第六節
昔TVで観た事がある。アイドルオタクだ。両手に握りしめたペンライトを振り回してあの独特の踊りを繰り出す、やたらエネルギーに満ち溢れた人種というイメージのあれだ。
恐らく推しのアイドルであろうキャラクタープリントがされたTシャツにGパン姿で、『ファイヤー』と書かれたハチマキをしている。
「うおおお…!!……あ…?どこだここ…?」
オタクの様な男は自分の置かれた状況に気付いた様だ。
「…おい、間違えるにしても酷くないか?なんだよあれ…」
「間違い?何がですか?」
「いや何がって、イフリート召喚するんだろ…?」
「何と勘違いしてるのか知りませんが、彼が正真正銘イフリートですよ?」
「…嘘つけぇ!!どう見てもアイドルオタクだろあれ!?…イフリートってもっとこう…こうで…こういう感じの…やつじゃないの?」
「いや、知りませんよ…それこそあなたの妄想でしょう…」
そんなやりとりをしてると、暫定イフリートはこちらに気付いた様だ。
「チッ!…てめぇか。仕事だな?見ての通り俺は忙しいんだ。5分で終わらせろ。」
「お久しぶりです。また力を貸して欲しいんです。」
「はぁ~…コンサートやグッズの費用を稼ぐ為とは言え、プライベートも無いのかねぇこの仕事は…」
随分と人間臭い会話までしている。どこに炎の魔人要素があるというのか。テンションとイメージが同時に崩壊した少年は、その場にガクッと膝から崩れ落ちた。
「嘘だと言ってくれ…」
「…なにしてるんですか…あなたのイメージと人類の存亡とどちらが大切なんですか?ほら立ってください!」
「分かってるよ…はぁ…」
少年はうなだれながら立ち上がり、やる気の失せた声で話しかけた。
「なぁ、あの怪物倒したいんだ。あんたの力を貸してくれよ。」
オタク風貌の男はその眼鏡の奥にある鋭い眼光を向け、スッと手を出してきた。
「見りゃわかるわそんなもん。オラ出すもん出せや。」
「チンピラか!!…こちとら学生だぞ!そんな金あるか!!」
「落ち着いてください、彼が言ってるのは魔力の事です。」
「なんだお前、新人かよ?おい、ちゃんと教育しとけよなぁ?」
「…」
やや短い沈黙が流れた。なんとなくステッキがイラついてる様に見える。
「あちらの世界では魔力がいわゆる通貨の様な物になっています。彼らに魔力を渡す事が彼らの能力を行使する条件になりますし、その魔力が彼らのいわゆる給料となるわけです。」
「なんだか派遣社員みたいだな…ますますファンタジー感が無くなるわ…でも魔力ってさっきのクッキーを魔力に変換?したじゃん。あれじゃないの?」
「先程のは召喚コストであって、彼の能力を使う物とは別に必要になるんです。」
「…て事はなにか?また女子力のある何かをしろと?」
「その通り!わかってきたじゃないですか!」
「そもそも数値化されてないから基準がわからねぇ…女子力とか言われても何をしろと…」
「ふむ、良く考えたらイフリートを喚んだのは好都合かもしれません。実は彼、魔法少女アニメが大好きなんですよ。」
「大きいお友達ってか!?やめろ冗談じゃねーぞ俺は男だ!誰得なんだよそれ!?」
「落ち着いてください。彼はまだあなたが男である事を知りません。媚でも売れば女子力ついでに彼のやる気も出せるかも知れませんよ!」
「なんだ媚を売るって!?だから誰得なんだよそのシチュエーション!?」
「さぁ、女子力アピールをするのです!ほら早く!」
「…うおおやめろバカ!押すな押すな!」
わけが分からないほど強い力でステッキが背中を押してくる。あのおはぎもうそうだったが魔法少女に関係してる連中というのはなぜこうも強引なのか。
抵抗虚しくアイドルオタクの目の前に放り出されてしまった少年は、覚悟を決めて命一杯の笑顔を作り、
「えっとぉー、あなたの炎、見てみたいなっ!!」
言った瞬間死にたくなった。人類の存亡なんて大義名分なんぞクソ食らえだ。
しかし、アイドルオタクの反応は厳しいものだった。
「はぁ、魔法少女だからと少しは期待したのにこんな酷いクオリティは久々だわ…」
「よし殺そう、あの怪物よりこいつが先だ。」
「落ち着いてください。」
「黙れ。人生の汚点だ。」
どこからともなく釘バットを持ち出して殺意剥き出しで激しく素振りをした。するとフッと意識が遠のき、バタッと少年が倒れた。
「言わんこっちゃない。あなたさっきの大怪我で大量の血を流してるんですよ?急に動いたらそりゃあ貧血で倒れますよ。」
「くうぅ…マジか…」
「…ふん、魔法少女を舐めてるからこうなるんだよ。自分がアイドルにでもなったつもりか…?」
アイドルオタクが追い打ちを掛ける様な事を言いながら魔法少女を睨みつけると、あるものが目に付いてしまった。
倒れこんでなんとか起き上がろうとしながらも座り込んでる魔法少女。太ももがチラリと絶妙なラインで晒されているのだ。
パリンッ!と眼鏡が割れた。何やら小刻みに震えている…かと思っていたら、突如炎に包まれた。
「うおおおおおぉぉぉぉ!!」
「な、なんだ!?」
炎に包まれながら雄叫びを上げるオタクにビクッと身じろぎしてしまう。何を突然叫びだしたのか分からない。しかもパーマみたいな髪型はそのままに、赤い炎の様な色に変化していた。
「彼のやる気スイッチが入ったみたいですね。」
「え…なんで急に…?」
「彼は足フェチなんですよ。」
「えぇ…そういうのは最初に…いややっぱ要らん。」
「おい、あのデカいカマキリを殺れば良いんだな?」
「急に頼もしくなったなおい!でもなんかこれじゃない感!」
「っしゃオラー!!」
ドヒュン!と空に飛びあがった。
「飛んだ!てかマジでイフリートだったんだな!」
「まだ疑ってたんですか…まぁ、あれだけやる気になってるのですし、後は任せましょう。」
「もうあいつ主人公で良くね?」
「オラァ!魔力よこせ!」
「あぁはいはいどうぞどうぞ。」
ステッキの先からみょんみょんみょんと波打つ光の様なものがイフリートの方に飛んでいく。
「魔力って可視化するとそんな感じなの…?これもあんま知りたくなかったわ…。つーか魔力あんのかよ?俺なんもしてないぞ?」
「さっきの生足が女子力として認識されて変換されたんですよ。」
「結局ただのエロじゃねーか!!生足とか言うな!!」
「男の劣情を刺激出来るってことは女性的な魅力があるってことです。それも立派な女子力ですよ?誇りなさい。」
「なんで男の俺がそんなもの誇らにゃならんのだ…!」
そんなこんなでギャーギャー言ってる間にイフリートが怪物にたどり着く。まだ怪物はイフリートの存在に気付いてない。
「フッ、雑魚め。今成敗してくれる。」
イフリートが右手の指をピシっと揃え天に掲げた。
『纏・火・武・槍!』
右手の肩から指先より30cmくらい先まで長い炎に包まれた。先端が槍の様に鋭くなっている。
そこから更に加速して一気に怪物との距離を詰めるイフリート。そこでようやく怪物が接近に気が付いた。
「むっ!なんだ!?魔法少女の仲間か!?」
「死ねぇぇぇぇぇぇ!!」
「なんだ貴様!?まさか炎使いか!?やめろ俺は炎が弱点なんだ!!」
「もう遅ぇ!終わりだ!!」
「ひぃっ…!」
その炎に包まれた手を突き出し炎が更に勢いと鋭さを増した。殺意が怪物を襲う。
怪物は回避が間に合わないと本能的に察し、とっさに防御をしようと腕を目の前に出す。そのタイミングが偶然にも綺麗にイフリートの攻撃とクロスした。怪物の腕は見事にイフリートの顔面を直撃し、イフリートの腕はリーチの差で怪物には届かなかった。
ボゴォッ!と顔面が変形したイフリートの身体は回転しながらぶっ飛んだ。
「ぶひぃぃぃ!!」
イフリートの醜い断末魔の声が少年の耳にもハッキリ聞こえる程響き渡り、絶句が空間を支配した。