女学院襲撃事件
主な登場人物
ロナード…漆黒の髪に紫色の双眸が特徴的な、傭兵業を生業としていた魔術師の青年。 落ち着いた雰囲気の、実年齢よりも大人びて見える美青年。 一七歳。
エルトシャン…オルゲン将軍の甥で、ルオン王国軍の第三治安部隊の副部隊長だったが、カタリナ王女から、新設された組織『ケルベロス』のリーダーを拝命する。 愛想が良く、柔和な物腰な好青年。 王国内で指折りの剣の使い手。 二一歳。
アルシェラ…ルオン王国の将軍オルゲンの娘。 白銀の髪と琥珀色の双眸が特徴的な、可愛らしい顔立ちとは異なり、じゃじゃ馬で我儘なお姫さま。 カタリナ王女の命を受け、新設される組織に渋々加わる事に。 一六歳。
オルゲン…ルオン王国のカタリナ王女の腹心で、『ルオンの双璧』と称される、幾多の戦場で活躍をして来た老将軍。 温和で義理堅い性格。 魔物の害に苦しむ民の救済の為に、魔物退治専門の組織『ケルベロス』を、カタリナ王女と共に立ち上げた人物。
セシア…ルオン王国の王女、カタリナの親衛隊の一員で、魔術に長けた女魔術師。 スタイル抜群で、人並み外れた妖艶な美女。
レックス…オルゲン侯爵家に仕えていた騎士見習いの青年。 正義感が強く、喧嘩っ早い所がある。 屋敷の中で一番の剣の使い手と自負して居る。 一七歳。
カタリナ…ルオン王国の王女。 病床にある父王に代わり、数年前から政を行って居るのだが、宰相ベオルフ一派の所為で、思う様に政策が出来ずにおり、王位を脅かされている。 自身は文武に長けた美女。 二二歳。
サムート…クラレス公国に住む、烏族の長の妹サラサに仕える、烏族の青年。 ロナードの事を気に掛けている主の為にロナード共にルオンへ赴く。 人当たりの良い、物腰の柔らかい青年。
シャーナ…南半球を中心に活動している傭兵で槍の扱いが得意。 口は悪いが、サバサバとした性格で面倒見の良い姉御肌。
デュート…元・トレジャーハンターの少年。 その経験をかわれ、ケルベロスに加わる。 飄々としていて掴みどころのない性格。 一七歳。
ベオルフ…ルオン王国の宰相で、カタリナ王女に代わり、自身が王位に就こうと企んで居る。 相当な好き者で、自宅や別荘に、各地から集めた美少年美少女を囲っていると言われている。
メイ…オルゲン侯爵家に仕えている騎士見習いの少女。 レックスとは幼馴染。 ボウガンの名手。 十七歳。
自分を囲んで居た紫色の光の柱が、セシアの叫び声に共鳴する様に強い光を放ち、そのあまりの眩しさに思わず目を閉じた瞬間、体がフッと宙に浮くような感覚に見舞われ、体が物凄く強い力で何処かへ吸い寄せられる様な感覚と、まるで猛スピードでグルグルと回転している様な感覚が入り混じって、頭が痛くなりそうな程の物凄く強い耳鳴りに見舞われた。
どの位だろうか……多分、時間にしてほんの一、二分……耳鳴りが止んだと同時に、フッとかなりの高さから身を投げ出される感覚があったので、ロナードは慌てて目を開け、空中に投げ出されたところをどうにかして着地したのだが、それとほぼ同時に胸の奥がムカムカする様な、気持ち悪さを覚えた。
「気持ち悪っ……」
ロナードは思わず、片手を自分の口元に添え、その場に蹲ったが、昼食前だったと言う事もあり、胃の中に何も入っていなかったので、嘔吐せずに助かった。
(転送術は、慣れないと酔うと聞いていたが……。 こう言う事か……。 確かにキツイな)
ロナードはまだ若干、胸のムカつきと、目の前がグルグル回っている様な感覚を覚えつつも、心の中で呟きながら、片手で自分の胸元を摩った。
そして、幾分か気持ち悪さが無くなってから、改めて周囲を見回した。
普段は、整然と並べられている筈の生徒たちが使う机と椅子が、様々な方向に向き、傾いたり、倒れたりしていて、机の上に置かれていた、刺繍の道具などが床の上に散乱しており、生徒たちの靴や髪飾りなども床の上に落ちている。
どうやら、自分が元の体に戻る前……まだアルシェラの体であった時、授業を受けて居た教室の様だ。
教室の中にいた、生徒たちや女教師の姿は無く、皆、何処かへ連れて行かれた様だ。
ロナードは徐に、腰に下げていた剣を抜き、身を低くして、彼女たちが何処へ連れて行かれたのかを突き止める為、廊下の方へと踏み出した。
廊下には幾つか、使用済みの煙幕が入っていたと思われる、紙に包まれた筒や丸い物が転がっていた。
どうやら、これを使って煙を出して、校内にいた者たちを混乱させ、煙で視界が遮られている内に、その場にいた者たちを全員、捕えたのだろう。
(校内には相当数の生徒が居る。 そんな大勢を捕まえて、襲撃者たちは、何をしようとしているんだ?)
ロナードは心の中で呟きながら、慎重に歩みを進める。
大勢の人間が逃げない様に監視する為には、出入り口の少ない、広い室内に閉じ込めてしまうのが一番手っ取り早いし、出入り口だけ見張っていれば、それ程、人手も必要としない。
しかし、幾ら殆ど戦う術を持たない、女子生徒たちばかりとは言え、国内の各地から集まった百人近い人間を……となると、やはりこの学校を襲った輩は、最低でも二、三十人近くはいるだろう。
そんな事をロナードが考えていると、複数の足音が向こう側から近付いて来るのが聞こえた。
ロナードは素早く近くの教室へ入ると、身を低くして廊下から死角となる様に、教室の壁に背中を付ける様にして隠れていると……。
「な~んか拍子抜けだな。 貴族のお嬢様ばっかだとは聞いてたけどよ。 こんなあっさり、捕まっちまうなんてよ」
「周りの人間に守られてるだけだから、自分で身を守る方法を知らねぇんだよ。 きっと」
「はははっ。 そりゃ、スラムのガキ以下だな」
古着と言う次元を通り越し、もはやボロとしか言い様のない、至る所が破れたり解れたりした、草臥れ、色褪せた衣服に身を包んだ、手入れなど全くして無さそうなボサボサな髪に、伸ばし放題の髭の男たちが、呑気にその様な事を言いながら、トボトボと廊下を歩いている。
どう見ても、学生たちの保護者では無さそうだ。
腰には、何処からか盗んで来たのか、剣や短剣などの武器を下げていたが、自分たちがここを完全に制圧したと思い込んでいる様で、すっかり油断しきっている。
そこでロナードは、その男たちが通り過ぎてしまうのを待って、両腕を頭の後ろに組んで、最後をトボトボと歩いていた男を背後から切り倒し、驚いて振り返った残りの二人の内の一人を素早く叩き切り、突然の事に身動きとれずに、立ち尽くしていた残りの一人の背後に素早く回り込み、乱暴に片手を掴むと捩じり上げ、後ろから羽交い絞めにする形で、その男の首元に剣先を突き付けた。
「んなっ……」
背後から刃先を首元に突き付けられた男は、突然の出来事にアタフタとしている。
「命が惜しければ、大人しく俺の言う事を聞け」
ロナードは、その男の喉元に剣を突き付けたまま、背後からドスの利いた低い声でそう凄むと、男は壊れた人形の様に、コクコクと何度も頷いて見せる。
「捕まえた、生徒たちは何処だ?」
ロナードはドスの利いた低い声で言うと、
「えっと……。 とても広い部屋です」
男は、恐怖に顔を引きつらせ、声を震わせながら答えた。
「メインホールか?」
ロナードは、真剣な面持ちで問い掛けると、
「何て言う場所かは、分からないです……」
男は戸惑いの表情を浮かべ、ロナードにそう答えると、彼は苛立った様子で舌打ちした後、
「案内しろ」
実際に案内させる方が早いと思ったロナードは、男にそう命じた。
「ゆっくり歩け。 妙な事をすれば、背中から串刺しにする」
ロナードは持っていた剣先を一旦、男の首元から離すと、男が腰に下げていた武器を奪い、今度は男の背中に剣先を突き付けながら、ドスの利いた声でそう凄んだ。
男は半泣き状態で、敵意が無い事を示す為か両手を上げ、ロナードに言われた通り、囚われて居る生徒たちの下へと、彼を案内する為にゆっくりと歩き出した。
(ひ――っ。 何でおれが、こんな目にぃ。 もしボスに見付かったら……)
ロナードに捕まった男は、心の中でそんな事を思いながら、どうにかして逃げ出せないかと、チラリと自分の背中に剣を突き付けている相手を横目で見る。
(何だよ。 さっきは早過ぎて良く分かんなかったが、えらく綺麗な兄ちゃんじゃねぇかよ。 腕だっておれよりも細せぇし……。 こりゃ上手くいけば、逆にひっ捕まえられそうだぜ)
ロナードを見て男はふと、そんな事を思っていたが、廊下を曲がった途端、出会い頭に男の仲間と鉢合わせになった。
「何だ! オメェは!」
明らかに、自分たちとは形の異なるロナードを見て、敵だと判断した鉢合わせになった男は、そう叫ぶなり、持っていたボウガンを素早く身構えた途端、まるで、その男の額に吸い寄せられる様に、ロナードが投げ付けたナイフが深々と突き刺さり、その男は、手にしたボウガンを取り落し、その場に崩れる様にして絶命してしまった。
「ひっ……」
それを見た、ロナードに捕まり、生徒たちの下へ案内する様に脅されている男は、みるみる顔から血の気が引き、情けない声を上げる。
「なんだ?」
「どうした?」
一瞬の内に、ロナードが投げたナイフで命を絶たれた男の叫び声と、落ちたボウガンが床にぶつかる音を聞いて、近くにいた男の仲間たちがそう言って、武器を手に駆け付けて来た。
「チッ」
ロナードはそう舌打ちすると、自分が捕えていた男を思い切り蹴飛ばした。
突然の事に、その男は受け身を取れず、顔からベチンと床に倒れた。
「この野郎!。 何処から湧いて来やがった?」
駆け付けた男の仲間の一人がそう言いながら、ロナードに向かって思い切り剣を振り下ろすが、彼は軽々とそれを避けると、すれ違い様にその男の首筋を叩き切り、続けざまに、向かって来た別の男の攻撃を振り向き様に剣で受け止める。
そして、素早く身を屈め、足払いをすると、バランスを崩してスッ転んだその男の土手っ腹に、躊躇なく持っていた剣を突き立てた。
「ぐえっ」
ロナードに剣で腹を串刺しにされた男は、短い断末魔を上げ絶命すると、みるみる廊下に血だまりが広がる。
(体が元に戻ったばかりだからか、本能的に相手を殺す方に体が動いてしまう……)
ロナードは、自分がとっさに殺めてしまった男たちを見下ろしながら、心の中で呟いた。
普段なら、相手が死なない程度にするのだが、どうも体が言う事をきかない……。
ロナードは軽く息を弾ませつつも、恐ろしい位に涼しい顔をして、剣に付いた血糊を振り払った。
(ば、ば、化け物だ!)
地面に倒れたまま、顔だけを上げ、一部始終を見ていた男は、心の中でそう呟くと、背中に大量の冷や汗を流す。
「全員がこの程度なら、俺一人でどうにか出来そうだな……」
ロナードは、ポツリと呟いてから、道案内の為に捕えた男の方へと目を向けると、彼はギクリと身を強張らせ、恐怖に満ちた目で自分に近付いて来る彼に向って、
「た、た、頼む。 何でも言う事を聞く。 だから……どうか、殺さないでくれ。 頼む。 お願いだ!」
彼の足を掴み、そう言って懇願する。
「無駄口を叩いてないで、さっさと立て」
ロナードは、冷ややかな口調で言うと、その男の首根っこを掴むと、乱暴に立ち上がらせる。
自分よりも細腕だと言うのに、自分の首根っこを掴み持ち上げたロナードが、予想外に力が強かった事に、男は戸惑っていると、
「ロナード!」
不意に若い男の声がしたので、男とロナードは驚いて振り返った。
そこには、少し癖のある明るい茶色の髪、目尻が下がった明るい緑色の双眸で、右目の下に黒子があり、少し日に焼けた、薄い赤銅色の肌の優男が立っていた。
「エルトシャン。 お前……どうやって……」
ロナードは突然現れた彼に向って、戸惑いの表情を浮かべながら、そう問い掛ける。
「君一人では心配だから、セシアに無理を言って、君と同じ方法で来たんだ」
エルトシャンは、ニッコリと笑みを浮かべ、戸惑っているロナードにそう答えた。
(そのお蔭で、セシアは完全にダウンしちゃったけどね)
エルトシャンは心の中で呟くと、苦笑いを浮かべる。
「それよりも……」
エルトシャンは言いながら、ロナードの下へと歩み寄ると、
「戻って良かったね――。」
ロナードにそう言いなり、満面の笑顔を浮かべて、痛い位に思い切り、彼の体を抱きしめた。
「お、おい……」
ロナードは剣を片手に持ったまま、戸惑いの表情を浮かべ、思い切り自分にハグをするエルトシャンに声を掛ける。
「も――ホント、君がアルと入れ替わっていた間、最悪な毎日だったんだから」
エルトシャンは戸惑いの表情を浮かべ、どうして良いのか分からず、固まって居たロナードに言うと、背中をポンポンと何度か軽く叩いてから、彼から自身の身を離した。
エルトシャンは感情表現が豊かで、嬉しい時は男女問わず抱き付く事は、この一カ月程の共同生活で知っていたが、まさか自分もその洗礼を受けるとは、ロナードは思いもしていなかった。
それだけ、エルトシャンは自分の事を心配してくれていたのだと、ロナードは思う事にした。
「やっぱり、君はこうじゃなきゃね」
驚き戸惑っているロナードを余所に、エルトシャンは嬉しそうに言って、微笑み掛ける。
「心配を掛けて、済まなかった」
ロナードは申し訳なさそうに、エルトシャンに言い返す。
「良いんだよ。 君が元に戻ったのならそれで」
エルトシャンは本当に嬉しそうに、ロナードに言っていると……。
(今の内だ)
二人のやり取りを見ていた、ロナードに捕まっていた賊は心の中で呟くと、二人に気付かれぬ様にこっそりと、その場から離れようとしたが……。
「ってかロナード。 その人逃げるよ」
その事に気付いたエルトシャンが、男の方を指差し、男に背を向けていたロナードに言ったので、彼が徐に振り返ると、男は顔を青くして、
「に、逃げるなんて、め、め、滅相もない!」
慌てふためきながら、ロナードにそう弁明する。
「って言うか、それに道案内をさせてたの?」
エルトシャンは徐に、隙を見て逃げようとしていた男を指差しながら、ロナードにそう問い掛ける。
「ああ。 コイツはこの中の事を、詳しくは知らないみたいだからな」
ロナードは、しれっと逃げようといた男を見ながら、落ち着き払った口調で、エルトシャンの問い掛けに答えた。
「あのさぁ僕、治安部隊に居た時に、何度か警備状況の確認の為にここへ来た事があるから、この中の事には詳しいよ。 そのおじさんに、捕まっている人達が何処にいるのか、漠然とした所で良いから聞き出しちゃった方が、連れ回すよりも、手っ取り早いんじゃないかな?」
エルトシャンは落ち着き払った口調で、ロナードに言うと、
「確かに。 その方が身軽だな」
彼は、真剣な面持ちで言うと、それを聞いた男は、用が済めば殺されると思い、みるみる顔から血の気が引き、
「そ、そ、そんな……」
情けない声で呟いた。
「と言う訳だから、大人しく教えてくれるのなら、命までは取らないよ?。 僕たち」
エルトシャンはニッコリと笑みを浮かべ、ロナードが捕えていた男に言って詰め寄る。
(め、目が笑ってねぇぞ。 この兄ちゃん……)
エルトシャンを見て男は、恐怖に顔を引き攣らせつつ、心の中で呟く。
「何でも、俺の言う事を聞くんじゃなかったのか?。 命が惜しくないのか?」
ロナードが唸る様な、ドスの利いた声でそう言って、持っていた剣をチラつかせながら、男を更に追い込む。
(諦めよう。 逃げられねぇ)
自分よりも背が高く、武器を手にしている二人に凄まれた男は、心の中で呟くと、
「は、はい。 それはもう。 喜んで」
半泣きになりながら、恐怖に顔を引き攣らせつつも、愛想笑いを浮かべ、そう答える他なかった。
「一階の突き当たりにある広い部屋に、捕まえた女の子たちは、みんないますです。 はい」
男は素直に、自分たちが捕えた生徒たちの所在をロナード達に伝えた。
「聞いたか?」
ロナードは、そうエルトシャンに問い掛けると、彼は頷き返し、
「多分、メインホールだろうね。 何処か分かるよ」
真剣な面持ちで、ロナードに言い返した。
「嘘を言ってないだろうな?」
ロナードは真剣な面持ちで、男にそう詰め寄ると、彼は慌てふためきながら、
「そ、そんな事、言う訳が無いですよぉ。 自分の命が掛ってるんですよ?」
必死な形相で、ロナードにそう言い返した。
「って言うか、態と騒ぎを起こして、餌に群がる蟻みたいに、賊たちが出て来た所をやっつけながら辿れば、捕まっている人達の所に辿り着くんじゃない?」
エルトシャンはふと、ポンと手を叩くと、思い立った事を口にする。
「……それだと、捕まっている生徒たちに、危険が及ばないか?」
エルトシャンの発言を聞いて、ロナードは呆れた表情を浮かべ、彼に言い返すと、
「まあ、僕たちが生徒たちの所まで行き着けば、そこに居る賊たちが、生徒たちを何人か人質にして、ギャーギャー言うかも知れないけど、君と僕なら、どうにかなるでしょ?」
彼は、完全に他人事の様な、物凄く淡々とした口調でロナードにそう答えた。
「却下だ。 お前、本当に治安部隊の副隊長だったのか? こういう場合、人質の無事が最優先事項だろう?」
ロナードは呆れた表情を浮かべ、無責任過ぎる事を言うエルトシャンに言い返した。
「う~ん。 全員無事にって言うのは、ちょっと厳しくない? 『被害を最小に留める』で、どう?」
エルトシャンは、困った様な表情を浮かべ、ロナードに言うと、
「……お前な」
彼は、片手を自分の額に添え、呆れた表情を浮かべ、力なく呟く。
「まあ兎に角、この人をさっさと縛り上げて、メインホールへ行ってみれば良いんじゃない?」
ロナードの反応を余所に、エルトシャンは緊張感の無い、呑気な口調でそう言って来た。
「それはそうだか……」
ロナードは、戸惑いの表情を浮かべつつ、言い返すと、
「はい決まり♪」
エルトシャンは言うと、廊下の上に絶命している賊たちがしていた、剣ベルトを外すと、慣れた手付きでロナードが捕えていた男を後ろ手にして、猿轡をし、近くの柱に縛り付け始めた。
「手慣れたものだな」
その様子を見ていたロナードは、感心して言った。
「まあ、治安部隊ってさぁ基本的に、スリとか犯罪者の捕縛と連行だからね。 入隊して最初に教え込まれるのが、対象を拘束する方法なんだよ」
エルトシャンは苦笑混じりに、ロナードにそう説明しながら、男を縛り付けている。
「成程」
ロナードは『納得』と言った様子で、呟いた。
「さてと。 これでまず、自力で逃げる事は出来ないからね。 後でみっちりと、治安部隊に犯行の動機だの何だのと、聴取されたら良いよ」
エルトシャンは、男がちゃんと縛れているか確認してから、ニッコリと笑みを浮かべて言った。
ロナード達は、この学校を襲撃した賊たちに気付かれぬ様、慎重に進みながら、女子生徒たちが集められ、監禁されていると思われるメインホールの側まで来た。
流石に、メインホールへ出入りする扉の前には、外部からの侵入を警戒して、武器を手にした厳つい男たちが、見張りとして立っていた。
「流石に、厳重に警備しているね」
ロナード共に物陰から様子を伺いながら、エルトシャンが呟く。
「注意を逸らす事が、出来れば良いんだが……」
ロナードは、壁に背中を押し付ける様な格好で呟く。
「だったら僕が囮になるよ。 折角、二人居るんだから、その辺を活かさないとね」
エルトシャンはニッコリと笑みを浮かべ、自ら囮になる事を提案して来た。
「大丈夫か?」
ロナードは、心配そうな表情を浮かべ、エルトシャンに問い掛けると、彼はニッコリと笑みを浮かべ、
「大丈夫。 大丈夫。 こう見えて逃げ足は速いからね。 追い駆けて来た所を、一人一人振り向き様に倒す事にするよ」
余裕すら感じらせる様子で答えると、その表情を見たロナードは意を決し、
「悪いが頼む」
「任せて」
エルトシャンはそう言うと、出入り口に立って居た男たちの前へと歩み出る。
「な、何だお前」
「何処から入って来た?」
「隠れてたのか?」
エルトシャンを発見した男たちはそう言うと、エルトシャンはダッとその場から駆け出した。
「あ、こら待て!」
「捕まえろ!」
「逃がすな!」
その場に警備にいた数人の男たちは、間抜けにもそう言って、急いで、逃げ出したエルトシャンの後を追い駆けた。
その光景はもう殆どコントの様であった。
「えっ。 あ、おい」
取り残された一人が、戸惑いの表情を浮かべ、仲間たちを呼び止める。
(一人なら、何とかなるな)
ロナードはそう心の中で呟くと、取り残された男に向かって駆け出した。
「やっぱり仲間が!」
取り残された男はそう言うと、自分に向かって来るロナードを迎え撃つ。
男が持っていた斧を振り下ろすが、ロナードはヒラリとそれを避けると、振り向き様にその男を背後から叩き切った。
男は斧を手にしたまま、前のめりになって、その場に倒れる。
(上手くやってくれよ。 エルトシャン)
ロナードは、囮になってくれたエルトシャンが逃げた方へと目を向けつつ、心の中で呟くと、メインホールの扉を開こうとするが、どうやら中から鍵が掛けられているようだ。
「おい。合言葉を言え」
扉の反対側にも人がいた様で、扉を開けようとする音を聞いて、突然、そう言って来た。
(そんなモノ知るか!)
ロナードは心の中で呟くと、風の魔術を繰り出して、それを思い切り扉へとぶつけると、堅そうな扉は砕け散り、側に居た男も一緒に吹き飛ばした。
突然、大きな音を立てて、外側から入り口の扉が吹き飛び、側に居た見張りの男が吹き飛ぶ様を見て、中に捕えられて居る生徒たちの間から、どよめきが起きた。
少し遅れて、廊下の方から一人、背の高いスラッとした、黒髪の若者が剣を手に飛び込んで来た。
普段はダンスなどの練習に使われるこの講堂の中には、生徒たちが後ろ手にロープで縛られ、隅の方から、講堂の中央を囲む様にすし詰め状態で座らされており、中央だけは、円形状に周りの生徒たちと距離を取る様にして、真ん中に学園長が普段座っている大きく立派な椅子が置かれていて、そこに、赤みがかった茶色の長い髪を有し、綺麗に化粧をした、男性の格好の女性が片足を組んで座っていて、その周囲には可愛らしい顔立ちの、一〇歳くらいの男の子たちが数人おり、彼女の手足に真っ赤なマニキュアを塗っていた。
物音を聞いて、厳つい顔をした男たちが武器を片手に、その人物を守る様に侵入者の前に立ち塞がる。
「あら。随分と可愛らしい坊やが飛び込んで来たわね」
中央で、学園長の椅子に座っていた、赤みがかった茶色の長い髪を有した人物は、中へ飛び込んで来たロナードを見て、そう言った。
遠目から見るとその人物は、背丈もそれほど高くなく、体付きも華奢な方なので、ちょっとガタイの良い男装をしている女性かと思ってしまうが、声色は明らかに男だった。
賊を率いているボスは、筋肉ムキムキの厳つい顔の男と想像していたロナードは面食らう。
「良く、ここまで来られたわね?。 貴方一人なのかしら?」
赤みがかった茶色の長い髪を有した人物は、何処か余裕に満ちた様子で、ロナードにそう問い掛けて来た。
「そんな馬鹿な問い掛けに、素直に答える訳が無いだろう」
ロナードは剣を手に身構え、周囲にいる武器を持った男たちの動きを注意しつつ、淡々とした口調でそう答えた。
「それもそうね」
赤みがかった茶色の長い髪を有した人物はそう言うと、不敵な笑みを浮かべる。
「死に目に遭いたく無ければ、今直ぐに、生徒たちを解放しろ」
ロナードは、剣を手にしたまま、真っ直ぐに赤みがかった茶色の長い髪を有した人物を見据え、落ち着いた口調で言う。
「そうねぇ……。 貴方が、この子たちの親に交渉して、お金を持って来てくれるって言うのなら、無傷で解放して上げなくも無いわよ?」
赤みがかった茶色の長い髪を有した人物がそう言うと、側に居た男たちに合図を送った。
すると、側に居た男たちは、近くに座っていた生徒たちに近付く。
生徒たちは恐怖に顔を引き攣らせ、悲鳴を上げながら、男たちに乱暴に引き摺られ中央に連れて来られると、男たちは、彼女たちの首元に刃先を突き付けると、ロナードに向かって薄ら笑みを浮かべる。
「くっ……」
ロナードは、それを苦々しい表情を浮かべて見ている。
「ここに、どれだけの生徒が居ると思ってるの?。 貴方一人で、ここに居る全員を助けるなんて、無理な話よね?。 嫁入り前のこの子たちの顔に、一生消えない酷い傷を残したい訳?」
赤みがかった茶色の長い髪を有した人物は、不敵な笑みを浮かべながら、苦々しい表情を浮かべて自分を睨んでいるロナードに言った。
「いやぁ!」
「助けて……」
「死にたくない……」
男たちに捕まり、首元に刃先を突き付けられている生徒たちは、涙を流しながら、必死な形相でロナードにそう訴えて来る。
「ですってよ」
赤みがかった茶色の長い髪を有した人物は、ロナードにそう言うと、クククッと忍び笑いをする。
「何してるのよ! ロナード! 早く魔法を使って助けなさいよ!」
不意に何処からか、アルシェラの叫び声が聞こえて来た。
(あの馬鹿……)
ロナードは心の中で呟くと、苛立った表情を浮かべる。
「あらあら。 ご親切に教えてくれてど~も」
赤みがかった茶色の長い髪を有した人物は、とっさに叫んだアルシェラに向かって、不敵な笑みを浮かべて言った。
「何でそんな事、教えちゃったんですか」
「そう言う大事な事は、相手に知られちゃ駄目ですよ」
「バレちゃったら、意味が無いですよ」
思わず、アルシェラの取り巻きの三人も、不満に満ちた表情を浮かべ、彼女に思い切り批判する。
「五月蠅いわね!」
アルシェラは、取り巻き達に批判され、ムッとした表情を浮かべつつ、強い口調で彼女たちに言い返してから、
「貴方たち大人しく降参しなさい!。 ロナードはこう見えて、すっごい魔術師なんだから! 貴方たちなんて、その気になれば、一瞬で吹っ飛ばされちゃうんだから!」
アルシェラは懲りずに、自分たちを捕えている、赤みがかった茶色の長い髪を有した人物たちに向かってそ叫んだ。
「あらあら。 随分と期待されてるじゃない」
赤みがかった茶色の長い髪を有した人物は、ケラケラと笑いながら、ロナードに言うと、彼はギリッと唇を噛み、
「黙っていろ! この阿呆! ベラベラと俺の手の内を教えやがって!」
怒りに満ちた表情を浮かべ、思い切りアルシェラを怒鳴り付けた。
「んなっ……。 何ですってぇ!」
ロナードに怒鳴り付けられ、アルシェラはカチンと来て、声を荒らげ、彼に怒鳴り返すと、
「お前みたいな馬鹿は、何年でも留年していろ!」
彼は、思い切り五月蠅そうな表情を浮かべ、強い口調で言い放った。
「あはははは。 あらあら。 本当にお馬鹿ちゃんなのねぇ 。貴女」
赤みがかった茶色の長い髪を有した人物は、ケラケラと声を上げて笑いながら、小馬鹿にした様な口調でアルシェラに言った。
「ロナードのぶぁ―――かっ! お父様に言って、クビにして貰うんだから!」
アルシェラは恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤にして、ロナードにそう怒鳴り返した。
「勝手に言っていろ」
ロナードがそう言っていると、廊下の方からバタバタとかなりの人数の足音がしたと思った次の瞬間、武装した兵士たちが中に雪崩れ込んで来た。
その隙を見て、何人かの生徒が廊下の方へと逃げ出すのが見えた。
「これまでだ! 無駄な抵抗は止めて、武器を捨て投降しろ!」
治安部隊と思われる兵士が、銃を片手に、赤みがかった茶色の長い髪を有した人物たちに向かってそう叫んだ。
「あ~ら。 これは大変♪」
赤みがかった茶色の長い髪を有した人物が、不敵な笑みを浮かべて言うと、近くに居た男が急に、捕らえていた生徒の首元を刃物で掻き切った。
彼女の首から勢い良く血が噴き出し、そのまま力なく、その場に倒れた。
それを見て、近くでそれを見た生徒たちは失神し、周りに居た生徒たちの間から悲鳴が起きる。
「くそっ!」
目の前で生徒を殺され、ロナードも悔しそうな表情を浮かべ、赤みがかった茶色の長い髪を有した人物を睨み付ける。
「武器を捨てなきゃなんないのは、そっちの方よ。 こっちには人質が一杯居るの。 一人ずつ、殺してあげましょうか?」
赤みがかった茶色の長い髪を有した人物は、不敵な笑みを浮かべ、生徒たちを助けに来た、治安部隊の兵士たちに向かって言った。
(何やってるんだ。 人が折角、奴等の注意を引きつけていたって言うのに、何で正面から……)
ロナードは忌々し気に、どうして良いのか分からず、立ち尽くしている治安部隊の兵士たちを見回しつつ、心の中で呟くと、考え無に突っ込んで来た治安部隊の無能さを呪う。
「はいはい。 貴方も武器を捨てなさい。 魔法使いの坊や」
赤みがかった茶色の長い髪を有した人物は、座っていた椅子から立ち上がると、ロナードの背中に銃口を押し付けながら、不敵な笑みを浮かべて言った。
ロナードは苦々しい表情を浮かべつつも、言われた通りに、持っていた剣を足元に投げ捨て、両手を上げる。
「ロナード!」
ロナードがメインホールの中に入る為、入り口を見張っていた男たちの注意を引き付ける役を買って出ていたエルトシャンが戻って来て、ロナードが人質に取られたのを見て、顔を青くして声を上げる。
「なにしてるんだ! ロナードまで人質に取られたじゃないか!」
エルトシャンは怒りに満ちた表情を浮かべ、近くに居た兵士を問答無用で胸ぐらを掴み上げ、強い口調で罵る。
「んな事、自分に言われても……。 指揮官は自分では無いので……」
エルトシャンから突然胸ぐらを掴まれ、怒鳴り付けられた若い兵士は、困った様な表情を浮かべ、彼に言い返す。
「救助の要請を受けたご息女たちは、我々が突入すると同時に逃げ出し、保護した。 よって我々の当初の目的は果たされた。 これより賊の掃討を開始する」
この部隊を指揮していると思われる、肉付きの良い、ブルドックの様な顔をした中年の男は、淡々とした口調で、後方から兵士たちに向かってそう命じた。
「んなっ……。 ま、待って! まだ中に、こんなに大勢の女の子たちが居るのが見えないのか! 彼女たちを見殺しにする気か!」
その言葉を聞いたエルトシャンは、驚愕の表情を浮かべ、指揮官と思われる男に向かって叫ぶ。
「我々は、人質を全員助けよと言うな命令は、受けていない」
指揮官と思われる男は、エルトシャンに淡々とした口調で言い返す。
(狂ってる!)
エルトシャンは、心の中でそう呟くと、顔を青くした。
「やれ!」
指揮官と思われるその男は、攻撃するべきか戸惑っている兵士たちに向かって、無情にもそう言い放った。
「し、しかし……。 中にはまだ、生徒たちが……」
「このまま発砲しては、彼女たちにも当たってしまいます」
近くに居た兵士たちが、戸惑いの表情を浮かべ、指揮官と思われる男に言い返す。
「構わん。 やれ」
指揮官と思われる男は、冷ややかな口調で、戸惑う兵士たちにそう命じる。
「止めろ――――っ!」
エルトシャンの叫び声が響く中、メインホール内に幾つもの乾いた銃声の音が鳴り響き、残された生徒たちの悲鳴が上がる。
辺りに硝煙と火薬の臭いが漂う……。
哀れ、ロナードは生徒たちと賊たちと共に蜂の巣に……と思われたが、どう言う訳か、兵士たちが放った弾丸は全て、見えない空気の壁に阻まれ、空中で止まっている。
「なっ……」
「ど、ど、どうなって……」
目の前の出来事に兵士は理解出来ず、呆然とした様子で呟く。
「あ、アンタ……」
ロナードの背中に銃口を突き付けていた、赤みがかった茶色の長い髪を有した人物は、メインホールの中にいた全員を弾丸の雨から守った彼に、戸惑いの表情を浮かべ、そう声を掛ける。
「この外道がっ!」
ロナードは憤りを隠せない様子で、兵士たちと、彼等を指揮していた男に向かって叫んでから、自分の背中に銃口を突き付けていた、赤みがかった茶色の長い髪を有した人物に向かって、
「お前たちとは一時休戦だ。 この性根まで腐った木偶どもをぶっ飛ばすのが先だ。 戦闘に巻き込まれたく無ければ全員、俺の後ろにいろ。」
背中に銃口を突き付けられているというのに、恐ろしく落ち着いた口調で言うと、兵士たちに敵意剥き出しのロナードを見て、赤みがかった茶色の長い髪を有した人物は、その雰囲気に圧倒され、戸惑いながらも頷き返し、思わず銃口を下ろした。
「お前たちに、八つ裂きか、消し炭か、好きな方を選ばせてやる」
ロナードは、自分の前にいる、治安部隊の兵士たちに向かって、淡々とした口調で言うと、
「ちょ、ちょっと待って! 僕は、どちらも御免だよ!」
エルトシャンが、動揺している兵士たちを掻き分け、そう言いながら、慌てた様子でロナードの前に歩み出てきた。
「エルトシャン」
自分の前に歩み出て来エルトシャンの無事な姿を見て、ロナードはそう呟くと、ホッとした表情を浮かべる。
「けどさぁ。 流石に消し炭はマズイんじゃない?」
エルトシャンはロナードの隣に来ると、苦笑いを浮かべながら、彼に言った。
「知るか。 消し炭になるかどうかは、コイツ等次第だ」
ロナードは、自分達と対峙している、治安部隊の兵士たちを見据えたまま、淡々とした口調で言い返す。
「あ~あ~。 後で山の様に始末書を書かされても、僕は知らないよ?」
エルトシャンは苦笑いを浮かべながら、ロナードに言った。
「やっちゃえ~っ!」
何時の間にか、ロナードの側にアルシェラがやって来て、兵士たちに向かって拳を突き出し、偉そうにロナードに言っている。
「……アルシェラ。 お前、後でみっちり説教してやるから、覚悟してろよ?」
それに気付いたロナードは、ジロリと彼女を睨み付け、ドスの利いた声で言うと、
「えっ……」
アルシェラはそう呟き、恐怖に顔を引き攣らせ、顔を青くして、その場に固まってしまった。
「あははは。 昨日、君が面白がってそこら中に、ロナードの香水振り撒いた事、相当、怒ってるみたいだね」
アルシェラの反応を見て、エルトシャンは声を上げて笑いながら言うと、それを聞いたロナードは額に青筋を浮かべ、更に怒りに満ちた表情を浮かべて、彼女を思い切り睨んでいる。
「なに、余計な事をロナードに言ってるのよぉ!」
アルシェラは激怒し、声を荒らげて、エルトシャンにそう言うと、彼は反省する様子も無く、肩を竦めながら、
「僕が言わなくたって、後で香水の減り具合をみれば、直ぐに分かる事でしょ」
憤っているアルシェラに、意地悪く言い返した。
「さて。 覚悟は決まったか?」
ロナードは淡々とした口調で、目の前にいる兵士たちに問い掛ける。
「掛れ―――っ!」
指揮官と思われる男が、兵士たちにそう命じると、それまで戸惑っていた兵士たちはハッとして、慌てて銃を構える。
だが次の瞬間、ロナードが片手で前方を薙ぎ払う様な仕草をした途端、何処からか物凄い突風が吹き荒れ、前方にいた兵士たちを吹き飛ばしてしまった。
「んなっ……」
それを見た指揮官と思われる男は、目を丸くする。
「今のは、ほんの挨拶だ。 次は本気でいく」
淡々とした口調で、兵士たちに言うロナードの手に、紅蓮の炎が揺らめいているのが見えた。
「ほらほら。 急いで逃げないと、今度はバーベキューにされるよ?」
エルトシャンが不敵な笑みを浮かべながら、兵士たちに向かって言っていると、ロナードの足元から勢い良く炎の柱が舞い上がる。
「うわあああ!」
「ま、マズイ」
「逃げろ!」
ロナードの手に炎が揺らめいているのを見て、兵士たちは青い顔をして呟く。
「て、て、て、撤退!」
指揮官と思われる男も、慌てて兵士たちに向かってそう叫ぶと、兵士たちは我先にと、メインホールから逃げ出す。
一息遅れて、ロナードが片手を兵士たちがいる、入り口の方へと向けると、火炎放射の様に紅蓮の炎が渦を巻きながら、兵士たちの方へと繰り出された。
「あちっ! あちっ!」
「ひ―――っ」
「マジで、やって来やがった!」
逃げ遅れた兵士たちは、自分の髪や服、尻などに引火した火を、そう言いながら、両手で慌てて消している。
「何をしておるか!」
騒ぎを知ったカタリナ王女が、親衛隊たちとケルベロスの残りのメンバー達を引き連れ、やって来た。
「で、殿下」
「何故ここに……」
突然のカタリナ王女の登場に、兵士たちは戸惑いの表情を浮かべ、呟く。
「危険です殿下。 中に凶暴な魔術師が……」
指揮官の兵士が、焦りの表情を浮かべ、カタリナ王女にそう説明している所に、メインホールの中にいた筈のロナードが現れたので、兵士たちは恐怖に顔を引き攣らせ、思わず後退りをする。
「お前は?」
カタリナ王女は、ロナードを見るなり、戸惑いの表情を浮かべながら問い掛ける。
「えっ……。 彼の事をご存じ無いのですか?」
カタリナ王女の反応を見て、エルトシャンは戸惑いの表情を浮かべつつ、彼女に問い掛けると、
「うん?」
カタリナ王女は、キョトンとした表情を浮かべる。
「彼が、殿下と伯父上が呼び寄せたロナードです」
戸惑いなからもエルトシャンがそう言うと、
「ほう。 お前がそうか。 随分と良い面構えになったな」
エルトシャンの説明を受けると、カタリナ王女はまるで品定めでもする様に、一頻りロナードを見回してから、不敵な笑みを浮かべながら、彼を真っ直ぐ見据えて言った。
「アンタは?」
ロナードは、自分を見据え、不敵な笑みを浮かべているカタリナ王女に向かって言うと、それを聞いたエルトシャンが慌てた様子で、
「何を言ってるんだよ! カタリナ殿下だよ! この国の王女の!」
ロナードにそう説明すると、それを聞いた彼は特に驚く訳でも、慌てる訳でも無く、静かに彼女を見据え、
「随分と遅いお出ましだな」
ロナードは落ち着き払った口調で、カタリナ王女に言うと、
「コイツ等が出発に手間取ってな。 で、賊は何処だ?」
彼女は自分の後方に控えている、親衛隊たちへと目を向けながら、ロナードに言った。
「俺の魔術を目の当たりにして、すっかり戦意喪失して投降したぞ」
ロナードは、すっかり自分に怯えている兵士たちを見ながら、落ち着き払った口調で、カタリナ王女に報告した。
「そうか。 大儀だったな」
カタリナ王女は、落ち着き払った口調でロナードに言うと、彼の下へと歩み寄ると、労う様に、ポンポンと彼の肩を叩く。
「そこの馬鹿たちが、考え無に突っ込んで来た所為で、生徒が一人、犠牲になった」
ロナードは、治安部隊の兵士たちの方へ目を向けつつ、カタリナ王女にそう語る。
「そーなんですよぉ。 聞いて下さい。 カタリナ様。 ホールの中にまだ私たちが居たのにぃ、この兵士たち、賊と一緒にアタシ達まで撃ち殺そうとしたんですよぉ。 マジで信じられない」
メインホールの中から、捕えられていた生徒たちと共に出て来たアルシェラが、不満そうな表情を浮かべながら、カタリナ王女に言った。
「なんだと? この者が言う事は事実か?」
カタリナ王女はそう呟くと、ギロリと治安部隊の兵士たちを睨み付ける。
「ひっ……。 あ、いいえ。 その……」
兵士は、彼女の有無も言わせる迫力に圧され、恐怖に顔を引き攣らせながら口籠る。
「此方の魔術師の方は、止める様に言ったのにも関わらずです!」
「この人が魔法で私たちを守ってくれなければ、私たちは皆、大怪我をしているか、死んでいます」
「悪いのは、治安部隊の人たちで、この魔術師さんではありません」
アルシェラの取り巻きたちもそう言って、彼女を援護する。
治安部隊の兵士たちは一様に、バツの悪そうな顔をして、カタリナ王女やロナードたちと目を合わそうとしない。
「彼女たちの証言は、僕が保証します。 ロナードが居なかったら、もっと多くの生徒たちが犠牲になるところでした」
エルトシャンも真剣な面持ちで、カタリナ王女に言った。
「何と言う事だ……」
それを聞いて、カタリナ王女は額に片手を添え、顔を青くして呟いてから、
「部隊長を直ちに呼べ」
カタリナ王女は、近くに居た親衛隊にそう言った後、
「他の者は、賊の捕縛と、捕えられていた生徒たちの解放、怪我人の手当に行け」
落ち着き払った口調で、自分の後ろに控えていた、残り親衛隊たちと、他のケルベロスのメンバー達に向かってそう命じた。
「怪我は無いか?」
カタリナ王女は、真剣な面持ちでロナードに問い掛ける。
「コイツ等の所為で肝を冷やしたが、見ての通りだ」
ロナードはチラリと、賊たち諸共自分たちも撃ち殺そうとした、治安部隊の兵士たちを見ながら、淡々とした口調で答えた。
(治安部隊がした事に相当、怒ってるね。 まあ、僕もだけど)
ロナードが何時になく、気が立っているのを見て、エルトシャンは心の中でそう呟くと、自分たちを殺そうとしていた治安部隊の兵士たちへと目を向ける。
「お前が一人で乗り込んだと聞いて焦ったぞ。 無茶な事をする」
カタリナ王女は苦笑いを浮かべながら言うと、ロナードの服についていた埃を、手で軽く叩き落とし、持っていたハンカチで、返り血が付いた彼の頬を優しく拭ってから、
「だが、良くやってくれた」
満足そうな笑みを浮かべ、ロナードの肩をポンポンと軽く叩いた。
「アンタも、こんな馬鹿たちの上に立たねばならないとは、大変だな」
ロナードは、治安部隊の兵士たちを睨んだまま、淡々とした口調でカタリナ王女に言った。
「そう思うのなら、しっかり私に尽くせ。 オルゲンばかり苦労はさせられんだろう?」
カタリナ王女は、苦笑いを浮かべながらロナードに言うと、
「努力はするつもりだ」
ロナードは淡々とした口調で、カタリナ王女に言い返すと、
「少なくとも今回は、上出来と言って良いだろう」
彼女はニッと笑みを浮かべ、ロナードに言うと、ポンポンと彼の肩を軽く叩いた。
「アタシは唆されただけよ!」
他の仲間たちと共に後ろ手にされ、ロープに縛られて、メインホールから出て来た、赤みがかった茶色の長い髪を有した、今回の襲撃事件の主犯格と思われる人物は、そう叫ぶ。
「適当な事を言うな!」
彼の側に居た兵士が怒鳴り付け、持っていた銃の柄で、彼のこめかみ辺りを思い切り殴った。
思い切り殴られ、赤みがかった茶色の長い髪を有した人物は、その場に倒れ込んだ。
「ボス!」
「テメェ! 何しやがる!」
それを見た、赤みがかった茶色の長い髪を有した人物の仲間たちが、表情を険しくし、彼を殴った兵士に向かって怒鳴る。
「本当だよ! お願いだから、アタシの話を聞いて頂戴」
赤みがかった茶色の長い髪を有した人物は身を起こし、髪を振り乱しながら、周りに居た兵士達に必死にそう訴える。
「何の騒ぎだ?」
少し離れた場所に居て、親衛隊たちを連れて引き上げようとしていたカタリナ王女が、赤みがかった茶色の長い髪を有した人物の叫び声を聞いて、思い切り眉間を寄せ、呟く。
「唆された、何だのと……言っている様です」
治安部隊を指揮していた男がそう言うと、カタリナ王女は何を思ったのか、赤みがかった茶色の長い髪を有した人物の方へと歩を進め、彼の周囲に居た兵士たちを押し退け、
「その話、この私が今ここで詳しく聞いてやろう」
カタリナ王女は、赤みがかった茶色の長い髪を有した人物に、落ち着き払った口調で言った。
「駄目よ! 王女さま。 アタシの側に来ちゃ駄目だ!」
赤みがかった茶色の長い髪を有した人物は、何かに気付いた様にハッとした表情を浮かべ、酷く慌てた様子で、自分の側へ歩み寄ろうとしたカタリナ王女に向かって叫ぶ。
「可笑しな事を言う。 王女である私自ら、お前の言い分を聞いてやると言っているのだぞ?」
カタリナ王女は苦笑いを浮かべ、赤みがかった茶色の長い髪を有した人物にそう言って、彼の方へと歩み寄ろうとした時、
「ダメ――っ!」
「殿下!」
赤みがかった茶色の長い髪を有した人物の叫び声と、エルトシャンの危機迫る声、そして乾いた銃声が辺りに響いた。
カタリナ王女は、弾丸の様に駆け付けたエルトシャンに思い切り横へと突き飛ばされ、思い切り地面の上に転がったが、ハッとした表情を浮かべ、慌てて身を起こした。
見ると、少し離れた所に、自分を思い切り突き飛ばしたエルトシャンが、地面の上に倒れていた。
周囲は、水を打った様に静まりかえっている。
「エルトシャン!」
「エルト!」
近くに居たロナードとアルシェラが、悲鳴に近い声を上げ、倒れている彼の下へと駆け寄る。
「にゃろう!」
カタリナ王女が先程まで立っていた場所の対角線上になる建物の屋根の上に、日の光に反射して何かがキラッと光り、それを持って慌ててその場から立ち上がる人影を見付けたレックスはそう叫ぶと、その人物を捕まえようと、その場から駆け出す。
「どうしたんだい?」
それを見たシャーナが驚いて、レックスにそう声を掛けると、
「撃ったのは、アイツだ!」
レックスは、建物の屋根の上で何かを抱えて、走って逃げている人影を指差しながら、シャーナに告げると、
「アタシに任せな!」
シャーナはそう言うと、力強く地面を蹴り大きく跳躍すると、素早く建物の側に立っている木へと飛び移り、まるで猫の様に素早く屋根の上へと移動すると、レックスが言う怪しい人影の後を追いかける。
「しっかりしろ!」
カタリナ王女は慌てふためき、自分を庇って銃撃を受け、倒れているエルトシャンの体を抱き起す。
銃弾は、エルトシャンの右の背面上腕部辺りから入り、右の鎖骨よりも少し下の辺りに貫通しており、夥しい量の血が滴り、エルトシャンの顔からはすっかり血の気が失せ、痛みに顔を歪めている。
「誰か早く止血を!」
カタリナ王女は、エルトシャンの傷口を手で押さえつつ、鬼気迫る表情を浮かべ、近くに居た者たちに向かって叫ぶ。
「退け!」
ロナードがそう言って、近くに居た兵士たちを押し退け、滑り込む様にして、エルトシャンの側に跪くと、自分が羽織っていた上着の袖を割き、それをエルトシャンの傷口に押し当て、止血を試みる。
「エルト……。 エルト……。 エルト……」
アルシェラは、自分に近しいエルトシャンが血を流し、グッタリしている姿を見て、すっかり動転して、顔面蒼白でそう呟きながら、小刻みに体を震わせている。
「アルシェラっ! 治癒魔法!」
そんな彼女に向かって、ロナードが怒鳴りつける。
「えっ……」
突然、ロナードに怒鳴られ、彼女は茫然とした表情を浮かべながら呟く。
「早く!」
ロナードは表情を険しくし、強い口調で動揺している彼女に向かって叫ぶ。
「む、む、無理……」
アルシェラは顔面蒼白のまま、首を左右に振り、今にも泣きそうな顔をして、ロナードに言い返す。
「良いから!」
ロナードは、すっかり怖気づいているアルシェラに向かって叫ぶ。
「無理……」
アルシェラは、足をと声を震わせ、泣きそうになりながら言い返す。
「エルトシャンを殺す気か!」
ロナードは、鬼気迫る表情を浮かべ、止血の為に押さえいる自分の手がエルトシャンの血で真っ赤になっているのも関わらず、アルシェラに向かって怒鳴る。
「姫……」
血を流しているエルトシャンを前にして、足が震えて動けなくなっているアルシェラを見て、複雑な表情を浮かべながら呟く。
「良いから、俺の言う通りにしろ! 早く!」
ロナードは鬼気迫る表情を浮かべたまま、立ち尽くしているアルシェラに向かって叫ぶ。
「行こう。 姫」
見かねたレックスが、アルシェラにそう声を掛けると、震えている彼女の手を取り、血塗れになって倒れているエルトシャンの傍らへと連れて行く。
「手を、エルトシャンの上に置け」
ロナードは真剣な面持ちで、エルトシャンの止血をしながら、側に来たアルシェラに言うと、彼女は小刻みに震えている手をエルトシャンの上に乗せた。
「俺が言った言葉をそのまま言え」
ロナードは、真剣な面持ちでアルシェラに言うと、彼女は顔面蒼白のまま、小さく頷き返した。
ロナードは落ち着いた口調で、聞き慣れぬ言葉を口ずさみ始めると、アルシェラが少し遅れて、同じ言葉を紡ぐ。
すると、アルシェラの手から微かに水色の光がポウと現れた。
(良いぞ!)
それを見て、側にいたレックスが心の中で呟く。
アルシェラの掌から現れた水色の光は、少しずつ大きくなっていき、エルトシャンの傷口を覆う程の大きさになっていた。
これまで何度かアルシェラは、セシアに水の魔法を習い、治癒魔法の練習もしてきたのだが、今まで一度も成功した事が無かった。
セシアが言うには、治癒魔法は、傷の大きさや深さによって、一定時間、そこに魔力を注ぎ込む作業が必要なのだが、アルシェラは魔力にムラがあり、安定した状態で一か所に留めておく事が出来る程の集中力と技量が無い為、傷口が塞がる前に術が消えてしまうらしい。
ロナードは真剣な面持ちで、エルトシャンの傷口の上に手を翳しているアルシェラの手を握りしめ、一緒に術の詠唱を繰り返しているお陰か、今まで一度も成功しなかったアルシェラの治癒魔法が、維持されている。
暫く、魔法による治療を続けていると、息も絶え絶えだったエルトシャンの呼吸が安定し、彼から流れ出ていた血も止まり、顔色も良くなってきた。
「うう……。 二人とも……。 もう、大丈夫……だから……」
エルトシャンは、掠れた声でそう言うと、自分の傷口の上に手を翳していた二人の手のをそっと握った。
「うええええっ~。 エルトぉ~。」
エルトシャンの声を聞いて、それまで無心で術の詠唱をしていたアルシェラが、ボロボロと両目から大粒の涙を流し、声を上げて泣き出すと、フッと彼女の掌から出ていた水色の光が消えてしまった。
すると、額に滝の様に汗を流していたロナードが、フッと糸が切れた様に、そのまま横に倒れ込みそうになったのを、側で見守っていたカタリナ王女が慌てて抱き止めた。
(え? え? どういう事だよ?)
それを見て、レックスは戸惑いの表情を浮かべ、辛そうな顔をしているロナードの方へと目を向ける。
良く見てみると、アルシェラは術を使ったにも関わらず、疲れた様子も無く、ケロッとしている。
「ロナードがずっと、自分の魔力をアタシに流し込んで、魔力をコントロールしてくれてたの」
アルシェラが、何故ロナードが、こんなに疲弊しているのか理解出来ずにいたレックス達に向かって、落ち着いた口調で言った。
「そう言う事かよ……」
彼女の説明を聞いて、レックスは苦笑いを浮かべ、思わずそう呟いた。
「つまり、お前はロナードの魔力を借りて、治癒魔法を施していた……と言う事か?」
カタリナ王女は戸惑いの表情を浮かべ、アルシェラに問い掛けると、彼女は頷き返し、
「じゃなきゃアタシ、こんなに長く術を使えないもん」
何故かドヤ顔でそう言った。
「そんな事、出来るのかよ……」
レックスは、戸惑いの表情を浮かべながら呟くと、
「魔術の事は良く分からんが、出来たのだから、可能なのだろうな……」
カタリナ王女も、戸惑いを隠せない様子で言った。
「え……。 僕は結局、ロナードに助けられた感じ?」
エルトシャンは、戸惑いの表情を浮かべながら、そう問い掛けると、
「アタシが、エルトを助けたの! ア・タ・シ・が!」
アルシェラは、自分の胸元に片手を添え、ドヤ顔でそう言うが、
「……俺が居なければ、何も出来てないだろ。 アンタ」
カタリナ王女に体を支えらたれ格好のロナードは、酷く疲れた表情を浮かべたまま、冷ややかな口調でアルシェラに言い放った。
(やっぱ、そうなのかよ。 じゃねぇと、練習で失敗続きだった事が、いきなり出来る様になる訳ねぇもんな……)
レックスは、チラリとアルシェラを見ながら、心の中で呟いた。
「っさいわね! そんな細かい事はどうだって良いでしょ!」
アルシェラはムッとした表情を浮かべ、苛立った口調でロナードに言い返す。
「いやいやいや……。 そこ、重要だと思うけど?」
エルトシャンは苦笑いを浮かべながら、アルシェラにそう言って突っ込む。
「っさいわね!」
アルシェラは苛立った様子で、強い口調でエルトシャンに言う。
「五月蠅いのはアンタだろ……」
ロナードは、ゲンナリした表情を浮かべ、疲れた様な声で言った。
「ま、まあ……。 助かったから良かったじゃねぇかよ」
レックスは苦笑いを浮かべながら、下らない事で言い争っている二人に向かって言った。
「殿下。 また狙撃を受ける危険もあります。 安全が確保されるまで、こちらへどうぞ」
治安部隊の指揮官の男は、カタリナ王女にそう言ってから、
「怪我人を安全な場所へ移動させる。 担架を用意しろ」
近くに居た兵士たちにそう命じる。
「貴方も、休んで下さい」
治安部隊の指揮官の男は、ロナードの側に来てそう声を掛けて来た瞬間、彼の裾の下に、何かがキラリと光る事に気付いたレックスはハッとして、
「あぶねぇ! ロナードっ!」
とっさに、ロナードに向かって叫ぶ。
レックスの叫び声にロナードはハッとしたが、既に彼の間合いに治安部隊の指揮官の男が入り、反応出来ずにいると、突如、誰かが素早く自分の前に現れたと思った途端、ロナードは勢い良く後ろに押し倒され、彼を支えていた王女も横にスッ転んだ。
半秒遅れて、周囲に居た王女の親衛隊たちの怒鳴声がした。
ロナードは勢い良く背中を打ち付け、思わず呻き声を上げ、痛みに顔を歪めたが、直ぐにハッとして、自分の上に覆い被さった相手を見る。
ちょっと目尻が吊り上った青色の双眸、短く切り揃えられた青色の短髪、両耳には金色のリングピアス、良く日に焼けた赤銅色の肌の青年……。
「……か」
苦痛に顔を歪ませたレックスの顔が、直ぐ目の前にあり、彼はそのまま、茫然としているロナードに抱き付く様な形で凭れ掛かって来た。
「レックス!」
ロナードは悲痛に満ちた声で叫ぶと、慌てて自分の上で、顔面蒼白で動けずにいるレックスの下から這い出る。
彼の胸元には、レックスから流れ出たと思われる、鮮血がベッタリと付いていた。
「くそっ!」
それを見て、ロナードは苦々しい表情を浮かべ、レックスの上半身を抱き起すと、思い切り彼の右腰に刺さっている短剣を引き抜く。
「うぐっ……」
レックスの苦痛に満ちた声が上がる。
「レックス!」
アルシェラが血相を変えて、レックスの下へと駆け寄ると、自分が持っていたハンカチを彼の傷口に当てるが、真っ白なハンカチはみるみる赤く染まり、レックスの顔からみるみる血の気が失せていく。
ロナードが、ハンカチの上から傷口を力一杯に押え付け、止血を試みているが、血は一向に止まる様子は無く、レックスはロナードに身を預ける様な形で、グッタリしている。
その傍らで、ロナードを襲おうとした、治安部隊の指揮官の男が、王女の親衛隊たちに、両腕を捻じり上げられ、地面の上に取り押さえられていた。
「殿下。 ここは危険です! お下がりください」
周囲を警戒しながら、カタリナ王女を守る様にして背を向けている親衛隊たちの一人が、表情を険しくしてそう言った。
「お早く!」
別の親衛隊の一人も険しい表情を浮かべ、カタリナ王女の腕を掴み、彼女を立ち上がらせる。
「貴方たちも!」
近くに居たロナード達に、王女の親衛隊がそう声を掛ける。
「早く中に!」
先行していた王女の親衛隊が、近くの教室に誰もいない事を確認すると、カタリナ王女たちに向かって叫ぶ。
慣れない事をして、著しく消耗しているロナードは、近くに居た王女の親衛隊に手を借り、彼を庇って負傷したレックスは、別の親衛隊が抱え上げ、アルシェラが心配そうに付き添ってい、急いで教室内に移動する。
少し遅れて、エルトシャンも担架に乗せられて来た。
「どうやら、治安部隊の兵士の中に、ベオルフ宰相の命令を受けた連中が、かなり紛れていてるみたいだ。 連中は、出張って来た王女さまを殺害する様に言われてるみたいだよ」
最初にカタリナ王女を屋根の上から狙撃した人物を捕え、その人物をボコボコにして目的を聞き出していて、この騒ぎを聞いて戻って来たシャーナが、状況を飲み込めていないカタリナ王女と彼女の親衛隊たち、そしてケルベロスのメンバーたちにそう告げる。
「様子が可笑しいとは思ってたけど、そう言う事だったんだね……」
アルシェラが治癒魔法で軽く傷口を塞いだだけなので、傷が痛むのか、エルトシャンは時折顔を顰めながらも、応援に来た治安部隊の様子が可笑しい事を感じていた為、苦々しい表情を浮かべ、呟いた。
「まんまと、してやられた感じだな……」
ロナードも、苦々しい表情を浮かべながら呟く。
そんな事を言っていると、治安部隊の兵士たちが武器を手にゾロゾロと、彼等が逃げ込んだ教室を包囲し始めた。
「どうする? 見た所、かなりの数だよ?」
それを、身を低くして窓から見ているシャーナは、治安部隊の兵士たちの動きに警戒しながら、真剣な面持ちで、カタリナ王女たちに問い掛ける。
カタリナ王女も、苦々しい表情を浮かべ、自分たちが立て籠もっている教室に迫り来る兵士たちを見ている。
「何で……」
不意に、アルシェラから、か細い声が聞こえて来たので、エルトシャンたちは思わず、彼女の方へ振り返る。
彼女は、ロナードと共に先程の要領で、レックスに治癒魔法での治療を試みていたのだが……。
「血が止まらない……」
アルシェラと共に、レックスに治癒魔法を施していたロナードは、顔面蒼白で呟く。
「何だって?」
シャーナは表情を険しくして言うと、床の上に横たわっているレックスの側へ歩み寄り、徐に彼の体を動かすと、彼が受けた背中の傷口が変色しているのを発見し、悔しそうな表情を浮かべ、
「下衆がっ!」
彼女が突然、怒りを顕わにして叫んだので、カタリナ王女やエルトシャン達は驚いた顔をして彼女を見る。
「最悪だよ! アイツ、相手を確実に仕留める為に、刃に血が固まるのを阻害する毒物を塗ったくってやがった!」
シャーナは、事情が呑み込めていない者たちに向かって、表情を険しくして説明すると、それを聞いたロナードは、自分が狙われていた事を思い出し、ゾッとした。
「何だと?」
シャーナの言葉を聞いて、カタリナ王女は驚愕の表情を浮かべ、呟く。
「だからまず、その毒を中和しないと、幾ら治癒魔法を使っても、然して効果が無いんだ」
シャーナは、苦々しい表情を浮かべながら、そう語った。
「そんな……」
アルシェラは、今にも泣きそうな顔をして呟き、その傍らに居るロナードも、どうして良いのか分からないようで、酷く動揺している。
レックスは顔面蒼白で、辛そうに顔を歪め、苦しそうに呼吸を繰り返しているだけで、床の上に力なく横たわっており、思いの傷が深く、失血も酷い様で、意識も既に朦朧としている様だ。
(あのクソ烏! なにモタモタしてんだよ!)
シャーナは、重篤な状態のレックスを見ながら、苛立った表情を浮かべ、心の中でそう呟いていると、遂にベオルフ宰相の息が掛った兵士たちが、一斉にこちらへ発砲して来た。
ヒステリックに窓ガラスが割れる音共に、硝子の破片が辺りに散乱する。
「くそっ! 遂に撃って来た!」
王女の親衛隊が、苦々しい表情を浮かべながら呟いていると、反対側の裏庭に面した方にも、既に兵士が回り込んで来ており、廊下に面した窓ガラスも、激しい銃弾の音共に、ヒステリックな音を立てながら、廊下の上に砕け散っている。
「キャ―――っ」
アルシェラは、銃声と共に硝子が次々と割れる音に恐怖し、両目に涙を浮かべ、悲鳴を上げ、両手で自分の両耳を塞ぎ、その場に蹲り、震えて居る彼女を庇う様に、側にいたシャーナが覆い被さる。
ロナードは表情を険しくし、とっさに側に横たわって動けないレックスを飛び散るガラス片から庇う様に、彼の上に覆い被さった。
「王女さま! 何とかしないと全員ここで蜂の巣だよ! レックスだって助からない!」
シャーナも身を屈めたまま、危機迫る表情を浮かべ、カタリナ王女に向かって大声で叫ぶ。
暫くして、弾を装填する為か、銃声が止まった。
「今の内に、敵に気付かれぬ様、別の教室へ移動しましょう」
カタリナ王女の親衛隊が、側に居た王女にそう声を掛けると、彼女は真剣な面持ちで頷き返す。
「出て来いカタリナ! そうすれば、他の連中は見逃してやるぞ!」
先程、ロナードを襲った、治安部隊の指揮官の男が、苛立った様な口調でそう叫んで来た。
カタリナ王女は思わず、この騒ぎにすっかり巻き込まれ、負傷したレックスとエルトシャン、そして恐怖に顔を引きつらせ、泣きながら震えているアルシェラ、苦々しい顔をして外を眺めている、ロナードとシャーナの順に目を向ける。
「応じては駄目です。 殿下」
彼女の様子を見た親衛隊の一人が、真剣な面持ちでカタリナ王女に言った。
「そうです! 殿下にもしもの事があれば、ルオン王家の血は途絶えてしまいます!」
他の親衛隊も真剣な面持ちで、カタリナ王女に言った。
「私一人の命で、ここに居る全員が助かるのならば、悪い取引ではない」
カタリナ王女は、淡々とした口調で言うと、それを聞いた親衛隊たちは、予想外の彼女の言葉に絶句する。
「そんな事を考えては駄目だよ。 王女さま」
シャーナが真剣な面持ちでカタリナ王女に言うと、エルトシャンも頷きながら、
「相手が約束を守るかも、疑わしいです」
真剣な面持ちでカタリナ王女に言い返すと、ロナードも頷き、
「二人の言う通りだ。 そもそも、アイツらがアンタとの約束を守らねばならない義理も無い」
落ち着いた口調で言った。
「だからって、アンタも止めときなよ」
シャーナは、何かに気が付い様子で、とっさにロナードの手を掴み、真剣な面持ちで言うと、彼は驚いた様な顔をして見る。
「大方、敵陣に召喚した幻獣を突撃させようとか思ってるんだろ」
シャーナは表情を険しくし、叱り付ける様な口調で言うと、ロナードはギクリと身を強張らせた。
「そんな事をしてご覧よ。 ここら一帯、更地になっちまうよ」
シャーナは表情を険しくしたまま、ロナードにそう諭す。
「……」
ロナードは、複雑な表情を浮かべ、押し黙る。
「レックスの状態を見て、焦るのは分かるけど、だからって、全部ふっ飛ばすのは流石にどうかと思うよ」
エルトシャンは、苦笑いを浮かべながらロナードに言う。
「済まない……」
ロナードは、レックスの身を心配し、焦りが先行して冷静さを欠いていた事に対し、謝罪した。
「随分と焦っておいでの様ですね。 皆さん」
自分たちの背後から、不意に若い男の声が聞こえたので、ロナードとシャーナ、そして親衛隊たちは表情を険しくして、振り向き様に身構えた。
「おっと……。 助けに来たのに、随分と手荒い歓迎ですね」
ロナード達の反応を見て、サムートは敵意が無い事を示す為、両手を上げながら、苦笑いを浮かべ、彼等に言った。
「驚かさないでよ……」
エルトシャンは敵ではないと分かると、安堵の表情を浮かべ、サムートに言ってから、ハッとした表情を浮かべ、
「って君、どうやってこの中に入って来たの? 外は敵だらけでしょ?」
戸惑いながら問い掛けた。
「裏手にいた敵兵には、眠って貰いました」
サムートはニッコリと笑みを浮かべ、エルトシャンの問い掛けにそう答えた。
それを聞いて、エルトシャンやカタリナ王女、王女の親衛隊たちは、揃って驚き戸惑う。
「遅いんだよ! 応援を連れて来るのに、どれだけ掛ってるんだい! 背中のその羽はお飾りかい?」
シャーナは苛立った口調で、サムートに言うと、
「失敬ですね。 遅くなったのは私の所為では無いですよ。 オルゲン侯爵家の兵士たちが、出撃に手間取っていたからです」
サムートはムッとした表情を浮かべ、シャーナに言い返すと、
「オルゲンが、来ているのか?」
カタリナ王女は、安堵の表情を浮かべながら、サムートに問い掛けた。
「もう少しすれば、前方の兵士を蹴散らしてくれる事でしょう。 怪我人も居ますので、ここで大人しく待機されるのが賢明かと思われます」
サムートは落ち着き払った口調で、カタリナ王女にそう提案した。
「すまん。 助かった」
カタリナ王女が、サムートにそう言うと、
「……」
サムートは、何か言いたそうな表情を一瞬浮かべたが、直ぐにロナードの方へと振り返り、
「元に戻られた様で何よりです。 若様」
サムートは、自分の胸元に片手を添え、ホッとした表情を浮かべながら言った。
「済まなかった。 心配をかけたな」
ロナードは、申し訳なさそうに言うと、
「いえ。 若様が無事ならば、私はそれで……」
サムートは、微かに笑みを浮かべ、優しい口調で返した。
「しかし、レックスのこの状況は、良くないですね……。 私が先にセシア殿の下へ連れて行きましょうか?」
サムートが、顔面蒼白で、グッタリとしているレックスを見て、真剣な面持ちで言った。
「頼むよ」
シャーナが真剣な面持ちで言うと、
「血が固まりにくい毒が刃に用いられていた。 解毒と治癒魔法を急ぐように伝えてくれ」
ロナードも真剣な面持ちで言った。
「分かりました」
サムートはそう言うと、自分が羽織っていた上着をレックスに被せ、彼を抱え上げると、セシアの下へと急いだ。
「大丈夫だよ。 レックスは助かる」
レックスを抱え、去って行くサムートの背中を、不安そうな顔をして見送っていたロナードの肩に片手を乗せ、シャーナが落ち着いた口調でそう声を掛けた。
ロナードは、複雑な表情を浮かべつつも、黙って頷き返した。
その後、サムートが言う通り、オルゲン将軍が私兵を率いて、カタリナ王女の首を取ろうとしていた、ベオルフ宰相の息の掛った治安部隊の兵士たちを掃討したお蔭で、ロナード達は窮地を脱する事が出来た。
「レックス!」
シェアハウスに戻るなり、ロナードは大声でそう言いながら、レックスの姿を探す。
「っせ~な。 んな大声で喚かなくたって、聞こえてるって」
リビングの隅にある、何時もはロナードが陣取っているカウチソファーの方から、レックスの声がしたので、ロナードは急いで彼の下へと駆け付けた。
そこには、カウチソファーの上に横になっているレックスと、その側に疲れた様子のセシアが居た。
レックスは、着ていた服が血みどろになっていたため、白いシャツに着替えており、顔色もすっかり良くなっていた。
「良かった……」
レックスの元気な姿を見て、ロナードはそう呟くと、心底ホッとした表情を浮かべる。
「んな簡単に、くたばる訳ねぇだろ」
レックスは苦笑いを浮かべながら、ロナードに言った。
「ったく。 一人でサッサと行っちまって……。 余程、レックスの事が心配だったんだねぇ」
遅れてやって来たシャーナが、苦笑いを浮かべながら、そう言ってロナードをからかう。
「違っ……」
ロナードは、恥ずかしそうな表情を浮かべ、とっさにそう言い返した。
「ったく。 素直じゃないねぇ……」
シャーナは苦笑しながら、ロナードに言う。
(オレを心配して、あんな急いで戻って来たのかよ)
レックスは、ロナードを見ながら、心の中でそう呟いてから、
「へへへ……」
とても嬉しそうな顔をすると、ロナードは照れ臭いのか、レックスから顔を背けた。
「何にしても、皆、お疲れ様」
セシアは、穏やかな笑みを浮かべながら、無事に戻って来た仲間たちに向かって言った。
「あ~あ~。 ロナード、血みどろじゃないスか」
転移魔法を使った所為で魔力を大幅に消費し、休んでいたセシアと共に、留守番をしていたデュートが、奥の調理場から出てくると、ロナードを見るなり、そう言った。
彼の言う通り、負傷したエルトシャンやレックスの治療の為に止血などを行ったり、学校に侵入した賊と戦った際に返り血を浴びたりして、ロナードの手は勿論、頬や服などにも、乾いた血がこびりついている。
「ほら。 急いで風呂に入って来なよ」
シャーナは、ホッとして気が抜けたのか、酷く疲れた様子のロナードの背中を軽く叩きながら言う。
「眠い……」
ロナードは、気怠そうに呟く。
「いやいや……。 そのまま格好で寝たら駄目でしょ」
デュートは苦笑いを浮かべながら言うと、ロナードの腕を掴むと、疲れ果てた様子のロナードを立ち上がらせ、彼の部屋へと連れて行く。
「一時はどうなるかと思ったけど、何とかなって良かったよ」
アルシェラを、オルゲン家へ送って来たエルトシャンが、そう言いながらリビングへと来た。
「今日のはクーデターだろ? この先、どうなっていくのかねぇ……」
シャーナは、ゲンナリとした表情を浮かべ、そう呟いた。
「殿下への攻撃を主導した、第一治安部隊の隊長も、学校を襲撃した賊の頭も拘束したけど、果たして、何処まで話してくれるか……」
エルトシャンは、複雑な表情を浮かべ、そう呟いた。
「何も語らずに獄中で、自殺と見せ掛けて、殺される可能性の方が高いんじゃないのかい?」
シャーナは、真剣な面持ちでそう指摘すると、
「そんな事にならない様に、殿下と伯父上がしっかり見張らせるとは思うけど……」
エルトシャンは、複雑な表情を浮かべながら返す。
「べオルフ宰相は、とても狡猾だって聞いてるよ。 結局は、蜥蜴の尻尾切りになるのがオチだろうよ」
シャーナは肩を竦めながら、皮肉たっぷりに言った。
「……」
エルトシャンは、複雑な表情を浮かべ、押し黙る。
「今までは、こんな公然と、殿下が襲われる事は無かったのですけれど……」
セシアは、複雑な表情を浮かべ、重々しい口調で語る。
「アタシ等が実績を積んで、その存在が国民に支持される様になって、それを切っ掛けに殿下が力を付ける前に、始末しようと考えているのかもね」
シャーナは、神妙な表情を浮かべ、自分の見解を語る。
「成程な。 魔物の害は、地方の人たちにとっては、すげぇ頭の痛ぇ事だもんな。 オレ等がちゃんと解決できれば、それを作った王女さまの評判も良くなるって事か」
レックスが神妙な表情を浮かべ、そう呟くと、
「アンタにしちゃ珍しく、冴えてるじゃないか。 血の気が引いて、頭の回転が良くなったのかねぇ?」
シャーナが意地の悪い笑みを浮かべ、小馬鹿にしたようにレックスに言うと、
「んだと!」
シャーナに小馬鹿にされ、レックスはカッとなって、横になっていたカウチソファーから起き上がろうとすると、突然、目の前が真っ白になり、危うく頭から床に倒れそうになる。
「ちょっと! まだ起き上がっては駄目よ!」
倒れ込みそうになったレックスを慌てて抱き止めると、セシアは強い口調で彼にそう叱り付けた。
「ははは……。 まあ、それだけ元気になったのなら、一安心だよ」
何時もの調子に戻ったレックスを見て、エルトシャンは苦笑いを浮かべながら言っていると……。
「セシア! セシア急いで来てス!」
デュートがバタバタと慌しく、階段を下りて来ると、血相を変えてそう言ってきた。
「どうしたの?」
セシアは、戸惑いの表情を浮かべ、慌てているデュートに問い掛ける。
「ロナードの様子が変なんだ」
デュートは、息を切らせながら、セシアに言うと、
「何ですって?」
セシアはそう言うと、慌ててロナードが居る、二階の彼の部屋へと駆け出した。
「何があったんだい?」
シャーナが、表情を険しくして問い掛ける。
「何か、変な蔦って言うか、蔓……?。 兎に角、体に変な模様が現れて、蹲ってしまって、顔も真っ青で、物凄く具合が悪そうなんスよ!」
デュートは、すっかり動転している様子で、そう答えた。
「何てこと……」
デュートに言われ、ロナードの部屋に駆け付けたセシアは、上半身裸で、風呂場がある扉近くくの壁に片手を付き、フラフラと危なっかしい足取りで、何とか立ち上ろうとしているロナードの背中を見て、呟いた。
「せし……あ……」
彼女が部屋に入って来た事に気付いたロナードは、物凄くバツの悪そうな顔をして、呟く。
まるで、これを誰にも見せたくなかった様な……そんな反応だった。
「貴方! それは何時からなの?」
セシアは、ガバッとロナードの両肩を掴むと、物凄く焦った表情を浮かべ、そう問い掛けた。
「……」
ロナードは、自分に質問するセシアから顔を反らす。
「答えて!」
セシアは、ロナードの両肩をガッシリと掴んだまま、何時になく鬼気迫る表情を浮かべ、強い口調で言った。
「ロナード……。 それは……」
遅れてやって来たエルトシャンも、ロナードの背中だけでなく、殆ど全身に浮かび上がっている、銀色の蔦の様な模様を見て、戸惑いの表情を浮かべ、呟いた。
「……何でも……ない……」
ロナードは、辛そうに呼吸を繰り返し、顔面蒼白のまま、辛うじて聞き取れる様な声で答えた。
「この何処が、『何でも無い』よ!」
セシアは、ロナードの両肩を掴んだまま、叱り付ける様な強い口調で言い返す。
「セシア……」
ロナードは、辛そうな表情を浮かべながらも、セシアの手を片手を掴むと、首を左右に振った。
「――っ……。 貴方ね!」
ロナードの反応を見て、セシアは物凄く複雑な表情を浮かべ、呟く。
そう言っている間に、ロナードの体に浮かんでいた妙な模様は、少しずつ薄れていっている……。
それに伴い、辛そうにしていたロナードも、少しずつ落ち着いて来た。
「大丈夫だから」
ロナードは、落ち着いた口調で、駆け付けた仲間たちに言うと、自分で立ち上がり、風呂場への扉を開くと、半ば逃げる様に中に入り、内側から入って来れない様に鍵を掛けた。
「なっ……」
その行動を見て、エルトシャンは戸惑う。
「セシア。 ロナードのあれは一体、何なんだい?」
シャーナは、真剣な表情を浮かべ、セシアに問い掛けると、
「……御免なさい。 私の口からは言えないわ」
そう言って逃げる様に部屋から出たセシアは、物凄く動揺していて、自分の口元に片手を添え、真っ青な顔をしていた。
「……」
シャーナとエルトシャンは、公然と隠し事をされ、何とも言い難い、複雑な表情を浮かべ、その場に立ち尽くしかなかった。




