5 マボロシ
5月になった。
私の入った付属の高校は、何もしなくてもエレベータ式に大学に上がれるのだが、成績がでないと良いところに行けないらしい。良いところに行けないのは、嫌だった。とすると、一年の頃からいい成績を取っておいいたほうが良いのだろう。
そういった思いから、私は、勉強というやつを頑張った。
その方法は成績優良の佐藤から学ぶことにした。佐藤式の勉強法は、「わからなくなったら復習する」であり、実践に難くなさそうだったので、すぐに取り入れた。
最初の頃は復習する必要もないくらい簡単だったので、楽だった。しかし、この頃になると、急に難しくなったような気がして、時間をかけて復習しなければならなくなってしまった。
復習が、飽きてきた。
それは何回復習しても終わらず、埒が明かないことに対してかもしれないし、ただ単純に飽きてきただけなのかもしれない。
佐藤にもう一度、「いい勉強方法はないか」と聞いたら復習の根性論で返されたので、全く役に立たないと見切り、今度は神坂に聞いてみた。しかし、神坂は授業中に全て理解する質らしく、私の性には理解できなかった。
勉強の出来なさそうな木村にも、その流れで一応、勉強方法について聞いてみた。
すると、こんな返答が得られた。
「そりゃ、一緒にやるのがいいっしょ!みんなでやれば、楽ちんさ」
分からないところがあったら、教えあえるしね。とのことだったので、お試しとして、木村と一緒に勉強会を行うことにした。場所は、学校近くのファーストフード店でやった。
勉強会は思いのほか楽しく、勉強もはかどった気がしたので、その後も少しずつ開催された。
5月中旬になった頃、二人だけの勉強会のおかげで、木村のことがよく知れた。木村は底抜けに明るくて、優しさをちょっぴり含んでいる、いいやつなようだ。
そんな木村が恋をした相手というのが、どんなやつなのか段々と気になりだした。
しかし聞くと、その話題から話が飛んで、堺への秘め事を打ち明けなけばいけなくなるだろうことが予想つく。
決断が必要だ。
こういう時、焦って結論を出しても仕方がない。後で変更する可能性が高いからだ。時間をかけて、じっくり考えよう。
この事を考えながら勉強が一息ついた時、つい油断して口をついてしまった。
「葵はさ、恋をしていたことがあるってずっと前に聞いたんだけど、その彼はどんなのだったの」
木村はびっくりしてから、
「そ、それは黒歴史だから、聞かないでおいて」
と言い、聞く手段はなくなった。聞き方を間違っただろうか。
少しして、「前に香が好きな人がいるって言っていたでしょ、その人について教えてくれたら私も教える!」と食い気味に言ってきた。
ギブ&テイクは、交渉の基本だ。
この話は、ラブ&ピースについてだが、過去の事象と今の事象を等価交換するのは不当な気がする。
それでも、話に乗った。
私から話して、次に木村に話させた。話が終わると、なんだか、スッキリした気分になった。秘め事について話すと、堺についての思いが幻であったことに気づき、なんでもなかったと分かってしまったからだろう。
木村の話を聞いてみると、意外と面白い。本気でその人のことが好きだったようだ。湧き出てくる疑問で、色々ほじくり返し、普段とは違って赤面していく木村を見ていると、飯がうまい。飯というのは、勉強に必要な糖分で、スイート&ラブといえる。私は幸せだ。