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DRAGON SEED  作者: みーやん
第三章
4/31

採用試験(下)

主な登場人物


ロナード…漆黒(しっこく)の髪に紫色の双眸(そうぼう)特徴的(とくちょうてき)な、傭兵業(ようへいぎょう)生業(なりわい)としていた魔術師(まじゅつし)の青年。 落ち着いた雰囲気(ふんいき)の、(じつ)年齢(ねんれい)よりも大人びて見える青年。 一七歳。


エルトシャン…オルゲン将軍(しょうぐん)(おい)で、ルオン王国軍の第三治安(ちあん)部隊(ぶたい)副部隊(ふくぶたい)(ちょう)だったが、カタリナ王女から、新設(しんせつ)された組織『ケルベロス』のリーダーを拝命(はいめい)する。 愛想(あいそ)が良く、柔和(にゅうわ)物腰(ものごし)な好青年。 王国内で(ゆび)()りの剣の使い手。 二一歳。


アルシェラ…ルオン王国の将軍(しょうぐん)オルゲンの娘。 白銀(はくぎん)の髪と琥珀(こはく)(いろ)双眸(そうぼう)特徴的(とくちょうてき)な、可愛(かわい)らしい顔立ちとは(こと)なり、じゃじゃ馬で我儘(わがまま)なお姫さま。 カタリナ王女の命を受け、新設(しんせつ)される組織に渋々(しぶしぶ)加わる事に。 一六歳。


オルゲン…ルオン王国のカタリナ王女の腹心(ふくしん)で、『ルオンの双璧(そうへき)』と(しょう)される、幾多(いくた)戦場(せんじょう)活躍(かつやく)をして来た(ろう)将軍(しょうぐん)。 温和(おんわ)義理堅(ぎりがた)い性格。 魔物(まもの)の害に(くる)しむ(たみ)救済(きゅうさい)(ため)に、魔物(まもの)退治(たいじ)専門(せんもん)の組織『ケルベロス』を、カタリナ王女と共に立ち上げた人物。


セシア…ルオン王国の王女カタリナの親衛隊(しんえいたい)一人で、魔術(まじゅつ)()けた女魔術師(まじゅつし)。 スタイル抜群(ばつぐん)で、人並(ひとな)み外れた妖艶(ようえん)な美女。


レックス…オルゲン侯爵家(こうしゃくけ)に仕えている騎士(きし)見習(みなら)いの青年。 正義感(せいぎかん)が強く、喧嘩(けんか)っ早い所がある。 屋敷(やしき)の中で一番の剣の使い手と自負(じふ)している。 一七歳。


カタリナ…ルオン王国の王女。 病床(びょうしょう)に有る(ちち)(おう)()わり、数年前から(まつりごと)を行っているのだが、宰相(さいしょう)ベオルフ一派の所為(せい)で、思う様に政策(せいさく)が出来ず、王位(おうい)継承権(けいしょうけん)(おびや)かされている。 自身は文武(ぶんぶ)()けた美女。 二二歳。


サムート…クラレス公国(こうこく)に住む、烏族(からすぞく)の長の妹サラサに(つか)える、烏族(からすぞく)の青年。 ロナードの事を気に掛けて居る(あるじ)(ため)に、ロナード共にルオンへ(おもむ)く。 人当(ひとあ)たりの良い、物腰(ものごし)の柔らかい青年。


ベオルフ…ルオン王国の宰相(さいしょう)で、カタリナ王女に代わり、自身が王位に()こうと(たくら)んで居る。 相当(そうとう)な好き者で、自宅や別荘(べっそう)に、各地から集めた美少年美少女を囲って居ると言われている。


メイ…オルゲン侯爵家(こうしゃくけ)(つか)えている騎士(きし)見習(みなら)いの少女。 レックスとは幼馴染(おさななじみ)。 ボウガンの名手(めいしゅ)。 十七歳。


「あー。 マジ有り()ないしぃ……」

アルシェラは不満(ふまん)に満ちた表情を浮かべつつ、木の枝を集める。

文句(もんく)言うなよ。 火を起こさねぇと、なんにも出来(でき)ねぇんだからよ」

レックスはそう言いながら、せっせと枯葉(かれは)や木の枝を集めている。

「ロナードだってそんな料理上手(りょうりうま)くないのに、何で食事の用意なのよぉ!」

アルシェラは、とても不満(ふまん)に満ちた表情を浮かべ、そうぼやいた。

「オレや姫を一人にするのは、(あぶ)ねぇからじゃね?」

レックスは、()っ気ない口調(くちょう)でアルシェラにそう答えると、彼女はムッとした表情を浮かべ、

「ってかレックス。 さっきからロナードの肩ばっか持ってない?」

「別に、そう言うつもりはねぇよ」

レックスは、(こま)った様な表情を浮かべつつ、アルシェラに言い返した。

「そう?」

アルシェラがそう言っていると、不意(ふい)背後(はいご)からガサガサと(しげ)みから音がしたので、二人は表情を(けわ)しくして振り返る。

「聞いた事のある声がすると思えば」

「や~っと、見付けたぜ」

中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)(つや)のない金色(きんいろ)長髪(ちょうはつ)の中年の男と、白髪(しらが)()じりの無精(ぶしょう)(ひげ)を生やした細身(ほそみ)の男がそう言って、ニヤニヤと不敵(ふてき)な笑みを浮かべ、立っていた。

「オメェ()、この前の……」

レックスは相手(あいて)姿(すがた)確認(かくにん)するなり、表情を(けわ)しくし、持っていた(たきぎ)を足元に投げ捨て、(あわ)てて両腰(りょうこし)に下げていた剣の()に手を掛ける。

「マジうざ!」

アルシェラは表情を(けわ)しくしてそう言うと、持っていた木の枝を男たちに向かって投げ付けた。

「おっと。 (あぶ)ねぇな」

中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)(つや)のない金色(きんいろ)長髪(ちょうはつ)の中年の男は、アルシェラが投げ付けた木の枝を()けると、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら言った。

「そんな態度(たいど)を取って良いのかよ? 見た所、お前たち二人だけみてぇだか?」

小太り気味(ぎみ)の、河童(かっぱ)の様な禿()げ頭の中年の男が、そう言いながら、(おく)れて姿(すがた)を現した。

「ロナードが居なくたって、アンタ達くらい追い払えるわよ!」

アルシェラはそう言うと、腰に下げていたホルダーから(じゅう)を引き抜いた。

「へぇ。 随分(ずいぶん)威勢(いせい)が良いじゃねぇか」

「だったら、追い払ってみろよ!」

中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)(つや)のない金色(きんいろ)長髪(ちょうはつ)の中年の男と、白髪(しらが)混じりの無精(ぶしょう)(ひげ)を生やした細身(ほそみ)の男が、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながらそう言うと、一斉(いっせい)にレックスとアルシェラに向かって来た。

「姫。 オレの後ろから(はな)れんな!」

レックスは両手(りょうて)に剣を手にし、アルシェラを背で(かば)う様にして、自分たちに向かって来る男たちと対峙(たいじ)する。

「そんなへっぴり(ごし)で、人が切れるのかよ?」

中肉中背、艶のない金色(きんいろ)長髪(ちょうはつ)の中年の男がそう言うと、持っていたナイフをレックスに投げ付けて来た。

 レックスは、飛んで来たナイフを(たた)き落としたが、次の瞬間(しゅんかん)

「レックス!」

アルシェラの声に、レックスはハッとした。

 飛んで来たナイフに気を取られている間に、もう一人の白髪(しらが)混じりの無精(ぶしょう)(ひげ)を生やした細身(ほそみ)の男が、間合いに入って来ており、レックスは(あわ)てて後ろに飛び退()く。

 脇腹(わきばら)辺りに、男が()り出した剣の()(かす)めた。

「チッ。 反射(はんしゃ)神経(しんけい)だけは良いみてぇだな」

レックスに致命傷(ちめいしょう)を負わせ(そこ)ねた、白髪(しらが)混じりの無精(ぶしょう)(ひげ)を生やした細身(ほそみ)の男は、(くや)しそうに舌打(したう)ちしつつ言った。

(はな)れなさいよ! オッサン!」

アルシェラはそう言って、(じゅう)のトリガーを引くが、白髪(しらが)混じりの無精(ぶしょう)(ひげ)を生やした細身(ほそみ)の男は、完全に軌道(きどう)を読まれており、軽々(かるがる)()けられ、銃声(じゅうせい)だけが(むな)しく辺りに(ひび)く。

()けられた!)

アルシェラは、銃弾(じゅうだん)相手(あいて)に当たらなかった事に対し、苛立(いらだ)った様子(ようす)で、心の中で(つぶや)いた。

随分(ずいぶん)物騒(ぶっそう)な物、持ってるじゃねぇか。 お(じょう)ちゃん」

中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)(つや)のない金色(きんいろ)長髪(ちょうはつ)の中年の男は、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら、アルシェラに言うと、彼女は(あわ)てて、その男に銃口(じゅうこう)を向け、身構(みがま)える。

「そんな物、人に向けちゃいけねぇって、かーちゃんから、言われなかったのか? ん?」

白髪(しらが)混じりの無精(ぶしょう)(ひげ)を生やした細身(ほそみ)の男も、当たらないと思っているのか、小馬鹿(こばか)にした様な口調(くちょう)で、アルシェラに言う。

「オメェ、そんな物を持ってりゃあ、大丈夫(だいじょうぶ)だとか思ってたんだろ?」

小太り気味(ぎみ)の、河童(かっぱ)の様な禿()げ頭の中年の男は、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら、アルシェラに言うと、

如何(いか)にも、素人(しろうと)が考えそうな事だよなぁ? 当たらなきゃ意味(いみ)ねぇだろ」

中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)(つや)のない金色(きんいろ)長髪(ちょうはつ)の中年の男が、馬鹿(ばか)にした様に笑いながら言った。

五月蠅(うるさ)いわね!」

アルシェラはそう言って、中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)(つや)のない金色(きんいろ)長髪(ちょうはつ)の中年の男に向かって、トリガーを引く。

「おっと。 (あぶ)ないねぇ」

男は、完全にアルシェラが何処(どこ)(ねら)っているのか分かっていたらしく、軽々(かるがる)()けると、彼女に向かってそう言うと、馬鹿(ばか)にした様にケタケタと笑う。

「何よ! 一々(いちいち)()けないでよね! 大人しくしてなさいよ!」

()けられた事に、アルシェラは腹を立てて、中肉中背(ちゅうにくちゅうぜい)(つや)のない金色(きんいろ)長髪(ちょうはつ)の中年の男に言うと、彼女の言葉を聞いて、男たちは一斉(いっせい)に声を上げて笑う。

馬鹿(ばか)だねぇ。 そんな物を(かま)えられて、大人しく()っ立ってる(やつ)なんていねぇだろうが」

中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)(つや)のない金色(きんいろ)長髪(ちょうはつ)の中年の男は、完全に馬鹿(ばか)にした口調(くちょう)で、アルシェラにそう言うと、声を上げて笑った。

畜生(ちくしょう)。 オレが姫から(はな)れるのを待ってやがる)

レックスは、自分たちと微妙(びみょう)間合(まあ)いを取りながら、攻撃(こうげき)機会(きかい)(うかが)っている男たちの様子(ようす)を見て、心の中で(つぶや)く。

「あっち行って!」

アルシェラはそう言って、まだ(じゅう)の引き金を引くが、中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)(つや)のない金色(きんいろ)長髪(ちょうはつ)の中年の男の(ほお)(かす)めただけで、(むな)しく銃声(じゅうせい)(ひび)(わた)る。

()しかったな――」

白髪(しらが)混じりの無精(ぶしょう)(ひげ)を生やした細身(ほそみ)の男が、馬鹿(ばか)にした様にケラケラと笑いながら、アルシェラにそう言って挑発(ちょうはつ)する。

 アルシェラが(おこ)って、白髪(しらが)混じりの無精(ぶしょう)(ひげ)を生やした細身(ほそみ)の男に銃口(じゅうこう)を向けた途端(とたん)、彼女の足元(あしもと)地面(じめん)から、(つた)や木の根が飛び出して来て、彼女に(おそ)い掛って来た。

「きゃあっ!」

アルシェラは突然(とつぜん)の事に(おどろ)悲鳴(ひめい)を上げるが、一瞬(いっしゅん)の内に木の根が彼女の足に(から)まり付き、彼女は枯葉(かれは)が降り積もった地面へ引き()り倒され、引き()り倒された(はず)みに、彼女が手にしていた(じゅう)が少し(はな)れた地面の上に落ち、()(つも)もった枯葉(かれは)の中に()まって、何処(どこ)にあるのか分からなくなってしまった。

「姫っ!」

アルシェラの悲鳴(ひめい)を聞いて、レックスが振り返った途端(とたん)白髪(しらが)混じりの無精(ぶしょう)(ひげ)を生やした細身(ほそみ)の男が、持っていた剣を()(かざ)し、背後(はいご)から彼を切り付けた。

「ぐあっ!」

背中(せなか)を切り付けられたレックスは、(いた)みに顔を(ゆが)め、二、三歩ほど、後ろによろめいた。

「口ほどにもねぇな」

中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)(つや)のない金色(きんいろ)長髪(ちょうはつ)の中年の男はそう言うと、(かん)(ぱつ)()かずに、思い切りレックスの腹を蹴飛(けと)ばした。

 レックスは後ろにスッ(ころ)ぶ様にして、枯葉(かれは)()()もった地面の上に(たお)れ込んだ。

「レックス!」

それを見たアルシェラは、(あせ)りの表情を浮かべ、悲鳴(ひめい)に近い声を上げる。

「こんなモンか? ん?」

小太り気味(ぎみ)の、河童(かっぱ)の様な禿()げ頭の中年の男が、(たお)れているレックスに向かって、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら言った。

畜生(ちくしょう)……っ」

レックスは、(くや)しそうに表情を(ゆが)めて、そう(つぶや)くと、地面(じめん)両手(りょうて)を付き、立ち上がろうとするが、中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)(つや)のない金色(きんいろ)長髪(ちょうはつ)の中年の男が、彼の脇腹(わきばら)を思い切り蹴飛(けと)ばした。

「レックス!」

それを見たアルシェラは、悲鳴(ひめい)を上げる。

(なま)意気(いき)な口を叩いて(わり)に、大した事ねぇじゃねぇかよ」

白髪(しらが)混じりの無精(ぶしょう)(ひげ)を生やした細身(ほそみ)の男がそう言って、仰向(あおむ)けになったレックスの土手(どて)っ腹に(かかと)()としを見舞(みま)う。

「がっ……」

レックスは思わず声を上げ、苦痛(くつう)に満ちた表情を浮かべ、何度も(はげ)しく(せき)き込んだ。

「ガキが(いき)がるから、こうなるんだよ!」

小太り気味(ぎみ)の、河童(かっぱ)の様な禿()げ頭の中年の男がそう言って、レックスの肩を思い切り()み付けた後、頭を蹴飛(けと)ばした。

 その後も、三人の男たちはレックスを蹴飛(けと)ばすなどの暴行(ぼうこう)を加え、レックスはどうする事も出来(でき)ず、ただ両手(りょうて)で自分の頭を(かば)い、身を丸めて、必死(ひっし)()え続けた。

「止めなさいよ!」

見かねたアルシェラが、激怒(げきど)しながら、男たちに向かって叫んだ。

「だったらオメェが、ボコられるか?」

小太り気味(ぎみ)の、河童(かっぱ)の様な禿()げ頭の中年の男が、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら彼女に言うと、その言葉を聞いて、アルシェラは(たちま)ち顔を青くした。

小娘(こむすめ)のくせに、オレたちに生意気(なまいき)な口を(たた)くと、どう言う事になるか教えてやろうぜ」

白髪(しらが)混じりの無精(ぶしょう)(ひげ)を生やした細身(ほそみ)の男が、下品(げひん)なに笑みを浮かべながら、仲間(なかま)の二人に向かって言った。

「そうだな」

中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)(つや)のない金色(きんいろ)長髪(ちょうはつ)の中年の男も、下品(げひん)な笑みを浮かべながら、そう応じた。

()めろっ! 姫に手ぇ出すなっ!」

レックスは、悲鳴(ひめい)に近い声で、男たちに向かって必死(ひっし)(さけ)ぶが、白髪(しらが)()じりの無精(ぶしょう)(ひげ)を生やした細身(ほそみ)の男が、彼の頭を()さえつけ、レックスの背の上に馬乗(うまの)りになった。

「テメーは、この小娘(こむすめ)がおれ達に(おか)されるのを見てな」

小太り気味(ぎみ)の、河童(かっぱ)の様な禿()げ頭の中年の男は、下品(げひん)な笑みを浮かべながら、レックスにそう言うと、アルシェラに(から)まり付いていた(つた)や木の根が、無理(むり)やり彼女の体を地面(じめん)の上に(しば)り付ける。

「そんな事をして、ただで()まないんだから!」

アルシェラは、キッと男達を(にら)みながら(さけ)ぶ。

「まだ、そんな口を叩けるのかよ!。 (なま)意気(いき)小娘(こむすめ)だ!」

中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)(つや)のない金色(きんいろ)長髪(ちょうはつ)の中年の男は、不愉快(ふゆかい)さを(あら)わにして言うと、アルシェラの上に馬乗(うまの)りになり、彼女の(ほお)を思いっきり(てのひら)でぶった。

 ぶたれたアルシェラは、(いた)みに両眼(りょうめ)(なみだ)()めつつも、気丈(きじょう)(つや)のない金髪の長髪(ちょうはつ)の男を(にら)む。

「オメェ、自分が置かれてる状況(じょうきょう)が分ってんのか? あ?」

中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)、艶のない金色(きんいろ)長髪(ちょうはつ)の中年の男は、アルシェラの反抗的(はんこうてき)態度(たいど)苛立(いらだ)った様子(ようす)(さけ)ぶと、彼女の顔を何度も(てのひら)でぶつと、彼女は『(いた)い』『痛い』と泣き叫ぶ。

 そして、口の(はし)が切れたのか、(かす)かに彼女の口元に血が(にじ)んだ。

()めろ!」

見かねたレックスが、悲痛(ひつう)()ちた声で(さけ)ぶ。

「『()めて下さい。 お願いします』って言えよ。 そうすりゃあ、ぶつのを止めてやるよ」

中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)(つや)のない金色(きんいろ)長髪(ちょうはつ)の中年の男は、アルシェラの上に馬乗(うまの)りになったまま、勝ち(ほこ)った様な笑みを浮かべレックスに向かって言うと、彼は(くや)しそうな表情を浮かべ、その男を(にら)み付ける。

「オメェもだよ」

中肉中背(ちゅうにくちゅうぜい)、艶のない金色(きんいろ)長髪(ちょうはつ)の中年の男は、馬乗(うまの)りになったまま、アルシェラを見下(みお)ろしながら、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら言った。

「ふざけないで! アンタ達なんてお父様に言い付けて、(そく)ギロチン台で、その首落(くびお)としてやるんだから!」

アルシェラは、忌々(いまいま)し気に男を(にら)み付けながら言い返した。

(なに言ってんだよ! んな事言っても、コイツ等は姫の親が(だれ)なのか分からねぇんだから、ビビる(わけ)ねぇだろ! (あお)ってどーすんだよ!)

アルシェラの発言(はつげん)を聞いて、レックスは心の中で(さけ)んだ。

「おい。 ナイフを()せ」

中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)(つや)のない金色(きんいろ)長髪(ちょうはつ)の中年の男は、反抗的(はんこうてき)なアルシェラの態度(たいど)を見て、苛立(いらだ)った様子(ようす)で、小太り気味(ぎみ)の、河童(かっぱ)の様な禿()げ頭の中年の男に向かって言った。

「おいおい。 (ころ)したりするなよ? 楽しんでねぇんだからよ」

その男は、苦笑(にがわら)いを浮かべつつ、持っていたナイフを中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)(つや)のない金色(きんいろ)長髪(ちょうはつ)の中年の男に手渡(てわた)した。

「自分の置かれている状況(じょうきょう)を、分らせてやるよ!」

中肉中背(ちゅうにくちゅうぜい)(つや)のない金色(きんいろ)長髪(ちょうはつ)の中年の男が下品(げひん)な笑みを浮かべ、持っていたナイフで、アルシェラの衣服(いふく)乱暴(らんぼう)に切り()きはめた。

(いや)っ!」

アルシェラはそう言って必死(ひっし)抵抗(ていこう)するが、手足に(から)んでいる木の根の所為(せい)で、自由に動く事が出来(でき)ない。

()めろ! 止めろーーっ!」

それを見たレックスは、背中(せなか)の上に乗っていた白髪(しらが)()じりの無精(ぶしょう)(ひげ)を生やした細身(ほそみ)の男を振り落とし、(あわ)てて立ち上がりアルシェラを助けようとするが、行く手を(はば)んだ小太り気味(ぎみ)の、河童(かっぱ)の様な禿()げ頭の中年の男に、思い切り(なぐ)り飛ばされ、地面の上に(たお)れ込んだ。

 切り()かれた衣服(いふく)の間から、アルシェラの(はだ)(あら)わになると、中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)(つや)のない金色(きんいろ)長髪(ちょうはつ)の中年の男が、下品(げひん)な笑みを浮かべ、

「それじゃあ、お先に(いただ)くぜ」

仲間(なかま)の男たちの方へ振り返り、そう言った途端(とたん)何処(どこ)からか()げナイフが飛んで来て、その男の首に深々(ふかぶか)と突き刺さり、アルシェラの上に馬乗(うまの)りになっていたその男は絶命(ぜつめい)し、そのまま力なく横へゴロンと(ころ)がった。

 それを見た(ほか)の二人は(あわ)てて、投げナイフが飛んできた方を見る。

下衆(げす)がっ!」

何時(いつ)の間に(あら)れたのかロナードがそう言うと、自分の近くにいた小太り気味(ぎみ)の、河童(かっぱ)の様な禿()げ頭の中年の男に向かって、(さや)から引き抜いた剣を思い切り()り下ろした。

「ひやあああっ!」

小太り気味(ぎみ)の、河童(かっぱ)の様な禿()げ頭の中年の男は、(あわ)てふためき、悲鳴(ひめい)を上げながら、尻餅(しりもち)を付く様な格好(かっこう)で地面の上に座り込むと、その頭上(ずじょう)をロナードが()り下ろした剣が(かす)めたが、彼は間髪置(かんぱつお)かず、その男の顔面(がんめん)靴底(くつぞこ)で思い切り蹴飛(けと)ばすと、男は白目(しろめ)()いて気絶(きぜつ)した。

「この野郎(やろう)!」

それを見た白髪(しらが)混じりの無精髭(ぶしょうひげ)を生やした細身(ほそみ)の男が(いか)りを(あら)わにし、剣を手にロナードの側面(そくめん)から切り掛かったが、ロナードは(あわ)てる事無(ことな)く、振り向き様に剣を振り上げた。

 男が手にしていた剣は、景気(けいき)の良い音を上げて(ちゅう)()い、(おどろ)戸惑(とまど)い、その場に立ち()くしていた男を、ロナードは容赦(ようしゃ)なく(たた)き切った。

 右肩(みぎかた)から左脇腹(ひだりわきばら)に掛けて、切り付けられた白髪(しらが)混じりの無精髭(ぶしょうひげ)を生やした細身(ほそみ)の男は、()飛沫(しぶき)を上げ、後ろのめりになって、枯葉(かれは)が降り積もった地面の上に力なく(たお)れた。

 ロナードは、()れた手付きで剣に付いた血糊(ちのり)を振り落とすと剣を(さや)(おさ)め、その様子(ようす)呆然(ぼうぜん)と見ていたレックスの方へ歩み()り、

「立てるか?」

そう声を掛けると、地面の上に(かた)(ひざ)を付け、身を(かが)めながら、レックスに手を差し出した。

「あ、ああ……」

レックスは戸惑(とまど)いながらも、差し出されたロナードの手を取ると、彼はその細身(ほそみ)とは(はん)して、自分も立ち上がりながら、力強(ちからづよ)くレックスを引っ張る様にして彼を立ち上がらせた。

「わりぃ……」

レックスは、バツの悪そうな表情を浮かべながら、自分たちを助けてくれたロナードにそう言った。

随分(ずいぶん)と、(ひど)くやられたみたいだな」

男たちに散々(さんざん)()られ、鼻血(はなぢ)を出し、口元に血を(にじ)ませているレックスの顔を見て、ロナードは苦笑混(くしょうま)じりに言った。

 術師(じゅつし)であった小太り気味(ぎみ)の、河童(かっぱ)の様な禿()げ頭の中年の男が気絶(きぜつ)したからか、アルシェラの体に巻き付いていた木の根などがフッと消え、体の自由を取り(もど)したアルシェラは、(なか)放心(ほうしん)し、ゆっくりと身を起こした。

大丈夫(だいじょうぶ)か?」

ロナードは、ゆっくりとした足取(あしど)りでアルシェラの下へと歩み()り、彼女の前に身を(かが)め、そっと彼女の肩に手を()え問い掛けると、アルシェラはホッとしたのか両目から大粒(おおつぶ)(なみだ)を流しながら、声を上げ、ロナードに()き付いた。

「ふえぇぇっ。 ロナードぉ。 (こわ)かった……怖かったよぉ」

アルシェラは()きじゃくりながら、声を(ふる)わせそう言うと、ロナードの胸元(むなもと)に顔を(うず)め、(さら)(はげ)しく泣き出した。

 ロナードは何も言わず、自分が着ていたジャケットを()ぎ、彼女の背にそれを掛けてやると、気の(どく)そうな表情を浮かべながら、()きじゃくっているアルシェラの頭を片手(かたて)(やさ)しく()でた。

「うえーん」

アルシェラは大声を上げ、ロナードに()き付いたまま、()き続けた。


「……らしくないね……」

両腕(りょううで)を自分の(むね)の前に組み、ロナードに(ころ)された、二人の男の遺体(いたい)が入った遺体(いたい)(ふくろ)兵士(へいし)たちが運ぶ様子(ようす)を見ながら、エルトシャンはロナードにそう言った。

()まない……」

簡易(かんい)椅子(いす)に座っていたロナードは(うつむ)き、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべながら、エルトシャンに言い返した。

「コイツをそんなに()めないでくれ。 オレ()を助けようとしただけなんだからよ」

少し(はな)れた所で簡易(かんい)椅子(いす)に座り、兵士(へいし)に手当てをして(もら)いながらレックスは、バツの悪そうな表情を浮かべ、エルトシャンに言った。

「そうかも知れないけど、死者(ししゃ)を出すのは感心(かんしん)しないよ。 受験者同士(じゅけんしゃどうし)殺生(せっしょう)駄目(だめ)だって言ったよね?」

エルトシャンは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言うと、()(いき)を付く。

「けどよ『()めろ』つて言って、聞く様な奴等(やつら)じゃなかったんだぜ。 だから、オレも姫も(ひど)い目に()わされたんだろ。 最悪(さいあく)、こっちが死んでたかも知れねぇんだからよ」

レックスは真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、エルトシャンにそう言って、ロナードを擁護(ようご)する。

「そうよ。 ロナードが助けてくれなかったら、アタシ、大変な事になっていたわ」

着替(きが)えを()ませたアルシェラが、そう言いながら天幕(てんまく)の中から出て来た。

 まだ自分が(あや)うく強姦(ごうかん)されそうになったショックを引き()っているのではないかと思われたが、意外(いがい)とケロッとしており、大丈夫(だいじょうぶ)そうだ。

(良かった。 (おれ)が思っていたよりも、精神的(せいしんてき)ダメージは少なそうだな)

(あら)れたアルシェラの姿(すがた)を見て、ロナードは心の中でそう(つぶや)くと、安堵(あんど)する。

大体(だいたい)事情(じじょう)は、アルシェラ様から(うかが)いました」

アルシェラから事情(じじょう)を聞いていたセシアが、(おく)れて(あら)れると落ち着き払った口調(くちょう)で言った。

(セシアに何て説明したんだ? アルシェラ……)

セシアの言葉を聞いて、ロナードは一抹(いちまつ)の不安を(おぼ)え、心の中で(つぶや)いた。

(セシアにちゃんと説明出来(せつめいでき)たのかよ?)

レックスも、アルシェラの方を見ながら、とても心配そうな表情を浮かべ、心の中で(つぶや)いた。

「問題があったのは(ころ)された男たちの方で、貴方(あなた)には()は無いとアルシェラ様は(おっしゃ)っていますわ」

セシアは落ち着き払った口調(くちょう)で、ロナードにそう声を掛ける。

「そうかも知れないけど、受験者同士(じゅけんしゃどうし)(ころ)し合いはルール違反(いはん)だよ」

エルトシャンは淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、セシアに言い返すと、

「そうかも知れませんが、あの男たちは、アルシェラ様に強姦(ごうかん)をしようとしていた不届(ふとど)き者です。 この場合、正当(せいとう)防衛(ぼうえい)だと思いますし、(ころ)されても文句(もんく)は言えないのではなくって?」

セシアは落ち着き(はら)った口調(くちょう)で、エルトシャンに言うと、

強姦(ごうかん)……」

エルトシャンはそう(つぶや)くと、物凄(ものすご)(こわ)い顔をして、スクッと簡易(かんい)椅子(いす)から立ち上がると、(おもむろ)に生き残った小太り気味(ぎみ)河童(かっぱ)の様な禿()げ頭の中年の男がいる、天幕(てんまく)の方へと向かって行った。

 それを見たロナードは、エルトシャンの(まと)雰囲気(ふんいき)から何か(いや)予感(よかん)(おぼ)えた様で、顔を引き()らせながら彼を見送(みおく)る……。

「エルトシャン様、(きゅう)にどうしたんだよ?」

修羅(しゅら)の様な顔をしていたエルトシャンを見て、レックスは戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、(おもむろ)にセシアに問い掛けると、

「その内、(いや)でも分かりますわ」

彼女は落ち着き払った口調(くちょう)で、レックスの問い掛けに答えた。

 (しばら)くして、小太り気味(ぎみ)河童(かっぱ)の様な禿げ頭の中年の男が、悲鳴(ひめい)を上げ、天幕(てんまく)の中から外へと逃げ出して来た。

 そして、()ぐ後にエルトシャンは(いか)りに()ちた(さけ)び声を上げながら、抜身(ぬきみ)の剣を手にし、天幕(てんまく)の中から(いきお)い良く飛び出して来て、小太り気味(ぎみ)河童(かっぱ)の様な禿()げ頭の中年の男を執拗(しつよう)に追い()け始めた。

「た、助けてくれ! (ころ)されるっ!」

小太り気味(ぎみ)河童(かっぱ)の様な禿()げ頭の中年の男は、(あわ)てふためきながら、そう(さけ)びながら彼等(かれら)の前を通り過ぎて行き、周囲(しゅうい)に助けを(もと)める。

「この(くさ)外道(げどう)! 往生(おうじょう)(ぎわ)が悪いよ!」

エルトシャンは(おに)形相(ぎょうそう)でそう(さけ)びつつ、小太り気味(ぎみ)河童(かっぱ)の様な禿()げ頭の中年の男を追って、彼等(かれら)の前を通り()ぎて行った……。

 ロナードやレックスは、(いか)(くる)っているエルトシャンを見て、呆然(ぼうぜん)としており、アルシェラはその様子(ようす)可笑(おか)しいのか、声を上げて(わら)う。

「ロナードの事、言えねぇじゃねかよ……」

レックスは、小太り気味(ぎみ)河童(かっぱ)の様な禿()げ頭の中年の男を追いかけ回すエルトシャンを見ながら、ボソリと(つぶや)いた。

事情(じじょう)事情(じじょう)なだけに、貴方(あなた)にこれ以上の(とがめ)られるとは思えませんわ。 そう悲観(ひかん)する必要(ひつよう)はありませんわ」

セシアは落ち着き払った口調(くちょう)で、複雑(ふくざつ)面持(おもも)ちのロナードに言った。

「……いや……。 アレは、()めなくて良いのか?」

ロナードは、エルトシャンの方を指差(ゆびさ)しながら、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、セシアに問い掛ける。

「好きにさせておきましょう。 アルシェラ様も厳罰(げんばつ)(のぞ)んでいらっしゃいますし、彼を裁判(さいばん)に掛けたところで道、長くは無い命ですわ」

セシアは苦笑(にがわら)いを浮かべつつも、落ち着き払った口調(くちょう)で、ロナードに言い返した。

「まあ、貴族(きぞく)子女(しじょ)暴行(ぼうこう)強姦未遂(ごうかんみすい)(はたら)いたのだ。 ギロチン台行(だいい)きは確実(かくじつ)だろうて」

白髪混(しらがま)じりの()げ茶色の短髪(たんぱつ)眼光(がんこう)(するど)い深い緑色の双眸(そうぼう)白髪(しらが)()じりの立派な(あご)(ひげ)を持ち、肩幅(かたはば)が大きく、ガッチリとした体付き、温和(おんわ)そうな風貌(ふうぼう)初老(しょろう)の男が、落ち着いた口調(くちょう)でそう言いながら、テーブルを(こし)んで、ロナードの向かいの席に腰を下ろした。

 ロナードは無言(むごん)のまま、軽く会釈(えしゃく)をした。

「お、お館様(やかたさま)っ!」

レックスはそう言うと、(あわ)てて座っていた簡易(かんい)椅子(いす)から立ち上がり、深々(ふかぶか)とその初老(しょろう)の男に向かって頭を()れた。

(お(やかた)(さま)が、態々(わざわざ)来てるなんて……)

レックスは頭を下げだたまま、チラリと初老(しょろう)の男を見ながら、心の中で(つぶや)いた。

「お父様っ♪」

アルシェラは(うれ)しそうな表情を浮かべ、そう言ってその初老(しょろう)の男に手を()ると、彼はニッコリと笑みを浮かべ、彼女に手を振り返した。

「お早いお着きでしたわね。 オルゲン将軍(しょうぐん)

セシアは落ち着き払った口調(くちょう)で、レックスが『お館様(やかたさま)』と呼んだ初老(しょろう)の男に、そう声を掛ける。

人手(ひとで)が足りないと聞いてな。 仕事を早めに切り上げて来たのだ」

オルゲン将軍(しょうぐん)は、(おだや)やかな口調(くちょう)でセシアにそう答えてから、ロナードの方へと目を向け、

「アルシェラの(あぶ)ない所を助けてくれたそうだの? 父親として、お礼を言わせて(もら)う」

(おだ)やかな口調(くちょう)でロナードにそう言うと、ニッコリと笑みを浮かべた。

(れい)には(およ)ばない」

ロナードは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で返す。

「そなたは、怪我(けが)などはしとらんかね?」

オルゲン将軍(しょうぐん)は、(やさ)しい口調(くちょう)でロナードに問い掛ける。

「問題ない」

ロナードは、()っ気ない口調(くちょう)で答えると、

其方(そなた)には、(いや)な事をさせてしまったの……。 ()まぬ」

オルゲン将軍(しょうぐん)(もう)し訳なさそうにそう言うと、テーブルの上で無造作(むぞうさ)に組んでいたロナードの両手(りょうて)を、そっと(やさ)しく(つつ)んだ。

 レックスはその時、ロナードが人を(ころ)してしまった事に、強い罪悪感(ざいあくかん)(いだ)いており、その手が(かす)かに(ふる)えている事に気が付いた……。

 多分(たぶん)、これまでもロナードは傭兵(ようへい)と言う仕事柄(しごとがら)(いく)つも命のやり取りをして来た(はず)で、その中には自分の意図(いと)とせず、命を(うば)ってしまった事もあるだろう。

 それでもやはり、(なれ)れる事は無いのだと、ロナードを見ていてレックスは思った。

「顔色が悪い。 天幕(てんまく)で休んで行きなさい」

オルゲン将軍(しょうぐん)は、(やさ)しい口調(くちょう)でロナードの背中(せなか)をさすりながら言うと、彼は(うなず)き返した。

「セシア。 休める場所へ(たの)めるかの?」

オルゲン将軍(しょうぐん)は落ち着いた口調(くちょう)で、近くにいたセシアに声を掛ける。

「はい」

セシアはそう言うと、ロナードに歩み()り、彼の側に身を(かが)めると、

(まい)りましょう」

(やさ)しい口調(くちょう)で声を掛けると、ロナードは(うなず)き返し、椅子(いす)から立ち上がろうとした途端(とたん)、足元から(くず)れる様に大きくよろめいて、彼はとっさに、椅子(いす)の背を(つか)む。

大丈夫(だいじょうぶ)か?」

オルゲン将軍(しょうぐん)(あわ)てて椅子(いす)から立ち上がり、ロナードの背に手を()えつつ声を掛ける。

大丈夫(だいじょうぶ)……。 少し……眩暈(めまい)がしただけだ」

ロナードはそう言うと、オルゲン将軍(しょうぐん)(ささ)えられる様にして、ゆっくりと立ち上がった。

「この数日、立て続けに魔術(まじゅつ)(もち)いた所為(せい)かも知れないですわ。 ()(かく)、休んで下さい」

セシアは、オルゲン将軍(しょうぐん)()わり、ロナードを(ささ)えながら(やさ)しい口調(くちょう)でそう言うと、彼は(うなず)き返し、彼女に(うなが)され、近くの天幕(てんまく)の中へと消えて行った……。

大丈夫(だいじょうぶ)なの?」

流石(さすが)のアルシェラも、心配そうな表情を浮かべ、ロナードが入って行った天幕(てんまく)の方へと目を向け、そう言った。

(つか)れも()まっていたのかも知れん」

オルゲン将軍(しょうぐん)も、心配そうな表情を浮かべながら言うと、

「レックス」

(おもむろ)に、レックスにそう声を掛ける。

「は、はいっ!」

レックスは(あわ)てて背筋(せすじ)をピンと伸ばし、返事をする。

(そば)でロナードの護衛(ごえい)を」

オルゲン将軍(しょうぐん)がそう言うと、レックスは(うなず)き返し、(いそ)いでロナードが居る天幕(てんまく)の方へと()け出した。

 

「それで、試験(しけん)はどうするのかね? 続けるつもりか?」

翌日(よくじつ)、オルゲン将軍(しょうぐん)は、回復(かいふく)したロナードに問い掛けると、彼は真剣(しんけん)面持(おもも)ちで(うなず)き返し、

「タグを集めていないどころか大きくマイナスだ。 残りで挽回(ばんかい)したい」

真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、オルゲン将軍(しょうぐん)に言った。

「そんなに(あせ)必要(ひつよう)は無い。 (むし)ろ、アルシェラを(おそ)った(やから)手早(てばや)始末(しまつ)した点は流石(さすが)だ。 (たと)え、其方(そなた)(がい)さずとも、この事が明るみになれば、どの道ギロチン台は()けられぬ。 其方(そなた)のした事は、人として当然(とうぜん)反応(はんのう)だ」

オルゲン将軍(しょうぐん)は落ち着いた口調(くちょう)で、ロナードに言い返した。

「そうだとても、ルールは守るべきだった」

ロナードは複雑(ふくざつ)な表情を浮かべ、重々(おもおも)しい口調(くちょう)で言うと、

「確かに其方(そなた)の言う通り、ルールを守る事は大切だ。 だが、何事(なにごと)にも例外(れいがい)があるのもまた事実(じじつ)。 状況(じょうきょう)(おう)じて瞬時(しゅんじ)最良(さいりょう)判断(はんだん)を下し、行動(こうどう)(うつ)せる。 それが儂等(わしら)其方(そなた)(もと)めている事だ」

オルゲン将軍(しょうぐん)は落ち着き払った口調(くちょう)で、ロナードにそう言う。

「まあ()に角、あんな切られて当然(とうぜん)な事をしたクズたちの事を、君が何時(いつ)までも気にする必要(ひつよう)は無いと思うよ」

エルトシャンも、(おだ)やかな口調(くちょう)でロナードに言った。

「そうよ。 このアタシに手を出そうなんて、身の程知(ほどし)らずも何とかってヤツよ」

アルシェラも真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、ロナードに言うと、

「『(はなは)だしい』ね」

エルトシャンはサラッと、アルシェラにそう補足(ほそく)をすると、

「そう。 それ!」

アルシェラはポンと手を(たた)き、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言った。

(その位の言葉ちゃんと(おぼ)えてろよ。 聞いてるこっちが(はず)ずかしいぜ)

アルシェラの言動(げんどう)を見て、レックスはゲンナリとした表情を浮かべ、心の中で(つぶや)いた。

「レックスも行くのか?」

不意(ふい)にオルゲン将軍(しょうぐん)に声を掛けられ、レックスはハッとして、

「えっ。 あ、はい」

問い掛けられた意図(いと)がイマイチ理解(りかい)出来(でき)ぬまま、(あわ)ててそう返すと、

「まあ君は、自分から受験(じゅけん)志願(しがん)した身だからね。 ここで試験を()める理由も無いか……」

エルトシャンは、片手(かたて)を自分の(あご)の下に()えつつ、『納得(なっとく)』と言った様子(ようす)(つぶや)いた。

「まあ、合格してぇし……」

レックスは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべつつ、片手(かたて)で頭を()きながら、エルトシャンに言った。

「君はどうするの? アル」

エルトシャンは最後に、アルシェラに問い掛けた。

「そんなの続けるに決まってるわ! アンタに()けてられないんだから! アタシは!」

アルシェラは(えら)そうに、両腕(りょううで)を自分の胸の前に組み、『当然(とうぜん)』と言わんばかりにそう言った。

「ふむ……。 意気込(いきご)みはかうが、そなたはもう()めた方が良くないかの?」

オルゲン将軍(しょうぐん)苦笑(にがわら)いを浮かべながら、アルシェラに言うと、

「何でそんな事言うの? お父様」

アルシェラは、不満(ふまん)そうな表情を浮かべ、口を(とが)らせ、強い口調(くちょう)でオルゲン将軍(しょうぐん)に言い返した。

大体(だいたい)さ、殿下(でんか)伯父上(おじうえ)無断(むだん)参加(さんか)してる時点(じてん)で、かなり問題だと思うよ。 それに君が参加(さんか)して何になるって言うの?」

エルトシャンは、アルシェラに落ち着き払った口調(くちょう)でそう指摘(してき)すると、オルゲン将軍(しょうぐん)もうんうんと何度も(うなず)く。

「はぁ? 言ってる意味、分かんないし! そんな事言ってアタシの邪魔(じゃま)しないでくれる? エルト」

アルシェラは、ムッとした表情を浮かべ、(なか)喧嘩(けんか)腰に言い返す。

「……じゃあ、ロナードやレックスの邪魔(じゃま)になるから、()めなさいって言えば分かる?」

彼女の態度(たいど)に、エルトシャンは深々(ふかぶか)溜息(ためいき)を付いてから、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでそう言い放った。

(ひど)いっ!」

エルトシャンにハッキリと言われ、アルシェラは(かな)しそうな顔を浮かべ、そう言ってから、

「アタシ、ロナードの邪魔(じゃま)なんてした事なんて無いわよねぇ?」

ロナードに助けを(もと)める様に、上目遣(うわめづか)いをしながら、彼に問い掛ける。

「もう十分してるじゃない。 君の所為(せい)で、一緒(いっしょ)にいたレックスは昨日ボコボコにされて、ロナードは本来(ほんらい)(ころ)さなくても良い人を(ころ)しちゃった訳でしょ? 完全に二人の足を引っ()ってるよ。 二人に文句(もんく)を言われて当然(とうぜん)だって、分かってる?」

エルトシャンは、なかなか引き下がろうとしないアルシェラにウンザリしつつも、落ち着き払った口調(くちょう)でそう指摘(してき)した。

「うっ……。 えっと……それはぁ……」

エルトシャンに(いた)い所を()かれ、アルシェラは返答(へんとう)(きゅう)する。

流石(さすが)はエルトシャン様。 オレ()が姫に言いにくい事も、ハッキリ言ってくれるぜ)

アルシェラ相手(あいて)でも(おく)する事無く、容赦(ようしゃ)なく自分の意見を言うエルトシャンを見て、レックスは心の中で(つぶや)くと、心の中で拍手(はくしゅ)(おく)った。

「そうじゃ無くても、世間(せけん)知らずで自分では何も出来(でき)ない君が、二人の役に立てるとは到底(とうてい)思えないよ」

エルトシャンは真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、トドメの一言をアルシェラに言った。

「うえ~ん。 エルト(ひど)いーっ」

アルシェラは少しは自覚(じかく)がある様だが、引き下がる気は無いのか、()真似(まね)をしながら、助けを(たす)める様に、ロナードとレックスに視線(しせん)(おく)った。

「そうやって、自分の()(まま)相手(あいて)に押し付けるのは()めなよ。 二人だって都合(つごう)があるんだよ? 君の所為(せい)で二人が試験(しけん)に落ちたらどうする気なの?」

アルシェラの態度(たいど)を見て、エルトシャンは(あき)()てた表情を浮かべ、言った。

「その時は、アタシが合格にする様にカタリナ様に言うしぃ!」

アルシェラは、ムッとした表情を浮かべながら、エルトシャンに言い返した。

(いや。 それ、不正(ふせい)だろ……)

ロナードは、思わず心の中でアルシェラにそう()っ込んだ。

流石(さすが)にそれは、どうかと思うがの……」

アルシェラの発言(はつげん)に、オルゲン将軍(しょうぐん)苦笑(にがわら)いを浮かべながら言った。

「……君にそんな事をして(もら)ってまで合格して、二人が(よろ)ぶと君は本気で思っているの?」

彼女の言葉を聞いて、エルトシャンは(あき)れた表情を浮かべ、深々(ふかぶか)溜息(ためいき)を付いてから、アルシェラに問い掛けた。

「合格するんだから、別に良いでしょ?」

アルシェラは『何がいけないの?』と言う様な顔をして、強い口調(くちょう)でエルトシャンに言い返した。

「……だから君は、『空気読(くうきよ)めない』って言われるんだよ。君、自分が二人の努力(どりょく)とかプライドとかを()(にじ)るって分かってる?」

エルトシャンは(わざ)とらしく、特大(とくだい)溜息(ためいき)を付いてから、自分の(ひたい)片手(かたて)()えて、何処(どこ)(つか)れた様な、ゲンナリした口調(くちょう)で彼女に言った。

「そんなつもりは無いのにぃ。 (ひど)いーっ」

アルシェラはムッとした表情を浮かべ、()き出しそうな顔をして、エルトシャンに言い返す。

(ぼく)指摘(してき)されるまで、(ひど)い事をしようとしてたのは(だれ)だよ」

エルトシャンは力なく溜息(ためいき)を付いてから、(あき)れた様子(ようす)でアルシェラにそう言ってから、(おもむろ)に二人のやり取りを(だま)って見守っていたもロナードとレックスに向かって、

「アルが納得(なっとく)するまで説明(せつめい)してたら日が()れちゃうから、彼女を置いて、二人だけで会場に(もど)って良いよ。 君たちは、こんな事に時間を()いてる場合じゃないでしょ?」

落ち着き払った口調(くちょう)で言った。

 レックスは、どうするべきか困惑(こんわく)していたが、ロナードは、スッと座っていた簡易(かんい)椅子(いす)から立ち上がると、

「悪いが、そうさせてもらう」

淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、エルトシャンにそう言うと、テーブルの上に置いてあった自分の剣を手に取った。

「そんなぁ。 ロナードぉ。 本当にアタシを置いて行く気なのぉ?」

ロナードの言動(げんどう)に、アルシェラは、()き出しそうな表情を浮かべ、(あま)える様な口調(くちょう)で問い掛ける。

「悪いが、アンタに付き合っている場合では無いんだ。 (おれ)にも(ゆず)れない事情(じじょう)があるからな」

ロナードは、剣を自分の剣ベルトに装備(そうび)しながら、何処(どこ)()き放す様な淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、彼女に言い返してから、物凄(ものすご)複雑(ふくざつ)な表情を浮かべ、

「それに、また、アンタを助ける(ため)(だれ)かを(ころ)してしまったら、今度こそ洒落(しゃれ)にならない」

重々(おもおも)しい口調(くちょう)で付け加えた。

「言ってる意味、分かんな~い」

アルシェラは思い切り顔を(ひそ)め、首を(かしげ)げながら、ロナードに言い返す。

(一発、(なぐ)ってやろうか! (だれ)所為(せい)でこんな事になっていると……!)

アルシェラの言動(げんどう)に、ロナードはイラッとして、思わず心の中でそう(さけ)んだが、グッと(おさ)える。

「君の所為(せい)で、試験に落ちたらホントに洒落(しゃれ)にならないもんね」

エルトシャンは、意地(いじ)悪くそう言うと、ニッコリと笑みを浮かべると、アルシェラはジロリと彼を(にら)み付ける。

(もど)るぞ。 レックス」

ロナードは落ち着き払った口調(くちょう)で、レックスにそう声を掛けた。

「えっ。 あ。 お、おおう」

不意(ふい)にそう言われ、レックスは一瞬(いっしゅん)戸惑(とまど)ったが、彼にそう返事をすると、直ぐに自分の二本の剣を手に取り、簡易(かんい)椅子(いす)から立ち上がり、ロナードの下へと()()った。

 その様子(ようす)をアルシェラは、物凄(ものすご)不満(ふまん)そうな顔をして(にら)んでいる。

「気にしないで。 (ぼく)が君たちを追いかけない様に見張(みは)ってるから」

アルシェラの視線(しせん)に気付き、困っていたレックスに、エルトシャンは苦笑(にがわら)いを浮かべながらそう言って、彼等(かれら)試験会場(しけんかいじょう)へ向かう様に(うなが)した。


 アルシェラを置いて試験(しけん)再開(さいかい)したロナードとレックスは、霧雨(きりさめ)が降りしきる薄暗(うすぐら)く、肌寒(はだざむ)い森の中を黙々(もくもく)と歩いていた。

「なあ。 本当に姫を置いて来て良かったのか?」

レックスは戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、一度も後ろの天幕(てんまく)の方を振り返る事無く、スタスタと自分の前を行くロナードに声を掛けた。

「あんなのを()れていたら、合格するよりも先に失格(しっかく)になるぞ。 今回だって見方(みかた)によっては黒なんだからな」

ロナードは不意(ふい)に足を止め、レックスの方へと振り返ると、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言った。

「それは……。 そうだけどよ……」

レックスは困った様な表情を浮かべ、口籠(くちごも)らせながら(つぶや)く。

「変に同情(どうじょう)して本来(ほんらい)目的(もくてき)見失(みうしな)うな」

ロナードは真剣(しんけん)面持(おもも)ちと、強い口調(くちょう)でレックスに言った。

「お、おう……」

レックスは、自分を真っ直ぐ見据(みす)えるロナードの、強い意志(いし)(こも)った眼光(がんこう)圧倒(あっとう)されて、戸惑(とまど)いつつもそう言い返すと、彼は(きびす)を返し、また黙々(もくもく)と森の中を歩き始めた。

 水分を(ふく)んだ枯葉(かれは)は重たく、しかも良く(すべ)り、水はけが悪くぬかるんでいる場所もあり、天気の良かった最初の二日間に(くら)べ、足元が悪い森の中を移動(いどう)するだけでも、かなりの体力を(よう)した。

 雨の所為(せい)なのか、魔物(まもの)の活動が(にぶ)くなっているのか、それとも殺気(さっき)立っているロナードの気配(けはい)警戒(けいかい)しているのか、二時間近く魔物(まもの)(さが)して森の中を歩き回ったが、一向(いっこう)に見付からない。

 その間にも雨脚(あまあし)は強くなってきて、()(きり)まで出て来はじめた。

「これでは(らち)()かないな……」

ロナードは不意(ふい)に足を止め、雨が降りしきる空を見上げ、流石(さすが)に歩き続けた所為(せい)(いき)(はず)ませ、ベッタリと()り付いた前髪から(ひたい)(つた)い、(ほお)を流れ(あご)へと流れる雨粒(あまつぶ)を手で(ぬぐ)いながら(つぶや)いた。

何処(どこ)かで雨宿(あまやど)りして、火ぃ起こそうぜ」

雨に打たれ続けた所為(せい)で、体はすっかり冷え切ってしまい、(くつ)の中も水が入って歩きにくくなってしまっているので、レックスはこれ以上歩き続ける事は(きび)しいと思い、ロナードにそう提案(ていあん)した。

「そうだな……」

ロナードも同意(どうい)(しめ)したが、そうは言っても、森の中では雨を(しの)げそうな場所も無い。

「って言っても、ここじゃ何にもねぇよな……」

レックスは辺りを見回しながら、困った様子(ようす)(つぶや)いた。

「もう少しだけ歩いて、何処(どこ)雨宿(あまやど)りが出来そうな場所を(さが)そう」

此処(ここ)では雨宿(あまやど)りは無理(むり)判断(はんだん)したロナードは、レックスに言った。

「だな」

レックスは()ぐには休めないと分かると、ドッと(つか)れを感じたが、軽く溜息(ためいき)を付いてから、ロナードに言い返した。

 やがて二人とも、雨で足場(あしば)が悪い中、長く歩いていた所為(せい)で、足も(ぼう)の様になり、次第(しだい)に重く感じられる様になってきて、日は(かたむ)きだし、ますます森の中は(くら)くなって来た……。

(今日は完全に、無駄(むだ)に時間と体力を使っただけだったな……)

レックスはそんな事を思いながら歩いていると、不意(ふい)にロナードが足を止め、表情を(けわ)しくして辺りを(いそが)しく見回し始めた。

(おいおい……。 まさか魔物(まもの)じゃねぇだろうな……)

ロナードの様子(ようす)を見ながら、レックスはゲンナリした表情を浮かべながら、心の中で(つぶや)いた。

 日が()れ始めたので、夜行性(やこうせい)魔物(まもの)が、活動(かつどう)を始めだしたのかも知れない。

 ガサガサと(しげ)みを()き分け、二人の前に(あらわ)れたのは、ライオンの様な(たてがみ)を生やした、血の色をした大きな人間の顔と耳、大きな口には(するど)(きば)が三列並び、ライオンの体に、(さそり)の尾に似た尻尾(しっぽ)を生やした、目の色は青みがかった灰色、大きさは(おす)のライオン(ほど)ある。

(マジか! ツイてねぇぜ……)

レックスは目の前に現れた、如何(いか)にも獰猛(どうもう)そうな魔物(まもの)一目見(ひとめみ)て、絶望(ぜつぼう)に近い感情(かんじょう)(とも)に、心の中で(つぶや)いた。

 彼らの前に(あらわ)れたのは『マンティコア』と呼ばれている魔物(まもの)で、人間を好んで(しょく)すと言われており、口の中に並んだ三列の(するど)(きば)強靭(きょうじん)(あご)で、人間の頭蓋骨(ずがいこつ)簡単(かんたん)()(くだ)く事が出来(でき)る。

 その動きは、鹿(しか)の様に素早(すばや)く、(さそり)の様な尻尾(しっぽ)から、針金(はりがね)の様に太くて(するど)毒針(どくばり)連射(れんしゃ)する事が出来(でき)、その毒針(どくばり)(ぞう)でも三十分もしない内に絶命(ぜつめい)すると言われている。

 万が一、マンティコアに出くわしたら、『形振(なりふ)(かま)わず()げるべし』と言うのが、一般常識(いっぱんじょうしき)となっている(ほど)で、目が合ったら(やつ)(えさ)になる事を覚悟(かくご)した方が良いとまで言われている。

 そんな最悪(さいあく)魔物(まもの)鉢合(はちあ)わせてしまい、レックスは恐怖(きょうふ)のあまり、足が(すく)んで動けなくなってしまった。

()せろっ!」

ロナードの(さけ)び声と(とも)に、レックスはドンと背中(せなか)を思い切り押され、(いきお)い良く、湿(しめ)った枯葉(かれは)が降り()もった、地面の上にスッ(ころ)んだ。

「何しやがっ……」

レックスは(おもむろ)に頭を上げ、自分を()き飛ばしたロナードにそう文句(もんく)を言おうとした時、ガッと彼に頭を(つか)まれ、思い切り地面(じめん)()さえつけられた。

 (かん)(ぱつ)()かず、針金(はりがね)の様に(するど)(はり)が風を切る音(とも)に、レックス達の頭上(ずじょう)(かす)めていった。

(あ、(あぶ)ねぇ……)

それに気付いたレックスは、(あせ)りの表情を浮かべ、心の中で(つぶや)いた。

 毒針(どくばり)攻撃(こうげき)()んだ途端(とたん)、ロナードは素早(すばや)く立ち上がると、マンティコアに(てのひら)を向けた。

 すると、ブワッと物凄(ものすご)い勢いの風が巻き起こったと思った瞬間(しゅんかん)、マンティコアが後ろにひっくり返った。

()げるぞ!」

ロナードはレックスの(うで)(つか)み、彼を立ち上がらせながら、強い口調(くちょう)で言った。

 レックスは、ロナードに言われるがまま、自分たちが歩いて来た方向へ、一目散(いちもくさん)に走り出した。

 雨に泥濘(ぬかるみ)、時に足を(すべ)らせ、落ち葉の下に(かく)れていた水溜(みずたま)りに思い切り足を()っ込もうとも、前を走るロナードの(くつ)(うら)から()ねた(どろ)が顔に付こうと、お(かま)いなしに、レックスは必死(ひっし)に自分の前を走るロナードの後に続いて走り続けた。

 けれど、地面(じめん)の上に降り()もり湿(しめ)った落ち葉を強く()みしめる音と、水溜(みずたま)りの水が(いきお)い良く飛沫(しぶき)を上げる音、そして(けもの)独特(どくとく)息使(いきづ)いが、ずっと後ろから聞こえて来ていて、マンティコアが自分たちの後を追い()けて来ている事が(いや)と言う(ほど)、彼の背中越(せなかご)しに(つた)わって来た。

()せろっ!」

ロナードの(さけ)び声を聞いて、レックスは訳の分からぬまま、言われた通りに身を()せた。

 次の瞬間(しゅんかん)、バリバリバリっと言う、遠くで落雷(らくらい)があった様な轟音(ごうおん)と共に、電気(でんき)(おび)が彼の頭上(ずじょう)(かす)めていった。

「ひーっ。 ●@△*◇#っ!」

レックスは恐怖(きょうふ)のあまり、両手(りょうて)で自分の耳を(ふさ)ぎ、身を()せたまま、もはや言語(げんご)と言うよりも悲鳴(ひめい)と言って良い様な訳の分からぬ事を(さけ)んでいた。

 遠くで落雷(らくらい)があった時の様な音が()んだ途端(とたん)、辺りは水を打った様に(しず)まり返った……。

 レックスは(おそ)る恐る顔を上げ、後ろを振り返ると、電気(でんき)(おび)が通り()けたのか、(はしら)の様に乱立(らんりつ)していた木々がなぎ(たお)され、木が()げる独特(どくとく)(にお)いと共に白い(けむり)が上がっていて、地面は大きく(えぐ)れ、地面に()()もっていた無数(むすう)の落ち葉は()えながら、ヒラヒラと()っている。

 そして、少し(はな)れた場所に、真っ黒になった四足の(けもの)と思われる物が肉が()()げる(にお)いを(はな)ちつつ、全身(ぜんしん)から白い(けむり)を上げながら横たわっていた。

 (おそ)らく、この黒い大きな(かたまり)は、彼等(かれら)執拗(しつよう)に追い駆けていたマンティコアに、先程(さきほど)電気(でんき)(おび)直撃(ちょくげき)した、なれの()てと思われるが……。

 だが、獰猛(どうもう)(きわ)まりないマンティコアを一瞬(いっしゅん)丸焦(まるこ)げにしてしまった、(すさ)まじいエネルギーを持った電気(でんき)(おび)は、一体(いったい)何処(どこ)から出て来たのだろうか……。

 レックスはそんな事を思いつつ、(おもむろ)にロナードの方へと目を向けると、彼の背後(はいご)に何か、とても大きなモノがいる事に気が付いた。

 全身(ぜんしん)光沢(こうたく)のある()いエメラルドグリーン、尾羽(おばね)近くの(はね)の色は黒、腹部(ふくぶ)(あざ)やかな赤、黄色い曲がった(くちばし)、美しく長い(かざ)り羽を持った、(ゆう)に三メートルはあろうかと言うほど巨大(きょだい)な、これまで見た事も無い不思議(ふしぎ)な鳥……。

「ひ――っ! たすたすたすたす……」

レックスは新手(あらて)魔物(まもの)と思い、すっかり腰が()け、半泣(はんな)きになり、(なさ)けない声を上げると、ヘタリ込んだままの格好(かっこう)で、地面を()う様にして物凄(ものすご)(いきお)いで後退(あとずさ)りをした。

「落ち着けレックス。 これは味方(みかた)だ」

ロナードは、自分の後ろに立っている、(なぞ)の生き物を見てすっかり混乱(こんらん)し、アタフタしているレックスに向かって、落ち着き払った口調(くちょう)でそう声を掛ける。

「へっ?」

ロナードの言葉を聞いて、動転(どうてん)していたレックスは、キョトンとした表情を浮かべ、間抜(まぬ)けた声を上げる。

(おれ)召喚(しょうかん)した(げん)(じゅう)だ」

ロナードは、落ち着き払った口調(くちょう)で、レックスにそう説明するが、

「げんじゅ? しょかん?」

レックスはロナードの言う事が理解(りかい)出来ず、困惑(こんわく)(かく)せない様子(ようす)(つぶや)く。

(おれ)の命令が無い(かぎ)り、お前を(おそ)う様な事はしない」

ロナードは、落ち着き払った口調(くちょう)で言うと、レックスは戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、ロナードの後ろに立っている、見た事も無い巨大(きょだい)不思議(ふしぎ)な鳥を見上げる。

 レックスの視線(しせん)に気付いたその鳥は、(しず)かに彼を見つめ返して来たので、レックスは一瞬(いっしゅん)(あせ)ったが、彼を見つめるその大きな黒い(ひとみ)は、とても(おだ)やかで、敵意(てきい)殺意(さつい)など微塵(みじん)も感じさせなかった。

「ケツァール。 もう下がって大丈夫(だいじょうぶ)だ」

ロナードは、その巨大(きょだい)な鳥の体を(やさ)しく()でながら、(おだ)やかな口調(くちょう)でそう言うと、その巨大(きょだい)な鳥は無数(むすう)の光の(つぶ)となって、フッとその場から消えてしまった。

 レックスは、手の込んだマジックを見せられた様な、お化けを見た時の様な……何だかとても、フワフワとした落ち付かない気持で、ポカーンと口を半開(はんびら)きにし、目を一点に凝視(ぎょうし)したまま、(しばら)くの間、巨大(きょだい)な美しい鳥が立っていた場所を見つめていた。

 (はた)から見ると、とても間抜(まぬ)けな顔であったに(ちが)いない……。

大丈夫(だいじょうぶ)か?」

ヘタリ()んだまま、呆然(ぼうぜん)としているレックスに、ロナードは戸惑(とまど)いながら声を掛けると、彼はハッと(われ)に返り、(あわ)てた様子(ようす)でロナードを見上げた。

(もしかしてコイツ、オレなんかよりずっと、すげぇ(やつ)なんじゃ……)

戸惑(とまど)った様子(ようす)で、自分を見下(みお)ろしているロナードを見ながら、レックスは心の中で(つぶや)いた。

 今まで、色んな芸人(げいにん)一座(いちざ)の出し物を見て来たが、今日ほど、度肝(どぎも)()かれた経験(けいけん)は無く、手品(てじな)など(くら)べ物にならない(ほど)(すご)い物を見たのではないかと、レックスは感じていた。

 そんなレックスを余所(よそ)に、ロナードはガサゴソと黒焦(ころこ)げになって絶命(ぜつめい)しているマンティコアの亡骸(なきがら)(あさ)っていたが、何かを見付けると、(うれ)しそうな、何処(どこ)かホッとした様な顔をして(もど)って来て、

「タグ、あったぞ」

ロナードはそう言って、(すみ)で真っ黒になった手に(にぎ)()めている、タグを彼に見せた。

 電撃(でんげき)を受けた所為(せい)か、タグは奇妙(きみょう)な方向に曲がってしまっていたが、(くさり)に三つも(つら)なっていた。

「やったぜ!」

レックスは、先程(さきほど)衝撃(しょうげき)はどこへやら……嬉々(きき)とした表情を浮かべ、腰が()けていたのが(うそ)だったかの様に、スクッ立ち上がり、

「うほほ――っ! これでタグが六つ!」

一人は確実(かくじつ)に合格出来る数が集まり、レックスは嬉々(きき)とした声を上げ、(うれ)しさのあまり、ロナードに()き付いた。

 気が付けば、何時(いつ)の間にか、あれだけ(はげ)しく()っていた雨も止んでいた……。


 日がすっかり(かたむ)いた(ころ)、ロナード達は運良く洞窟(どうくつ)を見付け、そこで一晩(ひとばん)を明かす事にした。

「何か、今日は色々あったけどよ。 結果(けっか)オ―ライじゃね?」

レックスは(うれ)しそうに、タグを自分の目の前に(かざ)しながら言った。

 だが、ロナードが何も言って来ないので、レックスはキョトンとした表情を浮かべ、彼の方へと目を向ける。

 雨の中での移動(いどう)(つか)れたのか、ロナードは長身(ちょうしん)な身体をくの字に曲げて、地面の上に横たわり、小さな寝息(ねいき)を立てて(ねむ)っていた。

「何だよ。 もう()たのかよ」

レックスは、先程(さきほど)まで起きていたのに、自分が少し目を(はな)した(すき)(ねむ)ってしまったロナードに拍子(びょうし)()けした様子(ようす)でそう(つぶや)いた時、何処(どこ)からかバラの香りに()た、(あま)(かお)りが(ただよ)って来た。

「レックス」

そして不意(ふい)に、至近(しきん)距離(きょり)から聞き(おぼ)えのある、若い女の声がしたので、彼はビクッと身を強張(こわば)らせ、(あわ)てて声がした方を見上げた。

 すると、何時(いつ)の間にそこに居たのか、セシアが両腕(りょううで)を胸の前に組んで、自分の(そば)に立っていた。

何時(いつ)の間にそこに居たんだ? 。全然(ぜんぜん)、気が付かなかったぜ)

レックスは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、心の中で(つぶや)いた。

「その様子(ようす)では、(わたくし)が来た事にも、気付いていなかった様ですわね?」

セシアは、レックスが(あせ)っているのを見て、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で彼に言った。

「な、何だよ……」

レックスは戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ言うと、セシアを見る。

(わたくし)がその気になれば、貴方(あなた)、今の(あいだ)に死んでますわよ?」

セシアは(あき)れた表情を浮かべながら、レックスに言うと、

「なっ……」

彼は思いがけぬセシアの言葉に、表情を強張(こわば)らせ、警戒(けいかい)の色を浮かべる。

「その程度(ていど)で良く、魔物退治(まものたいじ)をしようなどと思いましたわね?。貴方(あなた)、ロナード様がいなければ、初日(しょにち)で死んでますわよ?」

セシアは馬鹿(ばか)にした様な口調(くちょう)で、自分を(にら)んでいるレックスに言った。

「う、五月蠅(うる)せぇなっ! んな事を言いに態々(わざわざ)来たのかよ! つーか、オメェが来た事も気付かず、呑気(のんき)()てるコイツはどーなんだよ?」

レックスは、ムッとした表情を浮かべ、(ねむ)って居るロナードを指差(ゆびさ)しながら、強い口調(くちょう)でセシアに言い返すと、

「ロナード様は、ちゃんと私に気付きましたわよ。 でも、現れた相手(あいて)(わたくし)だと分かって、油断(ゆだん)した様ですわね」

セシアは、軽く溜息(ためいき)を付いてから、(ねむ)って居るロナードを(しず)かに見据(みす)えつつ、落ち着き払った口調(くちょう)で、そう答えた。

「まさかオメェが、ロナードを(ねむ)らせたって言うのかよ?」

セシアの言葉を聞いて、レックスは戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、セシアに問い掛ける。

「ええ。 相当(そうとう)(つか)れていたのでしよう。 ご(らん)の通りグッスリですわ。 貴方(あなた)(さわ)いだ程度(ていど)では起きないでしょうね。 可哀想(かわいそう)に。 体力馬鹿(ばか)のペースに合わせるのはさぞ大変でしょう」

セシアは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言った。

「何が目的(もくてき)だ!」

セシアの言葉を聞いて、レックスは表情を(けわ)しくし、彼女に向かってそう(さけ)ぶと、自分の足元(あしもと)に置いていた剣を手に取り、立ち上がり、身構(みがま)える。

 自分に対し、警戒心剥(けいかいしんむ)き出しのレックスを見て、セシアは特大(とくだい)溜息(ためいき)を付き、肩を(すく)めてから、

「目的……と言う(ほど)の事でもありませんわ。 ただ貴方(あなた)が今、その手に持っているタグを自分の手柄(てがら)とするつもりでいるのか……。 それを確かめたかっただけですわ」

両腕(りょううで)を胸の前に組んだまま、洞窟(どうくつ)(かべ)に身を(もた)れ掛けながら、落ち着き払った口調(くちょう)で言った。

「どう言う意味だよ?」

レックスは思い切り眉間(みけん)(しわ)を寄せ、セシアに問い掛ける。

貴方(あなた)がそのタグを手にする事が出来たのは(ひとえ)に、ロナード様のお(かげ)でしょう? 何もしていない貴方(あなた)が、それを持っている権利(けんり)がありまして?」

セシアは、レックスが片手(かたて)(にぎ)りしめたままのタグを指差(ゆびさ)しながら、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言った。

「そ、それは……」

彼女の(するど)指摘(してき)に、レックスは自分が(にぎ)りしめているタグへ目を向けながら、苦々(にがにが)しい表情を浮かべ、そう(つぶや)く。

貴方(あなた)も知っての通り、(ほか)受験者(じゅけんしゃ)とは少し事情(じじょう)(ちが)いますけれど、ロナード様も貴方(あなた)たちと同様(どうよう)私達(わたくしたち)(ため)されている身。 本来(ほんらい)、そのタグを持つべきなのはロナード様なのではなくって?」

セシアは淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、バツの悪そうな顔をして、自分を見ているレックスに言った。

「それはそうかも知れねぇけど、ロナード本人が『()らない』っていてるんだぜ? だったら(もら)わなくてどうするよ?」

レックスは困惑(こんわく)した表情を浮かべ、時折(ときおり)口籠(くちごも)らせつつ、セシアに言い返すと、彼女は溜息(ためいき)を付くと、物凄(ものすご)(あき)れた表情を浮かべ、

「……貴方(あなた)馬鹿(ばか)でして? 『()らない』と言ったのは、自分ならば(のこ)りの日数内で、必要数(ひつようすう)(そろ)えられる自信(じしん)があるからで、本当に必要無(ひつような)い訳ではありませんわよ」

「そ、そうだったのかよ……」

セシアの言葉を聞いて、レックスは戸惑(とまど)いを(かく)せない様子(ようす)で言った。

大体(だいたい)、自分は大した努力(どりょく)もせずに、他人(たにん)()たタグで合格しようと言う、貴方(あなた)のその性根(しょうね)が気に入りませんわ。 (ほか)受験者(じゅけんしゃ)たちと同様(どうよう)に、貴方(あなた)にもそれ相応(そうおう)努力(どりょく)と、組織に加わるに相応(ふさわ)しいと言う実力を(しめし)してもらわなければ、フェアではありませんわ」

セシアは、(するど)くレックスの方を(にら)みながら、強い口調(くちょう)で言った。

「んな事言われても……。 コイツと一緒(いっしょ)に居たんじゃ、正直(しょうじき)、オレの出番(でばん)なんてねぇぜ?」

セシアの批判(ひはん)に、レックスは戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、彼女に言い返すと、

「ならば、ロナード様と行動(こうどう)(とも)にする事を()めなさい」

彼女は淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、そう言い(はな)って来た。

「はあ? 何言ってんだよ! ロナードと一緒(いっしょ)行動(こうどう)しろって言ったのは、オメェじゃねぇかよ」

レックスは、(おどろ)きの表情を浮かべ、口を(とが)らせながら彼女に言い返した。

「それは、アルシェラ様とロナード様が万が一の事にならない様、監視(かんし)する(ため)だと(もう)し上げた(はず)ですわ。 アルシェラ様がいない今、貴方(あなた)がロナード様と行動(こうどう)(とも)にしなければならない理由は無いでしょう?」

セシアは淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、納得(なっとく)いかない様子(ようす)のレックスにそう説明(せつめい)する。

「んな勝手(かって)な!」

彼女の言葉を聞いて、レックスはムッとした表情を浮かべ、強い口調(くちょう)で言い返す。

「ロナード様には、(わたくし)の方から事情(じじょう)説明(せつめい)しますわ。 ですから何も気にせず、貴方(あなた)(のこ)りの時間内で自分の実力を存分(ぞんぶん)発揮(はっき)なさい」

セシアは、落ち着き払った口調(くちょう)で、レックスに言った。

(ぞ、『存分(ぞんぶん)発揮(はっき)しなさい』って、んな無茶苦茶(むちゃくちゃ)な! ロナード無しとかぜってぇ無理(むり)だろ! この女、オレを(ころ)してぇんじゃねぇのか?)

彼女の言葉を聞いて、レックスは戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、心の中でそう(つぶや)くと、チラリと彼女の方へ目を向ける。

貴方自身(あなたじしん)(あま)えを無くさない(かぎ)り、竜騎士(りゅうきし)だった貴方(あなた)のお父様を()える事なんて、これから先も無理(むり)よ」

セシアは、戸惑(とまど)っている様子(ようす)のレックスに、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言い放つと、彼女に自分が一番気にしている事をズバリと言われ、

「んな……」

思わず言い返そうとしたが、彼女に(にら)まれ、返す言葉を(うしな)(うつむ)いた。

(何なんだよ。 この女っ! 人が一番気にしている事を、ズゲズゲと!)

レックスは自分の足元に目を落としたまま、不満(ふまん)に満ちた表情を浮かべ、心の中で(つぶや)く。

「まず周囲(しゅうい)の人間に、自分自身(じぶんじしん)(みと)めて(もら)(ため)には、この試験(しけん)意地(いじ)でも合格しなくてはね」

セシアは複雑(ふくざつ)な表情を浮かべ、(うつむ)き、(だま)り込んでいるレックスに、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)ながらもズバリと言い放った。

畜生(ちくしょう)っ! 言ってくれるぜ!)

彼女の言葉を聞いて、レックスはムッとした表情を浮かべ、心の中でそう(つぶや)くと、セシアをキッと(にら)み付ける。

「わあったよ! やりゃ良いんだろ? やりゃあ!」

レックスは(なか)自棄糞気味(やけぎみ)に、強い口調(くちょう)でセシアにそう言い放った。

 後で、死ぬほど後悔(こうかい)する事になるのだが、もう後の祭りであった……。

 

「う……ん……」

ロナードは、(かす)かに差し込んで来る日差(ひざ)しの(まぶ)しさに思い切り顔を(しか)めつつ、ゆっくりと目を開いた。

(あれ……。 (おれ)何時(いつ)の間に(ねむ)ったんだ?)

ロナードは、ボンヤリとした表情を浮かべつつ、心の中で(つぶや)くと、昨日、(ねむ)ってしまう前の事を思い出した時、ふとセシアの顔が浮かんだ途端(とたん)(むな)(さわ)ぎを(おぼ)えた。

「レックス!」

ロナードはそう(さけ)びながら、(いきお)い良く身を起こし、(あわ)てて辺りを見回した。

 何故(なぜ)か、持って来た(おぼ)えも無い毛布(もうふ)が、肩の上から足元(あしもと)(すべ)り落ちた。

「おはようございます」

目を()ましたロナードに、焚火(たきび)の前に腰を下ろして、火の(ばん)をしていたサムートが、落ち着いた口調(くちょう)で、そう声を掛けて来た。

「サムート……。 お前また……」

ロナードは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、何食(なにく)わぬ顔をして、自分の足元(あしもと)に座り、(おだ)やかな表情を浮かべ、自分を見ている彼に(うら)めしそうに(つぶや)く。

「レックスでしたら、朝早(あさはや)く一人で行ってしまいましたよ」

サムートは、落ち着き払った口調(くちょう)で、戸惑(とまど)っているロナードにそう答えた。

「お前、アイツに何か言ったのか?」

サムートの話を聞いて、ロナードは(にわか)かに表情を(けわ)しくし、(うな)る様な低い声で問い掛ける。

「言ったのは(わたし)では無く、セシア殿です」

サムートは、自分を(にら)むロナードに対し、落ち着き払った口調(くちょう)でそう答えた。

 セシアは昨夜(さくや)突然(とつぜん)、自分たちの前に姿(すがた)(あらわ)し、ロナードと目が合うと、軽く会釈(えしゃく)をして顔を上げた直後(ちょくご)、ニッコリと笑みを浮かべながら、いきなり魔術(まじゅつ)見舞(みま)って来た。

 突然(とつぜん)の事に反応(はんのう)が出来なかったロナードは、強烈(きょうれつ)睡魔(すいま)見舞(みま)われ、フッと意識(いしき)遠退(とおの)き、その後の事は何も覚えておらず、朝を迎え、目を覚ました……。

 (かげ)の向きや、日の高さなどを見る(かぎ)り、昼近くまで熟睡(じゅくすい)してしまっていた様だ……。

「あの女っ……」

ロナードは、苦々(にがにが)しい表情を浮かべ(つぶや)く。

「レックスは貴方(あなた)から(もら)ったタグで、試験(しけん)を合格しようと考えていた事をセシア殿に(とが)められ、残りの期間(きかん)を一人で()ごす事にした様です」

サムートは落ち着き払った口調(くちょう)で言うと、(なべ)()かしていた()に、持っていた紙袋(かみぶくろ)の中から、乾燥(かんそう)した葉っぱの様な物を入れる。

正気(しょうき)か?」

サムートの話を聞いて、ロナードは戸惑(とまど)い表情を浮かべ、思わずそう言った。

(わたし)もそう思いますが、彼が一晩(ひとばん)考えて決めた事ですし、試験官(しけんかん)でも無い(わたし)が、彼にとやかく言える立場では無いと思い、(だま)って送り出すしか無かったのですが……」

サムートは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべつつ、ロナードにそう答えた。

何故(なぜ)(おれ)()こさなかった?」

ロナードは、不満(ふまん)そうな表情を浮かべ、自分を起こさなかったサムートに問い掛ける。

「この試験(しけん)(かん)して(わたし)はあくまで、若様(わかさま)見守(みまも)る立場ですし、セシア殿にも強く()められたからです」

サムートは、落ち着き払った口調(くちょう)でロナードに言うと、足元(あしもと)に置いてあった木で出て来たコップに(なべ)の中に入っている液体(えきたい)(そそ)ぐ。

「レックスも、何を考えてるんだ……」

サムートの話を聞いて、ロナードは複雑(ふくざつ)な表情を浮かべ(つぶや)くと、(かる)溜息(ためいき)を付いた。

「セシア殿に、あの様な物言(ものい)いをされては、引くに引けなくなったのでしょう……」

サムートは、気の(どく)そうな表情を浮かべつつ言った。

「アイツは、(ほか)受験者(じゅけんしゃ)へのハンデの(ため)に、(おれ)に付けていたのでは無かったのか?」

ロナードは、意味不明(いみふめい)と言った表情で(つぶや)く。

「そうだったのでしょうが、このままでは、レックスが何もせずに試験(しけん)に合格してしまう事になるので、変更(へんこう)したのでは? 彼女としては、もう少しレックスが戦闘(せんとう)()わるものと思っていたのかも知れませんね」

サムートは落ち着き払った口調(くちょう)で言うと、ロナードに(なべ)から(そそ)いだ液体(えきたい)が入った、木のコップを差し出した。

 差し出されたコップから、紅茶(こうちゃ)の良い(かお)りが(ただよ)って来た。

(だからと言って、アイツもアイツだ。 死ぬ気か?)

ロナードは心の中で(つぶや)きながら、サムートから差し出された木のコップを受け取ると、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべる。

「あのヘタレが、最終日までにタグを手に入れる事が出来ると思うか?」

ロナードは(おもむろ)にサムートに問い掛けると、

無理(むり)でしょうね。 彼が相手(あいて)にするには、ここの魔物(まもの)はレベルが高()ぎます」

サムートは何の躊躇(ためら)いも無く、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)でそう即答(そくとう)した。

(おれ)もそう思う。 アイツを一人にするなど、腹を()かせた(おおかみ)()れの中に、(うさぎ)を一匹(ほう)り込むに(ひと)しい事だ。 その様な事を態々(わざわざ)させるセシアの意図(いと)理解(りかい)出来ない……。 死人を出すだけだぞ」

ロナードは、思い切り眉間(みけん)(しわ)()(つぶや)く。

「お言葉ですが、(すで)受験者(じゅけんしゃ)の中には(おのれ)力量(りきりょう)見誤(みあやま)り、魔物(まもの)(いど)んで命を落とした者も随分(ずいぶん)と出ています。 今更(いまさら)一人増(ひとりふ)えても大差(たいさ)はないと、セシア殿は思ったのかも知れません」

サムートは淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、ロナードにそう語る。

「そうだとしても、一人は無理(むり)だと分かっている(やつ)(けしか)けるのは、明らかに犯罪(はんざい)だぞ」

ロナードは、嫌悪(けんお)に満ちた表情を浮かべながら言い返すと、

同感(どうかん)です。 ですが(いく)らセシア殿から(けし)けられたとは言え、最終的には、レックス自身が判断(はんだん)した事です。 ですが我々(われわれ)が今ここでとやかく言っても、仕方(しかた)のない事と思われます」

サムートは、セシアがした事に対し、不信感(ふしんかん)(いだ)きつつも、何処(どこ)(あきら)めた様な口調(くちょう)で言った。

「そうだな……」

ロナードは軽く溜息(ためいき)を付いて、サムートに言うと、彼が()れた紅茶を口にした。

(いそ)いでアイツを見付け出して、加勢(かせい)したとしても、アイツの(ため)にはならないだろうしな……)

ロナードは心の中で(つぶや)くと、洞窟(どうくつ)の外に広がる鬱蒼(うっそう)とした森の方へとめを向ける。


「……これからどうするよ? オレ」

レックスは、先程(さきほど)まで自分が居た洞窟(どうくつ)の方へ目を向けながら(つぶや)く。

 洞窟(どうくつ)の中には、セシアの魔術(まじゅつ)を食らってまだロナードが(ねむ)っている。

 ロナードは(ねむ)っていたので、昨晩(さくばん)のセシアとのやり取りなど知らないので、今戻(いまもど)れば、何事(なにごと)も無かった様にロナードと(とも)にいる事も出来る。

 だが(もど)ればまた、ロナードの力に(たよ)ってしまうだろう……。

(確かに、ロナードと一緒(いっしょ)に居りゃあ、楽に合格出来る。 けど、そじゃあいけねぇンだ……。 親父(おやじ)と同じ場所に立つ(ため)には、自分でそこまで辿(たど)り着かねぇと意味がねぇ)

レックスは複雑(ふくざつ)な表情を浮かべつつ、洞窟(どうくつ)の方を見つめながら、心の中で(つぶや)く。

 オルゲン侯爵家(こうしゃくけ)兵士(へいし)たちからは、英雄(えいゆう)(たた)えられる、レヴァール大公(たいこう)の部下として、その名を(とどろ)かせた父親を何かと引き合いに出される事が多かった。

 レックスはずっと、周囲(しゅうい)期待(きたい)(こた)えようとしていたが、自分が思う様な実績(じっせき)を上げる事が出来(でき)ずにいた。

 (くわ)えて、朝稽古(あさげいこ)遅刻(ちこく)は当たり前、短気(たんき)(こら)(しょう)の無い性格(せいかく)(ため)喧嘩(けんか)早く、問題ばかり起こす自分の事を、何時(いつ)の間にか周りの兵士(へいし)たちからは、『父親の面汚(つらよご)し』と言われる様になっていた。

 何が、いけないのだろうか……。

 もしかすると、自分は騎士(きし)に向いてないのではないのか……。

 (かべ)にぶつかる(たび)に、レックスは何度も思って来た。

 けれど、これ以上、父親を引き合いに出され、馬鹿(ばか)にされ続ける訳にはいかない。

 何より、祖国(そこ)を守る(ため)(ほこ)り高く戦場(せんじょう)()った父親の名誉(めいよ)(ため)、自分を『父親の面汚(つらよご)し』と言った連中(れんちゅう)に、自分の事を(みと)めさせる(ため)にも、自分の力でこの試験(しけん)を合格しなければ!。

「何も言わねぇでわりぃな。 ロナード。 最終日に会おうぜ」

レックスは、(おだ)やかな口調(くちょう)洞窟(どうくつ)の方へ向かって言うと、フッと笑みを浮かべる。

 そして(きびす)を返し、意を決して森の中を進み始めた。

 とは言え、考え無に魔物(まもの)(たたか)いを(いど)むのは自殺行為(じさつこうい)だ。

 まず、確実(かくじつ)に残りの日数を、自分一人の力で生き残る事を最優先(さいゆうせん)するべきだろう。

 ロナード(いわ)く、魔物(まもの)(たお)し、タグを手に入れる事よりも(むし)ろ、其方(そちら)の方が大変かも知れないとの事だ。

 魔物(まもの)に対しては(だれ)だって注意をするが、(みな)が皆、山野草(さんやそう)やキノコに関しての知識(ちしき)がある訳では無いので、口にした物が(どく)(ふく)んでいて、死なないまでも、試験(しけん)続行出来(ぞっこうでき)なくなる者が、かなり出るのではないだろうかと言うのだ。

 確かに、食用のキノコと、それと良く()(どく)キノコを素人(しろうと)が見分ける事は非常(ひじょう)困難(こんなん)で、普段(ふだん)生活(せいかつ)を送っている時でも、毒キノコと知らず、食べて死んだという話は耳にする。

 この森の中で、キノコはそこら中に生えており、食料が()きた時、(けもの)仕留(しと)めてその肉を食べるより、足元(あしもと)に生えているキノコを食べた方が、手っ取り早いと思う(やから)も少なく無い(はず)だ。

 そうで無くとも、この森には見た事も無い植物が沢山(たくさん)あって、『食べられるかも知れない』と思い、食べた物が有毒(ゆうどく)である可能性(かのうせい)は十分にふるし、仕留(しと)めた(けもの)の肉にも、(どく)(ふく)まれている可能性(かのうせい)もある。

 ロナードの話を聞いて、キノコには手を出すまいと、レックスも思っているのだが、問題は空腹(くうふく)時にその誘惑(ゆうわく)()える事が出来るか……だ。

 そうで無くても、どんな物が食べられるのか、都会暮(とかいぐ)らしのレックスには(ほとん)ど分からない……。

 最悪(さいあく)、水で空腹(くうふく)空腹(くうふく)(しの)ぐ事になる可能性(かのうせい)もあるが、その飲み水を()るには水場(みずば)(おもむ)かねばならない。

 だが、水場(みずば)には大抵(たいてい)(のど)(うるお)しに来た小動物や草食動物(そうしょくどうぶつ)(ねら)って、獰猛(どうもう)(けもの)魔物(まもの)が待ち(かま)えている事も多く、うっかりしていると自分が(えさ)にされかねない……。

 飲み水を()る事すら、命懸(いのちが)けだ。

 それ以前(いぜん)に、水場(みずば)を見付ける事にも苦労(くろう)しそうだ。

 それでも、この時はまだ、ロナードが簡単(かんたん)水場(みずば)を見付けていたのを見ていたので、何とかなるだろうと、レックスは気楽(きらく)(かま)えていたのだ。


(オレが、馬鹿(ばか)だった……)

レックスは心の中で(つぶや)くと、特大(とくだ)溜息(ためいき)を付いた。

 三日前、魔物(まもの)から(のが)れる時に、非常(ひじょう)食や救援(きゅうえん)(もと)める信号弾(しんごうだん)、マッチなどが入ったナップサックを落としてしまい、水だけで何とか(しの)いで来たが、昨日の夕方、(つい)にその水も()きてしまい、レックスは途方(とほう)()れていた。

 流石(さすが)に三日も何も食べないと力も出ず、(つね)空腹(くうふく)感に(さいな)まれ、腹の虫だけが(いそが)しく()っている。

 あまりの(のど)(かわ)きに、その辺の雨水(あまみず)()まった水溜(みずたま)りの水でも飲もうかと思ったが、ボウフラが何匹も水面で泳いでいるのを見て、飲む気が失せた。

 それに、その辺の泥水(どろみず)雨水(あまみず)を飲んだら(はら)(くだ)し、(ひど)下痢(げり)見舞(みま)われ、余計(よけい)に体力を消耗(しょうもう)し、動けなくなってしまうリスクの方が高いかも知れない……。

 そう思って、今の今まで我慢(がまん)して来たのだが……。

 泥濘(ぬかる)んだ足元(あしもと)に体力は(うば)われ、いつ魔物(まもの)がと鉢合(はちあ)わせるか分からないと言う緊張(きんちょう)が、彼の精神を追い詰めていく……。

 リタイアしたくても、それすら出来(でき)ない状況(じょうきょう)……。

 明日で試験(しけん)は終わるが、それまでに体が持つかどうか……。

 それ以前(いぜん)に、地図を紛失(ふんしつ)した所為(せい)で、集合場所がどの方向(ほうこう)にあるのか、自分が何処(どこ)にいるのかも分からない。

 このままでは、森の中で遭難(そうなん)だ。

 いや、もしかすると(すで)に、遭難(そうなん)しているのかも知れない……。

「やべぇ。 何か、目の前が真っ白になってきた……」

レックスはそう(つぶや)くと、ペタンとその場に(くず)れる様にヘタリ込んでしまった。

 ()ぐに立ち上がろうとするが、空腹(くうふく)のあまり足に力が入らず、立ち上がる事が出来ない。

(マジでヤベェかも知れねぇ……)

レックスは、動かなくなった自分の足元(あしもと)を見つめながら、心の中で(つぶや)いた。

 彼の遥か頭上(ずじょう)で、鳥が()きながら通り()ぎて行くのが聞こえた。

 何時(いつ)もは、何処(どこ)からか(けもの)や虫の鳴く声が、昼夜(ちゅうや)を問わず聞こえて来るのに、なぜか今は、風が木々に(しげ)った枝葉(えだは)()らす音以外は何も聞こえず、(おそ)ろしい位に(しず)かだった……。

 人が死ぬ瞬間(しゅんかん)は、こんな風に静かなのかも知れない……。

 そんな事をレックスは思いながら、何処(どこ)(あき)めた様に(しず)かに両目を閉じ、近くの木の(みき)に体を(もた)れ掛けた。

(お(ふくろ)……。 御免(ごめん)な)

レックスは心の中で(つぶや)くと、彼の脳裏(のうり)何処(どこ)か困った様な顔をしている、自分と面差(おもざ)しの良く()た、彼の母親の顔が浮かんだ。

 新入りなのに、(なま)意気(いき)態度(たいど)ばかり取る彼に、先輩(せんぱい)兵士(へいし)たちは一様(いちよう)に眉を(ひそ)め、態度(たいど)の悪さを注意すれば反発(はんぱつ)し、短気(たんき)な性格が(わざわ)いして、問題ばかり起こしている事は、一人で()らしている母親の耳にも入っている(はず)だ。

 (まわ)りから問題児扱(もんだいじあつか)いされ、『父親の面汚(つらよご)し』と陰口(かげぐち)(たた)かれ、自分のそんな話を耳にした母がどんな顔をしているのかと思うと、レックスは(なさ)けなくなってくる……。

 レックスは、そんな現状(げんじょう)を変えたかった。

 本当は父親の面汚(つらよご)しなどでは無く、(だれ)もが(うらや)む様な、立派(りっぱ)息子(むすこ)になりたかった……。

 この試験(しけん)に自分が合格すれば、少しは、自分に対する(まわ)りの見る目も変わるかも知れない。

 そうすれば、(なく)くなった父親だって、もっと(みんな)から評価(ひょうか)され、(した)われる様になる(はず)だ。

 そう思って(いど)んだのに、現実(げんじつ)はレックスが思っていた以上に(きび)しくて、残酷(ざんこく)で……。

 今回の事で、自分が今まで如何(いか)に、(せま)い世界の中でぬくぬくと生きて来たのかを、(いや)と言う(ほど)、思い知らされた。

 確かに、オルゲン侯爵家(こうしゃくけ)兵士(へいし)たちの中では、剣でレックスに(かな)(やつ)はいない。

 けれど、それは本当に、本当に、極々(ごくごく)小さな世界での話であって、こんな大自然(だいしぜん)の中では(けもの)一匹(いっぴき)仕留(しと)める事も出来(でき)ない。

 自分自身(じぶんじしん)(はら)も、(みた)たす事の出来(でき)ない様なヘタレだったのだから、ホント、笑える。

 平和の上に胡坐(あぐら)()いて、貴族(きぞく)()(かか)えられていると言う事に(あま)んじて、己自身(おのれじしん)を高める事を()めてしまった様な連中(れんちゅう)たちの中で、一番の剣の腕程度(うでていど)で、自分は何でこんなにも思い上がってたのだろうか……。

無様(ぶざま)ですわね」

不意(ふい)に、頭の上から若い女の声が聞こえて来た。

 レックスは、閉ざしていたゆっくりと目を開けると、セシアが物凄(ものすご)()ややかな目で、彼を(しず)かに見下ろしていた。

 何時(いつ)もの彼ならば『何だと!』と、怒鳴(どな)り返すだろうが、(まった)くその通りなので、彼女に言い返す事すら出来なかった。

「少しは、身の(ほど)が分かったかしら?」

セシアは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)でそう言うと、スッと彼に信号弾(しんごうだん)の入った(つつ)を差し出した。

 レックスは(おもむろ)にセシアが差し出した、信号弾(しんごうだん)の入った(つつ)を見た後、彼女の顔を見上げる。

「リタイアなさい。 そうすれば、(たす)けて()し上げますわ」

彼女は、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言った。

 彼女が差し出すこの信号弾(しんごうだん)を使って、リタイアの意志(いし)(しめ)せば、試験(しけん)は不合格にはなるが、命は助かるし、水も食料にもありつけるだろう。

 何より、こんな(つら)い想いからも解放(かいほう)される。

 けれど……レックスは何故(なぜ)か、その(つつ)を受け取る事を躊躇(ためら)った。

 それは、彼の心の何処(どこ)かで、自分はこの程度(ていど)の人間だと言う事を、(みと)めたくないと言う気持ちがあったからだ。

「何をしているの? 早くなさい」

セシアは、自分が差し出した(つつ)を受け取る事に躊躇(ちゅうちょ)しているレックスを見て、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言った。

「オレは……。 オレが……リタイアしたら……親父がまた、(みんな)馬鹿(ばか)にされちまう」

レックスは聞き取る事がやっとの様な、(かす)れた声で、力なくポツリと(つぶや)いた。

「そうかも知れないわね。 けれど今更(いまさら)、何を言っているのかしら?」

セシアは、(なか)(あき)れた様な表情を浮かべながら、()ややかな口調(くちょう)でレックスに言った。

「オレはずっと『親父(おやじ)面汚(つらよご)し』って、(まわ)りの奴等(やつら)から言われて来た……。 この試験(しけん)を受けたのは、オレが合格すれば、(だれ)もそんな事を言わなくなると思ったから……」

レックスは(うつむ)き、(かす)かに肩を(ふる)わせながら、(なみだ)ぐんだ声でそう語った。

「そう……。 でも明日の試験終了(しんけしゅうりょう)(むか)える前に、このままでは貴方(あなた)力尽(ちからつ)きるわよ」

セシアは、これと言った表情を浮かべる事も無く、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言い返す。

「そうかも知れねぇ……。 けど……。 これは受け取れねぇ……。 オレは、そんな事をする(ため)に、ここへ来たんじゃねぇから……。 これ以上、オレの所為(せい)親父(おやじ)やお(ふくろ)が笑い者になるくれぇなら、死んだ方がマシだ」

レックスは複雑(ふくざつ)な表情を浮かべ、重々(おもおも)しい口調(くちょう)で言うと、

「……貴方(あなた)が死んだ方がリタイアするよりも、もっと貴方(あなた)の母親は笑われるんじゃないかしら? 『無謀(むぼう)な事に(いど)息子(むすこ)()めずに、死地(しち)へ追いやった馬鹿(ばか)な母親』ってね」

セシアは、(あき)れた顔をして軽く溜息(ためいき)を付いてから、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)でそう指摘(してき)した。

「ぐっ……」

セシアの(するど)指摘(してき)に、レックスは苦々(にがにが)しい表情を浮かべる。

(まった)く。 男ってどうして何時(いつ)もこうなのかしら? こんな下らない事に(こだわ)って死んで、そうする事が本気で格好(かっこう)良いと思っているから、益々救(ますますすく)えないわ。 ホント馬鹿(ばか)よね」

セシアは、(あき)れた表情を浮かべながら言うと、レックスの手を(つか)み、無理矢理(むりやり)(つつ)を手に(にぎ)らせた。

馬鹿(ばか)事情(じじょう)なんて、(わたくし)にはどうでも良い事だわ」

物凄(ものすご)く冷めた口調(くちょう)でそう言うと、指先(ゆびさき)からライターの様に炎を出すと、戸惑(とまど)っているレックスを尻目(しりめ)に、信号弾(しんごうだん)(つつ)の先に火を付けた。

「な? な? なっ……なにしやがっ……」

それを見たレックスは、(おどろ)きのあまり目を丸くしてセシアに言うが、彼女は()ました顔をして、彼に(つつ)(にぎ)らせたまま、(つつ)を上空へと向け、

「は~い。 一名(いちめい)空腹(くうふく)で動けなくなり、リタイア――」

セシアは物凄(ものすご)他人事(たにんごと)の様に、()めた口調(くちょう)でそう言うと、(つつ)から(いきお)い良く信号弾(しんごうだん)が上がり、花火(はなび)炸裂(さくれつ)する時の様な音を立てながら、信号弾(しんごうだん)が生い(しげ)る木々の(はる)か上に光を放った。

「ンな――――っ!」

レックスはショックのあまり、目を丸くしたまま(つぶや)くと、口をあんぐりと開けて、そのまま固まってしまった。

「はい。 救助完了(きゅうじょかんりょう)。 集合場所に連行(れんこう)します」

セシアは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)でそう言うと、呆然(ぼうぜん)としているレックスの首根(くびね)っこを片手(かたて)(つか)むと、そのままズルズルと、彼を本部の天幕(てんまく)がある方向へと引っ張って行く。

(マジか――――っ!)

間抜(まぬ)けにセシアに引き()られながら、レックスは心の中で絶叫(ぜっきょう)した。

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