小鳥と柚子屋
小鳥と柚子屋
ヒトというものは、どうしてこうもみにくいイキモノなんだろう。
いつもこころのなか、ぐるぐる、どろどろ、ぐちゃぐちゃしていて、ぼくにはヒトのほうがカイブツにみえる。
ぐるぐる、どろどろ、ぐちゃぐちゃ
ぐるぐる、どろどろ、ぐちゃぐちゃ
「小鳥」
ききなれたそのこえに、ぼくはそのこえがするほうこうにかおをむけた。
怪異対策特殊組織【祓魔】の建物内には、室内庭園が存在する。その庭の名前は“やすらぎの森” 巨大樹を囲むように緑の空間が広がっており、多種多様な花、動物達がそこで暮らしている。組織のカウンセラーが考案し、隊員の憩いの場として作られた。しかし、この庭を訪れるものはそう多くない。利用する時間が取れない、利用する必要がないというのが大半の声であるが、最も大きな要因は彼女だろう。庭の利用者であり、管理者でもある彼女は今日も大樹の下で空を仰いでいた。
「小鳥」
僕がそう呼びかけると、彼女はゆっくりとこちらを向いた。黄緑色の髪が太陽の光に反射し、オレンジがかった黄色の目も相まって、その姿は妖精のようであった。
コードネーム“小鳥” はCR4ZYGUYSの情報部に所属しており、僕の直属の部下だ。彼女の見た目は、小学生のようにも見えるし、高校生と言われればそのようにも見える。そんな姿とは裏腹に、彼女の言葉は大人びて聞こえる時があった。
「ゆずや、どうしたの?」
「もうお昼だよ、小鳥。昼食をとりにいこう」
僕“柚子屋”は彼女のそばまで歩き、ゆっくりと膝を曲げ、目線を合わせる。小鳥は、再度空を見上げ、「もう、そんなじかん」と言葉を溢した。
「このこたちにごはんをあげてからでも、いい?」
「あぁ、もちろん」
小鳥はその場に立ち上がり、右手の親指と人差し指で輪っかを作り、綺麗に指笛を鳴らした。その音を合図に、庭中の動物たちが巨大樹の元に集まり、小鳥の前に並ぶ。
僕と小鳥は食糧庫から袋に詰まった果実を運び、動物たちに順々配っていく。彼女のその様子は、かの童話のお姫様のように儚く、美しかった。
「終わったね」
「うん。ゆずや、ありがとう」
「どういたしまして。僕達も食べに行こうか」
「うん」
小鳥は僕の着物の袖を握り、歩き出す。庭の動物達は、僕達をギリギリまで見送っていた。小鳥は、動物に好かれている。彼女もまた、動物を愛している。
そんな様子を片目に、僕はとある問題に頭を抱えていた。
***
昼食を食べ終わり、CGのオフィスで小鳥と絵本を読んでいると、ぜんざいと软件がぱたぱたと音を立ててこちらに走ってきた。
「柚子屋さん、小鳥ちゃん」
「どうしたの、ぜんざい、るー?」
その表情からして、緊急ではないだろう。僕は、ぜんざいが手に持っていた、緑色の小包に目が行った。なるほど、これは小鳥への用事だな。
「これ、さっきルァンちゃんと作ったんだけど、うまく作れたからお裾分け」
「このにおい、くっきーだ」
小包を手渡され、その香ばしい匂いに小鳥は目を輝かせる。ぜんざいは度々CGメンバーに料理やお菓子を振る舞ってくれる。CG配属直後は他人との壁が感じられていたが、软件と黒茶のおかげだろうか、最近は自分から積極的に人と関わろうとしているように感じる。良い成長だ。
「よかったね、小鳥」
「うん。ぜん、るー、ありがとう。いっしょにたべよう」
「いいの?」
「うん。いっしょにたべたい」
嬉しそうに顔を綻ばせ、大事そうに小包を抱えて、小鳥はオフィスに設備されている給湯室に向かった。僕は、先ほどまで小鳥と読んでいた絵本を閉じて、ぜんざいと软件に目を向ける。
「ありがとう。君達が彼女に積極的に接してくれるおかげで、最近は安定しているんだ」
「わ、私はただ小鳥ちゃんともっと仲良くなりたくて…」
「别诱惑她」(ぜんざいを誘惑するな)
「你放心吧, 概不打算」(安心して、そんなつもりは一切ないよ)
以前は中国語しか話さなかった软件も、たまに日本語を話すようになった。その口の悪さに、他のメンバーは目を丸くしたが、それも今では慣れてしまっていた。
両手でトレーを持った小鳥がゆっくりと歩きながら帰ってきた。トレーの上には、ぜんざいから受け取ったクッキーと、人数分のコップ、ジュースが乗っていた。
小鳥はそろーっと、テーブルの上にトレーを置き、それぞれの席の前にコップを置く。小鳥はいつもお気に入りのマグカップを使用する。色々な動物の絵が描かれた、可愛らしい物だ。このマグカップで飲むジュースが1番美味しいらしい。
僕は、小鳥が慎重に入れてくれたジュースを口に含んだ。さなぎ特製の日替わりブレンドジュースは、柑橘系の味がした。オレンジジュースをベースにしているのだろう。くどすぎず、喉どおりがすっきりしている。
「そういえば软件、聞きたいことがあるんだけどね」
「什么?」(なに?)
急な問いかけに、2人は手に持っていたマグカップをテーブルの上に置き、僕の方を見る。小鳥はぜんざいが作ってくれたクッキーをリスのように頬張りながら、チラッとこちらに目線をよこした。
僕もぜんざいと软件と同じく、マグカップを置き、腕を組む。そしてゆっくり瞬きをして、ひとつの事について問う。
「“夜”と名乗った者と接触があるね?」
「什么意思?」(どういうこと?)
Kと九重が京都での任務の際、最後に玉藻前が残した「夜はもうすぐ」と言う言葉の正体を僕は探っていた。さなぎや九重、その他の調査により少しずつその影が見えてきていた。
「僕たち、【祓魔】と対立する存在がいるんだ」
「えっ?」
「真的吗?」(本当?)
「うん。怪異側に立ち、人々の生活に影を呼ぼうとしている者達の組織。うまく隠れていて、全貌はあきらかにできてないけどね」
今まで怪異出現に関わった人間は、単独での行為が多かった。自分の欲望のためだけに怪異を利用する者、自分の心に怪異が取り憑いてしまう者、過去に【祓魔】が捕らえた人間はそういった者が大半であった。怪異と関わる規模が大きくなるほど、僕達【祓魔】に見つかる可能性はぐんと上がる。それだけ、僕たちの力が圧倒的であったとも言える。
「でも、接触した覚えは…」
「…玲央より、本格的に調査を始めるという通達が来た。そろそろさなぎが皆を招集するだろうね」
***
CGのオフィスには、メンバーそれぞれのデスクが並んでいる。奥から順に、僕やさなぎ、Kや九重などの昔からCGに所属している者、その次にぜんざいや软件、小鳥、lucky…とCG所属年数が若い者程入り口に近く配置している。各々メンバーが自由すぎるため、その席が埋まることは基本無いが、今日は引き篭もりのK以外、席が埋まっていた。
「先程、玲央よりCGに特別任務が発令された」
重い空気をはらんださなぎの声に、場の空気に緊張が走る。組織のトップである玲央より直々の指令は、異常であると感じさせるには十分だったらしい。
「特別任務の内容は【祓魔】に敵対する組織【ワルプルギスの夜】の調査」
「情報部総出で捜査した結果、判明したのはこの名前のみだ。それ以外の事は何一つ掴めていない。どれくらいの人数で、能力持ちはいるのか、些細なことで構わない。情報を掴み次第、私もしくは柚子屋に報告してくれ」
空気は静まり返り、唾を飲み込む音さえ場に響き渡っているように感じる。それくらい、前代未聞の異例の事態であった。【祓魔】設立からほぼ初期から所属している僕でさえ、特別任務の発令は今までに経験していないのだから。さなぎはもちろん、九重も事態の深刻さを理解し、その纏うオーラは重く、それでいて冷静だ。
「さて、软件。君は【ワルプルギスの夜】と接触したことがあるはずだよ。…よく思い出してごらん」
「そんなはずは…」
「なら僕が思い出す手助けをしよう」
『祓い給え 清め給え 新緑より授かりし生命の この世を見渡す心眼を 天つ神 国つ神 畏畏申す』
『思兼神』
『深淵の追憶』
僕の手には、淡い緑色の光を放つ本が現れる。僕がそう唱えると、緑色の光が软件を包み込んだ。软件はしばらく静止し、ハッとしたように元に戻る。僕のこの深淵の追憶は、過去の出来事を強制的に思い出させるものだ。力の加減によっては、相手の辛く忘れたい記憶を思い出させることもできる。今回は最小限の力で術をかけたので、必要な情報のみ思い出せたはずだ。
软件は思い出したのか、ぽつりぽつりと話し始めた。
「まだ【祓魔】に入る前で、その時は言ってる意味よく分からなくて、なんだよこのクソ頭おかしいチンパンジー野郎って思ってたんだけど…」
「相変わらず口が悪ぃんだよお前はよ」
「うるせぇよ黒茶。…今思えば、柚子屋の言ってた【ワルプルギスの夜】なのかもしれない」
CGと“ワルプルギスの夜”
あの日は、中学校の帰りだった。いつもは通らないような路地裏に入って、たまに見る猫をカメラで撮りながら家に帰ってた。
いつまで経っても路地裏から抜けれないなと、空を見上げると、何色って言ったらいいのかな…、とりあえず、一言では表せないような異常な空の色をしていた。普通に生活していて見ることのない、空の色。
それを見て私やっとおかしいことに気づいて、とにかく路地裏を抜けなきゃと必死に走った。でも、どれだけ走っても大通りに出ない。頭がパニックになって、半泣きになったところでまた気づいた。さっきから同じところを走っていると。
絶望で立ち尽くしていると、後ろから声をかけられた。
「迷子?」
確かに後ろから声がしたのに、その声の正体は目の前にいた。はっきり姿を見たはずなのに、今ではその人の顔立ちや体型も、すごく曖昧だ。
「迷子の迷子の子猫ちゃん、あなたのおうちはどこですか?」
「…誰?」
私がそう聞くと、その人はニコッと微笑み、その場でくるくると回りだした。本当に危ない人に会ってしまったと、少し後退りすると、その人が勢いよくこちらを向いたんだ。
「君は自由になりたいかい?」
「は?」
「君はこの縛られた世界から抜け出したいと思うかい?」
突然の質問に、意味がわからず口をぽかんと開けてしまった。何も答えずに固まっていると、その人は私にぐいっと近づき、再び聞いてきたんだ。その時の瞳の色は印象的だったはずなんだけど、…やっぱり思い出せない。
「わ、わかんない」
「ふぅん。つまんないね、キミ。ふさわしいかと思ったけど、違ったみたいだ」
「な、なんの話…」
「じゃぁね、まだ目覚めていないキミ!もしまた出会うことがあれば、その時は」
「月明かりの下でパーティーをしよう」
***
「なんで今まで言わなかったんだよ!!」
黒茶がバンッと目の前の机を叩き、勢いよく立ち上がる。软件の話を聞いている限り、彼女が【ワルプルギスの夜】と接触したのは確かだろう。いよいよ確信が持てるようになってきた。
「情報を整理しよう」
僕は会議室のホワイトボードを引っ張ってき、软件の話した内容の中で、要点をまとめた。
「まず、软件が出会ったその人物は、物質を自身が作り出した異空間に閉じ込める能力を持っていた。意識だけを異空間に飛ばす幻覚系の説と、意識と身体ごと隔離している説が今挙げられると思う。僕達が使用している結界と同じようなものかと考えられるね」
「ということは、相手も私達と同じ能力者ってわけか?」
さなぎは腕を組み、険しい顔をしてホワイトボードを眺める。「その可能性は高いかな」と僕は返した。
「软件が出会ったその人物の“ふさわしいかと思っていたけど、違ったみたいだ”この台詞から、この人物は条件はわからないが、特定の人物を探していたと言い切れるよね」
僕はホワイトボードに「人物の捜索、条件あり」と書き込む。软件が、違ったみたいだと言われたことにより、特定の誰か、ではなく、内に秘めるもの、を見ているように思える。
「软件、質問なんだけど」
九重が珍しく手を挙げた。「あ、この場にいないけど、オンライン参加しているKからの質問ね」俺じゃないから、と短く両手を振った。
「えーっと、この時はもう能力は覚醒していたのか?って聞いてる」
「まだ覚醒していない。この不思議な出来事があってから、能力が覚醒した」
「おっけーい、ちょっと待ってね」
九重は自身の携帯端末を操作して、Kからの返答に目を落とす。時折、あぁなるほどね、などの相槌を打ちながら、しばらくそれは続いた。
「Kの考えをまとめると、僕らの能力の発現はそれぞれ条件が異なっている。1つ目が能力者本人の強い意志によって発現する、2つ目が怪異と深く関わることによって発現する、3つ目は至極稀だが生まれ持ってして能力が発現する。软件の場合、“怪異と深く関わることによって発現する”が当てはまると思う。つまり、软件が出会ったこの人物は“人間”でない可能性が高いと考えられるね」
Kのこの仮説は一理ある。確かに、能力者と一般人が出会っても、その影響で一般人に能力が発現することはない。なぜなら能力者はあくまで、常世の存在だからだ。
软件の言うように、この出来事の後に能力が発現したのだとしたら、必然的にその出会った人物は怪異、もしくは人ではない何か、であるとなる。
僕は考え込み、ふむ…と小さく言葉を溢す。
「何にせよ、僕達にとってこの情報は大きなものだ。ただ今の段階だと情報が少なすぎるのも事実。目的もその能力も、僕達は把握していない。もう一度言うけど、少しでも【ワルプルギスの夜】と接触があれば、僕とさなぎに報告してもらいたい」
僕の声掛けに各々返事を返し、さなぎの号令でその会議は終了した。それを合図としたかのように、siebenの招集命令が通知された。
***
「すごく怖い思いをしたんだね、ルァンちゃん」
ぜんざいは瞳をうるうるさせながら、软件にそう声をかける。会議での議題を耳を傾けながら、友が過去にそのような経験をしていたと知り、なんて怖い思いをしたんだろうと、自分だったらと考えているようだった。
「大丈夫だよ。当時は怖かったけど、あの出来事があったから、私はこの場に立ててるんだし」
「ルァンちゃん〜〜〜」
ぜんざいが感極まり、软件に抱きつく。それを软件は照れくさそうに受け止めていた。それを涼しい顔で見ていた黒茶が口を開く。
「お前ら、これからは多分もっと強い奴が出て来る。僕も、お前らも、神と契約しないとただの足手纏いになるぞ」
涼しい顔とは裏腹に、握り締められた拳にはとても力が入っているように見えた。神と契約、それはこの【祓魔】の中で最も早く強くなるための方法の一つだ。siebenと呼ばれる我々のトップに立つ7人は皆、神と契約し、その力を貸し与えられている。sieben以外では確かluckyが、神と契約していたはずだ。
「CGに特別任務が下るってことは、それだけ期待されてるってことだと僕は解釈した。お前らも、覚悟決めろよな」
黒茶はそう言い残し、会議室を出て行った。软件はぜんざいに目を向ける。彼女は俯き、软件に回した腕は微かに震えていた。
「善、大丈夫。1人では怖くて、しんどいかもしれないけど、私がいる。黒茶もいる。3人で頑張ろう」
软件がそう微笑むと、ぜんざいはぽろぽろと涙を溢した。社交的になったとはいえど、少し前までは消極的で怪異とも対峙することが少なかった彼女。恐怖を覚えて当然である。
「が、がんばどぅ、ね、、!」
嗚咽混じりにそう答え、软件に支えられながら会議室を後にした。
***
この建物の最新部にはsieben専用の円卓の会議室が存在する。siebenのメンバーにはそれぞれ七つの大罪が与えられ、組織の中で畏怖されている。玲央が“傲慢”、紫野が“強欲”、さなぎが“嫉妬”、Kが“怠惰”で、僕が“色欲”だ。“憤怒”と“暴食”は、訳あって今はその席を外れている。
僕は自分のネームプレートが置かれている席へと足を向けた。僕がこの場に着いた時には、玲央と紫野が揃っていた。
「いやー、しかしこのメンバーが揃うのも久しぶりやな」
「まぁ、全員は揃ってないけれどね」
玲央が嬉しそうにそう話す中、冷静に紫野は現実を突きつける。確かに、任務で現地に赴いている“暴食”はともかく、“憤怒”と引き篭もりのKは来ないだろう。
「Kには先に伝えてあるやで、こーへんと思って」
ヘラっと笑いながら、玲央は円卓に肘をつく。赤く綺麗に染められた髪は、ハーフの顔立ちに馴染み、さらにその美しさを引き出しているように感じる。強そうやろ?と言う理由で身につけているファー付きのコートも、彼の威厳と美を引き上げているようであった。
一方で冷静さを放つ紫野は、玲央と相反して深い藍色の髪色をしている。それに加えて透き通るような白い肌は、かの有名な御伽草子に登場する姫君のようである。彼女は仕事着にドレスを好み、建物内ですれ違う多くの隊員を魅了していった。これに関しては玲央も同様である。
2人のその美形ぶりから、組織の中で付けられたあだ名が「王」と「女王」である。確かに、的を得ている。
「それもそうね。…ところで、今回もあの子は来ないの?」
紫野の言うあの子は“憤怒”のことだろう。
「あいつもこーへんやろな。一応、招集メールはしたんやけどな〜。あとで本人に伝えるわ」
しばらくするとさなぎが到着した。
「さて、全員揃ったな。sieben meetingを始めるで」
「まぁ、みんな忙しいやろうし、簡潔に行くわ。もうすでに通達した通り、これからみんなには【ワルプルギスの夜】に対しての調査を行ってもらう。CGとも協力してうまーいことやってくれな」
玲央は場にいる全員の顔を順々に見ながら話を進めていく。そう言うなんともないような気遣いが、皆がついていく要因になるのだろう。
「【ワルプルギスの夜】の調査の中で、ある一つのことがわかった」
「それは一体…?」
僕らの視線は、一斉に玲央に集まる。玲央は少し口角をあげ、焦らすように言った。
「闇属性だ」
「闇属性?そんなものが存在しうるのか?!」
さなぎは少し声を張り上げて、立ち上がらんばかりの勢いで話す。それもそうだ。この世界に属性は、光、火、水、地、風が基本である。それらの属性の派生として、変化したものも存在するが、闇属性など聞いたこともないし、見たこともない。僕の情報記録にも載っていない。
その場に重々しい空気が流れ、玲央の言葉を待った。
「その闇属性について、新しく調査をするのであれば、残りのsiebenも召集するべきではないのですか」
僕は玲央にそう問いかける。玲央は机に肘をつき、しばらくの沈黙の後、口を開いた。
「あいつらはあいつらで上手いことやっとる。俺らが口出しせんくても、今頃勝手に情報集めしとるだろうで。何よりあいつらは強いからな」
「それは確かに…そうですが…」
残りの2人は僕やさなぎより【祓魔】に所属していた者たちである。その実力はこの目で見たが、相当なものだ。玲央が言っていることも理解できるが、敵の全貌が見えない今、身内で固まった方がいいと僕は考えていた。戦力になるメンバーは特に、だ。
しかし、玲央の決定は絶対であるため、この指示で動く他ない。情報部でいくらかサポートできないかと考えていると、会議は終わっていた。
柚子屋と能力
僕たち所謂能力者はそれぞれ属性があり、神と契約したものは、神器を持っている。僕もその中の1人だ。
例えば、Kは北欧神話に登場する雷霆神トールと契約し、天空を支配する雷槍を。さなぎは日本神話に登場する海の神、ワダツミと契約し、海を支配する海杖を。僕は、さなぎと同じ日本神話に登場する知恵の神、思兼神と契約し、全知全能の書を授かっている。
ただ、僕はまだこの書を完全に使いこなすことができないでいた。あらゆる知恵が書き込まれているはずのこの書の中で、いくつかのモヤがかかった部分が存在しているのだ。それを読み解くとおそらく【ワルプルギスの夜】について先ほど玲央が言っていた“闇属性”について、何かがわかるはずだと確信していた。しかし、この書を使いこなす方法がわからない。お手上げ状態である。
他のsiebenのメンバーのほとんどが自分の力をコントロールしているのに対し、自分の未熟さが浮き彫りになって、その自信がたまに削ぎ落とされることがある。天才が集まりすぎているからこそ、劣等感を感じずにはいられない。どうにかこうにか、この全知全能の書を使いこなそうとするほど、この書は僕の意思に応えてくれない。
「くそっ…!」
「ゆずや、どうしたの?」
自分の管轄下である情報部へ向かう途中で、小鳥に声をかけられた。僕絵お覗き込んだ顔は、少しばかり心配しているように見えた。
「あ、何でもないよ。心配かけてごめんね」
「ううん。あんまりむりしちゃ、だめだよ」
小鳥は肩に乗せた小さな鳥を撫でて、僕にそう言った。この子は本当に動物に好かれる。この子の能力の影響もあるだろうが、その生い立ちを考えると必然かもしれない。
「ゆずや、相談が、ある」
「なにかな?」
「こっち、きて」
小鳥に腕を引かれ、僕は廊下を歩き出した。
腕を引かれて連れて行かれたのは、やすらぎの森だった。その中央に存在している大木の元まで歩いて行き、小鳥はその大樹に触れる。
「さいきん、このきからこえがするの」
「え…?」
「ぼくはニンゲンがきらいだよ。それはいままでと、かわらない。でもそのことにたいして、このきがはなしかけてくるの。“きみはこちらがわのほうがいきやすい”って」
小鳥には動植物の声が聞こえるらしい。能力の延長線上なのかもしれないが、彼女のその力にはいつも驚かされる。しかし、彼女の発言に引っ掛かりを覚えた。
「こちら側…?【ワルプルギスの夜】と関係がある?」
「わからない。このきはぼくにたいして、いっぽうてきにしかはなさない。ぼくがはなしかけても、かえってくることばはいつもおなじ」
小鳥の話を聞いていると、ますます【ワルプルギスの夜】との関連性を疑う。小鳥が標的になってしまったかもしれない。小鳥には、その身に余る壮絶な過去が存在するからだ。それ故彼女は今でも、人間を嫌っているし、僕達のことも心のどこかで嫌っている。僕の能力は、僕にとっても見たくないものを映し出してしまう。
小鳥を保護した時、相当酷い状態であった。
周りを強く威嚇し、能力の暴走、小鳥を押さえつけようとした組織の人間の多くは重傷を負った。死人が出なかったのは不幸中の幸いだろう。一般人なら確実に命を落としていた。そのくらい、酷い状態であったのだ。
小鳥を発見した場所は、岩で塞がれた洞窟の中であった。食料も与えられず、当時の小鳥の体は、ガリガリで肉がなく、そのほとんどが骨と皮であった。小鳥が住んでいた村では、生贄の信仰が存在しており、その当時でもそれは行われていた。今では組織の管理下にあるため、そのような儀式は禁止され、平和な日常を送っているが、当時の小鳥は、その村の住民に騙され洞窟に入ったところを岩で塞がれてしまったのだ。自力でどうにかできる力もなく、自分を騙した村人をひたすらに恨んでいた。僕達が岩をこじ開けた時、人間が目に入り、その恨みが爆発し、そこで小鳥の能力が発言した。最終的に僕の全知全能の書の力で眠らせ、その精神状態を安定させることができたが、あのまま放って置いたら、何人の人々が死んでいたかわからない。
そんな小鳥が、人々のためにCGに所属して、僕の部下の情報部として仕事をしているのだから、大きな成長とも言える。彼女の能力は、動植物と会話できるため、情報部として重宝している。その力に何度助けられたことだろう。そして彼女は、神様との相性も悪くなかった。
そのきはぼくにずっと、はなしかけてくる。ゆずやがいても、はなしかけてくる。
『キミはコチラ側の方がイキヤスイ。キミはコチラ側の方がイキヤスイ。キミはコチラ側の方がイキヤスイ』
ぼくののうないを、しはいしていく。こちらがわってなんだろう。ニンゲンとかかわらないせかいなのかな。ゆずやとはなれるのはいやだな。それでもぼくは。
***
柚子屋と小鳥
僕が大樹の調査していると、小鳥の違和感に気づいた。大樹を見上げたまま、ぴくりともしない。
「小鳥?どうしたの」
声をかけても動く気配がない。嫌な予感がして、僕は小鳥の方を揺さぶる。彼女は揺さぶられたまま、なおも大樹を見上げている。
「小鳥!小鳥!」
何度も、何度も声をかける。どのくらい名前を呼んだだろう。ようやく小鳥はこちらを向いた。今までと異なっていたのは、その目に光が宿っていなかったことだ。
「ねえ、ゆずや。ニンゲンはなんでいきているんだろうね。ぼくがまもるかちが、あるのかな」
「ある。あるから小鳥は今まで任務をこなしていたんだろう?」
「そうなのかな、ぼくは、わからなくなった」
そう呟いた小鳥の足元から、生み出されたそれは、僕に襲いかかった。僕は咄嗟に、全知全能の書を手に対応する。小鳥が生み出した獣は、小鳥を守るように囲んでいる。
「小鳥!戻ってくるんだ!大樹の言葉に惑わされてはいけない!」
獣の攻撃をかわしながら、僕は必死に小鳥に呼びかける。こんなこと、小鳥が望んでいるわけがない。siebenとCGに応援を要請しながら、小鳥の様子を見る。小鳥の目は光を失い、代わりに大樹は怪しい光を纏っていた。
「ねえ、ゆずや。ぼくがしてきたことは、ただしかったのかな」
小鳥の頬に涙が伝う。過去の出来事を思い出し、苦しんでいるんだとわかる。カウンセリングを受け、CGや他の人々との関わりを経て、変わりつつあった小鳥の精神状態はめちゃくちゃになっていた。
「柚子屋!」
後ろから声をかけられ、その方向を見ると、CGのメンバーが到着していた。それぞれ武器を構え、獣の攻撃に備えている。
「援護は僕らがする。小鳥を救えるのは柚子屋だけだ」
駆けつけた九重は、そう言いながら、僕に襲いかかった獣に鏢を投げつけた。鏢は見事獣に命中し、獣は煙となって消え去る。
「みんな、みんな、きえちゃえ…!」
涙を流しながら、小鳥はそう叫ぶ。彼女の中で戦っているのかもしれない。すると、ぜんざいが小鳥に大きく呼びかけた。
「小鳥ちゃん!私は小鳥ちゃんとお菓子を食べている時間、とっても楽しかったよ!私の作ったお菓子を美味しいって言ってくれるのとても嬉しかった…!」
ぜんざいの声に、小鳥が少しだけ反応したように見えた。
「おい、無限に湧いてくる。キリがないぞ!」
黒茶は短刀で獣を打ち倒しながら、言葉をこぼした。確かに、こちらの体力が尽きるか、小鳥の体力が尽きるのが早いかの戦いになっていた。
「もう、かんがえたくない」
小鳥がそう呟いた瞬間、小鳥の目の前に眩い光が天空から降り立った。
「まさか…!!」
『力を求めるものよ、我が名は大口真神。我に続き祝詞を唱えよ。さすればこの力、貸し与えん』
最悪の事態だ。このタイミングで神が降り立ってしまった。それだけ、小鳥の意志が強いとも言える。しかし、悪きものに犯された小鳥に力を与えるとは、この神は一体なにを考えているのか。
『払い給え 清め給え 強き意志を持つ生命の 正しき道を切り開く 天つ神 国つ神 畏畏申す』
『大口真神』
祝詞を唱えた小鳥の周りには、古き文献に載っている瑞獣が囲んでいた。誰もが知っている四神然り、麒麟や黄龍まで存在している。
「まじか…」
流石の九重も汗を流していた。これは早くに片をつけなければ、僕達も小鳥も体が持たない。どうすればいいものかと必死に頭を回転させる。
「柚子屋さん!何か策はないんですか?」
ぜんざいが瑞獣の攻撃を防ぎながら、僕にそう問いかけてきた。
「…一つだけ。ただ、成功するかはわからない」
「今はそれに欠けるしかないでしょ」
软件は僕を見据えて言った。彼女の後押しもあり、僕は小鳥へと駆け出す。CGメンバーの援護のおかげで、小鳥に十分近づくことができた。手にしていた全知全能の書が浮かび上がり、緑色の光を放つ。
『深淵の追憶』
その光は小鳥を包み込んだ。
光に包まれた小鳥は、力をなくし、その場に崩れ落ちた。僕は小鳥を抱え込み、彼女の様子を見る。しばらくすると、意識が戻り、その瞳には光が宿っていた。
「みんな、ごめんね。ゆずやのおかげで、いっぱいたのしかったこと、おもいだした。つらいだけじゃなかった」
ふにゃりと微笑むその顔に僕は涙ぐんでしまう。ぜんざいは号泣していた。九重はしゃがみ込んで小鳥の頭を撫でた。その様子を软件と黒茶は、優しい顔で見守っていた。
「これからは、溜め込まず、なんでも相談してね。小鳥には、これだけ沢山の仲間がいるんだから」
そう伝えると、小鳥は「そうだね」と小さく答えて眠りについた。慣れない力を使って、かなりの体力を消耗したのだろう。早く部屋に運ばねば。
「柚子屋ー。この木、燃やしてもいいよね?」
九重が、大樹に触れながら問う。小鳥の暴走から考えるに、この木に何か宿ってしまっているのは確かだろう。早いこと対処するのがいいに決まっている。
「ああ。好きにしてくれて構わない。大樹ならいつでも僕が生やすことができるからね」
「わかったー。黒茶、やっちゃっていいよ」
九重の指示により、黒茶は炎を纏わせた短刀で、大樹の幹から一気に倒し切る。大樹は激しく燃え上がり、ぼうぼうと燃え上がる中から、悲鳴のようなものが聞こえた気がした。
小鳥とCG
「ここは…」
小鳥は目が覚めると、起き上がり辺りを見渡した。顔色も元に戻り、健康的な肌の色をしている。瞳にも光が宿り、先ほどまで力を暴走させていたものとは思えないほどだ。
「小鳥、気分はどうだい」
「げんき。…ごめん、ゆずや。…みんなも、ぼくのこと、きらいになったかな」
「大丈夫。みんな、小鳥のことが大好きだよ」
僕の言葉を合図としたかのように、小鳥の部屋のドアが勢いよく開いた。
「小鳥ちゃんが目を覚ましたって?!」
廊下を全力疾走してきたぜんざい、软件は息をあげながら目覚めたばかりの小鳥へと駆け寄る。その後ろから九重と黒茶が部屋へと入ってきた。ぜんざいは小鳥の手をぎゅっと握り、「よかった…」と言葉を溢し、涙を浮かべた。
「どうして、ないてるの?」
小鳥は不思議そうに首を傾げ、ぜんざいに問いかける。
「心配だったから、小鳥ちゃんのことが、心配だったからだよ。目覚めてよかった…。安心したら、涙が出てきたの…」
ポロポロと涙を溢し、小鳥の手を握る手は震えていた。
「そっ、か…。ぜんは、みんなは、ぼくのこときらいになっちゃった…?」
「そんなことない!私は、いつまでも小鳥ちゃんのことが大好きだよ」
「私も、小鳥がいるからCGの雰囲気が明るくなる」
「小鳥がいなきゃ、こいつらが泣くしな」
それを聞いた小鳥は、その目に涙を浮かべる。
「小鳥、安心しな。少なくともCGのメンバーは小鳥をきらいになることなんてないよ」
九重のその言葉を皮切りに、小鳥は声をあげて泣いた。ぜんざいと软件は小鳥を抱きしめた。それを黒茶は見守っている。
僕は小鳥の部屋を静かに後にした。
***
「いよいよ、動きだしたってことだよな」
「そうだね、まさか【祓魔】の中でこんな事態になるとは思わなかった。これからは誰が味方か怪しくなって来るかもしれない」
「この中に裏切り者がいるってことね」
「…戻ってくる気はないの」
「何の話かナ」
お久しぶりです、里原律です。
前回の投稿が2022年の10月で驚きました。
シンプルにサボりすぎました笑
書きたいお話が沢山ありすぎるのも、困ったものです。(言い訳)
さて今回は、小鳥と柚子屋のお話でした。
今まで謎だった神との契約、柚子屋は今後自分の能力を使いこなせるのか…。
まだまだ気になることは沢山あります。
ぜひ気長に待っていただきたいです笑
今回も里原のお話を読んでいただきありがとうございました。
文庫本にしたいので、1話から今再編集しているところです。
書き上げたらまた、投稿させていただきますので、お楽しみに!
これからもCR4ZYGUYS をよろしくお願いします!!