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CR4ZYGUYS  作者: 里原律
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ぜんざいと软件と黒茶

ぜんざいと软件と黒茶




你好(ニーハオ)


「に、にぃはお…」


 中国語ではなす少女は、他ならぬ私の同期であった。



***



 淡い紫色のストレートロングを左右でお団子にまとめ、チャイナドレスに袖を通している白く透き通った肌はまるでお人形さんのようだ。

 コードネーム「软件(ルァンチェイン)」は、CGに所属している隊員の1人である。怪異対策特殊組織【祓魔(ふつま)】に入隊した時期が同じで、所謂同期というやつだ。入隊当時から彼女は周りの人間とは異なる空気を放っており、特に潜入任務やハニートラップなどの技術が秀でていた。実際彼女は組織の上層部【sieben(シエベン)】の一人、紫野(しの)に指導を受けている。

 上層部メンバーについて、CGに所属しているさなぎと柚子屋(ゆずや)を除いて私はあまり多くを知らない。興味本位でさなぎにどんな人たちなのかを尋ねたことがあるが、「ただの変人の集まりさ」としか教えてもらえなかった。正直自分にとって上層部の人間と関わりを持つことも無いだろうと思い、興味すら持っていなかった。软件も同様だった。

 上層部メンバーと関わりを持つ彼女と面識を持つことなど、考えてすらいなかったのだ。故に今自分に置かれているこの状況が異様なものであると示して仕方がなかった。


 CR4ZYGUYS(クレイジーガイズ)は組織の窓際部署だと言われている。【CG】の愛称で呼ばれ、ある者は異質だと接触を避け、またある者は出来の悪い集団だと悪評を流す。確かに、CGにいるメンバーは元々他の部署に所属しており、そこから異動してきたものがほとんどである。組織の人間にそのような態度を取られても致し方ないのかもしれない。

 しかし、それだけでもない。昔、さなぎから教えてもらったことだが、“CRAZY”には“頭のおかしい”という意味が主流で使われるが“最高の”という意味もあるらしい。つまり、CGは組織の上層部にも匹敵する能力の持ち主が集められたということだ。私がそれにふさわしいかはわからないけど。


 私と软件は全く同じ日にCGに配属され、そこから彼女は自分とは関係のない存在では無くなってしまった。


「えっと、初めまして私はぜんざい…です。よろしくね」


 いつまで経っても自己紹介というのは慣れない。当時の私は急にCGへの配属が決まり、かの噂を信じきっていたのもあり、少しでも話せる友達が欲しかった。しかし、そんな私の希望は急に打ち砕かれることになる。


「初次见面、我是软件、请多多关照」

(初めまして、私は软件、よろしくね)


 フリーズした。すでにCGに所属していた九重や小鳥、Lucky(ラッキー)も彼女の話した言語に動きを止めていた。それを見た柚子屋がすぐに日本語訳を伝えると、各々よろしくと挨拶をかわす。

 私も软件と握手を交わし、「シェイシェイ…?」と拙い中国語で返した。言葉が通じないというのはなんとも言えない恐怖感を抱く。彼女は不安ではないのだろうか、この日本語が主流な組織の中で不自由はないのだろうか。なぜそんなに平然とした顔でいられるのだろうか。私には理解ができなかった。


「ぜんざいは软件とあまり会話しないのか」

「え、っと…」


 CGに慣れてきた頃、さなぎから突然そんなことを言われた。さなぎとは能力の属性が同じ部類であったため行動を共にすることが多く、この日も昼食を一緒にとっていたところであった。


「すまない、脈絡がなかったな。お前は私とよく一緒にいることが多いから同期の软件と話したりしないのかと思っただけだ」

「そ、う…ですよね」


 核心をつかれた私は右手で持っていた箸を静かに食器の上に置き、俯く。そんな私の様子を見たさなぎは先ほどよりも柔らかい声色で、問いかけた。


「自分と異なるものは恐怖の対象か?」

「ッ…」

「お前と怪異の戦闘を見ていても引っかかるものがあってな。戦闘における自己判断があまり見られない。指示に忠実であるというのはいいことだが、時には臨機応変な対応が求められるからな」


 私は元々街のパトロールや事務仕事を主にする部署に所属していた。やる仕事は上から出されることのみ。タスクがはっきりしていて、正直楽だと思った。そんな中、急に言い渡された部署異動にその異動先は怪異との戦闘を主に扱っているCGであった。

 組織に入る以前から戦闘経験が皆無だった私は大いに抗議した。「何かの間違いだ、自分には出来かねる」と。しかしながらその意見が受け入れられる事はなく、晴れてCGの一員となったわけだ。


「け、経験不足…ですかね」

「経験はもちろんそうだが、その場の決断を誰かに委ねる傾向がある」


 図星。今自分はどんな顔をしているだろう。さっきまで美味しいと感じていた昼食も、もう味を思い出せない。さなぎは別に怒っているわけでも、軽蔑しているわけでもないのになぜこんなにも心臓の音が大きく感じるのだろう。答えは明確だ。自分がかねてから感じていた課題を今さなぎに直接突きつけられたからだ。

 自分で物事を決定するということは同時にその責任を負うということ。それは自分にとってすごく精神的にくる決断で、いつからかその行為自体を避けるようになった。みんながいいと思う方を選ぶ、それが一番物事が平和に終わる。安牌、というやつだ。ただ、このままでいいわけがないというのは、薄々気がついていた。でもどうしようもできなかった。自分の性格はそう簡単に変えられるようなものではない、誰しも自覚していることだろう。


「戦闘センスを感じる。磨けばもっといいものになる。だからこそ、私はもったいないと思ってしまった」

 

 さなぎはCGをまとめるリーダーとして本当によくみんなのことを見ている。彼女は【sieben】に席を置いている組織の上層部メンバーの一人だ。戦闘技術も、戦闘における作戦等も本当に尊敬している。でも私は…私は……。


「软件と任務を共にしろ」

「え」

「今のぜんざいにはそれが一番いいと私は思うんだが…お前はどうだ?」


 この時の私は、なぜさなぎが笑みを浮かべていたのか、その理由を知る由もなかった。




任務と自己判断


 緑のストライプシャツに少し丈の短いセーターを合わせ、グレーのショートデニムパンツを身に纏う。胸元の白のシフォンリボンがお気に入りだ。好きな服を身につけていると、怖いことも緩和される気がして、任務の時は必ずこの服を着るようにしている。

 低い位置に結んだサイドポニーを揺らしながらCGの部署へ向かい、廊下を歩いていると软件と合流した。


「我们好久没在一起了」(久しぶりに一緒だね)

「えっと…」

「其实我一直很想跟你谈谈」(実はずっと話したいと思ってたんだ)

「あの…」

「善济最近怎么样?」(ぜんざいは最近どう?)


 全く中国語がわからず、目をぐるぐると回していると、ここで思わぬ助っ人が登場した。

 真っ黒な長い髪は左から右に長くなるよう斜めにカットされ、その身に黒いセーラー服をアレンジしたような服を纏っていた、彼女いや彼は最近CGに配属された黒茶だ。


「はぁ?僕こいつと任務なの?まじ萎えるんだけど」


 软件を見るなり、黒茶は顔を大きくしかめる。黒茶は何が気に触るのか分からないが、会うたび软件に突っかかりに行く。


「我很高兴能和你一起」(私は一緒で嬉しい)

「やかましいわ」

「黒茶今天过得还好吧」(黒茶は今日も元気だね)

「お前は今日もすかしたツラしてんなまじでクソつまらんわ」


 私はとある違和感を感じた。2人の間で飛び交う中国語と日本語。会話が成り立っているのは様子を見ていてわかる。


「あ、気づいた?」


 不意に後ろから発せられた声に肩を大きくはねらせる。勢いよく後ろを振り向くと、笑いを堪える九重(ここのえ)がそこにいた。


「ごめんて、そんなにびっくりすると思わなくて」


 黒色の革手袋をはめた手で口元を覆い、声を漏らす。ひどいよと抗議すると、ごめんごめんと両の手をひらひら動かした。


「软件と黒茶は中国語と日本語っていう一見不自然な会話形式だけど、あれで意思疎通できているんだよ。黒茶は中国語勉強してないはずだから、完全フィーリングだね」

「そ、うなんだ…」


 九重と話していると、その存在に気付いたのか、黒茶そして软件がこちらを向く。


「あれ、ノエル先輩なんでここに?」

「俺はねェ、今回の任務の伝達係だよ」

「你要和我一起去吗?」(一緒に行くの?)

「没有、我不会去的」(いいや、俺は行かないよ)


 私たち4人は並んで廊下を歩き出す。自分だけ会話に入れない疎外感に耐え切れず、少し後ろを歩く。软件、私、黒茶、九重の順で背が高く、その威圧感に周りの隊員は廊下の隅を歩いていた。


「ぜんざいは?」

「…え?」


 完全に地面と友達になっていたところに黒茶から話が振られる。彼も最近入隊したばかりだというのに、双剣の使い手である、ゆうきを師匠に持ち、ゆうきとCGの先輩である九重に戦闘の指導を受けているとさなぎから聞いた。この子も、私とは違う。


「聞いてなかったの?」

「あ、…ごめんね」

「いや別にいいけど…。属性だよ、属性。僕は最近入ったばかりだから、ぜんざいの能力属性聞いておきたいんだけど」


 私の謝罪に対して、黒茶は意外にも首を傾げた。あれ、私何かおかしなことを言ったのかな。


「水属性だよ、使えるのは氷だけど…」

「じゃぁこのパーティちょうどいいじゃん。僕が火、ぜんざいが氷、このクソアマが風」

「你嘴不好」(口が悪いよ)

「お前に言われたかねぇよ」


 怪異との戦闘における任務では、基本的に属性が被らないようにパーティが組まれる。どんな怪異にも臨機応変に対応するためだ。

 CGの部署に到着し、その中の会議室で本任務について確認していく。ホワイトボードの前に九重が立ち、それに向き合うようにして私たちも椅子に腰掛ける。


「さて、今回の任務は潜入・討伐任務だ。わかっていると思うけど、一般人に怪我はさせないように」


 九重が何処から出したのか、手に持っていた薄型のタブレット端末を操作して、天井に吊るされているプロジェクターと連携させ、目の前のホワイトボードに情報を映し出す。

 

「软件とぜんざいは先に潜入して、裏を牛耳っている怪異の殲滅、その間黒茶には別行動をしてもらう。舞台は夜の街、吉原。くれぐれも、暴れ散らかさないこと」


 目を細めた九重が、念を押すように私たちを順々に見ていく。潜入捜査ということで、喧嘩になりそうな软件と黒茶を意図的に話したのであろう。正体がバレてはいけない中で、この2人を合わせると化学反応が起きかねない。


「今回のターゲットは」





任務と吉原


 闇夜を彩る無数の暖光。無数の女性の声に、店を行き来する男性たち。昼間は賑やかさのかけらもないこの街が、突然異世界に変わってしまったような、そんな気さえする。

 「吉原」というのは、今夜潜入する店の名前だ。かの有名な花街、吉原の地に建てられた、現代の「吉原」。その評判はかなり良いらしく、迷ったら吉原に行けと言われるほどだ。

 鞠のような可愛らしいランプがゆらゆらと揺れ、街を歩く男性を店の中に誘っているようであった。


「思ったより、治安悪くなさそう…だね?」

「是吗?」(そうかな?)


 表通りを行き交う人は変に酔い潰れている人もいなく、店に理不尽にキレ散らかしている輩もいなかった。しかし、店と店の間の細い路地を目を凝らして見てみると、店のゴミ箱に身を投げている者や、警備員に締め出されている者などが見えた。


『おいお前らなにボケっとしてんだ。早く店入れよ』


 組織支給のインカムから黒茶の鋭い声がノイズ混じりに聞こえる。彼のいう通り、私たちは店が見える位置にある少し離れた屋根の上で、店の様子を静かに傍観していた。


「确实是那样」(確かにそうだね)

「そ、そうだね。早く女将さんに会いにいこう」


 私と软件は、見習い体験としてこの吉原に侵入する手筈になっている。店の従業員として、怪異の存在を調べるためだ。正直、软件だけで事足りると思うが…九重は、さなぎは、一体なにを考えているのだろう。

 软件は私の方を見て、ジェスチャーで下へ降りるということを伝えてきた。私は小さく頷き、软件に続いて屋根の上から降りる。その軽快な身のこなしは、もう一般人ではないんだということを証明されているようで、少し胸が痛んだ。

 店の前に着くと、見るからに怖そうな女性が立っている。化粧もせずとも、艶のある肌に裏方の仕事もしているはずなのに荒れていない手。相当手入れをしているのだろう。


「遅い」

「も、申し訳ございません…」

「まったく、今回紫野は顔を出さないのかい」

「她今天不会来」(今日は来ない)

「本当に偉くなったもんだよ。弟子だけ寄越してあの子は…」

『女将は組織と情報を共有している。今回の任務の依頼人はこの女将だ』


 まじですか。

確かに、組織の情報網は計り知れず、気がつけば色々な情報が集まっていた。組織の中に情報部が存在しているが、中には一般人などの非能力者もこうして組織に協力しているのだろう。ますますこの組織の全貌が大きすぎて分からない。たまに自分は本当にここにいて良いものかと、考えることもあるほどに。


「蘭、善。お前たちには今からこの服に着替えて、新造として中の太夫、格子についてまわってもらうよ」


 蘭は软件、善は私のことを指して、この遊郭の中でも浮かないように配慮してくれているようであった。私たちは指定された服に着替えて、花魁の元へと向かう。私と软件はそれぞれ異なる花魁の元へ派遣されることになっていた。花魁には女将曰くの方から、仕事の途中で抜け出すということを伝えてくれていた。

 私が新造として行動を共にすることになったのは、青の着物がよく映える美しい太夫であった。


「あなた、お名前は?」

「ぜ、善と申します…」

「善いと書くの?素敵なお名前ね。私は藍太夫。あおい姉さんって呼んでくれると嬉しいわ」


 そう言って藍太夫は、口角を少し上げて微笑んだ。月夜の光が照らすその笑みは、少し寂しそうな、そんな気がした。


「善ちゃんは最近この遊郭で起きている怪奇現象を調査しにきたのでしょう?」

「え、」

「大丈夫、女将と私と暁しか知らないことよ。暁というのは、善ちゃんの友達が仕えに行った遊女のことよ」


 少し焦ってしまった私を見て、藍太夫はフフッと笑みをこぼした。そして安心させるように、私の手を両の手で優しく包みこんでくれる。


「皆、はっきりとは言わないけれど、内心怖がっているの。…正体の分からないものは誰だって恐怖心を抱くものでしょう?」


 藍太夫のその言葉には、身に覚えがあった。

怪異が見えるようになってしまったあの日、明らかにこの世のものではない“それ”を目にした時は、自分自身の死を覚悟するほどに胸を鷲掴みにされたような、そんな気持ちであった。


「遊女の間だけじゃなく禿まで噂をしているわ。こんなの、いつまで続くのかしら…」

「あおい姉さん…」


 私の手を包んでいるその手は小刻みに震えていた。どうにかせねばと僅かながらそう思った時、インカムからノイズが走った。



***



「あんたこの遊郭で一時期仕事してたんだって?」


 遊女らしくない喋り方をする暁格子は、私にずいっと顔を近づけて、嬉々としてそう尋ねた。


「是的」(はい、そうです)

「イエスってことかい?なんだい嬉しいじゃないか」


 暁格子は、少し赤みがかった頬を上げて、声を出して喜んだ。ぜんざいが下についた藍太夫と異なり、暁格子はとても元気がよく、健康的な女性だ。仕事の時こそ、花魁言葉を話すそうだが、それ以外はこのように明るい調子だ。そんな暁格子を求めてこの店に来る客も少なくないと聞く。


「どれくらい居たんだい?」

「一个月左右」(1ヶ月くらい)


 私は右手の人差し指を立てて“1”を、左手の人差し指と親指を近づけて“少し”を表現した。


「いち…とちょっと、ってことは一年ちょっとってことかい?」

「不一样」(違う)


 首を左右に振ると、暁格子は顎に手を当て、うーんと考え出した。


「あ!1ヶ月ちょいってことかい?!」


 そうだろう!と言わんばかりの表情で、再び暁格子は私に顔をずいっと近づける。私がこくりと頷くと、暁格子は満足げに私から少し離れていった。


「しかし、あんたが1ヶ月で辞めるなんておかしな話だね。言葉こそ不便だろうけど、所作も芸も文句なしの技術だってのにさ」


 暁格子は仕事が入るその直前まで、不思議そうに首を傾げていた。



***



『藍太夫が知っている噂話について聞いておけよ、ぜんざい』


インカムから黒茶の声が流れ、身体が跳ねそうになるのをなんとか堪える。私は、いまだ手を握っている藍太夫に向かって声をかけた。


「あの、あおい姉さん」

「なぁに?」

「この遊郭で流れている噂話って、どんなものですか?」


 藍太夫はこちらを向き、そして小窓に近づき月を眺めた。


「はじめは、吉原に来たお客さんが見たそうよ」


 その人は、ひどく酔っていて、フラフラとした足取りで廊下を歩いていたらしいの。厠から遊女の部屋へと戻ろうとした時、突然後ろから声をかけられたの。

「お待ちくださいませ」

 はじめは聞き間違えかと思ったらしいのだけれど、振り返ると確かにそこに顔を着物の袖で半分以上隠した遊女が居たと。でもね、おかしいんですって。その方、この吉原の常連様らしいのだけれど、どうしてもその遊女に見覚えがなかったらしくって。

「僕に何か御用ですか?」

 そう尋ねると、その遊女はこう言ったらしいわ。

「私、綺麗でございましょうか」

 そうよね、一時期子供たちの間で流行った口裂け女にそっくりよね。普通に聞くと気づくのだけれど、声をかけられた方は何せひどく酔っておられたから。

「はい、とても綺麗だと思いますよ」

 と、お答えになったらしいの。それを聞いた遊女は、顔を半分以上隠していた着物の袖を下ろし、口が耳まで裂けた顔を晒して「これでも?」と尋ねたそう。

 その後?男の方は大変大きなお声を上げられて、女将や裏方の番がたくさん駆けつけた頃には、気絶して廊下に倒れているその方しか誰も居なかったらしいの。


『今の話聞く限り、毛倡妓じゃなさそうだな』

「けじょうろうって?」

『全身が毛で覆われている遊女の妖怪だよ。顔がなく、のっぺらぼうだという説もある』


 確かに藍太夫の話の中に、毛に覆われているという話は出てきていない。ただ、怖いのは噂が変化していないかという点だ。


「あおい姉さん、他にはどんなものがありますか?」

「そうね…基本的には同じだけど、最近は手に三味線を持っているだとか、短刀を振りかざしてきたとか、言っていたかしら…」

『まずいな。今夜中に蹴りをつけた方が良さそうだ』


 黒茶は少し焦り気味にそう言い、软件にも伝えてくるとインカムを切った。事態は思ったよりも深刻だ。怪我人が出る前に、私たちで怪異を探して始末せねば。私の頬を冷たい汗がゆっくりと流れた。


 怪異というものは、人の念によって変化する。噂話が広がれば広がるほど、怪異はその力を強めていく。名前がついているような上級怪異こそ、その強い力は変わらないが、名前が付きたてのものや、名前がない怪異などは、人間の噂話や恐怖心でその存在を確立する。

 今回のケースで言えば、証言者が酔っ払いということもあり、怪異の話が二転三転していったのだろう。噂話が消えてなくなるのが一番だが、今回のように話の内容がグレードアップするのは当然避けたいものであった。


「あおい姉さん、殿方がお呼びです」


 ゆっくりと襖があき、禿と呼ばれる小学生くらいの女の子がちょこんと正座をしていた。


「今、参ります」


 藍太夫は、その禿に向かって優しく微笑み、すっと立ち上がると、私に行きましょうかと声をかけた。私も続けて立ち上がり、藍太夫の後ろを歩いていく。藍太夫の歩みはとても美しく、誰もが見惚れてしまうほどだ。

 部屋の前まで行くと、藍太夫は私と禿に下がるように言う。禿は藍太夫に頭を下げて少し後退り、私も同じように頭を下げた。


「あおい姉さん、何かあればすぐにお呼びくださいね」

「ありがとう善ちゃん」


 藍太夫はそう言って、繊細な模様が描かれた扉の奥へと入っていった。さて暇になってしまったと、呆けているとインカムから鋭い声が飛んできた。


『ぜんざい暇なら巡回しとけよ』

「あ、はい」


 黒茶にはこちらの様子が見えているらしく、その都度的確な指示が飛んできた。これも彼の能力の一部だろうか。


「そういえば、黒茶はなにを任されたの?」

『僕?他の遊郭の調査だよ。一応潜入してある程度調べたけど、他の遊郭で吉原と同様の怪異の痕跡は見当たらなかった』

「ということは、この吉原だけにその問題の怪異が発生しているってことだね」

『そういうこと。…ただ、怪異の発生条件がまだ分からない。「吉原」「酔っ払いのおっさん」が確定だとして、他にもあるのか…。とにかく、遊廓内をひと回りしたら藍太夫のそば離れんな』

「りょ、了解」


 最近組織に入ったとは思えないリーダーシップに感心しながら、言われた通りに場内を見回る。どこもかしこも装飾が施されていて、見ていて飽きない。特に太夫、格子の部屋周りは手が凝っているように思えた。しばらく歩みを進めると、暁格子の部屋の前に软件が座っていた。


「你好」

「に、にーはお…」


 软件と合流した私は、二人並んで遊郭内を歩く。


「我们得赶快找到他」(早く見つけなきゃね)

「えっと…」

「怪异」(怪異)

「あぁ、怪異か。早く見つかるといいんだけどね…」


 そう返すと、软件は私の顔をじっと見つめて、ニコッと笑ってきた。相変わらずその整った顔は、白く透き通っていて、外の任務も行っているはずなのに、肌はひとつも焼けていないようであった。


「な、何かな…?」


 やばい何か変なこと言ったかもしれないと思い、頭をフル回転させて考えてみたが思い当たる節がない。そもそも软件との会話すら避けていたのだから、なくて当然である。


「很高兴和你聊天!」(会話ができて嬉しい!)

「えっと、喜んでいる…?」

「高兴」(嬉しい)

「そ、そっかぁ…?」


 理由はよくわからないが、なにやら彼女は喜んでいるらしかった。いまだに中国語はよくわからないがなんとなくでその感情を読み取ることは私にもできそうだ。

 特に何事もなく、場内の見回りを終え、藍太夫の部屋の前に戻ると、ちょうど程よく酔った男性が部屋から出ていくところであった。


「あ、善ちゃん。お願いなのだけれど、先ほどの方酔っていらしたでしょう?様子を見にいってくれないかしら」

「わかりました」


 私と软件は、お互いに目を合わせ、男性の後ろを少し距離をあけて跡をつけていく。男性を見るに、ベロベロに酔っているという感じではないが、用心するに越したことはない。

 男性は奥の厠へと行き、しばらくすると戻ってきた。足取りはしっかりしており、藍太夫の部屋へも難なく戻れそうだ。怪異の出現も心配ないか、と思い物陰から様子を伺っていると、いつの間にか男性の後ろには見慣れない顔を隠した遊女の姿があった。


(あんな遊女いたかな?)

(不是、我不认为我在那里)いや、居ないと思う

(だよね)


 しばらく様子を見ていようと、二人で頷き、物陰からその様子を眺める。男性が何かに気付いたのか後ろを振り返ると、その遊女は口を開いた。


「私、綺麗でございましょうか?」

「…え」


 噂を知っていたのかその男性の顔は、みるみる青ざめていき、額から大量の汗が流れていた。返事が返ってこない様子に遊女は一歩一歩とその男性に歩みを進める。


「私、綺麗でありましょうか…?」

「き、き、綺麗、だよ」


 その男性は恐怖で顔を歪ませながらも、遊女の問いにそう答えた。そして遊女は顔を隠していた着物の裾をゆっくりと下ろし、にたぁっと笑う。その口は噂通りに耳まで避けており、目は血走り赤黒く光りを帯びていた。


「これでも…?」


 その遊女の姿に男は、恐怖からか声も出せず、その場に崩れ落ちガタガタと震えている。明らかに人とは思えないその雰囲気に、その遊女が今回のターゲットであると確信した。いつ怪異を祓うべきかタイミングを見計らっていると、崩れ落ちていた男性が口を震わせ、止めようと思っていた頃にはもう手遅れであった。


「化け物ーーーーーーーーッ!!」


 まるでその言葉を合図にしたかのように、その遊女は両手の着物の裾の中から草刈り鎌を出し、男に勢いよく襲い掛かった。


「まずいまずいまずい」


 慌てて私と软件も飛び出し、私は遊女が振りかざした鎌を服の下に仕込んでいた組み立て式斧で受ける。金属音と火花が散り、遊女の力が思っていたよりも強化されていることに気付いた。


「ルァンちゃん!先にその男の人あおい姉さんの元に送ってきて!」

「知道了!」(わかった!)


 软件は軽々と男性を抱き抱え、廊下をかけていく。足元が遠のいたのを確認し、私は斧を握る手に力を込めた。左から右に遊女の鎌を振り払い、そのまま上から斧を叩き込む。遊女は私の斧を片手で受け止め、もう一方の鎌を振り上げた。


「黒茶!結界は?」

「今さなぎに確認してる。もうちょっと堪えろ」

「え?…ちょっと自信ないかも…」

「うるせえ!堪えろ!」


 怒られてしまった。

 遊女の攻撃をかわしつつ、自分も攻撃を仕掛けるが大したダメージになってなさそうだ。早いこと結界を張ってもらわなければ、この建物を壊しかねない。

 どうしようかな、と悩んでいると软件が男性を送り届け、戻ってきていた。软件が遊女の死角から先の鋭く尖った簪を勢いよく投げる。遊女がそれを鎌ではらった隙に、上から力一杯斧を振り下ろした。

 大きな音と主に、私の斧が遊女の頭に刺さる。


「おい今だ!なにボサっとしてんだメンヘラ野郎!!」


 鈴のような綺麗な声とは裏腹に、その言葉は大いに悪意に満ちていた。どこから声が発せられたのだろうかと、その方向に目を向けると、そこには软件がいた。


「え、?」

『相変わらず口が悪いんだよクソアマ!』


 思考が追いつかないまま、インカムから黒茶のいつも通りの悪態が聞こえる。え、日本語喋れるんだ…?


『許可がおりた。遊郭の丁度上から結界を張るぞ』

「お、お願いします」


 整理しきれていないが、今はこの遊女をどうにかするのが先だ。黒茶は遊郭の上空にいるらしく、インカムから強めの風の音が聞こえてくる。


Sparkling(スパークリング) Ruby(ルビー)


 インカムから黒茶の結界呪文が聞こえ、辺りが赤く光だす。黒茶の結界はルビーで囲んだ一定の範囲に限られるもので、おそらくこの屋敷のみ結界が張られているのだろう。


『言っておくけど、僕の結界はさなぎと違って、何も付与ついてねぇからな!』


 さなぎの結界は神器を用いて張るため、結界内のあらゆる生命体を回復させる効果がある。しかし、私たちのような神様と契約を交わしておらず、神器を持っていない者は普通の結界しか張ることができない。


「充分だよ、ありがとう!これで気兼ねなく斧を振れる…!」


 私は遊女から距離を取り、斧を握る手に今一度力を込める。根拠は無いが、今の私たちなら何にも負けない気がする。


「ルァンちゃん、援護をお願いできる?」

「もちろん、任せて。早くあのクソ遊女をボコそう」

「言い方言い方」


 綺麗な見た目に反して似合わないその口の悪さに思わず声を漏らす。彼女が中国語を日頃話しているのは、このイメージに合わない部分を隠すためなのかもしれない。この任務が終わったら聞いてみよう。

 しばらくすると辺りがひんやりとしてきた。これは私の能力による影響だ。斧は凍てつくように冷たく、空気は肌をさすような冷気。吐く息は白く、所々ダイヤモンドダストにより、光がキラキラと反射する。

 私の氷は絶対零度。その範囲を斧周辺にだけ集中させる。両足に力を入れ、一気に遊女に対して踏み込んだ。それと同時に、软件が遊女の下から風を発生させ、風の壁により動きを停止させる。


「はぁーーーーーーーーーーッ!!!」


 遊女の頭上から一気に地面に叩き切ると、遊女は真っ二つに割れ、その割れたところから、パキパキと音を立てて凍っていった。「うぅ…」と言ううめき声も、気がつけば聞こえなくなっていた。完全に凍った遊女を斧で粉々に砕くと、ダイヤモンドダストともに跡形もなく消え去る。


「…終わったね」


 独り言のようにそう呟くと、软件がそばに来て、私の背中に手を置いた。


「そうだね。…お疲れ様」



***



 こうして私たちの任務は終わった。被害も最小限に抑られ、屋敷の破損はほとんど無かった。上司からも、女将からも褒められ、私たち三人は悪い気はしなかった。


「ほんと疲れたよな」


 黒茶は小さなため息をつき、私用の端末を触っていた。それを聞いた软件は黒茶の後頭部を平手打ちし、「お前何もしてねぇだろ」と返した。


「今回はぜんざいのお手柄だったね。任務開始前より顔色良くなってる気がする」

「そ、そんなことないよ…」


 软件に真正面から褒められると、その顔面の良さと声の良さで、救急搬送されそうだ。日本語がうっかり出てしまったその時から软件はずっと日本語で話してくれている。所々口が悪いけど、それも彼女の良さなのだろう。


「早く帰って寝よう」

「だね」

「お風呂入りてー」



ーぜんざいと软件と黒茶 finー





後日


「そういえば、ずっと聞きたかったんだけど、ルァンちゃんはどうして中国語で会話しているの?」


 あの吉原の任務後、私はよく软件と昼食を取るようになった。隣に座っている彼女の言葉は一見きついように見えるが、それはその分素直で裏表がないと言うことを表していた。


「口が悪いと、ガッカリさせてしまうからだね」

「ガッカリ?」

「そう。…個人的な考えだけど、人って、なぜか見た目だけで八割くらいその人の人格を形成するでしょ。話してもいないのに「あ、あのひとは多分こんな感じだよな」って。私の場合、この見た目からおとなしいような印象を持たれがちで、口調とのギャップに周りが引いてたんだよね」


 软件のその言葉に私は身に覚えがあった。今でこそ、软件のおかげもあり、言葉が異なる人、文化が異なる人など、いろんな人と関わりが持てるようになっているが、少し前までの私は、软件の言う人とおんなじだった。


「それが私は悲しかったし、損することが多かったから、中国語を話すようになった。中国語を話しているときは、口が悪くなることはなかったから」


 そう言って微笑んだ软件は、とても悲しそうな顔をしていた。


「…ごめんね、ルァンちゃん。私、今まですごい偏見で、自分とは違う人を避けていたんだ。だから、ルァンちゃんとも話せなかったし、関わろうとすることすらしなかった」

「うん」

「過去のことが許されるわけじゃないけど、私はもっとルァンちゃんのことが知りたいし、仲良くしていきたい」

「…うん」

「だから、えっと…だか、らっ」


 何と言葉を紡ごうか迷っていると、目の前がお香の香りで広がった。数秒して软件に抱きしめられていると気づき、「るぁん、?」と软件の様子を伺おうと、彼女の腕に埋もれた顔を出そうとすると、さらに力をこめて抱きしめられる。


「…こちらこそ、もっと早くこの話をしておくべきだった。誰よりも偏見が嫌いなのに、善のこと、私のこと理解してもらえないと思って、中々言い出せなかった。本当にごめんね」

「そ、そんなことないよ…!私は、私が、避けてたから、っ」


 目頭が熱を持ち、涙が頬を伝う。今日の食堂に人があまりいなくてよかったと思いながら、彼女の腕に顔を埋めた。


「私は、口も悪いし、きっと周りが評価しているほど綺麗な人間じゃない。それでも、仲良くしてくれる?」

「もちろんだよ!私も、周りと違うってことが怖くて、今も躊躇することがあるけど…、仲良くしてくれる、かな…?」

「うん、一緒に直していこう」


 なんだとっても簡単なことだったんだと、このとき初めて思った。私たちが真っ赤な目で笑いながら食べたご飯はすっかり冷めきっていた。


 それでも、今まで食べたご飯の中で、一番美味しかった。











「うまくいってよかったね」


「あの二人ならうまくやると思っていたよ」


「さすがさなぎママ〜!黒茶も話してないのに事情察して動いてくれるあたり、いいやつなんだよな」


「…黒茶、また早朝から殺しにかかってきたんだけど、そろそろ謹慎処分にしてもいいだろうか」


「まじか!!いや〜、上層部は大変だな」


「九重お前ッ…!!」


「おーっと、そろそろカルのところに行かなくちゃー」


「逃げるなッ!!」


お久しぶりです。里原律です。

8月末に投稿予定が、気がつけば10月末になっていました。


1話同様10000字くらいを目処にしていたのですが、大幅にうわまわていましたね。

自分でもびっくりしました。


さて、今回のお話は、ぜんざい視点のCGメンバー、软件と黒茶の任務でした。

人間らしさをテーマに執筆したのですが、書いている自分にも度々ブーメランが笑

最後和解してよかったですね。


さて次回は、CGの情報部がメインです。

お楽しみに。




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