第四節
怪物と言えど血は赤い様だ。
全身を赤黒く染めながら少年は30mもの上空から地面に激突…とはならずフワッと着地する。背後ではズドン!と顔面が吹き飛んだ怪物の巨体が倒れこむ。既に散々たる街が更に破壊された。
少年の眼は死線をくぐり抜けたような眼光を宿している様にも見える。一歩足を踏み出したかと思ったら、ガクッと膝から崩れ落ちた。
「…ヴォロロロロロロロロ…」
少年のキラキラがキラキラした。
「…おえぇっ…怪物の血飲んじまった…!」
「褒められたもんじゃないがまぁ最初はこんなもんか」
スイッとおはぎが近寄って来た。人をこんな目に合わせておいてこいつは随分淡々と喋りやがる。
「…何が最初はだ。2度とやるもんか。」
「ん?」
「ん?じゃねーよ。仮契約なんだろ?ちゃんと覚えてるぞ。」
顔面蒼白になりながらもなんとか立ち上がる。
「…あー、それなんだがな…」
「第一俺は男だ。魔法少女もクソもあるか。」
「はっ!?ちょっと待て!男?聞いてねーぞ!?」
「言う暇なかったじゃねーか!!無理やり拇印まで押しやがって!!」
「なんでそんな格好でメイクまでバッチリなんだよ!?」
「うるせー!こっちにも事情があるんだよ!」
とにもかくにも気分が悪い。早く帰って寝たい。街は未だパニックが続くが元凶たる脅威は倒したのだ。今は休みたい一心である。
「とにかくもういいだろ。仮契約なんだから契約終了だ。魔法少女は他当たってくれ。」
「まてまて、その事で言っておく事がある。あれ、実は本契約なんだ。」
「…は?」
「さっき指紋押したろ?仮契約はそれでいいんだが、それを血で押すと本契約になるんだ。」
「いや知るかよなに言ってんだこのカ〇"ルンルン」
そもそもなんの同意も無いのだ。無視して帰ろうと、家がある方へ向かって歩き出すとおはぎがスイッと回り込んできた。
「ちなみに本契約は契約破棄は出来ないんだ。魔法少女としての役目を全うするか、お前が死ぬまでな。」
「…あのさ、理不尽って言葉知ってるか?お前が俺を蹴ったから怪我をして、お前が無理やり指紋押したから契約させられて、その怪我で付いた血のせいで破棄出来ませんだ?お前はどっかのマフィアかなんかなの!?」
「まぁ、それについては悪いと思ってるよ。ただやっちまった以上俺にはもうどうする事も出来ないんだ。」
「そもそも魔法少女の契約を男がする事自体無効だろ無効。」
「それが契約書には男女の規定ってないんだよね。実際お前変身までして魔法使っただろ?」
あれで魔法を使ったと言えるのだろうか?都合よく媒体として使われたという印象しかない。
(とにかく無視だ無視。こいつの話が本当だとして別に俺が無理に戦う必要もないだろ。他に契約した魔法少女に戦わせればいいんだ。)
「ところでどこ行くんだ?」
おはぎがしれっと聞いてきた。
「帰るんだよ。付いてくんな。」
「そうか。でもまだ帰れないと思うぞ。」
「は?どういう意味だよ。」
「あのデカブツ見ろよ。」
「…?たった今倒しただろ?流石に頭吹き飛んで生きてるわけ……!?…」
腹の辺りがボコボコと動いていた。なんだか人間の腹を突き破って怪物が生まれるホラー映画で観た様な光景だ。
「うわっ…気持ち悪っ…いやちょっと待て、まだなんか出てくるのかよ…?」
「そういうことだ。油断するなよ。」
何が何だかわからなかったとは言え、あんなデカい怪物を一撃で倒したのだ。とりあえずこのステッキを振ってれば何とかなるのかも知れない。そんな事を考えて少年は防御に近い形でステッキを構えた。
怪物の腹がパーンと破裂して飛び出てきた何かが、そのまま背後に着地した。
どう見てもカマキリだ。先ほどの怪物と比べるとかなり小柄だが、それでもカマキリとして見た場合ありえないデカさだ。体長は少なくとも2Mはあるだろう。
「ギョギョギョ…よくもやってくれたな魔法少女。この星を破壊するのにこのデスサターンは都合が良かったが、まさか一撃で倒すとはな。」
ギラリと光る鋭い鎌の様な腕を目の前に突き付けてきた。強盗犯とかに絡まれた気分である。
「ヒェッ…デ、デスサターン…?」
「このデカブツの事さ。ギョギョ、こいつは頭は悪いが図体と力だけはあるからな。俺様が中から操ってやってたんだよ。」
「3コマで死ぬ雑魚みたいな笑い方してんなこいつw」
「おいバカ!煽るんじゃねーよクソおはぎ!」
この怪物がキレたら真っ先に被害を受けるのは少年だ。ここは一旦隙を見て距離を取りたいのだが…
「今すぐ死ぬのはお前だ魔法少女!!」
すぐさま鎌を振り上げてきた。交渉の余地もなく敵意が向かって来る経験がないため、その手のステッキを盾代わりに前に構えるくらいしか身体が動かなかった。
ブンッと鎌が空を切りながら襲い掛かり、構えたステッキをギギギンッと掠め、偶然にも受け流す形でやり過ごせた。もちろん見切ったわけではないので、次はどうなるのか。
「…あっ…」
おはぎの声が聞こえた。思わず目を向けると、なんと真っ二つになってるではないか。
「チッ…しくじったか…」
「…!!…うおぉぉぉおいぃ!!冗談だろ!?お前にはまだ聞かないといけない事が山ほどあるんだぞ!?」
「…よ、よく聞け…」
「…!まだ生きてるのか!?」
「お前の魔力は…『女子力』だ…」
「女子力!?」
「後は…頼んだぞ…」
「死ぬなおい!女子力ってなんだ!?」
少年の手の中でガクッと息絶えてしまった。こんな状況でもニヤついた表情が変わらないのでいまいち緊張感に欠けるが、魔法少女やこの謎の怪物の情報を知ってるのは今の所このおはぎしかいないのだ。
なんの情報も無しに今後もいつやって来るか分からない怪物に、日々怯えながら過ごすなんてとても耐えられない。
「ギョギョギョ。使徒の方は死んだか。次はお前だ魔法少女。」
…とりあえず、だ。これから抱えるであろう不安やストレスの原因・元凶の一つが目の前にいる。
八つ当たりでも憂さ晴らしでも何でもいい。なんの解決にもならないがこいつをぶっ倒そう。いや、少なくとも解決の一歩にはなる。ついでに大義名分もこれでもかと揃ってる。
いくら敵意丸出しの凶悪な地球外生命体だろうが、生物を直接手にかけるというのには抵抗があった。普段牛や豚を食べはしても、自分がいざ生きてる所から解体や加工をしろと言われると大半の人は抵抗があるのと同じ事だ。
あらゆる言い訳を頭の中で巡らせて、最終的には自己防衛本能という結論に至る。
「…あのさ、何一つ俺の意思に関係なく無理やり巻き込まれはしたけどさ、…まだこいつの名前も聞いてないんだよ…」
「…何を言ってるのかわからんが、お前が魔法少女である以上は殺すし、そうでなくてもこの星の人間は根絶やしだ。いや、どうせなら労働力としていくらか残しておくのも悪くはないか?まぁ唯一我らに抵抗しうる力を持つ魔法少女はどの道生かしてはおけんがな!」
(さっきはぶん回しただけで攻撃出来た。デカいのには効かなかったけど、こいつならどうだ!?)
ステッキを構える。いまいち魔法を使う条件というかシステムが良く分かってないが、とにかくこいつを倒さないとこっちが殺されるだけだ。
「魔法少女を怒らせてタダで済むと思うなよ!!」
ギロリとカマキリを鋭く睨んでみた。もちろんハッタリではあるが、さっきの巨大な怪物を倒した強烈な一撃はこのカマキリも知ってる筈だ。なにせ操っていたと言うくらいなのだから。
だが、
「ふん、やる気になったか。弱腰のまま殺してやっても良かったんだが、どうせならちゃんとした魔法少女を倒した方が奴らに自慢できるからな。」
むしろやる気が出たらしい。八つ当たり気味に攻撃するつもりではあったが、実際勝てる算段は無い。
そして奴ら、と言った。つまり自慢する様な仲間が…人類の敵がまだまだ他にもいるわけだ。
メキメキメキ…と音が聞こえた。ゴキゴキ…ゴリ…メキメキ…メキ。
その音の正体はすぐ目の前にいた。なんとカマキリが巨大化しているではないか。腕の鎌は3本に増え、全身鎧を着た様な重厚感のある身体になっていた。
「グハハハハハ!!油断は禁物というやつだ!殺してやるぞ魔法少女!覚悟しろ!」
もはやカマキリの様な面影はほとんど無くなり、口調も変わった怪物の声がもはや人の居ない瓦礫の山に響いた。