4 ニヤニヤ
そのルンルン気分はしばらく続き、何も事が起こっていないのに、堺についての妄想だけが膨らんでいった。不思議なことに家に着いてから、彼の顔を思い出せないというのに、気分は高揚していく。
高校生活が始まったのだ。殻が剥がれ落ちるように、光が漏れでてくるように、これからが始まる。そう思えて仕方がなかった。
次の日、学校についてから勉強そっちのけで、妄想を次々と膨らましていた。時間はアッという間に過ぎ、お昼になってしまった。
「今日は、重大発表がありま~す」
いつものように四人で集まって食堂の席につくと、佐藤がそう切り出した。
「ん?」と木村が反応しただけで、神坂は無反応だった。私も聞き流す気でいた。他愛もない話であると予想がついたからだ。佐藤には、大げさに言う癖がある。その際はたいてい、そこまで面白い話ではない。
佐藤は、静かに私達の反応を伺った。しかし、私達の反応が存外よくなかったと見たのか、不満顔になって、「やっぱこの話、やめにするわ」と言った。佐藤は、察しが良くなったようだ。
しかしそう途中で切られると、少しは気になるもので、「いや、続けて」と私は話を促すように言ってしまった。その私の言葉は、どうやら話を聞くと、火に油を注ぐ形になってしまったようだった。
「じゃ、言います。遠山に、好きな人ができたってさ!」
佐藤は笑顔で言った。
その向けられた笑顔を見て、体が急に固くなり、思考が乱れた。どうして良いのかわからず、頭の中がぼうっとなった。
少しすると意識が戻って来た。目の前の佐藤の顔に焦りが見えた。
疑問に思いながら、他の面々の反応が気になった。案外平気かもしれないかと思って見回すと、木村はニヤニヤしていた。この話に興味を持ったようだ。神坂は、いつもどおりの感情の読み取れない表情をしていた。
どうにかしてこの話を終える方法を考えなければ。
「で、誰?」
木村が直球で投げた言葉で、私の思考は加熱された。
「言っちゃいな、楽になる」
神坂は援護射撃をした。私はどうしたものかと思案して、光明を探した。思い浮かんだアイディアに飛びついて、すぐ採用した。
「あ、、葵はどうなよ」
それは、聞き返すという案だった。
「わ、私!?わたしは、、」
「ちょっと待て!」
神坂が、強い口調で口を出し、唐突にさけんだ。
「この中で、恋をした者はあるか!」
神坂が聞いたことによって、静寂が、空間を支配した。
私は展開についていけず戸惑っていると、
「私はあるぞ」
また唐突に、叫ぶように神坂はいった。
すると、木村も呼応して「私もあります」と言ったではないか。
佐藤は、(えっ)という表情で私を見た。私は混乱していたが、この流れに乗れば逃げられることが直感的に分かり、「私もありますぅ!」と大きく言った。
佐藤は、まだついていけていないようだった。
神坂が、「ソナタはどうじゃ?」と小首をかしげて、厳かに佐藤に聞いた。
佐藤は魚が食事をするときのように、口をパクパクさせていたが、やがて、「私はありません!」と言った。
私は、(経験ないんや)という視線を佐藤に注ぎ、そうして、この話題とおさらばすることが出来た。
冷静な私が舞い戻ってきた頃、佐藤は、話が白紙に戻ったことをこれ幸いと、別の話をしだした。危機は完全に去ったと、安心していると、神坂が目を合わせてきた。そして、小さな紙切れを渡してきた。
「貸し一つ」
そう書かれていた。食えないやつだ。