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CR4ZYGUYS  作者: 里原律
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Kと九重

  Kと九重



「なんで僕が…」


 いつも引き籠りで部屋から出ないことを徹底している僕は、珍しく太陽光を浴びていた。真っ黒に青のラインが入ったのジャージを着用し、その季節感のなさと金髪に青空のような青い目は、周りと比べて大きく浮いていることだろう。世間一般は迫り来る猛暑に備えて超高性能冷暖房だの、激冷え食品だのと血気盛んに勤しんでいる。

 僕、コードネーム「K」はとある任務のため、怪異が集まりやすい京都市に派遣されていた。同じく派遣された相方を木陰で待っている訳だが、一体どこをほっつき歩いているんだ。


「やっぱみたらし団子なんだよなァ」


 どこから買って来たのか、みたらし団子を頬張りながらその男はこちら側へと歩いてくる。上品な黒色のカッターシャツに黒色のスキニーパンツを見に纏い、腹黒さを隠すように白色のパーカーを着用していた。両手は黒の革手袋をはめており、潔癖チックなのか自室以外で外すことは決して無い。太陽光に照らされた白い髪の毛はキラキラと光り、紫がかった毛先も光の反射で白く見えた。


「…九重、お前ってやつは何しているんだ」


 コードネーム「九重」は、紫色の瞳を輝かせ、幸せそうな顔をしながら手に下げていた袋をこちらに渡してきた。一体これはなんだと思いながら、その袋を受け取り中身を確認すると、その中には艶やかに光るみたらし団子が入っていた。


「美味しそうなお団子屋さん見つけたから買ってきた!これはカルの分ね!」

「観光で来たんじゃないんだけど…」


 呆れつつも受け取ったみたらし団子を口に含ませる。みたらしの甘い香りが鼻腔をくすぐり、うっかり頬が緩んでしまった。


「腹が減っては倒せる怪異も倒せないってもんよ」

「九重はただ単にみたらし団子が食べたかっただけでしょ」


 九重にそう指摘すると、図星だったのか「へけっ」と誤魔化された。九重は僕より大分身長が高く、側から見れば兄弟と間違われてもおかしくないくらい差がある。しかしながら彼と僕は同い年であり、同期であり、古き良き友であるのだ。


「京都は本当に怪異が多いなァ」


 世界中で怪異は発見されているが、その中でも特に集まりやすい地域というものが存在している。パワースポットなんか主にそうであるが、京都市はその地域全体として怪異を呼び集めやすくなっているらしい。日中こうして外を歩いているだけでも至る所に怪異が蔓延っている。


「この辺の低級は人に悪戯できるほどの力を持っていない。僕らの今回のターゲットは、上級だ」


 世界中で発生している怪異と呼ばれるそれには、『怪異対策特殊組織【祓魔】』により階級が定められている。大きな力を所持せず、人間に害を及ぼすことが少ないものが低級、それが発達して影響を及ぼすようになると中級、そして名が付けられた妖怪や悪魔等々が上級とされている。


「京都は怪異が多い分結界も強力なはずだけど、どうやって侵入したんだろうね」


 そう言った九重はみたらし団子を食べ終え、次に何を食べようか売店を吟味していた。というか、まだ食うのかコイツは。


「簡単な話、喚んだ奴がいる。それだけだよ」


 上級とて強力な結界を外から入ろうと思えば、無傷で回潜れるという事は不可能に近しい。となれば必然的に答えは一つに導き出される。何者かが召喚術式を用いた、ということだ。召喚術式を用いれば、どんな怪異も魔法陣によって結界を突破することができる。今回はその方法を用いたのだろう。


「マジで面倒臭いことすんなァ…。もしかしたら術者はもう死んでるんじゃね?」


 召喚術式には多くのやり方が記録されているが、召喚したい怪異に捧げられる生贄はもちろん、その召喚術式を行った術者も死んでいる確率が少なくない。稀に怪異の力を我が身に宿したいと試した術者がいるらしいが、成功した話は一度も聞いたことがないし、記録にも残っていなかった。大概、身体の方が怪異の力に耐えきれず崩壊するか、怪異に乗っ取られるかのどちらかである。


「怪異を召喚したやつに興味なんて微塵もない。上級怪異を倒すだけ」

「それもそーだな」


 人智を超えた力を手にすると、それなりの代償を伴う。それは僕が一番認識していることであった。


「さて、とりあえずぐるっと回ってみますか市内」

「そうだね。久しぶりに京都来たから今の状況を把握しておきたい」


 僕と九重は押し寄せる観光客の波に揉まれながら、歩き出した。


「?!おい待て九重!もう充分団子食べただろ!!」


 美味しそうな匂いに従順になっている九重の背を追い、僕は小走り気味に京都の街を駆ける。


 少し長い京都の1日の始まりだ。






  京都の怪異


 僕らの活動は日が沈み始めた頃から大きく動き始める。怪異の活動が活発になるのが、黄昏時以降の時間帯であるからだ。


「巣食ってるとしたら、やっぱり御所かなァ?」


 九重が赤色に染まり始めた空を眺め、ぽつりと呟く。


「…さあ、どうだろうね。確かに御所は力もあるし、潜伏するにはもってこいの場所だけど、そんな目立つところをわざわざ選ぶとも思えない」


 僕たちは今、京都の街を一望できる鞍馬へと足を運んでいた。木々を飛び越えて、空を駆けるような動きは人間離れしており、地元の人がうっかりこの姿を見た暁には、天狗だと噂されるに違いない。


「頭の切れる怪異なら、身を潜められ、且つ力を貯められる場所に行くだろうね」

「そんなん京都どこでもあるじゃァん」


 心底面倒臭そうな顔をしながら九重は言う。その気持ちはわかる。京都という街は、その街全体が力を持つパワースポットのような場所。どこかしらに場所を絞らねば、虱潰しに探すことになってしまう。


「まァでも、北の方はないと思うわ」

「…どうしてそう言い切れる?」


 あまり京都に詳しくない僕は、九重がそう言い切れる根拠に皆目見当もつかなかった。


「北には菅原道真公がいるでしょ」


 ニヤッとしながら九重はそう答える。何をそんなに気持ちの悪い顔をしているのかと思ったが、確かにそれは一理ある。菅原道真は、僕ら組織が監視している怪異だ。仮に僕が怪異側だとしても、菅原道真の近くには絶対に近寄りたくないと思う。近づいたら最後、取って喰われるのがオチだ。


「この間、久しぶりに道真公握手会に行ってきたんだけど」

「神事って言え」


 道真のように力の強い上級怪異は、基本的に組織が監視し管理している。祓うことが不可能に近く、それでもどうにかしなければならない場合、封印や祀るなど様々な方法でその強大な力を抑え込む。菅原道真もその力を封印された一人だ。


「道真公は神様になった年月が長いし、力も精神面も安定していたよ。道真公とのお茶会、めっさ楽しい」

「…そんなことが出来るのはお前だけだよ…」


 こいつの呑気さには怒りを通り越して呆れる。そもそもの話だが、力を抑え込まれているとは言え、上級怪異と穏便に対話をすることは至難の業である。神事というのは所謂“儀式”であり、正しい手順を経て神へとお伺いを立てるのだ。

しかし、上級怪異の中には、自身の力が封印されている事柄に対し、憤りを感じているものも存在する。神事が成功するかどうかは、その怪異の性質と神事にあたる者との相性により異なるのだ。生半可な気持ちや態度、実力では怪異に一思いに取り込まれてしまう。そうして消えていった組織の仲間を僕は何人も見てきた。

 菅原道真に自我があるように、上級怪異には“意思”がある。つまり、彼らは彼ら自身で神事を行う神官を選ぶのだ。我々人間と同じく、好みがあるのだ。相性が合わなければ、取り込まれるだけでなく、場合によっては天災が引き起こされる。故に神官の配属は何よりも慎重に行われるのだ。

 今、僕が把握している中で、神官の任を任されているのは、「九重」「lucky」「小鳥」の三人で、時と場合により「玲央」がその任を自ら引き受けることもある。歴代の神官が苦戦する中、彼ら彼女らは難なくそれをこなしてきたのだ。


「九重が言うならそうなんだろうね。お前の言う通り北は除外するとして、考えられる他は…南、か?」

「だな。あそこほど強い力を持つ場所は無いっしょ」


 伏見稲荷大社。商売繁盛・五穀豊穣の神。お稲荷さんで親しまれている神社であるが、その力は計り知れず、訪れた人の中で体調を崩す人もいるとか。いかにも怪異が好みそうな場所だ。


「…さっさと終わらせよう」

「アイアイキャプテン〜!」


 能天気で気ままな九重をしばき倒し、僕達は伏見稲荷へと足を向けた。街を照らす街灯に目を細めながら、藍色に染まる空をかけていく。


 僕の糧になる怪異はいったいどんなものだろうか。






  伏見と神社


 市内の街の屋根や電柱を飛び回り、伏見稲荷に着く頃には日が落ちていた。昼間とは打って変わって夜の京都というものは、怪しげな雰囲気を纏っている。石畳を照らす灯籠の深い影の裏には、多くの怪異が今か今かと人間に悪戯しようと企んでいる様子が伺えた。

 この場所に身を潜めている上級怪異の影響か、影に身を落としている怪異の中に少し強力なものが混ざっている。早急にどうにかしなければ、稲荷神社を中心に怪異が京都の人々を襲うだろう。

 強力になりそうな怪異を僕と九重は祓っていく。ある程度祓っておけば、上級怪異が消滅したのちに自然と力は弱まっていくだろう。この京都の結界は怪異にとって強すぎる。


「伏見稲荷大社、普通に観光で来たかったよなー」


 怪異を祓いながら九重は残念そうにそう言った。


「きたことあるんじゃないの?」

「もちろんあるけど、俺はカルと二人で来たかったんだよなァ」

「…京都だったら、いつでも来れるでしょ」


 僕の何気ない言葉に九重は目を輝かせる。


「カル!それはまた俺と京都に観光してくれるってことか…」


 九重が言い終わる前に僕は、手近にあった怪異を九重の顔面に目掛けて投げつけた。改めて言葉にされると心がむずむずする。

 そうこうしているうちに、いくつか鳥居をくぐっていたらしい。しかし上級怪異はその姿を現そうとしない。やはり山頂まで行くのが手っ取り早いか。

 伏見稲荷は御神体が山であるため、社はその山につくられている。一般人であれば登山としても楽しめたかもしれない。


「九重、一気に行くよ」

「了解承知ぃ」


 少し足に力を入れて駆け出すと、その体は瞬きひとつの時間で山頂まで辿り着いていた。稲荷山を上空から見下ろしても目星となる怪異が見当たらない。


「…深いところに潜っているのか」

「どーせ逃げられないのにねェ。カル、結界張る?」


 九重のその言葉に僕はコクリと頷く。

 “結界”、それは現世と常世を隔離するためのもの。結界の中のことは現世の人間には見ることができない。上級怪異を祓う場合、激しい戦闘になることが多い。一般人をその戦闘に巻き込まないようにするためにも、この結界は必要不可欠なのだ。

 結界を展開するには、組織における上層部の許可が必要になる。現場にチームとして参加している上層部、もしくはオペレーターに上層部に繋いでもらい許可をもらうかのどちらかだ。僕には結界を展開する許可を下ろせるだけの権限があった。


「怪異特殊対策組織【祓魔】sieben の名において、結界の展開を許可する」


 僕のその言葉を聞いた九重は両の指を重ねて次のように唱える。


『彼岸の檻』


 僕たちを中心に九つの火の玉が浮かび上がり、四方八方へと飛んで行く。山の麓まで行くとその火の玉は彼岸花の形となり、地面に突き刺さる。これは楔の役割を果たしているらしい。(この間九重に聞いた)九つの彼岸花は稲荷山を囲み、それは網のように、それは独房の檻のように、それは一つの彼岸花のように包みこんだ。


「…いつ見ても九重らしからぬ繊細な結界だよね」

「うおい!九重は傷ついたゾッ!」


 僕自身でも結界は張れたが、九重に任せたのには明確な理由があった。九重が扱う能力の属性は“火”だ。火と草は相性が悪い。こうやって稲荷山が蒸し焼き状態になれば、自ずと姿を表すだろう。


「カルは相手の目星ついてんの?」


 少し肩を落とした九重が僕にそう尋ねてきた。


「まぁ、ある程度は…」


 言葉を続けようとした僕のすぐそばを何かが勢いよく通り過ぎる。それを九重がパシッと手で掴み、飛んできた方向を睨みつけた。


「あらまぁ怖い。そないな顔せんでもええやないの」


 悪寒。背中をナイフでなぞられたかのような霊気。九重が庇うように僕の前に立つ。九重の手に握られていたのは、細い針のようなものだった。


「は?お前のしょうもない攻撃でカルがケガでもしたらどうすんだよ」

「落ち着け九重」


 ため息をつくと、九重は納得していない意を表すかのように、頬を膨らませ、手に握っていた針を粉々に砕いた。


「可愛らしい坊やたち、こないな夜更けに何しにきたん?…まあ、聞くまでも無いか」


 僕らの目の前に現れたのは、江戸の花街で好まれていそうな着物を身に纏った女だった。ただ異様な雰囲気を放っていたのが、その女の後ろから無数の狐尾が見えていたことだ。


「あんさんらぁ、この尾が気になるんか?よぉ見てもろてええよ」


 その女は笑顔でそう言ってくる。よっぽど僕らに負ける気がないらしい。

 狐尾の数に俺は見覚えがあった。九つの尻尾を持つ狐。それはまごう事なき「九尾の狐」だ。人に化けることに長けており、その妖術を使って人の世をかき回していたことが書物に記録されている。日本では「玉藻前」、中国では「妲己」が有名だろう。

 大凡の目星はつけていたが、古来から伝承が存在する九尾となると骨が折れる。上層部、今回の京都配属ミスったんじゃないか?


「もうええ?うちもそないに暇じゃないんよ。哀れな主人の願いも叶えなあかんしなぁ」


 九尾の目が怪しく光る。嫌な予感がして、僕と九重は瞬時にその場を離れた。先ほどまで僕らがいたその場所には、禍々しい狐火が燃え盛っていた。


「勘がいいんやね…ほなこれならどうやろか」


 再び九尾の目が光り、狐火が一気に数十個現れる。その異様な数に警戒した九重が自分の背中に僕を隠すように立った。九尾の無数の狐火は少しずつ形を変え、それぞれが武装し二足歩行を可能とした狐へと進化していた。


「…ほな、始めよか」


 目を細め、口角が上がりニヤリとした九尾の顔は、まさしく国一つを破滅させたという伝説が相応しい怪異そのものだ。

 九重はどこに仕込んでいたのか、鋼糸を無数の狐に巻き付けて、その場を離脱する。


「カル!こいつらは俺がやる!カルは九尾に集中してくれ!」


 そう叫ぶと、九重は武装した狐たちを連れて稲荷山の深い森に消えていった。

 この時僕は非常に嫌な顔をしていただろう。なぜならあの阿呆はめんどくさい仕事を押し付けて逃げていったからだ。九尾が着物の袖に隠れて声を殺して笑っていたのも僕は許さない。


「あらまあ可哀想に…。置いてかれてもうたなぁ…」

「あいつは後で殺しておくんで、僕に同情しなくても結構だよ」


 僕はジャージの下に隠していた短剣を九尾に向ける。


「そないな玩具でうちとやり合うつもりなん?やめとき、玩具でやられるほどうちは落ちぶれてへんで」

「悪いけど、これが僕の手に一番馴染んでいる武器なんだ」

「ほな、しゃーないな」


 九重が負けることはない。あいつの事だから、ある程度遊んだら戻ってくるだろう。それまでにこの九尾の減らない口でも塞ごうか。






  九重と狐


「…あれはもう完全にバレたな。俺が押し付けたのバレたな」


 別に九尾との戦闘が嫌なわけじゃない。サシはどちらかと言えばカルの方が苦手だろう。それでもカルに九尾との戦闘を誘導したのは、他ならぬカルのためであった。

 俺は狐の使い魔を縛っていた鋼糸を解放する。


「さてまァ、大丈夫だろうけど俺も心配なんでね。サクッと終わらせてもらうよ」

『何を腑抜けたことを。貴様はここで我らの餌食となるのだ』

「…へえ、君ら如きが?」


 俺の中に何を見たのか、少し威嚇するつもりが完全にビビらせてしまったらしい。これは半分くらい使い物にならなそうだな、あの九尾どれだけ俺らのこと馬鹿にしてたんだ…。


「怖気ついている所大変恐縮だけど、俺も仕事なんだ」


「ごめんね」


『かかれッ!!!』

 

 使い魔たちが一斉に飛び掛かってくる。狐ということもあり、獣本来のスピードは感心するほど速かった。それぞれ剣や刀を携えて、俺に近づき振りかざす。


『ッ?!何が起こっている?!』


 その剣先が届くことは無かった。それどころかある一定の距離から使い魔たちの体が不自然に静止していた。


「あれ?最初に見てたでしょ、俺の武器」


 鋼糸。俺はこの武器が好きだった。体力を使わなくていいし、接近戦も長距離戦もこれだけでこと足りる。他にも暗器に分類されるものは得意としている。逆に斧や大剣など重たいものは苦手だ。どうしてCGの女子たちはあんなクソデカ武器を振り回せるんだろう。これだけで論文が書けそうだ。


『おのれ、狡いな技を…!』

「何ぬるい事言ってんの?戦闘にズルも何もないだろ」


 俺が人差し指をクイっと動かすと、静止していた使い魔の体が細切れに弾け飛んだ。細切れの体は煙と共に消え去る。それを見ていた他の使い魔たちは一斉に逃げ出した。


「おいおい、敵を目の前にして逃げ出すってどういうことだよ」


 よいしょといくつかの糸を引っ張ると逃げ出した使い魔が見事に引っかかり、そのまま静止する。これはネズミホイホイならぬ、キツネホイホイだな。

 再度糸を大きく引っ張り、先ほどと同様細切れにしていった。カルは遊んでいると思っているんだろうけど、遊ぶほど骨がないぞこの使い魔。俺じゃなくてカルが相手だったら、使い魔たちが攻撃を仕掛ける前に消し炭だっただろう。


「おっと…?」

「九尾の使い魔がなんて無様な…。見るに堪えん」


 茂みの奥から黒い羽織を翻して、50代くらいだろうか?狐を庇うようにして目の前に現れた。


「君は、九尾を召喚した術者…であってるのかな?」

「…ああ。間違いない」


 男は少し間をあけて、そう答えた。今時着物着る人いるんだーと関係ないことを考えながら、それは声に出ていたらしい。


「和装好む人もいるだろう。少なくとも私は好きだ」


 男は丁寧にそう答えた。九尾を召喚した者とは思えないくらいマトモだ。欲望に溺れた者は大抵目は血走っているし、会話も成立しない。一体この男は何者なのか。


「僕の名前は九重。怪異対策特殊組織【祓魔】のCGに所属しているよ。君は一体何者かな?」

「私の名前は康園寺と言う。この伏見稲荷の近くに屋敷を構えているものだ」

「聞いてもいいかな。君はなぜ九尾を召喚したんだい?」


 男は少し身体を固め、僕と目を合わせる。男の後ろにいる狐は、オロオロしている様子であった。ため息をついた男は、何かを諦めたのか口を開く。


「ここで答えなくとも、貴様らは私を捕らえて吐かすのだろう」

「まァ、そうだね。痛いことが嫌いなら、早めに言うことをオススメするよ」


 僕は手に持っている鏢をクルクルと回しながら言う。すると男は、着物の袖口から扇子を取り出した。


「…それは、大人しく捕まる気がない、と言うことでいい?」

「もちろんだ。たとえ結末が決まってようとも、我々はそれに抗い続けるのだ」

「我々…?うわッ」


 男が言った言葉に疑問を持っていると、開いた扇子から飛び出した獣たちが襲いかかる。扇子に描かれた柄を出現させることができるのか、すげー。

 感心しながらも僕はその獣たちの攻撃をかわしていく。すると男が扇子を振り翳してき、僕は咄嗟に手に持っていた鏢で受け止めた。


「おっも…!それ、ただの扇子じゃないでしょ」


 少しずつその男に押され、足元の土に僕の足はどんどん沈み込んでいく。おそらく九尾の力の影響で、この男の身体能力も大幅に向上しているのだろう。それにしても、この力は強すぎる。


「この扇子は私の特注品だ。いいのか、私に構っていて」

「は?…しまッ…!」


 男の余裕の笑みに不快感を覚えていると、四方を男が召喚した獣に囲まれていた。隙を見せた僕が100%悪いのだが、僕の身体は森の樹々に打ち付けられる。


「いってー…」


 すかさず獣は僕に襲いかかっていた。しかし、その獣の身体は僕の目の前で静止した。


「なるほど、それが貴様の得意な鋼糸か」


 男は少しずつ近づいて来て、扇子を一回横に扇いだ。すると、獣を捕らえていた鋼糸がプツリと切られ、解放された獣たちは再び僕に襲いかかってくる。僕は獣のこめかみを狙い、幾つかの鏢を投げつける。見事に命中した獣は煙のようにその姿を消滅させた。


「あーあ、消えちゃったよ。君の大事な獣」

「問題ない。私1人でも貴様を葬ることができる」


 そう言い切った男は、僕に向かってくる。手に持ったその重い扇を振り翳し、僕を薙ぎ払おうとする。それを僕は、獣を打ち破った鏢で受け止める。


「舐められたものだね、僕も」


 一気に鏢を握る手に力を込め、男を押し返した。男は僕から距離を取り、次の動きを窺っているようであった。

 深く息を吸い込み、ふーっと息を吐き出す。僕は手に持っている武器を鏢から鋼糸へと切り替えた。男は僕の行動が理解できないらしく、訝しげな目で見ていた。


「頭がおかしくなったのか?それは先ほど私が切って見せただろう」

「…僕の鋼糸は、拘束するだけのものじゃないんだよ」


 僕の考えが伝わったのか、理解するまでに時間がかかったようだが、男はすぐに僕からさらに距離を取ろうとした。しかし、その行動も虚しく、男の体は空に浮く状態で静止する。


『灯せ』


 たった一言、呟いただけだった。その言葉を皮切りに鋼糸はメラメラと炎を纏う。炎の勢いは凄まじく、あっという間に男のところまでたどり着いた。男に触れるか触れないかのところで、炎は動きを止め、僕は男に問いかける。


「これが最後のチャンスだ。僕に降伏するつもりは?」

「…ないな」


 男は滝のような汗をかきながら、そう答えた。僕は小さく「残念だ」と呟き、炎の勢いを増した。炎はみるみる男を包み込み、断末魔が辺りに響き渡った。最悪死んでも、柚子屋が男の記憶をあさってくれるだろう。


「…始末書扱いかなァ…」


 僕の声は炎の音にかき消された。


 そうこうしているうちに一匹逃したらしい。おそらく九尾本体に伝えにいったに違いない。上空を見ると、本体に耳打ちをしている様子が伺えた。俺は袖から鏢を取り出し、全身の遠心力を生かし、上空の使い魔に向かって放つ。勢いをつけた鏢は使い魔の頭を見事に撃ち抜き、そのままカルの手に収まった。


「ナイスキャッチー!」


 俺は満面の笑みのまま、カルに向かって突進する。カルは危険を察知したのか、ものすごく嫌そうな顔をして、手に持っていた鏢を俺に投げつけた。全く、ツンデレなんだから!




  Kと九尾


 さっきまで地上で狐の使い魔と対峙していたのに、数分もかからず終わらせて、今度は僕に抱きつこうと両手を広げて飛んできていた。このどうしようもない阿呆は一度死に目に遭わないと改心できないのだろうな、などと憐れみ2割、嫌悪8割の視線を向け、僕は九重の鏢を目の前の阿呆に向かって勢いよく投げた。

 かなりの勢いで投げたというのに、その阿呆は意図も容易くそれを片手でつかみ、そのまままわり込み、僕に抱きつく。


「…おい、離れろ」

「え、怒ってる?なんでだろ…。あ、九尾押し付けたからか?!いや、ほら、使い魔と召喚した男すぐ倒してきたからサ!…許して?」


 嬉しそうな顔をしたり、考え込んだり、焦ったり、しょげたりと忙しいやつだな。ころころと変化する九重を見ていると、当初の怒りはどこかへと消えていた。九重もよくここまで表情豊かになったなと関心すら覚える。

 悲しい顔をした九重を宥めていると、自分だけ除け者にされていると感じたのか、九尾が額に血管を浮かべていた。


「ほんまに今時の子はおちょくるのが得意やなぁ?」


 怒りに満ちた九尾の顔は、美しい女性とはほど遠い般若のような顔へと変わっていった。いつぞやに社会の教科書で見たあのお面そのものだ。


「…ほら、九重のせいで九尾が怒ってるよ」

「エッ俺のせい???????俺関係なくね??????」


「どいつもこいつも…やかましいッ!!!」


 とうとう堪忍袋が切れてしまったのか、九尾は獣のような長い爪でこちらに襲いかかってきた。それを避けようとすると、九重に軽々と女子のように抱えられ、さらに夜の空へと飛び上がる。


「おい九重!」

「え〜だってカルたんあれ使うの躊躇ってるでしょ〜?」


 図星だった。九重の言う“あれ”とは僕のとある武器のことだ。自分でも制御が難しく、昔から鍛錬しているとはいえ、軽率に使いたいとは思えない。“あれ”を手にすると心が恐怖で支配されてしまう。


「大丈夫だって。そしたら俺が手、繋いでよっか?」


「…へぁ?」


 突拍子もない九重の言葉に思わず気の抜けた声が出てしまった。そんな子供にするみたいにされてもな…。しかし九尾を一人でこの短剣で仕留め切れるとも思えない。九重のこの行動からして、他の上層部から今回の上級怪異はKが祓うようにとでも言われたに違いないな。


「…不本意だけど、今回だけ」

「喜んで、俺のお星さま」


 九重はまるで絵本の中のお姫様にするように僕の手の甲に唇を落とす。そしてそのまま指を重ね、離れぬようにとしっかり握った。どうしてこの阿呆はこんなにもチャラいのだろうか。他のCG女子にやってないだろうね…。

 僕はため息を一つ吐き、九重と重ねていない方の手を前に突き出した。



『夜空に浮かぶ星々に願いを』


『その声は光となりて』


『我にひと時の夢を』


『空を支配し雷鳴の如く』


『轟け』


雷神トール



 空が割れるような音とともに顕現した青光りする雷を放つそれは、僕が北欧神話で有名な雷神と契約し、その力をほんの少し貸してもらったものだ。トールの雷は細長い槍となり、僕らのよく知る雷のようにその形を変えられる。

 雷槍に触れるのを躊躇していると、九重が大丈夫と耳打ちしてきた。こいつの余裕さはどこからくるんだろうか不思議に思う。しかし今回ばかりは大いに助かった。

 僕は顕現したその槍を手に取り、九尾へと向ける。


「ま、まて、なんだそれは、?ただの人間が神と契約など、正気なのか?ありえない…!」


 九尾は怯えた様子で僕の方を見ていた。確かにただの人間ならこんな能力を得ることも、神と契約を交わすこともなかっただろう。至極残念ながら、僕は、いや僕らはただの人間ではない。


「残念だけど、僕らの組織じゃこれが普通なんだ」


 握った手に力を込める。それに応えるかのように九重も握り返してきた。今日の僕ならなんとかなりそうだ。


『穿て、雷槍ッ!』(トールランス)


 僕は槍を九尾に向けて放つと、その鉄は自ら雷を発生させ、速度も破壊力も底上げしていく。雷は光の速度。その速度についてこれるものはたとえ上級であろうとほんの一握りだろう。九尾は防ぐための防御を張れぬまま、その身を雷槍に貫かれてしまった。

 九尾を貫いた槍は大きく弧を描いて、僕の手元に帰還する。神の力とは偉大で畏しい。組織の上層部はほとんどが神や精霊と契約し、僕の“雷槍”のような契約武器を所有している。僕の隣ですました顔をしているこの白髪も世界を破壊しかねる力を持っていると言うことだ。


「お、のれ…。今に見ていろ、夜は、もうすぐだ…」


 九尾はそう言い残すと煙と共に消滅した。夜?九尾は一体なんのことを言っていたのだろうか。上に報告…は九重がやるとして、自室に戻って調べてみるか。


「あ」


 忘れていた。今自分の足元で起こっている惨劇について、自分の能力のことを失念していた。この“雷槍”、というか僕の能力は暴走しやすく、その威力のコントロールが難しい。気がつくと稲荷山は雷の影響でメラメラと燃え盛っていた。これは、報告書を書かなければならない…のか。


「大丈夫だってカル、俺らには頼れるママがいるじゃん」


 無邪気な笑顔でそう言う九重のその言葉の意味を理解できずにいると、組織が所有しているヘリが大きな音を立てて近づいてきた。ヘリのドアがここまで聞こえるくらいの大きな音で開くと、そこには僕らにとってとても見慣れた人が立っていた。


「まったく!!なんでこうお前たちは被害なしで仕事ができんのだ!!」


 ヘリの強い風にオレンジ色のシースルースカートが靡く。後ろで大きく結んだリボンもそれに釣られるようにふわふわと揺れていた。白色の半袖カッターシャツは彼女の清純さをあらわしているようで、胸元の青いショートタイは彼女の真面目さの象徴であった。月に照らされたその長い髪は毛先にいくにつれ巻かれており、深い青色のコルセットの影響で大きく強調された胸はそれだけで強い威圧感があった。


「さ、さなぎ…」

「K!あと特に九重!貸しだからな!!!」

「なんで俺?!」


 ヘリから飛び出したさなぎは稲荷山の山頂にあたる上空で止まった。


『払い給え清め給え 慈愛の深き大海原の 我が身に正しき言の葉を 天つ神 国つ神 畏畏み申す』


海神わだつみ


 さなぎの祝詞が終わるとその手には三叉槍にも似た杖が握られていた。その杖を両手で握り、地面につくような形で振り下ろす。


『天ノ恵』(あまのめぐみ)


 さなぎを囲うように水が立ち上り、それは雨となってこの稲荷山に降り注いだ。この雨はただの雨ではないのか、焼けてしまった草木も元に戻っていくように見える。


「さすがさなぎママ〜」


 九重がさなぎの方へと近づく。そういえばいつまで手を繋いでいるのだろうか。

 さなぎはぴっちりとした革の手袋をはめている手で九重の額にデコピンをかました。


「本当にな、こちとら仕事終わりだぞ九重。急に呼び出したと思ったら後処理係かよ。報告書は書かせるからな」

「マジかよ、辛口じゃん〜」


 肩を落としている九重に苛立ちの顔を向けていたさなぎが急にこちらを見た。まさか自分も怒られる、と思った僕は思わずきゅっと目を瞑る。しかし、罵声や怒号はいつまで経っても聞こえず、目を開けるとひどく優しい顔をしたさなぎがそこにいた。


「辛い心境の中、よくその力と向き合ったな。…偉いぞ」


 そう微笑んださなぎは僕の頭を二回ほど優しく撫でた。不思議な感覚に戸惑っていると、九重が再び腕を回し、抱き締めてくる。


「カルの頭撫でていいのは俺だけなんですけどー?」

「私にまで対抗心を燃やしてくるな。まったくKが潰れているぞ」

「え、ごめんカル!…大丈夫??」


 久しぶりの外出は九重のせいでかなりハードだったが、逆にこいつのおかげでほんの少し、自分と向き合えた気がする。

 僕の能力は“光”、その中でも“雷”だ。僕はこの力が嫌いだし、できれば人とも関わりたくないが、九重やさなぎたちはもっと外に出てほしいと言う。たまには、こんな日もあってもいいのかもしれない。


「早く帰ろう。部屋に戻りたい」

「そうだな。そうだ九重、今日の夜ご飯奢れよ」

「いやなんでだよ。さなぎもしや京料理食べるつもりだな…」

「あれは値がはるからな」

「本当に容赦ないね?!」


 僕を挟んでやいやいと言い合う二人。なんだかんだ仲がいい。組織の多くの人間は嫌いだが、さなぎはまだ信頼できると思っている。


 早く家に帰ってゲームのデイリーを終わらせよう。



ーKと九重 finー








「さなぎ」


「九重、どうだった?」


「男を問いただしてみたけど、“夜”のキーワードしか出てこない。でも、その“夜”が組織的なものであることは確実だね」


「なるほどな…。ではその辺りを探ってみるとしよう」


「そうだね。一応俺の方でも夜にまつわる情報を探ってみるよ」


「あぁ、頼んだ」


「あ、そうださなぎ」


「なんだ?」


「短パンとロングブーツの間の絶対領域えっちだからやめてほしいって言ってた」


「?!誰がだ?!」


「柚子屋」


「ゆっ…?!」


初めまして里原律です。

第1章が始まりました。少しずつメンバーが登場していくので、個性豊かなCR4ZYGUYSをお楽しみください。

pixivでキャラデザを投稿する予定ですので、そちらもぜひお楽しみください。

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