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DRAGON SEED  作者: みーやん
第一章
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出会い

主な登場人物


ロナード…漆黒の髪に紫色の双眸(そうぼう)特徴(とくちょう)的な、傭兵(ようへい)業を生業(なりわい)として居た魔術(まじゅつ)師の青年。 落ち着いた雰囲気(ふんいき)の、実年齢(ねんれい)よりも大人びて見える美青年。 一七歳。


エルトシャン…オルゲン将軍(しょうぐん)(おい)で、新設(しんせつ)された組織『ケルベロス』のリーダー。 愛想(あいそう)が良く、柔和(にゅうわ)物腰(ものごし)な好青年。 王国内で(ゆび)()りの剣の使い手。 二一歳。


アルシェラ…ルオン王国の将軍(しょうぐん)オルゲンの娘。 カタリナ王女の命を受け、新設(しんせつ)される組織に渋々加わっているが……。 一六歳。


オルゲン将軍…ルオン王国のカタリナ王女の腹心(ふくしん)で、『ルオンの双璧(そうへき)』と(しょう)される、幾多(いくた)戦場(せんじょう)活躍(かつやく)をして来た(ろう)将軍(しょうぐん)。 魔物(まもの)退治専門(せんもん)の組織『ケルベロス』を、カタリナ王女と共に立ち上げた人物。


レックス…オルゲン侯爵家(こうしゃくけ)に仕えて居た騎士(きし)見習(みなら)いの青年。 正義感(せいぎかん)が強く、喧嘩(けんか)っ早い所がある。 一七歳。


カタリナ王女…ルオン王国の王女。 病床(びょうしょう)にある父王に代わり、数年前から(まつりごと)を行っているのだが、宰相(さいしょう)ベオルフ一派の所為(せい)で、思う様に政策(せいさく)出来(でき)ずにおり、王位(おうい)(おびや)かされている。 自身は文武(ぶんぶ)に長けた美女。 二二歳。


サムート…クラレス公国(こうこく)に住む、(からす)(ぞく)(おさ)の妹サラサに(つか)える、(からす)族の青年。 ロナードの事を気に掛けている(あるじ)(ため)にルオンとクラレスを行き来している。 人当(ひとあ)たりの良い、物腰(ものごし)(やわ)らかい青年。


メイ…オルゲン侯爵家(こうしゃくけ)(つか)えている騎士(きし)見習(みなら)いの少女。 レックスとは幼馴染(おさななじみ)。 ボウガンの名手(めいしゅ)。 十七歳。


 その日の夕方、オルゲン将軍の娘である好奇心(こうきしん)旺盛(おうせい)のアルシェラが、『客人(きゃくじん)に早く会いたい』とせがんだのか、客人(きゃくじん)退屈(たいくつ)させては失礼(しつれい)だと言う、執事(しつじ)長たちが判断(はんだん)したのか分からないが、ロナード達はオルゲン将軍が帰宅(きたく)する前から、屋敷(やしき)応接間(おうせつま)へと通され、先に娘のアルシェラと会い、共に将軍の帰りを待つと言う事となった。

面倒臭(めんどうくさ)いな。 オルゲン将軍(しょうぐん)はまだ、帰って来てないのだろう?。 少しは休ませろ」

リビングへ向かう途中(とちゅう)、ロナードは物凄(ものすご)不機嫌(ふきげん)そうに、従者(じゅうしゃ)のサムートにそう愚痴(ぐち)った。

(あるじ)(もど)るまで、(わたし)たちをただ部屋の中で待たせているのも、失礼(しつれい)だと先方(せんぽう)は思ったのでしょう」

サムートは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、ロナードにそう言い返した。

「何をもって失礼(しつれい)かと判断(はんだん)するかは、人それぞれ……と言う事か」

ロナードは、特大(とくだい)溜息(ためいき)を付いてから(つぶや)いた。

大分(だいぶん)、お(つか)れの様だね……)

ロナード達のやり取りを聞いて、エルトシャンは心の中で(つぶや)くと苦笑(にがわら)いを浮かべる。

(ちょっと列車(れっしゃ)に乗って遠くから来ただけなのに、オメェが(つか)れ過ぎなだけだろ)

ロナードのボヤキを聞いていたレックスは、心の中で(つぶや)いた。

「あ、来た。 来たぁ♪」

応接間(おうせつま)の前の廊下(ろうか)で、ピンク色のフリルが付いたドレスに身を包んだ、銀髪(ぎんぱつ)の少女がソワソワと落ち着かない様子(ようす)で立っているのが見え、ロナード達の姿を(みと)めるなり、小さな子供の様に(うれ)しそうに声を(はず)ませ、そう言うと、急いでリビングの方へと入って行った。

(なーにやってるんだよ。 アルは。 小さな子供じゃあるまいし……。 ()ずかしいなぁ。 もう)

それを見たエルトシャンは、(あき)れた表情を浮かべながら、心の中で(つぶや)いた。

「あれは?」

それを見たロナードは、不思議(ふしぎ)そうな表情を浮かべ、エルトシャンに問い掛ける。

「あははは。 御免(ごめん)ね。 あの子がオルゲン将軍(しょうぐん)の娘のアルシェラだよ」

エルトシャンは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、ロナードに答えると、

随分(ずいぶん)(おさな)いな。 一二、三歳くらいか?」

彼は、アルシェラを見た印象(いんしょう)を、素直(すなお)に口にした。

(えっ。 じゅ、一二、三歳……。 確かに、見えなくも無いけど……そこまでお子ちゃまに見られるとはね……。 (まい)ったな)

アルシェラの実年齢(ねんれい)を知っているエルトシャンは、ロナードの発言(はつげん)を聞いて、何だか(なさ)けなくなった。

 アルシェラは、オルゲン将軍(しょうぐん)(あま)やかされて育った(ため)自由奔放(じゆうほんぽう)で、その場の雰囲気(ふんいき)などお(かま)いなしの言動(げんどう)と、貴族の(れい)(じょう)らしからぬ()()いを平気でするので、彼女の所為(せい)でエルトシャンも随分(ずいぶん)と、社交界(しゃこうかい)では(はじ)をかかされている。

 エルトシャンも、貴族の令嬢(れいじょう)として、社交(しゃこう)の場に出ても()ずかしくない、最低限の礼節(れいせつ)を身に付ける様にと、何度も彼女に言っているのだが、全く聞き入れて(もら)えずにいる。

 その所為(せい)で恥をかくのは、アルシェラ自身では無く、父親のオルゲン将軍や、その身内にまで(およ)ぶと言う事を彼女は分かっていない様だ。

 部屋の前に立っていた兵士に、応接間(おうせつま)(とびら)を開いてもらい、ロナード達は部屋の中に入ると、部屋の中央には会食(かいしょく)用の白い清潔(せいけつ)そうなテーブルクロスが掛けられた大きな円卓(えんたく)の上に、肉や魚介(ぎょかい)果物(くだもの)菓子(かし)など、様々(さまざま)な料理が並べられ、テーブルの周囲(しゅうい)に人数分の椅子(いす)配置(はいち)されているのが、真っ先に目に飛び込んで来た。

「……余程(よほど)(おれ)たちが食うと、思ってるのだろうな……」

目の前のテーブルの上に、食べ切れそうに無いほど並んでいる、沢山(たくさん)の料理を見て、ロナードはやや引き気味(ぎみ)に呟いた。

(うーん……。 (ぼく)流石(さすが)にこんなに食べないかな。 ってか、ロナードの好き嫌いを確認(かくにん)して無い様な気がするけど……大丈夫(だいじょうぶ)なのかな?)

エルトシャンも、何時(いつ)も以上に()り切った様子(ようす)の食事を見て、心の中で(つぶや)くと、苦笑(にがわら)いを浮かべた。

一生懸命(いっしょうけんめい)、用意して下さったのですから、出来る(かぎ)り食べましょう」

サムートも、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、ロナードに言った。

 (すで)に奥の席には先程(さきほど)、この部屋の前の廊下(ろうか)でウロウロしていたアルシェラが座っており、その事にロナード達が気付くと、満面(まんめん)の笑みを浮かべ、ヒラヒラと手を()って来た。

(ああもう!。 そう言う()ずかしい事は()めてよね!)

アルシェラの(おさな)()()いを見て、エルトシャンは苛立(いらだ)ちを(おぼ)え、心の中で(つぶや)いた。

 異常(いじょう)にテンションの高い彼女に、ロナードは一瞬(いっしゅん)、どうして良いのか分からなくなり、その場に固まってしまったが、直ぐにペコリと軽く会釈(えしゃく)を返した。

随分(ずいぶん)と、愛嬌(あいきょう)のある方ですね」

アルシェラの行動を見て、サムートは苦笑(にがわら)いを浮かべながら、側に居たロナードにそう耳打(みみう)ちすると、彼は、ゲンナリとした表情を浮かべた。

(あらた)めて紹介(しょうかい)するよ。 こちらは、オルゲン将軍(しょうぐん)のご息女(そくじょ)アルシェラ(じょう)。 アル。 こちらは、クラレス公国(こうこく)、クレーエ伯爵(はくしゃく)身内(みうち)のロナード殿だよ」

エルトシャンは軽く咳払(せきばら)いをしてから、落ち着き払った口調(くちょう)双方(そうほう)紹介(しょうかい)する。

(うわぁ。 すっっっごいイケメン♥ エルトと同い年くらいかなぁ? ちょー好み♥)

アルシェラは、ロナードを見るなり、心の中でそう(つぶや)くと熱い視線(しせん)を彼に送る。

「アルシェラよ。 (よろ)しくぅ」

アルシェラはニコニコと微笑(ほほえ)みながら、(ねこ)なで声でそう言うと、チラチラと上目遣(うわめづか)いでロナードの事を見る。

(だ・か・らっ! そう言う稚拙(ちせつ)挨拶(あいさつ)じゃなくて、もっとちゃんとした挨拶(あいさつ)をしなって! 君、一応(いちおう)伯父(おじ)(うえ)代理(だいり)として居るんじゃないの? そこ分かってる? 分かってないよね? 絶対(ぜったい)

エルトシャンはアルシェラの言動(げんどう)を見て、心の中でそう(つぶや)くと、人知(ひとし)れず、(ひたい)青筋(あおすじ)を浮かべる。

貴女(きじょ)と会う事が出来て(うれ)しく思っている。 (しばら)くオルゲン家に滞在(たいざい)し、世話(せわ)になる予定(よてい)だ。 その間、(よろ)しく(たの)む」

ロナードは、落ち着き(はら)った様子で、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、アルシェラに言った。

 アルシェラに対し、ニコリともしないロナードに、侍女(じじょ)や兵士たちはレックスが初めに(いだ)いた印象(いんしょう)同様(どうよう)に、無愛想(あいそ)だと思った。

(ああもう! ロナードからも挨拶(あいさつ)適当(てきとう)にされたじゃん! 絶対(ぜったい)真面(まとも)に取り合う必要のない相手(あいて)だと判断(はんだん)されたよ)

ロナードの物凄(ものすご)()めた反応(はんのう)と、適当(てきとう)挨拶(あいさつ)に、エルトシャンは心の中でそう(つぶや)くと、とても泣きたい気持ちになってきた。

 それでも、イケメンに目が無いアルシェラは、ロナードが自分に対して挨拶(あいさつ)(はぶ)いた事など気にしていない(適当(てきとう)にされたと気付いていない?)のか、とても眉目秀麗(びもくしゅうれい)な上、ある程度(ていど)身分(みぶん)がある相手なので、気にしていない様だ。

 それに加えて、お屋敷(やしき)で大勢を(まね)いて(うたげ)(もよお)すと言う事は、年に何度かあるが、この様な形でオルゲン家に客人(きゃくじん)が来る事など滅多(めった)にないので、アルシェラは何時(いつ)になくご機嫌(きげん)だ。

 (みょう)なテンションの彼女に、ロナードはもうこの時点(じてん)で、(すで)について行けてない様だ……。

綺麗(きれい)黒髪(くろかみ)ね。 アタシ、初めて見たわ♥」

アルシェラはニッコリと笑みを浮かべ、ロナードにそう言うと、その言葉を聞いて彼は一瞬(いっしゅん)、表情を強張(こわば)らせた。

(ロナードが一番、()れて()しくなさそうな事を……よりによって()めるなんて……)

ロナードが、(いか)りと不快感(ふかいかん)が入り混じった目で、アルシェラを見ているので、エルトシャンは心の中で(つぶや)いた。

 居合(いあ)わせた執事(しつじ)侍女(じじょ)たちも、この相手の感情を(さか)なでしかねない発言(はつげん)を聞いて(あせ)り、一瞬(いっしゅん)にして、辺りに冷たく()()めた空気が(ただよ)う……。

 アルシェラは(ちょう)よ花よと育てられ、世間(せけん)知らずな(ため)、黒髪が()(きら)われているとは知らなかったのだろうが、ロナードはそんな事など分かる(はず)も無いので、彼女の先程(さきほど)挑発(ちょうはつ)(ある)いは侮辱(ぶじょく)とも取れる一言で、物凄(ものすご)心象(しんしょう)が悪くなったに(ちが)いない。

 そんな事とは知らず、アルシェラはヘラヘラと笑っており、それが余計(よけい)に相手を挑発(ちょうはつ)している様にも見えた。

 エルトシャンは今すぐにでも、アルシェラを土下座(どげざ)させ、ロナードに(あやま)らせたい衝動(しょうどう)()られたが、そうする事は余計(よけい)に彼を差別(さべつ)し、傷つける事になるかも知れないと思い、グっと(こら)えた。

(何だ。 このすっげぇ温度差(おんどさ)

同行しているレックスも、アルシェラとロナードの間に、真夏(まなつ)と冬くらいの温度差(おんどさ)がある事を感じ、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、心の中で(つぶや)いた。

「た、旅芸人(たびげいにん)一座(いちざ)を呼んでおりますので、お(やかた)(さま)がお(もど)りになられるまでの間、ごゆるりとお楽しみ下さい」

何とか場の空気を変えようと執事(しつじ)(ちょう)(あせ)りの表情を浮かべつつ言うと、ロナード達に席に着くように(うなが)した後、パンパンと手を(たた)く。

 すると、目隠(めかく)しの為にされていた間仕切(まじき)りの後ろから、奇抜(きばつ)格好(かっこう)をした道化師(どうけし)(あらわ)れた。

「ほ、ほ、ほ、本日(ほんじつ)は、この様な場にお(まね)(いただ)き……こ、こ、こ、光栄(こうえい)でふ」

ルオン国内では、その名を知らぬ人は居ないと言われる(ほど)名家(めいか)、オルゲン侯爵家(こうしゃくけ)突然(とつぜん)呼ばれ、道化師(どうけし)はかなり緊張(きんちょう)している様で、緊張(きんちょう)で声を(ふる)わせ、直立(ちょくりつ)不動(ふどう)で体はガチガチになっている。

「で、では、まずは……この私、道化師(どうけし)曲芸(きょくげい)をお楽しみ下ひゃい」

相変(あいか)わらず緊張(きんちょう)している様子(ようす)で、道化師(どうけし)格好(かっこう)をした男は時折(ときおり)、声を裏返(うらがえ)し、呂律(ろれつ)が回らない状態(じょうたい)でそう言うと、ぎこちなくペコッと頭を下げる。

 その後、(ほか)のメンバー達も緊張(きんちょう)しているのか、聞くに()えない滅茶苦茶(めちゃくちゃ)なバックミュージックを背に、道化師(どうけし)は大きなボールに乗り、バランスを取りながら、逆立(さかだ)ちや片足立(かたあしだ)ち、ジャグリングなどを披露(ひろう)する(はず)であったのだろうが、片足立(かたあしだ)ちはバランスを(くず)しボールの上から転落(てんらく)逆立(さかだ)ちも失敗(しっぱい)し、ボールの上から落ちて(ゆか)に背中を強打(きょうだ)、ジャグリング用のマラカスは(つか)(そこ)ね、床の上に音を立てて全て(ころ)がってしまうと言う散々(さんざん)な事に……。

(えっと……これはウケ(ねら)いなのかな? それともガチなやつ?)

エルトシャンは道化師(どうけし)たちの様子を見て、心の中で(つぶや)き、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら呟く。

 当人としては、不本意(ふほんい)(きわ)まりない結果(けっか)であっただろうが、道化師(どうけし)と言うだけあって、(わざ)失敗(しっぱい)しているのだと勘違(かんちが)いしたアルシェラや一緒(いっしょ)にいた侍女(じじょ)たちは大爆笑(だいばくしょう)

 始めは、道化師(どうけし)に気の(どく)そうな視線(しせん)を向けていたロナードも、彼の(あま)りに悲惨(ひさん)状況(じょうきょう)に思わず()き出して声を(ひそ)めて笑ってしまい、彼の側にいたサムートもクスクスと笑い、不安そうに見守っていたエルトシャンも可笑(おか)しさのあまり、腹を(かか)えて大爆笑(だいばくしょう)した。

「あははは。 あー可笑(おか)しい」

アルシェラは(なみだ)が出るほど可笑(おか)しかったのか、そう言いながら、手の(こう)で目元の(なみだ)(ぬぐ)う。

 その後も、緊張(きんちょう)のあまり、ナイフ投げをする芸人(げいにん)が手を(すべ)らせ、ナイフが自分の(くつ)()さったり、小型の(さる)が言う事を聞かず、(おこ)って調(ちょう)教師(きょうし)の顔を引っ()き、部屋の中を大暴走(だいぼうそう)

 それには、居合(いあ)わせた侍女(じじょ)たちが悲鳴(ひめい)を上げて逃げ(まど)い、彼女たちの声が一層(いっそう)(さる)興奮(こうふん)させる事となる。

 すっかり興奮(こうふん)した猿は、周囲(しゅうい)の者たちを威嚇(いかく)し、部屋の中を駆け回り、レックスの頭を()み付け、テーブルの上にあったバナナを強奪(ごうだつ)し、(つか)まえようとする調(ちょう)教師(きょうし)たちを(さら)威嚇(いかく)

 自分と目が合ったロナードに飛び(かか)ろうとしたところ、ロナードは軽々(かるがる)(さる)攻撃(こうげき)()けながら、素早(すばや)く猿の(くび)()っこを(つか)み、見事(みごと)(さる)捕獲(ほかく)

 それには思わず、その場に居た(だれ)もが感嘆(かんたん)の声を上げ、手を(たた)いて称賛(しょうさん)した。

 だが(さる)は、受け取りに来た調(ちょう)教師(きょうし)(きば)()き、威嚇(いかく)し続けていたのだが、(ふたた)びロナードと目が合うと、()()か大人しくなり、どう言う訳か彼の(ひざ)の上で行儀(ぎょうぎ)()く座り、器用(きよう)にバナナの皮を()き、それを健気(けなげ)に彼に差し出すと言う、忠義(ちゅうぎ)(しん)を見せた。

 それには、調(ちょう)教師(きょうし)(ひど)くショックを受けている様だった。

 もはや、ロナードと(さる)の間には、ボス猿と子分(こぶん)と言う構図(こうず)出来上(できあ)がってしまった様だった。

 こうして、やる事なす事、ガタガタの芸人(げいにん)一座(いちざ)だったのだが、それがかえって面白(おもしろ)く、部屋の中から(わら)い声が()えなかった。

(まあ、彼が楽しめたのなら、(こま)かい事はこの(さい)、良いかな)

などと、テーブルを(はさ)んで向かいの席に座っていた、ロナードが声を上げて(わら)うのを(こら)えているのか、片手(かたて)口元(くちもと)(おさ)え、(かた)(ふる)わせているのを見て、エルトシャンは思うのであった。


「あ~。 今日は本当に楽しかった」

ロナード達を歓迎(かんげい)する(うたげ)が終わると、アルシェラは自分の部屋に戻り、満足(まんぞく)そうに()みを浮かべながら言った。

「それはよう御座(ござ)いましたね。 姫様(ひめさま)

彼女付の若い侍女(じじょ)がそう言いながら、ソファーに座った彼女の頭の(かざ)りなどを手早(てばや)く外す。

「うん」

アルシェラは、満面(まんめん)の笑みを浮かべたまま返事を返した。

(姫様、本当にご機嫌(きげん)ね)

侍女(じじょ)は、何時(いつ)になく上機嫌(きげん)なアルシェラを見て、心の中で(つぶや)く。

 何時(いつ)我儘(わがまま)で、自分の気に入らない事があると、侍女(じじょ)たちに当たり()らかすのだが、今日はその心配はなさそうだ。

「ロナードって、ホント、イケメンよねぇ……」

アルシェラは、小さな子供の様にソファーに座ったまま、両脚(りょうあし)を前後にプラプラさせながら、ほぅと溜息(ためいき)を付いてから、ウットリした表情を浮かべながら言う。

(確かに。 エルトシャン(さま)以来(いらい)(すご)いイケメンだったわ……)

(うたげ)の席には居合(いあ)わせなかったが、ロナードが馬車(ばしゃ)から()りて来たのを見ていた彼女は、心の中で素直(すなお)にアルシェラの言葉に賛同(さんどう)した。

「エルトもイケメンだけど、また(ちが)ったタイプのイケメンなのよねぇ」

アルシェラは自分の(ほお)片手(かたて)()え、()(いき)()じりに(つぶや)く。

左様(さよう)御座(ござ)いますね」

侍女(じじょ)は、アルシェラの(むす)んでいる髪を()きながら、(おだ)やかな口調(くちょう)で返す。

 最初こそ、ロナードを見て『不吉(ふきつ)』だの何だのと(さわ)いでいた侍女(じじょ)たちだが、彼の落ち着いた、何とも言えない雰囲気(ふんいき)にすっかり(こころ)(うば)われていた。

「お父様は何も言わなかったけれど、彼ってもしかして、アタシの婚約者(こんやくしゃ)候補(こうほ)かな?」

アルシェラは、ニヤニヤしながら言うと、

「さあ。 その様な事は(うかが)っておりませんが……」

侍女(じじょ)は落ち着いた口調(くちょう)で返す。

「そうだと良いな~。 顔なんてモロにタイプだし。 エルトと(ちが)って、アタシの話をちゃんと聞いてくれて、良い感じだった。 エルトより年下って聞いたけど、全然(ぜんぜん)そんなカンジしなくて、落ち着きがあって(すご)く大人なカンジ」

アルシェラは両方の(てのひら)を合わせ、(ほお)(かす)かに紅潮(こうちょう)させ、ニコニコと笑みを浮かべながら言う。

「とても、紳士的(しんしてき)な方なのですね?」

侍女(じじょ)は、(おだ)やかな笑みを浮かべつつ、優しい口調(くちょう)で問い掛けると、

「そう」

アルシェラは、(うれ)しそうに答えた。

「明日も朝から彼と顔を合わせて一緒(いっしょ)に朝食だなんて、考えるだけでもテンション上がるわぁ~。 はわぁ~。 どんな格好(かっこう)にしよう。 明日が楽しみ♪」

アルシェラは、(いそが)しく足をパタパタさせながら、本当に(うれ)しそうに言う。

「そう(おっしゃ)るのでしたら、そろそろお休み下さいませ。 夜更(よふ)かしは美容(びよう)大敵(たいてき)ですよ」

侍女(じじょ)は、アルシェラの()っていた髪を()き終ると、そう言った。

「そうね。 朝からキュートなアタシを見せて、ロナードをメロメロにしなきゃだし!」

アルシェラは、ニマニマと笑みを浮かべ、声を(はず)ませながら言う。


 翌朝(よくあさ)……。

(どーして、この人が此処(ここ)に居るの?)

メイは、兵士たちの稽古(けいこ)()にロナードの姿を見付けると、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、心の中で(つぶや)いた。

「よぉ。 メイ。 (おそ)かったな」

レックスはタオルで(あせ)(ぬぐ)いつつ、(おく)れて来たメイに片手(かたて)を上げながら、そう言って歩み寄って来た。

「お(じょう)(さま)が、何時(いつ)も以上に朝の支度(したく)に気合を入れた所為(せい)でね……」

メイはアルシェラの専属(せんぞく)護衛(ごえい)の一人で、アルシェラの起床(きしょう)と共に彼女の部屋の前に立っていたのだが、(あさ)支度(したく)に彼女が手間取(てまど)った所為(せい)で、護衛(ごえい)をしてイる彼女も(おそ)くなり、ゲンナリとした表情を浮かべながら答えた。

「ふぅん」

レックスは、どうでも良さそうな口調(くちょう)で返す。

「ってか、何でロナード様がここに? お(じょう)(さま)は学校へ行かれるから、もう朝食を取りにに行かれたのに……」

メイは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、レックスに問い掛ける。

「良く知らねぇけど、今日から屋敷(やしき)滞在(たいざい)してる間、感覚(かんかく)を取り(もど)(ため)に、朝、夕、オレたちの稽古(けいこ)に加わるんだとよ」

レックスは、チラリとロナードの方へと向けつつ、()して興味(きょうみ)の無さそうな口調(くちょう)で答えた。

「えええっ!」

それを聞いたメイは、(あせ)りの表情を浮かべつつ、思わず声を上げる。

(そんな事したら、お(じょう)(さま)と朝食を一緒(いっしょ)に取れないじゃない……。 今頃(いまごろ)絶対(ぜったい)(おこ)ってる(はず)!)

メイは、(あせ)りの表情を浮かべたまま、心の中で(つぶや)く。

 アルシェラは何時(いつ)も、侍女(じじょ)が起こしてもなかなか起きないのに、今日はスッとベッドから起きると、終始(しゅうし)機嫌(きげん)様子(ようす)で、何時(いつ)も以上に着飾(きかざ)り、意気込(いきご)んで、スキップでもしそうな(いきお)いで朝食を取りに食堂(しょくどう)へ向かったのだ。

「次」

不意(ふい)にロナードの声が周囲(しゅうい)(ひび)く。

「えっ……」

「なっ……」

それを聞いて、メイとレックスは思わず、彼がいる方へと目を向けた。

 メイが来た時に、ロナードと手合(てあ)わせを始めた(はず)先輩(せんぱい)兵士(へいし)が、(うめ)き声を上げながら、地面の上に()いつくばっているではないか!。

(ちょ、ちょっと待って! 何で先輩(せんぱい)がレックスと話してたあの(わず)かな時間で、こんなにボコボコになってるの? 手心(てごころ)を加えたとしても、これはちょっと可笑(おか)しくない?)

それを見たメイは、呆然(ぼうぜん)とした表情を浮かべ、見事なまでにボコボコにされ、土埃塗(つちぼこりまみ)れになって地面の上に(ころ)がっている先輩(せんぱい)兵士(へいし)を見ながら、心の中で(つぶや)く。

「へぇ……。 ちったぁ、やるじゃん」

レックスは、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら、ロナードに言った。

(いやいやいや……『ちったぁ』って所じゃないわよ! (まった)(いき)が上がって無いわよ?)

メイは、先輩(せんぱい)兵士(へいし)はボコボコになっているのに、ロナードは実に(すず)しい顔をして(たたず)んでいるのを見て、心の中で(つぶや)く。

「……お前は、少しは骨があるんだろうな?」

ロナードは、声を掛けて来たレックスの方へ振り返りつつ、挑発(ちょうはつ)するかの様に不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら言った。

「けっ! 先輩(せんぱい)をボコした位で、いい気になってんじゃねぇぞ。 オレは、このお屋敷(やしき)での模擬戦(もぎせん)()けなしなんだからな」

レックスは、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら言うと、稽古(けいこ)(よう)の木の剣を二本手にし、(おもむろ)身構(みがま)えた。

「ふぅん?」

ロナードは、不敵(ふてき)な笑みを浮かべ返す。

馬鹿(ばか)っ! 自分でハードル上げて、どーすんのよ!)

メイは、(みょう)に自信満々(じしんまんまん)のレックスの言動(げんどう)に、心の中で叫ぶ。

「その(すか)した顔を()(つら)にしてやんよ」

レックスは、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながらロナードに言う。

御託(ごたく)は良い。 掛って来い」

ロナードは、落ち着いた口調(くちょう)でそう返すと、素早く身構(みがま)えた。

(えっ……。 この(かま)えって……。)

メイは、ロナードが身構(みがま)えた姿を見て、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、心の中で(つぶや)く。

「へぇ。 オレと同じ流派(りゅうは)かよ! 面白(おもしろ)れぇ」

レックスは、不敵(ふてき)な笑みを浮かべ、ロナードに言う。

(レックスと流派(りゅうは)が同じってどう言う事? だってこの流派(りゅうは)は……ルオンの(りゅう)騎士団(きしだん)にしか伝わらないモノの(はず)なんじゃ……)

メイは、ロナードを見つめ、戸惑(とまど)いの表情を浮かべたまま、心の中で(つぶや)く。

 そう。

 レックスの死んだ父親はオルゲン将軍(しょうぐん)の部下で、その(よしみ)幼少期(ようしょうき)からレックスは、オルゲン将軍の下で、(おい)であるエルトシャンたちと(とも)に、その剣術(けんじゅつ)(なら)っていた。

 だから、レックスやエルトシャンが今は解体(かいたい)してしまった、ルオン竜騎士団(りゅうきしだん)流儀(りゅうぎ)会得(えとく)しているのは当然(とうぜん)だ。

 だが、異国人(いこくじん)であるロナードが何故(なぜ)門外(もんがい)不悉(ふしつ)のルオン竜騎士団(りゅうきしだん)流儀(りゅうぎ)を……。

(って同じ流派(りゅうは)だからある程度(ていど)、手の内は分かってる(はず)なのに、何でこんなに一方的(いっぽうてき)にレックスがやられてるの?)

レックスが先に仕掛(しか)けたにも関わらず、ロナードに軽く()なされただけでなく、(するど)い返し技を連続で真面(まとも)にレックスが食らったのを見て、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、心の中で(つぶや)いた。

一撃(いちげき)はそんなに強くない……だけど……)

メイは、ロナードの動きを注意深(ちゅういぶか)観察(かんさつ)しながら、心の中でそう続ける。

 見た感じ、一撃(いちげき)の重さはあまり無く、メイでも受け止められそうな威力(いりょく)だ。

(でも圧倒的(あっとうてき)に早い! (すご)く動きも(なめ)らかで、一回に繰り出される手数も多い。 レックスが完全に翻弄(ほんろう)されてる!)

メイは、(おそ)ろしい(はや)さで繰り出されるロナードの剣を見て、心の中で(つぶや)くと、ゴクリと息を飲んだ。

 確かに、一撃(いちげき)の重さはさほどないが、()(かく)、剣の振りが(おそ)ろしく早く、そして(するど)さがある。

 オルゲン家の騎士たちとは(ちが)い、気迫(きはく)とはまた別の、殺気(さっき)の様なモノが込められているに思える。

(こんなの勝負(しょうぶ)とかじゃないわ。 一方的(いっぽうてき)(あそ)ばれてるだけよ!)

レックスが、ロナードから()り出される剣の(はや)さについていけず、手も足も出ず、ボコボコにされているのを見て、メイは心の中で(つぶや)く。

「剣の()りが一々(いちいち)大きい。 (わき)()めろ! 手首の柔軟性(じゅうなんせい)もない! 力だけで来るな!」

ロナードはそう言いながら、レックスの肩や(うで)脇腹(わきばら)などに連続(れんぞく)攻撃(こうげき)見舞(みま)う。

「がっ!」

トドメに土手(どて)っ腹に一撃(いちげき)見舞(みま)われ、レックスは思わず声を上げ、(いた)みに表情を(ゆが)めながら、その場に(うずくま)った。

「あのレックスが、ボコボコだぜ」

「まあ、良い気味(ぎみ)だけどな……」

「けど、ここまで一方的(いっぽうてき)にやられてるなんて、エルトシャン(さま)以来(いらい)じゃね?」

その様子(ようす)を見ていた先輩(せぱい)兵士たちは、口々(くちぐち)にその様な事を言っているのが、メイの耳に(とど)いた。

 レックスは普段(ふだん)から、先輩(せんぱい)兵士(へいし)たちに対してもタメ口を(たた)き、(なま)意気(いき)態度(たいど)を取っている所為(せい)で、あまり良く思われていない。

 とは言え、実力(じつりょく)(うった)えても剣ではレックスに(かな)わないので、(だれ)もそれを正す事が出来ず、ほぼ野放(のばな)状態(じょうたい)なのだ。

(確かに、エルトシャン様も強いけど……。 それとは(ちが)種類(しゅるい)の強さだわ)

メイは、ロナードとレックスを見比(みくら)べつつ、心の中で(つぶや)く。

「平和ボケした私兵(しへい)など、こんなモノか」

ロナードは、拍子(びょうし)抜けした様子(ようす)でそう言うと、

「テメェ! ちょっと強いからって調子に乗んなよ! テメェなんざ、実戦(じっせん)じゃあ(ふる)え上がって、何も出来ずに終わるに決まってら!」

レックスは、ムッとした表情を浮かべ、思い切りロナードを(にら)み付けながら、そう叫ぶと、

「お前と一緒(いっしょ)にするな。 騎士(きし)見習(みなら)い。 こんな殺気(さっき)(ともな)わない、チャンバラごっこなどしても、実戦(じっせん)では何の役にも立たないぞ」

ロナードは、()ややかにレックスを見下ろしつつ、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で返すと、稽古(けいこ)(よう)の木の剣を近くにあった剣立(けんた)てに片付(かたづ)けようと、彼に背を向けた。

「こんのぉ!」

レックスはカッとなって、思わず彼の背後(はいご)から(つか)み掛ったが、ロナードはまるで背中に目があるかのように、ヒョイとそれを()けつつ、(こし)の辺りに(かく)し持っていた短剣を(さや)を付けたままの状態(じょうたい)で、思い切り彼の胸元(むなもと)()いた。

(うまっ!)

手本(てほん)の様な彼の動きに、メイは思わず心の中で(つぶや)いた。

 当然(とうぜん)、短剣で思い切り胸を()かれたレックスは、両手で胸元(むなもと)(おさ)えつつ、(うめ)き声を上げながら、思わずその場に(うずくま)った。

「……これが殺し合いだったら、お前は今ので死んでいるぞ」

ロナードは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)でレックスに言うと、短剣を腰のベルトの辺りに終った。

 レックスは胸の(いた)みを(おぼ)えつつも、ドッドッドッと(いそが)しく自分の心臓が鳴っているのを感じ、背中に(たき)の様に冷や汗を流していた。

 あまりに一瞬(いっしゅん)の事に、居合(いあ)わせた(だれ)もが圧倒(あっとう)され、シーンとその場が静まり返った。

 レックスのした事は騎士(きし)(こころざ)す者として、()められる事では無かったが、完全に背後(はいご)から(おそ)われたにも(かか)わらず、冷静(れいせい)に返り()ちにしてしまったロナードに、メイやレックスを(ふく)め、その場に居合(いあ)わせた兵士(へいし)たちは経験(けいけん)の差を見せつけられる形となった。

 この場に居合(いあ)わせた(だれ)一人(ひとり)、ロナードの寝首(ねくび)すら()く事は出来ないのではないかと、思ってしまう位に……。

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