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CR4ZYGUYS  作者: 里原律
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luckyとあかぎ

luckyとあかぎ



「暗黒より召喚されし我の名は、ドゥンケルヘイト!この右目に宿し魔神が復活するのも近い…」

「シスターこの人変な人ー?」

「う、うーん、面白い人、かな」


 町外れにある丘の上の教会で、ドゥンケルヘイトことコードネーム“あかぎ”は普段と変わらず、眼帯で隠した右目を覆うようにポーズを取る。私、“lucky”はその光景を子供達と眺め、苦笑いをこぼした。



数時間前ー


「lucky!」

「さなぎさん?どうかされましたか?」


 いつも通り、毎週日曜日に教会に顔を出すようにしていた私は、ぜんざいから受け取ったお菓子やご飯などを鞄の中に詰め、出発の準備を進めていた。

 少し強めの力でCR4ZYGUYSオフィスのドアを開けたさなぎは、走ってきたのか呼吸が乱れていた。


「よかった、間に合った…。実はお前に頼みたいことがあってな」

「私に、ですか?」

「あぁ。今日は教会に行く日だろう?コイツを一緒に連れてって欲しい」


 さなぎは親指で後ろを指し、少し身体をずらす。そこに現れたのは、緑色の髪を左サイドで結び、オリジナルの軍服を身に纏った少女。その少女の右目には眼帯が付けられていた。

 コードネーム“あかぎ”は、最近CGに配属されたメンバーである。その個性的な見た目と喋り方から、配属初日から人気者になっていた。


「あかぎは組織に入ってすぐにCGに配属されたため、経験が乏しい。とりあえず小さなことから積み重ねるのがいいかと思って、教会での活動を定期的に手伝わせて欲しいんだ」

「なるほど…。確かにいきなり怪異討伐は、彼女にとっても良くないかもしれませんね」


 教会での活動は、所謂慈善事業だ。町の孤児院にいる子供達に対して絵本の読み聞かせや、文字を教えたり、シスターとしてのお祈りや、教会のバザーなど、その日によってやる仕事は異なる。

 特に教会で行なっているお悩み相談会は町中でも人気で、私が赴いた時は列になる程人々にとって重宝されている。そのお悩み相談会に来る人の中で、たまに小さな怪異を引っ付けている人がおり、それらを消滅させたりしているのだ。

 あかぎのように戦闘経験はもちろん、怪異に対しての経験が乏しい人材は、このような催しを行うのが確実に成長につながるだろう。危険もなく、より安全に“怪異と対峙できる人材”を育成できる。さなぎはそう判断したに違いない。

 ただし、私は一抹の不安を抱かずにはいられなかった。

厨ニ病というのは、その、大丈夫なのだろうか、と。教会というのは、多くの人々と関わりを持ち、言葉を交わしていく。彼女はそもそも他人と会話が成立できるのだろうか。

 考えても仕方がない。とりあえずやってみて、駄目だったらさなぎに言うことにしよう、と自分を納得させた。


「そしたらあかぎさん、早速ですが教会に向かいましょう」

「我の名前はドゥンケルヘイトである!魔王からの指令により、汝らの懇願を聞き入れよう」

「懇願ではないですけど…」


 苦笑いを浮かべつつ、荷物を手に取り協会へと足を向けた。



***



 教会につくと、年齢がまちまちの子供たちが一斉に私のもとへかけてきた。私の足元へぎゅっと抱き寄り、やっと来てくれたと言わんばかりのキラキラとした眼差しを向ける。


「みんなひさしぶりね。元気にしてた?」


 私の問いに子供たちは口々に返答する。良かった、みんないつも通り元気いっぱいのようだ。ひとしきり喋ったところで、子供たちの中の一人が、私の後ろに立っている存在に気付いた。


「おねいちゃん、だれ?」


 子供たちは彼女を訝しげに見る。致し方ない。彼女のその風貌は明らかに普通ではないのだから。


「暗黒より召喚されし我の名は、ドゥンケルヘイト!この右目に宿し魔神が復活するのも近い…」

「シスターこの人変な人ー?」

「う、うーん、面白い人、かな」


 明らかに不審者である。大体高校生か、大学生くらいの年齢だろうが、かなり痛々しい。フォローする身にもなってほしい。だが、子供たちは興味津々らしく、彼女は一気に子供たちの人気者へと変わった。


「おねいちゃん!僕の名前も考えてよ!」

「我に名付けよと言うのか…そうだな、貴様はシュパースと名付けよう!」

「か、かっこいい〜!ありがとう、おねいちゃん!!」

「ふむ、よかろう。いつでも我に頼ると良いぞ」


 このままでは教会で厨ニ病が流行ってしまう。大丈夫なのかと教会にいるシスターの方を見ると、彼女も楽しそうに子供たちを眺めている。


「シスター…」

「いいではありませんか。子供たちが生き生きとしている…それだけで充分ですよ」


 シスターは満足そうに答える。確かに、深い森の中にある教会に預けられる子供たち、孤児の子たちは中々外の世界と戯れる機会が少ない。そんな中で出会ったこんなインパクトしかない彼女は自分たちの世界を180度変える大きな爆弾であるだろう。それが良いのか、悪いのかは判断しづらいが、いいスパイスになることは確かかもしれない。


「さて、みんな!今日のお勉強会をしましょう!」


 子供たちは元気に「はーい!」と答え、教会の中へと入っていった。シスターもその後を追い、勉強会の準備を行う。


「あかぎさん、私達も行きましょう。今から行うのは文字の練習です。あかぎさんもぜひ子供たちに教えてあげてください」

「我が名はドゥンケルヘイトだと…。いや、魔王の指令を受けているゆえ、汝の願いを聞き入れよう。」


 よかった。彼女も手伝ってくれるらしい。私達二人は、揃って教会の中へと足を踏み入れた。

 これから悲劇が起こるとも知らずに。





luckyと悩み相談


 あかぎの教え方はとても上手く、子供たち一人ひとりに教え方を変えているようであった。その喋り方こそ独特ではあるが、子供が躓けば、わかりやすい口調で丁寧に教える。そんな姿はまるで教師のようであった。


「lucky、ちょっといいかしら」

「どうしました、シスター」


 授業を進めていると、シスターに呼ばれた。シスターの方へ近づくと、彼女は「いつもの悩み相談よ。また彼ね」と耳打ちした。

 彼というのは、私が教会で悩み相談をしていると、毎回訪れる男性のことだ。その方は180ほどの背丈で、髪は少しパーマ掛かっており、俗にいうイケメンの部類なのだろう。しかし、シスターからは注意するようにと言われていた。なぜなら彼は、私が教会にいる時にしかお悩み相談に来ないらしいからだ。

 私は足早にお悩み相談室へと向かい、小さな小窓のある壁を挟んで、彼の前に腰を下ろした。


「おはようございます。本日はどのようなお悩みでしょうか」

「あぁ、シスター。お久しぶりです。貴方に会える日をどれほど待ち侘びたか」


 やはり、私は彼から好意を寄せられているのかもしれない。しかし仮に好意を寄せられていたとしても、私はシスターの身。どれだけ好意を寄せられようとも、彼の気持ちに答えることは無い。


「…本日のお悩みはどのようなものですか?」

「今日は、恋愛相談をお願いしに来ました」


 少し落ち着いた口調で、彼は話し始めた。

「私は、その方とお話していると、まるで自分を見失ってしまうようになるのです。しかし、それは辛いことではなく、逆に幸せなことなのです。その方と出会ったのは、最近のことで…、けれど愛に時間は関係ありませんよね?これだけ私が想っているのだから、彼女もきっと私を愛しているはずだ。彼女と会う時間は限られていて、とても少ない時間ですが、その中でも私達は愛を育んでいるんです。」


 安心した。どうやら私のことではないらしい。こんなにも二人が愛し合っているなら、間違いなく上手く行くことだろう。


「そうなのですね。確かに愛する者同士であれば、時間は関係ないのかもしれません。しかし、その想いは言葉にしなければ、相手に伝わらない可能性もあります。私は言葉に出すことをおすすめしますよ」


 私の答えを聞いた彼は、目を大きく開き、小窓から勢い良く両手を伸ばし、私の手を握りしめた。その力はとても強く、私は少し顔を歪める。


「そうですよね!貴方もそう思いますか!あぁ、私は何という間違いを起こしていたのか!もっと貴方に愛を伝えるべきでした!やはり、私達は相思相愛だったのですね!あぁ、こんなにも素敵なことはない。神に感謝します!」


 彼はなお、手を離さない。それどころかますます力が強くなっている。やはり彼は私のことを好いていたらしい。


「はな、してください…!私は貴方のこと、好きではありません!」

「なぜですか!先程貴方は“愛する者同士であれば、時間は関係ない”とおっしゃいました!なぜですか、なぜですか!私はこんなにも貴方のことを愛しているのに!」


 彼の力はますます強くなっていく。無理やり離そうとすればするほど、その拘束を解くまいと、彼の手は私の手首を握りしめた。

 するとそこへ、彼の異常な声が聞こえたのか、あかぎが顔を覗かせ、「何かあったのか」とおずおず私に視線で問いかけてくる。


「助けて!!あかぎさん!!」

「!…我に任せよ、我に不可能の文字は存在しない」


 必死に叫んだSOSは、あかぎに無事届いたらしい。あかぎは、私の方へと一瞬で距離を詰め、彼の手首に思い切り手刀を振り下ろした。

 彼は苦痛に顔を歪め、私の手首を握っていた手を一瞬緩める。その隙を逃すまいと、私は小窓から自分の方へと手を引っ込めた。


「うぅ…。なぜですか、なぜですか、シスター…」


 いまだ彼はブツブツとつぶやいている。その異常さは私になんとも言えない恐怖を与えた。そんな私の怯えた様子を見たあかぎが、私の手を握り、教会の奥へと走りだす。


「あかぎ、さん…!一体どこへ行くんですか?」

「あのままでは、あの男に壁を壊されかねない。私の武器を使おうにも、この場所は不利すぎる」


 教会の裏口から飛び出て、教会側を振り返ると、彼は何かをつぶやきながらこちらへと向かっていた。


「…あの男は、君を愛するがゆえに、黒魔術に手を染めたんだろう。…けれど、それは失敗し、その反動で理性が飛んでしまったらしい。…私には、あの男の後ろに禍々しいオーラが見える」


 彼の方を凝視しながら、あかぎは私にわかりやすく伝えた。彼女の能力はまだ入ってきたばかりという事もあり、sieben以外は明かされていなかった。


「私にはそんなオーラみえないけど…」


 あかぎにそう返すと、彼女は少し困ったように「私は他の人よりちょっと、眼が良いんだ」と笑った。

 そうこうしていると、彼は一目散にこちらへと走ってくる。そのスピードは人間の身体能力を大きく上回っており、あっという間に距離を詰められてしまいそうであった。


「そうはさせない」


 あかぎはどこからか、スナイパーライフルを取り出して、男の肩を撃ち抜く。


「lucky!今のうちに上層部へ結界の許可を!」

「は、はい!」


 “いきなり怪異討伐となると、荷が重いですもんね”なんて言ったのは一体誰だ。私か。彼女は私以上に戦闘慣れしているようであった。


「さなぎさん!」

『状況は把握している。怪異特殊対策組織【祓魔】sieben の名において、結界の展開を許可する。…気をつけるんだ。一般人が正式な黒魔術を知っているわけがない。おそらくこの情報を流したのは【ワルプルギスの夜】と見て間違いないだろう。できればその男を連れ帰ってくれ』


 さなぎの言葉に短く返事をし、私は結界を張る準備をした。両膝をおり、生い茂った芝生に膝をつける。そして祈るように組んだ両の手を胸の位置まで上げた。


『神のご加護』


 私の言葉から放たれたそれは、まるで天使のような光である。その光は上空まで飛び立つと、辺り一帯を囲むように光の雨を降らせた。


「これで思うように戦える」


 あかぎはスナイパーライフルを握り直し、むくりと起き上がり再びこちらへと駆け出そうとする彼に向かって、何発も撃ち込んだ。急所を的確に外し、その腕前は確かなものであった。

 あかぎの実力に呆気にとられていると、今度はこちらに標的を移したようで、彼はこちらへと猛スピードでつめよる。


「lucky!」


 あかぎは彼にしっかりと狙いを定め、そしてはっきりと声に出して唱えた。


『WIND, wrap yourself』


 銃口から放たれた弾丸は切れるような風を纏い、今まで見ていたものとは桁違いのスピードであった。彼の肩を撃ち抜くと、私に触れる直前で地面に勢いよく伏せた。すぐさま私は彼から距離を取り、あかぎのもとへと走る。


「lucky大丈夫だった?」

「それはこっちのセリフです!私のせいでごめんなさい…」


 私は神と契約している身でありながら、その能力は戦闘には不向きなものであった。回復に特化した能力は、大勢での戦闘であれば重宝されるが、このような戦闘だとただの足手まといになる。そのため、CGへと左遷されたのだと解釈している。組織の中でも有名な話であった。


「それよりも驚きました、あかぎさんはとてもお強いんですね」


 そう言うと、あかぎは気まずそうに私から目を逸らした。


「…全然、そんなことはない…」


 突然地鳴りのような声がしたかと思うと、彼は黒い靄で覆われていた。今度ははっきりと私にも目視できた。あれが、あかぎが見えていたオーラなのか。





2人と神の契約


「まずい、完全に呑み込まれてしまった」


 彼から一切目を離さないあかぎを見て、思わず彼女の裾を握りしめる。


「lucky、一応神器を出しておいて。ここからは何が起こるかわからない。あの男はもう、人間だと思わない方がいい」


 そういったあかぎの頬を一筋の汗が伝う。その様子に私は生唾を飲み込んだ。私は改めて胸の前で祈るように両の手を合わせ、目を瞑り祝詞を唱えた。


『我らが主よ 祝されし者よ その姿は仮にして 改めれば救われん 悪しき者 道を踏み外し者に光あれ』


『我らが父よ』


 私を包むように湧き上がった光は一つの杖へと成り代わった。その杖を掴み、私はあかぎの後ろで構える。すると私の前にいたあかぎは突然姿勢をただし、左腕を後ろに回し、右腕は目の前へとつき出した。何をしだすのかとあかぎを見ると、緑色の瞳は強く彼を見据えていた。


『整列せよ 我の元に 撤退せよ あるべき場所へ 全ては國のため 我らのため 掲げる旗は風に吹かれ 士気をあげよ』


『アイオロス』


 勢いよく巻き上がった風の後ろに見えたのは、三人の神様の姿。一瞬であったので、しかと目視することは出来なかったが、あかぎが只者ではない証明はされた。さなぎも知らされていなかったようで、インカム越しに驚いた様子が伝わってくる。まさか誰も、いきなり組織に入ってきた新人が、神と契約しているとは想像していなかっただろう。

 驚きを隠せず、なんで?!という顔をあかぎに向けると、「本当はまだ隠しておきたかったんだけどね」と苦笑いをしながらあかぎは言葉を返した。どういう事情で神との契約を隠していたのか、アイオロスとはどのような神様なのか、いやそもそもあかぎってどんな人物なのか、多くの疑問が次々に頭を支配し、私はパニックに陥る。

 そうこうしているうちに、彼の体は人間離れした姿へと変容していき、その姿はまるで悪魔のようであった。言葉にならない声を発しながら、その拳を一度地面に振り下ろすと、地面は大きく揺れ、鳴り響く。しっかり踏ん張って置かねば、今にも大地に飲み込まれそうな、そのくらいの威力であった。


『SET UP』


 あかぎのその言葉から、彼女の前に3つの銃が召喚された。それらの銃を小さな小人のような兵隊さんたちが支えている。


『GO』


 その様子に可愛いなと思っていると、あかぎの言葉が聞こえると同時に、その小人は次々に引き金を引き、銃弾は見事に彼に的中した。

 それにもかかわらず、彼の体にはかすり傷はつけど、致命傷にはならなかった。通常の人間が食らえば、もれなく救急車送りになるほどだったはずなのに。


「これでもダメか」


 BACK OFF、とあかぎが小さな兵隊さんに指示を出すと、兵隊さんたちは敬礼をし、ぽしゅんと煙になって消えていった。今度は彼女自身が3つの銃の1つである、マシンガンを手に持ち彼に向けた。


『STRONG WIND』


 銃口から放たれた銃弾は各々が強力な渦巻いた風を帯びており、彼の体を貫いた。雄叫びのような悲鳴をあげると、彼はギラついた目をこちらに向け、あかぎに向けて猛突進した。

 あかぎは手に持っていたマシンガンを地面に下ろし、今度はバズーカーを肩に担ぐ。


『DOWN BURST』


 上空から撃ち落とされ、直撃した彼は風圧によって押しつぶされていた。彼の動きは完全に停止し、それをみた私は肩の力を抜いた。まだ心臓の音が早く動いているのがわかる。そのくらい緊張していたのだと今になって初めて認識した。


「今のうちにあの男を拘束しておこう」


 そういったあかぎは一つの銃弾を細長い縄へと変え、彼の身体に巻き付けていく。ようやく仕事が終わったと小さく息を吐くと、大きな手があかぎの頭を鷲掴みにした。はっとしたときには遅く、あかぎの頭は地面に激しく叩きつけられ、地面には大きな亀裂が入っていた。


「あかぎさん!!!」


 彼は間髪入れずにあかぎへ拳を振い続ける。どん、どん、と音が鳴り響くたび、彼女の血飛沫が上がっていく。ビシャっと私の頬に赤く温かいものが触れた。


「やめて…」


「やめてよ…」


「やめろやめろやめろやめろ」



「やめろよ」



 そこから私の記憶は途切れた。





luckyとあかぎ


 強烈な痛みと共に、しくじったと反省した。警戒していたのに、自分の力に驕ってしまった。また課題ができてしまったなと、そんなことを考えていると強力な痛みが全身へと走った。殴られたのだと認識したのは、彼女が絶望したような顔をしていたのが目に入ってからだった。ぎゅっと力強く杖を握り締め、やめろと何度も声に出している。

 中々止まない男の拳から逃げられずに、痛みに耐えながらどうするかと考えていると、強い光があたりを包み、思わず目を瞑った。

 次の瞬間、目の前の光景を、すぐに受け入れることができなかった。


 男は全身が焼けこげたように私の足元で倒れている。死んでいるのか確認すると、微かに息はある様だった。luckyはどこにいるのかとあたりを見渡すと、その姿は上空にあった。


「lucky…?」


 明らかに様子がおかしい。目に光はなく、全身の力が抜けたようにだらんと浮いている。背中には大きな羽が生え、今のluckyは天使そのもののようであった。


『第一のラッパ』


 耳をつんざくような、普通に生きていて聞いたこともないような声で発せれたそれに思わず耳を塞ぐ。天から降りてきたラッパはluckyの目の前で静止した。

 第一のラッパ、これが本当だとすれば、この辺り一面は悲惨なことになるだろう。彼女が大切にしていた教会も、子供達も、結界が張られているとはいえ、無事でいられるという確証はない。

 luckyはそのラッパを手にして、一度息を吹き込む。綺麗な音が奏でられたかと思うと、彼女を中心にどんどん大地が焼け焦げていく。私はすぐさま男を抱えてその場から退避し、今後の動きを考えた。


「どうするんだ、さなぎ」

『…最近は精神的に安定していたから、安心していた…。あかぎ、止められる自信は』

「ない。私では無理だ」


 さなぎの言葉を遮り、私は答える。今の私では、神器を持ってしてもあれほどの力を止めることは不可能だ。自分のことは自分が一番理解している。


『そう、か…どうすれば…』

『僕がいくよ』


 困り果てたさなぎの後に、少し声の高い男の人の声が発せられた。その声に心当たりがあった。おそらくこの声は。


『ちょうど近くにいるし』


 ぷつんと通信が途絶えたかと思うと、晴天だったというのにあたりが急に暗くなった。遠くからゴロゴロと微かに雷の音がする。もしや、と勢いよく空を見上げると、キラキラとした金髪に、青色の瞳が私たちを見下ろしていた。


「爆ぜろ、雷電」


 人差し指をluckyに向けると、空から落ちた雷は彼女の元で大きく弾け飛んだ。煙を上げながら彼女は地面へ落下し、私はそんな彼女を両の腕で抱きかかえるようにして掴んだ。


「あかぎ、luckyを連れて帰って。僕はその男を連れていくよ」


 コードネーム“K”、 私は彼と会ったことがある。

 それは彼の血筋と関係している。組織では、個人情報が厳重に管理されているため、表に出すことは一切許されないが、私がこの組織に入ったのも彼と私の血筋が関係している。

 そんな彼は、男をまるで猫を掴むようにして運ぶ。私もいまだ身体から煙を上げているluckyの腕を私の肩に回し、支えて運び始める。


 ようやく今日の私達の任務は終了した。



 ***



 治療室に運ばれたluckyは見た目こそ重傷のように見えたが、その傷は大したことがなかったそうだ。それは彼女の能力のおかげのようで、自身の治癒能力は特別高い。基地について数時間も経たずに彼女は目を覚まし、ことの顛末を聞いて絶望していた。「またやってしまった」「自分は出来損ないなんだ」と何度も何度もそう繰り返していた。

 そんな彼女を見ながら、私は何も、声をかけることができなかった。



「今回も“black”が出て来たんだね」

 

 やすらぎの森に設置されているベンチに腰かけていると、後ろから声を掛けられた。


「K…」

「久しぶりだね、あかぎ。君はいつかこの組織に入ってくると思っていた。今回はluckyをサポートしてくれてありがとう。面倒をかけたね」

「いや、そんなことはない。むしろ君がいなければ、彼女を止めることはできなかった」


 神器を使用せずにあれほどの攻撃を涼しい顔をして放てるものは数える程度しか存在しない。神器を使用したくないという彼の意思もあるのかもしれないが、それを実現させてしまうほどに、彼は強かった。彼の実力は私の家でも賞賛されている。


「あかぎはluckyと初めて会ったの?」


 私の隣に腰をかけたKは、「どっちがいい?」と珈琲とココアを見せてきた。私は珈琲を手に取り、「ありがとう」と小さくお礼を言う。Kは確か甘党だったはずだ。

 カシュっという音ともに私は考え込む。私には一部の記憶が存在しない。そのため、神器を用いた技も一部しか思い出せない。強い技があったはずなのに、どうしても思い出すことができない。


「初めて、だと思うが…今の私には断言できるだけの自信がない」

「まぁ、そうだろうね」

「私は彼女と会ったことがあるのか?」

「いや…」


彼は一口ココアを口に含み、こくりと喉を鳴らして飲み込む。そんな仕草も彼の風貌では美しく映ってしまう。


「会ったことはないと思うよ、luckyの様子を見ていればね。ただ、彼女は僕らの一族と関係している」

「まさか」

「そのまさかだよ」


 勢いよくKの方を振り向くと、彼は至って冷静であった。驚きを隠せず、空いた口が塞がらない。そんな私を見て彼は少し笑みをこぼした。彼が笑うなんて珍しい。族の中でもKは、別段無愛想で有名だった。


「信じられない…まだ分家があったのか」

「三家だけだよ。最近は集まりもないから一族にどんな人間がいるかを知るのは難しいだろうね。後は君が知っている通りだと思うよ」


 本家から分かれた分家、私とKはその分家の一つだ。本家の主は、今は“玲央”だったはずだ。今回のKの話を聞く限り私達の一族はこの組織に多く所属しているらしい。

 突然やすらぎの森のドアがぎぃという音がなり、それとは逆にKは音も立てずに消えていった。ドアの方を見ると申し訳なさそうに立っているluckyがそこにいた。彼女は私の隣まで歩いてきて、「隣いいですか…」と小さな声で尋ねてきた。「どうぞ」というと、luckyはおずおずとベンチに腰掛けた。


「…あかぎさん、」

「謝罪は結構だ」


 彼女の言葉を遮り、私はそう答えた。luckyは目を丸くして、俯いていた顔を私の方へと向けた。


「謝罪をされるようなことを、私はされていない。君の“それ”は、君の一部でもある。それを君が否定してはいけない」

「でも、…私は私がとても、怖いんです。自分が、自分じゃなくなるから」


 彼女は震える手を握る。その表情はいかに彼女にとって深刻な問題であるかを物語っていた。そうして彼女は、話し始めた。





luckyと光


 自分の能力に絶望したのは、あたり一面が火の海になってからだった。

とんでもないことをしでかしたのだと、自分のしたことを受け入れられなかった。天使のラッパは、災害しかもたらさない。それは聖書を読んで知っていたことだった。確かに私の能力は天使の影響を大きく受けている。しかし、それは回復に限った話であった。

 その日から私は、柚子屋に頼んでこの記憶を封印してもらった。もう二度と、天使のラッパを吹き鳴らさないように。

 そうしてしばらくは、ラッパを手にすることはなく、順調に組織に回復役として貢献していた。そう、あかぎの前でラッパを吹き鳴らすまでは。


 仕方のないことであった、と言えばそうなのかもしれない。助けるためとはいえ、他の人々を巻き込んでいいはずがないのだから。まるで悪魔のように変容した彼は幸いにも、無事でいた。そしてあかぎが無事なのはKがいたからだ。彼がいなければ、今頃大切な教会は焼け焦げていただろうし、彼もあかぎも無事だったとは言い切れない。結界を破壊して大地を焼いただろう。

 天使のラッパを吹き鳴らすもう一つの私を“black”と呼ばれている。その時の記憶が私にはないため、今回の事件を起こし、その詳細を聞いて初めて認識した。組織の中でたまにコソコソと聞こえてきたそれは、私のことを指していたのだと、悲しくなった。しかし、それもまた私の罪なのだと、悟った。



***



 luckyの話を聞きながら、人を殺める怖さについて考えていた。自分だったらどんな気持ちだったろう、もしかしたら自分にない記憶の中で、人を殺めたことがあるのかもしれない。物理的に人を殺めてないにしろ、人間は人間を言葉で殺めることができる。言葉とは、見えない刃なのだから。

 “black”の存在は彼女にとっても、周りにとっても些かややこしい存在と言えるだろう。彼女が完全に“black”をコントロールできさえすれば、本人の精神も安定するだろう。周りもluckyのことを陰でぐちぐちということも無くなるはずだ。


「私は、光属性とは言い切れないんです」


 今にも泣きそうな顔で、ポツリと呟いた。光属性がどんな立場に置かれているのか、今まで彼女がどんなに大きな期待を背負ってきたのか、同じ一族として痛いほど理解できる。


「…君は、光属性だ。他でもない、光属性なんだ」

「どうしてそう言い切れるんですか、私は、人を、大地を滅ぼしかねない力を持っているんですよ!」

「それは他の皆も同じだ」


 彼女はハッとして私の方を見た。


「組織の多くはなんらかの能力を有している。力の大小はあれど、その使い方を間違えれば、この世界はどうなるかわからない。その可能性がある能力なんだ。…君が持っている光属性も、私が持っている風属性も。君だけが危険な存在なんかじゃない。他の人間はたまたま暴走しなかっただけなんだから」


 私が言い切る頃には、ボロボロと涙を流した彼女がした。そんな彼女を私は、そっと抱きしめた。





ーFinー





「今回の男はどうだったんだい」


「あぁ、【ワルプルギスの夜】の仕業に間違いない」


「まさか、こんなことまでできるとは思わなかったヨ」


「そうだな。あの男が使っていた術は、相手を惚れさせるものだったが…失敗に終わったようだ」


「まァ、そうだろうね。僕達はそういう術効きにくいし」


「luckyも落ち着いたようだ」


「カルはすごいでしょ!てかタイミング良すぎィ!惚れ直すわ」


「まじでお前は落ち着いてくれ」


どうも、里原律です。

次でようやく一区切りがつきます。ヤッター


今回はluckyとあかぎのお話でしたが、どうだったでしょうか。

厨二病っていいよね、自分もこの話を読んでいただけたら分かるとおり拗らせていますので。


もう少しで文庫本にできそうなので、興味のある方はご報告をお待ちください。


読んでくださり、ありがとうございます!

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