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DRAGON SEED  作者: みーやん
第二章
3/31

採用試験(上)

主な登場人物


ロナード…漆黒(しっこく)の髪に紫色の双眸(そうぼう)特徴的(とくちょうてき)な、傭兵業(ようへいぎょう)生業(なりわい)としていた魔術師(まじゅつし)の青年。 落ち着いた雰囲気(ふんいき)の、(じつ)年齢(ねんれい)よりも大人びて見える青年。 一七歳。


エルトシャン…オルゲン将軍(しょうぐん)(おい)で、ルオン王国軍の第三治安(ちあん)部隊(ぶたい)副部隊(ふくぶたい)(ちょう)だったが、カタリナ王女から、新設(しんせつ)された組織『ケルベロス』のリーダーを拝命(はいめい)する。 愛想(あいそ)が良く、柔和(にゅうわ)物腰(ものごし)な好青年。 王国内で(ゆび)()りの剣の使い手。 二一歳。


アルシェラ…ルオン王国の将軍(しょうぐん)オルゲンの娘。 白銀(はくぎん)の髪と琥珀(こはく)(いろ)双眸(そうぼう)特徴的(とくちょうてき)な、可愛(かわい)らしい顔立ちとは(こと)なり、じゃじゃ馬で我儘(わがまま)なお姫さま。 カタリナ王女の命を受け、新設(しんせつ)される組織に渋々(しぶしぶ)加わる事に。 一六歳。


オルゲン…ルオン王国のカタリナ王女の腹心(ふくしん)で、『ルオンの双璧(そうへき)』と(しょう)される、幾多(いくた)戦場(せんじょう)活躍(かつやく)をして来た(ろう)将軍(しょうぐん)。 温和(おんわ)義理堅(ぎりがた)い性格。 魔物(まもの)の害に(くる)しむ(たみ)救済(きゅうさい)(ため)に、魔物(まもの)退治(たいじ)専門(せんもん)の組織『ケルベロス』を、カタリナ王女と共に立ち上げた人物。


セシア…ルオン王国の王女カタリナの親衛隊(しんえいたい)一人で、魔術(まじゅつ)()けた女魔術師(まじゅつし)。 スタイル抜群(ばつぐん)で、人並(ひとな)み外れた妖艶(ようえん)な美女。


レックス…オルゲン侯爵家(こうしゃくけ)に仕えている騎士(きし)見習(みなら)いの青年。 正義感(せいぎかん)が強く、喧嘩(けんか)っ早い所がある。 屋敷(やしき)の中で一番の剣の使い手と自負(じふ)している。 一七歳。


カタリナ…ルオン王国の王女。 病床(びょうしょう)に有る(ちち)(おう)()わり、数年前から(まつりごと)を行っているのだが、宰相(さいしょう)ベオルフ一派の所為(せい)で、思う様に政策(せいさく)が出来ず、王位(おうい)継承権(けいしょうけん)(おびや)かされている。 自身は文武(ぶんぶ)()けた美女。 二二歳。


サムート…クラレス公国(こうこく)に住む、烏族(からすぞく)の長の妹サラサに(つか)える、烏族(からすぞく)の青年。 ロナードの事を気に掛けて居る(あるじ)(ため)に、ロナード共にルオンへ(おもむ)く。 人当(ひとあ)たりの良い、物腰(ものごし)の柔らかい青年。


ベオルフ…ルオン王国の宰相(さいしょう)で、カタリナ王女に代わり、自身が王位に()こうと(たくら)んで居る。 相当(そうとう)な好き者で、自宅や別荘(べっそう)に、各地から集めた美少年美少女を囲って居ると言われている。


メイ…オルゲン侯爵家(こうしゃくけ)(つか)えている騎士(きし)見習(みなら)いの少女。 レックスとは幼馴染(おさななじみ)。 ボウガンの名手(めいしゅ)。 十七歳。


「あっんのぉ男ぉぉぉ……。 歓迎(かんげい)(うたげ)以来(いらい)、顔すら見せないじゃないっ! これじゃあ、アタシが(いく)可愛(かわい)くたって、会えなきゃ意味(いみ)()いじゃないの!」

アルシェラは、自分の部屋の鏡台(きょうだい)の前に座り、侍女(じじょ)に朝の身支度(みじたく)(ため)、髪を()かせながら、忌々(いまいま)し気に(つぶや)く。

(ロナード様に全く会えなくて、機嫌(きげん)が悪いわね……)

アルシェラの髪を()いている侍女(じじょ)は、心の中で(つぶや)くと、苦笑(にがわら)いを浮かべる。

 その原因(げんいん)が何なのか、侍女(じじょ)たちは分かっているのだが、今朝は(とく)機嫌(きげん)が悪く、アルシェラから八つ当たりを受けないか、侍女(じじょ)たちはビクビクしている。

「ロナード様は、近く行われる魔物退治(まものたいじ)をする組織(そしき)試験(しけん)(のぞ)まれるので、鍛練(たんれん)にお(いそが)しいようです」

中年の小太り気味(ぎみ)侍女(じじょ)が、アルシェラの着る服をクローゼットから出しながら、落ち着いた口調(くちょう)で言う。

試験(しけん)?」

アルシェラは、鏡越(かがみご)しにその侍女(じじょ)の方を見ながら、そう言った。

「はい。 (くわ)しい事は分かりませんが……」

中年の小太り気味(ぎみ)侍女(じじょ)が、落ち着いた口調(くちょう)で続ける。

「ふぅん……」

それを聞いたアルシェラは、少し考えた後、何やら思い付いた様子(ようす)で、ニヤリと笑みを浮かべる。

 それを見た若い侍女(じじょ)たちは、一抹(いちまつ)の不安を(おぼ)えた。

面白(おもしろ)そうじゃない。 アタシも参加(さんか)してみようかしら」

アルシェラは、ニッコリと()みを浮かべながら言うと、

「と、とんでも御座(ござ)いません! 天下(てんか)のオルゲン家の姫様がそんな……」

それを聞いて、アルシェラの髪を()いていた侍女(じじょ)がギョッとして、そう言った。

「アタシも参加(さんか)して、護衛(ごえい)をロナードにさせれば試験の間、ずっと一緒(いっしょ)に居られるじゃない?」

アルシェラはニッコリと笑みを浮かべ、侍女(じじょ)たちに言う。

「それは、そうですが……」

アルシェラの髪を()いている侍女(じじょ)が、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら言う。

「ねっ。 (われ)ながら良い考えでしょ?」

アルシェラは、(うれ)しそうに声を(はず)ませながら言った。

(それは……ロナード様が迷惑(めいわく)なだけなのでは?)

(お(じょう)(さま)が役に立つとは思えない……)

(お嬢様(じょうさま)所為(せい)でロナード様が試験(しけん)に落ちたら、どうするつもりなのかしら……)

侍女(じじょ)たちは、一様(いちよう)に不安に()ちた表情を浮かべ、心の中で(つぶや)くが、それを声に出す者は(だれ)一人(ひとり)いなかった。

「そ、それは一度、お(やかた)(さま)にご相談(そうだん)なさった方が(よろ)しいのではありませんか?」

アルシェラの髪を()いている侍女(じじょ)が、戸惑(とまど)いの表情を浮かべたまま、アルシェラに言った。

大丈夫(だいじょうぶ)よ。 それにどうせ、お父様はお(いそが)しいから、何時(いつ)お会い出来るのか分からないじゃない?」

アルシェラはニッコリと笑みを浮かべ、物凄(ものすご)無責任(むせきにん)に、そして楽観的(らっかんてき)口調(くちょう)で言った。

「で、ですが……」

別の若い侍女(じじょ)戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら言うと、

「このアタシが良いって言ってるんだから、良いのよ!」

アルシェラはキッとその侍女(じじょ)(にら)み付け、怒鳴(どな)り返したので、侍女(じじょ)たちはビクッと身を強張(こわば)らせる。

「良い事? もし、お父様に言いつけたら(ゆる)さないわよ!」

アルシェラは、部屋に居合(いあ)わせた侍女(じじょ)たちに向かって、強い口調(くちょう)でそう言って(おど)す。

「しょ、承知(しょうち)(いた)しました……」

「は、はい……」

侍女(じじょ)たちは、渋々(しぶしぶ)と言った様子(ようす)で、アルシェラにそう返事した。


 ルオン高原(こうげん)はルオン王国の北部、マイル王国との国境(こっきょう)付近(ふきん)にあり、古くから地下(ちか)資源(しげん)宝庫(ほうこ)で、この一帯(いったい)支配権(しはいけん)(めぐ)り、(かつ)てはルオンと北の隣国(りんごく)マイルが(あらそ)った事もある。

 また、起伏(きふく)(はげ)しい地形(ちけい)と、変化に()んだ自然が広がっている(ため)様々(さまざま)動植物(どうしょくぶつ)宝庫(ほうこ)でもあり、固有(こゆう)の動植物も数多(かずおお)生息(せいそく)しているのだが、そう言った生き物を捕食(ほしょく)する魔物(まもの)たちのも数多くいる地域(ちいき)でもある。

 草木が(ほとん)ど生えない岩地(いわち)の地下では、鉱物(こうぶつ)資源(しげん)採掘(さいくつ)されているが、そこから直ぐ南には、鬱蒼(うっそう)と草木が生い(しげ)り、昼間でも薄暗(うすぐら)い、広大な森林(しんりん)地帯(ちたい)が広がり、森の中には沼地(ぬまち)湿地(しっち)なども点在(てんざい)し、毒虫(どくむし)(ひる)毒蛇(どくへび)(どく)(がえる)などが生息(せいそく)し、猛獣(もうじゅう)魔物(まもの)も居るとても危険(きけん)な場所だ。

 カタリナ王女が新設(しんせつ)する、魔物退治専門(まものたいじせんもん)の組織『ケルベロス』の採用(さいよう)試験(しけん)は、その森林地帯(しんりんちたい)一角(いっかく)で行われる。

 受験(じゅけん)受付期間(うけつけきかん)の間、高月給(こうげっきゅう)好待遇(こうたいぐう)()られて、国内外から(うで)(おぼ)えがある者、現状(げんじょう)待遇(たいぐう)不満(ふまん)を持つ、現役(げんえき)騎士(きし)たちなどが集まり、受付会場(うけつけかいじょう)となっていた、ルオン王宮(おうきゅう)前庭(ぜんてい)には連日(れんじつ)受験希望者(じゅけんきぼうしゃ)が城の外にまで(あふ)れ、長蛇(ちょうだ)の列が続いていた。

 意気揚々(いきようよう)必要(ひつよう)受験手続(じゅけんてつづき)()ませた受験希望者(じゅけんきぼうしゃ)たちの多くは、試験会場(しけんかいじょう)がこのルオン高原(こうげん)だと知ると、一様(いちよう)に顔を青くして尻込(しりご)みし、受験(じゅけん)辞退(じたい)すると言う状況(じょうきょう)であった。

 当日(とうじつ)試験(しけん)をボイコットする者も、多くいるであろう事も予想(よそう)されている(ため)実際(じっさい)に会場へどの位の人間が集まるのか、(まった)予想(よそう)出来(でき)ない。

 主催者(しゅさいしゃ)側の責任者(せきにんしゃ)の一人であるエルトシャンも、本当に人が集まるのかと、この数日、不安で眠れない日々を送っていた。

 試験開始当日(しけんかいしとうじつ)の朝、エルトシャンはルオン王国軍の兵士たちと共に現地(げんち)()りをし、まず、魔物(まもの)たちの襲撃(しゅうげき)から身を守る退避場(たいひじょう)を作る(ため)魔術師(まじゅつし)たちが結界(けっかい)()り、安全を確保(かくほ)した後、運び込んだ天幕(てんまく)などを兵士達(へいしたち)と共に()り、受験者(じゅけんしゃ)到着(とうちゃく)を待った。

 午前中は全く受験者が来ず、このまま(だれ)も来ないのかと思われた昼過ぎ(ころ)から、チラホラと受験希望者(じゅけんきぼうしゃ)(あらわ)れ始めた。

(マジで、これだけなのかよ?)

受験(じゅけん)希望用紙(きぼうようし)提出(ていしゅつ)する(ため)、ルオン王宮(おうきゅう)へレックスが行った時は、数え切れない(ほど)の人たちが、城外(じょうがい)まで(あふ)れ、長蛇(ちょうだ)(れつ)を作っていて、受付を済ませるのに一時間以上も掛ったのだが……。

 その後も、受付会場(うけつけかいじょう)である王宮(おうきゅう)の前を通る事があったが、やはり他の日も、彼が受付を行った日と同じ位、沢山(たくさん)の人が(なら)んでいたのを見ていた事もあり、新組織(しんそしき)に対する周囲(しゅうい)関心(かんしん)の高さを(うかが)わせた。

 そんな状況(じょうきょう)だったにも(かか)わらず、実際(じっさい)に今日、試験会場(しけんかいじょう)へ来た受験者(じゅけんしゃ)の数が、彼が思っていた以上に少ない事に(おどろ)いた。

 同僚(どうりょう)のメイから聞いた話では、千人以上の受験(じゅけん)希望(きぼう)があったらしいが……今ここに来ている受験者たちは、どう多く見積(みつ)もっても、百人いるかいないかだ。

(本当にこんな数で良いのかよ?)

レックスは、受験者(じゅけんしゃ)の数の少なさに(おどろ)きつつ、主催者(しゅさいしゃ)側であるオルゲン将軍(しょうぐん)()を心配していた。

 レックスがそんな事を思いながら、辺りを見回していると、エルトシャンが何処(どこ)からか連れて来て、レックスが昨日まで護衛(ごえい)をしていた相手である、背の高い黒髪の青年ロナードの姿(すがた)があった。

 今日はお付のサムートとか言う従者(じゅうしゃ)は、一緒(いっしょ)ではない様だ。

「よぉ。 オメェ。 本当に一人で受けるのな?」

レックスは、沢山(たくさん)荷物(にもつ)背負(せお)いつつ、先輩(せんぱい)から()りた甲冑(かっちゅう)をガチャガチャと言わせながら、ロナードに歩み()り、(かぶ)っていた(かぶと)を外し、そう声を掛けた。

相変(あいか)わらず細せぇな……。 大丈夫(だいじょうぶ)か? コイツ)

レックスは(あらた)めて、ロナードが自分などよりも華奢(きゃしゃ)な体付きをしているのを見て、心の中で(つぶや)いた。

「レックス? 何なんだ? その格好(かっこう)は。 戦争(せんそう)にでも行くのか?」

ロナードは、良くここまで運んで来たなと思う(ほど)大量(たいりょう)荷物(にもつ)背負(せお)い、重歩兵(じゅうほへい)の様な重厚(じゅうこう)装備(そうび)のレックスを見て、(おどろ)きの表情を浮かべながら、そう言い返して来た。

 意外(いがい)にも、興味(きょうみ)無さそうにしていたロナードが、自分の名前をしっかり(おぼ)えていたのには、レックスは(おどろ)いた。

絶対(ぜったい)沼地(ぬまち)(はま)ったら(しず)むぞ)

ロナードは、(おも)そうな甲冑(かっちゅう)(まと)い、とても動き(にく)そうに、ガチャガチャと(やかま)しく甲冑(かっちゅう)の音を立てているレックスを見ながら、心の中で(つぶや)いた。

(なーんか、えらい軽装だな。 コイツ、ハイキングか何かと勘違(かんちが)いしてんじゃね?)

レックスの方も、ロナードの格好(かっこう)を見て、その様に思っていた。

 彼の言う通り、ロナードは黒色のトータルネックの上から、黒い革製(かわせい)のジャケットを羽織(はお)り、黒色のジーンズに、黒色のブーツ、腰には少し大きめのポシェット、数本の短剣が()さった剣ベルトを()き、剣をぶら下げているだけの、何だかそのまま買い物に行っても良さそうな格好(かっこう)だ。

 多くの受験者(じゅけんしゃ)が、魔物(まもの)たちの(つめ)(きば)警戒(けいかい)し、強固(きょうこ)(よろい)小手(こて)など装備(そうび)している中、彼の格好(かっこう)は、(よろい)が歩いている様な格好(かっこう)のレックスと同じ位、目立っていた。

予備(よび)(よろい)()してやろうか?」

レックスは心配になって思わず、ロナードにそう声を掛けてしまった(ほど)だった。

余計(よけい)世話(せわ)だ。 体に合っていない(おも)(よろい)など、森の中を移動(いどう)するのに邪魔(じゃま)になるだけだ。 そんな(じゅう)装備(そうび)では、魔物(まもの)攻撃(こうげき)()ける事も出来(でき)ないし、移動(いどう)するだけで(つか)れるぞ」

ロナードは、ムッとした表情を浮かべ、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、レックスにそう言い返した。

 どうやらロナードは、レックスとは(ちが)い、相手の攻撃(こうげき)(ふせ)ぐのでは無く、()けると言う事が大前提(だいぜんてい)の様だ。

「だからって、そりゃねぇだろ? オメェ、ぶっちゃけ魔物(まもの)(たたか)った事なんてねぇんだろ?」

レックスは、(あき)れた表情を浮かべロナードに言うと、彼の発言(はつげん)にカチンときたロナードは、

「お前と一緒(いっしょ)にするな! 騎士(きし)見習(みなら)い!」

自分の指先(ゆびさき)をレックスの鼻先(はなさき)()き付けながら、そう怒鳴(どな)り返した。

「んなっ……」

何だかロナードに、騎士(きし)見習(みなら)いである事を馬鹿(ばか)にされている様に思えたレックスは、(まゆ)釣上(つりあが)らせ、何か言い返そうとした時、

「時間になりましたので、これで試験(しけん)の受け付けは終了(しゅうりょう)します。 簡単(かんたん)試験(しけん)の説明をしますので、受験者(じゅけんしゃ)(みな)さんは、天幕前(てんまくまえ)にお集まり下さい」

兵士(へいし)が、周囲(しゅうい)にいる受験者(じゅけんしゃ)たちに向かって(さけ)ぶのが聞こえた。

「時間だ」

ロナードはそう言うと、緊張(きんちょう)している様子(ようす)も無く、足取(あしど)り軽く、説明を受ける(ため)にエルトシャン達がいる天幕(てんまく)の方へと足を運んだ。

「あ、おい。 ちょっと待てよ!」

レックスはそう言って、さっさと先に行こうとするロナードにそう声を掛け、足を一歩踏()み出した瞬間(しゅんかん)バランスを(くず)し、派手(はで)な音を立てながら、前のめりになって()け、身に付けている甲冑(かっちゅう)(おも)いので、そのままひっくり返った(かめ)の様に動けなくなってしまった。

「お―――い。 助けてくれ―――っ!」

レックスは、自分の方へ()り返る事も無く、どんどん遠ざかって行くロナードの背中(せなか)に向かって、(たす)けを(もと)(さけ)ぶ。

 だが、レックスの(さけ)びも(むな)しく、ロナードは足を止める事も、彼の方へ()り返る事も無く、スタスタと行ってしまった……。

 どう考えても、レックスが(つまづ)いて()けた(さい)に、彼が身に付けていた甲冑(かっちゅう)金属(きんぞく)同士(どうし)がぶつかり合う、賑々(にぎにぎ)しい音が聞こえているだろうし、(たす)けを(もと)めるレックスの叫び声も聞こえている(はず)である。

 レックスは完全に、ロナードから無視(むし)されてしまったのだ。

 その後、彼の事態(じたい)に気付いて、()け付けた兵士(へいし)たち数人掛(すうにんがか)りで、レックスは無事(ぶじ)に起き上がる事に成功(せいこう)したが、彼のあまりの馬鹿(ばか)()ぎる格好(かっこう)を見た兵士(へいし)たちにこっ(ぴど)(しか)られ、予備(よび)にリュックに入れてあった鉄の胸当(むねあ)てと鎖帷子(くさりかたびら)以外の防具(ぼうぐ)(すべ)没収(ぼっしゅう)され、(ほか)にも、山の様に持って来た荷物(にもつ)の中で、兵士(へいし)たちに不要(ふよう)判断(はんだん)された物は(ことごと)く取り上げられてしまった……。


(何だよ。 アイツ等、オレに死ねって言うのかよ……)

来た時とは(ちが)い、すっかり(しぼ)んでしまった、無駄(むだ)に大きなリュックを背にしたレックスは、泣きそうな顔になりながら、トボトボとした足取りで、心の中でそう(つぶや)きながら、エルトシャン達がいる受付(うけつ)天幕(てんまく)の方へと向かった。

「ほれ!」

最後にやって来たレックスに、何かが入った赤いナップサックを、兵士(へいし)がそう言って、乱暴(らんぼう)()き付けて来た。

 レックスはそれが何であるのか理解(りかい)出来(でき)ぬまま、戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、不意(ふい)に差し出された赤いナップサックを受け取った。

「今、赤いナップサックが(くば)られたと思うが、今から言う物があるか、各々(おのおの)確認(かくにん)をして下さい」

兵士(へいし)の一人が、集まった受験者(じゅけんしゃ)たちにそう()び掛けると、受験者たちは言われた通り、(わた)された赤いナップサックの中の物の確認(かくにん)を始めた。

「まず、この信号弾(しんごうだん)ですが、要救助(ようきゅうじょ)の場合またはリタイアを希望(きぼう)する場合のみに使って下さい。 信号弾(しんごうだん)発見(はっけん)した人たちは、(すみ)やかに救助(きゅうじょ)に向かって下さい。 無視(むし)した場合、減点(げんてん)とします」

兵士(へいし)(おもむろ)に、赤い筒状(つつじょう)の物を取り出すと、受験者(じゅけんしゃ)たちに説明(せつめい)すると、話を聞いた受験者たちの間から、不満(ふまん)の声が()れる。

「次に三日分の携帯食(けいたいしょく)、水、蝋燭(ろうそく)、マッチ、地図、包帯(ほうたい)(とう)(おう)急措置用品(きゅうそちようひん)……全部ありますか? 無い方は挙手(きょしゅ)をお願いします」

兵士(へいし)は赤いナップサックからそれらを取り出しながら、受験者(じゅけんしゃ)たちにそう問い掛けると、彼等(かれら)の間からポツポツと、気の抜けた返事が来る。

「続いて合格の条件(じょうけん)ですが、一週間以内に我々(われわれ)(あらかじ)めタグを付けた魔物(まもの)(たお)し、タグを回収(かいしゅう)し、一週間後の夕刻(ゆうこく)までに、ここへ(もど)って来て下さい。 一人五個が合格のラインとします。 地図にもここの場所を(しる)してあります。 あと、活動(かつどう)範囲(はんい)(かぎ)られています。 危険(きけん)なので侵入(しんにゅう)禁止(きんし)しているエリアもあるので、地図を見て確認(かくにん)をしておいて下さい」

兵士(へいし)は落ち着き払った口調(くちょう)で、参加(さんか)者たちに説明する。

「つーか、タグを付けた魔物(まもの)が、エリア外にいたらどーすんだよ?」

レックスは(おもむろ)に、説明(せつめい)をしていた兵士(へいし)に問い掛けると、

「タグを付けている魔物(まもの)は、結界(けっかい)内しか活動出来(かつどうでき)ません。 貴方(あなた)たちも(うで)に付けているバングルを外さない(かぎ)り、結界(けっかい)の外へは出られません。 ただ、タグを付けていない魔物(まもの)(けもの)は、出入りが自由です。 間違(まちが)って(たお)しても、得点(とくてん)には加算(かさん)されないので注意して下さい」

兵士(へいし)は落ち着き払った口調(くちょう)で、レックスの問い掛けにそう答えると、

「えーっ」

「何だよそれ」

頑張(がんば)(ぞん)じゃん」

(ほか)受験者(じゅけんしゃ)たちは、(いや)そうな表情を浮かべながら、口々にそう言い返した。

(ほか)受験者(じゅけんしゃ)監視(かんし)兵士(へいし)たち一般人(いっぱんじん)などに危害(きがい)(くわ)えたり、殺害(さつがい)する事は駄目(だめ)です。 (そく)失格(しっかく)とします。 魔物(まもの)(おそ)われ、死亡(しぼう)した場合も勿論(もちろん)失格(しっかく)です。 死亡(しぼう)した場合、自己(じこ)判断(はんだん)ミスと見做(みな)して失格(しっかく)とします。 此方(こちら)は何の保証(ほしょう)もしません。 なので、死なない様にして下さい」

兵士(へいし)は落ち着き払った口調(くちょう)でそう付け加えた。

「マジか―っ」

「ヤバイじゃん」

「こっわー」

それを聞いて、参加(さんか)者たちは頭を(かか)えたり、戦々恐々(せんせんきょうきょう)と言った様子(ようす)で、口々にそう(つぶや)く。

「後は(とく)に自由です。 ()(かく)、一週間ここで生き()び、期限内(きげんない)にタグを一人五個集めれば良いので、受験者同士(じゅけんしゃどうし)が組んでもらっても(かま)いません」

兵士(へいし)は、様々(さまざま)反応(はんのう)(しめ)参加(さんか)者たちを横目に、そう言った。

「そうか! その手があったぜ!」

話を聞いたレックスは、ポンと手を(たた)き、嬉々(きき)とした表情を浮かべて(つぶや)いた。

 確かに一人で、この様な場所で魔物(まもの)(たお)しながら野宿(のじゅく)をするなど、無理(むり)な話だが、(だれ)かと一緒(いっしょ)であれば、そのハードルも少しは下がる(はず)だ。

 早速(さっそく)レックスは辺りを見回し、自分と組む相手(あいて)物色(ぶっしょく)し始めた。

(くわ)しい事は、先程(さきほど)(くば)った用紙に書いてある。 あとは各自(かくじ)で目を通して置く様に。 字が読めない者は説明(せつめい)するので声を掛けて下さい。 以上です。 解散(かいさん)

兵士が解散(かいさん)宣言(せんげん)すると、受験者(じゅけんしゃ)たちは()ぐに、思い思いの場所へと()って行き始めた。

「なーな。 オレと組まねぇか?」

「なあ。 アンタは一人か?」

レックスは、そんな事を言いながら、自分の近くにいた受験者(じゅけんしゃ)たちを(かた)(ぱし)から声を掛けて行くのだが、(みな)、彼の事を無視(むし)して、森の中へと消えて行った……。

 (しばら)くして、(だれ)もいなくなってしまい、レックスも仕方(しかた)なく、森の方へと歩き出しながら、

「んだよ! どいつもこいつもよ! 折角(せっかく)模擬戦(もぎせん)で負けなしのこのオレが、組んでやるって言ってるのによ。 無視(むし)しやがって!」

などと、ブツブツと文句(もんく)を言っていた。


 自分と組む相手(あいて)(さが)していたレックスだが、(ことごと)(ことわ)られ、仕方(しかた)なく一人で、試験(しけん)エリアとなる森の中へと()み込んだ。

 鬱蒼(うっそう)草木(くさき)が生い(しげ)り、昼間でも薄暗(うすぐら)い、不気味(ぶきみ)な空気が(ただよ)う森の中を、レックスは不安に満ちた表情を浮かべ、辺りを見回しながら、ゆっくりと歩を進めて行く……。

 ガサガサガサッと(しげ)みが音を立てる音が背後(はいご)から聞こえたので、レックスはビクッと身を強張(こわば)らせ、両腰(りょうこし)に下げていた剣の()に手を掛け、(あわ)てて()り返ると、(まち)の中では見た事も無い、オレンジ色の大きな(くちばし)を持った、赤や青と言った派手(はで)な姿の鳥が、大きく(つばさ)()ばたかせて、何処(どこ)かへと飛んで行ってしまったのを見て、レックスは自分の(ひたい)(うっす)らと浮かんだ(あせ)片手(かたて)(ぬぐ)いつつ、

「何だ鳥かよ……。 (おどろ)かすんじゃねぇよ……」

魔物(まもの)では無い事に安堵(あんど)しつつ、そう(つぶや)いた。

 その後も、森の(いた)る場所から、ギャーギューギャーと言う雄鶏(おんどり)()(ころ)した様な奇妙(きみょう)な声や、ギリギリ―ギリギリーと鳴く虫の声、風に()れ木の枝がぶつかり合い、(はげ)しく葉を()らす音など、(まち)の中ではまず耳にする事の無い、様々(さまざま)な音が聞こえて来る(たび)、レックスは青い顔をして立ち止まって、ビクビクと身を強張(こわば)らせ、辺りを見回すと言う事を()り返した。

 これだけ歩き回っても(だれ)とも合わないし、それどころか(まった)く人の気配(けはい)が無いので、本当に(ほか)受験者(じゅけんしゃ)がこの森の中にいるのかとさえ、レックスは思ってしまった。

 そんな風に、何となく歩き回っていると、不意(ふい)に木の根に(つまづ)き、前のめりになって倒れそうになった所、ゴワゴワとした感触(かんしょく)の何かに、思い切りぶつかった。

「なんだぁ?」

レックスはそう言いながら、ゆっくりと自分がぶつかった物を見ると、それは、左右に大きな(きば)頭部(とうぶ)(つの)を生やした、()げ茶色のゴワゴワとした毛を生やした(ぶた)……いや、(いのしし)と言うべきだろうか。

 背丈(せたけ)はレックスほどあり、横幅(よこはば)など、彼を三人……いや、四人並べた位はあるだろうか……()(かく)(まち)の中では見た事も無い、とても大きな(けもの)が居たのだ。

「うわあああっ!」

レックスは青い顔をして、声を上げ、(あわ)てて後退(あとずさ)りをしたが、彼がぶつかったその(けもの)は、()ちた倒木(とうぼく)に生えたキノコを食べていた様で、食事の邪魔(じゃま)をされてとても気が立っており、鼻息(はないき)(あら)く、血走(ちばし)った目でギロリと彼を見据(みす)えていた。

 ルオンの(まち)の中で生まれ育ち、(ほとん)ど街の外に出た事の無いレックスは、馬やヤギなどは見た事があるが、(ぶた)や牛などは、肉として売られている状態(じょうたい)でしか見た事が無く、それらが生きて動いている所すら見た事が無い。

 (おさな)(ころ)に母に()れられ、見世物(みせもの)小屋(ごや)芸人(げいにん)たちが連れて来た、()()らされた(くま)やライオンは見た事があったが、こんな間近(まぢか)で、野生(やせい)動物(どうぶつ)を見た事が無かった。

 レックスは、見るからに凶暴(きょうぼう)そうな大きな(けもの)を前にして、顔から血の気が()せ、恐怖(きょうふ)に足が(すく)んでしまい、そこから動けなくなってしまっていた。

 (しばら)くレックスを(にら)み付けていた(けもの)は、彼を(てき)見做(みな)し、(ひたい)の大きな(つの)を彼の方へ向け、(いきお)い良く、立ち()くしている彼に向って突進(とっしん)して来た。

「うぎゃ―――っ!」

それを見たレックスは思わず悲鳴(ひめい)を上げ、持っていた荷物(にもつ)を放り出し、(おお)(あわ)てて逃げ出した。

「いきなり何なんだよ! ぶつかった事は(あやま)るから、こっち来んな―――っ!」

レックスは(はん)()きになりながら、我武者羅(がむしゃら)に森の中を全力(ぜんりょく)疾走(しっそう)しつつ、自分を追掛(おいか)けて来る、(いのしし)の様な大きな(けもの)に向かって(さけ)んでいると、不意(ふい)頭上(ずじょう)からパンパンと(かわ)いた銃声(じゅうせい)がして、彼を()()けて来ていた、(いのしし)の様な大きな(けもの)の動きがピタッと止まった。

 そして、血走(ちばし)った目で辺りを見回していると、木の上で何か大きな物が動く様な音がした瞬間(しゅんかん)、その(けもの)鼻息(はないき)(あら)く、その木の(みき)に向かってその大きな体を突進(とっしん)させた。

 突進(とっしん)を受けた大きな木は大きく()れ、生い(しげ)っていた葉が(はげ)しく()れ合う音と共に、葉に付着(ふちゃく)していたと思われる水滴(すいてき)が、雨の様にバサーッと()って来て、それらと一緒(いっしょ)に人が落ちて来た。

 木の上から落ちて来たのは、フリルをふんだんに使った、ピンクの縁取(ふちど)りがされた、黒色のゴシックロリータ風のワンピースに、黒色のロングブーツと言う、とても森の中でサバイバルをするとは思えない様な格好(かっこう)をした、背中(せなか)まである銀色(ぎんいろ)の長い髪に、団栗(どんぐり)の様な琥珀(こはく)色の大きな(ひとみ)鼻筋(はなすじ)の通った小さな鼻、陶器(とうき)の様な白く(なめ)らかな(はだ)の、中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)可愛(かわい)らしい顔立ちの、年の(ころ)は一五歳くらいの、(じゅう)を手にした少女だった。

「いったぁ……」

少女はそう言いながら、危機感(ききかん)の無い様子(ようす)で、片手(かたて)で自分のお(しり)(さす)っているが、(いのしし)の様な大きな(けもの)は、自分の前に()って来た少女に一撃見舞(いちげきみま)おうと、(ひたい)にある大きな(つの)()(かざ)す。

「きゃー――ッ!」

それに気付いた少女は思わず声を上げ、両腕(りょううで)で自分の頭を(かば)う様にして、その場に(うずくま)る。

「姫っ! あぶねぇ!」

レックスもとっさに声を上げだが、(こわ)いと言う気持ちの方が(まさ)り、動く事が出来ずにいた。

 (あわ)れ、目の前のアルシェラは、(けもの)(つの)串刺(くしざ)しにされるかと思われたその時、(いのしし)の様な大きな(けもの)悲鳴(ひめい)が上がり、バキバキバキッと木の()れる様な音が(おく)れて背後(はいご)から(ひび)いて来た。

 (おどろ)いたレックスは()り返ると、彼の背後(はいご)には立っていた(いく)つもの木々が、根元(ねもと)の辺りから、何かに()(つぶ)されたように折れていて、何か大きな物が地面の上に落ちたのか、地面の上に()(つも)もっていた木の葉が(いきお)い良く()っていた。

大丈夫(だいじょうぶ)か?」

レックスの()ぐ横で、聞いた事のある若い男の声がしたので、彼はそちらへ目を向けると、何処(どこ)から(あらわ)れたのかロナードが、折れた木々がある方を見たまま、呆然(ぼうぜん)とした様子(ようす)で地面の上にヘタリ込んでいたアルシェラに声を掛けていた。

「おまっ……ロナード? 何時(いつ)の間に?」

レックスは、いきなり()いて出て来た様な彼に(おどろ)いて、思わずそう声を掛けてから、ふと、自分たちを(おそ)おうとしていた(いのしし)の様な大きな(けもの)姿(すがた)が無い事に気付くと、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、(いそが)しくキョロキョロ辺りを見回していると、ロナードがスッとレックスの背後(はいご)指差(ゆびさ)したので、彼はロナードが指差(ゆびさ)す方へと目を向けると、折れて(たお)れた木々の上に、黒い大きな(かたまり)がある事に気が付いた。

「ふぁ? ええっ? えっ? えっ? どーなんてんだ?」

レックスは、どうして(いのしし)の様な大きな(けもの)が、そんな所に(ころ)がって動かなくなっているのか、全く理解(りかい)出来(でき)ず、まるで(きつね)(つま)まれた様な間抜(まぬ)けな顔をし、間抜(まぬ)けな声を上げる。

「何か良く分かんなかったけどぉ。 彼が来た途端(とたん)に、グワーって言うかぁ? ザワーって言うかぁ? ()(かく)(すご)(いきお)いで風が()いて、アタシを(おそ)おうとした(けもの)が、ピューンって言うかポーン? んまあ、すっごい(いきお)いであそこまで飛んで行っちゃったの」

一部(いちぶ)始終(しじゅう)を見ていたのか、アルシェラが必死(ひっし)説明(せつめい)してくれるのだが、何せ『グワー』など『ピューン』などと擬音語(ぎおんご)が多くて、話を聞いたレックスはキョトンとする。

 何だか、(すご)興奮(こうふん)しているアルシェラの様子(ようす)を見る(かぎ)り、ロナードが来た時に何か(すご)い事が起きて、彼女を串刺(くしざ)しにしようとしていた(いのしし)の様な大きな(けもの)が、何故(なぜ)かは分からないが、あそこまで飛んで行ってしまったと言う事なのだろう。

 良く分からないが……。

 多分(たぶん)……。

「しん……だのか? アレ」

レックスは戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、ロナードに問い掛けると、

気絶(きぜつ)しているだけだ。 ヤツが意識(いしき)を取り(もど)す前に、ここから(はな)れた方が良い」

彼は、落ち着き払った口調(くちょう)で、レックスの問い掛けにそう答えた。

「えっ。 あ、でもよ、やっつけてタグを手に入れた方が良くね?」

レックスはふとタグの事を思い出し、ロナードに言うと、

「……ある訳ないだろ?」

彼は、(あき)れた表情を浮かべて、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言うと、レックスは『へっ?』と言う様な表情を浮かべる。

「ツノイノシシよ。 お父様たちと(かり)へ行った時、森の中で何度(なんど)か見た事あるわ。 ベーコンとかで食べた事ないの? それよ。 魔物(まもの)じゃないしぃ」

キョトンとしているレックスに向かって、アルシェラが言った。

「へっ? ツノイノシシ? あのベーコンの?」

レックスは(おどろ)戸惑(とまど)い、『(しん)じられない』と言った様子(ようす)で、間抜(まぬ)けな声を上げながら、アルシェラに問い掛ける。

「そっ」

アルシェラはそう言いながら、持っていた(じゅう)を腰から下げていたホルダーに(しま)う。

「何だよ……」

レックスは、拍子(びょうし)()けした様子(ようす)(つぶや)くと、

「お前、(けもの)と魔物の区別(くべつ)もつかないのに、この試験に参加(さんか)しているのか?」

ロナードは(あき)れた表情を浮かべ、レックスに問い掛けると、彼はムッとした表情を浮かべ、

「っせーな! ちょっと(あせ)っただけだよ!」

そう強い口調(くちょう)でそう言い返したが、実はロナードの言う通り、これまで魔物(まもの)と会った事など一度も無いし、魔物(まもの)知識(ちしき)(まった)く無いのである。

 ただ、レックスはその事を知られて、馬鹿(ばか)にされるのが(いや)だったので、(いき)がってそう言い返したのだ。

「……そう言う事にしておこうか」

まるで、レックスの心中(しんちゅう)見透(みす)かしている様な視線(しせん)を向けつつ、ロナードは、()めた口調(くちょう)でそう言ってから、

()(かく)、次からはこんなヘマをしない様に、気を付けるんだな」

レックスとアルシェラにそう言い残し、(きびす)を返し、その場から立ち()ろうとした。

「ちょっと、待ってぇ!」

アルシェラは、立ち()ろうとしたロナードの(うで)(つか)みそう言うと、彼は足を止め、五月蠅(うるさ)そうな表情を浮かべ、

「何だ?」

「ねぇ。 さっきのって、魔術(まじゅつ)でしょ?」

アルシェラは、好奇心(こうきしん)()ちた表情を浮かべ、目を(かがや)かせながら、ロナードに問い掛ける。

(えっ……)

アルシェラの言葉を聞いたレックスは(おどろ)き、(おもむろ)にロナードの方を見る。

 この世界では、魔術(まじゅつ)を使えるのは『亜人(あじん)』と呼ばれる人種(じんしゅ)と、亜人(あじん)と人間の間に生まれた混血児(こんけつじ)、そして混血児(こんけつじ)の血を引く人間だけで、普通(ふつう)の人間は魔術(まじゅつ)を使う事が出来(でき)ない。

 ただ魔術師(まじゅつし)たちは、自分が魔術師(まじゅつし)である事をあまり(おおやけ)にする事は無く、その事を()(かく)し、普通(ふつう)の人間として生活している事が(ほとん)どだ。

 そうしなければ周囲(しゅうい)から、差別(さべつ)(へん)(けん)(さら)され、人々から(ひど)仕打(しう)ちを受けるからだ。

 何故(なぜ)、その様な事が起きるかと言うと、(かつ)亜人(あじん)たちが、魔力(まりょく)を持たない人間たちを奴隷(どれい)とし、(しいた)げて来た過去(かこ)があり、魔術師(まじゅつし)悪者(わるもの)と言う考えが、(いま)だに、多くの人間たちの間に根強(ねづよ)く残っているからである。

 亜人(あじん)と人間との(へだ)たりが()まる事無(ことな)く、多くの亜人(あじん)が人間たちを()(きら)うのも、地域(ちいき)によっては(いま)だに、人間と亜人(あじん)がいがみ合っているのも、亜人(あじん)が人間を、人間が亜人(あじん)を、支配(しはい)し、隷属(れいぞく)させ、(しいた)げ、(あらそ)い、傷付(きずつ)け合った過去(かこ)があるからだ。

 (ゆえ)に、人間の国であれば亜人(あじん)冷遇(れいぐう)されるが、亜人(あじん)の国や里では(ぎゃく)に人間が冷遇(れいぐう)され、その混血児(こんけつじ)などは、当人同士(とうにんどうし)よりも(さら)(ひど)差別(さべつ)()う事も(めずら)しくないのだ。

 だから、本当に相手の事を想うのならば、アルシェラの様な問い掛けをロナードにするべきでは無いのだが、そう言った知識(ちしき)勿論(もちろん)天下(てんか)のオルゲン家の姫であるが(ゆえ)に、他者(たしゃ)配慮(はいりょ)をする必要(ひよう)のない彼女は、ド直球(ちょっきゅう)にロナードにそう()げ掛けたのだ。

 (あん)(じょう)、ロナードは一瞬(いっしゅん)物凄(ものすご)傷付(きずつ)いた様な顔をしたが、()ぐに無表情(むひょうじょう)になり、

「それが何か?」

ロナードは、物凄(ものすご)淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、アルシェラに切り返した。

 レックスは、ロナードがアルシェラの問い掛けに、自分が魔術師(まじゅつし)である事をあっさりと(みと)め、淡々(たんたん)と答えた事に、少し(おどろ)いた。

 (おそ)らく、(かく)していても、(いず)れは分かるだろうと思ったからだろうが……。

 その顔は、アルシェラや自分に薄気味悪(うつきみわる)がられ、心無(こころな)い言葉を()びせられ、()けられても(かま)わない覚悟(かくご)をした様な、そんな雰囲気(ふんいき)だった。

 ロナードが魔術師(まじゅつし)だと知り、レックスは(おどろ)戸惑(とまど)ったが、それ以上に好奇心(こうきしん)が勝っていた。

 見世物(みせもの)小屋(ごや)で、自称(じしょう)魔術師(まじゅつし)』と名乗(なの)る人物が、手から(ほのお)を出したり、別の自称(じしょう)『魔女』と言う女性が、池の表面を(こお)らせると言ったモノは見た事があるが、あんな大きな(けもの)を吹き飛ばす魔術(まじゅつ)など見た事が無く、一体どうやったのか、レックスは(すご)興味(きょうみ)があった。

「すっっつご――い! ねぇ、もう一度見せてぇ?」

アルシェラは小さな子供(こども)の様に目をキラキラさせ、上目遣(うわめづか)いをしながら、(あま)える様な声でロナードに言う。

 正直、レックスも同じ様な事を思っていた。

馬鹿(ばか)馬鹿(ばか)しい。 魔術(まじゅつ)は見せ物じゃない」

ロナードは冷たく言うと、アルシェラの手を()り払った。

「そんなぁ。 ケチぃ」

アルシェラはプウと両頬(りょうほお)(ふく)らませ、ムッとした表情を浮かべながら、ロナードにそう言ったが、彼は彼女の事を無視(むし)して、その場から立ち()ろうとすると、

()って! 待ちなさいよぉ! まだ話があるんだから!」

アルシェラはそう言って、(あわ)ててロナードの服の(すそ)(つか)んだ。

「何だ?」

ロナードは、五月蠅(うるさ)そうな表情を浮かべ、自分の服の(すそ)(つか)んでいるアルシェラに言った。

「良かったらぁ、このアタシの護衛(ごえい)任命(にんめい)しても良いわよぉ?」

アルシェラはニッコリと笑みを浮かべ、ロナードに言うと、

「……笑えない冗談(じょうだん)だ」

彼は思い切り顔を(ひそ)め、()ややかな口調(くちょう)で、アルシェラにそう言い放った。

冗談(じょうだん)なんかじゃ無いわよ。 本気で言ってるの!」

彼女はムッとした表情を浮かべ、ロナードに言う。

「本気だったら、もっと(たち)が悪いな」

ロナードはそう言いながら、アルシェラが(つか)んでいる自分の服の(すそ)を引っ()って、何とかして彼女の手から(はな)そうとするのだが、彼女は(すそ)をギュッと(にぎ)りしめたまま(はな)そうとしない。

「大体、アンタと組んで、(おれ)に何のメリットがあるんだ? アンタに足を引っ()られる事は目に見えている」

ロナードは、迷惑(めいわく)(きわ)まりないと言った様子(ようす)で、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)でアルシェラに言う。

「そんな事ないわ! こう見えてアタシ(じゅう)を使うの得意(とくい)だしぃ、それにアタシも少しだけ、魔術使(まじゅつつか)えるのよ」

アルシェラは、ロナードの(うで)(つか)んで、何処(どこ)得意気(いげ)にそう言い返すと、彼女の思わぬ発言(はつげん)に、彼は面食(めんく)らう。

「アンタが魔術(まじゅつ)をか?」

ロナードは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、アルシェラに問い掛けると、彼女はニコニコと(わら)いながら、何度も(うなず)いて見せる。

(それ(ほど)魔力(まりょく)を感じないが……)

ロナードは、ニコニコと笑みを浮かべ、自分を見ているアルシェラを見ながら、心の中で(つぶや)いた。

「そっ♥ ロナードが怪我(けが)をした時、アタシが(やさ)しく治療(ちりょう)してあげるわよ? だからアタシと組みましょ?」

アルシェラは、ニコニコと笑みを浮かべながら、(ねこ)なで声でロナードにそう言っていると、背後(はいご)からガサガサっと、(しげ)みを()き分ける様な音がしたので、三人はハッとして物音(ものおと)がした方へと目を向ける。

「困りますわね。 アルシェラ様」

背中(せなか)まである波打つ桜色(さくらいろ)の髪、豊満(ほうまん)な胸、程好(ほどよ)(くび)れた腰、肉厚(にくあつ)で丸みのある(しり)、スラリとした手足、ルビーの様に美しく(かがや)紅蓮(ぐれん)双眸(そうぼう)印象(いんしょう)的な、(うき)世離(よばな)れした美し()ぎる顔立ち、陶器(とうき)の様に白く(なめ)らかな(はだ)妖艶(ようえん)な女性がアルシェラに向かって言った。

「げっ。 セシア……」

彼女の姿(すがた)を見るなり、アルシェラは、物凄(ものすご)(いや)な物を見付けた様な表情を浮かべて(つぶや)いた。

 一方ロナードは、自分の腰に下げている剣の()に手を()け、突如(とつじょ)自分たちの前に現れたセシアと呼ばれた、紅蓮(ぐれん)双眸(そうぼう)を持つ美女を警戒(けいかい)している。

 その事に気付いた彼女は、ニッコリと()みを()かべながら、

「お久しぶりですわね。 ユリアス様」

(おだ)やかな口調(くちょう)で、(こわ)い顔をして自分を(にら)んでいるロナードにそう声を掛けた。

「……(おれ)は、その様な名では無いが」

ロナードは、剣の()に手を掛け、彼女の事を警戒(けいかい)したまま言い返した。

「あら。 失礼(しつれい)

セシアは、ニッコリと()みを()かべたまま、自分の事を警戒(けいかい)しているロナードに言った。

貴様(きさま)の様な(やから)が、(おれ)たちに何の用だ?」

ロナードは、剣の()に手を()けたまま、セシアに問い掛ける。

「その様な物言(ものい)いをされるのは心外(しんがい)ですけれど、どうかそんなに警戒(けいかい)なさらないで下さいな。 取って食べたりはしませんわよ?」

セシアは、ロナードの言動(げんどう)に対し、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言い返した。

「それを(おれ)が、素直(すなお)()()みするとでも?」

ロナードは、相変(あいか)わらず剣の()に手を掛けたまま、警戒(けいかい)した様子(ようす)で彼女に言う。

「まさか貴方(あなた)の口から、その様な言葉を聞く日が来るなんて、とても残念(ざんねん)ですわ。 (むかし)はとても素直(すなお)(すご)可愛(かわい)らしかったのに。 何処(どこ)でどう(まか)間違(まちが)って、その様になられたのかしら?」

セシアは肩を(すく)め、苦笑(にがわら)()じりにロナードに言った。

 二人の間に、気まずい空気が(ただよ)い始め、レックスは戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、(たが)いに(けん)(せい)し合っている様子(ようす)の二人を見比(みくら)べる。

「ちょっとセシア! アタシの邪魔(じゃま)をしないで!」

そんな空気を打ち(やぶ)る様に、アルシェラがムッとした表情を浮かべ、強い口調(くちょう)でセシアに言った。

「そうでしたわ」

セシアは、本来(ほんらい)目的(もくてき)を思い出したのかそう(つぶや)くと、ふうと溜息(ためいき)を付いてから、

「アルシェラ様。 我々(われわれ)に何の(ことわ)りも無く、試験(しけん)参加(さんか)されるなど、何を考えておられますの?」

表情を(けわ)しくし、強い口調(くちょう)でアルシェラに向かって言った。

五月蠅(うるさ)いわね! アタシが何処(どこ)で何をしようと、アタシの勝手(かって)でしょ!」

アルシェラは、ムッとした表情を浮かべ、強い口調(くちょう)でセシアに言い返した。

(あき)れた。 魔物(まもの)など見た事も無い、素人(しろうと)貴方(あなた)が、無断(むだん)試験(しけん)参加(さんか)する事で、オルゲン将軍(しょうぐん)やカタリナ殿下(でんか)(ほか)受験者(じゅけんしゃ)たちに迷惑(めいわく)を掛けるとは考えませんの?」

セシアは、(あき)()てた表情を浮かべ、アルシェラに言うと、

「そりゃあ魔物(まもの)とは会った事無(ことな)いけど、(かり)はお父様と良く行ってるしぃ。 必要(ひつよう)なタグを集めて合格すれば良いんだから、そんなに(むずか)しい事じゃないでしょ?」

彼女は、五月蠅(うるさ)そうな表情を浮かべたまま、セシアに言い返し、

(ホント、一々(いちいち)五月蠅(うるさ)いわね!)

セシアを見つめたまま、心の中でそう(つぶや)いた。

「その様に(えら)そうに言うのでしたら、(だれ)かに(たよ)らず、ご自身お一人の力でやっては如何(いか)でして?」

セシアは、アルシェラの物言(ものい)いが物凄(ものすご)く気に入らない様で、不愉快(ふゆかい)そうな顔をし、強い口調(くちょう)で彼女に言った。

冗談(じょうだん)がキツイし! 大体、(だれ)かと組んだら駄目(だめ)だとか、そんなルールは無いでしょ?」

アルシェラは、五月蠅(うるさ)そうな表情を浮かべ、自分にイチャモンを付けるセシアに言い返す。

普段(ふだん)はお馬鹿(ばか)なのに、こう言う事には(すこぶ)るお(のう)回転(かいてん)(した)の動きが、(よろ)しい様ですわね?」

セシアは、(あき)れた表情を浮かべてから、アルシェラの事を完全に馬鹿(ばか)にした口調(くちょう)で言うと、

「ひどいーっ。 ロナード。 アタシを(なぐさ)めてぇ」

セシアに馬鹿(ばか)にされ、アルシェラは一瞬(いっしゅん)だけ表情を(けわ)しくしたが、()ぐに側に居たロナードに()()りながら、(ねこ)なで声でそう言った。

「あ~あ~。 何か面倒臭(めんどうくさ)せぇ事になって来たぜ……」

二人のやり取りを見ていたレックスは、欠伸(あくび)をしながらボソリと(つぶや)いた。

「……もう行っても良いか?」

セシアとアルシェラの間に(はさ)まれていたロナードは、物凄(ものすご)く冷めた口調(くちょう)で、自分を(はさ)んで(にら)み合っている二人に、そう問い掛ける。

駄目(だめ)だし!」

「お()ちになって!」

アルシェラとセシア、二人同時に(うで)(つか)まれ、()び止められると、ロナードはウンザリした表情を浮かべる。

 セシアは、特大(とくだい)溜息(ためいき)を付いてから、アルシェラに向かって、

「……残念(ざんねん)ながら、カタリナ様やオルゲン将軍(しょうぐん)は、(わたくし)とは考えが(こと)なる様でして、素人(しろうと)貴女(あなた)をお一人で、この様な場所に置いている事を非常(ひじょう)に心配しておられます。 それで……」

とても不本意(ふほんい)そうにそう語っていると、ロナードが何かを(さっ)した様に、物凄(ものすご)(いや)そうな顔をして、

(ことわ)る」

と、不意(ふい)にセシアに言うと、彼女はキョトンとした顔をして、

「……(わたくし)はまだ何も、(もう)し上げていませんわよ?」

戸惑(とまど)いながら、ロナードに言い返す。

「聞かなくとも、話の流れから(さっ)するに、試験(しけん)の間、コイツの面倒(めんどう)(おれ)が見ろとでも言うつもりなのだろう?」

ロナードは、アルシェラを指差(ゆびさ)しながら、物凄(ものすご)(いや)そうな表情を()かべ、セシアにそう言い返すと、彼女は(おどろ)いた表情を浮かべてから、

「あら。 良く分かりましたわね。 何処(どこ)かの姫様と(ちが)って(さと)いですわね」

ニッコリと()みを()かべ、ロナードにそう言い返すと、彼女の言動(げんどう)に彼はカチンと来る。

一言(ひとこと)余計(よけい)よっ!」

セシアが自分をチラリと見たので、アルシェラはムッとした表情を浮かべながら、強い口調(くちょう)で彼女に言い返す。

貴方(あなた)(ことわ)りたいと言う気持ちは、(わたくし)も良く分かりますわ」

セシアはフウと溜息(ためいき)を付いてから、気の(どく)そうな表情を浮かべ、ロナードにそう切り出し、

「ですが、貴方(あなた)(ほか)受験者(じゅけんしゃ)(くら)べて魔物退治(まものたいじ)経験(けいけん)豊富(ほうふ)ですし、(くわ)えて魔術(まじゅつ)も使え、剣の(うで)も立ちます。 貴方(あなた)ならば今日明日中(きょうあすじゅう)にでもタグを集めてしまうでしょう。 (ほか)受験者(じゅけんしゃ)よりも(はる)かに抜き出ています。 貴方(あなた)には少し、ハンデを付けるべきと言うのが、本部(ほんぶ)……カタリナ様の考えと言う(わけ)ですの」

淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、ロナードにそう説明(せつめい)を付け加えた。

「それで、そのハンデと言うのが、コイツ……と言う訳か?」

ロナードは、迷惑(めいわく)(きわ)まりないと言った様子(ようす)でセシアに言うと、(おもむろ)にアルシェラの方を指差(ゆびさ)す。

「そうですわ」

セシアは何食(なにく)わぬ顔をして。サラッロナードに答えた。

「アタシの何処(どこ)が、ハンデなのよぉ!」

二人のやり取りを聞いて、アルシェラは物凄(ものすご)不満(ふまん)()ちた表情を浮かべて、プクッと(ほお)(ふく)らませ、言い返す。

「……見たまんまだろ」

ロナードか、冷ややかな口調(くちょう)で言うと、レックスも(うなず)きながら、

「だな」

苦笑(にがわら)いを浮かべながら(つぶや)いた。

「それとレックス。 貴方(あなた)もよ」

セシアは、落ち着き払った口調(くちょう)で、レックスに向かって言うと、

「へっ?」

レックスは(おどろ)き、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ(つぶや)いた。

「コレもか?」

ロナードは、物凄(ものすご)(いや)そうな表情を浮かべ、レックスを指差(ゆびさ)しながら、セシアに言った。

「ってオイ! 人のこと指差(ゆびさ)して『コレ』とか言うな! 『コレ』とか!」

ロナードの言動(げんどう)に、レックスはカチンと来て声を(あら)らげながら、彼にそう抗議(こうぎ)すると、

「つーか、何でオレの名前、知ってんだよ? オレ、アンタなんか知らないぜ?」

不思議(ふしぎ)そうな表情を浮かべ、セシアに問い掛ける。

「今回の受験者(じゅけんしゃ)の事を調(しら)べる事が(わたくし)の仕事でしてよ。 今、ここに参加(さんか)している方たちの事で、(わたくし)が知らない事など、何もありませんわ」

セシアは何処(どこ)自慢(じまん)気に、レックスに向かって言い返し、長い自分の髪を片手(かたて)で払う。

「ふーん。 じゃあ、オレの大好物(だいこうぶつ)は?」

セシアの話を聞いて、レックスが面白(おもしろ)半分に彼女に問い掛けると、

「ツノイノシシのベーコンですわ」

彼女は、自分の髪を片手(かたて)で払いながら、余裕(よゆう)に満ちた笑みを浮かべ、そう即答(そくとう)した。

「おお! 当たってる! スゲェ!」

セシアの即答(そくとう)に、単純(たんじゅん)なレックスは嬉々(きき)とした表情を浮かべ言った。

当然(とうぜん)ですわ」

レックスの反応を見て、セシアは不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら、そう言って自分の髪を片手(かたて)で払う。

「その質問(しつもん)は、ベタ過ぎるだろ……」

レックスの反応(はんのう)に、ロナードは冷ややかな口調(くちょう)で言うと、アルシェラも(うなず)きながら、

「そうよ」

「じゃあオメェ()、何か(ほか)に良い質問が思い付くのかよ?」

二人の指摘(してき)に、レックスはムッとした表情を浮かべ、二人にそう言い返すと、

「そんな事、(きゅう)に言われて思い付く訳ないでしょ」

アルシェラは、困った様な表情を浮かべ、口を(とが)らせながら言い返した。

「まあコイツの好き(きら)いなど、どうでも良い事だが、何故(なぜ)、アルシェラだけでなく、レックスまで(おれ)に付けるのか、その理由を聞かせて(もら)おうか」

ロナードは淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、セシアに問い掛ける。

「そうですわね。 まずは単純(たんじゅん)に、年頃(としごろ)の若い男女二人きりと言うのは、色々とどうかと言う点ですわね」

セシアは、自分の髪を片手(かたて)で払ってから、事務的(じむてき)口調(くちょう)で言うと、

「それは、言われなくても分かる」

ロナードはムッとした表情を浮かべ、セシアに言うと、

「あらそう?」

彼女はチョット意外(いがい)そうな表情を浮かべつつ、言い返した。

「えーっ。 アタシは別に(かま)わないけどぉ?」

アルシェラはそう言うと、ロナードに向かってニッコリと微笑(ほほえ)み掛ける。

 以前(いぜん)から分かってはいたが、やはりアルシェラは、ロナードに気がある様だと、レックスは思った。

「悪いが、アンタみたいなお子様(こさま)欲情(よくじょう)する様な、物好(ものず)きでは無い」

ロナードは物凄(ものすご)く冷ややかな口調(くちょう)で、アルシェラに向かって言うと、彼女はカチンと来だが、

「またまた()れちゃってぇ。 ロナードったら素直(すなお)じゃないわねぇ」

()ぐにニッコリと笑みを浮かべ、そう言い返すが、彼は完全にドン引している。

「アンタも令嬢(れいじょう)である自分の立場を考えて、(みずか)軽々(かるがる)しく、男に声を掛ける様な真似(まね)(つつし)んだ方が良い。 何処(どこ)でどんな(うわさ)を立てられるか、分かったモノでは無いからな」

ロナードは落ち着き払った口調(くちょう)で、アルシェラに言うと、

「そんな事、気にしなくても大丈夫(だいじょうぶ)よぉ」

アルシェラはニッコリと笑みを浮かべながら、楽観的(らっかんてき)口調(くちょう)でロナードに言った。

「そう言う事だから一週間、仲良(なかよ)くやって下さいな。 期待(きたい)していますわ」

セシアは、軽く溜息(ためいき)を付いてから、ロナードとアルシェラにそう言い残すと、クルリと(きびす)を返し、その場から立ち去って行ってしまった。

「おい! ちょっと……」

ロナードは(あわ)ててセシアを()び止めようとしたが、彼女は彼の声など無視(むし)して、薄暗(うすぐら)い森の中に()け込む様に、スッと彼等(かれら)の前から姿(すがた)を消してしまった。


「やれやれ。 とんだ面倒事(めんどうこと)を押し付けられた……」

ロナードは、焚火(たきび)の側に座り、ゲンナリとした表情を浮かべ、セシアが立ち()った後、気絶(きぜつ)していたツノイノシシが意識(いしき)を取り(もど)すと、自分たちに向かって来た(ため)()む無く(たお)して手に入れた肉を、食べ(やす)い様に切り分け、(さら)にその肉を木の(ぼう)()しながらそうぼやいた。

明日中(あすじゅう)にはタグを(すべ)て集めて、集合場所の出発点(しゅっぱつてん)(もど)り、天幕(てんまく)の中で(のこ)りの時間をのんぴり()ごそうと思っていたのに……)

ロナードは、面白(おもしろ)く無さそうな表情を浮かべ、ツノイノシシの肉を枝に()しながら、心の中で(つぶや)く。

「そりゃこっちの台詞(せりふ)だぜ。 何で、お前の監視(かんし)なんてしなきゃなんねぇんだよ」

レックスは、ムッとした表情を浮かべつつ、焚火(たきび)に木の(えだ)をくべる。

五月蠅(うるさ)いわねぇ。 レックス。 大体、ロナードが居なきゃ、アタシたちだけで、ツノイノシシをやっつける事が出来(でき)(わけ)ないでしょ?」

アルシェラはレックスをジロリと(にら)み、強い口調(くちょう)でそう言うと、ロナードがしている事を、見様(みよう)()真似(まね)でしているが、なかなか彼の様に肉が綺麗(きれい)()()さらない。

「ロナードって、器用(きよう)ね」

アルシェラは、自分が四苦八苦(しくはっく)している間に、三つ(ほど)、肉を枝に()してしまったロナードに言った。

「……アンタが不器用過(ぶきようす)ぎるだけだ」

先程(さきほど)から、アルシェラは手にした同じ肉を、何度も()()そうとして失敗(しっぱい)し、肉がボロボロになっているのを見て、ロナードは(あき)れた表情を浮かべながら言い返した。

「しかし、まあ、腹一杯(はらいっぱい)に肉が食べられるのは、有難(ありが)てぇ事だよな」

レックスはそう言いながら、焚火(たきび)(まわ)りに、ロナードが木に()した肉を(たお)れない様に並べていく。

「大体、魔物退治(まものたいじ)経験(けいけん)も、魔物(まもの)(かん)する知識(ちしき)も無いのに、何で、この試験(しけん)を受けたんだ? そんな事で()かると本気で思っていたのか?」

ロナードは、肉を枝に()しながら、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでレックスに問い掛ける。

「そりゃあまぁ。 話を聞いた時は(きび)しいかもなぁとは思ってたけどよ。 お前が、エルトシャン様から言われて、かーるく受けたのを見て、何かそんな(むずか)しい事じゃねぇのかなって……」

レックスは、複雑(ふくざつ)な表情を()かべながら、ロナードにそう答えると、彼は思い切り顔を(ひそ)め、

馬鹿(ばか)か?」

「ばっ……」

ロナードに『馬鹿(ばか)』と言われ、レックスはカチンと来て、表情を(けわ)しくしそう言い()けたが、確かに、そう言われても仕方(しかた)が無いかも知れないと、心の何処(どこ)かで思っていた所もあり、溜息(ためいき)を付き、

「だよな……。 良く知りもしないで、こんな試験受(しけんう)けるなんて馬鹿(ばか)かも知れねぇ……」

意気消沈(いきしょうちん)と言った様子(ようす)(つぶや)いた。

「そうよぉ……」

アルシェラは馬鹿(ばか)にした様な口調(くちょう)で言ってから、

「アンタが居なきゃ、ロナードと二人きりなのに」

ボソリとそう言った。

「セシアの話では、お前は無断(むだん)参加(さんか)した様だが?」

ロナードは、先程(さきほど)のセシアの言葉を思い出しながら、()(いき)()じりにアルシェラに言うと、

「え~っ。 そうだったっけ?」

アルシェラは、(とぼ)けた様な表情を浮かべ言い返すと、ロナードは、やり切れない気分(きぶん)になり、特大(とくだい)溜息(ためいき)を付いてから、

(にわとり)か? コイツは」

思わず、こっそりと(となり)に座って真剣(しんけん)な顔をして肉を焼いていたレックスに、問い掛ける。

「姫は何時(いつ)もこんなカンジだ。 (こま)かい事を一々(いちいち)(おぼ)えねぇンだよ」

レックスは苦笑(にがわら)いを浮かべながら、ロナードに言い返した。

「『(おぼ)えない』ではなく、『覚えられない』んじゃないのか?」

ロナードは、ゲンナリとした表情を浮かべ、()(いき)()じりにそう指摘(してき)すると、

「まあ、そうとも言うな」

レックスは苦笑(にがわら)いを浮かべたまま、ロナードにそう言い返した。

「……」

ロナードは、ゲンナリとした表情を浮かべたまま、両手(りょうて)で頭を(かか)え、(ふたた)特大(とくだい)溜息(ためいき)を付いて、(かた)を落とした。

「つーか、オメェはなんで、この試験(しけん)を受けたんだ? エルトシャン様の話じゃあ、試験受(しけんう)けなくても採用(さいよう)されるんだろ?」

レックスは、木の枝を()した肉を裏返(うらがえ)しながら、ロナードに問い掛ける。

「どうだろうか。 (おれ)が、自分たちが思っていた(ほど)では無かったら、反故(ほご)になる可能性はあると思う」

ロナードは複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら、そう答えた。

「それはそれで、(すご)げぇプレッシャーだな」

レックスは、気の(どく)そうな表情を浮かべつつ言うと、

(ため)されていると言う点では、(おれ)もお前達も同じと言う事だな」

ロナードは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言うと、徐に木の枝に刺さって居る肉を裏返(うらがえ)す。

「だな」

レックスは言い返すと、肉の焼け具合(ぐあい)確認(かくにん)する。

「ねぇ。 それはまだ焼けてないのぉ?」

アルシェラは、レックスが手にしている肉を指差(ゆびさ)しながら、無邪気(むじゃき)にそう問い掛ける。

「ボサッとしてないで、自分の側にあるのも裏返(うらがえ)したらどうなんだ? ()げてるぞ」

ロナードは、自分は何もせず、ただ(すわ)っているだけのアルシェラに言った。

「えっ。 あ、いけな~い」

ロナードに指摘(してき)され、アルシェラはそう言って、何故(なぜ)か枝ではなく、肉の方を(つか)もうとすると、

馬鹿(ばか)! 何処(どこ)を持ってるんだ! それじゃあ火傷(やけど)をするだろ!」

ロナードは、強い口調(くちょう)でアルシェラにそう注意すると、彼女は肉が熱かったのか、(あわ)てて手を(はな)す。

(まった)く……」

その様子(ようす)を見て、ロナードは(あき)れた表情を浮かべ、そう言ってから溜息(ためいき)を付いた。

 その時、不意(ふい)背後(はいご)からガサガサッと(しげ)みが音を立てたので、ロナードとレックスはハッとし、(そろ)って足元に置いていた武器(ぶき)を手にし、(あわ)てて()り返った。

 見ると、如何(いか)にも傭兵(ようへい)と言った雰囲気(ふんいき)(がら)の悪そうな男が三人、武器(ぶき)を手にし、ニヤニヤと笑いながら立っていた。

随分(ずいぶん)と、美味(うま)そうなのを食ってるな?」

「オレたちにも分けてくれよ」

「へへへへっ……」

三人の男たちは、武器(ぶき)を手にしたまま、何か一腹(ひとはら)ありそうに、ニヤニヤと笑いながら、ロナードたちに向かってそう言った。

「それが、人に物を分けて(もら)態度(たいど)か?」

ロナードは、剣の()に手を掛けたまま、表情を(けわ)しくし、男たちに向かって言い返す。

「良いじゃない。 こんなに沢山(たくさん)あるんだしぃ」

危機感(ききかん)の無いアルシェラは、呑気(のんき)口調(くちょう)で男たちに警戒(けいかい)しているロナードに言った。

「何を勝手(かって)にっ!」

アルシェラの言動(げんどう)、ロナードは(おどろ)いて、(あわ)てて彼女に言い返すが、

「いやぁ。 お(じょう)ちゃん(やさ)しいねぇ」

「へへへっ。 お言葉に甘えようぜ」

「ちょっくら御免(ごめん)よ」

三人の男たちは、下品(げひん)な笑みを浮かべ、戸惑(とまど)っているロナードを()退()け、アルシェラの方へそう言いながら、歩み()る。

「ど~ぞ」

アルシェラは、ニコニコと笑いながら、三人の男たちを自分の側に(すわ)る様に(すす)める。

「アルシェラ!」

「ちょっ、姫!」

自分たちの意見(いけん)も聞かず、如何(いか)にも(あや)しい雰囲気(ふんいき)の男たちを(むか)え入れたアルシェラに、ロナードとレックスが(あせ)り、(そろ)って彼女に抗議(こうぎ)をするが、彼等(かれら)何故(なぜ)(おこ)っているのか理解(りかい)出来ないアルシェラは、キョトンとした表情を浮かべている。

(くそっ! アルシェラを人質(ひとじち)に取られた!)

ロナードは、男たちが(なに)()わぬ顔をして、アルシェラの左右に(すわ)ったのを見て、苦々(にがにか)しい表情を浮かべ、心の中で(つぶや)く。

「オメェ()()けぇんだよ! 姫から(はな)れろ!」

レックスも不快感(ふかいかん)(あら)わにし、思わず立ち上がり、男たちに向かって怒鳴(どな)った。

「なあ、お(じょう)ちゃんよぉ。 アンタ余程(よほど)世間(せけん)知らずなのか、それとも馬鹿(ばか)なのかい?」

「そうだぜ。 知らない人を簡単(かんたん)に信じちゃいけねぇって、母ちゃんに教わらなかったか?」

(あせ)っているロナード達を横目に、男と達はそう言うと、不敵(ふてき)な笑みを浮かべ、アルシェラに自分達が持っていた武器(ぶき)刃先(はさき)を彼女に()き付ける。

「姫!」

「そいつ()から、早く(はな)れろ!」

それを見たレックスとロナードは、表情を(けわ)しくし、強い口調(くちょう)でアルシェラに向かって(さけ)ぶが、刃物(はもの)()き付けられ、アルシェラは恐怖(きょうふ)に顔を引き()らせ、その場に固まってしまう。

「さーてガキ共。 両手(りょうて)を上げて立ちな」

中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)(つや)のない金色(きんいろ)長髪(ちょうはつ)の中年の男が、勝ち(ほこ)った表情を浮かべ、アルシェラを後ろから羽交(はが)()めにし、彼女の首元にナイフの()()き付けながら、ロナードとレックスに向かって言った。

 二人は苦々(にがにが)しい表情を浮かべ、言われた通り、両手(りょうて)を上げ、(しず)かに立ち上がる。

「オメェ()が持ってるタグは何処(どこ)にある? (だれ)が持ってる?」

中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)(つや)のない金色(きんいろ)長髪(ちょうはつ)の中年の男は、勝ち(ほこ)った笑みを浮かべ、アルシェラにナイフの刃先(はさき)()き付けたまま、ロナード達に問い掛ける。

「コイツ等、人からタグを横取りするのが目的かよ!」

レックスは、苦々(にがにが)しい表情を浮かべ(つぶや)く。

「持っていない」

ロナードは、両手(りょうて)を上げたまま、落ち着き払った口調(くちょう)で言い返すと、

「んだと?」

(うそ)を付くな!」

「オメェ等が、馬鹿(ばか)デカイ(いのしし)の化け物をブッ倒したのを見てたんだぜ!」

三人の男たちは表情を(けわ)しくし、強い口調(くちょう)でロナードに言い返す。

「あれはツノイノシシだ。 魔物(まもの)ではない」

ロナードは、落ち着き払った口調(くちょう)で、男たちに向かってそう説明(せつめい)するが、

「んな見え()いた(うそ)、信じると思うのかよ!」

白髪(しらが)混じりの無精(ぶしょう)(ひげ)を生やした細身(ほそみ)の男が、苛立(いらだ)った様子で、ロナードに向かって怒鳴(どな)る。

「兄ちゃん。 これが見えねぇのか?」

中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)(つや)のない金色(きんいろ)長髪(ちょうはつ)の中年の男は、アルシェラの首元にナイフを突きつけたまま、そう言って(すご)む。

「見えているが、無い物は出せない」

ロナードは、落ち着き払った口調(くちょう)で、中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)(つや)のない金色(きんいろ)長髪(ちょうはつ)の中年の男に言い返す。

「本当にねぇんだよ! (うそ)だと思うなら、荷物(にもつ)でも何でも調(しら)べりゃ良いだろ!」

レックスは、苛立(いらだ)った口調(くちょう)で、男たちに向かって言う。

 三人の男たちは、(たが)いの顔を見合わせてから、何か思い付いた様な、物凄(ものすご)く悪い笑みを浮かべ、

「へぇじゃあ、このお(じょう)ちゃんをひん()いても、出でこねぇのか?」

中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)(つや)のない金色(きんいろ)長髪(ちょうはつ)の中年の男が、下品(げひん)な笑みを浮かべながら、レックスたちにそう言い返す。

(きた)ねぇぞ!」

レックスは表情を(けわ)しくし、男たちに向かって怒鳴(どな)り返す。

「どうなんだよ?」

中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)(つや)のない金色(きんいろ)長髪(ちょうはつ)の中年の男は、アルシェラの首元にナイフを()き付けながら、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、ロナードに問い掛ける。

「その様な事を言われても、無い物は無い」

ロナードは、落ち着き払った口調(くちょう)で言い返す。

「そうかい。 綺麗(きれい)な顔に似合わず、強情(ごうじょう)な兄ちゃんだな」

中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)(つや)のない金色(きんいろ)長髪(ちょうはつ)の中年の男は、ロナードに言ってから、

「お前等(まえら)、コイツ等の荷物(にもつ)(さぐ)れ。 その後、野郎(やろう)たちをひん()いて調べろ」

仲間(なかま)の二人の男たちに向かってそう言うと、二人は(うなず)き返し、焚火(たきび)の側に置いてあった、ロナード達の荷物(にもつ)の中をひっくり返し、タグが無いか調べ始めた。

「さて。 まずは上着(うわぎ)を……」

中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)(つや)のない金色(きんいろ)長髪(ちょうはつ)の中年の男は、ニヤニヤと笑いながらそう言うと、アルシェラの上着に手を掛ける。

「姫!」

「いやぁっ!」

レックスが(あわ)てて()み出そうとし、アルシェラは悲鳴(ひめい)を上げ、抵抗(ていこう)しようとすると、中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)(つや)のない金色(きんいろ)長髪(ちょうはつ)の中年の男は、持っていたナイフをチラつかせ、

「オメェら! コイツが見えねぇのか! ええっ?」

物凄(ものすご)剣幕(けんまく)で、レックス達に向かって(すご)むと、アルシェラの首元(くびもと)にナイフを()き付ける。

「助けて……」

アルシェラは両目に(なみだ)を浮かべ、声を(ふる)わせながら、レックス達に助けを(もと)める。

「くそっ!」

アルシェラの首元にナイフを突きつけられているのを見て、レックスはどうする事も出来ず、(くや)しそうな表情を浮かべ(つぶや)く。

「ほらほらほら! 早く言わねぇと、このお(じょう)ちゃんがすっ(はだか)になっちまうぜ?」

中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)(つや)のない金色(きんいろ)長髪(ちょうはつ)の中年の男は、ニヤニヤと笑いながら、アルシェラの服を無理矢理(むりやり)()がせようとする。

「やめろーっ!」

レックスは表情を(けわ)しくし、中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)(つや)のない金色(きんいろ)長髪(ちょうはつ)の中年の男に向かって叫ぶ。

「じゃあ、言う気になったか?」

中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)(つや)のない金色(きんいろ)長髪(ちょうはつ)の中年の男は、アルシェラから服を()がせようとしていた手を止め、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら、レックスに問い掛ける。

「だから……本当にねぇんだよ……。」

レックスは、困り()てた様子で、中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)(つや)のない金色(きんいろ)長髪(ちょうはつ)の中年の男は表情を(けわ)しくし、

「オメェも強情(ごうじょう)だな! 良いぜ! コイツをすっ(ぱだか)にしてやるよ!」

強い口調(くちょう)でそう言うと、(いや)がるアルシェラから無理矢理(むりやり)に服を()がせようとした時、フワリと何か、(ほたる)の様な……けれど、蛍にしては大きい、緑色の不思議(ふしぎ)な光を(はな)つ何かが、中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)(つや)のない金色(きんいろ)長髪(ちょうはつ)の中年の男に近付いた途端(とたん)、アルシェラの胸元(むなもと)に手を掛けたまま、(きゅう)にズルりと彼女に(もた)れ掛かる様にして、その場に(くず)れる様に(たお)れてしまった。

「?」

突然(とつぜん)出来事(できごと)にレックスは(おどろ)き、アルシェラは(あわ)てて、中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)(つや)のない金色(きんいろ)長髪(ちょうはつ)の中年の男から(はな)れ、レックスの下へ()()り、彼の後ろに(かく)れる。

「な、何だこれっ!」

「ひいいっ! こっちに来るな!」

ロナード達の荷物(にもつ)物色(ぶっしょく)していた(ほか)の二人の男たちの周囲(しゅうい)にも、同じ様な緑色の不思議(ふしぎ)な光が(いく)つかフワフワと(ただよ)っており、得体(えたい)の知れないそれを見て、男たちは(あせ)り、そう(わめ)いている。

 レックスの側にイたロナードが、聞き()れない言葉を口ずさむと、何処(どこ)からか(すご)く甘い(かお)りが(ただよ)って来て、それまでギャアギャアと言ってイた二人の男は突如(とつじょ)(くず)れる様にその場に(たお)れ込んで動かなくなってしまった。

「な、何だ?」

「どう……なってるの?」

それを見たレックスとアルシェラは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ(そろ)ってそう(つぶや)くが、緑色の不思議(ふしぎ)な光がスーッと自分たちの方へと飛んで来たので、二人は(あせ)る。

“きゃはははは”

 何処(どこ)からか、(おさな)い女の子たちの笑い声が聞こえて来たので、二人は(おどろ)周囲(しゅうい)見渡(みわた)すが、薄暗(うすぐら)い森の中に、それらしき人物は見当(みあ)たらない。

 けれど、二人の耳にはハッキリと、女の子たちが楽しそうに笑う声が聞こえる。

 その時、アルシェラの目の前に()ぎった緑色の不思議(ふしぎ)に光が、背中(せなか)蜻蛉(とんぼ)(はね)の様な物を生やした、光沢(こうたく)のある全身(ぜんしん)が緑色の幼女(ようじょ)姿(すがた)をした、(てのひら)(ほど)の大きさの生き物である事に気付いた。

 そう絵本などで良く出て来る、妖精(ようせい)の様な姿(すがた)の生き物だったのだ。

「えっ……」

アルシェラは(おどろ)きのあまり目を丸くし、(いき)を飲み、自分の目の前を()ぎったそれを目で追い()けると、何時(いつ)の間にか、ロナードの周囲(しゅうい)にその緑色の光が沢山(たくさん)集まっていて、楽しそうな声を上げながら、彼の周囲(しゅうい)を飛んでいるではないか。

「ちょっ、ちょ……ロナードっ!」

それを見たアルシェラは、(あせ)りの表情を浮かべ、平然(へいぜん)と立っているロナードの服の(そで)を引っ()りながら、(あわ)てて声を掛ける。

「何なんだよ!。 それ!」

レックスも(あせ)りの表情を浮かべ、緑色の不思議(ふしぎ)な光を放つ物を指差しながら(つぶや)く。

「落ち着け。 これは風の妖精(ようせい)シルフだ。 お前達に(がい)を加える様な事はしない」

ロナードは、落ち着き払った口調(くちょう)で、(あせ)っている二人に向かって言った。

「よ、妖精(ようせい)?」

妖精(ようせい)ってあの、絵本とかに出て来るぅ?」

レックスとアルシェラは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、おずおずとロナードに問い掛ける。

「そうだ」

ロナードは、落ち着き払った口調(くちょう)でそう答える。

「う、(うそ)だろ。 妖精(ようせい)って絵本の中だけの、架空(かくう)の生き物じゃねぇのか?」

レックスは、『(しん)じられない』と言った様子(ようす)(つぶや)くと、何を思ったのか、ロナードがいきなり彼の(ほお)を思い切り(つね)った。

「でっ!」

ロナードに(ほお)(つね)られたレックスは、思い切り顔を(ひそ)め、思わず声を上げてから、(うら)めしそうに自分の(ほお)(つね)ったロナードを(にら)み、

「いきなり何しやがるんだ!」

強い口調(くちょう)で言うと、ロナードは落ち着き払った口調(くちょう)で、

(ゆめ)でも見ているんじゃないかと言う顔をしていたからな」

「だからって、いきなり(つね)る事はねぇだろ!」

レックスは、ロナードから抓られた方の(ほお)(さす)りながら、強い口調(くちょう)で言い返す。

「これで、現実だと分かっただろう?」

ロナードは、(ほお)(つね)った事に対し、悪かったとは思っていない様で、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)でレックスにそう言った。

「ったく。 オレを何だと思ってんだ!」

レックスは、ムッとした表情を浮かべながら呟く。

「でもどうして、妖精(ようせい)さんたちはぁ、アタシ達の事を助けてくれたのぉ?」

アルシェラは小首を(かし)げ、不思議(ふしぎ)そうに言うと、

(おれ)が、(たの)んだからだ」

ロナードが落ち着き払った口調(くちょう)でそう答えると、二人は(おどろ)き、目を丸くして彼の事を見る。

「ロナードって、妖精(ようせい)さんと(しゃべ)れるのぉ?」

アルシェラは表情を(かがや)かせ、興味津々(きようみしんしん)と言った様子(ようす)で、ロナードに問い掛ける。

「『(しゃべ)れる』……とは少し(ちが)うが、意思(いし)疎通(そつう)は出来る」

ロナードは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)でそう答える。

「良く分かんないけどぉ、それって(すご)くない?」

アルシェラは、無邪気(むじゃき)な笑みを浮かべながら言った。

「……それより、場所を移動(いどう)しよう」

ロナードは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、アルシェラ達に言うと、

「えっ。 何でぇ?」

アルシェラは、不思議(ふしぎ)そうな表情を浮かべ、ロナードに問い掛けると、

「ここで、このオッサンたちと一緒(いっしょ)一夜(いちや)()かす気か? 魔物以上(まものいじょう)油断(ゆだん)ならないぞ」

ロナードは、(あき)れた表情を浮かべ、アルシェラにそう言い返す。

「だな。 何されるか分からねぇから、落ち着いて()ていられねぇぞ」

レックスも真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、アルシェラに言うと、

「え~っ。 今から移動(いどう)するのぉ? 面倒臭(めんどうくさ)い~」

彼女は、物凄(ものすご)(いや)そうな表情を浮かべ、レックス達にそう言い返すと、

「ならば、このオッサン達と一緒(いっしょ)に居ろ。 (もと)はと言えば、こうなったのもアンタの所為(せい)だしな」

ロナードは男たちが物色(ぶっしょく)し、地面の上に()っている自分の荷物(にもつ)片付(かたづ)けながら、何処(どこ)()き放す様な()ややかな口調(くちょう)で、アルシェラにそう言い放った。

()てる間に、さっきみたいに服ひん()かれても良いのかよ?」

レックスは(あき)れた表情を浮かべ、アルシェラに言うと、彼女は(あわ)てて、両手(りょうて)で自分の胸元(むなもと)(かく)す様な仕草(しぐさ)をして、

(いや)な事、思い出させないで!」

レックスに向かって言い返すと、

「だったら早くしろ。 コイツ等が目を()ます前に、ずらかるぞ」

ロナードは自分の荷物(にもつ)片付(かたづ)けながら、落ち着き払った口調(くちょう)でアルシェラに言った。

「つーか、今のうちにコイツ()から、タグを取っちまえば良くね?」

レックスはふと、思い付いた事を口にすると、ロナードは物凄(ものすご)()ややかな視線(しせん)を向け、

「そうしたければ、すると良い。 後でしつこく追い()けられても知らないからな」

「うっ……」

ロナードの指摘(してき)に、レックスはたじろぐ。

「レックス早くしさいよぉ!」

(いそ)いで自分のリュックを背負(せお)いながら、アルシェラが不満(ふまん)に満ちた表情を浮かべ、グズグズしているレックスに言った。


「レックス! そっち行ったわ!」

森の中で、()()めたアルシェラの(さけ)び声が(ひび)く。

 翌朝(よくあさ)、朝食の準備(じゅんび)をする(ため)、アルシェラとレックスは、近くの(さわ)まで水を()みに行く途中(とちゅう)で、運悪(うんわる)魔物(まもの)鉢合(はちあ)わせてしまった。

 全身(ぜんしん)が赤色で、腹部(ふくぶ)に黒色の(しま)模様(もよう)の入った、巨大(きょだい)なスズメバチに()魔物(まもの)だ。

 頭部(とうぶ)から(しり)(はり)の部分まで(ふく)めると、一五〇センチはあり、大きな羽音(はおと)を立てながら、三〇センチ近くある(しり)(はり)をレックスに向け、突進(とっしん)して来る。

「ひぃぃぃ! く、来るな―――っ!」

レックスは(なさ)けない声で、両手(りょうて)に持っている剣を我武者羅(がむしゃら)に振り回しながら叫ぶ。

「え―――いっ!」

アルシェラはそう言いながら、(じゅう)のトリガーを引き、辺りに(かわ)いた銃声(じゅうせい)(ひび)き、彼女が放った弾丸(だんがん)(いきお)い良く、巨大(きょだい)なスズメバチに()魔物(まもの)に飛んで行くが、(わず)かに(はね)(かす)めただけであった。

 巨大(きょだい)なスズメバチに()魔物(まもの)は、アルシェラの攻撃(こうげき)(いか)りを(あら)わにし、体を上下に(はげ)しく()らし始めた。

 すると、マラカスの様な音が辺りに(ひび)(わた)る。

「な、なに?」

アルシェラは、魔物(まもの)奇怪(きかい)な行動に戸惑(とまど)(つぶや)いていると、彼女の背後(はいご)から、徐々(じょじょ)にブーンと言う(はち)羽音(はおと)複数(ふくすう)、近付いて来ているのが聞こえた。

 どうやら、先程(さきほど)奇怪(きかい)な行動は、音で仲間(なかま)に自分の居場所(いばしょ)を知らせる(ため)だった様だ。

「やべぇぞ!」

レックスは、森の(おく)から別の巨大(きょだい)なスズメバチに()魔物(まもの)が数匹、近付いて来ているのを見て、(あせ)りの表情を浮かべ(つぶや)く。

 そして、近付いて来ている一匹の方から、何かキラッと光る物が、アルシェラ目掛(めが)けて飛び出したのを見たレックスは、

「姫っ! ()せろ!」

とっさにアルシェラに向かって(さけ)ぶと、彼の叫び声にハッとしたアルシェラは()り返り、自分に向かって、(するど)(とが)った針金(はりがね)の様な物が飛んで来ている事に気付いたが、その数の多さにどうする事も出来ず、立ち()くす。

「姫―――っ!」

レックスは声を上げ、(あわ)てて()け出すが、間に合いそうにもない。

 アルシェラの全身はサボテンの様に、巨大(きょだい)なスズメバチに()魔物(まもの)が放った毒針(どくばり)()さると思われた瞬間(しゅんかん)無数(むすう)の小さな金属(きんぞく)が、大きな金属(きんぞく)に当たる様な音がそんな音がした。

 その音を聞いたアルシェラはハッとして、閉じていた目を開く。

 彼女はてっきり、またしてもロナードが自分を助けてくれたのだと思い、とっさに『ロナード』と言い掛けて、ハッとした。

 そこに居たのはロナードでは無く、別の人物だった。

 背中(せなか)に大きな(からす)(つばさ)を生やした、黒に近い青紫色(あおむらさきいろ)の髪を後ろで一つに(たば)ね、()い緑色の双眸(そうぼう)に、ごく(うす)赤銅色(しゅくどうしょく)(はだ)、スラリと背が高く、黒のチェニックの上から黒色のサーコートに同色のズボン、黒色のブーツと言う出で立ち、見た目は、二十代前半と思われる、温和(おんわ)そうな雰囲気(ふんいき)の青年が、(しず)かに(たたず)んでいた。

「お怪我(けが)御座(ござ)いませんか?」

その青年は、素手(すで)魔物(まもの)対峙(たいじ)したまま、背中(せなか)()しに、落ち着き払った口調(くちょう)突然(とつぜん)、自分の前に(あらわ)れた彼に戸惑(とまど)っているアルシェラに、そう問い掛けて来た。

「う、うん……」

アルシェラは戸惑(とまど)いながらも、そう答えた。

何処(どこ)から仕掛(しかけ)けて来るか分りません。 油断(ゆだん)はなさらないで下さい」

その青年は、アルシェラを背に(かば)いながら、彼女に声を掛ける。

「サムート? やっぱオメェも来てたのかよ」

レックスは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、アルシェラを助けた青年に問い掛ける。

 ロナードが、オルゲン侯爵家(こうしゃくけ)屋敷(やしき)にの滞在(たいざい)していた間、何時(いつ)(かげ)の様に彼くっ付いていたので、心配(しんぱい)(しょう)な彼の事であるから、もしかしたら、ロナードの事を心配してこの会場に来ているのではないかとは、思っていたのだが……。

若様(わかさま)には、ここへは『来るな』と言われていたのですが、(わたし)の立場上、そう言う訳にもいかないものでして……。 ()むを()ず」

サムートは、不本意(ふほんい)そうな口調(くちょう)で、レックスの問い掛けにそう答えた。

「んな事だろうと思ったぜ」

レックスは、(あき)れた表情を浮かべ、サムートに言い返す。

「ここで(わたし)と出会った事は、若様(わかさま)にはくれぐれも秘密(ひみつ)にして下さい。 叱責(しっせき)されますので」

サムートは、魔物(まもの)対峙(たいじ)したまま、落ち着き払った口調(くちょう)で、背中(せなか)()しにレックスに言い終わるや(いな)や、巨大(きょだい)なスズメバチに()魔物(まもの)が、(しり)(はり)から太い針金(はりがね)の様な、(するど)(とが)った(はり)をサムート達に向かって、無数(むすう)()り出して来た。

 (あせ)るアルシェラを余所(よそ)に、サムートは素早(すばや)片手(かたて)(えん)()く様な仕草(しぐさ)をすると、突然(とつぜん)、彼の前に半透明(はんとうめい)の緑色の光の(かべ)(あらわ)れて、飛んで来た(はり)がその光の壁にぶつかると、硝子(がらす)に細い金属(きんぞく)(はり)がぶつかった様な音を立て、魔物(まもの)から()り出された(はり)は、地面の上にバラバラと落ちた。

「す、すげぇ……」

理屈(りくつ)は分からないが、それを見たレックスはそう(つぶや)いていると、突如(とつじょ)背後(はいご)からか突風(とっぷう)()()れたと思った次の瞬間(しゅんかん)、緑色の風の(やいば)が飛んで来て、巨大(きょだい)なスズメバチに()魔物(まもの)の体が、胴体(どうたい)部分(ぶぶん)から真っ二つになり、地面の上に(ころ)がってしまった。

「んなっ……」

レックスは突然(とつぜん)の事に理解(りかい)出来ず、目を見張(みは)り、いきなり真っ二つになって、地面に(ころ)がった魔物(まもの)死骸(しがい)釘付(くぎづ)けになる。

 魔物(まもの)たちの方も、突然(とつぜん)の事に何が起きたのか理解(りかい)出来ず、右往左往(うおうさおう)している。

 その(すき)にサムートが、素早(すばや)片手(かたて)()ぎ払う様な仕草(しぐさ)をしたと思った次の瞬間(しゅんかん)、彼の近くにいた魔物(まもの)はどう言う訳か、鋭利(えいり)刃物(はもの)に切り()かれたようにバラバラになって、ボトボトと地面の上に落ちた。

 それに(おどろ)いた(ほか)の魔物が、(あわ)てて反撃(はんげき)をしようと(かま)えた時、レックスが背後(はいご)から熱気(ねっき)を感じた瞬間(しゅんかん)、レックスの近くにいた魔物(まもの)突然(とつぜん)火達磨(ひだるま)になり、あっという間に炭化(たんか)し、(けむり)を上げながらドサッと地面の上に(ころ)がった。

「へっ?」

レックスは何が起きたのか理解(りかい)出来ず、間抜(まぬ)けな声を上げ、(すみ)と化した魔物(まもの)へと目を向けている間に、サムートが残りの一匹(いっぴき)を、先程(さきほど)と同じ要領(ようりょう)でバラバラにしてしまった。

(すご)い……」

それを見て、アルシェラが(おどろ)きのあまり目をひん()いて、そう(つぶや)いた。

「二人とも無事(ぶじ)か?」

不意(ふい)に自分の背後(はいご)から、聞き覚えのある若い男の声がしたので、レックスは()り返ると、何時(いつ)の間にそこに来ていたのか、ロナードが片方(かたほう)(てのひら)魔物(まもの)たちの方へ向けた格好(かっこう)で、(いき)(はず)ませながら立っていた。

「お、おう……」

レックスは、ロナードのいきなりの登場に戸惑(とまど)いつつも、そう返事をした。

「どう言う事だ? サムート。 何故(なぜ)お前が此処(ここ)に居る?」

ロナードは、(おどろ)いて立ち()くしたままのレックスを(はさ)む様にして、(だれ)の目から見ても物凄(ものすご)不機嫌(ふきげん)そうな顔をして、ドスの()いた低い声でサムートに問い掛ける。

「申し訳ございません。 若様(わかさま)……。 手を出すつもりは無かったのですが……」

サムートは、(もう)し訳なさそうにロナードに言うと、

(おれ)()うているのは、そう言う事じゃない! 何故(なぜ)、ここに居るかと聞いている! お前は一体、何処(どこ)まで俺を病人(びょうにん)(あつか)いすれば気が()むんだ?」

ロナードは苛立(いらだ)った様な強い口調(くちょう)で、サムートに向かって言った。

 ロナードが相当(そうとう)腹を立てている事は、アルシェラもレックスも理解(りかい)でき、二人は(そろ)って戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、二人を見比(みくら)べる。

「これは(ひとえ)に、人間の国では何が起きるか分からぬ(ゆえ)、ルオンを滞在(たいざい)している間は、片時(かたとき)若様(わかさま)から目を(はな)すなと、()が王からの命令を受けての事でして……。 決して、若様の力量(りきりょう)(かろ)んじている訳では……」

サムートは、(あせ)りの表情を浮かべつつ、ロナードにそう弁明(べんめい)する。

「ラシャの(やつ)……」

ロナードは、ゲンナリした表情を浮かべて、片手(かたて)を自分の(ひたい)()えると、何処(どこ)(つか)れた様な口調(くちょう)(つぶや)いた。

「それより若様(わかさま)。 その様に立て続けに(じゅつ)(もち)いられて、お体は大丈夫(だいじょうぶ)なのですか? あまり、ご無理(むり)はなさらない方が……」

サムートは心配そうな表情を浮かべ、ロナードに問い掛ける。

「問題ない。 お前も何時(いつ)までも(おれ)病人(びょうにん)(あつか)いするな」

ロナードは、落ち着き払った口調(くちょう)でそう答える。

「はい……」

サムートはそう言い返したが、その顔はとても心配そうだ。

「……分かった。 自重(じちょう)はする」

ロナードは、サムートが心配で(たま)らないと言う顔をしているのを見て、軽く溜息(ためいき)を付くと、何処(どこ)五月蠅(うるさ)そうな口調(くちょう)で、彼にそう付け加えた。

「そうなさって下さい。 この様な場所で(たお)れられては、洒落(しゃれ)になりません」

サムートは、心配そうな表情を浮かべたまま、ロナードにそう返してから、(おもむろ)にアルシェラとレックスの方へと目を向け、

「お二人とも」

(おだ)やかな口調(くちょう)で、そう二人に声を掛ける。

「えは?」

「な、なにぃ? いきなり」

急にサムートに声を掛けられ、レックスとアルシェラは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、彼に問い返す。

「あまり若様(わかさま)無理(むり)をさせないで下さい。 あなた方が思うより、魔術(まじゅつ)の使用は体力を大きく(けず)ります。 ご自分たちの力で解決(かいけつ)する事を心掛(こころが)けて(いただ)けると助かります」

サムートは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、戸惑(とまど)って居る二人に言った。

「えっ。 あ、お、おう……」

レックスは、戸惑(とまど)いつつもそう返事をした。

「レックス。 お二人は貴方(あなた)の様に体力がある訳ではありません。 自分を基準(きじゅん)で考えると(たちま)ち、二人ともバテてしまいます。 体力のある貴方(あなた)がしっかり、若様(わかさま)のフォローをして下さい。 お願いします」

サムートは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでそう言うと、レックスは戸惑(とまど)いつつも、

「お、おう。 分かった」

「アルシェラ様も我儘(わがまま)ばかり言って、お二人を困らせないで下さいね」

サムートは(さら)に、アルシェラにもそう言うと、彼女はムッとした表情を浮かべ、

「何よそれ。 変な言い掛かりは止めてくれない?」

強い口調(くちょう)でサムートにそう言い返すと、ロナードは溜息(ためいき)を付き、

「……自覚(じかく)が無いんだな……」

ゲンナリとした表情を浮かべ(つぶや)いた。

昨日(きのう)、あれだけ散々(さんざん)な目に()ったのに、()りてねぇのかよ」

レックスは(あき)れた表情を浮かべ、アルシェラに言うと、彼女は物凄(ものすご)不満(ふまん)そうな顔をして、

(ひど)いっ! アタシが何時(いつ)、二人に迷惑(めいわく)を掛けたって言うのよぉ?」

自分の腰元(こしもと)両手(りょうて)()え、口を(とが)らせ、強い口調(くちょう)でレックスにそう言い返すので、彼はたじろぐのを見て、ロナードは肩を(すく)める。


「ねぇ。 何でサムートは、何処(どこ)かに行っちゃったの?」

サムートと別れた後、少し(おそ)い朝食を取りながら、アルシェラは不思議(ふしぎ)そうに、焚火(たきび)(はさ)んで向かいに座っていたロナードに問い掛ける。

「アイツの参加(さんか)(みと)められていないからな」

ロナードは非常(ひじょう)食用(しょくよう)(かた)いパンを、(しお)コショウで味付けしただけの、ほぼ水の様な、()など(ほとん)ど入っていないスープに(ひた)しながら、そう答えた。

(うえっ。 マズっ……。 ただのお()じゃねぇかよ。 コレ)

これまで一度も自炊(じすい)などした事の無いアルシェラが、(いき)がって作ったのだが、予想(よそう)(どお)りの残念(ざんねん)(あじ)に、レックスは心の中で(つぶや)いた。

 それでも、マズイなどと言わず、ちゃんと食べようとするロナードは(えら)いと、レックスは思った。

「なにそれ。 じゃあ何で、あんな所にいたのよ?。 何の(ため)のロナードの護衛(ごえい)なの?」

アルシェラは口を(とが)らせ、不満(ふまん)そうに言いながら、なかなか千切(ちぎ)れないパンを、何とか千切(ちぎ)ろうと、歯を食いしばる。

「王女やオルゲン将軍(しょうぐん)は、(おれ)の実力を知りたいのに、俺がアイツの力を()りては、意味が無いだろう?」

ロナードは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)でそう答えた。

「だから、サムートはオレたちの邪魔(じゃま)にならない様に、何処(どこ)かに行ったんだろ? オレ()の話、聞いてたのかよ?」

レックスも(あき)れた表情を浮かべつつ、アルシェラに言った。

「でも、良い家臣(かしん)を持ってるのも、その人の実力の一つじゃない」

アルシェラは、不満(ふまん)そうな表情を浮かべつつ、レックスに言い返すと、

家臣(かしん)の力も自分の力の内と言いたいのか? 如何(いか)にも、貴族(きぞく)の姫君が考えそうな事だな」

ロナードは、何処(どこ)軽蔑(けいべつ)にも似た眼差(まなざ)しをアルシェラに向け、物凄(ものすご)く冷ややかな口調(くちょう)で言った。

「そうよ。 だって、その家臣(かしん)を使うのは、アタシたちな訳なんだしぃ」

アルシェラは『当然(とうぜん)』と言わんばかりの様子(ようす)で、ロナードに言い返す。

 アルシェラの物言(ものい)いには、レックスは少し(しゃく)(さわ)った。

 レックスたちは日夜(にちや)、自分自身と(あるじ)の命を守る(ため)必死(ひっし)鍛錬(たんれん)をしていると言うのに、アルシェラは何の努力も無しに、その自分たちの力を自分の力として用いる事を、当然(とうぜん)だと思っている。

 それは可笑(おか)しいと、レックスは素直(すなお)に思ってしまったのだ。

「……他者(たしゃ)の力を(もち)いるのならば、それ相応(そうおう)器量(きりょう)を持たなければ、(たと)命令(めいれい)しても、相手(あいて)が自分を(したが)えるに相応(そうおう)しいと思っていなければ(したが)(わけ)がない。 人の上に立って、人を使うと言うのは、そう言う事だ」

ロナードは落ち着き払った口調(くちょう)で、アルシェラにそう()く。

(おお! コイツ、すげぇ良いこと言うじゃねぇかよ! 愛想(あいそ)はねぇけど、姫よりも(はる)かに人として真面(まとも)だぜ)

ロナードの言葉を聞いたレックスは、心の中でそう(つぶや)くと、素直(すなお)称賛(しょうさん)した。

「そんな(むずか)しいこと言われてもアタシ、分かんないしぃ。 その話はもう()めてさあ、何か別の話をしない?」

アルシェラは、五月蠅(うるさ)そうな表情を浮かべ、自分の髪を片手(かたて)で弄りながら、面倒臭(めんどうくさ)そうな口調(くちょう)で、ロナードに言い返した。

(コイツ!)

アルシェラの言動(げんどう)にロナードはカチンと来て、心の中でそう(つぶや)くと、彼女を無言(むごん)(にら)み付けた。

「そ、そんな事、姫は小せぇ(ころ)から言われてるから、今更(いまさら)なんだろ?」

ロナードの反応(はんのう)を見て、レックスは苦笑(にがわら)いを浮かべながら、彼に言うと、

「『そんな(むずか)しい事』と、言っていた様な気がするが……」

ロナードは、不満(ふまん)そうな表情を浮かべつつ、レックスに言い返す。

「い、いや……なんつーか、理屈(りくつ)ぽいって言うか、哲学的(てつがくてき)な(?)言い方をされると、分からねぇって意味じゃねぇのかな?」

レックスは苦笑(にがわら)いを浮かべたまま、ロナードの不満(ふまん)に満ちた視線(しせん)(あせ)りつつ、そう付け加えた。

「……」

ロナードは、不満(ふまん)そうな表情を浮かべつつも、それ以上の追及(ついきゅう)はして来なかったので、レックスはホッと胸を()で下ろした。

(つーか何で、オレがロナードに言い訳しなきゃなんねぇんだよ?)

レックスは不満(ふまん)そうな表情を浮かべ、心の中で(つぶや)くと、チラリとアルシェラの方へと視線(しせん)を向ける。

 当のアルシェラは、レックスのは気持ちを知ってか、知らずか、呑気(のんき)欠伸(あくび)をしている。

「ってかさぁ、ロナードってルオンに来る前って何してたのぉ? 何か野宿(のじゅく)するのとか、魔物(まもの)を見るのとかも()れてるカンジじゃない?」

アルシェラは、ふと思った事を、何気(なにげ)にロナードに問い掛けた。

「……以前(いぜん)は、傭兵(ようへい)をしていた」

ロナードは、落ち着き払った口調(くちょう)で答えた。

傭兵(ようへい)? (なる)(ほど)な。 どーりで何でも手際(てぎわ)が良い訳だぜ)

ロナードの言葉を聞いて、レックスは色々(いろいろ)納得(なっとく)出来(でき)る点があり、思わず、心の中でそう(つぶや)いた。

傭兵(ようへい)って、何歳(なんさい)くらいからやってんだ?」

レックスは、力任(ちからまか)せに(かた)いパンを引き千切(ちぎ)ると、口に放り込みながら、ロナードに問い掛ける。

「十一くらいからだ」

ロナードは、千切(ちぎ)ったパンをスープに(ひた)しながら、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で答えた。

「十一……」

レックスは(つぶや)きながら、自分がその位の年齢(ねんれい)(ころ)、何をしていたのかを思い出してみた。

(その(ころ)のオレって、メイとか近所(きんじょ)奴等(やつら)普通(ふつう)に、朝から夕方まで、親の手伝いもしねぇで、ムッチャ(あそ)んでたぞ)

レックスは、当時(とうじ)の事を思い出しながら、心の中で(つぶや)いた。

 レックスは、戦死(せんし)した父親は(りゅう)騎士団(きしだん)所属(しょぞく)しており、名誉(めいよ)貴族(きぞく)称号(しょうごう)を持っていた(ため)、母親と二人慎(つつ)ましく暮らす分には困らないだけの(たくわ)えがあったし、母親も(はたら)きに出ていたお(かげ)で、大した不自由(ふじゆう)もせずに少年時代を()ごす事が出来(でき)た。

 自分がのうのうと(あそ)んでいた時期(じき)に、ロナードは(すで)に、自分(じぶん)自身(じしん)を生かす(ため)に、傭兵(ようへい)として(はたら)いていたと言うのだ。

 家庭(かてい)事情(じじょう)で、親の手伝いをする(ため)にあまり(あそ)べず、早くから仕事を手伝っている子供は近所(きんじょ)にもいたが、大人並みに仕事をしている(やつ)がいた事には、(おどろ)きだった。

「じゃあ今回、新しい組織に入るのも、傭兵(ようへい)として(やと)われてって事なの?」

アルシェラは(さら)に、己の好奇心(こうきしん)(まか)せてロナードに問い掛ける。

「いや……。 色々(いろいろ)あって、今は傭兵業(ようへいぎょう)からは身を引いている。 こうして実戦(じっせん)をするのも、かなり(ひさ)しぶりだ」

ロナードは複雑(ふくざつ)な表情を浮かべつつ、少し歯切(はぎ)れ悪く、アルシェラにそう説明した。

「ふぅん」

アルシェラは、自分から(たず)ねた(わり)には、どうでも良さそうな感じで言った。

「って言うかよ、オレ、やっぱ無理(むり)だわ」

レックスは思い切り顔を(ひそ)め、突然(とつぜん)(つぶや)いた。

「?」

ロナードは突然(とつぜん)の事で、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、レックスを見る。

「これ、どー頑張(がんば)っても美味(うま)いとは思えねぇ。 わりぃけど食えねぇ」

レックスは、手にしていたスープを見ながら、二人に向かって真剣(しんけん)面持(おもも)ちでそう言った。

(ひど)い! アタシが初めて作った料理が、食べられないって言うのぉ?」

レックスの発言(はつげん)を聞いて、アルシェラはムッとした表情を浮かべ、強い口調(くちょう)で彼に言い返した。

「……アンタ、ちゃんと味見(あじみ)はしたのか?」

ロナードは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、アルシェラに問い掛ける。

「えーっと、して無い……かなぁ」

アルシェラはそう言い返すと『テヘ』と言いながら、ペロッと(した)を出しておどける。

「……だろうな。 一度でも味見(あじみ)をしていれば、人に食べさせられる代物(しろもの)じゃないと、気付いているだろうからな」

ロナードは、軽く溜息(ためいき)を付いてから、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)でアルシェラに言い返した。

「そんなぁ。 ロナードまで(ひど)い~っ」

アルシェラは、ムッとした表情を浮かべ、口を(とが)らせ、ロナードに言い返す。

「ってか姫は食ったのかよ? 自分が作ったこの(げき)不味(まず)スープをよ!」

レックスは、不満(ふまん)に満ちた表情を浮かべ、強い口調(くちょう)でアルシェラに問い掛けると、彼女はギクリと身を強張(こわば)らせ、

「ま、まだだけどぉ……」

バッの悪そうな表情を浮かべ、目を(およ)がせながら、そう言い返す。

「作っている時点(じてん)で、美味(おい)しくはないだろうとは思っていたが、(あま)りに想像(そうぞう)していた通りの味で、もはや(おどろ)くのを通り()して、絶望(ぜつぼう)しかない」

ロナードは、スープを見つめながら、溜息混(ためいきま)じりに言った。

「ってお前、絶望(ぜつぼう)しながら食ってたのかよ……」

ロナードの発言(はつげん)を聞いて、レックスは戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、彼に問い掛ける。

「スープとしては絶望(ぜつぼう)的だが、パンをふやかすには、丁度(ちょうど)良い塩加減(しおかげん)だからな。 スープとして味わう事は切り捨てた」

ロナードは、落ち着き払った口調(くちょう)で、レックスにそう語った。

「……お前、何気(なにげ)にすげぇ()でぇ事言ってるぜ」

レックスは(あき)れた表情を浮かべ、ロナードに言った。

事実(じじつ)だから、仕方(しかた)が無い」

ロナードは、悪かったとは微塵(みじん)も思っていない様で、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言い放った。

「さ、流石(さすが)はロナード。 アタシは最初から、スープしゃなくて、パンをふやかす水的なモノを作ってたのよぉ」

アルシェラは何を思ったのか、とっさにその様な事を言い出した。

「開き(なお)りやがった」

アルシェラの発言(はつげん)を聞いて、レックスは(あき)れた表情を浮かべ(つぶや)く。

「……苦しい言い訳にしか、聞こえないな」

ロナードは、()(いき)を付いてから、()ややかな口調(くちょう)(つぶや)いた。

(ひど)い。 そんなに気に入らないなら、食べなくて良いしぃ!」

アルシェラは、内心(ないしん)物凄(ものすご)く腹が立っていたが、目元を(うる)ませながら、片手(かたて)(なみだ)(ぬぐ)う様な仕草(しぐさ)をしながら、ロナード達に向かって言った。

「そう言う訳にもいかないだろう。 (いや)でもこれで腹を満たして(もら)わねば、食料に(かぎ)りがあるのだから」

ロナードは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)でそう語ると、それを聞いたレックスは苦々(にがにが)しい表情を浮かべ、

「けどよ……」

「食える物があるだけ、有難(ありが)いと思え」

ロナードは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、レックスに言い返す。

「つーか。 ぜってぇ、持たせてくれた食料けじゃ一週間もたねぇぜ? 食うもんが無くなったらどーすんだよ?」

レックスは不満(ふまん)そうな表情を浮かべながら、ロナードにそう語る。

昨日(きのう)みたいに、現地(げんち)調達(ちょうたつ)するしかないだろう」

ロナードは軽く溜息(ためいき)を付いてから、レックスに言い返すと、

「はあ? お前それ、マジで言ってんのか?」

レックスは思い切り顔を(ひそ)め、不満(ふまん)に満ちた表情を浮かべ、ロナードに言った。

「サバイバルと言っていただろう? (よう)は、魔物退治(まものたいじ)をすれば良いだけの試験(しけん)では無いと言う事だ。 だから受験者(じゅけんしゃ)が持ち込もうとしていた食料(しょくりょう)(すべ)て、没収(ぼっしゅう)されたんだろう?」

ロナードは、落ち着き払った口調(くちょう)でそう指摘(してき)すると、

「マジか……」

レックスは、呆然(ぼうぜん)とした様子(ようす)(つぶや)く。

「えーっ。 アタシ自信(じしん)な~い」

アルシェラは、ゲンナリとした表情を浮かべ言った。

「そうか。 ならばリタイアすれば良い。 そうした事で、無断(むだん)参加(さんか)したアンタが、どの様な評価(ひょうか)を受ける事になるのか、(おれ)は知らないが……」

ロナードは何処(どこ)()き放す様な、()ややかな口調(くちょう)でアルシェラに言った。

「えーっ。 それは困るぅ」

アルシェラはムッとした表情を浮かべ、口を(とが)らせながら、ロナードに言い返した。

「それは、(おれ)も同じだ」

ロナードは、溜息混(ためいきま)じりに言った。

「ロナード、何とかしてぇ?」

アルシェラは、ロナードに上目遣(うわめづか)いをしながら、(あま)え声で言うと、

「知るか」

ロナードは、()っ気ない口調(くちょう)で言うと、アルシェラはムッとして、

「ロナードって、なんか態度(たいど)(つめ)たくない?」

「悪かったな」

ロナードはムッとした顔をして、素っ気なく言い返す。

「そんな風に言い返されたら、何も言えなくなるじゃない」

アルシェラは、ムッとした表情を浮かべながらロナードに言い返すと、

「別に(おれ)(だれ)かに(こび)(へつら)う気はないし、無理(むり)をしてまで、人から好かれようとも思わない。 余計(よけい)世話(せわ)だ」

ロナードは、物凄(ものすご)五月蠅(うるさ)そうな表情を浮かべ、()き放す様な口調(くちょう)で、アルシェラに言い放った。

「そんな言い方はねぇだろ」

レックスは、(あき)れた表情を浮かべながらロナードに言うと、

「そう言うのを()らぬ世話(せわ)と言うんだ。 人の事を心配するより、自分たちの事を心配した方が良んじゃないのか?」

ロナードは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)でレックスに言うと、彼はドキッとし、思わず顔を強張(こわば)らせたが、直ぐに苦笑(にがわら)いを浮かべる。

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