3 スキビト
高校が始まって二週間経ち、暖かさが増してきた。その春の恵みに触れるように、私と佐藤には知り合いと、友だちが二人できた。
出来た友達の一人を木村葵といって、昔からの知り合いであるかのように、気さくに話しかけてくる。その話し方は、まるで女子でないようだ。私のことを「香」と呼び、私に「葵」と呼ばせる。
もう一人の友達を神坂すずといって、いつも落ち着いていることが特徴的な女子だ。静かにものを言い、その感じは木村と対象的で、言うなれば深謀遠慮という感じだ。私のことは、「遠山」と苗字で呼ぶ。
私達は馬が合い、その仲は中学の頃よりも親密な感じがした。佐藤との仲もこのグループの間では優しく調和していて、その中に、緩やかな幸せと少しの退屈を感じる平和な日々送っていた。
ところが、つかの間に退屈な日々は終わりを告げた。
ある男子に恋をしたのだ。
きっかけは、聞けば単純である。机から落としていた消しゴムを、そこに通りかかった男子に拾ってもらったことだ。その際、「おい遠山、落としたぞ」と言われた。その男子は、名を堺正真といい、何かと目立つやつで、変なやつだと評判だけが走っている。しかし、自分の名を知られていて、驚いた。
堺は、去り際に一言「気をつけな」と言って去っていった。
そのセリフは、どこか爽やかに聞こえて、なぜか頭の中から離れなくなってしまった。つぎの授業中にもその声が、耳の中で蘇って恥ずかしくなったりした。
恋に落ちたと確信したのは、帰りのバスの中でだった。木村と神坂と別れ、佐藤と二人っきりになると、「好きな人できた?」と勘がいいのか、鋭く聞いてきた。その時、真っ先に堺を思い浮かべた私は、そうして確信した。しかし私は答えず、隠すようにこう言った。
「出来たけど、おしえなーい」
佐藤との間に嫌な沈黙が訪れ、失言を予感させた。その沈黙は長く続いたが、バスを降りる頃には、他愛もない話が自然と出始め、私は安心した気分になって、続く会話を楽しんだ。
恋をして、退屈な気分も晴れた。
私は、この後家に帰ってから、その日の復習をする習慣がある。それは単に夜すぐ眠れないだけなのだが、この日は恋愛問題の復習をした。
じっくり色々思いを巡らせている間に、父が常日頃から言っている「たったひとつ問題が解決したならば、事態は好転する」という体のいい言葉に対して、退屈さにも当てはまるのだなと、ぼんやりと思いをめぐらした。