獰猛(どうもう)(けもの)が居る場所へ案内して、そいつ()に人間を(おそ)わせる。 そして、そのお(こぼ)れに(あやか)っている言う訳だ」

ロナードは淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、ジプシーの事を簡潔(かんけつ)に説明すると、エルトシャンは、戦々恐々(せんせんきょうきょう)と言った様子(ようす)で、

(こわ)いね……それ」

「じゃあ、アタシはそのジプ何とかって言うのに(だま)されて、(わざ)魔物(まもの)が居る所へ連れて行かれたって事なのぉ?」

アルシェラも恐怖(きょうふ)に顔を引き()らせつつ、(おそ)る恐る、ロナードに問い掛ける。

「お前が会ったと言う妖精(ようせい)が、ジプシーならな」

ロナードは、落ち着き払った口調(くちょう)で答えた。

「もし、それに出会った場合って、どうしたら良いんだ?」

レックスは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでロナードに問い掛ける。

無視(むし)する事が一番だ。 さっきも言った通り、単体(たんたい)では人間にどうこう出来(でき)(ほど)の力は無い。付いて行かなければ良いだけの話だ」

ロナードは、落ち着き払った口調(くちょう)で、レックスの問い掛けにそう答えた。

「じゃあ、アルはまんまと、ジプシーの思惑(おもわく)(はま)っちゃったって事だね」

エルトシャンは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言うと、アルシェラはムッとした表情を浮かべ、

「だって、そんなのが居るなんて知らなかったしぃ」

()(かく)、一人で森の中をウロつかない事だ。 下手(へた)に歩き回ると、方向(ほうこう)見失(みうしな)いかねないからな」

ロナードは、落ち着き払った口調(くちょう)で言うと、

「君が考え無しに移動(いどう)したお(かげ)で、僕等(ぼくら)は君を(さが)し回る羽目(はめ)になったんだからね」

エルトシャンは、ウンザリした様な表情を浮かべ、アルシェラに言った。

五月蠅(うるさ)いわね。 見付かったんだから良いじゃないの」

アルシェラは、ムッとした表情を浮かべ、強い口調(くちょう)で言い返す。

「やれやれ。 助けて(もら)ったのに礼もろくに言えないのか」

アルシェラの言動(げんどう)に、ロナードは(あき)れた表情を浮かべ、(つぶや)いた。

「ねぇ……。 あれは何?」

アルシェラは、ロナードのボヤキが聞こえて居ないのか、そう言いながら、(しげ)みの向こう側を指差(ゆびさ)したので、彼女の言動(げんどう)にロナードはムッとした表情を浮かべる。

「え――。 今度はなに?」

エルトシャンは、面倒臭(めんどうくさ)そうにそう言いながら、アルシェラが指差(ゆびさ)方向(ほうこう)へ目を向ける。

 すると、(しげ)みの向こう側が、(かす)かに紫色に光っているではないか。

「ねぇ。 ロナード。 あの光はなにかな?」

エルトシャンは、自分の(となり)に居たロナードに声を掛けると、

何処(どこ)だ?」

ロナードも、五月蠅(うるさ)そうな表情を浮かべつつ、エルトシャンに問い掛けると、彼はアルシェラが指差(ゆびさ)している方を指差(ゆびさ)す。

「確かに、何か光ってんな」

レックスも、その様な事を言っている。

「ちょっと、何か確かめてみてよぉ。 エルト」

好奇心(こうきしん)旺盛(おうせい)なアルシェラは、何故(なぜ)かエルトシャンに向かって言った。

「何で(ぼく)に言うの?」

エルトシャンは、不満(ふまん)そうな表情を浮かべ、アルシェラに問い掛ける。

「だって、何か分からないのに、アタシが近付くなんて(あぶ)ないじゃない」

無責任(むせきにん)に、エルトシャンに言い返すと、

「へぇ……。 (ぼく)は、(あぶ)ない目に()っても良いんだ」

エルトシャンは、ニッコリと笑みを浮かべているが、微妙(びみょう)に顔を引き()っており、アルシェラの物言(ものい)いが、気に食わなかったのは明らかだ。

「そう言う訳じゃないけどぉ……」

流石(さすが)のアルシェラも、付き合いが長いエルトシャンの感情は分かる様で、バツの悪そうな顔をし、オドオドした様子(ようす)で言い返した。

「じゃあ、君が行きなよ」

エルトシャンはややキレ気味(ぎみ)で、少し強めにアルシェラに言うと、彼女は泣きそうな表情を浮かべるので、見かねたレックスが、

「オレが見て来る。 三人はここに居てくれ」

落ち着き払った口調(くちょう)で、エルトシャン達に言うと馬から()り、(なぞ)の光に向かって行った。

 戸惑(とまど)って居るアルシェラ達の目の前を、何時(いつ)の間か馬から()りたロナードが通り過ぎ、レックスの後に続いた。

「ちょっ……。 ロナード。(あぶ)ないよ」

それを見たエルトシャンは、(あわ)ててロナードに声を掛ける。

「レックスの話、聞いて無かったのぉ?」

アルシェラも、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、ロナードに声を掛けるが、彼は無視(むし)を決め込む。

 レックスは、背後(はいご)から(だれ)か付いて来ている事に気付き、足を止め、(あわ)てて振り返り、付いて来ていた相手を確認(かくにん)すると、

「おいロナード。 (あぶ)ねぇから、姫たちと一緒(いっしょ)に居ろって言ったじゃねぇかよ」

ムッとした表情を浮かべ、ロナードに言うと、

(あぶ)ないのは、お前の方だレックス」

彼は、(あき)れた表情を浮かべ、そう言い返して来たので、レックスは面食(めんく)らう。

「どんなトラップが仕掛(しかけ)けられているのか分からないのに、魔術(まじゅつ)知識(ちしき)が無い(やつ)が、興味(きょうみ)半分に近付くな。 死に行く様なものだぞ」

ロナードは、落ち着き払った口調(くちょう)で、レックスにそう説明した。

「やっぱ、この光は魔術的(まじゅつてき)なモノなのか?」

レックスは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、ロナードに問い掛ける。

普通(ふつう)に考えて、森の中にこんな奇妙(きみょう)な光を放つ場所がある訳がないだろ」

ロナードは落ち着き払った口調(くちょう)で、レックスの問い掛けに答えた。

「確かに……」

レックスは、複雑(ふくざつ)面持(おもも)ちで(つぶや)いてから、

「じゃあ何で、普通(ふつう)はこんな所に、ある訳ねぇのがあんだよ?」

戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、ロナードに問い掛ける。

「知るか。 ()(かく)、こう言う訳の(わか)らないのには、近付(ちかづ)かないに限る。 行くぞ」

ロナードは、落ち着き払った口調(くちょう)で、レックスにアルシェラ達が居る所へ(もど)る様に(うなが)した。


 ロナード達は無事(ぶじ)街道(かいどう)まで出ると、周囲(しゅうい)警戒(けいかい)していたオルゲン侯爵家(こうしゃくけ)の兵士たちと合流(ごうりゅう)し、オルゲン将軍の居る天幕(てんまく)へ案内された。

「お父様ぁ!」

アルシェラは嬉々(きき)とした表情を浮かべ、すっかり(どろ)にまみれ、ボロボロな(なり)になって居るのも(かま)わず、オルゲン将軍の下へと()け寄った。

「おお! アルシェラ」

随分(ずいぶん)薄汚(うすよご)れた格好(かっこう)ではあるが、娘の無事(ぶじ)な姿を確認(かくにん)したオルゲン将軍は両腕(りょううで)を広げ、自分に駆け寄って来たアルシェラを()き止めた。

「やれやれ。 とんだ目に()った」

ロナードが、兵士が差し出したタオルを受け取り、雨に()れた体を()きながらそうぼやいた。

「早く帰って、温かいお風呂(ふろ)に入りたいよ」

エルトシャンも、タオルで髪を()きながら、苦笑(にがわら)い混じりに(つぶや)くと、

同感(どうかん)だ」

ロナードはそう言いながら、自分の服の(そで)()っていた(ひる)(つま)んで、その辺にポイと捨てる。

「うわっ! いきなり何投げ付けてんだよ。 オメェは!」

アルシェラの体を()(ため)、タオルを持って来たレックスは、良く見もせず、自分に向かっていきなり(ひる)()げ付けて来たロナードに、思わずそう怒鳴(どな)り付ける。

「ああ。 悪い」

ロナードは、(さし)して悪かったとは思っていない様な、サラリとした口調(くちょう)で、腹を立てているレックスにそう言った。

「三人とも()まぬな。 お(わび)びに屋敷(やしき)(もど)ったら、(あたた)かいスープと風呂(ふろ)(いそ)ぎ用意させよう」

オルゲン将軍は申し訳なさそうに、雨の中アルシェラを(さが)し回ってくれた、ロナードたちに言った。

「それは、ちょ――っと(きび)しいねぇ」

不意(ふい)に、知らない女性の声がしたので、ロナードたちは(おどろ)いて一斉(いっせい)に振り返ると、髪はオレンジ色のショートカット、(ねこ)の目の様に大きな緑色の双眸(そうぼう)全身(ぜんしん)に何かの模様(もよう)の様な、文字の様な、不思議(ふしぎ)刺青(いれずみ)、猫の耳の様な形をした耳に、銀色のリングピアスをし、猫の尻尾(しっぽ)の様なモノを生やして、体にピッタリとした黒いサーコートに身を包み、首元に黒いスカーフを巻いた、活発(かっぱつ)そうな小柄(こがら)な女性が、槍を手に立って居た。

 レックスは、自分たちとは明らかに容姿(ようし)の異なる彼女を見て戸惑(とまど)い、立ち()くした。

 彼女は(おそ)らく、『亜人(あじん)』と呼ばれる人種(じんしゅ)なのだろうが、たまに街中(まちなか)で見掛ける事はあるが、こんな近くで『亜人(あじん)』を見るのは、レックスは始めてだった。

 『亜人(あじん)』と言うのは、体内に強い魔力(まりょく)を有し、巨大(きょだい)(けもの)変化(へんげ)する能力(のうりょく)を持つ、獣と人間の特徴(とくちょう)(あわ)せ持ち、独自(どくじ)文化(ぶんか)言語(げんご)(もち)いる、人間の亜種(あしゅ)たちの事を指す。

 彼等(かれら)は人間よりも長命で、(かつ)ては、ランティアナ大陸全土と、南半球の一部をも支配(しはい)していたと言われる、史上(しじょう)最大(さいだい)大帝国(だいていこく)魔法帝国(まほうていこく)』を(きず)き、千年以上も(わた)り、世界を支配(しはい)していた者たちの末裔(まつえい)でもある。

 だが当時、家畜(かちく)の様に(あつか)われ、(しいた)げられていた、魔力(まりょく)を持たぬ人間たちの反乱(はんらん)により、『魔法帝国』が崩壊(ほうかい)した後、人間たちの反乱を先導(せんどう)したと言われるイシュタル教会が中心となり、『魔人(まじん)()り』と(しょう)し、亜人(あじん)たちを数世紀に(わた)虐殺(ぎゃくさつ)して来た所為(せい)で、その数は大幅(おおはば)に減ってしまい、今では、絶滅(ぜつめつ)危惧(きぐ)されている種族も少なくない。

 多くの亜人(あじん)が人間を(おそ)れ、人間が立ち入る事の出来ない辺境(へんきょう)の地へと(のが)れ、外界(がいかい)との交流(こうりゅう)断絶(だんぜつ)し、ひっそりと暮らして居るのだが、中には、()えて人間社会に順応(じゅんのう)しようと(こころ)みる亜人(あじん)たちも居る。

 彼女は後者(こうしゃ)の方のタイプと思われる。

何時(いつ)の間に!)

エルトシャンは心の中で(さけ)ぶと、とっさに自分の(こし)に下げていた剣の手に()を伸ばそうとしたが、それよりも早く、猫の耳を生やした女性が槍を()り出して来た。

「くっ!」

エルトシャンは反射的(はんしゃてき)に、急所(きゅうしょ)()けたが、()り出された槍は左の脇腹(わきばら)(えぐ)った。

 それを見て、後方に居たアルシェラが悲鳴(ひめい)を上げる。

「エルトシャン様!」

レックスが(あわ)てて、その場に(くず)れ込みそうになったエルトシャンの体を()(ささ)える。

「そんなモンかい?」

猫の耳を生やした女性は、拍子(びょうし)抜けした様子(ようす)でそう言って、エルトシャンたちを挑発(ちょうはつ)する。

「二人を避難(ひなん)させろ!」

ロナードは、突如(とつじょ)自分たちの目の前に(あらわ)れた、猫の耳を生やした女性に戸惑(とまど)い、立ち()くして居た兵士たちに危機(きき)(せま)る声で叫ぶと、彼等(かれら)はハッと(われ)に返ると、(あわ)ててオルゲン将軍とアルシェラを守る様にして、武器(ぶき)を手に猫の耳を生やした女性と対峙(たいじ)する。

「アンタたちみたいな雑魚(ざこ)(いく)ら集まろうと同じだよ。 死にたくなけりゃ、そこを退()くんだね。」

猫の耳を生やした女性は、小馬鹿(こばか)にした様な口調(くちょう)で、自分の前に立ち(ふさ)がる兵士たちに向かって言った。

相手(あいて)は一人だ!」

(かか)れ!」

オルゲン家の兵士たちはそう言うと、一斉(いっせい)に猫の耳を生やした女性に向かって行った。

雑魚(ざこ)が! ()りな!」

猫の耳を生やした女性はそう言うと、槍を片手(かたて)軽々(かるがる)頭上(ずじょう)回転(かいてん)させ、ブンと槍で周囲(しゅうい)()ぎ払う仕草(しぐさ)をすると、ゴオッと言う音共に紅蓮(ぐれん)の炎が現れ、彼女を取り囲んで居た兵士たちの衣服などに炎が()(うつ)り、彼等(かれら)(なさ)けない声を上げながら、地面の上に(ころ)がり、(あわ)てて火を消そうとする。

 その様子を猫の耳を生やした女性は、可笑(おか)しそうに声を上げて笑い、

「今のはほんの挨拶(あいさつ)だよ? そんなんでビビってどうするのさ?」

突然(とつぜん)繰り出された炎を見て、戦意(せんい)喪失(そうしつ)気味(ぎみ)のオルゲン家の兵士たちにそう言って、嘲笑(あざわら)う。

「お父様……」

アルシェラは、不安(ふあん)に満ちた表情を浮かべ、側に居たオルゲン将軍の(うで)をギュッと(つか)む。

(だれ)の差し金だ!」

レックスは表情を(けわ)しくし、(うな)る様な声で、猫の耳を生やした女性に問い掛けると、

「そんなの聞かれて素直(すなお)に答えると思うかい? 聞くだけ無駄(むだ)だね」

彼女は小馬鹿(こばか)にした口調(くちょう)で、レックスにそう言い返した。

 その間、ロナードは猫の耳を生やした女性に気付かれぬ様に(あご)で『行け』と、オルゲン将軍らに合図(あいず)()り返して、レックスとエルトシャンも、自分の大きな体で、相手の視界(しかい)(さえぎ)る様に立つ。

「姫。 お(やかた)(さま)。 今の内に」

ロナードの合図(あいず)に気付いた兵士の一人が、アルシェラとオルゲン将軍の下へ()()ると、ボソリとそう声を掛けた。

 オルゲン将軍は()ぐにロナード達の意図(いと)(さっ)し、アルシェラを()きしめる様にしながら身を低くすると、自分たちを守る様に取り囲んで居た兵士に(かく)れる様にし、こっそりとその場から(はな)れた。

「そうはいかないよ」

猫の耳を生やした女性は、ピクピクと耳を(いそが)しく動かした後、突如(とつじょ)ポツリと(つぶや)くと、目の前に立って居た、長身(ちょうしん)なレックスとエルトシャン、兵士たちの頭上(ずじょう)(ひょう)の様に軽々(かるがる)と飛び()えて、(まった)(あぶ)なげ無く、猫の様に逃げようとしていたオルゲン将軍たちの前に着地(ちゃくち)した。

「ンな――――っ!」

レックスは、それを見て目を丸くして、思わず(おどろ)きの声を上げる。

「悪いねぇ。 チェックメイトだよ」

あまりの事に(おどろ)き、その場に立ち()くして居たオルゲン将軍に向かって、不敵(ふてき)な笑みを浮かべ言うと、猫の耳を生やした女性は、オルゲン将軍に向かって持っていた槍を(するど)く突き出した。

「お父様!」

「お(やかた)(さま)!」

側に居たアルシェラと、少し(はな)れた場所に居たレックスは、恐怖(きょうふ)に顔を引き()らせ、思わず(そろ)って声を上げる。

 そのままオルゲン将軍は串刺(くしざ)しになると思われた瞬間(しゅんかん)、ゴオッと言う音共に、物凄(ものすご)い勢いで風が()き起こり、その勢いにオルゲン将軍は、(あや)うく()き飛ばされそうになる。

 アルシェラが目を開くと、何時(いつ)の間に駆け付けたのか、猫の耳を生やした女性とオルゲン将軍の間にロナードが居て、片足(かたあし)を大きく前に()み出し、猫の耳を生やした女性の胸元(むなもと)に向かって片方の(てのひら)を突き出していた。

 そして次の瞬間(しゅんかん)、猫の耳を生やした女性は、数メートル後ろに()き飛ばされた。

 見れば、彼女がしていた鉄の胸当(むねあ)は、大きくひび()れている。

「何だいアンタはッ! こんなの(わら)えないよッ!」

猫の耳を生やした女性は、自分がしている鉄の胸当(むねあ)ての状況(じょうきょう)を見て、(ひたい)青筋(あおすじ)を浮かべ、(いか)りを(あら)わにして叫ぶと、物凄(ものすご)(いきお)いでロナードに向かって槍で()ぎ払う。

 ブンと思い切り、空気を()る音を立てて、物凄(ものすご)(いきお)いで向かって来た槍先(やりさき)をロナードは素早(すばや)く身を(かが)め、軽々(かるがる)()けると、ダンと力強く地面を()り、立ち上がりながら、(こし)に下げていた剣を引き()き、勢い良く彼女に向かって剣を()り上げた。

「チッ」

猫の耳を生やした女性は舌打(したう)ちすると、素早(すばや)く後ろに身を引いて、ロナードが振り上げた剣を()ける。

(おれ)が引き付ける。 その間に二人を()がせ!」

ロナードは、猫の耳を生やした女性と対峙(たいじ)したまま、背中(せなか)越しに近くに居た兵士に言った。

「は、はいっ!」

兵士は(あわ)てて返事をした。

「『はい!』じゃないわよ! 加勢(かせい)しなさいよ! ロナード一人に(まか)せてど――するのよ!」

アルシェラは表情を(けわ)しくし、側に居た兵士に怒鳴(どな)り付けた。

冗談(じょうだん)キツイですよ。 さっきのアイツの身のこなし、見て無かったのですか?」

兵士は戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、無茶苦茶(むちゃくちゃ)な事を言うアルシェラに言い返した。

「ここは大人しくロナードに(したが)うんだ。 アル。 君たちが居ては邪魔(じゃま)になるだけだよ」

エルトシャンが、レックスに(ささ)えられ、片手(かたて)(わき)の辺りを手で(おさ)えつつやって来ると、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで不満(ふまん)そうな顔をしているアルシェラに言った。

「ちょっ……。 エルト大丈夫(だいじょうぶ)なの?」

アルシェラは、エルトシャンが脇腹(わきばら)辺りから血を流しているのを見て、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、彼に問い掛ける。

「大した傷じゃないよ。 それより早く行って」

エルトシャンは、猫の耳を生やした女性を見据(みす)えたまま、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言い返した。

 エルトシャンに(うなが)され、アルシェラは戸惑(とまど)いつつも、オルゲン将軍と共にその場から(はな)れる。

「なっ……待ちな!」

それを見て、猫の耳を生やした女性はそう言って、()い駆けようとすると、その行く手にロナードとエルトシャンが立ち(ふさ)がる。

無理(むり)をするな。 エルトシャン。 お前も行け」

ロナードは、猫の耳を生やした女性を見据(みす)えたまま、背中(せなか)越しにエルトシャンにそう声を掛ける。

「お(ことわ)りだよ」

エルトシャンは、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら、ロナードに言い返すと、彼は軽く溜息(ためいき)を付く。

「ここはオレに任せて、お(やかた)(さま)たちの所へ行ってくれ。 エルトシャン様。 ロナードの助太刀(すけだち)はオレがすっから。 無理(むり)はしないでくれ」

(おく)れて駆け付けたレックスも真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、エルトシャンにそう言った。

仕方(しかた)ないね。 レックスがそう言うのなら……」

エルトシャンは、渋々(しぶしぶ)と言った様子(ようす)でそう言うと、先にその場から(はな)れたアルシェラ達の後に続いた。

「あんな、片足(かたあし)棺桶(かんおけ)に突っ込んでる様な(じじい)(ため)に、アンタ達みたいな若いのが(いのち)()る必要なんてないと思うけどねぇ」

猫の耳を生やした女性は肩を(すく)めると、苦笑(にがわら)()じりに自分の良く手を(はば)む、ロナードとレックスに言った。

「その片足(かたあし)棺桶(かんおけ)に突っ込んでる様な(じじい)を、わざわざ(ころ)しに来るアンタも大概(たいがい)だと思うが」

ロナードは剣を手に身構(みがま)え、猫の耳を生やした女性と対峙(たいじ)したまま、そう言い返した。

依頼(いらい)なんでね」

彼女はそう語ると肩を(すく)めてから、

「あと十年もしない内に、棺桶(かんおけ)の中に入りそうな(じじい)をわざわざ(ころ)そうと思うんだから、余程(よほど)あの(じい)さんに(うら)みがあるか、居て(もら)っちゃ困るか……そのどちら共なんだろうねぇ」

苦笑(にがわら)い混じりに、そう付け加えた。

報酬(ほうしゅう)(いく)らかは知らないが、無駄(むだ)に命を散らす前に、(あきら)めて引き上げるべきだと思うが」

ロナードは淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、猫の耳を生やした女性に言うと、

「大した自信だね。 アンタの方こそ、その無駄(むだ)綺麗(きれい)な顔に一生消えない傷が付く前に、引き下がった方が良いんじゃないのかい? 商売出来(しょうばいでき)なくなるよ?」

猫の耳を生やした女性は不敵(ふてき)な笑みを浮かべ、そう言ってロナードを挑発(ちょうはつ)すると、彼は無言で(にら)み付ける。

馬鹿(ばか)だコイツ。 ロナードが一番嫌(いちばんいや)がる事を言いやがった……)

ロナードの全身(ぜんしん)から、物凄(ものすご)殺気(さっき)を発しているのを見て、レックスは心の中で(つぶや)くと、苦笑(にがわら)いを浮かべる。

 何時(いつ)だったか、ロナードが自分の女の様な顔に、コンプレックスを(いだ)いている事を聞いた事があった。

「その無駄(むだ)に動く尻尾(しっぽ)今直(います)(たた)き切ってやる!」

ロナードはそう言うと、ダンッと力強(ちからづよ)く地面を()ると、猫の耳を生やした女性に切り掛かった。

「アタシの自慢(じまん)尻尾(しっぽ)にケチを付けるのかい? 返り()ちにしてやるよ!」

猫の耳を生やした女性はそう(さけ)ぶと、自分に切り掛かって来たロナードの剣を、持っていた槍で軽く受け流す。

 二人は、目にも止まらぬ速さで攻防(こうぼう)()り広げ、金属(きんぞく)同士が(はげ)しくぶつかり合う音と、時折(ときおり)火花(ひばな)が見えるだけで、オルゲン家の兵士たちの目には、彼等(かれら)がどの様な動きをしているのか、(まった)く目で追う事が出来(でき)ず、ただ呆然(ぼうぜん)とその場に立ち尽くして居た。

(この女、単身(たんしん)で乗り込んで来ただけの事はあって、相当(そうとう)腕前(うでまえ)だぜ……。 オレが助太刀(すけだち)する(すき)がねぇ……)

レックスは、少し(はな)れた所で二人の攻防(こうぼう)を見ながら、心の中で呟くと苦々(にがにが)しい表情を浮かべる。

魔術師(まじゅつし)のくせに、やるじゃないか!」

猫の耳を生やした女性は、ロナードの攻撃(こうげき)を受け止めながら、不敵(ふてき)な笑みを浮かべ、そう言った。

 二人は互いの武器(ぶき)を合せたまま、抜かるんだ地面に足がめり込む(ほど)、思い切り両足で()ん張り、力任(ちからまか)せに(たが)いを()し合う。

 次の瞬間(しゅんかん)、目の前に居た猫の耳を生やした女性がフッと姿(すがた)を消したと思った刹那(せつな)、足を(はら)われ、体が浮く感覚(かんかく)見舞(みま)われ、ロナードはとっさに風の魔術を()り出し、自分の前に空気の(かべ)を作る。

 半秒(はんびょう)(おく)れて、片手(かたて)を前に突き出し、地面に尻餅(しりもち)を付く様な格好(かっこう)でスッ(ころ)んだロナードに向かって、猫の耳を生やした女性が手にした槍が振り下ろされ、ガギンと(はげ)しくぶつかる音がした。

((あぶ)なかった……)

ロナードは、間一髪(かんいっぱつ)相手(あいて)攻撃(こうげき)(ふせ)ぎ、(ひたい)()っすらと冷や汗を流しながら、心の中で(つぶや)く。

 そして、相手(あいて)間合(まあい)いを取るため、ロナードは素早(すばや)く地面を()り、後ろへ飛び退()くが、地面(じめん)が抜かるんでいる所為(せい)で、彼は一メートル程後ろに(すべ)りつつも()()り、体勢(たいせい)を立て直すと、左手で(ほお)に付いた(どろ)飛沫(しぶき)(ぬぐ)った。

「ったく。 面倒臭(めんどうくさ)い子だねぇ……。 今のは()れてたのに! 空気の(かべ)を作って(ふせ)ぐなんて(ずる)いよ」

猫の耳を生やした女性は、(くや)しそうに舌打(したう)ちすると、苛立(いらだ)ちを(かく)せない様子で(つぶや)く。

「使えるモノを使って何が悪い?」

ロナードは立ち上がり身構(みがま)えたまま、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言った。

「そりゃそうだわね。 (よう)は、生き残った者が勝ちなんだからさ」

彼女は身構(みがま)えたまま、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言い返した。

 二人は身構(みがま)えたまま、無言(むごん)でお(たが)いの様子(ようす)(さぐ)って居たが、(しばら)くして……。

()めた。 止めた」

突然(とつぜん)、猫の耳を生やした女性がそう言うと、身構(みがま)えるのを止め、サクッと持って居た槍の先を地面に()()すと、両手(りょうて)を広げ、面倒臭(めんどうくさ)そうに言ったので、ロナードは(めん)を食らった様な顔をして彼女を見る。

(たたか)うだけ、無駄(むだ)な気がして来たよ。 (かり)にアンタを()れたとしても、アタシも無事(ぶじ)じゃ済まないのは明白(めいはく)だ。 しかもアタシの首を()ろうとしてるのは、アンタだけじゃないしね。 その間に、将軍は逃げ(おお)せてしまうだろうしねぇ」

猫の耳を生やした女性は、遠巻(とおま)きに自分を取り囲んで居る、オルゲン家の兵士やレックスを見回しながら言った。

「……」

彼女の話を聞いて、ロナードは、何処(どこ)かホッとした様子(ようす)で、軽く息を()くと剣を(さや)に収めた。

「それにしてもアンタ、見た目に(はん)してホントにやるねぇ」

猫の耳を生やした女性は、そう言いながらロナードに歩み寄る。

「どうだい? 今度アタシと一緒(いっしょ)に飲まないかい? 強い男は(きら)いじゃないよ」

猫の耳を生やした女性は、猫なで声で言うと、まるで猫が()り寄る様に、ロナードに擦り寄った。

 レックスが立っていた位置から、彼女が手に何か持っているのが見え、彼はとっさにロナードに危険(きけん)を知らせようと口を開けた時、ロナードは(にわ)かに表情を(けわ)しくして、乱暴(らんぼう)にすり寄って来た彼女の手を(つか)み上げ、そのまま素早(すばや)く手を()じり上げた。

「見え()いた手だな」

ロナードは、猫の耳を生やした女性の片手(かたて)(つか)み上げたまま、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言った。

 彼女の手には、折り(たた)み式のナイフの様なモノが(にぎ)られていた。

流石(さすが)に平和ボケしてる何処(どこ)かの兵士とは(ちが)って、良い(かん)してるねぇ」

猫の耳を生やした女性は、(いた)そうに顔を(ゆが)めながら、後ろ手にされたままそう言った。

 そう言う(わり)には、(まった)(くや)しそうでは無く、(むし)ろ、余裕(よゆう)すら感じさせる彼女の表情に、レックスが違和感(いわかん)(おぼ)えた次の瞬間(しゅんかん)、シュッと霧状(きりじょう)のモノが彼女の手に(にぎ)られていた、折り(たた)み式のナイフの様な物から勢い良く()き出した。

 ロナードは(あわ)てて、(つか)んでいた彼女から手を(はな)すが、至近(しきん)距離(きょり)でそれを()びてしまった。

(きたな)いぞ……」

ロナードは(くや)しそうな顔をしつつ、そう言いながら、まるで()っぱらいの様に千鳥(ちどり)(あし)になりながら、後ろへ二、三歩退いた後、ドタッと地面の上に力なく倒れ込んだ。

「アンタがさっき言った言葉、そっくりそのまま返すよ」

猫の耳を生やした女性は、力なく地面の上に倒れたロナードを静かに見下(みお)ろしつつ、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら言った。

「ロナードっ!」

それを見たレックスが、剣を手に()け寄ろうとすると、猫の耳を生やした女性は、手に持っていた折り(たた)み式のナイフの刃を返すと、倒れているロナードを()み付け、

「おっと! これ以上近付くんじゃないよ! でないと、この子の首を()っ切るよ?」

駆け寄ろうとしたレックスに向かって、そう(すご)んだ。

卑怯(ひきょう)だぞ!」

猫の耳を生やした女性に(すご)まれ、レックスは苦々(にがにが)しい表情を浮かべつつも、それ以上近付く事は出来なかった。

「とは言え、この綺麗(きれい)(ぼう)やと遊んでた間に、将軍には逃げられちまったからねぇ……」

猫の耳を生やした女性は、ロナードを()み付けたまま、彼を見下(みお)ろしながら(つぶや)くと、自分の周囲(しゅうい)に居た兵士たちに向かって、

「アンタたち! この(ぼう)やの命が()しければ、()げた将軍を呼んで来な!」

そう叫んだ。

「その様な要求(ようきゅう)、受け入れられるモノか!」

「そうだ! 我々(われわれ)はオルゲン侯爵様(こうしゃくさま)の兵だ。 (たと)え、その方が侯爵家(こうしゃくけ)客人(きゃくじん)とは言えど、(あるじ)の命と天秤(てんびん)に掛ける訳が無かろう!」

兵士たちは表情を(けわ)しくし、強い口調(くちょう)で口々に、猫の耳を生やした女性に言い返すと、

「ふうん。 じゃあ、今ここでアタシがこの子を(ころ)したら、アンタたち全員(ぜんいん)(まと)めてクビ確定(かくてい)だよねぇ? 将軍の大事なお客人(きゃくじん)見殺(みごろ)しにしたんだからさぁ。 流石(さすが)に『済みませんでした』じゃ()まないだろ? 明日から全員(ぜんいん)(そろ)って無職(むしょく)って訳だ」

猫の耳を生やした女性は身を(かが)めると、ロナードの首筋にナイフを突き付け、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら兵士たちに言った。

 猫の耳を生やした女性に、(いた)い所を突かれ、オルゲン侯爵家(こうしゃくけ)の兵士たち揃ってはたじろぎ、返答(へんとう)(きゅう)する。

馬鹿(ばか)な兵士を持つと大変だねぇ……。 お気の(どく)(さま)。」

自分に対して、何も言い返せなくなった、オルゲン家の兵士たちを見て、猫の耳を生やした女性は、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、忌々(いまいま)し気な顔をし、(こぶし)(にぎ)()めているレックスに意地(いじ)(わる)く言った。

 どうして良い物かと、レックスも兵士たちも手を(こまぬ)いていると突然(とつぜん)、倒れているロナードを中心に、緑色に光る魔法陣(まほうじん)が浮かび上がった。

「なっ、何だい……」

猫の耳を生やした女性は、身の危険(きけん)を感じたのか、そう言って(あわ)てて魔法陣(まほうじん)の中から飛び出そうとした。

 だが、魔法陣(まほうじん)周囲(しゅうい)には、目には見えない空気の(かべ)の様なモノがあって、彼女はそれに(はば)まれて、その(はず)みで思い切り後ろにスッ(ころ)んだ。

 やがて、緑色の魔法陣の中から、(てのひら)(ほど)の大きさの緑色に光る何かが無数(むすう)に現れた。

 それは、(おさな)い少女の様な笑い声を上げながら、猫の耳を生やした女性の周りを飛び回っている。

「な、何だよコレ! 鬱陶(うっとう)しいね!」

猫の耳を生やした女性はそう言いながら、自分の周囲(しゅうい)に飛ぶ、緑色に光る小さな生き物たちを手で追い(はら)おうとする。

 やがて、何処(どこ)からか、甘い花の香りが(ただよ)って来て、その香りを()いでいると、何だか急激(きゅうげき)に眠たくなって来た……。

 周囲(しゅうい)に居た兵士たちは眠気(ねむけ)に負けて、ウトウトし始める者までいる。

 レックスは、強烈(きょうれつ)な眠気に見舞(みま)われつつも、必死(ひっし)でロナードの周囲(しゅうい)を囲む様に現れた魔法陣(まほうじん)の中で起きている事を見届(みとど)けようと、重い(まぶた)に負けぬ様、必死(ひっし)に目を()らす。

 ロナードを仕留(しと)めようとしていた猫の耳を生やした女性も、ここで眠ってしまっては、(つか)まってしまう事は重々(じゅうじゅう)理解(りかい)しているので、(ねむ)らぬ様に必死(ひっし)(こら)えている。

 だがやがて、力が抜けた様にカクンと(ひざ)から(くず)れ落ちると、そのままその場に崩れる様に倒れた。

 時間にして、ものの五分ほどだった。

 すると、緑色に光っていた魔法陣(まほうじん)が消え、その中を飛んでいた、緑色に光る小さな何かが一斉(いっせい)に飛び出して来た。

 フワッと、眠気(ねむけ)(さそ)う甘い香りを(かす)かに(ともな)いつつ、戸惑(とまど)って居るレックス達の合間を風の様にすり抜けて行った……。

 その(さい)、レックスの耳に『今ノ内ニ(つか)マエテ』と、少女の声で(ささや)くのが聞こえ、強いミントの(かお)りがして、睡魔(すいま)に負けそうになっていた彼の目は一気に覚めた。

「コイツを(つか)まてくれ!」

ハッとしたレックスは、(あわ)てて側に居た兵士たちに向かって、猫の耳を生やした女性を指差(ゆびさ)しながら叫んだ。

 彼等(かれら)もレックスの声に(はじ)かれた様にハッとすると、(なわ)片手(かたて)にオルゲン将軍を襲撃(しゅうげき)しようとした猫の耳を生やした女性の下へと駆け出した。

 彼女は兵士たちが自分たちに近付いて来た事も気付かない(ほど)、深く(ねむ)ってしまっており、兵士たちに両手(りょうて)を後ろ手にされ、逃げられぬ様に(なわ)でグルグル巻きにされた。

「ロナード! ロナード。 おい! しっかりしろ!」

レックスはそう言いながら、猫の耳を生やした女性の所為(せい)で、(ねむ)ってしまったロナードを()すり起こそうとするが、彼もまた死んだ様に眠ってしまっている。

 このままにしておく訳にもいかないので、レックスは(おもむろ)に、(ねむ)ってしまっているロナードを()き上げようとするが、眠って全身(ぜんしん)の力が抜けている所為(せい)か、思いの外重(ほかおも)たかった。

 そうこうしている内に、先に屋敷(やしき)緊急(きんきゅう)事態(じたい)知らせる(ため)(もど)って居た兵士が、応援(おうえん)の兵士と馬車(ばしゃ)を引き連れてやって来た。

 (すで)に馬車には、先に逃がしたオルゲン将軍とアルシェラ、そしてエルトシャンが乗って居た。

「もしかして、やられたの?」

事情(じじょう)を知らないエルトシャンが、ロナードがグッタリしているのを見て、(あせ)りの表情を浮かべながら、(いきお)い良く馬車から降りて来た。

「いいや。 相手(あいて)卑怯(ひきょう)手口(てぐち)(ねむ)らされたんだ」

レックスは、眠っているロナードを()(かか)えたまま、落ち着き払った口調(くちょう)で、自分たちに駆け寄って来たエルトシャンに答えると、

「良かった。 グッタリしているから(あせ)ったよ」

エルトシャンはそう言うと、ホッと胸を()で下ろした。

「早く、乗せなさい」

心配して()りて来たオルゲン将軍も、(おだ)やかな口調(くちょう)でレックスにそう言うと、彼に(かか)えられ、死んだ様に眠って居るロナードの下へ歩み寄り、

「こんなに冷え切って……。 風邪(かぜ)をひいてはいかん。 (だれ)毛布(もうふ)を」

オルゲン将軍は、すっかり冷えて血の気の失せている、ロナードの(ほお)についた(どろ)を手の(こう)(やさ)しく(ぬぐ)いながら、近くに居た兵士たちに言った。

 ()ぐに女性の兵士が、急いで毛布(もうふ)を手に駆け寄って来ると、それを受け取ったオルゲン将軍は自ら、ロナードの体を毛布(もうふ)(やさ)しく(つつ)んだ。

風邪(かぜ)をひかぬと良いが……」

オルゲン将軍は、ロナードを見つめながら、心配そうな表情を浮かべ、そう(つぶや)いた。

「まだ、近くに仲間(なかま)が居るかも知れません。 (いそ)いでこの場から離れましょう」

エルトシャンは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでオルゲン将軍に言うと、

「そうだな」

オルゲン将軍も(うなず)きながら、返した。

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