第三節
その光は巨大な怪物の目にも映っていた。怪物はその光の正体を知っている。
「まさか…いや、間違いない。魔法少女だ。まだ生き残りがいたとは…おのれ忌々しい…!」
「…良いだろう!我々の一番の障害は魔法少女だ!まずはやつを殺してやる!!」
なにやら因縁めいた事を口走り、それまでの破壊行動を止め光のあった方へ歩みだした。破壊行動を止めたと言ってもその巨体故に、ただ歩くだけで壊滅的な被害をもたらす。
「感じるぞ魔法少女め!奴もこちらに向かってきてるな?これは好都合。間違っても逃がしたりはせんぞ!!」
ズシンズシンと進む怪物は視界の先に飛来物を捉えた。魔法少女となった少年の姿を。ヒラッヒラのフリル付きのスカートに背中にはやたらデカい赤のリボン、自分の頭の倍くらいの大きさの白い帽子。一目で魔法少女をイメージさせる恰好に変身を遂げた少年は、有無を言う暇も無く怪物の方向に飛んでいた…否、飛ばされていた。
「生身で空を飛ぶのって思いのほか怖いな…。どっちかって言うと引っ張られてる感覚なんだけど…」
少年は言葉とは裏腹にやや興奮気味である。漫画やアニメで見た、妄想で終わるはずの体験を今まさにしているのだ。あまり喜ばしい状況でない事が複雑な心境でもある。
そんなワクワク体験も数秒後には顔面蒼白で幕を閉じる。代わりにマジカルバトルの開幕である。
妙に生々しい怪物を前にして少年は気分が悪くなった。今すぐにでも逃げたい。自分をこんな目に合わせてるクソおはぎを差し出して逃げるのが得策なのでは?
少年がこの場から去りたい衝動に思考を巡らせていると怪物が口を開いた。
「やはり魔法少女か!良くものこのこと俺の前に現れたな!積年の恨み、ここで返させてもらうぞ!」
積年もクソも少年には当然身に覚えがない。このおはぎ含め魔法少女という存在とこの怪物の間に何らかの因縁があるということだ。ますます自分が無関係な争いに巻き込まれている事が分かる。
「まずはチュートリアルってやつだな。魔法を使うのに必要な魔力なんだがブェ」
まるでトラックにでも轢かれた様な衝撃と同時に視界がシャットアウトされた。怪物の腕がおはぎと共に少年を叩きつけたのだ。一瞬でビルに激突し穴を開ける。
「フン…他愛もない。我が封印されてる間に弱ったか魔法少女。だがこれで邪魔者も消えた!まずはこの街の人間どもから消してやる!」
怪物はまた手当たり次第に街を破壊し始めた。そこでようやく人類が反撃の動きを見せた。戦車や戦闘機といった軍隊が押し寄せたのだ。イージス艦等の軍艦も遠方射撃を構えている。
「てーーーーーーー!!」
戦車や戦闘機の機銃や砲撃が始まった。住民の避難が完全に終わっているわけではないが既に相当な被害が出ており、このまま放置は出来ないと判断した様だ。ミサイルや機銃、砲弾が次々と放たれその巨体にほとんど全てが命中している。
―――が、しかし怪物にはまるで効いてなかった。それどころかニヤリと余裕な表情を見せている。
「……バカな!無傷だと!?」
「見ろ!鼻くそなんかほじってやがる!」
「ファック野郎!!」
怪物が腕を一振り、戦闘機が2機破壊された。二振り、更に1機墜落。足を踏み出し、戦車が3輌ペシャンコに。アリとゾウの戦いとはまさにこの事だろう。ドローンによる爆撃である為人的被害こそ無いものの、一切の重火器が通用しないのであればそれも時間の問題である。
それでも一応の足止めにはなるので弾幕は続いた。
――――――
「……う…あつつ…っく…」
瓦礫の中で少年は朦朧としつつも意識を取り戻した。目の前にあずき色の化け物がこちらを覗き込んでいる。
「うわわっ!!!でっ、出た…!!」
「よう生きてたか。それにしても失礼な奴だな。」
「な…なんだお前か…。いや近すぎるんだよ誰だってビビるわ!…いっ!?…たぁ…うわっ、血だらけじゃん……」
「まぁ普通なら即死の所だけどそこは魔法少女だからな。」
ある程度防御力の様なものが働いてるらしい。とは言え全身激痛で立ち上がるのも辛い。あんなのをあと1、2発食らえば絶対死ぬ。
瓦礫の中から這い上がる。潰されてなかったのはそれも魔法少女だからなのか単に運が良かったのか。
「おい、なんか戦闘機やら戦車が戦ってるじゃないか。魔法少女の出番無く倒しちゃうんじゃねーの?」
「いや無駄だ。あれは魔法でしかダメージを与えられない。さっさと逃げる方が得策だな。」
「まじかよ…ていうかこっちに流れ弾とか来ないか?もしかして…」
「そのうち核とか使いだすかも知れねーな。そうなる前にあれを倒さんと…」
この世の終わりの様な光景だった。なんとなく大怪獣の映画を思い出しながら現実逃避をしていたら、
「…なあ、ちょっとその杖…じゃなかったステッキをあの怪物に向かって振ってみろよ。」
おはぎが思い付いた様に言った。
「え?振るって…振ってどうすんだよ?」
「良いからやれって。多分攻撃出来るから。」
「本当か?攻撃ってあれ倒せるのかよ?」
「さあな、どのみちやらなきゃ倒せないだろ。」
ステッキを振れと言われても攻撃のイメージが沸かない。まさか殴れと言うわけでもあるまいし。
「よく分からんけどこうで良いのか!?」ッブン!「…うわっ!なんだ!?」
言いながら上に構えて振り下ろした。まるきり型にはなってないが剣道のイメージだ。
瞬間、ステッキの先から閃光が放たれ、怪物に向かっていく。閃光はそのまま怪物にズドン!と命中し爆発た。
「ぐおっ!?なんだ!?」
突然の攻撃に怪物も驚きはしたがほとんど有効ではないようだ。だが戦車の砲撃すら効かない怪物が驚く程度にはダメージ自体はあると見られる。
「…なんか出たぞ…。これで良いのか…?」
「まぁほとんど効いちゃいないが、最初はこんなもんだろ。
怪物はギロリとこちらを睨んできた。
「生きていたか魔法少女め。だが今の不意打ちで俺を倒せなかったのは残念だったな!次は確実に殺してやる!」
言いながらすぐさま怪物は腕を振り上げた。少年は怪物の攻撃に対して身構えるが、今度はおはぎからの不意打ちを食らってしまった。肩を蹴られ50Mくらいふっ飛ぶ。
なんかぶっ飛ばされてばっかだなと軽く走馬灯を見ながら全身に走る痛みで我に返った。
「いっつつ、な、なにすん…」
ゴバァッッッッ!!!
立ち上がろうとした少年に衝撃波が襲いかかり、尻餅をつきながら視界の先に見えた光景は、巨大なクレーターとその真ん中にそびえる赤黒い柱だった…いや、柱ではない。怪物の腕だ。
怪物が振り下ろした腕が地面を抉り、衝撃波まで起こしたのだ。
流石の少年も遂に恐怖心が全身を支配した。魔法少女だの怪物だのまるでアニメの世界を体験してる様な、どこか夢でも見てるくらいの感覚がまだ心のどこかにあったらしく、それら全ての幻想が粉々に砕け散る音が聞こえた。
「死んだ」
あんなものをまともに受ければ文字通り消滅するだろう。身体の肉片が見付かればマシと言える程に。
「起きろ。」ッパァン!!
「あべっし…!」
呆然自失となった少年をおはぎがビンタ一閃。どうにか意識を取り戻した。
「おい頭イッてる場合じゃないぞ。早くそのステッキであいつを倒せ。今度は直接ぶっ叩くんだ。」
「……は?これで?…バカか!?無理だろ!!あんなの相手じゃ爪楊枝みたいなもんじゃん!!」
「良いからさっさと…」
今度は腰を掴まれ持ち上げられた。
「行ってこいオラ!!」ブンッ!
怪物めがけてぶん投げられる少年。
「うっそだろ!?どんな力してんだこいつ!?」
「まだそのステッキには魔力が残ってる!とにかくそいつを倒す事だけを考えろ!」
「そ、そんなこと言われても…!…うああぁぁぁぁぁぁ…!!!」
こんな棒切れ同然の物で倒せと言われても恐怖しかない。第一空中では身動きも取れない、ただ怪物の顔面めがけて飛ばされてるだけなのだ。涙を浮かべながら思わず目を閉じた。
(死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!!)
「グハハハ!それは勇気ではなく無謀と言うのだ!今度こそ死ね魔法少女!」
――カッ!!
突如としてステッキが強烈な光を放った。先ほど怪物に放ったのとは比べものにもならない、まともに凝視すれば失明するのではないかという程の強烈な光が少年の身体を包み、怪物への突撃の速度を加速させる。
「ぐおっ!?なんだ!?何をした!?」
突然視界が真っ白になった怪物は身じろぎはしたものの、そのまま少年への迎撃態勢を取る。
少年も何かが起きた事には気付いたものの、恐怖心に支配されたその瞼は開く事を許さなかった。
怪物が振り上げた手を振り下ろすより早く顔面に激突し、光と共に怪物の顔面の9割がボキュッ!と弾け飛んだ。