第二節
ズドン…!ズドン…!ズドン……!!
地震の様に持続的な揺れでなく、何かを叩く様な間隔で揺れていた。
「あっ!?あれはなんだ!?」
建物の陰に潜んでいた2人組の若い男の1人が空に光る物体を見付け叫んだ。
「なんか光ってるな…まぶしっ…」
「羽の様な物が見えるぞ!まっまさか、天使…?」
「この変な地震といい、ついにこの世の終わりか!?」
一瞬だがその光の物体がカッ!!と更に強烈な輝きを放ち、少しずつ弱くなっていくとともに男2人の近くに降りてきた。
それはあずき色で丸い身体(?)から手足が生えた様な珍妙な生物。背中には羽があり、それでパタパタと飛んでる様には見えるが直接生えてるわけでもなく物理法則を無視しているとしか表現できない。常時ニヤついた様な顔をしていた。
「…なぁ、おいこれって…」
「あぁ…あれだよな…」
男2人はなにか心当たりがあるような顔をした。
「おい、お前ら今俺の事カ〇"ルンルンとか思っただろ。」
「しゃ、喋った!?」
「いや言ってないけどそうとしか見えねぇ…!」
なんとその珍妙な生物は日本語でコンタクトを取ってきた。
「まぁなんでも良いさ。それよりお前らさっさと逃げた方が良いぞ。見ての通り俺はこれから現れる怪物を倒すために来たおはぎの精だ。」
「見ての通り?おはぎ?怪物ってなんだ?この地震と関係があるのか?」
「ちょっと待て、どこから突っ込んで良いのか分からん…!」
2人の男は更に困惑した。おはぎの精とやらは既に別の事に気を取られているようで男達を見ていない。
「おっと向こうに美少女の気配がするぜ!あばよ!」
「美少女の気配!?…ってはっや!!」
自称おはぎは謎の推進力で加速してあっという間にその場を去った。男達は夢でも見たのかという顔で呆然と立ちつくしてしまう。
――――地震のような揺れが続いていた。周囲の人々はその異常事態に備え避難行動に徹していた…が、それでもなお、前代未聞の災害を覚悟している。それほどの出来事なのを本能で感じ取っていたのだ。
「ゴオオオオオォォォォォォ!!!!」
うなり声の様な音と共に地面が隆起した…と思いきやズドン!と爆発した。その勢いで近くにあったビルが2棟、轟音と共に崩壊する。なんとその地面から巨大な怪物が現れたではないか。ビルの崩壊に巻き込まれ他の建物まで崩れ、あちらこちらから叫び声が上がった。
怪物はゆっくりと立ち上がる。体長は30メートルはあるだろうかという程巨大である。
虎に似た頭部、額から背中にかけて角の様な物が複数生えており、一番太い方は真ん中辺りから折れている。ほぼ全てが尖った歯、首が無く体長のほとんどが胴体で、胸から腹にかけての部分以外は体毛で覆われており、2足歩行だが足は8メートル程度とその体長から考えるとかなり短い。
腕は肘の辺りからこれまた角の様なものが生えており、左腕側は先端が欠けていた。
指は4本の様だがそれぞれ長さが不揃いであり、とても自然の生態系における進化を辿った生物とは思えない。
その巨大な怪物は一通り辺りを見渡すとゆっくりと息を吸い込み、
「聞こえるか人間ども!ようやく外に出れたぞ!!今から貴様らを根絶やしにしてくれる!過去、貴様らに敗れはしたが再び我らの安住の地としてこの星を支配してやる!」
あろうことか巨大な怪物は日本語で人類の駆逐を宣言したのだ。そしてその巨体から放たれる声はそれだけで大気を震わせる程の大音量で、頭痛を訴える人々もいる。
怪物は足を踏み出し、腕をブンッ!と振り回し周りの建物を破壊し始めた。もはや地獄の様な光景である。
―――――――――――――――
街がパニックになっている最中、やはり学校もパニックが起きていた。生徒を優先して避難誘導する教師もいたが、大半は我先にと逃げておりとても収拾のつくものではないだろう。
少年はと言うと着替えるどころではなく、女装メイド姿のまま学校を飛び出していた。
「なんだあれなんだあれ…!?巨人の怪物がこの世に存在するのか…?もしかして実は俺、元の世界に良く似ただけの異世界に転生してたのか…?なんのチート能力も貰ってないんだけど!?」
余裕があるのかないのか分からない事を喋りながら走っている。正確な場所は分からないが学校からでも怪物の姿が見えるのだ。あの辺りならおそらく2kmくらい先だろう。まっすぐこっちに向かって来る事があるならあっという間に追いつかれてしまうので、どこにとも分からないがとにかく逃げなければ。
「へい彼女!俺と契約して魔法少女にならないか!?」
突然背後から謎の叫び声が聞こえるかと思った時には既に、ズドン!と腰の辺りが強烈な衝撃に襲われていた。
「うぐふっっ…!!!??」
そのまま吹っ飛び転がり倒れる少年。8~10mくらい転がっただろうか。住宅街のゴミ置き場に突っ込んで動かなくなった。
「よっしゃ何とか追いついたな…セーフセーフ…!」
あの自称おはぎだった。自らふっ飛ばした少年に悪びれもせず近づいて声を掛ける。
ガッと腕が伸びてきておはぎが捕まる。握り潰す勢いで怒りを露わにした少年が立ち上がって叫んだ。
「何がセーフだ!大事故だよ!!このカ〇"ルンルン!!なんだお前あの怪物の仲間か!?」
「だから俺はおはぎの精だっつーの」
「は?おはぎ?なんだそりゃ…て、うわっ手がアンコだらけじゃん汚なっ!!…でも今はそれどころじゃない…!」
通常ならこの謎多き生物に対して色んなリアクションが出てくると思うが、今はそれどころではない非常事態である。この生物にこちらへの敵意がないのであれば、まずは目前に迫る脅威の方から逃れるべきだろう。(既に大怪我させられてはいるが)
ヒュルルルル…ドゴォッ!!!!!!
破壊された何かの破片が百数十メートル辺りに飛んできた。
「ヒエッ…なんか近付いて来てないか……?」
気のせいではなかった。怪物は片っ端から破壊行動を続けて進むのでまっすぐこちらに向かってるわけではないが、進行ルートは間違いなくこちら側だった。
「おい待て、どこに行く?」
「見りゃわかるだろ逃げるんだよ!お前に構ってる暇ないから!」
とは言えいい加減スタミナの限界でもある。足は鉛の様に重いし肺が痛い。泣き言言ってる場合ではないのは分かっていても足が前に進まない。
「まぁまて、さっきも言ったが俺と契約しろ。」
「は?なに契約って?」
「魔法少女の契約だよ。お前が魔法少女になってあいつをぶっ倒すんだ。」
「ま、魔法少女…?」
少年にとっては日曜朝のアニメとしか認識出来ないワードだった。しかし今、目の前にいるのは魔法生物と言われれば、状況が状況なだけに説得力のある話ではある。何故おはぎなのかは不明だが。
ポンッ!という音と共に羊皮紙の様な紙が出てきた。
「これが契約書な。指紋押すだけで良いから、ほら手を貸せ。」
「いやちょっと待って、だいたい魔法少女以前に―」
「いいから!とりあえず今回は仮契約だから!先っちょだけだから!」
「1ミリも信用できないセリフじゃねーか!ちょっ、触んなこしあん野郎!」
少年の腕をグイグイと引っ張って無理やり契約させようとしてくる。当然抵抗するが見た目に反して恐ろしい力だ。抵抗むなしく何語かもわからない文字の書かれた怪しい紙に無理やり拇印を押されてしまった。
「やりやがったなこの野郎!!」
「あっ…」
「あってなに!?なんかやらかしたのか!?」
「…話は後だ。まずはあの怪物を倒すことに集中しろ。」
少年の全身が光に包まれた。
「うわっ!なにこれ!?何が起きてるんだよ!説明しろ!」
「今回は緊急事態だからとりあえず強制変身だ。」
光は次第に大きくなり強烈な閃光を放った。少年のシルエットだけがうっすらと見える。次第に落ち着きを見せる光の中から現れた少年の姿は紛れもなく魔法少女のそれだった。