第五節
「こいつも結局デカくなるのかよ!くそ!」
肥大化したカマキリの様な怪物は元の面影はあまり残っておらず、体長も4M近いサイズになっていた。
よくよく考えてみたら、敵の変身を待つ必要も無かった。魔法少女とかいう肩書はともかく別に正義のヒーローをやるわけではないのだ。
「うおおお!これでも食らえ!!」
最初に巨大怪物を攻撃した時の様に杖を思い切り振り回した。あの光線が出れば少なくともダメージは与えられる筈だ。
しかし、何も起きなかった。しん、と数秒の沈黙が流れる。
「…ククク、なにを食らうって?やはり魔法少女といえど使徒がいないとただの人間か。」
(嘘だろおい…!さっきは謎の光が出たじゃねーか!…使徒ってまさかあのおはぎの事か?まさかあいつがいないと魔法が使えないって言うんじゃないだろうな!?)
嫌な汗がぶわっと沸いてきた。攻撃手段がないのではただのサンドバッグだ。
―――本能的に後ろに飛び退いた。それは嫌な予感がしたとかそういう危険察知の類ではなく、ただ敵と距離を取りたいが為の逃げ腰による条件反射だったが、それが少年の命を救った。
さっき自分がいた場所のすぐ横の瓦礫がスン、と音も無く綺麗に4つに裂けたのだ。見ると怪物が腕を振り抜いた様な構えをしている。
「…チッ、簡単に避けてくれるじゃないか。魔法も使えない様だし戦い慣れてるようには見えないんだがなぁ?」
(冗談じゃない、全く見えなかった!それになんだあの攻撃力!?あのデカいのとは別の意味でヤバい奴じゃないか!!)
ステッキを握る力が強くなる。手汗で滑りそうだ。
「…直接殴ってみるか…?何が起きたかは分からないけど、さっきの巨大怪物はそれで一撃だった…でも今みたいにまた何も起きなかったら…?」
4つに切り裂かれた自分を想像して後悔した。吐き気で足に力が入らない。
「魔力が足りないのです。」
「…!!?」
声が聞こえた気がした。…怪物が喋っているわけではなさそうだ。幻聴だろうか?
「先ほどの戦闘で使ったのは前任の魔法少女の魔力が残っていた為です。ですがそれももうありません。」
「…!!…誰だ!?」
今度はハッキリ聞こえた。幻聴でも敵の声でもない。
「私です。その手に握っているステッキです。」
「…ステッキ!?えっ、これ!?」
「これより魔法少女のサポートシステムを行使します。準備はよろしいですか?」
「ちょっ、ちょっと待って!サポートって言われても…」
「先程も言いましたが、魔力切れです。あなたの魔力を解放してください。」
「は?いや、そんなこと言われても俺ただの男子中学生だぞ?魔力なんかあるわけないだろ!?」
「大丈夫です。魔力を引き出す方法があります。そのカギはあなたの『女子力』です。」
「女子力!?カビ野郎もそんな事言ってたな!なんなんだよそれ、俺男だぞ!?」
「なんですかカビって!おはぎですよ!」
「そこムキになるとこ…?」
「いつまで喋ってるつもりだ!!」
しびれを切らした怪物が背後で叫んだ。
しまった――そう思った時には背中に熱いものを感じ、次に激痛が走る。やられた。
バタリ、と少年が倒れこむ。さっくりと背中を裂かれて誰が見ても数分と持たない致命傷だと分かる程の血が溢れていた。瓦礫を裂いた事を考えると先端を掠めた程度なのだろう。即死でないだけマシといったところか。
「ぐうぅ…なんで俺がこんな目に…」
倒れこんだ時少年のポケットからコロリとリボン付きの箱が出てきた。ひょい、とステッキがその箱を拾い上げる(?)
「おや、これはなんですか?」
「お前物とか持てるの!?…い"っ…!」
思わずツッコんでしまって激痛に悶える。怪物はというと、もうこちらを見ていない。これだけの致命傷ならほっといてもすぐ死ぬと判断したのだろう。
「グハハハハ!憎き魔法少女を俺様が倒したぞ!!もう我々の障害となる者はいない!暴れ放題だ!!」
怪物はズンズンとその場を離れていき、破壊活動を再開しだした。
ステッキはカラカラと箱を振っている。中身を確認してるのだろうか?今それどころではない筈なのだが…
「これ、中身はなんですか?」
「…ただのクッキーだけど…今どうでも良くないか…?」
「ほう、あなたが作ったのですか?」
「一応…てか俺死にかけなんだけど…?」
「いいですね!こういうのが女子力なんですよ!」
(あぁ、ダメだこいつ…俺の人生ここまでか…来世は異世界チートハーレム無双でお願いします神様…)
クッキーが箱まるごとシュンッと消えた。
「女子力を魔力に変換しました。まずはあなたの治療を。」
「……?…」
フォン!謎の音が聞こえ、上空から背中の傷に光が差し込んだ。意識も朦朧としていた少年の背中の深い傷がすうっと消えていく。ついでと言わんばかりに切り裂かれた服まで元に戻っていった。
「痛く…ない…?治ったのか…?」
「失った血は戻りませんので激しい動きはしないように。調子はどうですか?」
「あんな怪我も一瞬で治るのかよ魔法すげーな。」
「さて、あの怪物があなたを倒したと思って暴れてますが、こちらに気付かない内に一通り
説明します。」
一連の流れで少年はなんとなく察してはいたが、いまいち理解はできていないのだ。少なくとも魔法を使う条件はハッキリさせておきたい。
「さて、まず魔法を使う為の魔力ですが、あなたは本来ただの人間ですので魔力を持ってません。」
「そりゃそうだ。」
「そこで重要なのがあなたの『女子力』です。」
「だからなんでだよ!?」
家事や料理を得意とする男に対して女子力という言葉が使われる事があるのは分かるが、魔力と何の関係があるのか。
「ちなみにですがあの怪物達は過去に地球に移住を求めて他の惑星からやって来た、言わば地球外生命体、宇宙人と言える存在になります。」
「あいつらの喋ってる内容的にそんな気はしてたが、やっぱそんな感じなのか…」
「破壊された街や人々の記憶に関しては修復可能ですのでご安心を。まずは倒す事に集中しましょう。」
「そういう事ならひとまず安心だな。」
ここまで来たらもう一々疑ってるわけにもいかない。まずは現状を切り抜ける事だけを考えよう。
「その時奴らに対抗するために生まれたのが魔法少女です。見ての通りあれはこの世界の通常兵器等では傷一つ付きません。」
「そういやもう砲撃とかしなくなってるな。」
「当時の魔法少女達もこの生物の撃退に尽力しましたが、寿命を全うするまで戦っても侵略は終わらず今まで続いてきたのです。あなたで11代目ですね。」
「…そんな長いこと続いているのか…なんで歴史に語られてないんだ…ってさっきの記憶がどうとかって話か…?」
「その通りです。科学文明が発達しているこの世界において、魔法という存在が明るみになるのは大変な混乱を招き、秩序の崩壊を招くと考えられ、魔法少女の存在と共に秘匿されてきました。」
少年の魔法少女というイメージに対して割と重い話だ。
「まぁ魔法少女の歴史についてはまた今度にしましょう。とにかくその当時魔力の無いこの世界の人間が魔法を使うために作られたのが私、魔力変換ステッキです。」
「…つまり女子力を魔力に変換してると?」
「その通り。正確には色々な力があります。想像力や集中力と言った具合ですね。何になるかは契約時にランダムで決まります。」
「だからってよりによって女子力はないんじゃねーの…。」
「本来は名前の通り女の子がなることが前提でしたからね。まぁ、過去にも一度男が魔法少女になった事例はあるんです実は。」
「あのおはぎ見てるとその辺の選定がめちゃくちゃなのは分かる。」
「…そんなわけで、あなたが女子っぽい事をするほど魔力が得られて、より強力な魔法が使えるというわけなんですよ!」
「…なんだかなぁ…さっき変換した魔力でなんとかならないの?」
「そうですね…残りの魔力で可能なのだと、イフリートの召喚くらいでしょうか。」
「イフリート!?めちゃくちゃ有名な奴じゃん!それやろうぜ!!」
主にRPGゲームで聞き覚えのある名前だった。作品によって精霊だったり悪魔だったりの違いはあるものの、炎を操る魔人というのが大まかな認識だ。
「ただ彼は召喚コストである魔力が少なくて済む分、気難しいんですよねぇ…あまりお勧めはできませんが…」
「あの怪物倒してくれりゃなんでもいいだろ!?早く召喚しようぜほら!」
「分かりました…じゃあ召喚しますよ…」
ブォンッと、地面に魔法陣が現れた。本格的にファンタジー感が出てきて少年のテンションも上がってくる。
(いやー、まさかイフリートに会えるなんてなぁ。気難しいって言うけど頑固親父みたいな感じか?我が認めた者にしか力は貸さない的な?魔法少女も悪くないかもな!)
魔法陣から強い光が放たれ、ボンッという音とともに煙が上がる。その中にそれらしいシルエットが浮かび上がり、少年のテンションは最高潮に達していた。
「うおおお、来たぁーー!さぁ、イフリート!その炎の力で敵を焼き尽くしてくれ!!」
「なんですかそのテンション…」
ステッキは呆れた様子だったが少年には関係ない。
「うおおおお!!リリィちゃーーーーん!!」
しかし煙の中からは想像とかけ離れた声とセリフが聞こえてきた。煙が晴れ中から現れたのは、ジーパンとTシャツ姿の太ったおっさんみたいな生き物だった。